第8話 ご主人様に乾杯
「とにかく、舐められないように
ピンクゴールドの少女が頬杖をついて長いまつ毛を伏せる。
「なるほど。お嬢はそれで奴隷を?」
「うん。だって奴隷は主人に従順じゃん? あたしのことを見くびらないし裏切らないじゃん? 常に一歩引いて主人を立ててくれるじゃん?」
「あれ? 一歩引く? 俺のスタンスってこの世界の奴隷として間違ってます?」
前世の価値観の影響だろう。主人に対していくらなんでもフランクすぎたかもしれない。青年は急に不安になってくる。
「うん。間違ってると思う」
「やっぱりか!」
「だってソウジンみたいに主人に馴れ馴れしい奴隷って見たことないもん」
「改めたほうがいいですかね? 『奴隷のしつけがなってない』とかなんとか周囲から言われて、お嬢に嫌な思いをさせるのはちょっと……」
郷に入っては郷に従え。元社畜の青年にとって環境に順応することはそれほど苦痛ではない。
ところが、ピンクゴールドの少女が前髪を左右にフルフルと揺らす。
「このままでオッケーだよ。あたしが
黒髪青年の顔をまじまじと見ながらピンクゴールドの少女がくすりと笑う。
「実はさ……奴隷を買うハードルとして高額な値段もそうだけど、奴隷と上手くやっていけるかなって心配が大きかったの。主人と奴隷って長い時間一緒に過ごすわけじゃん? もし気が合わなかったらめちゃツラじゃん?」
「確かに。辛すぎますね」
反りの合わない上司との長時間のタクシー移動の気まずさを思い出す27歳独身元リーマンである。
「でも、ソウジンのテキトーさにあたしは救われたんよ。ソウジンみたいな奴隷なら、案外、なんとかなりそうじゃんって」
「ん? 俺、褒められてます? けなされてます?」
「褒めてる褒めてる! あたしにはこの距離感が合ってるぽい。周りからウルサイこと言われても『これがあたしのやり方だから!』って無視するから平気」
だからそこ不可解だった。
「やっぱり不思議だな」
黒髪青年はピンクゴールドの少女を見ながら眉をひそめる。
「なにが?」
「いやね。お嬢のような優しくて気遣いのできる人なら信頼できる仲間くらいすぐに出来そうだと思って。ほら、俺とも出会ったばかりなのにこんなにも会話が弾んでるじゃないですか?」
「だってソウジンとは最初から『主従』っていう絶対的な関係性があるからさ。気が楽なんだよ」
「それはそうか。仕事でも立場が曖昧なのが一番やりづらいかったりしますしね」
たとえば係長より、いっそ部長とか専務くらい圧倒的に立場が離れているほうが関わりやすかった想い出がある。
「別に誰かと仲良くなること自体が苦手ってわけじゃないよ? 人と話すのも好きだしさ……」
途端、ピンクゴールドの少女が言いよどむ。
どうやら黒髪青年は触れてはいけないことに触れたようだ。
「すみません。奴隷のぶんざいで出過ぎたことを……忘れてください」
エウレカが再びフルフルとピンクゴールドの前髪を揺らす。
「気にしないで。あたしには出自に関してちょっとした事情があってさ……そのせいで濃密な人間関係を築くのが怖いんだよね」
「なるほど」
これ以上の詮索はしない。それが奴隷の嗜みであろう。
奴隷の消費期限ってのはどの程度なのかは知らないが、おそらく彼女とはそれなりに長い付き合いになりそうだ。
信頼を積み重ねてゆけば、いずれいろいろと話してくれる時が来るに違いない。ただ今は素晴らしき出会いに乾杯するのみだ。
黒髪青年は愛らしいご主人様にティーカップをそっと掲げてるのである。
◆◇◆◇◆
水の都アクエスはすっかり夜のとばりに包まれている。
ますますの賑わいを見せているのは歓楽街くらいだろう。
異世界の歓楽街がどんな雰囲気なのかは大いに気になるところだ。
特に色っぽいお店の調査をしてみたいと切に願う27歳独身男性ではあるが、17歳の多感な年頃の少女からのお軽蔑の眼差しが怖いので顔には出さない。
「ソウジン! 冒険者ギルドには朝一番に行こう!」
とりあえず今日は宿屋で休むことに。
しかし、宿屋を訪れたのはいいが、エウレカがなにやら店主の中年男性ともめている。言葉が分からないソウジンはただただ見守ることしかできない。
やがてソウジンたちはこじんまりとした屋根裏部屋に通される。
天井が低い部屋には小窓とベッドが一つあるのみ。
学生時代に下宿していた六畳一間を思い出させる貧弱さである。
ピンクゴールドの少女が天井から吊るされたランタンにおもむろに手をかざす。パッとランタンに光が灯され部屋全体を明るく照らす。
「うお! すごい!」
「そっか。ソウジンは転生者だから【
ピンクゴールドの少女がくすりと笑う。
「
「
「へ? もしかして俺も使えるんですか?」
「うん。生活系の
どうやら魔力には指紋のように個体差があるらしい。
「それって俺にも魔力があるってことですよね?」
「当然だよ。さっき大通りでひったくり男を倒す時、思いっきりアビリティを使ってたじゃん?」
「はい」
「魔力がないとアビリティは使えないもん」
「へー、そうなんですね」
この世界について学ぶべきことは多そうである。ただ苦痛ではない。
新しい大作ゲームを始める時のような胸の高鳴りをソウジンは感じていた。
「ソウジン。あたし部屋着に着替えるから後ろ向いてて……」
緊張した面持ちのピンクゴールドの少女がおずおずと背中を向ける。
「あ! お嬢、いいんですか?」
「な、なに?」
おへそをチラと覗かせたピンクゴールドの少女が身体を震わせる。
「確かに俺たちは主人と奴隷の関係ですけど……男女が一つ屋根の下って大丈夫なんですか……?」
「大丈夫じゃないけど……しょーがないじゃん。お金がないんだから」
「は? 金がない? お嬢、お金は計画的に使わないとダメじゃないですか」
自慢じゃないが前世ではそれなりに貯蓄はあったのだ。仕事が忙しすぎて使う暇がなかったという悲しい理由だが。
そんな上から目線の黒髪青年に彼女がカッと目を見開く。
「どうしてお金がないか教えてあげようか! ソウジンを買うのに手持ちを全部、使っちゃったからだよ!」
「スンマセンデシタァァァァァァァァァァ!」
土下座する勢いで
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