第12話 如意棒かよ!
(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいばやいばやいやい)
黒髪青年はハニートラップに引っ掛かったかのような焦燥感に慌てふためく。
こんな場面を誰かに見られたら社会的に死んでしまう。会社もクビだ。すぐさま抜け出さねばならない。
だが、幸か不幸か、抱き枕のごとく彼女の長い両手両足でがっちりとホールドされていて身動きが取れない。
青年はそこでハタと気づく。
「あ、そっか。ここは異世界だったわ。んだよ驚いて損した……」
そうだ、もう自分はサラリーマンではないのだ。
そこで再びハタと気づく。
「いやいや! 異世界だとしてもこの状況は不味いでしょうが!」
目覚めたエウレカがなんと言うだろうか。
『ごめん! ソウジン! あたし寝相が悪くって……』
寝起きの頭で青年に非がないことをすぐに理解してくれるだろうか。
「んなわけねェェェェェ! 絶対、俺がバツ受けるパターンだよォォォォォ!」
寝ている主人に手を出すなんて許せないとかなんとか言われ〈マスター権限行使〉され床をのたうち回る羽目になるに決まっている。
黒髪青年は急ぎピンクゴールドの少女の拘束からの脱出を図る。
ところが、腕を剝がそうとするもビクともしない。
「ちょ! マジ?」
「んふぅんん……」
答えが出ぬままピンクゴールドの少女が目を覚ます。完全に終わった。黒髪青年は賢者のごとき微笑みを浮かべる。
「お、おはよう……ございますゥ」
「んーんふぅ、ソウジン、おは、よう……」
彼女が小さな子供のように寝ぼけ眼をこする。しかし、すぐに自分と青年がピッタリと密着していることに気づいて目を丸くする。
沖田総仁、終了のお知らせである。
「あ! ごめん! ソウジン! あたし寝相が悪くって……」
なんと意外にもすぐ自らの非を認めて両腕を解放してくれる。
九死に一生を得とばかりに安堵する青年。だが、彼女が途端に顔を真っ赤に染めるではないか。
彼女の驚きの視線が黒髪青年の下腹部に突き刺さっている。
見ると、密着した青年の股間のエクスカリバー(自称)が彼女の柔らかな太ももにぶっ刺さっていた。
青年は咄嗟にピンクゴールドの少女の肩をガシと掴むと『お義父さん! お嬢さんを僕にください!』ばりの真剣な表情で告げる。
「お嬢! 聞いてください! これは男性なら誰でもなる朝の生理現象なんです。女神に誓って不埒な感情によるものではありません!」
世の男子諸君ならば理解してくれるだろう。だが、果たして初心な少女に理解できるだろうか。
直後、羞恥に震える彼女が震える声で〈マスター権限行使〉を発動する。
残念。ダメでした。
「痛い痛い痛い痛い痛いィィィィィ! 手がァ! 手がァ! 燃えるように熱いィィィィィィィィィィ!」
黒髪青年が激痛に床をのた打ち回ったのは言うまでもないことだった。
ちなみに朝っぱらから騒いだせいで宿屋は無事に出禁となった。
◆◇◆◇◆
エウレカの誤解が解けたのは冒険者ギルドに来てしばらくしてからのこと。
「ラヴィアン! ちょっと聞いてよォ!」
彼女はギルドに来るなり、制服姿の受付嬢らしき美しい大人の女性に朝の出来事について語り始める。
「すげえ本物のダークエルフだ……」
ミルクチョコレート色の肌に銀色の髪。長い銀のまつ毛に黄金の瞳。細身の肢体に反した丸みを帯びた腰つき。
絵に描いたようなダークエルフ像に青年は感動してしまう。
「○×△☆♯♭アサダチ●□▲★※?」
ダークエルフの受付嬢の言葉こそ理解できない青年だが、男子としてお姉さんの落ち着いた声色やしなやかな仕草など、その身からあふれ出る大人の色香は嫌と言うほど理解できる。
数多の男どもなぎ倒してきた百戦錬磨のお姉さんならば、初心なエウレカの相談相手として申し分ないだろう。
ちなみに百戦錬磨というのはあくまで黒髪青年の願望である。
「えええええッ! そうなの! 男の人って自分の意思とは関係なく朝は勝手におっきくなっちゃうの!?」
ピンクゴールドの少女の大声に周囲の冒険者たちがなにごとかと振り返る。エウレカは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして俯く。
「し、知らなかったよぉ……あたし男の人って自分の意思でアレを大きくしたり小さくしたりできるもんだと思ってたよ」
(いや、如意棒かよ!)
一応、男性を代表して心の中で突っ込んでおく。
無垢なエウレカを年の離れた妹を見守る姉のように美人のダークエルフは微笑ましそうに笑っている。
(どうやらお嬢にとってあのダークエルフは敵ではなさそうだ)
少なくとも、エウレカはかなり信頼しているように見える。
ピンクゴールドの少女が髪を振り乱して駆け寄って来る。
「ごめん。ソウジン……あたし知らなくって、本当に生理現象だったんだね」
「分かってくだされば結構です」
「でも痛かったでしょ?」
申し訳なさそうに青年の手の甲を摩ってくる。
「気にしないでください。性別も年齢もなんだったら生まれた世界も俺たちは違うんです。徐々にお互いのことを理解してきましょう」
「うん。そうだね」
二人は微笑み合う。ようやく和解成立である。
なので実際は内心で『うっひょー、お嬢の身体ちょうやらけえええええ』と不埒なことを考えていたことは胸の奥にそっと仕舞っておこうと思う。
その時だった。
「○×△☆♯♭●□▲★※ドレイ!!」
若い冒険者パーティーがピンクゴールドの少女を見ながら馬鹿にしたように笑う。
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