第三章 ネコネコネコ


1


花を散らし血に染めながら現れたのは、猫だった。

いいえ、ただの猫じゃ無いわね。

家猫より少し体が大きいし、多分山猫の類い。

その山猫が、鋭い牙をファーランドフィアの自警団員に喰い込ませ、ぐるるると唸りを上げている。

そして、その山猫の背には、ひとりの妖精……こちらも掌サイズのフェアリーが騎乗している。

ただ、その背に羽は見当たらないし、触覚も生えていない。

明らかに、ファーランドフィアとは別種。

ワイルドキャットライダーとでも呼べるその山猫から逃れるように、他の自警団員たちがこちらへと逃げて来る。

逃げて来た自警団員は7人。肩に喰い付かれてる子を入れても8人。ふたりやられた?

私はヴェールのままその山猫の瞳を見詰め、麻痺の邪眼を発動。

緊急事態に付き、その団員を強制転移させて救出する。

……大丈夫。傷は深いけど、すぐ命に係わるものじゃ無い。

ヒールを掛けつつ、アストラル感知で周囲を探る……何よ、これ。

一体、いつの間にやって来たの?

花畑の東側、森の中に100人ほどの気配がある。

山猫は20騎ほどで、他に妖精とは違う……あぁ、確かこいつも元は妖精だっけ?

でも、サイズがあんまりにも違う。

一般的に、妖精族では無く巨人族と認識されてる。

トロール。日本では、ムーミンとして愛されてたりもするけど、アーデルヴァイトでは一番小さな巨人として恐れられてる種族よ。

つむの回転は遅いけど、その巨体と太い筋肉から繰り出される力、鈍さも加わった打たれ強さ、異常なほどの回復、再生力は、オーガを凌ぐ。

まぁ、NoNameの一般的なトロールなら、オーガとそう変わらぬLv.16。

もちろん、フェアリーたちからすれば充分脅威的な存在。

その上、多分こいつはNamedよ。

1000年以上生きようと私の鑑定はLv.1相当を維持し続けてるから数値でLv.は測れないけど、気配からしてLv.20は越えてる。

名前を持ってるくらいだから、多少はおつむもマシかも知れない。

ワイルドキャットライダー20騎、総勢100名、助っ人トロール付き。

何よ、この戦力。

もし気付かずファーランドフィアの村が襲われてたら、ひと溜まりも無いじゃない。

500人いるファーランドフィアとは言え、剣を取って戦えるのは300~400人いるかどうか。

そして今、遭遇戦で主力はベルガドルテに対して展開されてるはず。

この一団に奇襲されてれば、村は壊滅したでしょう。

……タイミングが良過ぎるわね。

遭遇戦はイレギュラーだとしても、ファーランドフィアとベルガドルテの戦闘に合わせての進軍、と考えるのが自然よね。

森の東側から、羽の無いファーランドフィアとは違う種族の妖精……十中十、土の妖精族。

Namedトロールはともかく、山猫は元々彼らの戦力なんでしょうね。

でも、全軍ワイルドキャットライダーと言う訳には行かないから、進軍速度は歩兵合わせ。

それが幸いした。今、私がここにいる!

7人の自警団員が私の背後まで逃げ延びたのとほぼ同時に、ワイルドキャットライダーを先頭にわっと森から現れる土の妖精軍。

そこへ、私は壁のように結界を張って、彼らの進軍を阻止する。

「うわっ!」「ぎゃんっ!」と、結界壁に激突した数騎が、声を上げて転倒した。


「な、何だ、これは?!お、おい、どうした!進めんのか?」

言われて、体勢を立て直した者が結界へ触れ、槍を突き立て「駄目です!びくともしません!」と報告する。

ふむ、今指示を出したのが指揮官ね。

ひとりだけ、山猫に騎乗してるのに後方にいる。

私はヨーコさんに自警団員たちを任せて、花を踏み荒らさないよう静かに結界へと近付く。

結界を挟んで、私たちは10m程の距離で対峙した。

「何だ、貴様!これは貴様の仕業か!」

私はそれに答えず、周囲を確認する。

……うん、まだ息がある。アストラル体は抜けていない。

森との境で倒れ伏した自警団員の周りに結界を張り、スリープと継続ヒールを掛けてやる。

これでしばらく安静にしていれば、命に別状無いでしょう。

……片方はあの時のマイキーと一緒で、胸から槍が生えてるけど、すぐに治療出来無いからちょっと待っててね。

「おい、貴様!何とか答えんか!」

「……良かったわね、隊長さん。死者が出なかったから、貴方たちの命も助けてあげる。」

「な、何だと?!」

ちょっと落ちてたし、これで彼らが殺されてたら、私は切れて暴れてたかも。

今回、大分精神的に窮屈な思いしてるから、結構ストレス溜まってると思う。

……一瞬、どういたぶろうか考えちゃってた。

生きてて、本当に良かった。でも……。

「事情を聞く必要はあるけど、責任も取らせなくちゃね。覚悟はしなさい。」

「くっ、貴様!エルフでは無いな!?人間か?人間風情が、大仰な事を言いおって。おい、ウスノロ!出番だぞ!この壁を壊して、その生意気な女を血祭りに上げろ!」

ず……うぅん……、ずっうぅぅん……と地響きを立てながら、その巨体が姿を現す。

身長は3mに及ばぬ程度だから、神族よりも小さい。

ただ、周りにいるのがフェアリーなので、対比で異常に大きく見える。

NoNameよりも、頭一つくらいは大きいだろうし。

ウスノロと呼ばれたそれは、感知していたNamedらしきトロールだった。

それが名前なのか、鈍重な動きからそう呼ばれてるのか、そのトロールは薄鈍うすのろ呼ばわりされた事は気にしていないようで、指揮官妖精の横を素通りし、結界壁の前までやって来た。

その手には、持ち手部分を少し細く削っただけの、樹そのものを持っている。

「うごぉおおおーーー!」と雄叫びを上げて、その樹そのものの棍棒を結界に叩き付けると、ビギィ!と大きな音が鳴った。

「良し!その調子だ!」おおおー!と歓声が上がり、妖精軍の士気が上がる。

だけど、当のウスノロは、不思議そうに手にした棍棒を見詰める。

「どうした、ウスノロ!さっさとその壁を壊せ!」

指揮官の叱咤が飛ぶと、「がぁあああーーー!」と再び雄叫びを上げ、今度は続け様に棍棒を叩き付けまくる。

ドガッ、ビシッ、バキッ、と破壊音が響き渡り……ついには手にした棍棒が半ばから裂けてしまった。

そこで初めて、破壊音を上げていたのが壁では無く棍棒の方だった事に気付いた妖精たちは、歓声から一転、静まり返った。

しかしウスノロは諦めず、棍棒を放り出すと今度は素手で殴り始める。

ドガッ、ビシッ、バキッ、と先程と同じように破壊音が響き、今度はそこに血飛沫が加わる。

「……も、もう良い!止めろ!ウスノロ!中止だ!攻撃中止っ!」

慌てて指揮官が制止の声を上げると、そこでようやくウスノロは手を止めた。

そして振り返り、「……いだい、おかしい、この壁、とても堅い。」と涙目で訴えたのだった。


2


……完全に、気が削がれたわね。

あぁ、ちなみに、ウスノロはトロールだからね。

痛いと言っても再生力が高いから、拳はすでに回復してる。

まぁ、良いわ。このウスノロの相手は私がしましょう。

土の妖精たちの相手は、彼らにやらせましょう。

そうして数百年ぶりに、私は彼らを招喚した。

「……これはマイマスター、お喚び頂き、光栄に存じます。」

そう言って、私のすぐ横で膝を突き、ボニーとクライドが畏まる。

数百年ぶり、と言うのは、あくまで喚び出すのが久しぶり、と言う意味。

定期的では無いけど、何年か、何十年かに一度は、コマンダーたちの様子は見に行ってた。

責任……あるからね。

ただ、あれから優に1000年を超え、最早残っているのはボニーとクライドのみ。

先に成仏したボワーノを除く、テムジン、ミシェル、サンダース、テルミットたちは、皆少しずつ時期は違えど、アストラル体、ひいては魂が限界を迎えて行った。

ゾンビと言う負の生命に生まれ変わりはしても、その精神性は人間のまま。

やはり、長命種のように何百年、何千年も変わり無く過ごせるような精神構造をしていない。

龍脈の恩恵を使えばアストラル体はいくらでも強化出来るけど、精神的に弱って魂が衰弱してはもう永らえる事は不可能。

だから、彼らをひとりずつ、その限界を迎える前に龍脈の恩恵で死と言う属性を消した後、鎮魂で成仏させてあげた。

一度はゾンビにしてしまったけれど、これで無事に死者の国へ旅立てた。

今は、向こうで適当に暮らしてると思うわ。

……転じて、ボニーとクライドよ。

愛の力は凄い。それに尽きるわね。

彼らのアストラル体は、精神は、魂は、如何な弱る気配を見せない。

キャシーでさえ、自分なりのアストラル強化やたまに私が施す龍脈の恩恵によって己を保ってると言うのに、ふたりには何をしなくても問題無し。

研究者としてあるまじき発言かも知れないけど、これは理屈じゃ無い、もう愛よ。

ボニーにはクライドが、クライドにはボニーがいれば、このふたりは不滅ね。

体の方は、魔法による防腐処置済みの死体だから、永遠に朽ちないしね。

「今度のお相手は、随分可愛らしいお相手ですね。鏖ですか?八つ裂きですか?半殺しですか?」

「鏖……にしようかと思ったんだけど、考え直したの。そこで、貴女たちに相手して貰おうと思ってね。総勢100人の妖精たちと、その騎獣20体。痛い目に遭わせてやって。」

「痛い目……ですか?」

「そう、痛い目。四肢欠損とか、後遺症が残るような怪我はさせないでおいて。一応、この後事情を聞こうと思うから。死なせないで、後を引かないで……でも私に敵対した事は後悔させて。だから痛い目。」

「これはまた、マスターは難しい事を仰る。」

「出来無いなんて言わないでしょ。」

「もちろん!制約の中でどれほどの事が出来るのか、考えただけでぞくぞく致しますわ。」

「さすがマイハニー、君は天才だな。死なせずに苦しませる事自体は私たちが得意とするところ。そこに、もう少し縛りを設けて楽しもうと言う訳だ。これはやり甲斐のある仕事だな。」

「……まぁ、良いんだけど、程々にね(--;」

私が何を言うまでも無く、ボニーとクライドは静かに仕事を開始する。

結界壁をするりと抜けて、得意の得物は体の陰に隠したまま、土の妖精軍の中へと歩み行く。

あれほど堅固だった壁を意に介さず進み出た人間……に見える男女を呆然と見詰めていた妖精たちだったけど、後方にいる指揮官が我に返って。

「な、何をしている!そいつらを仕留めろ!」

その掛け声に合わせるように、ボニーとクライドのすぐ傍にいた妖精数人が、急に倒れ伏した。

そして「うわぁああ~~ん。」「い、痛い、痛い、痛い!」「たすけ、助けて……。」と、倒れた妖精たちが泣き喚く。

見れば、まるで出血を見ないのに、ぱっくりと割れた傷が口を開けていたり、首や四肢が明後日の方を向いていたり。

失血死したり心臓が止まるような事は無いまま、ただただ痛みを味わい続ける。

そんな怪我を、いつの間にか負わされている。

この辺の技術は、神になった今でも、彼らに敵わない気がする。

その上、今回は的が掌くらい小さいのよ。

細かく言えば、体の中身も人間とは少し違うところがあるかも知れない。

でも、そんな事はお構い無く、惨たらしい責め苦を与えて回る。

薄っすら微笑を浮かべながら、実に楽しそうに。

「ウ、ウスノロー!た、助けろ!我々を助けろ~!」

そんな情けない命令を叫ぶ指揮官だけど、当のウスノロはそれどころでは無かった。

目の前に、黒衣の女が立ち塞がっていたから。

「……お、お前……強いな。もしかして、この壁……お前が作ったのか?」

「……そうよ。ねぇ、聞いても良い?」

「ん?何だぁ?」

「貴方、あの隊長さんにウスノロなんて呼ばれてるけど、それが貴方の名前なの?」

「おぉ、そうだぁ……んぁ、違う違う。トロールに名前を聞くなら、お前が先に名前を言え。うん、確かそうだった。」

「へぇ、貴方、随分賢いのね。これは失礼したわ。私の名前はルージュよ。よろしくね、ウスノロさん。」

私はスカートを摘まみ上げ、軽く会釈する。

「お、おぉ、これはこれは丁寧な挨拶。俺はウスノロだぁ。よろしくな。」

名乗りながら、深々と頭を下げるウスノロ。

「こちらこそ、丁寧な返礼痛み入るわ。貴方、その立ち居振る舞いからは全然薄鈍って感じはしないけど、何故ウスノロなんて名前なの?」

「ん~?俺は薄鈍だからだぞ。他の仲間たちよりも力は強かったが、動きが鈍くてなぁ。どうやら、心臓の動きも鈍いらしい。仲間がどんどん死んで行っても俺だけいつまでも死ななくて、いつしか、ウスノロと言う名前が付いてた。」

へ~、面白い。

この子、多分魔力的な潜在能力が普通のトロールよりも高い、突然変異か何かなんだわ。

その分、他のトロールよりも長命で、長く生きた分経験も積んで、Lv.の上昇と共に名付きになった。

少し喋り方は鈍いけど、頭が悪いようには思えない。

「そんなNamedトロールの貴方が、何故土の妖精の用心棒みたいな事してるの?」

「ん~?それはだなぁ……なぁ、喋っちまっても良いのかな?」

そう言って、指揮官の方を振り返ったウスノロだったけど、「んあ?これは一体どうした事だ。」と驚いてる。

私がウスノロと話してる間に、ボニーとクライドの仕事はもう終わっていたから。

土の妖精軍の指揮官は、先程まで乗っていた山猫の下敷きになっていた。


私はウスノロを伴って、下敷き指揮官の下へ。

「……本当に見事なものね。この短時間に、全員に苦痛を味わわせながら、誰ひとり死なせていない。」

「な、何だとっ!つっ……し、死んでいないのか?誰ひとり……。」

しんどそうにしながら、指揮官妖精が驚きの声を上げる。

「えぇ、そうよ。私がそう命じておいたから。あの子たちは有能だからね。仕損じる事は無い。……殺せと命じていれば、全員死んでる。」

ごくり、と唾を嚥下して、指揮官妖精は言葉を失う。

「では、何故生かしておいたのか。それは話を聞く為よ。どう?素直に話すなら、全員の傷をすぐにも治して差し上げるわ。」

「き、傷を……。良いのか?我々が元気になったら、お前に襲い掛かるかも知れんぞ。」

「あら、怖い。ふふ、別に良いわよ。でもね、隊長さん。考えてもみて。たったふたりで貴方たちを全滅させたあの子たちが、どうして私に従ってるのか。……私、そんなに弱く見えて?」

「……、……、……話す。お願いだ。部下たちを治してやってくれ……。」

まるで背中の山猫の重さに屈したように、指揮官妖精はそれだけ言うと体中から力が抜けてしまったように突っ伏した。

上から目線で横柄だった指揮官様も、ようやく心から状況が呑み込めたようだった。


3


さて、すぐに傷を治してあげても良いけど、順番と言うものがある。

まずは、継続ヒールで放置してある、ファーランドフィアふたりが先。

と、その前に。

「ねぇ、ウスノロ。貴方の指揮官様は私に降伏したわ。貴方も私に従ってくれる?」

私の背後で静かにしていたウスノロだけど、話し掛けるとこちらを見下ろし。

「んあ?あぁ、それは構わないぞ。俺は薄鈍だけど馬鹿じゃ無い。お前に敵わない事くらい、とっくに判ってる。その上、助っ人相手が降参したんだ。もう戦う理由も無いぞ。」

「そ。良かった。貴方にも色々聞きたいから、しばらく大人しく待ってて頂戴。」

「おう、判った。」そう答えると、周りを確認してからその場に腰をドスンと下ろした。

その衝撃で、少し離れた場所にいた土の妖精たちが、「うぎゃあ!」「痛い痛い痛い!」「このウスノロ!考えて動け!」と叫びを上げる。

「あぁ……すまん、すまん。……ルージュ、こいつら、早く治してやってくれ。」

「ふふ、まだ駄目よ。まずは、こっちのお友達が先。後で必ず治すから、貴方も大人しく待ってなさい。」

それだけ言うと、私は槍の生えた自警団員の許へ。

継続ヒールは効いてるけど、槍が刺さったままではいつまでも傷は塞がらない。

痛みを感じさせない素早さ、正確さで槍を引き抜くと、継続ヒールの効果ですぐにも傷は塞がった。

もうひとりの方は、既に完治している。

私はふたりをその腕に抱えると、花畑の中央付近に固まってる自警団員たちの許まで転移した。

「あ、お帰り、ルージュ。……そのふたりは大丈夫?」

自警団員たちを見ていたヨーコさんが寄って来て、心配して手の中のふたりを覗き込む。

ちなみに、ボニーとクライドは、そのまま土の妖精たちの中で静かに佇んだまま。

あの状態から反抗的な態度を取るとは思えないけど、ふたりが傍にいれば確実に戦意は挫けたままでしょう。

仮にウスノロが何かしたとしても、実力はボニーとクライドの方が上。

あっちは、あのふたりを待機させておけば、しばらく放置しても問題無し。

私は、待機してる自警団員たちの前へ、救出したふたりを横たえた。

「大丈夫よ。痛い思いはしたと思うけど、何とか死人は出ないで済んだわ。」

「おぉ、本当にありがとう御座います、ルージュ様。前途ある若者が命を落とさずに済んで、本当に良かった。」

応えたのは、一応この部隊の隊長を拝命した年嵩のファーランドフィア。

10人中7人はまだ10代で、他の3人は80を越えて少し衰え始めた初老たち。

肩に噛み付かれてたのは初老の子だけど、逃げ遅れて死に掛けたのはふたりとも10代の子。

本当に、助かって良かったわね。

「これから私は、彼らの村まで出向いて話を聞いて来ようと思うの。今まで争う事の無かった土の妖精族が、いきなり攻めて来るなんて余程の事でしょ。ヨーコさん。」

「ん?なぁ~に?」

「悪いけど、彼らを村まで送り届けてあげて。そして、まだベルガドルテとの戦闘が続いてたら、両軍にこの状況を伝えて、一時休戦とするよう申し入れて。」

「戦闘を止めさせるのね。」

「えぇ。今はたまたま私が防いだ。でももし、土の妖精が戦闘の最中村に攻め込んでたら、ファーランドフィアは村を失い、ベルガドルテも占領すべき土地を失ってたわ。どう転ぶか判らないけど、東方にも敵がいる。それを伝えて。」

「わ、判った。少なくとも、今は戦ってる場合じゃ無いのね。間に入ってでも、とにかく止めて来る。」

「お願い。……気を付けてね。ヨーコさんの強さなら心配要らないかも知れないけど。」

「いるいる、心配しといて。あたしは強くなんて無いんだから。」

ヨーコさんは、自警団員たちの前に降り立って「良し。それじゃあ行くわよ。」

「あ、あの~……行くのは良いんですが、このふたり、どうしましょう。」

若いファーランドフィアのひとりがそう問い掛けると、「あぁ、それなら大丈夫。この子たちにお願いしたから。」

ヨーコさんがそう言うと、横になったふたりのすぐ傍に、風の精霊シルフが姿を現した。

シルフは風の中位精霊で、透明な裸のエルフと言った姿をしている。

風の精霊の代表格と言って良く、精霊に詳しくない者でも風の精霊と言えばシルフを連想するくらい。

そのシルフひとりひとりが、気を失ったままの自警団員をそっと腕に抱える。

精霊も、力さえ強ければ物質体に干渉出来る。

シルフであれば、ファーランドフィアひとりくらい、訳無く運搬出来る。

「せ、精霊……シルフですか……。これは、貴女が操っているのですか?」

恐る恐る年嵩の自警団員が、ヨーコさんに問い掛ける。

「ん?違うわよ。あくまでお願いしたの。だってあたしたち、友達だもん。ね~♪」

そうヨーコさんがシルフに笑い掛けると、シルフも微笑で応える。

スニーティフのような精霊使いとは違い、私やヨーコさんはあくまで精霊とは友達。

支配して操る訳じゃ無いから、強制的に強い力を発揮させる事は出来無い。

その代わり、精霊自身が奮起して、むしろ支配するより強い力を発揮する事もある。

あくまで支配は契約だから、精霊自身も納得して交わされるものだけど、私やヨーコさんはそれを良しとしない。

私はともかく、ヨーコさんにとっては精霊魔法の為のお付き合いでは無く、単に素でお友達なだけだしね。

「さぁ、それじゃあ急ぎましょう。こうしてる間にも、戦闘で被害者が増えてるかも知れないんだから。」

そうしてヨーコさんは走り出す。

ファーランドフィアたちの飛行能力ではヨーコさんに付いて行けないから、あくまで走って村まで急ぐ。

……もう少しシルフを招喚して、自警団全員運んで貰えば……とは思ったけど……あ、ヨーコさんが立ち止まった。

シルフがまた数人出現。

自警団員たちを空へと舞い上げ、ヨーコさんたちは村へと飛んで行った(^^;


その後、私は再び土の妖精たちの下へ。

「……そうね。折角だから、ボニーとクライドも一緒に行く?」

「おぉ、それは光栄の至り。他にもお力になれるなら、是非私たちをお使い下さい。」

「えぇ、クライドと一緒にいるのも幸せだけど、マスターと一緒にいるのもまた幸せです。嬲って頂いても、切り刻んで頂いても、無茶振りして頂いても、喜んで身をお任せいたしますわ。」

「……そんな事しないわよ。でもありがとう。昔からの馴染みも減る一方だし、一緒にいてくれるだけで私も心が安らぐわ。」

「マスター……。」

「切り刻んで縫い直すのは、帰ってからやってあげるから。それまでは、勝手に首を刎ね合わないでね。」

「あぁ、焦らしプレイですか。さすがマスター。私たちを心から支配成されているお方。」

「あぁぁ、今から愉しみで愉しみで、首が勝手に爆ぜてしまいそう。」

身悶えるふたりを、一瞬痛みを忘れて恐れの目で見詰める土の妖精たち。

あぁ、わざとよ。ただ強いから怖い、と言う以上のえも言われぬ恐怖を感じれば、余計にふたりを恐れるでしょ。

さっき指揮官に言った通り、仮に彼らが全快した後下手な気を起こしても、私に敵う訳は無い。

でも、ボニーとクライドを恐れて大人しくしててくれれば、その方が楽だし、彼らの為にもなる。

私は、そんな様子を眺めながら、100人の土の妖精と20体の山猫の傷を一瞬で全快させた。

自分たちの傷が治った事に、彼らはまだ気付いてもいない。

私は結界も張り直す。

土の妖精族の規模も知らないし、もし他のルートで進軍してる土の妖精軍がいても困るから、森の外縁南東部全体を覆う結界を張った。

一瞬で結界壁がさらに大きな結界へとすり替わった事に、気付く者もいない。

「さぁ、隊長さん。いつまでも寝てないで、私を貴方たちの集落まで案内して頂戴。」

「……さ、先に傷を治してくれ……。」

「もう治したわよ。……今苦しいのは、貴方の上に山猫が乗ったままだからよ。」

「ガァ!?」と、山猫が慌てて指揮官妖精の上から飛び退いた。

ゆっくりと立ち上がり、山猫を見下ろす指揮官妖精。

済まなそうな目で見上げる山猫。

「ま、まぁ良い。……どうやら、本当に皆、傷が癒えたようだな。」

気付けば、他の妖精たちも、すっかり元気になって起き上がっていた。

「あ~……約束だからな。聞きたい事には答えよう。……村まで行くのか?」

「えぇ、お願い。私は状況をもっと良く知る必要があるの。」

「……判った。良し、野郎ども!引き上げだ!」

「……ぉー」。

ボニーとクライドを恐れてか、ほとんどの妖精が声を上げなかった(^^;


4


土の妖精の集落を目指す間、指揮官……テリオスから、色々と話を聞いた。

まず、彼らは森の外縁南東部に暮らす、土の妖精族で間違い無い。

種族の名前は、メリエンタス。初代族長の名に由来するそう。

寿命なんかは、ファーランドフィアとそう変わり無いみたい。

花の妖精族は特別だとして、掌サイズの妖精族は、肉体的には似通った性質を持つのかも。

元々、この森の周囲の荒野で暮らす土の妖精族で、森の妖精族が森エルフの森に住み着いたと噂を聞き、自分たちも森に住まわせて欲しいと森エルフに頼んだのだと言う。

土の妖精とは言え、荒野の暮らしは楽では無かったから。

山猫たちは、森に棲んでいた獣で、森に移住してから騎獣として使うようになった。

気性が荒く人に懐かないけど、実力を示せばボスとして認め、忠実に仕える性質を持ってる。

山猫たちは、繁殖期以外は単独行動なので、1体従えれば群れごと従うような事は無く、個別に従わせなければならないので、数を揃えるのが難しいとの事。

ボスと認めた者にしか従わないので、ワイルドキャットライダーたちは一族の中の強者たちと言える。

魔法も使うけど土属性の魔法が専らで、羽も無いからやはり空は飛べない。

山猫も限られた者しか扱えないから、種族としての行動半径は狭い。

ちなみに、ファーランドフィアの飛行能力は低いんだけど、それでも未開拓の森の中を行くにはとても便利。

まず森の先まで上から探索して、目ぼしい実りやハーブの群生地などを見付けたら、そこへ向かって後から森を切り開けば良い。

でも、宙を舞えないメリエンタスは、探索自体未開の森を進まなければならない訳で、どうしても行動半径は狭くなる。

森を切り開き農耕地として使用してるけど、その範囲も限定的だし、結果外縁南東部だけでも彼らにとっては広大な為、ファーランドフィアより狭い土地でも不満は無かったそうよ。

……そんな彼らが、今ファーランドフィアの土地に攻め入ろうとした。

その理由を問い質さねばならない、と思ってたけど、彼らの集落を目指す道程でその理由は明らかとなった。

森が立ち枯れている。

メリエンタスの集落に近付くに連れ、どんどん枯れ木が目立って行き、下草すら生えなくなって行く。

当然、こんな有り様では、切り開いた畑の実りも得られなくなっているでしょう。

もちろん、それならばまず援助を求めるなり、森エルフに助けを求めるなりすべきで、いきなり攻めて来た事は正当化出来無い。

でも、そうせざるを得なかった理由は、窺い知れた。

100年前に引き続き今回も、問題は森の立ち枯れ、そう言う事なのね。


集落の入り口まで辿り着くと、そこには老人然としたメリエンタスの他、幾人かの者がたむろしてた。

代表してテリオスが、その老人然としたメリエンタスに挨拶する。

「長老……只今戻りまして御座います。」

「……ふぅ、どうやら失敗したようじゃな。神は……我々を見捨てたのだから、それも仕方あるまい。」

「いえ、長老!私たちは……。」

「良い。……そこな黒衣のヒトよ。お前さんが我々を止めたのじゃろ。聞いておる。世界樹の守護神。引導を渡しに来たものか。」

「……初めまして、長老様。私の事をご存知のようだけど、早合点しないで。私は話を聞きに来たのよ。その気だったら、貴方の仲間を引き連れて来訪したりはしないわ。」

「長老……、私たちは全滅させられましたが、命は救われました。事情が知りたいと、話が聞きたいと申されて。」

「なるほど。……神も無慈悲では無い、と言う事かの。」

「悪いけど、神なんていやしないわ。いやまぁ、私は間違い無く神だし、神様の知り合いもいるんだけど、貴方の言う運命と言う名の神なんかいない。勝手に決め付けて勝手に襲って来て勝手に諦めたりしないで。……まぁ、周りの状況を見れば同情はするけど。」

ここにいる10人余りが、今動ける残りのメリエンタスの全てみたい。

集落の中にもたくさんの気配はあるけど、皆かなり衰弱してる。

メリエンタス軍含めて総数200余人、すでにかなりの死者が出た後……なんでしょうね。

……ふぅ、仕方無い。

「話を聞くのは後にしましょう。せめて、今生きてる者だけでも、応急処置してあげるわ。」

そう言って私は、小人化しながら集落の中へと勝手に入って行った。


それから数時間後、陽が暮れた今、私は長老宅で食卓を囲んでる。

さすがに治療となるとボニーたちは使えないから森へ還し、ウスノロは大き過ぎるから集落中心の広場にいる。

「ルージュ様。此度の事、本当にありがとう御座いました。」

改めて、長老がお礼を言って来る。

「良いのよ。事情を聞くまでは判決も下せない。まずは助けて、場合によっては後から処刑する。私はまだ、判断を下すだけの情報を得ていない。だから一時的に助けただけ。感謝するのは早いわよ。」

「……そうかも知れません。ですが、我々をお見捨てになっても判断は下せましょう。一時的とは言えお助け下さる。それだけで、感謝に値致します。」

……私は単に甘いのよ。神に成り切れない半端者……。

「こうして食事まで振舞って頂けて、まさにルージュ様は神様でいらっしゃいます。」

そう。招かれて食事、みたいな形だけど、食材も調理も私がしたもの。

この集落にはもう、満足な食べ物なんて残ってなかった。

衰弱した者が多くて、スープを大量に用意した程度だから大した手間でも無い。

そもそも、フェアリーたちは小さいし。

……反対に、ウスノロは大きいから、豚の丸焼きを数頭分用意してあげた。

彼も、大分お腹は減ってたみたい。

「それで、あの……集落の者たちは……。」

「……衰弱してた子たちは、峠を越えたからもう心配要らないわ。私の処置は特別だから、例え満足な食事が摂れなくても、少しは体力も持つでしょ。」

「おぉぉ、本当に……本当にありがたく……。」

助けた者の中には、長老の奥さんもいたし息子夫婦、孫もいた。

責任ある立場だから自分の家族の事ばかりを言っていられないけど、どうしたって気掛かりだし、その分感謝の念も強くなる。

まぁ、助けてあげられたのは良かったんだけど、気になる事もあった。

私は今回、龍脈の恩恵を使っていない。

いいえ、むしろ使えなかった。

ここ、世界樹の森にあって、龍脈のエネルギーを利用出来無い……。

仕方無いから、大昔からやっていたアストラル治療で、ひとりひとりのアストラル体を強化して行った。

特に衰弱が激しかった者には、オフィーリアの祝福も与えた。

近日中に食糧事情に改善が見られれば、皆そのまま元気になれるでしょう。

何かの病気じゃ無くて、あくまで栄養失調による衰弱だから。

「……長老様もお腹減ったでしょ。貴方まで倒れたら大変なんだから、どうぞ召し上がれ。」

「お、おぉ、これは申し訳無い。ありがたく、ありがたく頂戴致します。」

たんと食べて、体力付けて、お話を聞かせて貰わなきゃね。


5


長老……メリエルドの話は、想像通りのものだった。

昨年までは、収穫が少し減る程度の事はあっても、凶作と呼ぶほど非道い状態では無かった。

しかし、今年に入ってから立ち枯れが始まり、それは周辺の木々だけに留まらず、ついには田畑まで被害を受け始め、ここ数か月は備蓄でやり繰りして来た。

体の弱い者、年寄り、子供などから死者が出始め、実は内緒で少し北まで赴き、動物を狩って何とか糊口を凌ぐのが精一杯。

森エルフやファーランドフィアに助けを求めるべきでは無いかと話し合う中、そこへウスノロがやって来たのだ。

「……旅のトロールなど珍しく、ましてやこちらを襲おうともしないトロールなど聞いた事も無く、我々はウスノロを集落へと招き入れました。」

モンスターとしてのトロールは、基本集落を築いて群れで過ごす。

移動しない訳じゃ無いけど、その場合集落ごとお引越し。

単独行動のトロールもいない訳じゃ無いんだけど、その多くはゴブリンなどの邪妖精に用心棒として雇われる。

性質としては、力は強いけどおつむが弱いから、何でも力で解決しがち。

普通のトロールがフェアリーの集落なんか見付けたら、襲い掛かって食事に有り付くのが普通。

雑食性だけど、生のまま肉を食べるのがお好みみたいだから(-ω-)

「残念だが、我々にお前を持て成すような余裕は無い。そう告げると、自分はしばらく物を食べなくても平気だから気にするな、と。」

……腹減った、なんて言うから食事を用意してあげたけど、そうか。ウスノロはもう長命種なんだ。

習慣もあって空腹は感じるけど、飢えて死ぬような事はもう無いのね。

「お前たち、腹が減ってるなら、西の妖精に頼んでみたらどうだい?荒野を旅する妖精たちも、西の妖精に会いに行くと言っていたぞ。そう語ったウスノロの話によれば、ファーランドフィアそっくりの妖精たちが、ファーランドフィアの集落へ集団で向かっておると。ウスノロは善意のつもりで教えてくれたのでしょうが、追い詰められていた我々は、それを脅威と考えました。」

「……ウスノロは、もっと詳しくその妖精の一団……ベルガドルテの様子も伝えたの?」

「はい……どう考えても、そのような者たちがファーランドフィアの村へと赴けば争いになる。仮に争いにならず手を差し伸べるなら、我々が得るはずの援助が失われる。最初は、その一団を排除しようと言う話になりました。」

彼らが争い合っても助けて貰えない。先にそちらを助けたならば、自分たちが助けて貰えない。

もうすでに、考え方が後ろ向きになってるわね。

「我々には、残された時間がありません。ならば、彼らが争い合おうとも、いやむしろ手を取り合うなら、今急襲してファーランドフィアの富を奪わなければ、打つ手が無くなる。幸い……いいえ、結果不幸な事に、頼りになる助っ人もおりました。我々の現状を憂いて、ウスノロは協力を快諾してくれたのです。」

まぁ、他のお仲間より賢いとは言っても、力で解決と言う基本的な考え方は変わらないんでしょうね。

縁あって知り合ったメリエンタスが困っているなら、用心棒を務めて侵略の手伝いをしよう。

そんな風に考えるのは、トロールのウスノロにとっては極自然な流れ。

問題を力で解決するのは、トロールにとって正しい行動だもんね。

強い者が正義。決して珍しい考え方じゃ無い。裏側なんか、今でも変わらずそう言う価値観だし。

力ある者にとって、特におかしな考え方じゃあ無い……のは、確かなのよね。

結果的に、私が力を貸した事なんて百目鬼の事件だけだけど、縁あって、さらに聖なる闇の世界樹を守って貰う都合もあって、私はガイドリッドとヴェールメルに肩入れしてる。

周辺国からしたら、いざと言う時神が敵に回る訳よ。

力の濫用は慎むつもりだけど、構図だけで言うなら、ファーランドフィアを侵略する為にウスノロがメリエンタスに力を貸すのと一緒。

それ自体は責められないわ。

「……言い訳になりますが、私自身、少しも迷いを抱かなかった訳ではありません。ですが、ひとり、またひとりと倒れて行き、機を逸せば動ける者がいなくなる。そんな焦りもありました。何とか100人の精兵を送り出せる今しか無いと……。」

結果的に、ファーランドフィアにとっては最悪のタイミングで奇襲される事となった。

私があの場にいなければ、この妖精戦争はメリエンタスの侵攻により、ファーランドフィアとベルガドルテの壊滅、敗走と言う結果を招いていたと思う。

虚を突かれる事も大きければ、ワイルドキャットライダーたちの戦闘力も脅威的だし、Namedトロールなんてファーランドフィアにもベルガドルテにもどうにも出来無いでしょ。

私が関与しなければ、この森の外縁部はメリエンタスの土地になっていた……。

まぁ、それを言ったら、ウスノロが関与しなければ、メリエンタスが圧倒的な勝利を収める事も無い訳だけど。

結局、私が関わった事も含めて、それが現実と言う事よね。

いちいち思い悩んでても、仕方無い。

「……それで、一番気になるのは森の立ち枯れよ。何か原因に心当たりは無い?ワームが大量発生して暴れてるとか。」

ちなみに、ワームって言うのは、ミミズみたいな細長くてにょろにょろした虫全般の事。

ミミズはアースワームね。……アースワーム・ジムってゲーム、難し過ぎて最終面だけクリア出来無かったのよね(-ω-)

と、それは置いといて、そんなミミズみたいな姿のモンスターの事も、一般的にワームと総称するの。

「ワーム、ですか?いえ、そのような話は聞いておりません。以前、ファーランドフィアの知り合いから聞いた過去の立ち枯れの時も、原因は不明だったと。此度も、急な事故満足な調査など出来ておりませぬが、これと言った原因に心当たりは無く。」

「そう……。」

確か、話が途中になっちゃったけど、森エルフはワームがどうしたと言ってた気がするんだけど……。

少なくとも、メリエンタスの集落周辺で、目立ったワームの活動は確認されていないのね。

そうなると、100年前とは原因が違うのかしら?

でも、そうそう世界樹の森が枯れる原因なんて、いくつもある?

「……了解、お話ありがとう。取り敢えず、貴方たちが再度進軍出来無いよう、結界は張ったままにさせて貰うわ。向こうがどうなったか気になるし、森エルフからもう少し詳しい話を聞きたいから、私は一度西へ戻るわ。」

「そう……ですか。おこがましい限りですが、どうかご慈悲を賜れますよう、伏してお願い奉ります。」

そう言ってメリエルドは、両膝を突き深く深く頭を垂れた。

私は敢えてそれには応えず、そのままメリエルドの家を出た。

……どうするかは、もう決めている。

正直、キャパオーバーよ。心底疲れちゃった。

だから、メリエンタスには強権発動よ。

三つ巴なんて扱い切れない。蜀には消えて貰って、魏と呉だけに集中させて貰う。

結局、私はやっぱり人間なのよ。

本物の神様みたいに、全知全能なんて行かないのよ。

まぁ、神話を思えば、本物の神様たちも全知全能だったとは、とても思えないけど(^^;

もう、頭がうに~(爆)


外に出てみれば夜も更けてて、月明りのみの森は闇色に沈んでいる。

まるで、今の私の気持ちを表しているかのよう。

……どうなったかしらね、戦闘は。

何人……死んだのかしら。

ちゃんと収まったのかしら。

私は、広場に座すウスノロにひと声掛けた。

「どう?お腹一杯になった?」

「んお?おぉ、ルージュ。これは豚だったんだな。」

「え?そうよ。丸焼きだもん。そのまんまでしょ。」

「いやぁ~、こんなに美味い豚、初めて喰ったぞ。焼くだけでこんなに美味いのか?」

あぁ、そう言えば、トロールは生きたまま丸かじりか(^^;

「焼いただけじゃ無いわよ。ちゃんと下処理として調味液を肉に滲み込ませて、表面は皮がぱりっとなるように仕上げにオイルを塗って、手間暇掛けたのよ。」

まぁ、パーティー用にと以前何頭分か作ってあった物をそのまま持って来ただけだから、今日焼いた訳じゃ無いけどね。

でも、時間凍結してるから、ちゃんと出来立てよ。

「そうかぁ、簡単には喰えないんだな。もっと喰いたかったんだけど。」

「すぐに用意は出来無いから、ごめんね。でも貴方、お腹は減っても、食べなくても平気なんでしょ。」

「ん?……まぁな。この体だぁ。昔みたいに喰いまくったら、すぐ食料無くなる。それじゃあ、旅も出来無ぇからな。腹が減るのは、結構我慢出来るぞ。」

「……それじゃあ貴方は、ここで少し大人しくしてて。メリエンタスをどうするかは決めたわ。それより、向こうが気になるから行って来る。」

「……判った。……なぁ、出来れば、助けてやってくれな。こいつら、根は良い奴らなんだ……多分な。」

私はウスノロのその問いにも応えず、花畑へと転移した。

そして、花畑からアストラル感知を展開……どうやら、戦闘は収まったようね。

生存者は……ファーランドフィアの現存数450程度、ベルガドルテの現存数230程度……。

村長と族長が帰還した後、双方増援を送って戦闘は激化したようね。

死傷者と言う意味では、どちらも100人に迫る。

ヨーコさんが止めてくれなければ、一体どれくらい増えてたのかしら。

ヨーコさんは……今はファーランドフィアの村ね。

取り敢えず、合流しましょうか。


ファーランドフィアの村へと転移すると、すぐにヨーコさんが飛んで来た。

だけど、気の所為かしら。ちょっと寂しそう。

空間感知を展開……見付からない……そう、きっとまた、良い格好見せようとしたのね……本当、馬鹿。

「……ルージュ……そっちはどうだった?」

「……大丈夫よ。あっちは私が何とかするから。それより、こっちの方はどうなったの?」

「う、うん。あのね、割って入って止めた後、あたしはファーランドフィアの村に戻って来たから向こうの事は判らないんだけど、こっちではタッカルトとオリヴァーが皆の前で口論して、もう戦うのはよそう、って流れになって……。」

オリヴァーは、村に残った者たちの説得を急いだのね。

戦場に出た者たちまで手は回らないけど、その家族を取り込む事は出来る。

元々、ファーランドフィアは戦いたがってた訳じゃ無いし。

「でも、タッカルトにも味方する子はいて……。戦場から戻って来た子たちは傷付いてたし、帰って来られなかった子も……たくさんいて……。」

ヨーコさん……。

「良し。それじゃあ、先に治療を施して、それから説得を……。」

「あ、違うの。もう休戦で話はまとまったの。」

「え?それはどう言う……。」

そうしてヨーコさんと話しているところへ、数体の巨人が姿を現した。

「これはルージュ様、お帰り、お待ち申しておりました。」

その巨人たちは、私に対して恭しく挨拶して来たのだった。


つづく

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