Report 1. 初めてのハンバーグ


「ルキア・レッドフォード大尉、ミンユェ・リー少尉、本日付をもって、貴殿らの火星アストロ・レールウェイ公団におけるすべての任を解き、地球アストロ・レールウェイ公団への出向を命じる。地球アストロ・レールウェイ公団においては、当公団での経験を活かし、両公団間の連携強化に寄与するよう尽力せよ」

「了解しました、総裁」

「うぃ~」


 地球に交換派遣する職員として、私たちが選ばれた。その理由も傑作だ。地球側の派遣職員が下っ端だったから、急遽、火星側も下っ端を送るのだとか。そして地球公用語を習得している下っ端はミンユェぐらいだったので、私は巻き添えを食らった形だ。


 どうせ、元々派遣予定だったお貴族様が怖じ気づいただけなんだろうけど、まあ、星々の旅に憧れていた私たちにとっては結果オーライだ。


 辞令交付式の直後、私たちは総裁に昼食会に誘われた。


「この後、歓送迎会を兼ねて昼食会はどうろうか」


 出席者は、総裁のデイモス・ブライトン公とその娘のエレノア、そして、地球人二人と、私とミンユェであった。お貴族様と一緒に食事などまっぴらごめん、と思っていた私達だったが――。


「……まぁね。資源割当量を消費しないと言われたらねぇ……」


 結局、背に腹はかえられず、出席することにしたのである。


「わかる~、使い切るとトイレ流せなくなるもんねぇ」

「はぁ、それでミンユェに何回貸したと思ってんの」

「アレだよアレ、公衆衛生への貢献?だと思えばいいじゃん」

「公衆衛生を悪化させてる自覚があるなら、ちょっとは節約しなさいよ……」


 火星の資源は極めて限られている。コロニーを維持するために、個人単位で一日に使用できる資源量が割り当てられ、厳密に管理されているのだ。だが、私たち一般市民、つまり平民階級に割り当てられる資源割当量はカツカツである。何をするにしても資源割当量を消費するので、うっかり使い過ぎてしまうと、トイレすら流せなくなるのである。


 節約したとしても、余った資源割当量を翌日に持ち越せるわけではない。しかし、毎日のようにミンユェに泣きつかれるので、すっかり節約が癖になってしまった。


 まあいいや、食事の前にそんな話はやめよう。


 嫌々参加した昼食会ではあったが、いざ着席した途端、グウとお腹が鳴った。心に反して、お腹は正直である。


 さぞかし立派なサイコロ肉が出てくるのだろう。そう期待して料理を待つ。


 ところが、運ばれてきた皿を見て、私は椅子から転げ落ちそうになった。


 白いボウル皿に盛られていたのは、青々とした……。


――葉っぱじゃん。どういうこと!?


 火星にも観葉植物はある。だから、これが葉っぱであることは理解できる。しかし、葉っぱは食べるものではない。まさか、平民風情には葉っぱでも食べさせておけ――なんて、悪趣味なジョークなのだろうか。


 しかし、地球人もお貴族様も、皆一斉に葉っぱをバリバリと食べ始めた。これはちょっとしたホラーだった。


「……」


 ミンユェもギョッとした表情で絶句している。


 次に運ばれてきた皿には、茶褐色でゴツゴツとしたオーバル状の物体が載っていた。拳ほどの大きさで、ところどころ炭化して黒ずんでいる。よく見ると、細かく切り刻まれた何かを丸めて固めたもののようだ。この香しい脂の香りは――肉?


 しかし、私の知るサイコロ肉とは似ても似つかぬ姿をしている。まず、こんな大きな塊では、口の中に入りきらない。フォークは何本もあるし、二本使って持ち上げろということなのだろうか。しかし、フォークで刺せばボロボロと崩れる。サイコロ肉よりも粗く、密度が低いようだ。どうやって食えというのだ。


 ミンユェと顔を見合わせ、肩をすくめた。


 すると、銀髪の地球人が話しかけてくる。彼女は予想よりも穏やかな口調だ。


「レッドフォード大尉、リー少尉。失礼ながら、地球料理は初めてですか?」


 えっ!?


 これが、地球料理というものなのか。


――地球人はをよく食べるな。


 ……あれ?


 今、私はと思ってしまった。


 そうか、あの地球人に、きっと貶す意図はなかったのだ。火星料理と地球料理は、何もかもが違いすぎる。だから、地球人は衝撃を受けたに過ぎないのだ。私としたことが、悪意だと決めつけてしまったのは拙速すぎたかもしれない。


 私は迷った末、地球人の教えを請うことにした。これから私達は地球へと派遣される。ならば、地球料理も食べられるようになっておかなければ……。


「はい、どうやって食べて良いか分からなくて……」


 ミンユェも私に続く。


「こんなことで地球に馴染めるのか……」


 付き合いは長いが、こんなに焦燥したミンユェは初めてだ。でもそれは決して大げさな反応ではない。私たちは、これから地球に向かう。もし万が一、地球料理を食べられなければ、餓死することになる。


 しかし、銀髪の地球人は優しく微笑む。


「遠い星の料理ですもんね。でも、安心してください。地球流の食べ方を伝授します。私をよく見ててくださいね」


 私はナイフを手に取り、見よう見まねで切り分け、一切れを口に運ぶ。しまった、大きく切りすぎた。口の中に肉が満たされる。サイコロ肉の滑らかさとはほど遠い、粗くざらざらとした口触り。だが――。


「!!」


 口の中でほろりと崩れ、肉汁がじゅわりと染み出す。塩味だけでなく、ほのかに甘みも感じる複雑な味わい。これは……!?


 思わず、笑顔が漏れてしまう。


「美味しいです。こんな大きな肉の塊、食べたことありません!」

「葉っぱって甘いんだね~! 初めて食べたよ」


 総裁が怪訝そうにこちらを見ていた。後に聞いたが、これは「ハンバーグ」と「サラダ」という地球料理らしかった。お貴族様には常識だったのか。


 私の中の常識がガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。私たちが今まで食べていたのは、本当に「ディストピア飯」と呼ばれても仕方ない、粗末なものだったのかもしれない。もちろん、悔しさもある。私たちにとってはサイコロ肉が最高の食べ物だったのだ。


 けれども、私は広い世界を知ってしまった。既に私の胸は期待に高鳴っていた。地球にはまだまだ知らない食べ物が沢山あるはずだ。早く地球に行って色々なものを食べてみたい。食べ尽くしたい!


――でも、任務で行くわけだから、食べるのを楽しんじゃいけないよね……。


 ミンユェはともかく、私の中の真面目君が許してくれなさそうだった。深い溜息をつく。


 すると突然、エレノア・ブライトンが口を開いた。


「お父様、わたくしももっと色々な地球料理を味わってみたいですわ。地球からレシピを送って貰えるようにお願いしていただけないかしら」


 なんと、公爵令嬢様は意地汚い上に、まさか食い意地まで張っているとは。だが、総裁は、愛娘からのお願いとあれば、何でも聞いてしまうのだろう。


「……あ、あぁ。レッドフォード大尉、時間があれば、娘の頼みを聞いてやってくれないか」


 そう私に言った。

 

 普段の彼女の振る舞いには、いろいろ思うところはある。だが、依頼を受ければ半公式任務として遠慮なく地球料理を味わえる。その上、私が、あのエレノア・ブライトンに対して優位に立つことができるのだ。想像してみる。


『地球の食べ物美味しいなぁ~。ほれほれ~』

『キィィイイイ、羨ましいですわあぁああ!!』


 ……私は実利を取る女だ。


「はい! もちろんです」


 と、即答した。

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