第10話 真夜中の告白
耳鳴りがするような静寂に支配された真夜中。
よだれを垂らし口を半開きにして眠る黒髪青年の近くでギシと床が
即座、青年は飛び起きる。
青年は枕にしていたブロードソードを素早く腰に手繰り寄せると、柄に親指をグイっと押し当て『抜刀の構え』で暗闇に鋭利な視線を走らせる。
鋭敏な反応。よどみない戦闘態勢への移行。
これは大草原で命がけのサバイバル生活を生き抜き手に入れた実戦感覚だ。
ちなみにそんな過酷な環境に転生させてくれやがった女神様にはちっとも感謝していない。
「ソウジン? 大丈夫……?」
屋根裏の三角窓の隙間から差し込む月明かりにピンクゴールドの少女の心配そうな表情が照らし出されていた。
名のある西洋絵画のような美しく幻想的な光景に鼓動が跳ねる。
「お嬢もしかして……夜這いですか? あざーっす!」
「あざーっすじゃないよ! ソウジンがうなされてたから起こしただけだよ!」
「俺が? うなされてた? 社畜時代の夢でも見てたのか?」
なぜだろう。仕事の夢を見る時は決まって『失敗する夢』だった。
いや、なんでだよ。夢くらい大成功させてくれよ。
「それにソウジン、身体を縮めて寒そうに床で丸まってたからさ……」
転生者特典というやつだろうか。現在の黒髪青年は過酷な環境でも余裕で耐えられるだけの肉体を手に入れている。
なので、ちっとも寒くはない。うずくまって寝ていたのは魔物にいつ襲われてもすぐに反応できるようにだ。
「あー、そうっすね。ちょっと寒いかもしれません」
だが、空気を読んで上司にイエスマンする彼はよく訓練された元社畜であった。
「そっか……やっぱり寒いよね」
なにやらピンクゴールドの少女が逡巡している。
やがてお嬢様がおずおずと提案してくる。
「だったら、その……あたしと一緒にベッドで寝る?」
「寝ますッ!」
「返事はやッ!」
「不埒な考えは一切ありません! 不詳、
「言っとくけど、奴隷が主人に危害を加えようとしたら【
まったく信用されてなかった。
「失礼しゃーす」
黒髪青年はピンクゴールドの少女に触れないにように慎重にベッドに潜り込む。
二人は互いに背を向けて横になる。
安宿の簡易なベッドではあるが、やはり久しぶりのベッドは至福だ。深い海の底にゆっくりと沈んでゆくような感覚に包まれている。
「……ソウジン? まだ起きてる?」
ところが、しばらくして大間のマグロよろしく海の底から一本釣りされる。
「いいえ。寝てます」
「嘘じゃん。起きてるじゃん」
ピンクゴールドの少女に肘で背中を小突かれる。
「あの、さ……お昼にカフェで出自に関してちょっとした事情があるってあたし言ったじゃん……」
背中側から神妙な声が流れてくる。
「言いましたね」
薄暗闇の部屋にしばし無言の時間が流れる。
さすがに察する。彼女が重大な秘密を打ち明けようとしていることを――。
「その! 実はあたし――亡国のお姫様なんだ!」
盛大な告白が薄暗闇を斬り裂く。
「なるほど」
「あれ? ソウジン……驚かないんだ?」
「いえ、驚いています。ただ大きな声を出すほどじゃないというか」
「なんで?」
「お嬢って服装は地味目だけど、存在が途轍もなく派手なんですよ」
「派手? あたしそんな派手かな? この髪? やっぱり目立っちゃう?」
「いえ、悪い意味じゃありません。存在にすごく華があると言ってるんです」
「そう……かな?」
「それに口調は砕けてますが、佇まいや振る舞いはすごく上品だ。それで育ちが良さそうだなって。だから『訳あり貴族のお嬢様』って感じの予想はしてました」
「へー、ソウジンって観察眼があるんだね」
「観察は弱者が生き残るための必須の生存戦略ですから」
社畜という名の弱者だった男の言葉は重いのである。
「ただ亡国のお姫様ってのは穏やかじゃないですね」
「あたしの国……【ストラーヴァ】はあたしが4歳の頃に滅びたんだ。生き残りはあたしだけ。【
「なぜ国が滅んだのか理由を聞いても?」
「うん……あたしも実際にこの目で見たわけじゃないけど……『魔物の大群』に滅ぼされたらしいの」
「魔物の大群ですか!」
異世界ならではの理由にさすがに大きな声を上げてしまう。
「あたしは知りたいんだ。どうしてストラーヴァが滅びなければならなかったのか。現在のストラーヴァがどうなっているのかを……」
「その口ぶりだと『では明日さっそく見に行きましょう』なんて簡単な話ではなさそうですね」
「うん。ストラーヴァは【暗黒魔境シュバルツ】と呼ばれる世界最高難度と言われるダンジョンを突破しないとたどり着けない場所にあるんだ。だから滅びる前は外界とは
「当然、その
「うん。自力で【暗黒魔境シュバルツ】を突破するしかないの。そのためにはあたし自身が最強の冒険者になる必要があるんだ」
「なるほど。だから奴隷商館で『強いジョブを持つ戦える仲間』が欲しいと言ってたんですね」
すると、背後で彼女が小さなため息を零す。
「……あたしを育ててくれたお婆ちゃんは亡くなる前に言ってくれたんだ。『ストラーヴァのことをもう忘れて、ただのエウレカ・エウルシュタインとして幸せな人生を送りなさい』って」
「いいお婆ちゃんですね」
「うん……」
「でもお嬢はストラーヴァを忘れられなかったと……それはなぜです?」
「罪悪感だね」
「え? 罪悪感……?」
それは予想外の返答だった。
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