第7話 奴隷剣豪かく語りき

「そんなソウジンがどうして奴隷になっちゃったの?」 


 食後のハーブティーをたしなみながらエウレカが尋ねてくる。


「よくぞ聞いてくれましたお嬢! 転生した俺が最初に目覚めた場所がどこか分かりますか?」

「どこ?」


「恐ろしげな魔物がうようよいる『大草原のど真ん中』っすよ?」


「やばいじゃん! ソウジンよく生きてたね!」

「マジでそれ! 何度死ぬと思ったか……オークの大群に襲われるは、狼の群れに囲まれるは、巨大なワイバーンには追い回されるは、生きた心地がしませんでした」


 黒髪青年が盛大にため息をこぼす。


「でも……前世の平和ボケした考えは速攻で消え『らなければられるシビアな世界』に転生してしまったのだと早々に腹はくくれました。命がけのショック療法ですけどね」


 まったく胸が痛まないとは言わない。

 だが、今の黒髪青年ならば魔物はもちろんのこと、己に危害を加える対象ならば人間でも斬ることをいとわないだろう。

 それほどの過酷な時間をソウジンは異世界ですでに経験済みだった。


「え? ちょっと待って……ワイバーンって言った? 大草原の?」


 なぜかエウレカが目を丸くしている。 


「ええ。緑色の空飛ぶでかい翼竜です」


「嘘……最近、冒険者ギルドで〈スプライト大草原〉の『大草原の殺し屋プレーリー・アサシン』が何者かに討伐されたって噂があったけど……まさかソウジンの仕業なの……?」


「さあ? 『大草原の殺し屋プレーリー・アサシン』ってのはよくわかんないっすけど、ワイバーンをぶった斬ったのは俺です」


 ピンクゴールドの少女が「〈マスター権限行使〉」と早口で唱えて黒髪青年の腕を掴むと手袋をめくって【従属紋チェイン】を確認する。


「嘘ついてないじゃん!」

「嘘ついてないですもん」


「わかってんのソウジン!? 『大草原の殺し屋プレーリー・アサシン』って名の知れた『ネームドモンスター』なんだよ?」


「いやいや、分かるわけないでしょ? 異世界人の俺が」

「ネームドモンスターをソロで倒しちゃうなんて……それってもう【S級冒険者】じゃん!」

「S級冒険者?」


 次々に知らない単語が飛び出してくる。

「どうやって! どうやって倒したの!?」

 ピンクゴールドの少女が興奮した様子で捲し立ててくる。


「どうやってって……アビリティを発動させて【カタナ】でズバッと斬っただけですけど……俺はただ生きるために必死で戦っただけです」

「刀? なにそれ?」


「武器です。片刃の剣。目覚めたら腰に装備してたんです。その刀の切れ味が素晴らしくて、ぶっちゃけ武器に助けられたって感じですね」


 菊の花を模したつばが特徴的なそれは青年がイメージする刀よりも細身で長く、白銀色の美しい鞘には『菊一文字きくいちもんじ』とのめいが刻まれていた。

 刀に詳しくない青年だが、『菊一文字きくいちもんじ』はゲームなどでたまに見かける名前なのでおそらく有名な刀だったのだろう。


「あれ? もしかして刀ってこの世界にないんですか?」

「うん。聞いたことない。片刃の剣はあるけど、メジャーではないよ。片手剣はソウジンが今装備してるブロードソードみたいな両刃が主流なの」

「なるほど。剣豪と同じで刀はあまり馴染みがないのか」

「で? その『素晴らしい切れ味の刀』はどうしたの?」


「盗られました」


「盗られた! どういうこと?」

「実は……何週間も飲まず食わずで戦ってフラフラになりながら、どうにか人里にたどり着いたんです。その村で初めて言葉が通じないってことを知るんですが……」


 黒髪青年が苦虫を噛み潰す。


「腹が減って死にそうだった俺は身振り手振りで村人から食い物を恵んでもらったんです。そしたらなんとその食い物にが盛られてたんです!」


「え? 毒! ひどい! ソウジン大丈夫だったの?」

「いえ、大丈夫ではなかったです。ちゃんと生死の境を彷徨いました。でも俺が転生者だからかな? どうにか一命はとりとめたんです。ただ……」

「ただ?」



「目覚めたら武器を奪われ奴隷商人に売られてました」



 黒髪青年は小さく首をすくめてみせる。


「以上が俺が奴隷になった顛末です」


「あっちゃー、それただの村人じゃなかったのかも。人身売買とか追いはぎを生業なりわいにしている『盗賊団』とかだったのかも」


迂闊うかつでした……今思えばものすごく人相が悪かった。ただ俺は腹減って死にそうだったし、大草原をずっと孤独に彷徨ってたから人恋しくて……」

「それは反省だね。でも、人恋しいって気持ちはあたしにも少しわかるかな……一人は寂しいよね」


 呆れられるかと思ったが、ピンクゴールドの少女は共感してくれる。


「あたしは二年くらいソロで冒険者をしてるんだけど……最近、ソロの限界を感じ始めててがいてくれたらなって……」


 談笑している冒険者らしき一団が座るテーブルに、ピンクゴールドの少女がチラリと羨ましそうな視線を向ける。


「ソロって気楽だけど不便なんだ。受けられるクエストとか限定されちゃうし、ダンジョン攻略とかも限界あるし。二人いないと開けられない扉のギミックとかソロに厳しくない? おかしくない?」


「ですよね」

 黒髪青年は深く頷く。前世のMMORPGではもっぱらソロプレイの元社畜である。


「でもお嬢。パーティーを組んだら組んだでわずらわしい人間関係に振り回されたり、時間的に拘束されたりとか、一長一短じゃないっすか?」


「そう! そうなの!」


 ピンクゴールドの少女が激しく同意してくれる。あくまでゲームの知識なのが、なんだか申し訳ない。


 エウレカが可愛らしいため息を零す。


「若いから? それとも見た目がチョロそうだから? わかんないんだけど、あたしってさ他の冒険者になんか舐められちゃうんだよね。取り分をちょろまかされそうになったり……」


「そりゃひどい」


 内心で『確かにお嬢ってとチョロそうですよね』と思ったが、エリート奴隷として決して口には出さない。


「それに……明らかにあたしの身体目当てのエロ冒険者とかもいるしさ!」

「お嬢は可愛いからな。エロい目で見てしまう男の気持ちも分か――」


「なーにー? ソウジン?」


「あ、いえ、その! お嬢をエロい目で見る不埒者ふらちものどもはこの俺が全員ぶった斬ってやりますよ!」

「はいはい」


 ゴミでも見るようなジト目の17歳女子に引き攣った笑顔を浮かべる27歳弱者男性の図であった。

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