第26話 真逆の二人

「邪魔すんなラヴィアン!」

「邪魔するわよ。ベロニカ。他人の奴隷にちょっかいを出すのはルール違反よ」

「だが、アタイの言ってることは間違ってないぜ?」

「黙りなさい。奴隷が欲しいなら奴隷商館に行けばいいでしょ? 十分にお金を持ってるんだから」

「アタイはソウジンのことが気に入ったんだ!」

「我がまま言わないの。エウレカのことが好きだからってエウレカの奴隷にちょっかい出さないの」


「はァー? アタイがエウレカのこと好きとか! ば、馬鹿言ってんじゃねーよ!」


 途端に赤髪少女が狼狽える。

 周囲の冒険者の何人かもうんうんと頷いている。どうやら二人の関係性は冒険者内でよく知られているようだ。


「けっ! ラヴィアンのせいで興が削がれちまったぜ……」


 赤髪少女は耳を真っ赤にして去ってゆく。

 ところが、ギルドの扉を潜る直前に「あ、そうだ」と振り返る。

 ベロニカは腰のアイテムボックスから黒くて長い物体をグググっと取り出す。


「おい! ソウジン! ブロードソードをダメにしちまって悪かったな! 代わりにこれを使えよ!」


 そう言ってベロニカが鞘に納められた漆黒の剣を勢いよくぶん投げてくる。

「うお! あぶねえ!」

 黒髪青年は床に滑り込んでどうにか漆黒の剣をキャッチする。


「それとエウレカ! アイツら三バカには今後一切、エウレカにちょっかいを出さないように言っておく! それで今回の件は手打ちだ!」


 ベロニカはそう言いたいことを言って扉の向こうに消えてゆく。

 まさに烈火のような少女だった。


「へー、黒鉄のロングソードね。いい作りね。ダンジョン産かしら?」


 ラヴィアンが目を細める。

 青年はおもむろに鞘からロングソードを抜き放つ。真っ黒な刀身が怪しく黒光りしている。いかにも切れ味が良さそうである。


「これ高いんじゃないっすか?」 

「ええ。すごく高いわ」

「俺がもらっちゃっていいんすか?」

「ベロニカなりのお詫びよ。受け取ってあげて。あの娘は素直じゃないの」


 ダークエルフのお姉さんがそうフォローする。


「エウレカも許してあげて。知ってるでしょ? あの娘が不器用なのは……あの娘なりにエウレカのことを心配してるのよ」


 ラヴィアンは二人のことをよく理解しているようだ。


「……うん。ラヴィアンがそう言うなら許すよ」


 ピンクゴールドの少女の元気がない。

「あたしちょっとおトイレに行ってくる」

 少女は小走りで去ってゆく。少しの間、一人になりたということだろう。

 遠ざかるエウレカの背中を見ながらラヴィアンがため息を零す。


「あの二人ね、同じ日に冒険者になったのよ」

 

 ダークエルフの彼女が教えてくれる。


「同年代で同じ日に冒険者になったエウレカとベロニカはすぐに仲良くなったわ。最初の頃は一緒にパーティーも組んでた」


「そうだったんですね。そりゃショックだよなぁ」


 同期入社の仲間が自分を後目に出世してゆく気まずさを元社畜の青年は身をもって知っている。


「ご覧の通り二人の性格って真逆でしょ?」

「繊細なお嬢に対してベロニカは物怖じしない感じですね」


「そうなの。元々の素質もあったとは思うけど、ベロニカは物怖じしないからどんどんいろんなパーティーに参加して、あの勝気な性格で強い冒険者に次から次へと戦いを挑んで、あっという間に成長していったわ」


「その過程でお嬢とベロニカに大きな軋轢が生まれたと」


 ソウジンは思わず遠い目をしてしまう。

 同じ中学出身の仲の良かった友だちが高校デビューに成功して、茶髪ピアスのオシャレ陽キャにクラスチェンジした時の『遠くに行ってしまった感』を思い出してしまったのだ。


「ベロニカはエウレカのことがなんだかんだ好きなのよ。冒険者としても認めているわ。だから、どうにかして自分と同じステージにエウレカを引き上げたいって考えているの」


「だけどお嬢はそれを良しとしないと」

「そうなのよ」


「お嬢にもプライドがあるでしょうしね。同世代の友だちだからこそ同情は受けたくないみたいな。あくまで対等でありたいみたいな」


「それはありそう。でも、私はそれ以上にエウレカ個人になにかしらの事情があるように感じているわ」


 褐色の彼女が切れ長の目をスーッと細める。


「あの娘には他人と深く関わることを意図的に避けている節がある。なにか他人に知られて困る秘密でもあるのかしら?」


「さあ、どうっすかね」

「ねえ、ソウジンくん……エウレカから聞いてるんでしょ? 私にだけそっと教えてくれない?」


 艶っぽい笑みを唇に浮かべるダークエルフに青年は思わずごくりと喉を鳴らす。

 綺麗なお姉さんからの誘惑に余裕で負けそうである。

 しかし、恩人のエウレカを裏切るわけにはいかない。青年はかぶりを大げさに揺らして馬鹿馬鹿しいとばかりには鼻を鳴らす。


「ラヴィアン。仮に知ってても俺がそれをお嬢に断りもなく告げるとでも?」

「あらダメなの? ソウジンくんは忠誠心が強いのね」


「よく言う! 俺が口を割らないのを分かってて聞いたくせに。俺を試したんですか? だとしたら案外、ラヴィアンは人が悪い」


「試すだなんて人聞きが悪いわ。ただの好奇心よ。悪気はないわ」


 そう彼女は涼しい顔を浮かべる。まったく油断ならないお姉さんである。



 

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