第四章 小さな恋のメロディ
1
見上げるほど大きな人影は、善く善く考えてみれば今の自分が小さいだけで、その褐色の肌の巨人たちは、誰あろう森エルフたちなのだった。
「ルージュ様は、土の妖精族に当たっておられたとか。まさか、彼らが戦争を仕掛けて来るなど、思いも寄らぬ事で御座いましたな。」
そう言う彼は確か、あの時世界樹の守り役の代表だと名乗ったアンバッキャオ。
その後ろにもうふたりほど控えてて、名前は知らないけどあの時見た顔ね。
「世界樹の守り役を務める貴方たちが、どうしてここにいるの?」
「はっ。あの後、古老たちが集落の者を集め、話し合いが持たれました。我らは世界樹様を敬う余り、森そのものに目が向いていなかったのではないかと。何より、同じ森で生きる者として迎い入れながら、妖精たちの事を考えていなかったのではないかと。」
意外と言っては失礼だけど、まさかそんなにすぐ考えを改めてくれるとは思ってなかった。
長命種故の時間感覚のズレは、そんな簡単に元には戻らない。私がそうだもの。
感覚が違うものに理解を示せるか。それはとても難しい。
客観的に理屈で考える事は出来ても、どこまで本当に理解出来るかは疑問。
森エルフたちも、ファーランドフィアが100年前どれほど苦しんだか、そこまでは理解出来ていないでしょう。
それでも彼らは、最初から慈悲深かったもんね。
心から理解出来るかどうかじゃ無くて、結果から自らの非を認め、とにかく何か行動しなくてはならない、そう思ったのかな。
はっきり言って、そこまで素直に他人の苦言を聞き入れ、己の行いを改める事が出来る者に、私は出会った事が無い。
……やっぱり、その苦言を呈した者が、世界樹の守護神たる私だから……なんでしょうね。
少し引っ掛かると言えば引っ掛かるけど、それでも彼ら自身が考えて行動してくれた事には違いない。
「これからの事は、今も集落にて古老たちが話し合っている最中ですが、差し当たってファーランドフィアとベルガドルテの争いを収める為、双方に当面の援助を申し出るよう仰せつかりました。」
「そうなの~。エルフたちの報せを受けて、それじゃあ休戦しよう、ってまとまったの。」
「ベルガドルテの方にも、誰か派遣されてるのね。」
「はい。あちらには、ルージュ様のご案内を務めましたデレイラとグラゥマシィ、他もう1名を向かわせました。無事、矛を収めてくれれば良いのですが。」
「そう……ね。それで、ファーランドフィアの怪我人の方は?」
「大丈夫。エルフが治してくれたよ。」
そう言えば、彼らは本来の森エルフとは違って、魔法種族と呼べるほど魔力に溢れてたわね。
神聖魔法以外にも回復魔法は存在していて、精霊魔法だと水の精霊や木の精霊は比較的得意としてる。
もちろんヨーコさんにも扱えるけど、怪我人の数が多いから森エルフたちの助けがあって迅速に対応出来たのね。
「と言う事で……、それでも死者は出た。納得が行かない者もいるでしょう。でも良いのね?」
森エルフたちと話し込んでいる間に、傍にはオーキンストとタッカルト、少し離れてオリヴァーが集まってた。
「……争いは望みませぬ。出来れば、過去も引き摺りたくありませぬ。若い者が決めた事、儂は尊重したい。」
オーキンストは、会談もタッカルトに任せ、自分は表に出なかった。
過去の因縁を、もう終わりにしたいのね。
「タッカルト、貴方は?」
「……向こうから攻めて来て、大事な村人の命が喪われた。当然、納得は出来無い。」
「父上っ!」
「出来無いっ、が!……致し方無い。この森に住まわせて下さるエルフ様の申し出だ。一時休戦は構わん。後は向こう次第だ。……向こうも、喪った者は多かろう。」
「父上……。」
大切な者の命を喪えば、報復に出るのも当然。
その報復で大切な者を喪った者は、さらなる報復に討って出る。
その負の連鎖は至極当たり前で、そして有り触れてる。
戦争となればなおさら。
少なくとも、当事者だけで丸く収まる事は無い。
森エルフの介入で事態が収束に向かうなら、遺恨が下手に深まらずに済む。
「そうね。何にせよ、相手のいる事だから、こちらだけで解決する話じゃ無いわね。私は向こうの様子を見て来るわ。」
「それは宜しいのですが……、土の妖精の方はどうなりました?」
アンバッキャオが、上から聞いて来る。
「……取り敢えず大丈夫よ。そっちは私が片付けるから、心配しないで。」
「ルージュ。あたしも……。」
「ヨーコさん、疲れたでしょ。少し休んでて。ぱっと行って来ちゃうから。」
ヴェール越しにヨーコさんに笑顔を向けて、私はベルガドルテの野営地へと転移した。
少し離れた場所から見下ろすベルガドルテの野営地では、中央の広場に皆が集まって、何かの会合を開いているようだった。
森エルフ3人は、それを遠巻きに見ている感じ。
すでにコンタクトは取ったけど、ベルガドルテだけで話し合っている、と言う事かしら。
怪我人たちは、こちらでもすでに治療は終わっているみたいね。
私はそっと宙を行き、デレイラの肩に留まる。
「え!?……こ、これは、せ……ルージュ様。えぇと、妖精たちに合わせたお姿なのですね。すみません。吃驚してしまいまして。」
「そんな事は良いのよ。それで、今どうなってるの?……これ、決闘?」
そう。眼下に見下ろす光景は、周りを取り囲んだ者たちの輪の中で、一対一で戦う決闘のような光景。
周りを取り囲むのがベルガドルテの老若男女で、輪の中にいるのはタバルとミスティー。
お互い、戦装束で槍を構えている。
「はい。どうやら、彼らの仕来りのようでして、意見が割れた時は代表者がその武を示し、意見の統一を見る代わりに責任を負うのだとか。」
「ふぅん……荒野で生き残る為には、小さなフェアリーの身であっても、力が必要。そう言う暮らしをして来た、って事かな。」
「……はい。相当の苦労をして来た……と言う事ですね。」
まぁ、メリエンタスも荒野で暮らしていたし、彼らには土属性の魔法が、ベルガドルテには風属性の魔法がある。
真正面から物理的に戦えば弱くて当然のフェアリーだけど、総合力で見れば必ずしも弱く無い。
モンスター相手に集団で戦えば、荒野でも生き抜く事は出来るでしょう。
だから、ファーランドフィアとの戦いでは重要になったけど、本来フェアリーの戦い方は肉弾戦じゃ無い。
こうして互いの武技を競い合うのは、あくまで種族内での武勇を誇る為。
「とは言え、何で
「はぁ、確かな事は言えないのですが、私たちの援助の申し出を受け、多くの者はミスティー殿の主張に賛同し、休戦をと訴えました。しかし、一部にどうあってもあの地が必要なのだと主張を曲げぬ者たちがおり、タバル殿でも諫め切れず。」
……蜂蜜orz
ここに来て、まだまだ中毒者の禁断症状は如何ともしがたい、か。
ファーランドフィア側が折れた今、奪わずとも分け与えて貰う事は可能だけど、まだその事を彼らは知らない。
それに、重度の中毒者にとっては、自分の物にならない限り精神的な不安は消えないかも。
実際もう蜂蜜の心配はしなくても大丈夫だと思うけど、それを言葉で伝えただけで鎮まる程度の症状かどうか。
「そこで、どうしてもファーランドフィアとの友好は交わしたいからと、ミスティー殿が決闘を発議。まともに戦える者もいないからと、渋々タバル殿が代表を引き受けてこのように……。」
あちゃ~……本当はタバルも、休戦で構わないでしょうに。
もちろん、死者の数で言えばベルガドルテの方が多いし、遺恨と言う意味で不満を持つ者はいるはず。
でも、そんな事より、なんて言っちゃいけないんだけど、そんな事より蜂蜜。そんな奴が思ったより多かったのかも。
こっちはこっちで、そっちの意味で限界が近かった、か。
「それにしても、ベルガドルテのジュリエットは、随分気が強いのね。」
「……ジュリエット、ですか?誰の事です?」
「あぁ、こっちの話。気にしないで。」
これはファーランドフィアとベルガドルテが上手くまとまっても、ロミオは尻に敷かれそうね(^^;
2
対峙したふたりの力は、ややタバルの方に分があるように感じる。
タバルはまだまだ壮健で、若い者に遅れを取るような歳じゃ無い。
片やミスティー、意気軒昂で自信に満ち溢れてる。けど、まだまだ若い。
これからもっと伸びるでしょうけど、経験不足は否めない。
これが稽古の類いなら、間違い無くタバルの勝ち。
ふたりの実力には、まだそれくらいの開きはあると思う。
ただ、精神面では真逆。
タバルの方は、諫め切れなかった中毒者たちの代わりであって、全然乗り気じゃ無い。
ミスティーの方は、種族の将来を見据え……自分の将来も見据え、何が何でも勝ってやる、と意気込んでる。
その意気込みが空回り、と言う事も若い頃にはありがちだけど、今は対するタバルに精神的な隙がある。
父親としては、娘に味方したい気持ちすらあるでしょ。
立場上、手を抜きはしなくとも、切っ先が鈍る事は充分あり得る。
そしてそれは、勝負において勝敗を分ける要因足り得る。
「ぃやぁっ!」と勢い込んで、先に仕掛けたのはやはりミスティー。
彼女も、己の力が判らないほど未熟じゃ無いから、真正面から仕掛けるだけでは勝てないと理解してる。
だからと言って、奇策に逃げても敵う相手じゃ無いとも判ってる。
まずは手数で押しながら、隙を窺う。と言うつもりなのでしょう。
矢継ぎ早に穂先、柄尻と交互に打ち付けて、タバルを守勢に回す。
「父上だって判っているでしょう!今回の落ち度は皆こちらにある!こちらから頭を下げて然るべきと!」
槍を打ち付けながら、父親に訴え掛ける娘。
なるほど。ミスティーは強かね。
族長としての立場から、仕方無く一部の者を庇っている。
その心理的な隙を、言葉で突く事にした訳ね。
そして多分、娘である事も利用する。私だったらそうする。
「もし一族が割れるなら、私は戦いを望まぬ者たちとファーランドフィアに合流する!それがベルガドルテの為。私は彼と未来を掴む!」
その言葉に打ち込みを受け損ない、少し引いて体勢を立て直すタバル。
ミスティーは、“彼”と言う言葉を強調した。
それが意味するところを、父親は察した訳。
ずるいけどね。そうでもしないと敵わない偉大な父。
今娘は、槍こそ振るってるけど、父親に気持ちをぶつけてるの。
ミスティーはこの戦いを、決闘以外のものにすり替えてる。
経験不足で力も及ばないはずのミスティーは、今戦いを優位に進めてる。
娘である事を、最大限生かして。
こう言う考え方が出来るのは、女故じゃないかしら。
これがオリヴァーだったら、真正面から全力で戦えば判って貰える、なんて単純な思考しそうよね。
男は単純。ってだけじゃ無く、そう言うのが好きなのよ。
男は単純馬鹿。男だったから良く判る(^^;
でもね。女は結果の方が大事なの。
その為だったら、利用出来るものは何だって利用すれば良い。
可愛い娘のお願いを聞いてくれると言うのなら、いくらでもしなを作ってあげる。甘えてあげる。
もう女になってからの方が人生永いから、今の私はそう思う。
何より、ミスティーの狙いは、タバルに隙を作る事。
そう。あくまで、ちゃんと決闘に勝利して、自分の意志を認めさせるの。
甘えて折れて貰うのが目的じゃ無い。
女は強かよ。強引でも何でも、決闘の勝利を以て、休戦も交際も勝ち取っちゃおう。と言う訳。
単純馬鹿じゃ無いって話。
その後も、ミスティーの口撃が続き、タバルは守勢に回るだけじゃ無く、何度か攻撃を受け損ない傷を負って行く。
もちろん、そうして攻撃をやり過ごし、決定打を躱しながら機を窺い、逆転の一手を打ち出す。
本来であれば、それが可能なだけの力量がある。
だけど、そうまでして娘に勝つ理由があるかしら。
自分だって休戦すべきと思いながら、命を懸けて逆転し、ファーランドフィアと戦争を続ける理由があるかしら。
……悩んだ時点で、タバルは負けていた。
ただ技量を以てのみ決する戦いでは無く、言葉を持ち出された時点で負けていた。
その事を理解しながら、それでも立ち続け、傷だらけになって戦うタバルの悲壮な姿を、中毒者たちもじっと見詰めている。
彼らも解ってる。自分たちが間違ってる事は。
悪いのは、彼らをここまで卑しめてしまった中毒なのよ。……いや、別に蜂蜜は悪く無いんだけど(^^;
彼らの見ている前で、ついにタバルは槍を跳ね上げられ、その喉に穂先を突き付けられ、潔く負けを認めた。
さすがの中毒者たちも、タバルを非難する事は無かった。
私はデレイラの肩から宙を滑り、輪の中へと降り立つ。
「この勝負、私も森エルフも見届けたわ。族長の娘ミスティーの責任において、ファーランドフィアとの戦いは休戦とする。誰も文句無いわね。」
誰からも声は無く、傷付き膝を折っていたタバルが立ち上がり、改めて「はっ!」と膝を突いて畏まると、輪の者たちも同様に畏まり、一族としての総意を告げた。
「ミスティー、蜂蜜はもう残ってないの?」
問われてミスティー、「あ、いえ。お預かりした分は、そのまま残ってます。ミュージー、お持ちして。」と輪の外にいた女の子に声を掛けた。
ミュージーと呼ばれたまだ年若く子供と呼べるほどのベルガドルテは、「はいっ!」と元気に返事をした後、一度どこかへ駆けて行く。
私はミュージーの帰りを待たず、中毒者たちの前へ。
「……依存症なんだから仕方無いけど、今回は端から最後まで蜂蜜中毒が事態を悪化させてる。それは判ってるわね。」
一度頭を上げていた彼らは、私の話に再び、そして深く頭を垂れ直す。
「……はい……。先走った者、継戦を唱える者、遡れば森エルフの森への帰還を強く望んだ者。皆、そうしなくてはならないと強く思い込んでおりました。自分だけでは無い。皆、蜂蜜の為ならばその覚悟があるのだと。頭のどこかでは、それがおかしな考えだと思いもしますが、すぐにまた自分を正当化し出すのです。こんなに苦しいのだから、奪って当然なのだと。」
「……貴方たちが貴方たちなりに苦しんでるのは判る。それに、まさか蜂蜜でこんな禁断症状が出るなんて、100年前村を出た先人たちだって思いも寄らなかったでしょ。」
彼らは加害者であり被害者であり、しかしそれを引き起こしたのが蜂蜜と言うのがまた……。麻薬と違って、体には良いのにねぇ(-ω-;
「あ、あのっ!」と声を上げ、ミュージーが自分の身長よりも大きな瓶を抱えて、ひらひらと輪の上を舞って来る。
そして瓶を取り落とし、なんてお約束をしてる余裕は無いので、私はミュージーごと静かに念動でこちらに引き寄せた。
ミュージー自身は、自力で飛んでると思ってる(^^;
「こ、これっ!持って来ました!」
「ありがとう、ミュージー。」そう言って頭を撫でてやると、にぱっと可愛らしい笑顔を見せた。
私は振り返り、「さて、ファーランドフィアと休戦、その先共生なり合流なりこの森で一緒に暮らす事になれば、もう蜂蜜の心配なんて無いのよ。」
彼らの前に瓶を置き、その蓋を開封する。
「そうなれば蜂蜜くらい、毎日食べられるようになるわ。だから貴方たち。今ここにある蜂蜜で症状抑えて、暫く大人しくしてなさい。後は、ミスティーたち若い世代が、争わなくて良い平和な日常を実現してくれるから。」
開封された瓶から立ち昇る香りに、一瞬我を忘れそうになった中毒者も、さすがに場を弁えて己を律し、涎をだらだら垂らすに留めている(^^;
「と言う事だから、今ある蜂蜜は彼らに与えて。貴方たちには、ファーランドフィアからすぐにも分け与えて貰えるはずだから。良いわね?」
輪の中には、若干名残念そうな顔をした者もいるけど、目の前の彼らほど症状が重く無ければ、我慢くらい出来るでしょ。
「ミスティー。後は森エルフたちを仲介役として、ファーランドフィアと細かい事を決めて頂戴。」
「は、はい!必ずや、種族をひとつにしてみせます。」
うん、まぁ、それは良いんだけど、オリヴァーはまだそこまで考えてないかも。
話が進み過ぎてて、面食らうかも知れないわね(^^;
さて、私は宙に浮かび上がって、もう一度デレイラの肩に腰掛ける。
「デレイラ。貴女に判るなら教えて頂戴。古老たちから詳しく聞きそびれてたから。」
「は、はい。私に判る事なら、何なりと。」
「聞きたいのは、ワームについてよ。」
3
「まぁ、ワームと言うか、何故森が立ち枯れるのか、ね。そう尋ねた時、ワームがどうのと言ってたと思うんだけど、途中になっちゃって。そもそも、本来ワームなんて、森にとっては有り触れた存在で、モンスターはともかく普通のミミズなら土地にとって有益なくらいでしょ。」
あくまで普通のミミズの話だけど、土を食べて土壌を正常に戻してくれるから、益虫と呼ばれてたはず。
少なくとも、ミミズの所為で土地が枯れるなんて話は聞かない。
まぁ、芝生や鉢植えなど、特定環境では害になる事もあるそうだけど、ミミズが森を枯らすとは思えない。
それがモンスターになると少し話は違うけど、多くは地表で動物が被害を受けたり、木々が倒されたりするだけで、土地が枯れるのとは違う。
何より、数匹のワーム型モンスター程度で、世界樹の森の一画が枯れるなんて考えられない。
「メリエンタスにも尋ねてみたけど、ワームに関して何か気に掛かるような特別な事は無かったそうよ。まぁ、そうよね。ワームの異常発生とかなら、森が枯れると言うより、もっと直接的な被害が出そうだもの。」
ワーム型モンスターは、数mの巨体を誇りながら、その肉体構造は比較的単純。
多少体を傷付けられても、意に介さず攻撃して来るし、体の一部が切り離されても、再生して生き長らえるくらい生命力が高い。
そんなものが大量に群れてれば、人的被害の方が問題になるはず。
「メリエンタス?……土の妖精族ですね。森の立ち枯れと何か関係が?」
「え?あぁ、そうか。彼らが何故急に攻め込んで来たか、まだ話していなかったわね。……また起こってるのよ。100年前と同じような立ち枯れが。メリエンタスの土地でね。」
小人化してる私から見れば大きな目が、さらに大きく見開かれる。
「……そう、ですか。……それもまた、私たちの不徳の致すところ。申し訳ありません。」
デレイラは、すまなそうに目を伏せる。
「どう言う事?森の立ち枯れは、別に貴女たちの所為じゃ無いのでしょ。」
「……原因は判っているのです。とあるワームの仕業です。私たちは、それと知りながら手をこまねいていました。……その……先頃まで、森の立ち枯れを深刻に捉えておりませんでしたし。」
そうね。私が説教臭い事言うまで、森エルフたちは100年前の立ち枯れを、ファーランドフィアたちが援助で乗り越えたと思い込んでたくらいだもの。
「……詳しく話して。」
「……はい、判りました。事の起こりは、数百年前に遡ります。その頃森に棲み付いた1体のワームによって、森の一部が立ち枯れを起こすようになりました。何度も退治しようと奮戦致しましたが、力及ばず結局放置する事に。……その……立ち枯れは数十年程で治まりますし、極一部に過ぎないので……。」
つまり、100年前も今回のメリエンタスの立ち枯れも、そのワームを放置した自分たちの所為、と言う訳ね。
悪いのは全部そのワームだ、と言い出さないところが彼女たちらしいけど。
「……貴女たちが退治出来無いワームねぇ。一体、どんな化け物なの?」
「……ジャイアント・ランド・ワームと呼ばれる巨大なモンスターですが……。」
ジャイアント・ランド・ワーム……。通常のワームは、体長1~2mのミミズみたいなモンスター。
ぬめぬめぷにぷにした体表は柔らかく、そのぬめりの所為で素人攻撃は通じにくいけど、ちゃんとした戦闘技術を持つ戦士なら充分戦える。
反面、巨体をぶつけて来る攻撃力は高く、うねうねと素早く動き、斬っても再生する体力もあるから、簡単に倒せるとは言えない。
それでも、Lv.にすれば10~12程度で、単体だったらそこまで脅威じゃ無い。
魔法が使えれば、さらに与し易い。
群れに遭遇したなら、並みの戦士は逃げた方が良いけど。
そして、ランド・ワーム。こいつは少し大きくなって2~3mと言ったところだけど、最大の特徴は堅い皮膚。
ぬめぬめしてるけどぷにぷにしてない。
その上、体の先端が口腔状に開き、そこに尖った乱杭歯が並んでる。
まだワームは、小さな口から土を食べ、それを土中で土に還すミミズと同じ性質を持つけど、ランド・ワームは完全に別物。
その口で、動物や人間を捕食する。
Lv.で言えば20を超え、ランド・ワーム1匹に対し、戦士団、騎士団、傭兵団など、然るべき部隊を以て当たる必要がある。
そのジャイアント、つまりさらに巨体。
確か、魔導士ギルドが確認した個体の中には、体長10mに迫るものもいたとか。
長く生きて大きくなるのか、全くの別種なのか、詳しい事は判っていない。
それだけ、遭遇する数が少ないから。
低く見積もっても、Lv.30以上。
「そう……それは少し、貴女たちの手に余る相手ね。」
「あ、いえ、確かにそうなのですが、ただのジャイアント・ランド・ワームであれば、多分何とか出来ました。いえ、してみせます。」
「……ただのって……。ただのジャイアント・ランド・ワームだって、個体によってはLv.30越えよ。地の利があっても、本来森エルフが敵う相手じゃ無いでしょ。って、そうじゃ無い。どう言う事よ?ただのって。」
「……多分、私たちが見付けた時には、すでに世界樹様のお力の影響を受けていたのだと思います。その体長は優に20mを超え、それはまるでドラゴンのようでした。」
「……世界樹の影響?ワーム、そうよね。地中に暮らすんだものね。この森の地下に巡る龍脈のエネルギーは、他の土地よりもずっと濃い。」
「何度か戦い敵わぬとなってからも、監視だけは怠りませんでした。彼のワームは、70~80年地上で暮らし、その間森の獣を捕食し、時に暴れもしますが、世界樹様や南方へ向かう事は阻止していました。その後土中へ潜り眠りに就くようですが、その時大地のエネルギーを吸っているのだと思われます。」
「なるほど。その時、エネルギーを横取りされた土地が、立ち枯れを起こす訳ね。」
「そのようです。20~30年眠りに就いた後起き出しますが、すでに進化は極まったのか、それ以上強く成長する事はありません。」
成長の限界を迎えたと言うよりも、そうして進化した体を維持する為に、ある程度活動した後再び大地の生命エネルギーを欲するのかもね。
本来、ジャイアント・ランド・ワームとしてそんな進化を遂げる事自体、あり得ない話なんじゃないかしら。
世界樹、及び龍脈と言う特殊な環境あっての突然変異。
強過ぎる力は、時に苦しみも生む。
必ずしも、この変異はワームにとって本意では無いのかも。
純度の高い大地の生命エネルギー無しでは、生きて行けない体になってしまったのかも知れないわ。
その為に、30年もの間、じっと土中で眠り続けなければならない。
それはそれで、不自由な生活よね。
「監視を続け、時に防衛戦に務め、そうこうする内、ふいに姿を消すのです。どうやら土中を移動し、どこか寝床を探すようで。しばらくして立ち枯れが始まるまで、どこへ行ったか把握出来ず。」
「……100年前は、ファーランドフィアたちの足元。そして今、メリエンタスたちの足元。地中深くじゃ、原因にも気付けない、か。」
「本当に申し訳ありません。私たちは、もっと違う選択が出来たはずです。ワームを倒せぬなら倒せぬで、援助などでは無く、ワームが立ち枯れを引き起こしている間だけでも、どこか別の場所へ移動させてやる事だって……。」
……そうかも知れないけど、20~30年なんてあっと言う間。そう思っていたんだから無理な話。
それに、例えば森の外縁北部に移動させたとして、そこに蜜蜂たちは生息してるかしら。
結局、蜂蜜中毒にはなったりして(^^;
「ま、それは言っても詮無い事よ。そう思うなら、これから行動で示せば良い。長命種故判らない事もあれば、長命種故出来る事もある。」
「はい……。」
「そして、私には私にしか出来無い事。」
「ルージュ様?」
そうして私は意を決し、その場から転移で姿を消した。
4
メリエンタスの集落を見下ろす上空から、地表では無く地中へ向けて、アストラル感知を展開してみる。
まぁ、ワームと言うキーワードはあったから、先だっても地中に意識は向けていたのだけれど、想像してたのはミミズが玉のようにうじゃうじゃ群れてる光景だったから、そこまで深くは感知してなかった。
世界樹の森が枯れるくらいだもの、たった1匹の仕業だなんて思ってなかった。
だから、つい大量発生したミミズを想像しちゃって、それらしい目撃情報も無し、それらしい存在も感知出来ず、当てが外れたと思ってた。
だけど違った。もっと地中深く、巨大なモノが潜んでた。
それは、メリエンタスの集落の傍では無く、もう少し北東に行ったところ。
そちらには枯れ木もあんまり見当たらないから、多分切り開いて畑にしてたんじゃないかしら。
もっと西、ファーランドフィアの村方面へ行けば、まだ立ち枯れの影響が見えない土地も残ってるのに、運が悪いわね。
結果、メリエンタスは食糧から失って行き、民が半減するほど飢えてしまった。
100年前を思えば、こいつの所為でファーランドフィアは割れ、結果論だけど今回の戦争に繋がった。
そして私は、ワールドガーデナー、世界樹を守りし神。
森を枯らす魔物を成敗するのに、何を悩む事も無い。
地中深く、おおよそ50mほどの地点にそれを発見し、その上空へと転移。
今なら、はっきり知覚出来る。
20mもある長くて太い生き物が、そこを奔る龍脈に沿うように存在している。
その龍脈は、龍脈の恩恵を持つ私ですら、もう微かにしか存在を確認出来無いほど、流れが弱々しい。
この生き物が……ジャイアント・ランド・ワームが、大地の生命エネルギーを収奪している事に、最早疑いようは無い。
私は真下に向け右掌を翳し、何ものをも通さない最強度の結界を張る。
ジャイアント・ランド・ワームの体を、完全に覆うように。
そしてそれを、目の前まで転移させる。
夜の闇の中、空に浮かぶ20mを超す巨大なミミズと、170cmほどの小さな人影。
その人影が、翳した掌をほんの少し縮めた。
すると、巨体を覆った薄青色した多角形の結界が、同期するように少し縮む。
体表に張り付くような結界の中で、異常に気付き覚醒したそれは、しかし一切身動きが取れない。
薄く外が見える、弱々しいとさえ見えるその幕のようなものは、この世で最強度を誇っているのだった。
再び人影が掌を縮めると、結界が自らの体よりも小さくなった事で、その生き物は苦鳴を上げてのたうつ……事すら叶わず、その自慢の堅い表皮から、どす黒い体液を滲ませた。
20mほどもある巨大ワームと言う質量が、段々と結界と共に小さくなって行き、しかし何ひとつその結界の外へは漏らさず、ただただ肉が、内臓が、内側へ内側へと密集して行くばかり。
その人影は、無表情のまま、少しずつ少しずつその掌を閉じて行く。
何ものをも通さぬ壁は、圧縮して死んで行くだけの哀れな生き物の、断末魔の呻きすら漏らさない。
やがて、ほんの数分の間に、20mを超す細長い結界は、その掌の上に収まるくらいの大きさまで縮んでいた。
……、……、……いけない、いけない。私ってば、何て無慈悲な事を。
この子は、ただ自然の中で生きてただけ。
荒野よりも棲み良い場所を見付け、その土中で体を休めてみれば溢れる力を得て、その力に見合った生き方を本能に従って送っていた。
何某かの悪意があって、エルフや妖精たちを苦しめてた訳じゃ無い。
その存在を許す訳には行かないけど、だからって、魂まで消滅させるのはやり過ぎよね。
そこで私は、そっと結界に左手を添え、中からワームの魂をアストラル体ごと引き摺り出す。
名は体を表す、じゃ無くて、アストラル体は物質体の影響を受けて変化するから、この子のアストラル体も20mオーバー。
ずるずる引き摺り出し続けて、ようやくその全身が露わとなる。
そう。例えそれがモンスターでも、アーデルヴァイトの生命は必ず物質体、アストラル体、魂の三位一体。
死者の国の事はまだ良く判らないけど、仮に輪廻などがあるとして、魂すら消滅してはそれすら叶わない。
モンスターとは言え、罪が無いと言えないとは言え、魂まで殺すのは忍びない。
……過去、ダークヒューマンの実験に快く協力してくれた善意の協力者は、魂ごと消滅したけども(^Д^;
と言う事で、私は鎮魂を唱え、ワームの魂を成仏させる。
それから、結界を極限まで圧縮。後には何も残らなかった。
その後、私はメリエンタスの始末を付ける下準備をする為、とある場所まで赴いた。
そこで用を済ませ、夜が明けるのを待ち、ファーランドフィアの村へと再訪。
さて、休戦の話は進んだかしら。
気配を探ると、ヨーコさんは長老宅にいるみたい。
小人化して、長老宅前まで転移、その戸を叩く。
すぐに戸は開き、中からひとりの妖精が顔を出す。
「これはルージュ様、おはよう御座います。どうぞ、お入り下さい。」
その妖精の案内で奥まで行くと、そこには食卓を囲むオーキンストとヨーコさん。
「あ、おはよー、ルージュ。長老様にお招きして頂いたの。」
「これはルージュ様、おはよう御座います。どうですか?ご一緒に。」
「……そうね、お茶だけ頂こうかしら。」
「畏まりました。これ、ルージュ様にお茶をお持ちしなさい。」
「はい、お爺様。」
そう応えて、案内してくれた妖精は奥に引っ込む。
どうやら、オーキンストのお孫さんみたい。
「それで、ルージュ。どうなったの?」
私が席に着くと同時に、ヨーコさんが尋ねて来る。
……無理に明るく振舞おうとしてる。
「私の方は、準備が終わったわ。メリエンタス、土の妖精族の方は、今日にも始末を付けるわ。」
「始末……ですか?それはどのような……。」
「心配しないで。残念だけど、彼らにはこの森から消えて貰う。もう二度と脅威になる事は無い。」
「消えて貰うとは、ま、まさか……。」
その時、お孫さんがお茶を運んで来てくれた。
私はその香りを楽しんだ後、ひと口味わう。
「それより、こっちがどうなったか教えて。一応時間潰して来たんだけど、もしかしてまだ話進んでないの?」
「大丈夫。話はまとまったわ。大事な話だからって、皆徹夜で話し合ったのよ。」
「あら、それじゃあもしかして、皆寝てないの?」
「そ。ご飯食べたら仮眠を取って、後で正式な文書を取り交わすんだって。」
「内容は?」
「え~と、ファーランドフィアとベルガドルテは、同じ種族として合流するの。」
「犠牲者も出ましたからな。わだかまりのある者もおるでしょう。しばらくは儂らの住まいとベルガドルテの住まいは離して暮らしますが、往く往くはひとつの種族として一体となれる事を願っております。」
「それでね、それでね。ファーランドフィアの代表をオリヴァーが、ベルガドルテの代表をミスティーが務めて、ふたつの種族統一の象徴として婚約したのよ。」
「婚約……展開早いわね。さすがミスティー。」
「それが違うのよ。オリヴァーが話し合いの最中にプロポーズしたの。さすがにミスティーも吃驚してたわ。即Okだったけどね。」
ふ~む、むしろ村に好きな女の子がいなかったオリヴァーが、ひと目惚れして舞い上がっちゃってたのね(^^;
ミスティーは決闘でタバルを説き伏せる用意が出来てたけど、オリヴァーは話し合いの中で一気に決めてしまわないと、機会を失うかも知れないと焦ったのかな。
傍から見てても両想いだったから良かったけど、立場も立場だから、上手く行かなかったら一大事。
若さって怖いわ(^∀^;
「あ、でも、死傷者が出たとは言え、両種族合わせたら700人弱はいるでしょ。村だけじゃ収まり切らないんじゃ。」
「えぇ、それはそうなのですが、エルフ様がお申し出下さいました。援助と共に、これからは森の外縁部全周を儂たちの住処として利用して良いと。そして、もっと頻繁に交流し、開拓に際してどこまでならば良いか、悪いか、直接相談して行おうと。」
「そう……。」さすがに、共に世界樹を守ろう、とまでは行かないけど、森に暮らす仲間として、今まで以上に緊密な関係を築く事にしたのね。
森の外縁全周と言うのは、世界樹に影響の無い範囲なら、どこまで入り込んでも咎めないと言う事。
この森は自分たちの森だ、と驕るような者ならば、決して下さない判断だと思う。
本当に彼らは、私の知る森エルフなんかとは違うわ。
「それじゃあ、こっちはもう大丈夫そうね。私はこの後、森エルフたちに会いに行ってみましょう。」
「あ、それならあたしも……。」
「ヨーコさんは、正式な文書の取り交わしまで見届けて。もう立会人みたいなものなんだから、最後までお願い。」
「う、うん。そうね。そうするわ。」
……私は、もう少しだけ、ヨーコさんを村へ残して行こうと思う。
私にやり残しがある間だけでも、傍にいさせてあげたくて……。
5
私は長老宅を後にして、森エルフたちの集落へと赴いた。
どうやら、今集会所に古老たちが集まってるみたい。
報告がてら、世界神樹の事など、少し聞かせてあげようと思う。
今回の件で、少し思うところもあるから。
「お邪魔するわ。少し良いかしら。」そう声を掛けて集会所へ入る。
「おぉ、これはルージュ様。おはよう御座います。」
「あれから我らも反省致しまして、考えを改めました。」
「すでにお聞き及びかも知れませんが、妖精たちに少しばかり森を解放する由、決めまして御座います。」
「ベルガドルテたちの住居はすぐに用意出来ませんから、今はどう手助け出来るか相談していました。」
相変わらず順番に口を開くけど、これは皆お喋りしたくて、口を挟む機会を狙ってるのかも(^^;
見た目はまだ老人然とする一歩手前だけど、この集落いちのお年寄りたちだもんね。
寄り集まってお喋りするのが、そもそもの日課なのかも。
「話は聞いたわ。本当に貴方たちは、余所の森エルフとはまるで違うわね。」
「そ、それは一体どう言う……。」
「褒めてるのよ。世界樹の森と言う環境で暮らしてるからか、とても慈悲深い良い子たち。感心するわ。」
「これは、ありがたきお言葉。」
「そこでね、改めて貴方たちを、世界樹の守護者に任命しようと思ってね。」
「……我らを、お認め下さると……。」
「正直、闇の神だった頃の記憶は曖昧なのよ。でもね、彼の事だから、世界樹への処置が終わった後、傍らに控えていた貴方たちの父祖に、後を頼む、とひと言言ったかどうか、程度だと思うの。」
微かな記憶の中の彼は、あんまり饒舌なタイプじゃ無かったからね。
良くてひと言。ちゃんと任せると、守り役に任じるような事は無かったと思う。
「そこで、これを機に、正式に貴方たちをこの森の世界樹の守護者として、この私、ワールドガーデナー、世界樹の守り人が任命するわ。これでもう、貴方たちはただの森エルフなんかじゃ無い。そうね。ワールドガーデナーたる私の眷属として、ガーデナーエルフとでも名乗りなさい。」
「おぉ……。」「おぉ……。」と5人の古老が声を漏らしながら立ち上がり、私の前まで来て跪き、その両手を重ね彼らなりの儀礼に従い畏まる。
「我らが主、ワールドガーデナー・ルージュ様。謹んで、謹んでこの大役、お引き受け致しまする。」
「これより我ら、ガーデナーエルフの名を賜ったからには、その名に恥じぬ行いをお約束申し上げまする。」
「ワールドガーデナーたる君のご期待に沿えるよう、眷属としていつ如何なる命にも従いましょう。」
……結果的に、私は彼らの神になったようなものね。
でもね。何かの形で彼らに報いたかった。
それに、きっと彼らなら曲がらず、その任に相応しい種族として己を律してくれると思うの。
「それじゃあ、私の眷属たるに相応しい知見も得て貰わないとね。世界樹の親とも言える世界神樹や、この世界、アーデルヴァイトについて、少し話を聞いて頂戴。」
私は古老たちに、この世界の真の姿を語って聞かせるのだった。
「さて、それじゃあ私は行くわ。」
世界樹の役割や、裏アーデルヴァイトの存在、そしてマナ濃度低下による世界の危機など、ガーデナーエルフとして、他のエルフとは違う立場として、知っておいて貰うべき情報を語って聞かせ、その情報をまだ己の中で消化吸収し切れず呆然としている古老たちを残し、私は席を立った。
「あ、わ、我が君。で、では、お見送りを……。」
「あぁ、そう言えば、もう立ち枯れは起こらないから心配要らないわ。ワームは私が始末しといたからね。これからはたまにここにも立ち寄るようにするから、今度手に負えない事があったら、遠慮無く相談してね。」
「な、何と?!ワーム……あのジャイアント・ランド・ワームを退治て頂いたのですか?」
「えぇ、そうよ。あれは貴方たちには無理ね。龍脈のエネルギーは、それだけ強力なのね。そうそう出来る事じゃ無いけど、悪用されないようにしっかり見張って頂戴。」
「それはもう、それはもう。」
わらわらと慌てて席を立ち、私に対して礼を示す古老たち。
「さすが守護神様、あれほどの化け物を物ともしないお力、感服致しまする。」
「改めて、貴女様への畏敬の念を抱きました。」
「どうぞそのお力を、あまねく世界にお示しになり、世界樹様を、ひいてはこの世界を、見守り続け給いますよう。」
「此度は、この森に住む者どもに慈悲を賜れました事、本当に、本当にありがとう御座いました。」
「気を付けて、行ってらっしゃいませ。」
その言葉に思うところもあったけど、私は古老全員の口上を黙って聞いてから「それじゃ、留守番よろしく。」と、わざと軽い挨拶を告げて出て行った。
たまに寄る、とは言ったけど、それが何十年後か何百年後か判らない。
あくまで、この森を、そして世界樹を守るのは、彼らの役目なのよ。
私は、それを託したの。
だから、頑張ってね。私の新たな子供、ガーデナーエルフたち。
陽も昇り、もうすぐ中天に掛かろうかと言う時刻。
食糧は尽きてるから、朝食も無しにすでにお腹は減ってるでしょうね。
それでも、私がアストラル治療を施したんだから、臥せってた子たちも体力的には問題無いでしょう。
私は今、小人化せずメリエンタスの集落中央の広場へと降り立った。
「おう、ようやくお出ましだな、ルージュ。え~と、判決の刻、って奴か。」
そこには、すでに火が消えた焚火の前で、胡坐を搔いてるウスノロがいた。
「……本当、良くそんな言葉知ってるわね、ウスノロ。トロール社会には、法律とか無いでしょうに。」
「ん?そうだなぁ。ルールはあるぞ。破った奴は死刑だ。うん、実に簡単だ。簡単過ぎて、色々おかしい。おかしいから、俺は勉強したぞ。トロール以外の事をな。旅してるのも、トロール以外を知る為だな。今は人間に興味がある。」
「人間に?どうして?」
「うん。お前のくれた豚が美味かった。もう一度喰うには、いつか人間とも仲良くならなきゃな。今は……近付くと奴ら、必ず襲って来るんだ。なぁ、ルージュ。人間は何であんなに好戦的なんだ?」
はは……、ウスノロから見れば、人間の方が好戦的に見えるのね。
まぁね。普通の人間がトロールに出遭ったら、間違い無く襲われると考える。
相応の強ささえあれば、護衛を雇っていたりすれば、やられる前にやれとばかりに、攻撃を仕掛けるでしょうね。
それに、ウスノロ以外のトロールは、実際人間を見掛けたら、良い餌を見付けたとばかりに嬉々として襲い掛かるもの。
本当にこのトロールは、面白いトロールね。
「……貴方を普通のトロールと思うから、攻撃してくるのよ。こんな紳士なトロールなんて、ウスノロ、貴方くらいしかいないわよ。……魔界にはいるでしょうけど。」
「魔界?……魔界って何だ?」
「あら、知らないんだ。……そうね。この世界の最北にはね、魔族たちの国があるの。魔族の中には、純魔族だけじゃ無くて、魔族としてのゴブリン、魔族としてのオーガなんてのもいてね。その中には、魔族としてのトロールもいるのよ。」
「魔族のトロールぅ???魔族なのか?トロールなのか?どっちなんだ?」
「ん~と、大昔に魔族と一緒に暮らす事を選んだ、別種のトロール、みたいなものよ。貴方の仲間たちより、頭が良くて魔力も強い。そんなトロール。」
「頭が良くて……魔力も強い……。」
「まるで貴方みたいにね、ウスノロ。」
「そうか……北には、そんなトロールが……。」
ちょっとした思い付き、なんだけどね。
正直、人間と仲良くしようと人里に通われるより、魔界でも目指してくれた方が、ウスノロにとっても人間にとっても良いような気がするわ(^^;
「……ルージュ様……。」
そんな話をウスノロと交わしてる内に、周りにはメリエンタスが集まってた。
私に声を掛けた長老を筆頭に、メリエンタスの全住人、総勢213名の土の妖精が勢揃い。
「我々への判決、お決まりになりましたか。」
「……えぇ、決めたわ。」
ざわめき始めるメリエンタスたち。
中には、まだ事情が呑み込めていない者もいるかも知れないし、ボニーとクライドの脅威を知らぬ者もいる。
ウスノロまでいるのに、たかが小さな人間族ひとりに種族の命運を決められるなど、納得行かない者もいるでしょう。
でも、抵抗は無駄。私はもう、決めたのだもの。
ばっとメリエンタス一同を見渡して、右掌を突き出す。
「今からお前たちには、この森から消えて貰う!情状酌量の余地はあれど、お前たちの侵攻は、もし私が防がなければ、ファーランドフィアたちに致命的な損害を与えたでしょう!このままこの森に棄てては置けない!」
「そんなっ!?」「折角、助かったと思ったのに!?」「嫌だ!俺はまだ死にたく無い!」
騒ぎ出すメリエンタス。
私は、すぐ傍にいた長老メリエルドの孫に手を翳すと、その瞬間その子は消えた。
「ひぃっ!?」と恐怖の声が上がっても、私は気にも留めずにすぐその手を横へずらし、次の子を消す。
ひとり、またひとりと消えて行く同胞を見て、覚悟を決める者、恐慌を来たす者、諦める者、それらの者も消す。
耐え兼ね逃げ出す者もいたけど、短距離空間転移で背後に回り、消す。
私は素早く順番に、次から次へと、妖精たちを消して行く。
程無く集落からは喧騒が消え去り、残すはメリエルドのみとなる。
「さて、貴方が最後よ。」
「……はい。ありがとう御座いました。せめて、家族、一族揃って旅立てます。」
「そうね……、それじゃ、向こうで先に待っててね。」
覚悟を決めたメリエルドを……消す。
こうして、この集落から、いいえ、この森から、土の妖精族メリエンタスは消え去ったのだった。
6
私がメリエンタスを消す間、ウスノロは何も言わずその光景を眺めてた。
「……何も言わないのね。」
「ん~?はは、ルージュ、俺を馬鹿にするな。ちゃんと感じたぞ。え~と、確か危険な術だから、魔導士も普通は使わねぇんだろ?」
「何だ。折角懲らしめ半分で演出したのに、貴方にはばればれなのね。……それで、貴方はこれからどうするの?」
そう尋ねると、よっこらしょと立ち上がり、ウスノロが伸びをする。
「そうだな。お前の言う通り、北を目指すよ。」
「あら、本当に賢いわね、貴方。」
「おぉよ、俺は賢いんだぁ。」
「賢いついでに言わせて貰えば、そこはただ北を目指すとだけ言って、私が誘導した事には触れない方が粋よ。」
「いき?何だ、それ?」
「そうね。簡単に言えば、その方が格好良い、って事。」
「ふぅん、そうか。……やっぱり難しいんだな。俺、そこまでは賢く無かった。」
「ふふ。己の間違いを認められる者は成長する。貴方は充分賢いわ。」
「そうか。うん、ありがとう。」
私は、変身を使って巨人化し、ウスノロと肩を並べた。
「逢えて嬉しかったわ。旅の無事を祈ってるわ。」
そう言って、右手を差し伸べる。その手を取るウスノロ。
「握手だな。知ってるぞ。……しかし、凄いな、ルージュ。お前、大きくもなれるんだな。」
「魔法で変身して小さくなってたんだもん。反対に大きくもなれるわ。」
「お前は本当に凄いな。良し。俺はお前みたいな女を探すぞ。お前よりも、もう少し逞しい女をな。」
どうやら、トロールの美的感性に、私は合致しなかったみたいね(^^;
「そう。大丈夫、きっと見付かるわ。魔界には、頭も良くて逞しいトロール女性もいるはずよ。」
「あぁ、楽しみだ。旅の目的がはっきり決まって、本当に楽しみになった。ありがとうな。」
そうしてウスノロは、ずしんずしんと足を踏み鳴らし、集落を後にして行った。
私はそれを見送り、元の大きさに戻ってから……、そう言えば、まだ森の外縁南東部に結界張ったままだった、と気付き、ウスノロが結界にぶつかる前に結界を解除。
次の目的地へと転移した。
眼下に見下ろすその森の中の開けた場所には、少し奥に見慣れた私の研究施設があった。
昔はその屋根の上にボワーノが身を潜めてたものだけど、今は出入り口の前で私に気付いたふたりが畏まっているばかり。
そして私の足の下には、未だ状況が呑み込めず呆然としているメリエンタス213名。
そう。もう、お判りね。
私はメリエンタスたちを、ジェレヴァンナの森へと転移させたの。
そうする事で、あの世界樹の森からメリエンタスたちを消した。
私の下した判決は、強制退去。退去先はこちらが指定。
昔風に言うと、島流し?待遇は全然違うと思うけどね。
「まだ状況が理解出来ていないところを失礼するわよ、皆さん。」
私はそう呼び掛け、わざとゆっくり降下してボニーとクライドの前に降り立つ。
そこでメリエンタスの半数は、状況の一部を呑み込んで背筋を伸ばす。
「貴方たちへの判決は、世界樹の森からの退去よ。悪いけど、強制排除させて貰ったわ。ここはもう、あの森とは違う森。」
私が夜、時間潰しを兼ねて下準備してたのは、安全に転移させる為の結界。
ザ・フライを避ける為には、皆を一遍に転移させる訳には行かない。
そこで、事前にひとり用の結界を張って、その中の安全を確保。
それを213個用意して、千里眼で改めて座標確認してから、空いている結界にメリエンタスを強制転移。
結界は、
「この森の長からは、もう許可は貰ったの。貴方たちは、これからこの森で暮らして頂戴。貴方たち用の土地も、もう用意して貰った。ここは私の研究所の敷地なんだけどね。ここを通れば数秒で辿り着けるようになってる。他のルートもあるけど、そっちを使うと片道30分。それでも充分近いと思うけど、ここを通る方が近いし……監視の目も届きやすい。貴方たちが森に馴染むまで、このふたりがお手伝いするから、よろしくね。」
私の横へ並び、無言で頭を下げるボニーとクライド。
「う、嘘だろ……。」「そんな……。」「うぅ……ぐすっ……。」
先程背筋を伸ばした者たちが、今度は絶望の表情を浮かべ、中には泣き出す者まで(^^;
残りの半数は、まだ事情が呑み込めず困惑してる。
「……ほほ、大丈夫ですよ。私もちゃんと見守りますからね。」
声と共に、ジェレヴァンナが上から降って来た。
オフィーリアにそっくりな外見……なんだけど、少し歳を取った。
私の見立てでは、ジェレヴァンナの今の体の寿命は2000~3000年……だったけど、一番短い方、2000年が正解になりそう。
あれから1000年以上経過したとは言え、本来であればまだ老い始めるには早い。
ある時尋ねたら、彼女はもう、この体を乗り換えるつもりは無いと、はっきり明言したわ。
多分、すでに充分に生き、結界も引き継いだ事で使命も果たし、心が、魂が、死を受け入れる段階に来たのだと思う。
それでもまだ数百年は生きるけど、1万年を生きたハイエルフが、後数百年で死ぬかと思うと……。
「……ルージュ、紹介して貰える?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと、ぼーとしちゃって。え~、改めて紹介するわ。この森、ジェレヴァンナの森の長たるハイエルフ、ジェレヴァンナよ。」
ぺこり、とゆっくり頭を下げるジェレヴァンナ。
「よろしくね、メリエンタスの皆さん。これからは、この森の仲間として、仲良くしましょうね。」
「……ハ、ハイエルフ……様、ですと……。ここは、ハイエルフ様の森なのですか?」
そう、皆を代表してメリエルドが声を上げる。
「そうですよ。少し特別な森なの。下手に迷い込むと危ない場所もあるから、後でゆっくりご案内しましょうね。」
「ルージュ様……我々は……。」
「言ったでしょ。強制退去。これからは、この森で暮らすのよ。……ごめんね。」
「え!?」
「家とか家財道具、生態系に影響出るかも知れないから山猫たちは、悪いけど諦めてね。一応、罰としての強制退去だし。」
「と、とんでもないっ!まさか、まさか生かされるだけで無く、このような緑溢れる森へ移住させて下さるなんて……。文句などあろうはずが御座いません。皆の者。」
そう呼び掛け、メリエルドが膝を突いて頭を垂れる。
すぐに他のメリエンタスたちが続き、最後にボニーとクライドに恐怖していた者たちが続く。
「此度の恩情、誠にありがたく、心より、御礼申し上げます。我々一同、深く感謝し、二度と同じ過ちを犯さぬよう、慎ましやかに生きて行く事を御誓い申し上げます。」
「ははー。」と声を合わせ、一斉に畏まるメリエンタスたち。
これにて、一件落着……。
ガーデナーエルフの下、あの森の平穏は見守られる事となった。
立ち枯れの原因だったワームも、もういない。
交流が盛んになり、外縁部に広く分布する事を許された、将来的にはひとつにまとまるであろうファーランドフィアも、平和に過ごして行くでしょう。
森を追われたメリエンタスも、ジェレヴァンナの森の新たな住人として、下手な事出来無い監視者もいる事だし、平和に過ごしてくれるでしょ(^^;
……私は、どうしても耐えられない事があると、あの小さな胸で泣いちゃう事もある。
だけど、ヨーコさんは?
ヨーコさんが泣いたところなんて……まぁ、見た事あるけどね。
でも、当初助けたくても助けられ無いはずだった幼い兄弟に涙したり、その悲しみは人に向けられたものだった。
それじゃあ、自分の悲しみはどうすれば良いの?
気丈に振舞うあの小さな、そして大きな友達は、どこで泣くの?
ファーランドフィアたちは、物質界に縛られた妖精族だから、亡くなった時お墓を立てる。
今、ヨーコさんは、マイキーのお墓の前にいるんじゃないかしら。
急ぐ旅じゃ無い。
もう1日、メリエンタスの様子を見たり、ジェレヴァンナの健康診断をしたり、ボニーとクライドを切ったり縫ったりして、明日戻りましょう。
その時は、またいつもの明るい笑顔で、再会しましょうね。
ポケットの中の戦争 おわり
次章は、外伝 或る門番のそれから
なかがき
表題作は何とか書き終えましたが、ボリューム不足なので今巻はもう一章、外伝を書こうと思います。
今巻のサブタイトル、ポケットの中の戦争は、アニメ機動戦士ガンダム0080から取っていて、ドラマ縛りから外れます。
さらに、思い付いたネタは少し短くなりそうだと思えたので、特別編と言い訳しました(^^;
ちなみに、ジャイアント・ランド・ワームとの戦いに際し、その質量が結界と共に完全に消滅したのは、結界が何ものをも通さない特性の結界だったからです。
実際に、思い切り圧縮された肉の塊が解放された時どうなるのか、良く判りません。
ただし、アーデルヴァイトでは物理法則が違います。
アーデルヴァイトでは全ての存在が、マナを必要としています。
そのマナすら通さぬ結界を縮めて行った先は、マナの枯渇による無です。
よって、極限まで縮小された結界は、マナの枯渇によって中身と共に無となりました。
文章的な演出上、結界が消えた後この解説を続けると締まらないと思って、解説は省きました。
理論上、結界で閉じ込め結界内のマナを枯渇させれば、神すら殺せます。
ま、神なら何かしら抵抗するはずなので、そう簡単には行きませんけど。
第四章のタイトル、小さな恋のメロディは、元は外国映画なんですが、筋肉少女帯が同名の歌をTVアニメEAT-MANのOPとして歌っていて、ネタ的にはそっち。
映画では最後、若いふたりはトロッコに乗って逃げて行くけど、「あのふたりがどこへ行ったか、貴方判る?きっと地獄なんだわ」と言う歌で、何と無く妖精と言う小さな存在の恋物語の結末を、ヨーコさんとマイキーに重ね合わせました。
もうひと組み登場するカップル、オリヴァーとミスティーの方は、ロミジュリです。
こちらは、最後死なずにハッピーエンドになりましたけど。
次章の外伝は、やっぱり短いから何か足したいと思ったけど、中々丁度良いネタが思い付きませんでした。
九巻絡みだと、ウスノロがキャラとしては面白いんですが、話が転がりませんで。
ここまでの旅路、これからの旅路、人間の村へ近付きたいけど近付けないウスノロ、魔界に辿り着いて果たして魔族の仲間入りが出来るのか。
いくつか想像するも、全然エピソードに発展せず。
想像が付いちゃうんですよね。そして、そのまますんなり終わっちゃう。
そこで、一期一会でその後を考えずに登場させたキャラの中から、誰かエピソードが膨らむキャラはいないか探しました。
そうしたところ、と或る門番のエピソードが転がりまして。
すんなりプロットが出来上がったので、もう一章分、お付き合い下さいませ。
よろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます