第15話 古代の指輪

「な、なんで? なんで急に俺のその、えっと……」


 驚きすぎてソウジンの言葉は続かない。


「その【古代の指輪エンシェント・リング】のお陰だ!」


 ギルマスが悪戯を成功させた悪ガキみたいに大きな体を揺らして笑っている。


「その指輪はな! 俺様が若い時分にちーとばかし名の知れた古代龍エンシェントドラゴンの【始祖龍ドラゴンオリジン】とタイマン張った時によォ! 『てめえ人間のくせになかなかやるじゃねーか』って記念にもらったもんなんだ!」 


「うっわ、ギルマス、【始祖龍ドラゴンオリジン】とソロでやりあったんだ……ドン引きなんですけどぉ……世界最強って言われてるドラゴンじゃん」


 エウレカが心底呆れている。


「その始祖ドラがよォ。この指輪をつけりゃドラゴンと会話ができるって寄越しやがったんだ。要するに指輪の形をした『異種族間の言語翻訳機能付きのアーティファクト』だわな」


「え? 待って……これひょっとしてとんでもなく高価な代物なんじゃ……」

「おう。売れば一生遊んで暮らせるくらいの額になんだろうなァ」

 

 途端に指先が震え始める小市民な元社畜である。


「ひょっとしたらあんちゃんにもイケるじゃねーかと試してみたらビンゴよ!」

「いや、おかしいでしょ? 異種族間って……俺、人間じゃないってことすか?」


「どうだろうなァ……人間なのに人間の言葉が喋れねーってのは普通じゃねーよなァ。あんちゃん……お前さん、一体、なにもんなんだ?」


 ギルマスが名刀の切っ先のごとく剣呑に目を細める。

 取引先のやり手の社長から『誠意てなにかねえ?』と詰められた時のような迫力に元社畜の喉がゴクリと鳴る。

 思わず背筋を伸ばして『自分、転生者っす!』とゲロってしまいそうである。

 しかし、ピンクゴールドの少女がリスクを承知で嘘をついてくれたのにそれを無為にするわけにはいかない。


「自分、記憶喪失なのでなにもわかりません! サーセン!」


 とにかく、知らぬ存ぜぬで通すしかないと腹をくくる。


「ふんッ……まあ、とりあえずはそういうことにしといてやらァ」


 ところが、ギルマスは意外にもあっさりと引き下がってくれる。口元に浮かべた不敵な笑みを見るに、ソウジンたちの嘘はバレていそうだが。 

 白髪白髭オールバックの強面がぐいっとソファーから身を乗り出してくる。


「なあ、あんちゃん! その【古代の指輪エンシェント・リング】欲しくねえか?」

「欲しいっす!」


 そんなもん即答である。


「だよなァ! なら一つ俺様からの頼み事クエストを聞いちゃくれねえか? 見事そのクエストを達成したら、その指輪をあんちゃんにくれてやってもいいぜ?」


「頼み事ですか? はい喜んでー!」


 もちろん即答である。

 ソウジンは『何かの犠牲なしに何も得ることは出来ない』という前世の漫画で学んだ価値観を人生の標榜としている。

 もっとも、社畜時代はその労働時間や過酷さに対して収入が見合っているとは言いがたかったわけだが。

 しかし、居酒屋の店員ばりに威勢よく答える青年に、隣のエウレカが慌てて耳打ちしてくる。


「ソウジン! 簡単に食いついちゃダメだよ! うちのギルマスは腹黒で有名なんだから! 絶対になにか裏があるって!」

「あん? エウレカ? なにか言ったかァー?」

「……べ、別になんでもないデース」

 

 耳ざといギルマスからギロリと睨みつけられ、嘘が得意でないピンクゴールドの少女はなぜかカタコトになる。


「お嬢! 裏があろうがなんだろうが、俺には指輪が必要なんです! 俺はできることなら普通に会話をしたい……」

「だよね……それはわかるけど」

「それに! この先、ずっとお嬢に通訳してもらうのも申し訳ないですし」

「そんなのぜんぜんいいよ!」


 彼女は屈託ない瞳で即答する。

 優しいご主人様を持って自分は幸せな奴隷である。

 二日目にして早くも奴隷であることになんの疑問も抱かなくなっている自分の根っからの社畜気質が改めて恐ろしい。


「気持ちは嬉しんですが、さっきだって……本当は俺を止めてくれた受付嬢のダークエルフのお姉さんに直接お礼を言いたかったんです。大人として、お礼や謝罪を自分の言葉で伝えられないというのは心苦しいです」


 十歳年上の元社会人として真摯な態度で告げる。異世界だろうがなんだろうがやはり礼儀というものは重視すべきであろう。

 ところが、なぜか十歳年下の少女がダメ男でも見るようなジト目を向けてくる。


「ねえ、ソウジン」

「はい!」


「それって……ラヴィアンが『年上の綺麗なお姉さん』だから直接お話がしたいとかそういう不純な動機じゃないよね?」


「…………」

「…………」


「ななな、なに言ってんすかァ! そんなわけないじゃないっすかァ!」


 なぜだろう。声が震えた。


「はーい! この指輪返しまーす! この不純な奴隷には必要ありませーん!」

「痛い痛いィ! 牙が指に食い込んでる食い込んでるゥー! お嬢! 無理やり指輪を外そうとしないで! 優しくして!」


 ソウジンたちの小競り合いにイケオジがガハハと白い歯を覗かせている。

 その豪快な笑顔を見るに強面だが性根は悪い人ではなさそうだ。


 たかが27年程度の経験則ではあるが『性根の腐った人間』という生き物はその性格の悪さが漏れなくものなのだ。

 極端な話、『いかにも性格の悪そうな顔』をした人間というのは『間違いなく性格が悪い』ものなのだ。隠そうと思っても、性格の悪さが表に自然と滲み出てしまうものなのだ。

 もちろん、例外はある。だが、少なくとも、ソウジンの経験上この法則が外れたことはない。

 

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