第16話 等価交換

 ギルマスが景気よくバチンと自分の太ももを叩く。


「こいつは話がはえーや! 偶然にも俺様がお前たちに依頼しようと思ってたのはその『ラヴィアン』に関する件なんだわ」


「え! ラヴィアンの? なになに? どんな話?」


 ピンクゴールドの少女が食いつく。どうやらエウレカにとってあのダークエルフは特別な存在らしい。


「エウレカは知ってんだろ? ラヴィアンが元冒険者ってのは」

「知ってるもなにも! ラヴィアンは元A級じゃん! 二年前まではこのギルドのエース冒険者だったじゃん!」

「へー、そりゃ強いはずだ」


 洗練されたダークエルフの身のこなしを黒髪青年は思い出す。


「ならよ! ラヴィアンがどうして冒険者を引退してギルドの受付嬢をしてるかは知ってるかァー?」

「詳しくは知らない………ラヴィアン、あたしには話してくれないんだよ。以前、それとなく尋ねたら左腕に大きな怪我を負ったからって言ってたけど……」


 ピンクゴールドの少女はしゅんと小さく肩を落とす。

 

(なるほど……道理で彼女の左腕がだらりと無防備に垂れ下がっていたわけだ。いや、だが、片手だけでも十分に油断ならない相手だったけどな)


「たぶん別に理由があるよね? 回復魔法で治癒できない怪我って変だもん!」

「よく見てんじゃねえーかエウレカ! あれは怪我じゃねえ! だ!」


「呪い!?」


「おう! 三年前、ラヴィアンはパーティーの仲間をかばって【カースドドラゴン】が死に際に放った【腐敗の呪縛】を左腕に受けちまったのさ。そのせいで左腕がまったく動かなくなっちまったってわけだ」


「それって教会でも解呪できないの?」


「無理だな。倒したのがかなり上位のカースドドラゴンだったみてえでな。解呪できるとしても教会の上の方の連中くらいじゃねーか?」

 

「じゃあ無理じゃん! 教会の上の方の人なんて王様とか大貴族でもなきゃ話すらできないじゃん!」


「おう。そこでだ! 俺様はエウレカとあんちゃんの腕を見込んでクエストを依頼しようって寸法よォ」


「それって別の解呪方法があるってこと!?」

「あたぼーよ!」


 ぐいっと身を乗り出すピンクゴールドの少女に応えてギルマスもド迫力の強面をぐいっと近づける。


「解呪方法は二つだ! 一つは【カースドドラゴン】を討伐してその心臓【カースドハート】を持ち帰る。これが解呪薬の素材になるらしんだわ」


「ダメじゃん! あたし! まだF級だよ? カースドドラゴンとかS級とかA級の冒険者パーティーじゃなきゃ討伐できないじゃんか!」


「だろうな」

「じゃあなんで言ったし!」

「あ? 情報として知ってて損はねーだろ?」

「それはそうだけど……」


 唇を尖らせるピンクゴールドの少女を白髪白髭オールバックのイケオジが孫をからかう祖父のように笑っている。

 なんだかんだこの二人は良好な関係のようだ。


「安心しろやエウレカァ! 本命はもう一つのほうだッ!」


 そう言ってギルマスが眼前のローテーブルにバチンと地図を叩きつける。

 それは海沿いの街〈アクエス〉を中心とした周辺の地図だった。


「おお! やった! 文字も読めるようになってるぅー!」


 ギルマスは地図の北側にある特別に色の濃い場所を指で弾く。


「去年、新たに発見された【毒の沼地ダンジョン】についてはエウレカも噂くらいは知ってんだろ?」


「うん! 冒険者の間ですごい話題だったもん! でも『B級冒険者以上』じゃなきゃ探索禁止の制限あるじゃん」

「まあな」

「だからF冒険者のあたしには関係ないやって思ってた」


「そりゃ未知のダンジョンだからよォ。ギルマスの俺様としてもヒヨッコどもにホイホイ行かせてポコポコ死なれちゃ堪らねえ。とりあえず制限をつけさせてもらったわけだ」


「なるほど。至極真っ当ですね」黒髪青年が頷く。


「その【毒の沼地ダンジョン】はアンデッド系の魔物がうようよいやがるんだが、深い階層には【カースドドラゴン】もいるって話だ」

「え? それを討伐しろって話してる?」


「そこまでお前たちヒヨッコに期待してねーよ! そりゃ【カースドドラゴン】を討伐できりゃそれに越したことはねーが、正直、リスクの割に旨味が薄いからなァ。討伐は現実的じゃねえわな」


「えー、じゃあどうすんのさ?」


 途端、ギルマスが声を潜める。



「実はここだけの話だがよォ。その【毒の沼地ダンジョン】の宝箱からにするらしいんだわ――【万能霊薬エリクサー】が」



「す、すごいじゃん! 不老不死の薬でしょ! 売れば大金ゲットじゃん!」


 黒髪青年も思わず「おお」と唸ってしまう。

 この世界についてまだまだ詳しくないが、前世のゲームの知識でエリクサーの価値に関してはなんとなく分かる。


「寝ぼけたこと言ってんじゃねーぞ。さすがに不老不死ってのは眉唾だ」

「え? そうなの?」


「だが、万病、呪い解呪、アンチエイジング、エリクサーにはさまざまな効果がある。金に糸目はつけねえって金持ちはごまんといるわな」


「そっか。やっぱりB級以上の冒険者じゃないと探索できないダンジョンともなると、ゲットできるお宝もすごいんだね」

 

「おう! その探索制限だけどよォ。近々『C級冒険者以上』に緩和するつもりだ。俺様の言ってる意味が分かるよなァ! エウレカァ!」


 強面のイケオジが剣呑に目を細める。

 ピンクゴールドの少女が小さく息を呑む。


うん……あたしにC級になれってことだよね……?」


「おうよ!」


「それで【毒の沼地ダンジョン】を探索して宝箱から【万能霊薬エリクサー】をゲットしろってことだよね?」


「おう。よーくできましたっと。ご褒美に飴ちゃんやろうか?」

「もう! 子供扱いしないで!」

「怒るな怒るな。俺様はエウレカの冒険者としての実力を買ってんだよォ」

「ほんとにー?」


「もう忘れたのか? 【毒の沼地ダンジョン】にはアンデット系の魔物がうようよいるって言っただろうが? の得意分野だろうがー!」


「あ、そうだね!」


「もちろん、黒髪のあんちゃんの実力も織り込み済みだがな! 二人ならすぐにC級になれんだろ? なあ【奴隷剣豪ドレイケンゴウ】のあんちゃん――」

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