第2話 ご主人様と呼ばせて!

「やっぱりそうか! 君には俺の言葉が分かるんだね!」

「うん。分かるけど……?」


「やったああああああ! 初めて言葉の通じる相手と出会えたぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ワールドカップでゴールでも決めたのかというくらいに黒髪青年は喜びを爆発させる。対照的にピンクゴールドの少女は不審者でも見るような顔である。

 彼女が黒髪青年とまともに会話しているのを目にして奴隷商館の代表が興奮して声を張り上げる。


「○×△☆♯♭●□▲★※!」

「うん……理由はわかんないけど、彼が言ってること理解できるよ」

「○×△☆♯♭●□▲★※!」

「いや、待ってよ! あたしは『戦える強い奴隷』が欲しいんだよ! この人すっごく弱そうじゃん!」

「○×△☆♯♭●□▲★※○×△☆♯♭●□▲★※!」

「確かに……あたしの今の手持ちじゃ『戦える強い奴隷』なんて買えないってのはわかるけど……」

「○×△☆♯♭●□▲★※○×△☆♯♭●□▲★※!」


 奴隷商館の代表がなにを言ってるのかさっぱりだが、黒髪青年を売るために猛烈にプレゼンしているのは間違いないだろう。


(いいぞ代表! 頑張れ代表! 攻めて攻めて攻めまくれ!!)


 青年は心の中で必死のエールを送る。


「そもそも! こんなひ弱そうな見た目で戦えるの?」

「……○×△☆♯♭●□▲★※」

「なんで目を逸らすの? こっち見て! ジョブは? 彼のジョブは?」

「○×△☆♯♭●□▲★※……」

「え? 不明? 文字化けしててジョブが分からなかった? ダメじゃん!」


 形勢逆転。代表がピンクゴールドの少女に責められている。


(なにやってんの代表! 相手に押し込まれてんじゃん! ったくしっかりしてくれよぉ!)

 

 瞬間の青年は、普段はサッカーをまったく観ないのに日本代表戦だけ訳知り顔で応援する面倒なにわかファンの様相を呈していた。



「あたしには『最強の冒険者になる』という目標があるの! そのためには強いジョブを持つ戦える仲間が必要なの! 悪いけど、足手まといはいらない!」



 ピンクゴールドの少女は代表の制止を振り切り扉に向かって歩き出す。こままでは帰ってしまう。もう代表には任せておけない。


「待って待って! 見た目で判断しないで! 俺はちゃんと戦える!」


 ピンクゴールドの少女がピタと足を止める。


「ねえ代表? 彼の言葉に嘘はない?」

「○×△☆♯♭●□▲★※」


 彼女に問われて代表は自らの手を甲を指さす。


「ふーん、そうなんだ。主人が〈マスター権限行使〉を行えば、奴隷が嘘をついていると【従属紋チェイン】が反応して奴隷にバツを与えるんだ」


「マスター○×△☆♯♭●□▲★※ドレイニトウ○×△☆♯♭●□▲★※!」


 代表がさっそくマスター権限とやらを行使する。

 黒髪青年の手の甲に刻まれた【従属紋チェイン】に変化はない。すぐさま手の甲を示す。

「ほら見て! 反応してない!」

「アナタが戦えるのは嘘じゃないってこと……?」

 半信半疑の眼差しの彼女に黒髪青年はぶんぶんと頷く。



「嘘じゃない! 安心して欲しい! 俺、そこそこ強いから! たぶんこの奴隷商館の誰よりも強いから!」



 大口を叩く黒髪青年にうんざりだとばかりに彼女はため息を零す。


「誰より強いって? 誰よりも弱そうな見た目なのに? あたしが小娘だと思って馬鹿にしてる? そんな嘘に騙されるもんですか!」


 彼女が憤慨ふんがいして黒髪青年の手の甲を睨みつける。

 瞬間、彼女が大きな目をさらに大きく見開く。


「そ、そんな……反応してない」


「だって嘘を言っていないからね」

「だとしたらおかしい! どうして大人しく奴隷なんてしてるわけ?」

「逃げ出そうと思えばいつだって逃げ出せるよ? 俺、たぶん鉄格子くらいなら簡単に壊せるし」

「じゃあどうして……?」


「言葉が通じないからさ」


「あ、そっか……」

「その上、俺はこの世界について知らないことばかりなんだ。ここから逃げたところで腹を空かせて野垂れ死にするの関の山だ。まあ、ここにいる限り最低限の食事は保証されるからね」


 ピンクゴールドの少女が整った眉を胡乱うろんにひそめる。


「……ねえアナタ一体、何者? あたし以外に言葉も通じないし、よく見れば見慣れない服装だし……」


「いろいろ事情があってね」

「いろいろって?」


「それは君が俺のご主人様になってくれたら洗いざらい話す! お願いだ! ここまま売れないと俺は鉱山送りにされちゃうんだよ!」


 必死のプレゼンである。


「君はようやく出会った言葉が通じる相手なんだ! 俺にとって君は希望の光なんだ! 俺を信じて! 損はさせないから!」


 懇願しておいてなんだが、実に不思議な気分だ。いろいろな営業や商談をしてきたが、まさか『自分を買ってくれ』と頼むことがあるとは思ってもみなかった。


 ピンクゴールドの少女は「うーん」と整ったアゴに指を添えて悩んでいる。

 黒髪青年はすぐさま奴隷商館の代表にアイコンタクトを送る。言葉は通じないが、青年の意図は伝わったらしい。


「○×△☆♯♭●□▲★※!!」

「え! 半額にしてくれるの?」

「○×△☆♯♭●□▲★※!!」

「さらに彼の装備も一通り揃えてくれるの!?」


 代表からの最後の一押し。


「……じゃあ、買う」


 彼女の決断に黒髪青年と代表が試合終了のホイッスルを耳にしたかのように歓喜する。男たちは力強く頷き合う。

 この瞬間、言葉こそ通じないが男たちの気持ちは一つだった。


「やっぱスポーツは最高だな!!」

「○×△☆♯♭●□▲★※!!」

「いや、違うから」


 異様に盛り上がる男どもにピンクゴールドの少女はドン引きしていた。

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