第19話 お姫様はクルセイダー

「【聖姫士クルセイダー】? どんなジョブなんですか?」


「エウレカの【聖姫士クルセイダー】は攻守にバランスの取れた万能型のジョブよ」

「自慢じゃないけど、かなり優秀なジョブなんだ!」


 ピンクゴールドの少女が得意げに冒険者ギルドカードを見せつけてくる。


「万能ジョブですか……ソロ性能が高そうですね」


「うん。攻撃、防御、回復とアビリティはバランスよく揃ってるし、ソロ性能はかなり高いと思う」


「なるほど。どうりでお嬢がボッチなわけだ」

「ぼ、ボッチって言わないで! ちょっと人間関係に疲れちゃっただけだから!」


 ピンクゴールドの少女が唇を尖らせる。


「ソウジンくんあまりエウレカをからかっちゃダメよ。この娘、すぐに本気にしちゃうんだから」

「まあ、お嬢はそこが可愛いんですけどね」

「それは否定できないわ。ついからかいたくなっちゃうのよね」


「もうやだ! 二人してあたしのこと子供扱いて!」


 そうピンクゴールドの少女が頬を膨らませる。残念ながら、その態度がまさに子供っぽいということに本人は気づいていない。


「誤解よエウレカ。アナタのことをとても大切に思っているから、ついつい過保護になってしまうの」

「ええ。その通りです。いとしさゆえにってヤツです」


 空気を読んで青年はここぞとばかりにダークエルフのお姉さんに乗っかる。

 

「ほんとー? ま、そういうことにしといてあげる」


 満更でもない表情をしている。チョロいご主人様である。


 すると「先輩。冒険者ギルドカードです」と奥から現れた若い受付嬢がソウジンのカードを持ってきてくれる。

「それと――」

 さらに若い受付嬢がなにやらラヴィアンの長い耳にささやく。


「……そう。了解。そのように手続きしておくわ」


 ラヴィアンは若い受付嬢に微笑むと、金属製のカードを受付カウンターに置く。


「ソウジンくん。カードに魔力マナを注いでくれる。それで登録完了よ」

「ソウジン。カードに手をかざせばいいよ」

「ういーっす」


 青年は言われるまま手をかざす。

 すると、パソコンが起動するみたいにカードに刻まれた文字に光が宿る。名前。ジョブ。冒険者ランクなどの文字が青く輝いている。

 前世ならば『ゲーミングカード(笑)』とでも呼ばれたことだろう。


「え! 待って! ソウジンってば最初からFじゃん!」


 なぜかピンクゴールドの少女が驚いている。


「ラヴィアンなんで? 普通、最初は一番下のHからスタートじゃん?」


「ギルマスの計らいよ」

「ギルマスが?」


「ええ。ソウジンくんの実力はすでにC級以上との判断よ。だから主人であるエウレカに合わせることにしたの。もちろん特例よ? 他の冒険者には内緒ね」


「そっか。ランクが違うとクエストを一緒に受けられない場合があるもんね。助かるかも」

「なるほど、ギルマスによろしくお伝えください」


「続けてクエストの斡旋なんだけど――」


 そうダークエルフのお姉さんが職業神託神殿の神託官が手にしていたのとよく似た

タブレット型の水晶版を取り出す。

 これもお嬢が言っていた魔具マグの一種なのだろう。


「とりあえずお金が稼げそうなのがいいのよね?」

「できれば冒険者ポイントも稼げると嬉しいかも。ランクを上げたいから」


「もう欲張りな娘ね……エウレカはずっとソロだったからオススメしなかったけど【紺碧こんぺきの楽園】に挑戦してみる?」


「ほんとー! 【紺碧こんぺきの楽園】って街の近場にある大人気スポットじゃん! 嬉しい! ずっと行ってみたかったんだ!」


「魔物の素材が高値で取引されるの。とてもお金が稼げるわ。ただ魔物の数がものすごく多い。上手に戦わないとすぐに乱戦になってしまうから注意よ」


 いわゆるオンラインゲームの『リンクしやすい狩場』のイメージだろうか。


「だからギルドとして『パーティーを推奨』してるの。でも、今のエウレカなら大丈夫ね」


「うん! それでお願い! 今のあたしは一人じゃないから!」


 そう言ってピンクゴールドの少女が嬉しそうに青年を見つめてくる。

「はい。お嬢には俺がついてます」

 屈託ない少女の笑顔に青年の顔も自然と綻んでしまう。


「ふふふ、了解。じゃあ【紺碧こんぺきの楽園】のクエストを幾つか受注処理しておくわ」


 ラヴィアンが慣れた手つきでタブレット型の水晶版を操作する。


「そうそう。エウレカ。ソウジンくんを買って『すっかり手持ちがなくなっちゃった』って言ってたけど、ちゃんとポーション類とか防護テントとか最低限のアイテムは持ってるんでしょうね?」


「もう! 過保護! 言われなくとも持ってるよ!」


「そもそも。奴隷を買うより先に自分の装備をもっとちゃんと整えるべきだと私は言ったわよね? 冒険者にとって身を守るための装備品がいかに大切なのか改めて説明したほうがいかしら?」


「もう! 分かってるってば! 金を稼いだらすぐに整えるから!」


 娘と母のような二人のやり取りに青年は思わず笑ってしまう。


 やはりダークエルフの彼女は美しく賢く母性にあふれる実に理想的な女性である。

 ならば27歳独身男性としては尋ねるのが義務であろう。


「あ、ラヴィアン。最後に一つだけ質問いいですか?」


 青年が唐突に真剣な表情を浮かべたので彼女は「ええ。どうぞ……」と少し戸惑っている。



「ラヴィアンは――結婚はしてますか?」



「え? してない……けど……?」

 ラヴィアンはかなり戸惑っている。


「じゃあ! 恋人は!? 現在! 恋人はいま――」


 瞬間だ。隣から震える声で〈マスター権限行使〉という言葉が流れてくる。


「――すか痛い痛い痛い痛い痛いィィィィィ! 手がァ! 手がァ! 燃えるように熱いィィィィィィィィィィ!」


 直後、青年が手の甲を抑えながらギルドの床を激しく転げまわったのは言うまでもないことだった。

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