機械仕掛けの悪魔
赤魂緋鯉
前編
サーチライトで照らされた摩天楼にへばりつく、行政すら支配すると言われる巨大企業多角企業・キンセン社のネオンサインとホログラム映像。
深刻な大気汚染により、ボロ雑巾の様な臭いの雨が降りしきる中、その足元で
目の前でマフィアの構成員による殺人が発生しようが、逮捕しようともせずに清掃局に連絡しただけで遺体を放置する警察官。
しかし、その遺体を物色しようとした、ボロを
誰しも不満を持ってはいるが、変えようと立ち上がる者はおらず、惰性と諦観の中ただ汚染雨を浴びながら、摩天楼の主から搾取されるのみ。
――これがこの街の日常であり、その雨が止む気配は一向にない。
そんな街の外れに存在する、格安飲み屋街・
「マスター。コーヒーを1杯」
そこには遥か20世紀にタイムスリップしたかの様な内装のカフェがあり、ベイカー街の名探偵めいた三十路のややくたびれた女が、初老の男店主へそう言いつつ、一番奥のカウンター席にどっかり座った。
「マスターマスター! お客さん来ないんじゃ潰れちゃいますよー、って言われたいものなんですよね? そうなんですよ!」
およそレトロな内装に似つかわしくない、少女型アンドロイドのホログラムが、探偵ルックな女の腕についたデバイスからポップアップして、甲高い声で矢継ぎ早に喋る。
「何で自分で質問してその返事してんだテメーは」
「うん。もうちょっとしっとり言われたいんだよねえ」
「じゃあハイティーンのバイトを雇うところからですねー! 残念!」
「無視してんじゃないよ。あとキンキン声で喋んなナビ。勘に障んだろうが」
「えー、元気に行きましょうよー。アイーダさんただでさえ辛気くさいんですからー」
「誰がだ。このポンコツAI」
「いいえ! ナビはウルトラスーパーアルティメット高性能ですぅー」
「あっそ」
「人をポンコツ呼ばわりする前に、早く先月の家賃払ってもらえるかな?」
「仕事入ったらな」
「っていってツケも払ってないし。これもツケなんだろう?」
「仕事入ったらな。――良い仕事だマスター」
合成コーヒー豆をサイフォンで淹れたコーヒーを啜り、アイーダと呼ばれた探偵はナビと名乗ったAIとマスターの言葉を涼しい顔で受け流す。
「その当てがあるんだろうな」
「さあね。風向き次第さァ」
「かっこつけてんじゃないよ。バイオ猫探し以外の仕事来た事ないだろうに」
「探偵ってのは地味なお仕事でね。犯人を優れた知性で追い詰めるなんざ、お伽話だぜマスター」
「まーた屁理屈こねくり回してますねー」
「うるせえ。実際そうなのは知ってるだろ」
「あー、投影部塞がないでくださいよー! せっかくの美少女がっ!」
「自分で言うな。自分で」
何故かアイーダの操作を受け付けず消灯できないため、口元に手をやって
コーヒーを飲み終えると、アイーダは当然の様に代金をツケにして、カフェの2階にある自身の探偵事務所へと帰った。
カフェ自体が5席のカウンターとテーブル4つのみなため、上階のそこも全体は当然やや手狭な広さとなっている。
レトロな木製扉に見せかけた、その出入口を入ると真正面に壁一面の本棚があり、部屋の中央にアンティーク調のデスクが置かれていた。
その左側手前の窓際に応接セット、反対側に住居スペースへと続く扉がある。
「はあ。なんかこう、ハイリスクハイリターンな依頼とかこないもんかな。ペット探しは
この時代ではめったに無い、人造ではない本革張りチェアにどっかり座り、アイーダは吸いもしないパイプを手にぼやく。
「いや、言ってる事さっきと違ってません?」
「さっき言ったのは事実だ。今のは願望」
「でも鉄火場になったらアイーダさん3秒ぐらいで死んじゃいますよー」
「そんなに弱かねえわ」
「えー? 一般スクールガールに張り倒された人がー?」
「無茶言うな。相手サイボーグでこっちは丸腰だったろうが」
「でもそういうのって、敵対サイボーグが武器持ってますよねー?」
「……」
「ねー」
「窓から投げ捨てようか?」
「はわわ。暴力はんたーい!」
これでもかと眉間にしわをよせて、窓からサイバー端末を投げ捨てようとしたアイーダへ、ナビはこれでもかとあざとい声で思いとどまらせた。
「けっ、都合の良いときだけかわいこぶりやがって」
「ねこちゃんを参考にしたんですよー」
スッと挙げた腕を降ろしたアイーダは、端末を足元にある平べったい円柱型の自走型ドックに置き、そこから等身大に出力された、猫のマネをするナビへ冷ややかな目線を送った。
「あっ、そのゴミを見る様な目、クセになりますねっ!」
「猫はマゾじゃねえだろ」
「ナビちゃんは猫じゃなくて、アルティメットウルトラアシストAIなので」
「スタンドアロン限定でアシストもクソもないだろが」
「ネットワークに
「ぬかせ」
わざとらしくウィンクしてくる、白いライダースーツの様な服装のナビに対して、口調とは裏腹にアイーダは口角が上がっており、嫌ってはいない事は明らかだった。
「しかしあれだ、落ちもの系ヒロインっての? それを
「まあド定番王道一直線は人気だからこそ陳腐化しますからねー」
「陳腐で悪か――」
有り体である、と指摘されちょっと
「なんだぁ!?」
出入口横の窓に何かが突っこんできて、派手にいろんなものを破壊しながら壁に衝突して止まった。
「真っ先に守ろうとするぐらい愛して貰ってナビは嬉しいです」
「なこと言ってる場合かっ。修理代払えねえぞ……」
「あっ、でも落ちものヒロインは現われたみたいですよー」
「ヒロインじゃねえだろ。あんな風格じゃ未来からきた人殺しロボだろ」
とっさにドックからサイバー端末をとって大事に抱えられた事に、ナビが喜んでいると派手な砂埃の中から、ぬう、っと女性の人型が立ち上がった。
「申し訳ない。私のミス」
無骨な物言いで謝罪した、タイトなボディーアーマーを纏う彼女は、顔からつま先まで全身が傷だらけだが、傷口から見えるのは全て金属の外殻と人工筋肉のワイヤーだった。
「ぜ、全身義肢?」
「説明している暇はない。ちょっと乱暴だが許して欲しい。しっかり端末を巻いて」
「えっ、えっ、ちょっ」
「え。アイーダさんがヒロイン枠に!?」
「言ってる場合かああああ!」
素早くアイーダに歩み寄った女サイボーグは、彼女を有無を言わさず横抱きにして、空いた穴から事務所を忍者めいて高速で飛び出し、ビルの屋根を飛び移って行く。
直後、事務所にロケット弾が飛び込み、派手に
「な、何者なんだあんたぁ!?」
横目でスモークマシンと化した事務所兼自宅を見て怯えながらも、ヒロインと化しているアイーダは女サイボーグに訊ねる。
「舌を噛むから喋らない方がいい。細かい事は後で言うが、私は公安局秘匿特殊部隊・通称〝0課〟のヤタ・カガミだ」
「明らかに偽名じゃねーか」
「本名だが」
「……ああそう」
「ウチのご主人様がどーもすいませんねー」
思い切り予想を外し、ばつが悪そうに目線を逸らしたアイーダを、ナビがからかう様な事を言うので、彼女は端末を腕から外されかけて命乞いをした。
「よし」
すると、ふいにカガミは後ろを見てそうつぶやくと足を緩め、低層ビル街にへその様に飛び出た中層ビルの廃墟に飛び込んだ。
「いや。追っ手からまる見えだろ」
「気付いていたのか。問題はない。〝目〟はもう〝盗んで〟ある」
「へ?」
2人と1体を追いかけていた、ダークスーツの黒サングラスのサイボーグ2人は、目の前のビルの屋上に着地したが、そのまま踏ん張って中層ビルを飛び越えて行ってしまった。
「電脳化してある眼をハックした。奴らの視界には真っ直ぐ逃げる我々が映っている」
「ただ単にパルクールしてたのにか?」
「一流ハッカーともなれば寝ててもできますからねー」
「そうなのか」
「流石に睡眠と同時は聞いたことが無い」
「嘘かよ!」
「アイーダさんチョ――ピュアだから騙せそうだったのに、なんで言うんですかー」
「は? 誰がチョロいだって?」
「あー、逆さまに付けるのやめてくださいよー。私、後ろ姿じゃ可愛さ半減なんですよー」
「半分ぐらいで丁度だろ。――つかそろそろ降ろしてくれ。あたしゃお嬢って年でもないんだが」
「すまない」
横抱きにされたままだった事を思い出したアイーダは、うだうだとしたナビと会話を打ち切って、気恥ずかしそうに抗議して降ろして貰った。
「うえー、雑巾臭え……」
「あっ、半分で十分ってことは、アイーダさんは200%私にメロメロなんですね!」
「なわけねェだろ」
「んもー、アイーダさんは照れ屋さんですねー。あっ、向き戻していただいて感謝ですー。やっぱりアイーダさんには100%可愛い私を見て貰い――」
「――そろそろ移動したいんだが」
放っておくといつまでも漫才してそうな1人と1体へ、ポーカーフェイスなカガミも流石に困った顔をしていた。
「おら迷惑かかってんじゃねえか」
「そうですねー。で、お風呂ってありますか? アイーダさんが臭いのは忍びないんで」
「このスカポンタンの言う通りなのはシャクだけどよ、風呂入らせて貰えるか?」
「……?」
「だーれがスカポンタンですかー!」
「ああ、あなたは、ほぼ生身だった」
奇妙な風習を目撃した様に数度瞬きをしたカガミは、確か設備はあったはず、と言って付いてくる様に促す。
先行する彼女が、どう見ても薄汚れさび付いた鉄扉を開けると階段が現われ、拳銃を抜いて下についているライトで足元を照らした。
「なんでちょっと間が空いたんだよ。人間なら風呂入るぐらい普通やるだろ」
「物心着いた頃から私は全身義肢だった。だから、入浴という概念への実体験がない」
「……あ、いやスマン。そんな事を言わせるつもりは無かった」
コートの内ポケットにあった、ペンライトで足元を照らして続くアイーダは、無神経な事を言ったと感じて口元を塞いだ。
「嫌だ、とも、哀しい、とも思った事は無い。魂の重さは感じている」
「というと、21グラムですね」
「たった?」
「ああ。――私が生きていると、人間であると証明する重さだ」
心音の代わりに、モーターが駆動する微かな音がする胸元に手を当て、カガミは硬い表情が薄暗い中でほんの少し穏やかなものになった――様にアイーダは感じた。
「ここだ」
1階と2階の間にある踊り場まで降りたところで、カガミは階数表示板以外は何も無い壁の前に立ち止まった。
「何がだよ」
「セーフハウス。例え核が落ちようと安全が補償される」
その丁度中央辺りに触れると、コンクリートの亀裂に見える部分が音も無く広がり、青く縁取りされて
「おいおいおい、秘密結社かよ」
「……公安だが?」
「やだもー。アイーダさん、カガミさんそう名乗ってたじゃないですかー。ぷぷぷ」
「……」
「あっ、振りかぶるのはやめてくださいー」
ジョークに対して、カガミから不思議そうな顔をされたアイーダをナビがニタニタ笑って煽り、彼女に無言でサイバー端末を壁に叩き付けられかけた。
「見ろよナビ、ウチが4つぐらい入るぞここ……!」
「こんなに広い部屋なんに使うんですかねー」
「……あなたたちの仲は、良いのか悪いのか測りかねるな」
先にアイーダを入れ、自身は偵察されていないかを確認してドアを閉めたカガミは、3LDKの広々とした空間に圧倒されている1人と1体へ訊く。
セーフハウス内は窓が無く、室内は太陽光色の間接照明で優しく照らされていた。
縦に長いリビングは、右の壁に着いているモニターの前に置かれた、ローテーブルを弓なりに囲むようにソファーが中央付近に置いてある。
その後ろには対面式のバーカウンター付きキッチンを挟むように、リビングの幅ちょうど3分の1程の広さの部屋が2つあり、どん詰まりにもう一部屋、というシンプルな構造だった。
「もちろんなーかよしですよー! まあ、こんな鬱屈とした世の中で清涼剤たるプリティな私は癒やしでしかありませんしー」
「どうやっても消えてくれねえから仕方なくだ。別に嫌いとは言わねえが」
「ランサムウェアみたいにナビを言わないで下さいよー」
「じゃあ、お前を消す方法を教えろ」
「検索結果にありませんねー」
「検索出来ねえくせに何言ってんだか」
「あっても出しませんよナビは!」
隙あらば自分達の世界に入って漫才を始める1人と1体に、置いて行かれて困惑するカガミは、仲が良いという認識にしておく事にした。
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