第5話 神殿リターン

 奴隷商館の地下にずっと収監しゅうかんされていたので気づかなかったが、ソウジンが今いる場所は結構大きめの地方都市らしかった。


「ここは海沿いの街〈アクエス〉だよ」


 修学旅行の学生よろしくキョロキョロする黒髪青年にピンクゴールドの少女が教えてくれる。

 アクエスの第一印象は『水の都ヴェネチア』だ。

 街の至るところに水路が伸び、アーチ状の橋が掛かり、小舟が移動手段として利用されている。

 温暖な気候の土地柄らしくビビッドな土壁の建物が立ち並び、通りを行き交う人々の服装も自由で大胆で鮮やかだ。


 異国情緒溢れる景観けいかんに黒髪青年の気持ちが浮足うきあし立つ。


 中でもソウジンが興奮したのは、甲冑に身を包んだ兵士や剣や戦斧せんぷなどを装備した冒険者風の人々が当たり前のように街中を闊歩かっぽしている光景だ。中世ヨーロッパ風のRPGの世界に足を踏み入れた気分である。


 ちなみに魔導士風のローブと杖を装備した若い女性のことをガン見してしまいピンクゴールドの少女から脇腹を小突かれた。

 

「あー、最高すぎる! 剣と魔法の大作オープンワールドを、寝る間も惜しんで遊ぶぞって時のあのワクワク感を思い出すなぁ!」


 隣ではエウレカが「おーぷんわーるど?」と不思議そうに小首を傾げていた。


          ◆◇◆◇◆


 街の中心部に神殿のような荘厳な建造物が姿を現す。これが【職業神託神殿】である。


 エウレカ曰く「この世界で冒険者を目指す人たちは13歳になると【運命の女神ルナロッサ】様のお導きである【職業神託しょくぎょうしんたく】によって自分がどんなジョブの才能があるのか知ることが許されているんだ」とのこと。


 国の主要都市には必ずあるらしい【職業神託神殿】で、お布施と言う名の手数料を支払うことで女神の代理人たる【職業神託官プリーステス】からジョブを神託してもらえるそうだ。

 ちなみに【職業神託官プリーステス】もジョブの一種らしい。

 見た目は看護師のような簡素な白装束である。


 そんな再び訪れた職業神託神殿で黒髪青年は、以前と同様に台座に設置された水晶球に触れる。

 同時、水晶球がパッと光り輝く。

 職業神託官が手にしたタブレット端末のような水晶版すいしょうばんを凝視する。

 やはり二週間前と同じように「ワカラナイ」と神託官から首を横に振られる。


「ちょっと私に『神託の石板』を見せて貰っていいですか?」

「○×△☆♯♭●□▲★※」

「ケチケチしないで! あたしなら文字が読めるかもしれないの!」


 神託官は戸惑いの表情を浮かべるが、ピンクゴールドの少女の勢いに圧されて『神託の石板』の画面を向ける。


「あ、読める! 【剣豪ケンゴウ】って書いてある! やったね! ソウジンのジョブは【剣豪】だよ!」


「剣豪? 俺が? なぜ?」


 黒髪青年が首を捻る。

 ソウジンに剣の心得はない。武士の家系でもない。学生時代は野球部だった。

 まあ、【社畜】というジョブでなかったのは幸いだが、とは言え【剣豪】にもまったく心当たりがなかった。

 やがて黒髪青年はハッとした表情を浮かべる。



「あ! もしかして名前か! 俺の名前が有名な剣豪に似てるからか!」



 黒髪青年は思わず頭を抱える。

 商品名を決める会議で煮詰まった結果、最終的に『ダジャレが採用されちゃった』的なカオスさを感じてしまう元リーマンである。


「ってかソウジン? 【剣豪】ってなに……?」

「○×△☆♯♭●□▲★※……?」

  

 ピンクゴールドの少女と神託官が不思議そうに顔を見合わせる。

 どうやらこの世界に【剣豪】というジョブは存在しないらしかった。


「ケンゴウ! ○×△☆♯♭●□▲★※!」

「え? ソウジンの【剣豪ケンゴウ】って新種のジョブかもしれないんですか!」


 にわかに職業神託神殿が騒がしくなる。

 まるで『ツチノコ』でも発見したかのように神託官のたちがぞろぞろとやって来きて黒髪青年たちを取り囲む。

 だが、目立つことを嫌うピンクゴールドの少女が、


「すみませーん! 彼、あたしの奴隷なんですけど記憶がないんです! 自分がどこの誰なのかもわかんないし、言葉も通じないんです! なので! 【剣豪】について詳しいことが判明したら報告に来るんで今日は帰らせてもらいまーす!」


 咄嗟に機転を利かせて場を収める。


「おー、『記憶がない』とは考えましたねお嬢。この世界に無知なのも『記憶がない』と言い張って誤魔化せそうだ」


 言葉が分からないのをいいことに黒髪青年は声に出して感心する。


「いえーい! 【ジョブ証明書】げっと!」


 その上、彼女はちゃっかりと必要な書類も入手する。

 エウレカは若いのにしっかりしている。意外に苦労人なのかもしれない。

 たとえば前世でも親元を早くに離れた同級生は圧倒的に大人びていた。


「うーん、さすがにお腹が減ったね。ご飯でも食べながらソウジンの『いろいろ』ってやつを聞かせてもらおうじゃん」


 神殿を出ると、陽が傾き水の都が茜色に染まり始めていた。

 黒髪青年たちは、見晴らしが良く吹き抜ける風が心地いい川べりのオープンカフェで食事を取ることにする。


「ところでお嬢、奴隷って主人と同じテーブルで食事していんですか?」

「あたしは気にしないよ。けど……明確に線引きしてる人はいるよね。特に貴族なんかは身分に関して厳格だよ」

「なるほど」


「冒険者にも奴隷を自分の所有物として雑に扱う人たちがいるけど、あたしは好きじゃない。奴隷にだって感情はあるじゃん。かわいそうじゃん」


 実にまっとうなご主人様である。


「でも、ソウジンが奴隷ってことを気にするお客さんもいるかもだから【従属紋チェイン】は手袋で隠しておいて。余計なトラブルは避けたいもんね」

「ういーっす」


 椅子に腰かけると、言葉が分からないソウジンの代わりにエウレカが「てきとーに美味しそうなの頼むねー」とウェイトレスに注文してくれる。


 周囲の客たちに黒髪青年の言葉は理解できない。

「お嬢、驚かないで聞いて欲しいんですけど」

 なので青年はそう前置きしてあっさりと告げる。


「俺、実はこの世界の人間じゃないんです」


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