第25話 美少女×美少女

「ふふーん! やるじゃんか! そりゃアイツらじゃ敵わないはずだぜ!」

 

 赤髪少女が楽しそうに喉を鳴らす。


「アイツら……?」

「忘れたとは言わせないぜ! 昨日アタイらの【血盟団クラン】のメンバーが世話になっただろうがァ!」

「チッ……そういうことか」


 ソウジンは黒髪をめんどくさそうにかき混ぜる。


「お言葉ですけど、先にちょっかいをかけてきたのはそちらなんですが?」

「知ってる」

「知ってんのかよ! だったら君から仕掛けてくるのは筋違いだ!」


「うるせえ! コッチにも面子ってもんがあんだよ! 【血盟団クラン】の副団長として団員がコケにされて黙ってられるかよ!」


 そう叫び赤髪少女が再び斬りかかってくる。

 交互に繰り出される片手剣の一撃は鋭く重い。

 烈火の攻めにソウジンは防戦一方だ。


 丁々発止ちょうちょうはっしと斬り結ぶこと数十ごう

 徐々に肩で息をし始める青年に対して赤髪少女は余裕の表情だ。

 衰えることのない威力に速度。これが若さか。まさに無尽蔵のスタミナ。


 いい加減、誰か止めてくれないかと周囲に視線を走らせるが、


「な! くそったれ共めがァ!」


 冒険者たちはに大いに盛り上がっている。なんだったらどっちが勝つか賭けが始まっている始末である。


 遂に限界を迎えてしまう。

 ソウジンの肉体より先に量産品のブロードソードの刀身が――。


 ――——ゴギンッ。


 歪な金属音を響かせてブロードソードが真っ二つに折れる。

 同時、双剣の切っ先がソウジンの首筋を斬り裂き血しぶきが盛大に舞い上がる。

 首筋を片手で抑えてひざまずく黒髪青年の眉間に双剣の切っ先が付きつけられる。

 ソウジンはこの世界に来て何度目かのそれを意識する――己の死を。


「終わりだッ!」

「そこまでよッ!」


 瞬間、ダークエルフの鋭い声がギルド内に響き渡る。

 

「ラヴィアン! なぜ止める?」

「止めるに決まってるでしょ。冒険者同士の殺しはご法度よベロニカ」

「殺しはしないぜ。ちょっと首をはねるだけだ」

「それがダメだって言ってるのよ」

「平気だろ? 首をはねたって、すぐに回復すれば死にはしないじゃんか」

「ダメなものはダメよ! 誰か! 彼の傷を回復してあげて」


 ラヴィアンに促され回復系ヒーラーの若い女性が「失礼します」とソウジンに回復魔法を使用する。すぐに痛みが引き、傷口が見る見る塞がってゆく。


 黒髪青年が「感謝します」と頭を下げると回復系ヒーラーの若い女性は「いえ」とそそくさと去ってゆく。

 ダークエルフに言われたので回復したが、評判のよろしくない青年にはあまり関わりたくないと言った態度である。


 ベロニカと呼ばれた赤髪少女は「ったくうるさい女だ」と悪態を付きながらも素直に双剣を腰に納める。

 他の冒険者もお祭り騒ぎは終了だとばかりに見る間に散ってゆく。

 元A級は伊達じゃないということらしい。ラヴィアンは冒険者からリスペクトされている。


 ベロニカが青年を見下ろし尋ねてくる。

「ところで、アンタ名前は?」

「……ソウジン」

 警戒しながら答えると、なぜか赤髪少女が満面の笑みを浮かべる。



「ふふーん! ソウジンか! 気に入ったぜ! アタイの奴隷になりなよ!」



「…………へ?」

 まさかの勧誘だ。


「ダメ―ッ! ソウジンはあたしの奴隷だよ!!」


 直後、待ったをかけたのはピンクゴールドの少女だ。

 エウレカは野次馬を「ちょっと通して!」とかき分けて青年と赤髪少女の間に滑り込むように割って入って来る。


「ベロニカ! どういうつもり? あたしの奴隷にちょっかい出さないで!」

「ふん! 昨日、ウチの【血盟団クラン】の連中が世話になったからな! そのお礼をしただけだ!」

「悪いのはアイツらだよ! アイツらが主人のあたしを馬鹿にしたからソウジンはあたしのために怒ってくれたんだ!」


 同世代の少女たちが目と鼻の先で睨み合っている。


「まあな。アイツらは自業自得だな。アタイもそう思う」

「え? 意味分かんない。だったらどうしてソウジンに手を出したわけ?」

「そんなんギルマスが認めるほど強いって噂のソウジンに興味があったからに決まってんだろ?」

「もう! ベロニカのバカ! ベロニカは昔からそう! 強そうな相手を見かけると見境なしに勝負を挑むんだから!」


 どうやら二人は旧知の仲らしい。


「いい奴隷じゃんか! このギルドに何人いるかねえ! A級冒険者のアタイと数十合近くまともに打ち合える冒険者がさァ!」


 赤髪少女が挑発的な眼差しでぐるりと周囲を見回す。

 驚いたことに屈強な冒険者たちがバツが悪そうに目を逸らす。その態度がベロニカの強さを物語っていた。


「でしょ! ソウジンは強いの!」

 ピンクゴールドの少女は言われた本人よりも得意げである。


「そういうわけでエウレカ。ソウジンをアタイに譲れよ」

「なにがそういうわけよ! 譲るわけないじゃん」


「ふん! 二年経ってもまだF級のエウレカにソウジンは宝の持ち腐れだぜ! A級のアタイにこそ相応しい!」


「た……確かにこの二年でベロニカにはだいぶ差をつけられちゃったけど……あたしはソウジンが必要なんだ! ソウジンと一緒に強くなるって決めたんだ!」


「相変わらず悠長なこと言ってんなァ! 現実を見ろよ? 量産品のブロードソードだからソウジンはアタイに負けたんだぜ?」


 ピンクゴールドの少女が真っ二つに折れたブロードソードを目にして息を呑む。


「まともな武器だったらもっと戦えたはずだぜ? アタイならソウジンに最高の武器を用意してやれる。みすぼらしい装備のエウレカにそれができんのか?」


「そ、それは……」

 ピンクゴールドの少女が俯き黙りこくる。確かに誰が見ても二人の装備品の質は歴然である。


「ソウジンは幾らだった? 買った金の倍額払ってやるぜ。それでとりあえずそのみすぼらしい装備をどうにかしろよ」


 ピンクゴールドの少女が悔しそうに唇を噛みしめる。

 言うまでもなく青年の気持ちは明白だ。恩人であるエウレカの下を離れる気などさらさらない。


(だけどな……ここで奴隷の俺がお嬢を庇うと、お嬢のプライドを余計に傷つけてしまいそうなんだよなぁ……)


 ソウジンが受付カウンターに捨てられた子犬の視線を送る。ダークエルフのお姉さんがやれやれと小さく肩をすくめる。


「はいはい。二人とも良いだからそのへんにしておきなさい」


 さっそくラヴィアンが仲裁に入ってくれる。

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