最強ジョブ【剣豪】の俺、亡国のお姫様に奴隷として半額で買われる

忍成剣士

一章

第1話 転生社畜、異世界で奴隷落ち

「俺がブラック企業で働く社畜だからって……転生した世界で『奴隷』落ちって女神様ァ! ブラックジョークがすぎませんかねえ!」


 青年サラリーマンのなげき声が地下の独房に響き渡る。

 沖田おきた総仁そうじん。27歳。異世界転生者だ。

 いわゆる前世で一度死んで、そのままの姿と年齢で異世界に生まれ変わったというパターンだ。


 ところが、現在の彼はのんびり異世界ライフとは程遠い状況にあった。


 黒髪青年は奴隷として奴隷商館の地下に収監しゅうかんされ買い手が現れるのを、かれこれ二週間ほどひたすら待つだけの日々を送っていた。

 お陰で髪はぼさぼさ、肌は汚れ、スーツはすっかりくたびれている。


「そりゃ社畜は『現代の奴隷』のようなもんだと思ってたけどさ……だからって本物になるかね? せっかく異世界転生して人生をやり直せるんだから、今度はのんびり自由に暮らしたかったんだけどな……」


 黒髪青年は手の甲に刻まれた【従属紋チェイン】を見ながら深いため息を零す。

 この紋様がある限り主人である奴隷商人に逆らうことはできない。

 もっとも、社畜時代は【従属紋チェイン】がないのに上司に逆らえなかったわけだが。


「ハァー、なんでこんなことに……女神様が言ってたことは嘘だったのか? それとも俺の勘違いか?」


 黒髪青年は力なく項垂うなだれ、そのまま額をゴツンと石造りの冷たい床にぶつける。

 女神様の姿をはっきりと見たわけじゃない。だが、転生する直前に頭の中に響いたのだ。この世のものとは思えない神々しい声が。



『おめでとうございまーす! 足を踏み外して高所から落下した小さな女の子を命がけで助けたことで沖田総仁さんの善行ポイントが満タンになりました! ぱちぱちぱち! 記念に異世界転生と最強ジョブをプレゼントさせて頂きまーす!』



「はっきりと思い出せる。まあ……なんか、その、サービス業の店員みたいな事務的な口調だったけども! あれは間違いなく女神様の声だった!」


 しかし、黒髪青年には幾つも腑に落ちないことがあった。

 一つ、ジョブが不明なこと。


「最強ジョブをプレゼントしてくれるんじゃなかったのか? 手続きのミスか? 人手不足か? ワンオペしてんのか? 女神様の社会もブラックなのか?」


 実は奴隷商館に連れて来られる前に【職業神託神殿】に立ち寄ったのだが、そこで神託官から渋い表情で『ワカラナイ』と首を横に振られて黒髪青年は『商品価値のない奴隷の烙印らくいん』を押されてしまったのだ。


「どうやらこの世界でジョブは、人物の評価基準としてかなり大きなウェイトを占めるっぽいんだよな……そのジョブが不明ってのは海外でパスポートがないような状態ってことなんだろう」


 ぶつくさとなげいている黒髪青年に業を煮やしのだろう。

 巨漢の看守が棍棒を鉄格子をガンガンと叩きつけてくる。


「○×△☆♯♭●□▲★※ダマレ! コウザン○×△☆♯♭オクリ●□▲★※!!」

「大変申し訳ございませんでしたァ!」


 ビビった青年は社畜時代の習性で、流れるように深々と土下座していた。


「……ってか、なに言ってんのか全然わかんないんだよなぁ」


 ご覧の通りさらにもう一つの問題がこれ。

 異世界の人間の言葉が分からないのだ。こちらの言葉も通じない。

 時折、カタコトの単語が辛うじて聞き取れる程度だ。


「いやいやいや! こういうのって普通、言葉も文字も問題なく使えない? そういう仕様にすべきじゃない? 異世界だからってそこにリアリティは誰も求めてなくない? 誰かー! 担当者呼んで―!」


 ちなみにこの二週間で奴隷商人たちが発したカタコトの単語を繋ぎ合わせると、


『ジョブも不明だし、見た目も弱そうだし、買い手も現れない。もしも今週中に売れなかったら鉱山送りにしよう』


 である。黒髪青年は体育座りでガタガタと全身を震わせる。


「怖い怖い怖い。異世界の鉱山奴隷なんてどう考えてもヤバいでしょ……超絶ブラックの匂いしかしてこないって……誰でも良いから俺のことを買ってくれよ……」


 その時だった――地上から豪快な笑い声が響いてくる。


「○×△☆♯♭●□▲★※」


 奴隷商館の代表がフードを目深にかぶった小柄な人物を連れ立って扉から現れる。

 瞬間、地下の独房が奴隷たちの声で一斉に騒がしくなる。


「あ! 間違いない! だ!」


 奴隷たちが我先にと買い手に自らをアピールしている。

 黒髪青年も自らをアピールしようと口を開く。しかし、言葉が続かない。


「ってかなにをアピールすればいいんだ? そもそも、言葉が通じないじゃないか」


 そう思ったらなにも言えなくなってしまった。

 すると、なにやら突然、雲行きが怪しくなる。


「○×△☆♯♭●□▲★※!!」


 にこやかだった奴隷商館の代表が途端に声を荒げる。

 フードを目深にかぶった小柄な人物が小さな手に革袋の中身をぶちまける。


「タラナイ○×△☆♯♭●□▲★※!!」


 なるほど。どうやら『奴隷を買うには資金が足らない』と代表は怒ってるらしい。

 確かによく見れば小柄な人物の身なりはみすぼらしかった。


「○×△☆♯♭ウレノコリ! ●□▲★※!」


 不意に代表が黒髪青年を指さす。おそらく『買えるのはこの売れ残りの奴隷くらいだ』と言ってるのだろう。


 黒髪青年は慌てて背筋を伸ばす。少しでも立派に見えるようにスーツの襟を正し、数々の商談や営業で培われた爽やかな社畜スマイルを浮かべてみせる。

 小柄な人物がフードをばさりと取って大きな目でまじまじと見つめてくる。


(……え!? 女の子!?)


 ピンクゴールドの髪が目を引く鼻筋の通った可愛らしい女の子だ。粗末な服装とは裏腹に彼女の佇まいにはそこはかとない品がある。

 薄暗い独房にあって、まるで彼女にだけスポットライトが当たっているかのように光り輝いている。

 もっとも黒髪青年の前世の感覚からすると『ピンク髪のギャル女子高生』に見えてしまうわけだが。


 そのピンクゴールドの少女が黒髪青年を訝しげに見ながらぽつりと呟く。



「うっわ、すっごい弱そう……」



 言葉のナイフが27歳独身社畜サラリーマンの心にグサリと突き刺さる。見た目と声がとても可愛らしいだけにより深く傷ついた。

 このたとえが正しいかどうかは分からないが、中学生の頃、股間を好きだった女の子に偶然見られて小声で『ちっさ』って言われた時くらい傷ついた。


(いやいやいや、違うから! あの時はすごい寒かったから! いつもより縮んでただけだから! 本気を出せば結構すごいから!)


 年甲斐もなく青年は言い訳をするが、確かに『細くて、くたびれていて、目元に覇気のない社畜の鏡』のような現在の姿は誰がどう見ても強そうではなかった。


 ピンクゴールドの少女はそそくさと硬貨を革袋にしまうと、奴隷商館の代表にぺこりと頭をさげる。どうやら奴隷を買うのを諦めるらしい。

 商談が決裂に終わった二人はおずおずと地上に続く扉に引き返してゆく。


(……ちょ、待ってくれ……この機会を逃していいのか? このチャンスを逃したら俺は鉱山送りになってしまうんじゃ……)


 焦る青年。慌てて鉄格子にしがみ付く。だが、どうすればいいのか分からない。

 その時だ。青年はに気づく。すぐさま叫ぶ。


「ちょ! 待って待って! ピンクゴールドの君! 俺を買ってくれ!」


 黒髪青年は気づいたのだ――異世界に転生して初めて言葉がはっきり聞き取れたのが彼女だと。


「……え?」


 ピンクゴールドの少女が驚き振り返る。

 そして、彼女は異世界で黒髪青年の言葉がまともに通じる初めての人物だった。

 

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