第9話 本音と建前

 部屋着に着替えたエウレカが鼻先にビシと指を突き付けてくる。


「ソウジン! 変な気を起こしたら許さないからね!」


 改めて釘を刺される。


「ハハハ! ご冗談を。俺は元社畜のエリート奴隷ですよ? 主人に対して不埒な感情を抱くなんてプロ意識に欠ける真似は絶対にしません。絶対に!」


「ほんとー?」

「ええ。おっちょこちょいの女神様に誓って本当です」


 黒髪青年はお得意の営業スマイルで応える。

 ところが、女の勘というやつだろうか。

 即座、彼女は胡乱な眼差しで唱える。



「〈マスター権限行使〉。我、奴隷〈ソウジン〉に問う。今の発言に嘘はないか?」



「ちょっと、勘弁してくださいよ命の恩人であるお嬢に嘘をつくはずが痛い痛い痛い痛いィ! 手がァ! 手がァ! 燃えるように熱いィィィィィィィィィィ!」


 黒髪青年の【従属紋チェイン】が真っ赤に光り輝く。


「嘘じゃん! 思いっきり嘘ついてるじゃん!」


「サーセンッ! 本当は『超絶かわいいギャルJKと一つ屋根の下でお泊まりできるなんて最高すぎるゥ!』って内心でガッツポーズしてましたァァァァァァ!」


 熱々の焼き印を手の甲に押されたかのような激痛に青年は床を転げまわる。どうやらこの強烈な痛みが嘘に対するペナルティらしい。


「信じらんない! こんなエロ奴隷と一緒になんかいられない!」

「お嬢! 違うんです!」

「なにが違うの!」



「俺の好みの女性は『年上の綺麗なお姉さん』タイプなんです!」



「…………え?」


「お嬢のことは可愛いとは思うんですけど、ちょっと子供っぽいというか、俺のストライクゾーンからは外れるんで! だから安心してもらって大丈夫でーす!」


 黒髪青年が『人畜無害でーす』とばかりの笑み浮かべる。だが、なぜかピンクゴールドの少女は眉を引くつかせながらワナワナと震えている。


「あー、もう無理ィ! 明日の朝一番に返品する! ソウジンを奴隷商館に返す!」


 黒髪青年こそ沖田オキタ総仁ソウジンは気づいていない。

 仕事が忙しかったからではない。この絶妙なデリカシーのなさが、社会人になってから彼に彼女が出来なかった決定的な理由であることを――。


「どうかなにとぞ! なにとぞ! 今一度のチャンスを! もう二度とこのようなことが起こらないように致しますので!」


 青年は社畜時代につちかった謝罪スキルを駆使してひたすらピンクゴールドの少女に謝り続けるのである。

 ちなみにしばらくして『ウルサイ』と宿屋の店主から怒られた。


「もう少し声を抑えって……ち、違います! あたしたち別にやましいことなんてなにもしてません!」


 ピンクゴールドの少女は耳まで真っ赤にしている。

 どうやら宿屋の店主にをしていたと勘違いされたようだ。


「いや、だとしたらどんなアクロバティックな営みだよ!」


 返品されては堪らない。青年はご主人様をこれ以上、刺激しないように部屋の隅にひっそりと身を寄せる。

 ブロードソードの鞘を枕に床にごろんと寝転がる。今日はいろいろあって疲れた。瞼を閉じればすぐにでも夢の世界に旅立てそうである。

 ピンクゴールドの少女が心配そうな声を発する。


「ソウジン、もしかして床で寝るつもり?」

「はい。ベッドはお嬢が使ってください。俺は床で十分です」


 嘘である。


(本当はベッドで寝たいけど……今は己の欲望よりお嬢の信頼を優先すべきだろう。俺が人畜無害な奴隷だと行動で証明しないと。それに独房の冷た石畳よりも断然ましだしね)


 これは嘘じゃない。


「ベッドには決して近づきませんので安心してお休みください」

「うん……ごめんね」

 

 ピンクゴールドの少女は申し訳なさそうにベッドに潜り込む。


 異世界での奴隷の立場や扱いがどんなものか。黒髪青年はまだ正確には理解していない。

 だが、彼女が恐ろしく優しいご主人様だというのは確信している。


(お嬢は人が良すぎるよな。おそらく冒険者としては優しすぎるんだ。だから騙されるし見くびられる。いつかその優しさが命取りにならないといいが……)


 ならばと黒髪青年は決意する。


「いや、その時は俺がになればいいだけの話か――」


 エウレカ・エウルシュタイン。彼女はお人好しなご主人様である。

 だが、打算をまるで感じさせない彼女の優しさや真っ直ぐさは、元社畜にとって涙が出そうになるほど温かい。

 寒い冬の日に飲む自販機のコーンポタージュくらいあったか~い。


 気づくと青年は、この無垢な少女を『誰にもけがさせてはならない』という強い使命感に駆られているのだった。

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