外伝 或る門番のそれから
1
南に荒涼とした風景が広がるここサントワンヌは、我がガイドリッド=ヴェールメル王国と隣国ディリアーデル王国を隔てる国境の街。
俺の……おっと、昔の癖が出ちまった。
私の名はモリーヌ。
あれからもう、250年ほど経つか。
私もすでに、あの頃のような小娘じゃ無い。
……そう、もう250年も経つんだな。
あの方……連れの可愛らしい妖精が神だと語った、あの黒衣の女と出逢ってから。
ルージュ様と出逢ってから100余年、王都アーケンビルの門番を務めながら、母ヴェールメルの稽古を受け続け、しかしLv.が上がる訳で無し、果たして強くなっているのか不安な日々を過ごしていた。
「はぁっ!」と渾身の力を籠めた打ち込みを、母は軽く剣で受け止める。
これは進歩だ。躱されず受け止めて貰えただけで、進歩なのだ。
母との稽古では、真剣を用いる。
俺たち魔族は回復力、再生力も高いから、軽傷程度は放っておけば治る。
致命傷にさえならなければ、王城付きの治療師が癒してくれる。
……一体何度、その世話になった事か。
明らかに手加減はされているが、俺の体を気遣ったりはしない。
それは、俺に真摯に向き合っている事を、母なりに示したものなのだろう。
負けてばかり、やられてばかりで手応えを掴めぬ毎日だが、失望され手抜きをされるよりマシだ。
「……ほら、またそこが隙になっておる。」
そう告げて、軽く振られた死角から襲い来る母の剣を、俺は気配だけで受けると、そのまま攻勢に転じた……つもりだったが、踏み出した右足、その足首の少し上辺りから先が無かった。
「ぐぁっ!」と斬られた右足で踏み込んだ激痛に耐えかね、俺はその場で引っ繰り返ってしまった。
「ぐぅ……、す、すみません。この程度の痛みでとんだ醜態を……。すぐ立ちます。」
母は冷たい視線で睥睨しながら、「良い。今日はこれまでじゃ。足を治して参れ。」と踵を返して修練場を後にした。
……今日も、俺は母の期待に応えられなかったようだ。
相変わらずひと太刀も浴びせられず、ただ一方的にやられながら何とか意識を失わずに済むようになった事が、唯一の成果と言っても過言では無い日々。
いや、確かにそれは成果なのだろう。
意識を失わずに済むお陰で、稽古後にお茶を振舞われるようになっていた。
しかも、母たちがルージュ様より託された、大切な世界樹のすぐ傍で。
そこは今や、すぐ近くに寝室も移し、陛下たちのプライベートルーム同然となっており、許しの無い者は立ち入りを禁じられていた。
強くなった実感こそまるで無いが、少し特別扱いされているようで、嫌な気分では無かった。
ルージュ様の事も、お茶をしながら聞かせて貰った。
母は相変わらず厳しいが、多分私はまだマシな扱いを受けている方なのだろう。
彼女の娘の中ではな。
「どうした、モリーヌ?黙ったままにやにやしておると、気持ち悪いのぅ。」
「こ、これは失礼を……にやにやしておりましたか?」
「しておったの。妾の稽古を受けた後でにやけておられるのだ。中々に成長したものよの。」
「こ、これは御冗談を。未だひと太刀も浴びせられず、我が身の未熟を恥じ入るばかりで。」
「ふむ……、確かに未熟か。」
弱音を吐く気は無いが、母はこうしてお茶をしていてさえ、気を抜けばそれだけで意識を失いかねないほど、大きな力を醸し出されている。
あまりにも大きな存在を前に、何故自信など持てようものか。
「おう、今日も一緒か。余程気に入ったと見える。」
背後から、これまたその存在だけで倒されてしまいそうなほど強い、父王様が現れた。
お言葉だが、俺は本当に母に気に入られていようか。
「お邪魔しております、ガイドリッド陛下。」
一度席を立ち、礼に則った挨拶をする。
それを手で制して、父王様は母の隣の席に着く。
「本当に律儀な娘だな。特別に稽古を付け、特別に茶へ招く。特別なのだ、挨拶も不要と言い渡したはずだが、未だ礼を尽くす。ふむ、頑固なところは似ておるか。……そう睨むな。今のこ奴に欲情はせん。まだまだヴェルには遠く及ばぬよ。女としてもな。」
本当に仲の良いおふたりだ。
毎日のように俺もこうして顔を合わせて頂いてるが、ただの一度も喧嘩しているところを見た事も無い。
……ひとりでもとても歯が立たぬのに、このふたりは固く結ばれている。
間違っても、このふたりを倒して取って代わろうなど、不可能としか思えない。
……ふ、そもそも俺には、背中を預けられる相手もいないしな。
「それで、どうなのだ。そろそろ、俺も手合わせ出来るくらいにはなったのか。」
「はぁ、何を言う。まだまだじゃ。それに言うたであろ。これは妬ける。手合わせなどして欲しゅうは無いの。」
「陛下、未だ母には遠く及ばず、何とかこうして意識を保つのがやっと。我が身の未熟を、痛感するばかりで御座います。」
「ほおぅ……。」
父王様は、俺の体を上から下まで睨め付けた。
母と交わしていた冗談とは違い、その視線にはもちろんいやらしさなど無く、俺の内面を見透かすような鋭さを感じるのだが、それでいて瞳に湛えた光はまるで俺を慈しむようで……、いかん!
気をしっかり持たねば、意識を持って行かれそうだ。
「ふむ、まるで似ておらぬ面もあると見える。ヴェル、これは思案の仕所だ。お前と違い、この娘にはこの娘なりに考えてやるべきだと思うぞ。」
一体、何の話だろう?
「……はぁ、ガイドリッドがそう言うのならばな。ルージュ様のお気に入りでもあるしの。差し当たって、何か良い話はあったかのぅ。」
「……おぅ、あれはどうだ。サントワンヌの馬鹿共、あれから何も言って来ぬ。……ヴェル、お前の見立てはどうだ。」
今度は、母が俺をじっと見詰める。
「良いであろ。あの街の愚か者共より、余程マシなのは確か。それに、報告によれば、ただの竜種に過ぎぬでな。」
「よろしい。では、モリーヌよ。一時、門番の役を解く。明日にも南西にあるサントワンヌへ出立し、その地を騒がす邪竜を倒して来るが良い。」
俺は椅子を辞し、膝を突いて畏まった。
「はっ、陛下の勅命、確かに承りました。不肖モリーヌ、必ずや邪竜……じ、邪竜……で、御座いますか?」
「ほほ、その通り。邪竜じゃ。ガイドリッドの命を請けたのだ。必ず果たせよ。ほほほほほほほほ。」
……俺が母に気に入られているなど誤りだ。
俺はこの日、風変わりな死刑宣告を受けたのだ。
2
翌日は朝早く参内し、サントワンヌの監督官を務める将軍宛ての親書を受領。
陽も低い内から出発し、一路南西を目指す。
国境の街サントワンヌまでは、馬車であれば3日と掛からぬ距離だが、俺はそんな高貴な身分では無い。
戦車を使えるような身分でも。
亜人たちのように、直接馬に乗ると言う訳にも行かない。何しろ魔族は、4mほどの巨人だ。
実は、1日に歩ける距離で言うなら、馬と変わらん。俺たちのような一兵卒は徒歩が基本だが、移動には然して困らないと言う事だ。
だが、途中に丘陵地帯がある。
その分多少の遅れは出るものだが、俺はむしろ、少し早めに街へ着けそうだ。
100年の内、もう半世紀以上は世界樹の近くに侍らせて頂いている。
そのお陰もあって、俺はマナ濃度の低下とやらで被っていたらしい、魔力の低下が改善したようだ。
ところで、俺は深緑色したブラとパンティのセットに、王城務めの魔導具師が製作した青銅製の肩当て、肘当て、膝当て、グリーブ、そして革製のグローブとブーツと言う出で立ちだ。
もちろん、俺なんかには勿体無いような、まともな魔導武具になっている。
どうやら、ルージュ様から母が聞いたところによると、魔導具すらマナ濃度の低下の所為で能力が劣化しているそうで、それを知った両陛下は、特に有能な魔導具製作技術者を王城へ召し上げ、魔導具師として貴族階級へ組み入れた。
それにより、王城には他よりそのレベルを維持した、比較的能力の高い魔導武具が揃っている。
ふむ、やはり俺は特別扱いされているな。
稽古の為と言う名目で、装備類は王城の物を与えられた。
だから、ただの青銅防具では無く、最低でも+10以上の魔導武具なのだ。
あぁ、さすがに、ブラとパンティはただのブラとパンティだ。
ルージュ様のお召し物は、並みの防具など敵わぬほどの防御力すら御持ちだったそうだが、我が国の魔導具師には再現出来無かったと。
母も軽装を好む故、普段着に魔力付与を試させたそうだが、上手くは行かなかったのだ。
どうやら、ただのドワーフでは無く、特別なドワーフの仕事だとか。
俺も母も軽装を好むのは、もちろん魔族が生来好色だから、ではある。
俺は王都の門番を務めて以来、周りには閑職に愚痴ばかりのつまらぬ男ばかりで、唯一まともな男と言えば、とても正視出来無いほど強力過ぎる、畏怖すべき我が父王陛下だけ。
だから誰ともまぐわれていないが、毎日死ぬ思いで運動はしているからな。
程良く発散はされて、ひとりで慰めるだけで満足出来てはいる(^^;
俺も魔族女の端くれだから、間違っても未通女じゃ無いが、今しばらくは男に現を抜かすより、己を高める方が楽しいな。
そう、だから別に、男を誘うおうと思ってこんな格好をしてる訳じゃ無いと言う話だ。
魔族は神族と違い、後から体を変化させる事を好む。
反対に、神族は羽が生えているなら端から生やすし、数は少ないが腕が多い者もいるが、その腕を隠すような事はしない。
だから、自分の体形に合った服装をする。
魔族は羽でも腕でも後から生やすから、肌を露出しておく必要があるし、露出した部分から何か生えるかも知れないと警戒させる効果もある。
だから、俺や母みたいな女だけじゃ無く、男の魔族も露出は多い。
そして俺は、背中から蝙蝠の羽に良く似た羽を生やせる。
が、マナ濃度低下の影響で、こちら側のアーデルヴァイトで空を飛べるのは、鳥や虫、蝙蝠もだな。マナとは関係無く空を飛べるものだけだ。
俺の羽も、昔は不意打ち用の隠し腕程度にしか機能していなかった。
今は違うけどな。
さすがに自由に空は飛べないが、マナだけじゃ無く風も捉まえる事で、かなりの距離を滑空出来るようになった。
風任せなところはあるが、丘陵を利用すれば、多分距離を稼げるだろう。
……早く着いても死期が早まるだけかも知れんが、父王様から直接下知下されたのだ。
命を賭して、事に当たらねばならん。
そうして、徒歩と少しの空の旅で、俺は一昼夜でサントワンヌへと辿り着いた。
普通なら3日掛かるところを、かなり短縮出来た事になるかな。
いや、徒歩ならばあの丘陵地帯は難所だから、もう少し掛かるのかも知れん。
強くなった実感は無いが、少なくとも世界樹の恩恵が俺を変えたのは確かだな。
空から世界を見下ろすと、己の小ささを感じもした。
出来れば、無事生き延びてあの地獄へ舞い戻り、もっと強くなりたいものだ。
ここサントワンヌは、隣国ディリアーデルへの防衛拠点でもある為、王都に負けぬほど堅固な造りをしていた。
門番に用件を伝え、託された親書の封蠟を見せると、すぐにも監督官の執務館へと案内される。
道中、街中の様子を窺うと、さすが国境の街。様々な種族が行き来していて、活気は王都に負けないものがある。
兵たちも俺の同僚よりマシに見えるが、それでも最前線にしては少し気が抜けているのではなかろうか。
ディリアーデル王国国王は500歳ほどのまだ若い魔族と聞くが、我がガイドリッド=ヴェールメル王国国王陛下の実力を甘く見る事無く、本格的な敵対行動は一度も見せた事が無いと聞く。
それがブラフと言う可能性もあるが、実際に攻めて来る事は無いだろう。この街の住人は、そう思っているのかも知れないな。
……であれば、だ。将軍たちは、ディリアーデルは置いておいて、件の邪竜に取り掛かれるのではないのか?
にも拘らず、どうやら10年も音沙汰無し……10年も退治出来ずにいる、と言う事だよな。
いち門番に過ぎない俺が、監督官を務める将軍たちがどうにも出来無い竜を倒せる……とは、とても思えんが……。
一体、どう言うおつもりなのだろう。
確か監督官を務めるのは、魔族の女がふたり、神族は女がひとり、男がひとりの合計4人の将軍たち。
軍の要職を務める者が4人もいる最前線の国境の街故、執務館もかなり大きくて立派な建物だった。
陛下よりの親書なのだから、すぐにも執務室へ通されるかと思ったが、やはり俺がただの一兵卒なのはおかしかったか?
俺は客間へと通され、小一時間ほど待たされた。
まさか、偽の親書、偽の使者などと疑われてはいまいが、陛下の使いを待たせるのはどうなんだ?
……それだけ、俺が軽く見られていると言う事か。
コンコン、と客間の扉が叩かれ、「失礼します。」と声が掛けられてから扉が開く。
使用人か配下の兵でも来たのかと思ったが、入って来たのは上品な衣服に身を包んだ神族の男。
少なくとも相応の身分の者と思われるが……文官などと言う輩は、書類整理などの実務だけで、こうして客人の相手を任されたりはしない。
国を動かすには必要不可欠だが、やはり武が物を言う世界だからな。
やはり、俺は侮られているのか。
そう思ったが、それはとんだ勘違いだった。
「私は、このサントワンヌの監督官のひとり、ヴェリウスだ。待たせて済まなかったな。こちらの事情だ。謝罪しよう。」
……え?今この男は、何と言った?
このひ弱そうな……いや、良く見れば、その体は程良く引き締まり、文官のそれとは明らかに違う。
神族らしい線の細い美形故、少し頼りなくも見えるが、感じる気配も偉丈夫のそれだ。
しかし問題はそこでは無い。
謝罪する、だと?
どんな事情があるにせよ、俺が王の使いであるにせよ、たかが一兵卒に将軍が?
「?……どうした。こちらが名乗ったのだ。名乗り返してくれても良かろう。」
「あ、こ、これは失礼した。俺はモリーヌ。今は役を解かれたが、王都の門番だ。そんな卑しい身分の者に、その、謝罪だなどと、おかしな事を言うものだから。」
「……おかしな事を言うのはお前だ、モリーヌ殿。非礼を犯せば謝る。当然の事だろう。それに、以前は知らぬが、今は陛下よりの使いだ。相応の礼を以て迎えねばな。」
……どうやら、この男、ヴェリウス将軍は、話に聞く
神族は光の神を模倣して創造されただけに、清廉潔白で曲がった事が嫌いな性格をしている者が多……かったそうだ。
ルージュ様によれば、向こう側の神族は今でもそうなのだと言う。
しかし、こちら側の神族は、魔族と覇権を競って戦乱に明け暮れた事から、かなり粗野に……魔族と変わらぬ乱暴者になって行った(^^;
俺が知る神族連中は、父王様を含みほぼ魔族男とそう変わらぬ、良い意味で言えば豪放磊落な者ばかり。
父王様を除けば、悪い意味で粗野で下品で大雑把な奴らだ。
多分、このヴェリウスのような男を、紳士と言うのだろうな。
「親書が本物である事は一目瞭然だ。……内容にも見当は付く。とにかく、私の執務室へお通しする。詳しい話は、そこで聞こう。」
そうして身を翻し、颯爽と部屋を出て行く将軍。
まだ一瞥しただけだが、きっとこの男は律義者だろう。
そんな男が10年も放置した邪竜、か。
やはりその親書は、俺の死刑執行書だったようだな。
3
ヴェリウス将軍の後に付いて行くと、大階段を外れて階下へと降りて行く。
地下?彼は確か、私の執務室、と言っていたはずだが……。
訝しみながらも後を追えば、地階の小さな一室へと辿り着く。
「ここだ。入り給え。」と、彼はさっさと入ってしまう。
……まさか、あんな生真面目そうな男が、俺の色香に迷った、なんて事はあるまいが……。
その部屋の入り口脇には、「監督官執務室・ヴェリウス将軍」と手書きで書かれた簡素なプレートが張ってあった。
嘘……でも無いらしい。
意を決して中へ入ると、狭い部屋の中に書棚が所狭しと並べられていて、彼の執務机と来客用のテーブルセット以外、ほぼ書物や書類で埋め尽くされていた。
「……そこへ掛けてくれ。」
言われるがままに、来客用のソファに腰掛ける。
「済まないな、こんな場所で。驚いたかね。」
「……そうだな。押し倒して貰えるのかと、少し期待したよ。」
「……お前も、そう言う冗談を言うタイプか。」
「?……どう言う意味だ?」
「いや、済まない。こちらの話だ。悪いが茶は出ん。茶菓子は置いてあるから好きに喰え。親書を改めるまで少し待て。」
それだけ言うと、一度親書を捧げ持ってから、その封蠟を解くヴェリウス。
本当に律儀な男だが、まだ開封していなかったとは、俺は本当に何故小一時間も待たされたのか。
……茶菓子も良いが、さっさと話を進めたい。
俺は、何をするでも無く、ヴェリウスの方を呆と見詰める。
神族と言う奴は、余程の事が無い限り皆美形だ。
白い肌に光を照り返す金髪、透き通るような青い瞳。
造形が多少崩れても、美しいと勘違い出来る。
この男は紛う方無き神族のそれで、顔形も良く整った美丈夫だ。
俺はもう少し逞しい方が好みだが、優男が強引に俺を組み敷いて来るのも悪くは無い。
しかし、この律儀な男が執務館で武装もしていないのは、少し腑に落ちない。
いや、見れば背後に、ちゃんと武具は飾ってあるようだ。
執務中だから外している、と言う事は、将軍とは言え文官系なのか?
文官上がりの将軍など、聞いた事無いがな。
……確かに、この男から感じる気配はそこまで強く無い。
国境の街の監督官に任命される将軍は、皆Lv.30を優に超えるエリートだと聞いていたが、この男は違うのだろうか。
「……愚問だが……、これは本当に陛下からの
「ん?何か不備でもあったか?間違い無く、父王……ガイドリッド国王陛下が直接したため、俺に手渡してくれたものだ。」
「そうか……。」
「一体何が書いてあった。俺は中身は知らん。あぁ、一応話は聞いてるから想像は付くが、細かい事は聞かされていない。何か問題でもあったか?」
「……内容は知らぬのか。要約すれば、まずお叱りだ。10年も邪竜を放置するなど、ヴェールメル女王陛下がいたくお怒りだ、と言う形でな。父のいつもの戯れだ。」
……そうだな。父王様は、かなり気さくな方で、冗談も良く言う。
俺は良いけどヴェルが怒ってるぞ、と書いてある訳だ(^^;
「だからお前を、モリーヌを遣わした。……お前が邪竜を倒すから、役にも立たぬ私たちは、モリーヌの手助けをしろ、と言う内容だ。」
「はぁ、やっぱりか……。冗談が好きな方だが、あれは冗談とは思えなかったからな。しかも手助けだけか?俺ひとりで倒すのか?やはり、死刑宣告だよ、これは。」
「あぁ、そうだな。私たちも、何も邪竜を放置していた訳じゃ無い。4人で戦っても、とても敵わぬ相手だっただけだ。近隣の村々を襲い来る時は、何とか撃退だけはする。それが精一杯だっただけだ。」
4人で戦っても……、それはつまり、エリート将軍4人が協力しても敵わない相手、と言う事だ。
いち門番の俺ひとりで戦って、どうにか出来る相手ではあるまい。
「……それで、どうする。と、聞くまでも無いか。話は聞いていると言ったな。その上でここまで来たのだ。……自信はあるのか?」
「はぁ、馬鹿を言うな。さっきも言ったが、俺はただの門番、ただの一兵卒だぞ。きっと、何か気に障る事を仕出かしたのだろう。毎日毎日母の稽古を受けながら、満足な結果を示せずにいたからな。」
「ほぅ……、母王陛下の稽古を受けているのか。」
「ん?あぁ、ちょっとした縁があってな。ここ100年は、門番を務めながら、毎日母に殺され掛けている。」
「……ヴェールメル女王陛下のお気に入り、か。くそ、捨て置けんか。少し待て。」
そう言って、席を立つヴェリウス。
「お、おい、また待たせる気か?一体どこへ行く。助けてくれぬでも、せめて案内は必要だぞ。」
「……済まん。そうだな。これではお前に対し、不躾が過ぎるな。私たちの恥故な。あまり話したく無かったのだが……。」
そう言って、再び椅子に腰掛けた。
「先程待たせたのも、私たち監督官同士の不仲が原因でな。陛下からの親書を受けながら、誰が使者の相手をするかの擦り付け合い。まぁ、結局は、いつも私が貧乏くじを引くのだが……。」
「貧乏くじ、か。」
「あ、いや、失礼。お前の事じゃ無い。親書の内容だ。邪竜について糾弾されるのは判っていたからな。とは言え、誰が使者の相手をしようと、誰が親書の封を切ろうと、内容が変わる訳で無し。ちゃんと4人の執務室で出迎えようと言ったのだが……。」
「4人の?じゃあ、ここは?」
「あ……あぁ。……ふぅ、お前は、他の監督官の事を知っているか?」
「ん?いや、詳しい事は知らない。確か、魔族の女がふたりと、お前ともうひとり女の神族か。」
「……女三人寄ると姦しい。魔族のふたり、バーンベリーとヴィヴィアンは恋人同士でな。いつも結託するから、もうひとりの神族メイミイルフは私と手を組みたがるが、馬が合わん。最終的に、女三人がまとまって、私ひとりが弾かれる。邪魔者扱いされて、執務にも支障を来すからな。こうして、資料室を私の執務室代わりに使ってる。」
……苦労してるんだな、ヴェリウス。
その魔族のふたり、確か俺より若いんだよな。
同じヴェールメルの娘とは言え、若くして力を認められ、こうして監督官にまでなったエリート。
片や、若い頃遊び惚けて、王都の門番がやっとだった俺。
今でこそ真剣に強くなろうともがいてるが、仕事に就く前は良い男と気持ち良くなる事しか頭に無いふしだらな娘だったんだ、俺は。
その結果が、ヴェールメルの娘の癖に門番なんて閑職に回されるとは、きっと娘と言うのは親の吐いた嘘だろう、と言う陰口さ。
俺は悔しくて、門番になってから真面目に己を鍛え始めたんだ。
まぁ、そこで腐らなかったお陰で、あのお方に出逢い、道が開けたんだがな。
俺は馬鹿でふしだらに過ごした娘時代を、ここの監督官ふたりはきっと真面目に訓練して過ごし、エリートとして認められた。
ただ、ここへ赴任して邪竜討伐に失敗し、無為に時間を過ごしていたとしたら。
俺より若く、今までエリートとして挫折を味わった事が無かったのだとしたら。
今そのふたりは、傷を舐め合って耽っているのかも知れない。
……まぁ、単なる同性愛者なだけかも知れないが。
「……あぁ、くそ。どうせ相談しても、私がやらされるだけか。おい、モリーヌ。お前Lv.は?」
「ん?……悪いな。繰り返しになるが、俺はただの門番だ。Lv.はたったの21だよ。」
元々は、頑張ってはいたがLv.18で躓いてた。
あのお方に逢って、王城までお連れした訳だが、それがクエストとなって一気に3Lv.も上がっていた。
それはそれで驚いたが、その後100年、母と毎日稽古を繰り返し、死ぬ思いをし続けて来たのに、ただのひとつもLv.が上がらないのも驚きだ。
確かに、毎日の稽古はクエスト失敗扱いだし、門番などしていてはモンスターを倒す機会もまるで無いが……。
母も父王様も、Lv.など目安、気にするなと仰っているが、どうしたって気にする。
100年もあの最強女王の手解きを受けながら、未だLv.21止まりではな……。
「Lv.21?そんなはずは……いや、確かにLv.21か。本当にどう言うつもりなのだ……。いや、良い。判った。とにかく、私も一緒に行こう。そして、件の邪竜とひと当たりしてみるが良い。私が守ってやる。そして、勝てぬ事が判ったら、王都へ戻れ。私も一筆、口添えしてやる。」
「……ありがとう、ヴェリウス将軍。さすがに、ひと太刀も交えず逃げるなんて出来無いからな。助かる。」
こうして、俺は守りに秀でた神族のエリート将軍、ヴェリウスの助けを受けて、邪竜と恐れられる化け物に遭いに行く事となった。
4
「それで、その邪竜とやらは、一体どんな奴なんだ?」
俺は、邪竜が棲む洞窟へ向かう道中で、ヴェリウスにそう問い掛けた。
どうやらその邪竜、何もサントワンヌ周辺ばかりを襲うのでは無いらしい。
その棲み処は丁度隣国ディリアーデルとの境界近くにあり、気分次第でこちら側にもあちら側にも、獲物を求めて周辺の村々へ彷徨い出るのだと言う。
まぁ、野生の竜にとって、国境なんてものは関係無いのだろう。
「分類上は、アースドラゴンになるだろう。」
アースドラゴン、土属性のドラゴンだ。
属性が属性だけに、翼を生やして空を飛んだりはしない。
大きな蜥蜴と言った風体で、後ろ足で立ち上がれば10mを優に超える個体もいる。
俺たち魔族や神族にとっても、驚異的な怪物だ。
確か、特徴は……。
「体長は10m以上あったからな。かなり永く生きた個体だろう。相当強かった。もしかしたら、すでにエルダーと言って良いのかも知れん。」
エルダー、エルダードラゴンか。
こいつは、本来竜の種族を指す言葉じゃ無い。
永く生きた事で、特別強力に成長したドラゴン全般を指す、言ってみれば称号だな。
もし本当にエルダードラゴンであるなら、その邪竜とは……。
「あの時は直接的な攻撃しかして来なかったから、私とメイミイルフの魔法防壁で何とか凌げたが、あれで全力だったかどうか。バーンベリーとヴィヴィアンの攻撃は、物理、魔法ともに効いた様子は見えなかったな。」
「……攻撃が防げても、相手を倒せなくては討伐なんて不可能か。それで、襲撃の度撃退。その繰り返しか。」
「あぁ、情けない限りだが……。それでも、そう頻度が多い訳でも無い。こちら側では無く、あちら側が襲われている時は、さすがに私たちが撃退してやる義理は無いからな。この10年で、こちら側の村が襲われたのは7回。死者は16人。後は家畜がやられた。あれほどの邪竜が傍に棲んでいて、この程度の被害で済んでいるのだ。本当なら、褒めて貰いたいくらいだ。」
ヴェリウスは、自嘲気味にそう言って笑った。
「それで、お前はどう戦うのだ。得意な得物はそれか?」
俺が手にした長柄武器を見て、ヴェリウスが聞いて来る。
「あぁ、普段は他の門番連中に合わせて槍を使うが、俺は突くより振る方が得意でな。王城から青龍刀を持って来た。やはり、肉弾戦では間合いが広い方が有利だからな。」
青龍刀、正式には青龍偃月刀は、幅広の刃を長柄の先に備えた武器で、刃に青龍を模した装飾を施す事からそう呼ばれるらしい。
「だが、最近は専らこっちだ。」
と、腰に吊るしたロングソードを示す。
「母と毎日、こいつで斬り合ってるからな。……いや、俺は斬られる一方だが。」
「ふむ……それでは、ひと太刀浴びせるにも、やはり一度は近付かねばならんか。」
「そうだな。少なくとも、将軍クラスの魔族の魔法でさえ、効いてなかったんだろう?俺なんかの魔法じゃ、涼風にしか感じんだろう。」
「涼風?得意なのは風魔法か?」
「ん?一応な。だが、攻撃に使う事は無かったな。直接体をぶつけ合う方が性に合ってる。付与や増強、あくまで戦闘力強化ばかりだ。」
「そうか……。やはり、守るのは苦手か?」
「あぁ、苦手だ。先日の稽古でも、母の剣を受けたと思ったら、足が無くなってた。と言って、即足を生やせるような超速再生も出来ん。死ぬ時は簡単に死ぬだろうな。」
「随分と命を軽く言う。あまり感心せんな。」
「いや、死ぬつもりは無いよ。折角与えられた機会だ。俺は強くなってみせる。だから、頼むぞ、監督官様。神族の守りの力で、致命傷だけは防いでくれ。首さえ無事なら、何とかなるだろ。」
「……豪胆なんだか、考えが足りないのか。まぁ、良い。私は私の仕事を、ただやるだけだ。」
そう。例えこれが死刑宣告でも、俺は簡単に死んでやるつもりは無い。
今回は、良い漢が背中を守ってくれるのだ。
言い訳が立つ程度に死力を尽くし、ずたぼろになった体を持ち帰れば、大目に見てはくれないだろうか。
母は厳しいが、一応ルージュ様の口添えあっての面倒だ。
本気で殺しはすまい……と思いたい(-ω-)
俺たちの足で半日、もうじき陽も暮れるが、さすがに俺でも夜目が利くようになる魔法くらい使える。
当然エリートのヴェリウス将軍だって使えるだろうし、このまま戦い始めても問題無かろう。
奴の棲み処は、木々がまばらに生えているだけの岩場にあった。
岩肌に、真っ黒な穴が口を開けている。
奴自身が立ち上がれば10mはあるだろう巨体だけに、その巣穴も結構な広さがありそうだ。
自然に出来た洞窟を、自分のサイズに合わせて広げるなりしたのかも知れないが、決して迷宮じゃ無い。
いれば、すぐにも見付かるだろう。
さて、これから戦いとなる訳だが、ヴェリウスの格好は比較的軽装だった。
執務館で着ていた衣服の上から、魔導武具であるレザーブレストを重ね、護身用にロングソードを帯剣しているが、盾と一体になった手甲を両手に嵌めていて、これが得意の得物なのだろう。
やはり、神族らしく守りが得意なのだと窺わせる。
「……おかしい。」とヴェリウスが呟く。
「どうした?」
「……気配を探ってみたが、どうにもはっきりせん。私たちは邪竜がこちら側の村を襲っている時に戦ったから、ここへ来るのは初めてだが、あの時とは違って、気配が感じられないのでは無く、そこいら中から気配を感じる気がする。邪竜に仲間がいるなんて報告は受けていないぞ。」
そうだな。アースドラゴンは属性竜だから、エルダーじゃ無くたって上位竜に当たる。
そこまで繁殖力旺盛じゃ無いから、普段は単独行動のはずだ。
仮に雌が子供を産んだとしても、一度に産むのはひとつかふたつの卵だけ。
エルダードラゴンの群れ、などと言うものは考えにくい。
「どれ……。」俺も一応、気配を探ってみる。
俺は母から、余計なスキルにスキルポイントは使うな、と言われてから、戦闘に特化したスキルしか習得していない。
鑑定や感知などは得意な者に任せれば良いと、習得を禁じられたくらいだ。
ただ、戦士系を伸ばす過程で不可欠だからと、闘気などの肉弾戦用のスキルは習得させられた。
最初は意味があるのかどうか疑っていたが、不思議と目で見ずとも相手の動きが判るような気がするのだ。
その延長線だろう。相手の気配が判る事で、大体の位置も判る気がする。
感知のような探索系スキルなど無くても、何か違うものを感じられるようになるらしい。
……、……、……なるほど。
至るところから、ドラゴンのような気配がする。し過ぎる。
これは何か違うな。ドラゴンそのものでは無いだろう。
「何だろうな。周囲にドラゴンらしき気配が満ちてる。だが、これはドラゴンじゃ無いだろう。理屈は判らないが、自分の居場所を悟られない為に、アースドラゴンが何かしたんじゃないか。」
「……モリーヌ。お前、ドラゴンに詳しいのか?」
「ん?あぁ、そうだな。詳しいと言うほどじゃ無いが、母の方針でな。戦闘に関係無いスキルは取らせて貰えん。鑑定を覚えるくらいなら本を読めと言われてな。暇な時間は、良く本を読むようになった。100年もあれば、そこそこ学が付く。」
そう。不思議なものだが、スキルに頼らず自分で研鑽しても、同じ事が出来るようになると言う話だ。
まぁ、昔は本など読んだ事無かったから、本を読む事を覚えるのに一番時間が掛かったかも知れん(^^;
端から文官を目指す魔族などいない。
御多分に洩れず、俺も戦い以外の勉強などしなかった。
母に言われなければ、一生本など読まなかった事だろう。
「……見た目に依らず、博識なんだな。本を読む魔族など、悪いが初めて会ったよ。」
「いいや、悪い事は無いさ。俺も本を読む魔族など、俺と母以外知らん。」
「それで、このアースドラゴンの気配、どう思う。」
「ふむ。残念だが、答えは判らん。
「こちら側?あの方とは誰の事だ?」
「あ、いや、気にしないでくれ。こっちの話だ。」
こちら側の本は、主に神族やエルフ、ホビットが書いたものだ。
と言っても、エルフやホビットは世界を歩き回れん。
専門分野に関する著書はあるが、多くは神族が書いた本だ。
俺たち魔族、神族にとって、この世のあらゆる生き物がそこまで大した脅威じゃ無い。
魔族神族の強者となれば、ドラゴンも同様。
わざわざ詳しく調査して本を書いたりしない。
鑑定で判明した情報や伝聞程度の話を、まとめているだけに過ぎん。
話に聞く向こう側の魔導士のように、様々な事柄を詳細に研究し、それを資料としてまとめて世に出す輩がいないのだ。
それでも、門番などしていては見聞き出来無い事は多く、それを本から学べるのはありがたい。
鑑定で判る程度の情報なら、俺にもアースドラゴンの情報が判るのだからな。
しかし、その生態を詳しく調査でもしなければ判らない事は、本にも載っていないのだ。
「だが、周囲の気配は、ドラゴンの本体ではあるまい。念の為警戒するとして、俺が先へ行き、ヴェリウスが背後を守ってくれれば、問題無いのではないか?」
「……そうだな。確かに、言われてみればこの気配、少しおかしい。ドラゴンが何体もいるなんて事は無さそうだ。」
「ここでこうしていても埒が明かないしな。いざとなったら、俺は風魔法で素早く逃げるさ。ヴェリウスは、守りに自信があるのだろう?取り敢えず、入ってみよう。虎穴に入らずんば虎子を得ず。まぁ、竜の巣穴だがな。」
「……お前は本当に見た目と違うな。」
「ん?どう言う意味だ?」
「気にするな。見直したと言う事だ。さぁ、行こうか。」
先に歩き出したヴェリウスを追って、俺も竜穴へと踏み出した。
5
巣穴の中は、やはり天然の洞窟だったものを多少押し広げてあって、動きやすいよう拡張されていた。
ドラゴンと言うものは獣であって、知性は高くとも動物的な行動を取る。
特にアースドラゴンは土属性だけに、穴を掘ったり固めたりするのは得意なのだろう。
……穴を加工か……。
もしかしたら、壁に何かしら埋め込んででもいるのか?
「奥が開けているぞ。」
その声に奥を見やると、高さも幅もさらに広い、部屋のような場所に出た。
奥までは精々50m、あくまで巣穴、そこまで深く無いな。
奥まった辺りに、丁度ドラゴンが丸まって収まるような窪みがある。
そこが寝床なのだろう。
近付いてみると、寝床の底がきらきらと輝いている。
「何だ?そう言えば、ドラゴンは財宝を貯め込んでいるとも聞くが。」
「いや……これは多分、原石だな。」
「原石?判るのか、モリーヌ。」
「あぁ、俺も一応女でな。宝石は嫌いじゃ無い。こいつは多分、宝石を含む鉱石の類いで、まだ磨かれる前の原石を含有しているんだと思う。」
「ほう。一応、お宝はお宝か。」
「そうだな。他のドラゴンと違って、人里から宝飾品を奪ったり、巣穴にやって来る馬鹿な奴らの死体から漁ったりするんじゃ無く、鉱石を嗅ぎ当てて自分で掘って来るのかもな。ほとんどは普通の宝石だが、いくつか魔力含有量の高い物もあるようだ。ちゃんと加工すればだが、それなりの価値はある。」
とは言え、こうして寝床に集めているのは、ただ宝石を集める習性があるからだろうか?
意外と、力を高める為、こうした魔力含有量の高い鉱石を溜め込んで、体内に取り込んだりしているのかも知れない。
いくら地竜と言っても、普通だったら他のドラゴンと防御力などそう変わらぬはずだが、確かアースドラゴンは特に鱗が硬かったはずだ。
魔力の高い宝石を喰って、その鱗の強度を上げる、なんて事があるのだろうか。
そんな特別な鱗だからこそ、魔族将軍の魔法にすら傷付かなかったのかも知れん。
「しかし、本人は不在か。一度出直そうか、ヴェリウス……。」
そう呼び掛け振り返ると、ヴェリウスは入り口の方を向いて身構えていた。
「不味い!出口を塞がれた!奴め、私たちが巣穴の中に入るのを待っていたんだ!」
言われて気配を探ると、確かに洞窟の入り口から竜の気配が近付いて来る。
くそっ!アースドラゴンが身を隠して、獲物を巣穴に誘い込むなんて本には書いてなかったぞ!
と言うか、そうか。身を隠していたのか。
自分は身を隠し、代わりに自分の臭いの付いた物……例えば糞?……でもそれだけじゃ……あ、そうか。鱗だ。
多分、巣穴の壁とか周囲に鱗を埋め込んで、その上で自分は気配を殺してたんだ。
やられた。何て頭の良い奴。
「来るぞ!幸いこの場所は広い。何とか守りながら位置を入れ替えて、外に逃げる機会を窺おう。」
「判った。」と、その背後に回って青龍刀を構える。
ここは広いから、青龍刀も問題無く振るえそうだ。
俺たちが待ち構えていると、その広い部屋の入り口辺りに、ぬぅっと大きな顔が突き出て来た。
確かにドラゴンだが、少し横に平らかな顔をしている。
爬虫類より少し両生類に似ているような、そんな顔だ。
部屋の中まで入って来ていないので、当然体は四つ足状態なのだと思うが、それでも顔の位置が俺たちより高い場所にある。
10mを超えるとは聞いていたが、実物はもっと大きく見える。
顔の正面より少し左右に付いた目玉が、ぎょろりとヴェリウスを捉え、顔の下から何かが飛び出して来た。
爪だ。四つ足のまま、右前足で攻撃して来たようだ。
俺は素早く距離を取り、左へ回り込もうとする……が、ヴェリウスはその攻撃を防ごうとその場に留まった。
ヴェリウスが両手の手甲を正面に構え、そうする事で2枚の盾が揃って大きく展開。
そこに被さるように、薄ぼんやりと光る魔法障壁も展開される。
そこはさすが、守りを得意とする神族の戦士だ。
しかし、敵は4人でも敵わなかった邪竜。
その爪の一撃は、真正面から受けて耐えられるほど弱く無かった。
爪の一撃を受けたヴェリウスは、仰け反るように弾かれて、魔法障壁ごと手甲の盾も半壊させられた。
そして、その場で膝を突くヴェリウス。
「おいっ!何まともに受けてる!避けろよ、それくらい。」
「ぐぅっ!……馬鹿を言うな。あんな素早い攻撃、避けられるか!防ぐのがやっとだ。……防げもしなかったが……。」
おいおい、何を言ってる?!
今の攻撃が素早い?出しなから丸見えの、遅い攻撃だったろ。
ほら、今だって反対の前足、左の爪が伸びて来て……。
「くそ!ここまでか!」
えぇい、何でそこで諦める!こんなもの!
ギィン、と甲高い音を立て、俺の青龍刀が邪竜の爪を弾き返す。
あん?思ったより軽いな。遅くて軽い。大した攻撃じゃ無い。
「グルルゥオゥゥゥ……。」と低く唸る邪竜。
ふむ、どうやら今の青龍刀での受けで、自慢の爪にひびでも入ったらしい。
言うほど、硬くもないようだ。
怒った邪竜が、今度は俺に向かって爪を振るう。
だが、そんな遅い攻撃では、俺に反撃しろと言っているようなもんだ。
今度は爪では無く、その前足首辺りを思い切り斬り付けてやる。
「グギャアッ!」と叫びを上げる邪竜だが、どうやら鱗が砕けただけで、前足は無事だったようだ。
母のように、簡単に斬り落とすとは行かないものだ。
俺は踵を返し、「何を呆っとしてる!」とヴェリウスの首根っこをひっ掴まえて、引き摺って少し距離を取る。
「……い、一体、どうなってる?」
「あん?何の事だ。」
「……今どうなった。私は奴の爪にやられるところだった。……お前が助けてくれたのか?」
「何だ、見えていなかったのか?俺が奴の爪を薙いでやっただけだ。その後足首を斬り落とそうとしたんだが、そこまで軟らかくは無かったな。」
……おかしい。魔族の将軍の魔法だけじゃ無い。物理攻撃も効かなかった。あの時ヴェリウスはそう言ったはずだ。
なのに、俺の攻撃は、奴の鱗を容易く砕く。
「……おい。あいつが例の邪竜なのか?」
「?……あぁ、間違い無い。見間違えようはずも無い。何度も屈辱を味わわされた相手だ。」
……おかしいとは思ったんだよ。
俺はヴェリウスに会った時、将軍にしてはそこまで強く無い、と思ったが、そんなはずは無いのだ。
ただの監督官では無い。国境の街の監督官だ。
国内の他の都市とは違い、最前線を任されているのだ。弱いはずが無い。
そして、そんなエリート監督官が4人で10年も手を焼いている邪竜も、また弱いはずが無い。
つまり……俺が強いのだ。
まさかと思ったが、思い当たる節はある。
ヴェリウスも邪竜も、母と比べれば余りにもその気配が小さく、少しも怖く無いのだ。
父王様のような、気を抜けば意識を持って行かれそうな威圧感が無いのだ。
俺は俺自身の力を測りかねるが、いつも死ぬ思いをしている相手と比べれば、余りにも弱々しくやられる気が全くしない。
Lv.など目安。母はいつもそう言っていたが、今ようやく実感出来た。
Lv.など目安。こいつらは俺より高Lv.だが、俺より弱い。
「そう言う事なら、さっさとここを切り抜けよう。さぁ、さっさとこっちへ来いよ、ドラゴン!」
俺は邪竜を挑発してその場で身構えたが、邪竜の方は俺を警戒して襲って来ない。
……いや、それだけか?こいつ、
何故?……俺たちが、脇をすり抜け外へ出ようとしている事を理解しているから!
「おい、ヴェリウス!状態変化の耐性アップを掛けてくれ。こいつが吐くのがポイズンブレス(毒の息吹)なのかコローシヴブレス(腐食性ガスの息吹)なのか判らないが、あそこから動かない気なら残る攻撃手段はブレスだろう。耐性を上げちまえば、怖く無いからな!」
すると、その声に反応したのはヴェリウスでは無く、目の前のアースドラゴンだった。
耐性を上げられてしまう前にと、浅い息で素早くブレスを吹き掛けて来たのだ。
しかし、それは俺の誘いだ。
不充分な状態で吐かれたブレスは大した効果範囲を持たず、直線状に俺に向かって吹き付けられたので、俺は青龍刀をぶん回してそれを斬り裂いた。
それでブレスは跡形も無く消え去ったが、どうやらこいつはコローシヴブレスだったようだ。
今のひと振りで、青龍刀の一部が腐り落ちている。
さすがにこいつは、ヴェリウスが使うような魔法障壁で受けるべきだったな。
俺は青龍刀を投げ捨てると、腰のロングソードを抜き放ちながら、真っ直ぐドラゴンへと間合いを詰めた。
どうやら俺の速さに付いて来ていない様子で、まだ何が起きたか判らず呆っとしているその喉元に、俺は刃を深く突き刺した。
「ギョワアァァァ!」と叫びを上げながら、同時に血の泡を吹くドラゴン。
ブレスってのは、その性質が何であれ、あくまで息吹だ。
肺に溜め込んだ空気を吐き出す時に、自らの属性魔力を付与する事で、それは驚異的な攻撃へと姿を変える。
だが、あくまで空気を吐き出すのは、生物としての肉体的な行動だ。
こうして、喉の奥に血を溢れさせてやれば、思い切り息を吐き出す事など出来無くなる。
こいつは、ちゃんと本に書いてあった、ドラゴンブレスへの対処法のひとつ。
本の知識って奴も、ちゃんと実戦で役に立つもんだ。
……まぁ、ドラゴンの喉を突くなど普通出来無いから、出来るものならやってみな、と著者は半ば冗談で書いたのだろうが(^^;
それでも、それを実践出来る力さえあれば、スキルに頼らない強さに繋がる訳だ。
俺は剣を突き刺したまま振り返り、ブレスの巻き添えになっていないかヴェリウスの方を確かめる。
するとヴェリウス、何やら慌てた様子で。
「!……おい、モリーヌ!お前、その……胸!胸、出てるぞ!隠せ!」
「あん?」言われて確認してみると、なるほど、左乳が丸出しだ。
どうやら、さっきのコローシヴブレスに少し触れて、ブラの紐でも切れたらしい。
しかし、何を慌てている、ヴェリウス。
女の乳など珍しくも無かろう。それに、今は戦闘中だぞ。
「おい、ヴェリウス。後で好きなだけ吸わせてやるから、今はそんな事気にするな。戦闘に集中しろ。」
「なっ!だ、誰が吸いたいなどと言った!普通女は、胸が開ければ恥ずかしがるものだろう。注意してやっただけだ!……戦闘中に気を散らしたのは悪かったが……。」
……何を顔を赤らめているんだ、お前は。
初心なねんねでもあるまいに……いや、これだけ生真面目な男なら、まだ女を知らないなんて事もあるのか。
……ふむ、そう言うのも悪く無いか。
「これが終わって街へ帰ったら、俺が筆を下ろしてやるよ。だから、ちゃんと身を守ってやられないようにしてろ。」
「ば、馬鹿野郎っ!わ、私は決して童て……。」
突き刺した剣を捻り上げ、そのまま引き摺るようにドラゴンの体を部屋の中へと引き入れて行く。
ドラゴンは暴れて抵抗するが、力も俺の方が強いようだ。
こうなると、Lv.が目安なだけじゃ無く、能力値すら信用ならんな。
いや、素の力、筋力だけなら、当然10m以上もあるドラゴンの方が強いのだろう。
要は力の使い方、魔力の使い方。
それによって、こうまで強くもなれるのだろう。
俺はドラゴンの体が半分くらい部屋の中に入ったところで、素早く剣を引き抜き、背後に回って背中に剣を突き立てた。
「グギャワァァァ!」と、今までで一番大きな咆哮を上げ、ドラゴンは四肢から力が抜け俯せのまま腹を着いた。
俺が今剣を突き立てた場所は、丁度アースドラゴンの心臓の真上。
さすがに本にも解剖図なんて載っていないから、これは体内の魔力の流れから見抜いた急所だ。
俺は、ドラゴンの心臓ぎりぎりのところで剣を止めた。
「おい、ドラゴン。これで俺の勝ちだ。だが止めは刺さん。」
「ど、どういうつもりだ?モリーヌ。」
俺の方を見ないようにしながら、ヴェリウスが問い掛ける。
「うん?こいつ、俺たちの話を聞いて、巣穴の入り口側を塞いだまま戦ったり、俺の誘いに乗ってブレス吐いたりしたんだよ。それって、つまり。」
「!なるほど。邪竜邪竜とモンスター扱いして来たが、エルダーかも知れないとすれば、言葉すら話すかも知れない。と言う事か。」
「あぁ。もし話が通じるなら、殺す前に言葉くらい交わしたいと思ってな。どうだ?ドラゴン。お前、本当は話せるんだろう?」
俺はそう問い掛けながら、背中に突き立てた剣を引き抜いた。
「ゲホッ、ガハ、ゲヘ……、……、……強き魔族よ。勝者には従おう。その通りだ。我は知性を得て、言葉を持った。聞きたい事あらば、何なりと聞くが良い。」
6
俺はドラゴンの背から飛び降り、ドラゴンはべっ、と血反吐を吐き出した。
もう喋れるくらいだ。喉も再生しているのだろう。
地面に降り立った俺の許へヴェリウスが駆け寄り、いつの間に脱いだものか、ブレストプレートの下に着ていた衣服を俺に差し出す。
「ほら、これを羽織っておけ。」
それを受け取りつつ、「俺は別に、乳くらい構わんのだがな。」
「……慎みの問題だ。煽情的な格好は、まぁ、それにも意図や効果があるから構わんが、みだりに裸体を晒すのは品性に欠ける。お前だって、別に裸で歩き回るのが趣味な訳ではあるまい。」
ま、それはそうだ。
端から素っ裸の女よりも、露出は多いが大事なところは隠した女の方が、男も脱がす悦びがあろう。
ただの魔族女ならいざ知らず、俺たちのような戦士は、この格好も戦力の一部だ。
男漁りの為の格好では無く、油断した男の喉を掻き切る為の格好。
……ヴェリウスには、素っ裸でも効果ありそうだがな(^^;
「さて、ドラゴンよ。」俺は、肩当などの装備があるから、ヴェリウスの服をマントのように羽織りながら、ドラゴンへと問い掛ける。
「俺は、細かい事は判らん。だから大雑把に聞くが、お前は巣穴の周りのどの辺が俺たちの国で、どの辺がディリアーデル王国か理解しているのか?」
「……すまんな、強き魔族よ。国、などと言うものを考えた事も無い。」
「だよな。なら、これから覚えてくれ。主に北の方が俺たちの国だ。もう襲うな。襲わなければ、お前の事は見逃してやる。」
「お、おい!モリーヌ。そんな事、勝手に約束して良いのか?」
「うん?……ヴェリウス、お前たちは、父王様からどう言われているんだ?」
「どうって……サントワンヌの地を騒がす邪竜を倒せ、と。……10年前にな。」
「ふむ、同じだな。俺も、邪竜を倒して来いと言われた。……そして今、倒しただろ。別に殺せと言われた訳じゃ無い。生殺与奪は勝者の権だ。あのおふたりも、それはご承知の事と思うがな。」
「むぅ、そう言われればそうだが……、いや、両陛下であれば、そんな事は当然の事だと一笑に付すか。敗者が生きて再度襲い来るならば、何度でも返り討ちにすれば良い。その価値があるなら生かすも一興。そう言うお方たちか。」
「そうだ。生かす価値があるならば、殺すより面白い事がある。おい、ドラゴン。これからは、南側に対して好きに暴れろ。そっちは俺たちの国じゃ無い。あっちはあっちで、何とかするだろう。」
「モリーヌ、お前……。本当に、人は見掛けによらぬな。」
「おい、ヴェリウス。さすがにそれは俺にも判るぞ。そんなに俺は、馬鹿に見えるか?」
「や、違う。そうじゃ無い。馬鹿では無く、考えが浅そうとか、いや、それも違うな。そう、乗り。乗りで物事を考えていそうで、実は深い考えがある。そう言う事だ。」
「……フォローになっていない気もするが、まぁ良い。俺も俺が頭良さそうに見えるとは思わん(^^;」
そんな俺たちの馬鹿なやり取りを、ドラゴンは静かに見詰めている。
「……そんな事で、我を見逃すのか、強き魔族……モリーヌよ。」
「うん?本当に賢いな。もう別種族の名を覚えたか。すでにエルダーと呼んで差し障り無いのではないか?」
「……不思議だ、モリーヌよ。我の目には、今でもお前のLv.は我より低く見える。しかし、絶対に勝てぬと確信がある。我はおかしくなったのか?」
「ふぅん、俺は鑑定を持っていないからLv.は判らないが、Lv.なんて目安、と言う事だ。母から何度も聞かされた言葉だが、お前と戦ってようやく実感出来たよ。」
「Lv.など……目安。判らないが、その通りなのだろう。結果を見れば瞭然だ。」
「なぁ、ドラゴン。お前に名は無いのか?ドラゴンとかお前では、この先不便だからな。」
「……名は無いな。我には等しく生きた仲間がいない。名など必要の無いものだ。」
「そうか。……エルダーのアースドラゴンだから、アルダーでどうだ。これからお前の事を、アルダーと呼ぼう。」
「……モリーヌ。さすがにそれは安直過ぎないか?」とヴェリウス。
「アルダー……、判った。我はアルダー。エルダーアースドラゴンのアルダーだ。」
「ほら、本人気に入ってるぞ。」
「……ならば良い。」
「はは、ではアルダーよ。これより後、この巣穴より南方を狩場とし、これまで通り生きろ。そしてもし、アルダーが危機を感じたならば、俺たちの街まで逃げて来い。助けてやる。反対に、俺たちが困っていたら、アルダーの力を貸せ。これは俺たちとアルダーの同盟だ。対等の関係だ。アルダーはこれまで通り。俺たちは、アルダーを利用してディリアーデルを牽制。殺してしまうより、双方にとって良いだろう?」
「……なるほど。いくら表立って敵対を表明していないとは言え、ディリアーデルとは同盟関係では無いんだ。私たちが手を出すのでは無く、アルダーが襲撃を繰り返すなら、それは充分な牽制になる。しかも、これ以降アルダーが私たちを襲う事は無いんだ。私たちは、ディリアーデルに対してのみ警戒すれば済む。」
「我にとっては、願っても無い話だ。負けた以上、殺されても文句は言わない。そこを、これまで通りで良いと。さらには、もしもの時は助力すらすると。いや、むしろそれで本当に良いのか?今まで我は、北で何度も暴れたはずだ。それを許すのか。」
「許すも何も無い。そうだろ、ヴェリウス。」
「あぁ、その通りだ。私たちが、アルダーより弱かった。それだけの話だ。それで責めを負わねばならぬなら、アルダーでは無く私が負うべきだろう。」
「どっちも固いな。あ~、昨日の敵は今日の友、だったか。これからは仲間なんだ。それで良いだろ。あぁ、アルダー。だから、俺たちの国の地形や街、村については、少しずつ覚えてくれよ。ヴェリウス、お前は他の監督官や街の奴らに、ちゃんと話を通してくれ。」
「わ、判った。そうだな。アルダーの事を説明するのは少し骨だな。」
何故、俺はアルダーを殺さなかったのか。
こちら側の流儀なら、敗者を殺す方が自然と言える。
考えてみたんだ。ルージュ様の事。
俺はその力の片鱗を、一瞬の短い間だけ、目の前で感じた事がある。
それは、初めて逢って王城へお連れした時。
ルージュ様は、本物の神だと後から聞いた。だから、今なら判る。
多分、本物のルージュ様が訪ねて来た事が、母と父王様に伝わるように、神としてのお力を少しだけ解放なされたのだろう。
俺はあの時、不甲斐無くも震えていたが、悪いが母を前にしたからじゃ無い。
ルージュ様のあんまりにも偉大過ぎるそのお力に、ただただ震えが止まらなかったのだ。
ただひと太刀すら浴びせられぬ偉大な母さえ、気を保つにも気合が必要な父王様さえ、ルージュ様には到底敵うまい。
だが、今尚、この国の支配者は、母であり父王様なのだ。
では、何故ルージュ様は、ご自分でこの国を支配なさらないのだろう。
きっとルージュ様は、この国のみならずアーデルヴァイト全ての支配者、いや、話に聞く裏側をも含めたアーデルヴァイトそのものの支配者なのだ。
だから、懇意の力ある者、母と父王様にこの国をお任せになっている。
何も、自分より弱い者を、全て殺してしまえば良いと言う話では無い。
見込みのある者ならば、その者を支配して上手く使えば良いのだ。
……俺は今更、母に取って代わろうなどとは思わん。いや、思えん。
これだけ毎日、嫌と言うほど力を見せ付けられ、しかも確実に手加減されていると判るのだ。
取って代われる日など、一生訪れん。
だが、俺は母に認められたい。認められるような存在になりたい。
いつの日か、取って代わるのでは無く、後継者に指名されるような存在に。
その為には、もっと強くならなければならないのだ。
例えば、背中を預けられるパートナーを得て。
例えば、共に肩を並べて戦うドラゴンがいても良い。
俺はこうして、その種を蒔き、王城へと帰還を果たした。
その後俺は、さらに50年ほど門番を務めながら母の稽古を受け続け、研鑽を続けた。
邪竜討伐クエストは成功扱いとなり、無事Lv.もひとつ上がっていたし、その後の稽古ではたまにクエスト成功扱いになる日もあり、50年でLv.の方も上がり始めた。
まぁ、相変わらず、ひと太刀すら浴びせられた試しは無かったが、この50年間においては、足を斬り落とされる事も無かった。
そうして少しはマシになったある日、父王様が手合わせを申し出てくれた。
もちろん敵うはずは無いのだが、手合わせの後、「悪く無い。」とのお褒めの言葉を賜った。
そして俺は、栄転と言う名の左遷を喰らう。
どうやら、半分冗談どころでは無く、かなり本気だったようだ。……妬ける、とのお言葉は(-ω-;
俺が父王様と手を合わせたと知った日から、母は稽古を付けてくれなくなった。
俺としては、まだまだ教えを受け続けたかったが、将軍に叙され、サントワンヌの新たな監督官として赴任。
しかも、筆頭監督官としてだ。
ただし、俺も母にそれなりの口を利くようになっていたから、条件を付けた。
その条件は呑まれ、俺の代わりにひとりの監督官が左遷される事となる。
ヴェリウス。彼は、異例中の異例として、将軍位のまま王都の門番を務める事となった。
新たな筆頭監督官は、きっとヴェリウス将軍の事が嫌いだったのだろう。
自らが赴任するに当たり、王に直訴しヴェリウス将軍を左遷したのだ。
街では、そう噂されている。
もちろん、そんな事は無い。俺はヴェリウスを気に入っているからな。
だからこそだ。条件には続きがある。
門番就任の辞令は、王都にて直接父王様自らお下し下さいますように、と。
もし、ヴェリウスがこの事の意味を解さなければ、父王様の眼鏡に適わなければ、いつか恨みに思って襲いに来るかも知れない。だが……。
それから、100年が過ぎた。
サントワンヌの筆頭監督官となった私は、バーンベリーとヴィヴィアン、そしてメイミイルフとは、就任してすぐ手合わせをして、私の実力を認めさせた。
それからは私が稽古を付けてやり、今では信頼の置ける部下となっている。
そして、アルダーがディリアーデル王国側のみを襲うようになってから、ディリアーデルは我がガイドリッド=ヴェールメル王国との敵対を正式に表明。
とは言え、本格的に軍を送って来る訳では無く、小競り合いがある程度。
私は、アルダーを伴って、それを迎撃。
サントワンヌのモリーヌとアルダーとして、ディリアーデル国内では有名になった。
ひとつ、種は大きく育った。
残るは、もうひとつ。
実は今日、ここサントワンヌへ新たな監督官が赴任する。
その監督官自身が命令書を持参する事になっているから、まだどこの誰かは判らない……が。
私は、それが期待通りの男だと信じている。
そうそう。アルダーとの戦いが終わった後、街へ帰還した折にあの男の筆を下ろしてやるのを忘れていたな。
思えば、私はあれからもずっと男に抱かれていない。
別に、あの男を待っていた訳でも無いが……期待はしていたのかもな。
新たな監督官が、あの男である事を祈るよ。二重の意味でな。
あれから、ルージュ様には再会を果たせていないが、そのお噂は耳にしている。
今でも黒衣をまとい続け、世間では黒衣の女と呼ばれていると。
あの黒衣は喪服だ。ルージュ様には、いつまでもそのままでいて欲しい。
ルージュ様が黒衣の女であり続けると言う事は、亡くしたこの世で一番の男を、今でも愛していると言う証なのだろうから。
外伝 或る門番のそれから おわり
最終巻へつづく
あとがき
お疲れ様です。
ボリューム不足を感じ急遽でっち上げた外伝でしたが、お気に入りキャラ故か自然と物語が転がり、あっと言う間にプロットが完成。
私自身は、とても楽しく書けました。
こう言う豪放で男勝りな女戦士と言うのは昔から好みで、私世代のファンタジー畑の例に漏れず、コナンだけで無くレッドソニアも大好き。
最近のアニメ作品だと、無職転生のギレーヌなんか良いですよね。出番、少ないけど。
表題作、ポケットの中の戦争の方は、民族、宗教、土地など、中東辺りをイメージして作りました。
現実では解決の道など見えませんが、この作品では主人公が神にまでなっています。
では、神さえ介入すれば、簡単に解決するのか。
ユウには、大いに悩んで頂きました。ユウの悩みは、そのまま私の悩みでした。
こうすれば解決、なんて方法はあり得ず、仮にあったとて、それを誰にどう振るうのか。
フィクションだからどうとでも書ける。だから、無責任には書けない。
今回は、いつも以上に確信が持てず、果たしてエンターテインメントとして楽しんで貰えたのか不安が残ります。
どんなに高尚なお題目を唱えようと、エンターテインメントである以上楽しくなければ意味がありません。
楽しんだ先に、何か心に思うところがあったなら。
そう願うばかりです。
さて、次はいよいよ最終巻となります。
もうかなり前に、プロットは煮詰まり済み。
一度は、九巻の前に最終巻を書こうかと思っていたくらいですからね。
多分最終巻は、その意味では悩まず書き進められると思います。
後は、文章として如何に楽しい文章として書けるか。
これがまた難しいので、決して楽にはなりませんね(^^;
最終巻を書き終わるまでの後少し、苦しい日々が続きそうです。
それでも、最終巻までお付き合い下さる読者の方があると思えば、投げずに頑張れそうです。
どうぞ、最終巻も、よろしくお願いします。
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