第6話 意外に悪くないかも

「え!」


 対面に腰掛けるピンクゴールドの少女が大きな目をさらに丸くする。


「驚かないでって言いましたよね?」

「無理無理、驚くっしょ!」

「俺、異世界人なんです」

「え!」

「だからなんで驚くんですか。カフェの人たちに不審がられるじゃないっすか」

「ごめん。でも今のは最初とは違う『え!』だから」

「どういう意味ですか?」


 瞬間、ピンクゴールドの少女が端正な顔をぐいっと近づけてくる。



「……実はあたしの遠い遠いご先祖様が『異世界人』らしんだよね」



「え!」


 今度は黒髪青年が驚く番だった。


「あ! 自分だって驚いてんじゃん!」

「俺はいいんです。俺の言葉はお嬢以外、理解できないんだから」

「うっわ、なんかソウジンだけセコイ」


 不服そうに唇を尖らせるピンクゴールドの少女を無視して青年は続ける。


「もしかしてお嬢にだけ俺の言葉が理解できるのはご先祖様の影響?」

「あたしの中に流れる異世界人の血? でも、それしか考えらんないよね?」

「悩んでも答えは出そうにないんで、とりあえずそういうことにしておきましょう」

「そだね」


 すると、湯気がただようクリームシチューとバケットが黒髪青年たちのテーブルに並べられる。味もそれらしければ嬉しいのだが。

 初めて目にする異国の料理に青年はおそるおそるスプーンを口に運ぶ。


「お、悪くない悪くない。口に合う合う」


 魚介系のクリーム煮とでも言うのだろうか。魚介の出汁が効いていて濃厚で旨い。なにより久しぶりの温かな食事とあって黒髪青年は夢中でむさぼる。


「で? ソウジンはどういう経緯でこの世界に来ることになったの?」


 上品な所作で食事をしながらエウレカが尋ねてくる。


「実は前世で『足を踏み外して高所から落下した小さな女の子』を救ったんです。人命救助したご褒美でこの世界に転生させてもらえたみたいで」


 今にして思えばだが、あの時、ソウジンの脳内で響いた女性の声は【運命の女神ルナロッサ】様のものだったのかもしれない。

 

(いや、転職斡旋企業の『株式会社ルナロッサ』で働く女性オペレーターのものだったと言われたほうが納得できそうな内容だったけども!)


「わお! やるじゃんソウジン! 実は正義感の強い系男子だったんだね!」

「いや、ぜーんぜん。正義感なんて俺にはありませんよ」


 感心するピンクゴールドの少女に黒髪青年が気だるげに首を振る。


「そうなの……?」

「救ったのは善意でもなんでもないんです。たまたま通りがかった俺がにも女の子の落下地点の一番近くにいたってだけです」


 それはクレーム処理のために取引先に急いでいる途中だった。


「実際、『なんで俺なんだよ』って思いながら空からとんでもないスピードで落ちてくる女の子を猛ダッシュで受け止めたんです。でも、見ての通り俺は屈強でもないでもない。どちらかと言えばひ弱な成人男性じゃないですか?」


 ピンクゴールドの少女がけがれのない真っ直ぐな眼差しで頷く。



「うん! ソウジンって見た目すっごく弱そうだよね!」


 

 言葉のナイフが27歳独身サラリーマンもとい27歳独身奴隷剣豪の心にグサリと突き刺さる。


「いや、そこまで強く肯定しなくても……」

「あ、ごめん。嘘がつけなくて……」

「…………」

「…………」


 気まずい。互いのシチューをすする音だがしばらく響く。

 

「とにかくです! 女の子を受け止めた衝撃で俺はご臨終。まったく間抜けな最期ですよ。それをあわれんだんでしょう。女神様がこの世界で第二の人生を生きるチャンスを俺にくれたってわけです」


 自嘲気味に笑う黒髪青年に彼女が再び真っ直ぐな眼差しを向けてくる。今度はどんな言葉のナイフが飛んでくるのかと身構える。

 ところが、それは予想外の言葉だった。



「ぜんぜん間抜けじゃないよ。咄嗟だろうと、たまたまだろうと、命がけで誰かを助けるなんて簡単にできることじゃないじゃん。偉いよソウジンは。あたしはすごいなって思うよ」



 ピンクゴールドの少女はシチューに浸したバケットをぱくりと齧りながらさらりと言ってのける。


「あ。これ。やばいわ……」


 黒髪青年は慌てて俯き、シチューをすすって誤魔化す。

 なぜなら目頭に熱いものが込み上げてきたからだ。


 いい歳こいた大人が恥ずかしいのだが、十歳年下の少女の無垢な言葉がささくれだった心にクリティカルヒットしてしまったのだ。

 

(そういや俺、社会人になってからこんなにも真っ直ぐ誰かに褒められたことってあったっけ……?)


 間抜けな最期だった。間抜けな社畜人生だった。

 自分になにか誇れるものはあっただろうか。自分はどこで間違ったのだろうか。


 高校受験? 大学選び? 就職活動での面接? いや、全部か?


 薄れゆく意識の中、前世の黒髪青年には後悔しかなかった。

 しかし、目の前の彼女が褒めてくれたことで、そのすべてが報われた気がした。自分の人生が必ずしも無駄じゃなかったと肯定された気がした。


 満足そうに食事をするピンクゴールドの少女を見ながら青年は小さく笑う。


(第二の人生、いきなり奴隷になってどうなることかと思ったけど……意外と悪くないかも、こんな人生も――)


 元27歳独身社畜サラリーマン。

 現27歳独身奴隷剣豪。

 彼の異世界人生は始まったばかりだ。  

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