第4話 ジョブ証明書

「だ、大丈夫だよな? 死んでないよな……?」


 エウレカに便と言われたので手加減した。

 ハエたたきのごとく刃ではなくブロードソードの幅広の側面で背中をバチンと殴打するイメージでアビリティを発動させた。

 ところが、思ったより大袈裟な結果になってしまった。


「まいったな……まださじ加減がわかんないんだよなぁ」


 現在のソウジンは『コマンド式のRPG』の状態だ。

 脳裏にあるアビリティを選択すれば自動で発動するのだが、威力に強弱をつけるといった繊細な感覚はまだはっきりとは掴めていなかった。


「徐々に慣れてゆくってことで。うん。とりあえず結果オーライだ!」

 

 黒髪青年はそう自分に言い聞かせながら振り返る。

 奴隷商館前で立ち尽くすピンクゴールドのご主人様は、往来の人々と同様に唖然と固まっていた。


「お嬢ォ! どうっすかァ? 俺のこと見直しましたかー?」


 ソウジンが笑顔で手を振ると、往来の人々がなにごとかと一斉にピンクゴールドの少女に視線を送る。

 エウレカはハッとしてフードを目深にかぶると、血相を変えて黒髪青年の下に駆け寄って来る。

 彼女は細い眉をカモメのように羽ばたかせて黒髪青年の手を掴むと、


「もう! ソウジン! 目立ちすぎ!」

 

 逃げるようにして人気のない裏路地に黒髪青年を引き連れてゆく。

 

(あれ? 俺、なんかやっちゃったか……?)


 ソウジンがそんなどこかで聞いたことのある焦燥感を抱く。

 エウレカが怒っている。無知な黒髪青年が知らず知らずのうちに異世界のタブーを犯してしまった可能性は十分にあるだろう。


(……よし。いざとなったら全力で土下座しよう)


 エリートな元社畜には腹の足しならないプライドは皆無だった。

 ところが、エウレカの反応は予想外のものだった。


「奴隷商館の近くで派手にやりすぎだよ! 代表にソウジンが本当は強いってのがバレちゃうじゃん!」


「……へ?」

「ソウジンを半額で売ったことを後悔して返してなんて言われたらどうするの? そうなったらあたしすごく困る!」


 ピンクゴールドの少女はそんな可愛らしい心配していた。


「でも、ひったくりを見事成敗したのは褒めてあげる! 偉いよソウジン!」


 叱った後にはちゃんと褒める。実に理想的なあるじだ。

 今、骨を投げられたら人としての尊厳をかなぐり捨ててワンワンと吠えながら尻尾を振って取りに行く自信がある。


「びっくりだよ! ソウジンやるじゃん! 強いっての嘘じゃなかったんだね!」


 クリスマスプレゼントに最新のゲーム機をもらった少年のようにエウレカが碧眼をキラキラと輝かせている。

 主人の喜ぶ姿が素直に嬉しい。もっとエウレカのことを喜ばせたいという気持ちになってくる。


(あれ? 俺、意外に奴隷に向いてる……?)

 

 自分の根っからの社畜気質が恐ろしい。


「でも、一体、ソウジンのジョブはなんだろうね? かなり強そうなんだけど……心当たりはないの?」

「どんなアビリティを使えるのかは感覚的に理解してるんすけど、俺の知識不足からか、どんなジョブなのかはさっぱりなんです」

「うーん、やっぱりジョブを明確にしておかないと問題あるよね」


 エウレカが上品に膨らんだ胸元のポケットから金属製のカードを取り出す。


「これ【冒険者ギルドカード】。冒険者の証明書だよ。これね、国の公共施設を利用する時とか、宿屋に泊る時とか、アイテムを売買する時とか、さまざまな場面で身分証明としても使えるからすんごく便利なんだ」


 前世で言うところの自動車の免許証と同じようなものだろうか。


「でね? この【冒険者ギルドカード】を入手するには、職業神託神殿で発行してもらえる【ジョブ証明書】が必要なんだ」


 自動車の免許を取るのに住民票が必要なのと同じようなことだろう。


「受付嬢のお姉さんもクエストを斡旋する時に冒険者のジョブがわかんないんと困るじゃん? あたしも主人としてソウジンのジョブを聞かれて『わかんなーい』とは言えないしさ」

「確かに。それならもう一度、【職業神託神殿】に行くべきですかね?」


「うん! それがいいと思う! 奴隷商館の代表は『文字化け』しててジョブが不明だって言ってたけど、あたしはこうやってソウジンと意思疎通が図れるじゃん? もしかしたら文字が読めるかもじゃん?」


「なるほど! その可能性に賭けましょう!」


 黒髪青年たちは、未だにざわついている大通りを避けて、そそくさと街の中心部にある【職業神託神殿】に向かうのである。

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