第20話 紺碧の楽園

 幾つかの討伐と納品のクエスト受注が完了するとソウジンたちは冒険者ギルドを後にする。

 冒険者たちからの視線が非常に痛かったからである。


「ほんとーに恥ずかしいよ! こんなエロ奴隷の主人と思われることが!」


 ピンクゴールドのご主人様はご立腹であった。

 据え膳食わぬは男の恥である。理想的な美人を目の前にしてなんのリアクションも起こさないのは失礼にあたるというものだろう。


「まあまあまあ、子供のお嬢にはまだ早かったかぁー?」


 などと青年は偉そうなことを考えつつ「クエストを頑張りますので! なにとぞよしなに!」と必死に許しを請う。

 紛うことなき恥ずかしい男であった。

 

 エウレカが思い出したように大通りの真ん中で立ち止まる。


「そうだ! 紺碧の楽園には街から歩いて行ける距離だけど、ソウジンは初めてだし、転移魔方陣テレポーターで行っとく?」


 もちろん答えはイエスである。テレポーテーションを経験できるなんてこんなワクワクすることはない。


 黒髪青年たちは元来た道を引き返し再び冒険者ギルドに向かう。

 クエストを受注して狩場にすぐに移動できるよう冒険者専用の転移魔方陣テレポーターがギルドには併設してあった。


「おお! 消えた!」


 目の前でパーティーらしき冒険者たちが次々と魔方陣に飲み込まれてゆく。

 利用料金はクエストを受注していれば無料らしい。

 ただし転移魔方陣テレポーターを起動するためには大量の魔力マナを消費するらしい。


「狩場に行くのに自分の魔力マナを大量に消費しちゃうのは効率が良くないから、基本的には【魔核コア】と呼ばれる魔力マナを含んだ燃料をつかうんだよ」


魔核コアとは?」


「【魔核コア】はね、魔力マナを生成して貯めておく器官で、魔物を倒すと手に入るんだよ。強い魔物ほど、良質で大容量の【魔核アコ】がゲットできるって感じ」


 さらにピンクゴールドの少女が続ける。


魔核コア魔具マグの動力源としても使われているんだ」


 どうやら魔核コアは前世のバッテリーのように魔力マナという名の電気を充填すれば繰り返し使用できるようだ。

 ただし転移魔方陣テレポーターほどの大がかりの装置となると、一発で魔核コアは消失してしまうようだ。


「基本的に魔核コアは消耗品って思っておいたほうがいいね」


「うわ、やってもうた……倒したワイバーンやオークから【魔核アコ】をゲットしてたら結構な稼ぎになってたってことですよね?」


「うん。牙とか皮とかの素材もだね。残念なことをしたね」


 知識の重要性は前世でも異世界でも同じらしい。ついでに言えばゲームですらそうだ。もっと学ばなければいけないと青年は反省するのである。


          ◆◇◆◇◆


 ――——しばしの暗転。

 

 潮風が鼻孔をくすぐる。眼前に海岸沿いの風景が広がっていた。

 転移魔方陣テレポーターの使用感はゲームのローディングのようだった。


「うお! すごい! 冒険者で溢れてる!」


 街中の比ではない。そこかしこに冒険者が歩いている。後ろの転移魔方陣テレポーターからも次から次へと冒険者がやってくる。

 まるでロックフェスの賑わいである。


「お嬢! 武器の露店がありますよ!」


 武器屋だけではない。道具屋、ポーション屋、素材や魔核コアの買取屋など実際に祭りのように【紺碧こんぺきの楽園】に続く道にはさまざまな露店がズラリと並んでいる。

 

「さすが大人気スポットじゃん。狩場をちゃんと確保できるかなー?」

 

 エウレカは心配そうである。

 確かにゲームでも人気の狩場は場所の取り合いになったりする。そして、花見然り花火大会然り。場所取りにはトラブルがつきものである。


「なるほど……だから【紺碧こんぺきの楽園】ってことか」


 洞窟の入り口に立って青年は大いに納得する。

 その見渡す限り青に支配された広大な空洞は、地中海にある『青の洞窟』と呼ばれるロケーションによく似ていた。


「うっわ、入り口付近は人で一杯じゃん……洞窟の奥に行かないとダメかも」


 猛暑日の市民プールなみにごった返している。


「マジで半端ないっすね。なんでこんなに人気なんすか? 俺の感覚からすると、これだけ冒険者が多いと魔物の取り合いになってかえって稼ぎの効率が落ちそうな気がするんですけど?」


 サービス開始直後のMMORPGをプレイしたことのある者なら知ってるだろう。始まりの街周辺の魔物が狩られすぎて消えるなんてことがままあるのだ。

 その結果、魔物のポップ待ち、激しい魔物の奪い合い、ラグや通信障害、荒れる掲示板、ゲームを売るってレベルじゃねーぞ、というコンボが完成する。



「んとねー、いわゆるこの洞窟は【魔力溜まりディープ・スポット】という魔物がすんごく集まりやすいロケーションなのね」



 ピンクゴールドの少女が教えてくれる。


「ほう……だから魔物が枯渇することがないってことですか」

「うん。洞窟で待機してれば濃厚な魔力マナを含んだ餌を求めて海から魔物が次から次へとやってくるから冒険者はそれをひたすら狩るって感じだねー」


「お嬢、詳しいですね」

「へへへ、ありがとう。実はほとんどラヴィアンの受け売りなんだけどさ」

「それでもすごいです! さすが二年間ソロで冒険者をしてただけあります!」

「もう! ソロは余計だよ!」


 二人は狩りをするためのキャンプ地を探してさらに洞窟の奥へと進む。

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