第二章 揺れる想い


1


「それじゃあ、よろしくね、ヨーコさん。」

私はヨーコさんと別れて、ファーランドフィアの集落へと転移した。

上手く行くとは思わないけど、取り敢えず一度、ファーランドフィアとベルガドルテに会談して貰う必要はある。

当事者同士が顔を合わせる。それがあると無いでは大違いだと思うから。

その旨を、ファーランドフィアへ伝え段取りを付ける為に、私だけが戻って来た。

ヨーコさんとは念話で話せるから伝達役を任せたのと、その後の会談の見届け役も頼んだ。

私の方は、この後森エルフに会いに行こうと思ってる。

彼らが協力してくれれば、本格的な戦争に至る前に、和解させる事も不可能じゃ無いと思うから。

私は長老の家へ向かおうとしたけど、広場に大勢が集まってる様子なので、ひとまず広場へと降り立った。

「おい、ルージュ!こっちだ。」

そうマイキーが声を掛けて来る。

見やれば、そこには長老と、もう少し若く見える立派そうな妖精や精悍な若者たちがいて、その若者たちは武装しているところから、搔き集められた戦力なのだと知れた。

「あれ?……ヨーコは一緒じゃないのか?」

「えぇ、向こうに残って貰ってる。私とヨーコさんは念話で話せるから、分かれてても意思の疎通が出来るから。」

「そ、そうか。それは残念だな。」

「それで、マイキー。長老様はともかく、初めて見る顔もあるから、ご紹介頂きたいんだけど。」

すると、マイキーを押し退けて、立派そうな妖精が私の前へと進み出る。

「貴女がルージュ様ですか。私は村長を務めるタッカルト。こちらに控えるのは、我が愚息オリヴァー。自警団の団長を務めております。」

後ろに控えた若者たちの内、その先頭にいる精悍な妖精が軽く会釈する。

「そう。私はルージュ、よろしくね。それじゃあここに、主だった者は集まってると見て良いのね。」

「はい。……それで、どうなりましたか。」

長老オーキンストが、タッカルトの横へ並んで聞いて来る。

「……ま、話し合いだけでどうにかなるとは思えないんだけど……。それでもね。お互いの顔も見ないままじゃ話にならない。決裂するにしても、まずは会談の席を設ける必要がある。と、私は思うんだけど。」

「会談、ですか。こちらは攻められる立場。元より、話し合いで済むならばその方がよろしい。あちらにその気があるなら、やぶさかではありませんが。」

「失礼ですが、ルージュ様は決裂すると思っておいでで、それでも会談せよと?」

「まぁ、ね。……思った通りの相手だったわよ、彼ら。せめて、互いの事を確認し合った上で、大事な決断をすべき。」

「そう……ですか。……あちらには、儂のような年寄りはおりましたか?」

「そうね、いたにはいたけど、代表として話した族長は村長と同じくらいだと思うわ。然るべき地位にお年寄りはいなさそうね。」

つまり、一族にどれくらい当時の事が伝わってるのか。それが気になると言う事ね。

蜂蜜中毒の所為かどうかは判らないけど、年嵩のベルガドルテが長老として出て来る事は無かった。

野営地の中には、何人か老人も確認出来たけど。

「……それでは村長。お主に村の代表として出向いて貰いたい。良いかな?」

「……判りました。それでは、愚息を護衛役として連れ、ふたりで赴きましょう。構いませんか?ルージュ様。」

「えぇ、もちろん。それじゃあ、少しヨーコさんと連絡取るから待ってて。……と言う事なんだけど、ベルガドルテ代表は族長とミスティーって事で平気かしら。確認お願い。」

私は念話を通して、会話の内容はヨーコさんに伝えてた。

「判ったー。向こうも会談に応じるって。村長と護衛のふたりで来るから、こっちは族長とミスティーでどうか、ってルージュが言ってるんだけど。」

念話で会話は繋がってるけど、向こうの状況まで見える訳じゃ無いのよね。

その気になれば、千里眼があるけど。

「良かった。それじゃあ、後は場所ね。ルージュー。」

どうやら向こうも、了承したようね。

後は、会談場所か。

「ねぇ、長老様、村長様。ここから南側で、少し開けた場所はある?」

「ぬ……おぉ、ありますぞ。何十年か前、落雷で大木が倒れた後、下草しか生えなくなって、少し開けておる場所があります。」

その情報を基に空間感知を展開してみると、確かに木々が途切れて少し開けた場所が確認出来た。

中間地点よりも少し西側になるけど、程良く村からも野営地からも離れてる。

「良し、そこにしましょう。私が先に行って、結界を張っておくわ。ヨーコさんとタッカルト、オリヴァー、タバルとミスティーだけが入れるようにしておく。簡単な天幕も張って、椅子と机も用意するわ。ついでに軽食も。……蜂蜜入りの紅茶も用意しましょうか。」

「ねーねー、場所決まったよ。ルージュが結界張って、色々用意してくれるって。蜂蜜入りの紅茶もだって。」

念話の奥で、タバルが思わず声を上げてるのが聞こえた(^^;

「ヨーコさん、これも伝えておいて。……私は会談場所の用意をした後、森エルフに会いに行って来る。もし会談が決裂しても、もしかしたら森エルフの協力を仰げるかも知れないから、すぐに開戦したりしないで、って。」

「う、うん。判った。」

「……と言う事よ。貴方たちも、もし決裂しても、こっちから攻めたりしないでね。まだ多少は可能性もあるから。」

ヨーコさんとの念話は、口に出しながら交わしておいた。

だから、状況はファーランドフィアにも理解出来てる。

「元より、こちらは守るだけです。ご安心下さい。」


件の開けた場所まで赴き、まずは結界を張って、そこに天幕を用意する。

天幕自体は、適当な物をファーランドフィアに用意させ、それを物質招喚するだけ。

椅子と机と、そこに並べる軽食は、一度オルヴァ拠点まで転移して準備し、蜂蜜はキャシーに言って分けて貰った。

モーサントは蜂蜜料理ばかりで、むしろ立ち寄った時は敬遠してしまうほどだから、私はモーサント拠点に蜂蜜を備蓄してない(^^;

キャシーはすっかり自分で家事をしなくなったけど、メイドを雇い入れたから今の方が屋敷内は整頓されてる。

蜂蜜も、メイドさんがちゃんと管理してるので、新鮮な物を分けて貰えたわ。

以前のキャシーまんまだったら、あってもかなり長期熟成された逸品になってたかも。

さすがに、数百年前の蜂蜜じゃ、腐らなくても風味に問題ありそうよね(^ω^;

ひと通り準備を済ませたら、紅茶を淹れて結界を施す。

軽食も紅茶も時間凍結し、薄い膜のように張った結界は、手に取れば解除されるようにしておいた。

これで、出来立て淹れ立てを味わって貰えるわ。

そして、天幕の方にマーキングを施す。

「どう?ヨーコさん。場所判る?」

「……あ、見付けた。大丈夫。ちゃんと判るわ。」

目立つように私の魔力でマーキングして、それをヨーコさんに感知して貰った。

本来のマーキングは、術者にだけ判るように仕掛けるんだけど、今回はヨーコさんに見付けて貰う必要があるから、私の魔力がだだ漏れになるマーキングにした。

「それじゃあ、後は頼んだわよ。しばらく念話は切るけど、何かあったら呼び掛けてね。」

「うん、任せて。ちゃんと立会人?務めてみせるわ~。」

さて、これで会談準備は完了。

むしろ、ここから先が本題よ。

もちろん、私がその力を示し、世界樹の守護者として命じれば万事解決なんだけど、出来れば森エルフたちには自発的に動いて貰いたい。

私の恣意的な判断で勝手をしたく無いのもそうだけど、絶対者、例えば神の意思に従うだけで自分たちで考えない、全部責任は神に預けてしまう。

そんな考え方になって欲しく無いから。

例えば、ニホンではセンゲン教に従って、オロチに生贄を捧げてた。

オロチ自身の所為じゃ無いけど、その権威を笠に着たセンゲン教の巫女の言葉に唯々諾々と従って、生贄を捧げるのが当たり前になってた。

もちろん、私はそこまで愚かな神になるつもりは無いけど、私に下手な信仰心を持って、忖度しておかしな儀式を勝手に始めたりし出しても、普段からずっと彼らを監視し続ける訳じゃ無いんだから、いつの間にかおかしな宗教儀式が根付いて、その犠牲者が何人も出てしまう事態はあり得る話。

この地の神になる覚悟ならそれでも良いけど、私は世界樹を守護する者であって、この地の世界樹は数多ある世界樹の1本に過ぎない。

それを守る森エルフたちに、必要以上にかかずらってはいられない。

力を示し過ぎず、世界樹の守護者として高圧的になり過ぎず、ただ私は寄り添うだけで、彼ら自身がファーランドフィアたちに手を差し伸べてくれれば……。

何だろう、今回、本当に疲れる(-ω-)

世の中の暴君や独裁者って、随分楽してるのね。

良いわね。粗暴に振舞える人って。


2


この世界樹の森は、世界樹を中心に東西南北、空間感知がぎりぎり届くか届かないか。

空間感知は一定方向に伸ばして10kmが限界点だから、おおよそ400平方kmかな?

生前私が過ごした首都圏某所から、丁度都心に至るくらいの広さね(^^;

都心は家賃が高くて、通勤圏内は維持しつつある程度都心から離れざるを得なかった。

まぁ、結果的に、都心まで1時間で出られて郊外まで行けば自然にも触れ合える、住みやすい土地で暮らせたわ。

そんな生前の土地勘に照らせば、この森は充分広い。

その中で、ファーランドフィアたちに与えられた土地は、外縁南部の30平方km弱?

数字で考えれば、充分広い。

ファーランドフィアたちは小さいし、500人が800人になっても……と思えなくも無い。

ただ、蜂蜜用の花畑もそうだけど、開拓した土地と村は、結果的に木々を倒して切り開いたもの。

森の妖精族であるファーランドフィアたちは、極力手を広げ過ぎないよう気を付けてる。

だから、村が手狭になって来たからどうしよう、と悩んでいたのは、与えられた土地がもう一杯一杯で広げられない、と言う意味じゃ無い。

森を大切にしているから最低限切り開いて来た分が狭くなって来た、さらに広げるべきか否か、と言う意味で悩んでた訳。

もし、ファーランドフィアとベルガドルテが手を組んで、森をさらに切り開くなら、共存も出来るのかもね。

でもそうすると、与えられた土地の木々はその多くが切り倒されてしまう。

それは本意では無いし、森エルフが許さないかも知れない。

そもそも、今現在は、やはり未開拓の森が広がっているので、そのままベルガドルテを迎え入れる事は出来無い状態。

仮に最初から融和的な姿勢で両者が遭遇してたとしても、簡単に受け入れられる訳では無い。

そこで、私が森エルフに期待するのは、森の半分くらいを妖精たちに提供する事。

それこそ、世界樹の恩恵を妖精たちにも分け与えて、共に守護して行けば良い。

与えられた土地が大きくなれば、無理の無い範囲で開拓出来るはず。

もちろん、ある程度は森の木々が倒されるし、少しの間ベルガドルテには支援が必要だけど。

……正直、余程森エルフが人……エルフが良く無ければ、無理な相談よね。

人……エルフもそうだと思うけど、自分が手にした物を他人に施し与えるなんて、出来無い相談だわ。

他人に施せるのは、あくまで余裕よ。

手放しても惜しく無い物なら、人は施し与える事も出来る。

それすら手放さない人も普通にいるから、余裕を与えられるだけでも、充分それが出来る者は良心的よ。

私は、そんな良識ある者に、さらにその手にある物まで手放さないか?と求める訳よ。

断っても、それは決して悪い事じゃ無い。

むしろ、喜んで手放す奴なんて、少し頭がお花畑過ぎるか、裏で何か企んでるかよ。

それでも、何をどう考えた結果でも良い。

現状を伝える事で、森エルフが自発的に、事態の解決の為に何か行動を起こしてくれないだろうか。

私は、そんな都合の良い事を考えてる……我ながらどうかと思いながら。


神の新型フライで空を行けば、眼下に広がる青々とした森の姿は、そんな私の不安定な気持ちも少しは落ち着けてくれる。

この広大な森だって、少し頭を覗かせてるあの世界樹の恩恵。

森の外側が荒野である事を思えば、この土地も世界樹、ひいてはその地下を巡る龍脈がもたらす大地の生命エネルギーによるもの。

世界樹の守り人を気取るのは結構だけど、その恩恵を独り占めしてる現状を……いいえ、確か、微かな記憶では、この森の森エルフたち。決して派手な生活はしていないのよね。

分を弁えて慎ましやかに暮らしながら、聖なる森の一画に妖精族を迎え入れもした。

バッカノスの森エルフなんかと違って、充分良い子たちなのよねぇ。

……そうなると、少し疑問も浮かぶ。

何故、100年前の立ち枯れの時、ファーランドフィアたちにもっとちゃんと手を差し伸べなかったのか。

種族がふたつに割れ、残った者も20~30年苦しみ、出て行った者は安住の地を得られず、かなり辛い環境に捨て置かれた。

多少の施しを約束したと言うけど、立ち枯れの苦境を乗り越えるまでの短期間、もう少し手厚くしてやれなかったのかしら。

いくつか、私にはちぐはぐに思えるところがある。

それを確認する為にも、やはり森エルフたちとの面会が必要よね。


世界樹の1kmほど手前で森へと降り立ち、そこからは徒歩で移動する。

森エルフたちの集落は、世界樹から少し離れた場所にあって、ツリーハウスの形で樹上生活をしてる。

でも、世界樹を祀りながらその管理を務めてる……つもり……なので、常に誰かしら世界樹には森エルフが常駐してる。

今は……10人、木陰に身を潜めてるわね。

私は静かに歩を進め、世界樹の幹に触れるところまで至る。

……動きは無い。

そのまま幹に触れ……微かに、闇の神の残滓を感じるわ。

今もまだ、彼が分け与えた生命力が息衝いてる。

そして、とても太く立派な龍脈が世界樹へと繋がり、地面の下を縦横無尽に走ってる。

私が、そして森エルフたちが、何をしなくても問題無い。

例え攻撃を受けたとしたって、穢れを受けたとしたって、生半可なものなら受け付けないほど強靭よ。

そうして世界樹の様子を見ていると、10人の森エルフたちが姿を現し、私に対し膝を突いて畏まる。

おもむろに振り返り「会った事……あったかしら。」と問うてみる。

「……いいえ。ですが、幾度かお姿をお見掛けした者がおりますし、父祖は世界樹様がひと際壮健になられた際、お言葉を交わしたと伝わっております。」

……そうか。まだ私がほとんど消え掛けてた頃、闇の神主導で世界を回り、世界樹に彼が己を分け与えて行く間、まだまだ私自身の意識は覚醒してなかった。

もう1000年以上前の話だけど、世界樹を見て回る際、この森にいた森エルフたちに、一応後を頼んだのかもね。

放置するよりは、誰でも良いから守護者がいた方が安心出来るもの。

私自身は、たまに遠くから世界樹を確認するだけで、その壮健ぶりに疑問は無かったから、直接触れたり、彼らと接触を持った事は無かった。

今回も元々は、世界樹の様子を見るつもりで森へ立ち寄った訳じゃ無かったしね。

悪いけど、今回の事件が起こらなければ、彼らの事はほぼ意識の中に無かったわ。

「不躾で御座いますが、此度は何故、世界樹様のご様子を直接ご確認にいらっしゃいましたか?何かあったでしょうか。」

あぁ、普段近付かないのに、急に傍まで来てしまったから、余計な心配をさせちゃったみたいね。

「いいえ、大丈夫。世界樹には一切問題無いわ。今日は少し、別件でね。」

「別件……で御座いますか?」

「そう。この世界樹では無くて、この森に関する事よ。」

「森……。判りました。それでは、我らの集落にて、古老たちとお会いして頂けますでしょうか。私は守り役の代表を務めるアンバッキャオと申します。私では重要なお話に対応致しかねます故。」

「そう。判ったわ。それじゃあ、集落へ向かいましょう。」

「ありがとう御座います。デレイラ、グラゥマシィ、守護神様をご案内差し上げよ。」

「は。」「は。」と、ふたりの森エルフが畏まりながら立ち上がる。

デレイラの方は女性で、グラゥマシィの方は男性の森エルフ。

森エルフは、精霊と縁深きハイエルフ、及びその直接の後裔たるエルフと比べ、森は森でも精霊界に近しい森では無く、物質界の普通の森に住む事で物質界に縛られた影響により、肌が少し浅黒く体付きが良くなっていて、言ってみれば健康的な褐色エルフ(^^;

耳も心持ち短くなって、魔法が苦手になった反面、肉体的に強くなった事もあって弓が得意。

寿命はエルフの1000年に対し200年と短くなっているけど、それでも人間族を凌ぐ長命種ではある。

と言うのが一般的な森エルフ。

でも、彼らは少し違う。

見た目は今説明した通りだけど、彼らから感じる魔法的な力はかなり強い。

通常の森エルフはすでに魔法種族と呼ぶのがはばかられる存在だけど、彼らは完全な魔法種族と言って良い。

多分その影響は、色々な形で表れてるはず。

確実に、世界樹の恩恵の成せる業ね。

……多分、そこが重要。

確認の為にも、彼らともっと良く話さなければならないわ。

ふたりの森エルフに先導されて、私は彼らの集落へと向かうのだった。


3


彼らの集落は、世界樹から1km以上離れた場所にあり、世界樹は聖域の中心として、軽々に近付かないよう配慮しているみたい。

彼らは森の恵みを食し、ジェレヴァンナの森のエルフたちとは違い、最初から動物の狩りも禁じてはいないそう。

森エルフが弓の名人なのは、同時に狩猟の達人だからでもあるのね。

ツリーハウスも倒木を再利用して建てた物だと言うし、森を切り開く事無く、食事も住処も手に入れてる訳ね。

そう考えると、ファーランドフィアたちを受け入れた事は、余計に友愛の精神からなのだろうと思えて来る。

と同時に、やはり森の奥へと踏み込ませたく無い、と言う気持ちも理解出来る。

せめて、切り開くなら外縁部に留めて欲しい。そう言う事でしょう。

森エルフと言われて想像する種族とは、何から何まで違って見える。

適切な呼び名なんて思い付かないけど、この子たちはもうただの森エルフなんかじゃ無いわね。

私は案内のふたりに合わせて移動したから、10分ほどで集落へと辿り着いた。

私の格好からして、彼らも気を使っての移動だったと思うけど、道らしい道も無い森の中を10分程度で1kmほどを駆け抜けるのだから、充分早いわよね。

集落に着いてから案内されたのは、少し大きめの木の上にあるツリーハウス。

集会場のようになっていて、今は誰もいなかった。

すぐに古老たちを呼んで来ると、グラゥマシィがひとり出て行く。

その間、デレイラがハーブティーを淹れ木の実をお茶請けとして出してくれて、少し話が聞けた。

「貴女たちは、かなり他の森の森エルフたちとは違って見えるけど、交流とかあるの?」

「いいえ、ありません。その……良くない噂は聞いています。バッカノス王国では、随分粗暴な行いをしているとか。」

「そうね。黄金樹が人間族の手にあるのが気に入らないみたい。でもね、それは守護精霊たるオフィーリアが初代女王と友誼を交わしたからで、オフィーリア自身が認めたもの。言ってみれば、黄金樹の意思に背く行為なのよね。」

「……守護神様は、黄金樹様とも交流がおありなのですか?」

……守護神か。まぁ、闇の神は正しく神だったし、仕方無いかな。

「世界神樹と違って、黄金樹自身に意思なんて無いと思うけど、オフィーリアとは友達よ。……数少ない、1000年の孤独を分かち合える友達。」

「世界……神樹……そのような物があるのですか?」

「えぇ。今は時間が無いけど、貴女たちには詳しく話してあげた方が良いわね。……これも縁でしょう。」

その時、近付いて来ていた気配が、ツリーハウスへと登って来た。

グラゥマシィに連れられて、森エルフの古老5人がやって来たのだ。


「改めまして、ご来訪、心より御礼申し上げます、守護神様。」

古老5人を残して、ふたりは世界樹へと戻って行った。

何をするでも無いと思うけど、世界樹の守り役と言うのは、きっと責任の重い名誉ある務めなんでしょ。

残った古老たちだけど、古老と言っても皆まだ若く見える。

壮年から中高年と言った具合で、物質体は老人のそれじゃ無い。

物質体の衰えは、種族ごとに現れ方が違う。

人間族と同じように、徐々に判りやすく歳を取る方が珍しいのかも知れない。

人間より短命種のグラスランダーは、死の直前まで老化しない。

オーバースーツで弱っていたマックスでさえ、老人のように年老いた姿になる前に、息を引き取ってしまった。

ドワーフやホビットには年寄りが多いイメージだけど、実は髭の所為でそう見えるだけ(^^;

髭を剃ったならば、素顔はまだまだ元気な中高年。

古代竜のドルドガヴォイド、ハイエルフのジェレヴァンナは、出逢った時老人然とした姿だったけど、それこそもう死期が迫っていたからこそ。

魂よりも先に物質体が限界を迎え、その表れとして体だけ老人と化しちゃってたんでしょうね。

神族や魔族の中にも、老人を見た覚えが無い。

まぁ、魔族には、老人の顔をした魔族としてのマンティコア、なんてのはいるけれども(^ω^;

ファーランドフィアやベルガドルテは、70~80歳頃までは中高年止まりで、そこを超えて生きる少数の者たちが老人然となって行く。

魔法種族全般、その傾向があるのかも。

種としての寿命までは体も若々しいけど、そこを超える個体が死に向かって老いて行く。

目の前の古老たちは、まだまだ老人には見えない。

彼らはまだ、種族の寿命を超えていないんでしょう。

「……守護神と呼ばれるのも仕方無いところなんだけど、一応自己紹介しておくわ。私は盗賊系冒険者のルージュ。普段はそう名乗ってる。」

「ルージュ様……高名な人間族の冒険者で、確かあの勇者ライアンの奥方でもあるとか。世界樹の守護神様が世間では黒衣の女と呼ばれておる事は知っておりましたが、そうですか。高名な冒険者で御座いましたか。」

「此度のご来訪、真に喜ばしい限りで御座いますが、何やら世界樹様では無く森に関してお話あるとの事。」

「是非、詳しくお話をお聞かせ下さいませ。」

長老などと言う存在は、何か順番に話さなければならない決まりでもあるのか、なんてセリフをどこかで聞いた気がするけど、古老たちもひとりひとり言葉を引き継ぎながら話して来る(^^;

まぁ、彼らの場合、もしかしたら古老内に序列が無いのかも。

誰かひとり代表を務める者でもいたら、その子が話すんでしょうけど。

「……まず確認だけど、数百年前、貴方たちは森へとやって来たファーランドフィアたちを森へ迎え入れた。間違い無いわね。」

「……はい。そう聞いております。何分父祖の時代の話故、我々も実際に立ち会ってはおりませぬが。」

「どうやら、以前の住処はモンスターに襲われ壊滅したと。傷付いた者も多かった為、最初はその治療と施しのみを行ったと。」

「しかし、住む場所を失い行き場も無い彼らを哀れに思い、森で暮らす事を許しました。」

「とは言え、森の妖精族の暮らし向きは我々と違います。世界樹に近付ける訳にも行かぬと、外縁部への立ち入りに限ると伝えたところ、南側の土地を所望したのでこれを許したと聞いています。」

……まぁ、蜜蜂かな。

「同じように住処を追われた土の妖精族も、話を聞き付けまかり越しました。森の妖精を受け入れ彼らを受け入れぬのは道理が通らぬと、森の妖精と同じように南側に住まうよう言い渡したと言う話です。」

「……ふぅ、やっぱり貴方たちの父祖たちは、聞く限り慈悲深い良い者たちだったようね。」

「?……あの、ありがたいお言葉なれど、何やらお気に召さぬご様子。」

「あぁ、ごめんなさい。別に、気に入らない訳じゃ無いの。それほどの人格者(エルフにはどう聞こえるのかしら(^^;)だったのなら、どうして……とそう思っちゃって。」

「と、申しますと……。」

「……100年ほど前の事よ。ファーランドフィアたちの土地が、立ち枯れを起こした。覚えてるでしょ。」

「えぇ、もちろんで御座います。100年前は、すでに我々も成人し、世界樹様をお守りする役を務めておりましたから。」

「父祖が迎え入れた妖精たちですから、決して無下には扱いません。さすがに、森の奥へ踏み込ませる訳には参りませんから、我々の得る森の恵みを、少しばかりなり分け与える事を約束致しました。」

「その甲斐あってか、彼らは今でも森の南側で暮らしておる由。」

「大事にならずに済んで、良ぅ御座いましたな。」

……はぁ、そう言う認識なのね。

いいえ、ある視点で見れば、そう見えてもおかしく無い……とは思ってた。

彼らにとっては、そう見えてしまうのよね。

「……聞いても良いかしら。貴方方、今おいくつ?」

「は?……えぇと……年齢でしょうか。おぉ、そう言えば、こちらの自己紹介はまだでしたな。これはとんだ失礼を。私は古老のひとりでオーバンド。一番歳上でして、803歳となります。」

ふむ、少し老け始めてるかしら。

「私はモリエンテス、798歳で御座います。」

「私はドガーチ、789歳。」

「私は778歳で、エルスメイルと申します。」

「マーベラテス、777歳の若輩者ですわ。」

エルスメイルとマーベラテスが女性で、他の3人が男性。皆、おおよそ800歳か。

「……本来の森エルフの寿命って、200歳だったわよね。やっぱり、世界樹の恩恵か、貴方たちってもう、普通の森エルフとは違う種族と言って良いわね。」

「……左様で御座いますな。言われてみれば、かなり違っておる由。」

「なるほど。そこまで違っておりましたか。交流も無い為、意識した事は御座いませんでしたな。」

「これもひとえに、世界樹様の恩恵。一層、感謝の気持ちを持って、お仕えして参りましょう。」

「……まぁ、それは良いけど。……つまり貴方たちは、父祖のさらに祖先、精霊界に近しい純血のエルフたちに近い、長命種って事よ。……言いたい事判るかしら。」

顔を見合わせる古老たち。

「申し訳ありません。我々にはさっぱり……。」

「ま、仕方無いわ。私自身、人間だった頃と神になった時との感覚の違いには、戸惑う事もあったわ。……特に、時間感覚。」

「と……申されますと。」

「……100年前のファーランドフィアたちは、決して貴方たちの施しで難を逃れてなどいない。苦しんで、苦渋の決断で種族は割れ、今その時の因縁で争いが起ころうとしてる。」

「そ、そんな事は……。」

「あれからも、妖精たちは平和に暮らしておるとばかり……。」

「現にあぁして、今でも森で慎ましやかに過ごしておる由。」

「苦難の末に、ね。別に、貴方たちを恨んだりもしていないし、援助で助かったのは事実。でもね、森の立ち枯れが収まり、暮らし向きが改善するまで20~30年掛かってる。」

「20~30年……ですか?」

「……どう思った?20~30年なんてあっと言う間。それくらいなら楽に耐えられただろう。そう思った?」

「……。」

「貴方たちが、仮に昔と同じ200年の寿命だったとする。200年分の30年、実りも得られず苦しい生活を強いられると考えたら、それは短い期間かしら。少なくとも、800年生きる貴方たちから見た20~30年とは訳が違うでしょ。」

「おぉ……まさか……そんな……。」

古老たちは、今ようやく話の深刻さに想像が至ったみたい。

「貴方たちが、世界樹の恩恵を独り占めするような子たちじゃ無くって、本当に良かった。100年前だって、彼らに手を差し伸べようとしてくれた。でも不充分だった。貴方たちには、彼らの苦しみが理解出来ていなかった。それにより苦しんだ彼らは、今また苦しもうとしてる。」

「……何と言う事……。」

だから彼らを助けてあげて。本当は、私はそう言いたい。

でも、私がそう言ってしまえば、それは神による命令、指示に他ならない。

神の覚悟を持たない私は、その言葉を呑み込まざるを得ない。そして。

「気になる事は、もうひとつ。ここは世界樹の恩恵を受けし森。しかも、闇の神がその身を分け与えた、言ってみれば神の化身たる世界樹の森よ。一画とは言え、その森が立ち枯れを起こすなんて、ちょっと信じられないんだけど。」

そう、これも気に掛かってたの。

立ち枯れさえ無ければ、そもそもファーランドフィアたちが割れる事も無かったかも知れない。

20~30年もの間、土地が立ち枯れ続けるなんて、どう考えても不自然よ。

「えぇ、その通りですね。本来であれば、あり得ぬ事です。」

「これも、あのワームめが棲み付いた所為。」

「とは言え、あれほどの化け物、我々ではどうする事も……。」

「ワーム?!それってつまり、立ち枯れの原因って……。」

その時、頭の中にヨーコさんの声が響いた。

「ルージュー、ルージュー!大変よー!緊急事態発せー!」


4


「どうしたの、ヨーコさん!?」

「え~と、え~と……とにかく大変なの~!」

う~ん、ひと言で説明しづらい状況、って事かな?

そこで私は、取り敢えず千里眼を飛ばして見た。

すると、会談の場は険悪な空気に包まれてた。

「どう言うつもりだ。ルージュ様の意向を無視して仕掛けて来るなど、正気の沙汰とは思えん。」

「ぬぅ……返す言葉も無いが、我々にそのつもりは無い。これは一部の者の暴走に過ぎぬ。端から戦闘を仕掛けるつもりだった訳では断じて無い。」

「どうだか。ここにこうして私たちが足止めされていれば、戦闘に不慣れな村の者の統制に多少なり影響するだろう。それを見越しての奇襲では無いのか?」

「我々は他にどうしようも無く、この地までやって来たのだ。端から戦争の為に赴いたのでは無い!まだ話し合いの余地がある内から、奇襲など企てん!」

「……どうやら、ベルガドルテの方から攻撃を仕掛けちゃったみたいね。詳しく説明して貰える?ヨーコさん。」

と念話で話し掛ける。

「え?!う、うん。あのね、最初は4人とも緊張してたんだけど、ルージュが用意してくれたお茶のお陰で、少し和んだの。」

うん、そこからか(^^;

まぁ、順序立てて話して貰った方が、判りやすいわね。……もう急いでも仕方無いかも知れないし。

「まずはベルガドルテの方の事情をミスティーが話して、ファーランドフィアの事情をオリヴァーが話して、ベルガドルテの要求を聞きながらどうすれば力になれるか、タッカルトとオリヴァーで検討してた。」

つまり、当初はファーランドフィアとしては協力する姿勢だったのね。

まぁ、私が森エルフと話を付けられれば、ある程度譲歩する余裕が生まれるかも知れないと考えたのかも。

偶発的とは言え、そして私がマイキーを死なせずに済んだとは言え、先に手を出されながら寛容な態度が示せる。

ファーランドフィアも、根は優しい子たち。だけど……。

「それでも、中々簡単に助けてあげられる訳じゃ無いもんね。多分、双方が納得行く答えは出せなかったと思う。でも、もうしばらく様子を見合おうって、そんな風にはなってたの。」

「そこに、最悪の報せがもたらされたのね。」

「うん。結界で誰も入れないから、ひとりの妖精が結界にぶつかって「ぎゃっ」だって。ふふふ。あ、ごめんなさい。今そんな場合じゃ無かった。」

代表者たちが襲われでもしたら台無しだから、しっかりと結界は張っておいた。

その代わり、不測の事態を報せに来る者がいるかも知れないから、音までは遮断しないようにしてある。

「それで、あたしが様子を見に天幕を出たら、そこにファーランドフィアの子がいて、大変だ!村が襲われた!って。」

「……はぁ、タバルの言った通り、一部の者……中毒者が我慢出来無かったのかもね。」

和平会談の裏で戦端が開かれた。これはもう、致命的。

「……私たちは、決して戦いは望まない。しかし、攻撃を受けながら成すがままでいる訳にも行かない。残念だが、交渉は決裂だ。」

「待って下さい、父上。確かにこちらが攻撃を受けたのは事実かも知れませんが、一部の者の暴走かも知れないと言っています。まずは状況の確認をしてから……。」

「必要無いぞ、若いの。例え暴走でも、攻めてしまったのは事実だ。戦端は開かれた。こうなれば、こちらとしては勝たねばならぬのだ。一族の存亡が懸かっている。」

「お待ち下さい、父上!向こうはただ村を守りたいのです。暴走した者を諫め攻撃を中止すれば、無用に争いを拡大しないで済みます。」

「悪いね、お嬢さん。それでも、この攻撃で犠牲者が出ていれば、村の者も黙ってはいられないだろう。もう遅いのだよ。」

「ふん、意見は合うようで残念だよ。そうだ、もう遅いのだ。やるからには、勝たねばならんのだ!」

睨み合い、後、踵を返し天幕を後にする村長と族長。

「お待ち下さい!」それぞれの父親を制止するも、その声は届かず取り残される息子と娘。

「悪いわね、貴方たち。少し向こうで状況が動いたの。ちょっと行って来るわ。」

「え!?行って来るとは……。」

森エルフの答えを待たず、私は天幕内へと転移した。

「残念な展開になったけど、まだ諦めないで。」

そう声を掛けると、ミスティーとオリヴァーがこちらを振り返る。

「ルージュ様!」「ルージュさん……。」

あぁ、ちなみに、転移前に小人化したわよ。天幕小っちゃいから(^^;

「話は聞いてたわ。貴女たちも、お父さんたちも、気持ちは一緒だと思うわ。でも、お父さんたちは、責任ある立場だからね。何もふたりとも、戦争がしたい訳じゃ無い。それは確かだと思うの。」

そう、ヨーコさんに聞いた限り、会談そのものは悪い流れじゃ無かった。

事件さえ無ければ、少なくとも次には繋がったはず。

「貴女たちは、お父さんの説得を続けて頂戴。それから、それぞれの種族の中にも、戦いに反対の者たちはいるはず。……いざと言う時の為に、そっちもまとめておいて貰えるかしら。……意味はお判り?」

「……えぇ、そうよ。私たちは、ファーランドフィアとベルガドルテと言う別々の種族なんかじゃ無いのよ。いざとなったら……。」

「なるほど……。判りました。えぇと、ミスティー……さん。同族で争い合うなんて馬鹿な事、私たち若い世代で止めましょう。」

「オリヴァー……えぇ、そうね。私たちは、とうに覚悟は出来てる。生き延びる為の最善の方法は、何も戦争とは限らない。」

私は先の言葉に、ふたつの意味を含ませたつもり。

血で購う事も出来るし、一族に背を向ける事も出来る。

どちらにせよ、意見が近しい者たちで集まる必要がある。

数は力よ。どのように用いるにしても。

「ミスティー、それを持って行きなさい。」

私は念動で、蜂蜜が入っていた瓶をミスティーに持たせる。

「症状の重い者を抑えるにも、ある程度打算的な者を釣る為にも、色々使えるでしょ。」

「はい。ありがとう御座います。ルージュ……様。オリヴァー……気を付けてね。」

「あ、あぁ、ありがとう。……ミスティーも気を付けて。」

親たちとは違って、見詰め合った後、ふたりは天幕を後にした。

元は同じファーランドフィア同士。

それぞれの集落にはいなかった運命の相手と出逢う、なんて事も、充分あり得るわよね。

ミスティーは美人だし、オリヴァーは好青年だし。

愛は強い力になる。それは私が一番良く知ってる。

このふたりが懸け橋になるなら、まだ希望はあると思う。

「ヨーコさん、貴女はマイキーの様子でも見に行ってあげて。出来るだけ、戦闘規模は抑えておきたいから、出来ればマイキーを通してファーランドフィアたちに自制を促して。」

「え、うん、判った。ルージュはどうするの?」

「……取り敢えず、戦場を見て来る。彼ら自身が始めてしまった以上、介入して戦闘を止めるつもりは無いけど、出来れば犠牲者は少なく済んで欲しいから。」

私には、まだ決断を下す、覚悟を決める材料が不足してる。

未だどちらに付くとも決められない私は、彼らの行動を尊重するしか無いのよ。


アストラル感知で戦場を特定し、即座にそこまで飛んで行った。

数で言えば、ベルガドルテ50ほどに対し、ファーランドフィア100と言った規模。

思ったより村から離れた場所で会敵したらしく、完全に森の中での遭遇戦。

そもそも戦闘的な種族では無いので、木々を盾に比較的消極的な小競り合いに終始してるから、まだ犠牲者の数は少ないみたい。

……そう、死傷者がいない訳じゃ無い。

奇襲を仕掛けたベルガドルテ側の一部が突出し、返り討ちに遭ったみたいね。

死傷者の数は、ベルガドルテ30程度、ファーランドフィア10程度。

元々の戦力差は今ほどでは無かったようだけど、突出した……多分禁断症状の非道かった者が無理な特攻で命を落とし、巻き添えでファーランドフィアにも犠牲が出て、現在は小康状態へと移行しつつある。と言った具合かしら。

……仮に今戦闘が終わり、私が蘇生を試みても助からない者はベルガドルテ8、ファーランドフィア3……時間が経てば、成仏しちゃって他の者も助けられない。

村長と族長が帰還して間も無いから、すぐに戦闘が終わるとも思えない。

悪いけど……この戦闘での犠牲者たちは、助けられそうに無い。

これで完全に、遺恨が出来上がり。

一族全てが同意しての休戦、及び交渉再開は、もう不可能ね。

……これが、蜂蜜の所為だとすれば、笑えないわよ。

「……ヨーコさん……私、取り敢えず花畑にでも行ってるわ。」

「え?どうしたの、ルージュ?」

「……残念だけど、もう犠牲者が出てる。戦争は止められない。……私は……どうすれば良かったんだろう。」

「ルージュ……。」


5


私は、あの花畑まで移動して、適当な場所に座り込んで空を見てた。

花畑になってるから、ここら一帯は木々が途切れてて、空が良く見える。

花畑には、ファーランドフィアの自警団員たちもいた。

さすがにもうベルガドルテが戦略的価値の無い花畑なんか襲って来ないだろうけど、一応念の為。

だから、自警団の中でも特に戦闘経験に乏しい若い子や、歳を取って戦力としては落ち目の年嵩の者が、合計10人ほど。

彼ら自身はやる気満々なので、今も花畑の周囲を熱心に歩哨してる。

あぁ、気になったから聞いてみたのよ。何故彼らは普段、飛ばないのか。

その見た目通り、蝶々のようにひらひら飛ぶから、あんまり速度は出ないみたい。

移動する事を考えると、歩いた方がよっぽど早いのだとか。

その場で浮き上がる感じなら、便利な能力なのだと言う。

これは当然、ベルガドルテも一緒。

道理で、先の遭遇戦も、空中戦になっていなかったのね。

エルフほど腕は達者じゃ無いし、サイズが小さいから威力も低いのだけれど、彼らも弓は扱える。

ひらひら舞っていたのでは、良い的な訳ね。

ちなみに、風の精霊の加護を用いるので、質量の小さいフェアリーサイズの矢でも、ちゃんと射る事が出来るそうよ。

そんな取り留めの無い事をぼーと考えてると、ヨーコさんが村の方から飛んで来た。

ヨーコさんはファーランドフィアとは違って、風を切るようにして結構な速度で飛んで来る。

そして私の周りをひと回りしてから、肩の上に座った。

「どーしたの?ルージュ。元気無いね。」

……確かにね。ちょっと気分が落ちてる。

「……後悔してる?」

「……そうね。そうかもね。……神がどうとか、力の責任がどうとか、そんな事を考える前に、まず助けちゃってからその後の事を考えてたら、犠牲者を出さなくて済んだと思う。」

「……うん、そうかも知れない。でもさ、誰を助けるべきか、誰に力を貸すべきか、見極める必要はあったでしょ。」

「……うん。」

「妖精族のあたしが言う事じゃ無いけど、妖精たちが実際に……死ぬところを見て、感傷的になっちゃったのかな。死、そのものなんて、有り触れてるし慣れてるはずでしょ。」

「……うん。小っちゃな妖精たちが殺し合う姿は、ある意味新鮮だったかも……。」

実際、血生臭い戦場で、フェアリーなんて見掛けない。

フェアリー同士の殺し合いなんて、初めての経験……1000年以上生きて来て。

「判らなくも無いけど……判ってもいると思うけど、それはある意味、フェアリーへの偏見。馬鹿にしてるわ。あたしたちだって、他の生き物と変わらないんだから。」

「ごめん……。」

「どーしたの、ルージュ。やっぱり、ちょっと変よ。」

「……今回、色々考え過ぎちゃって、自分でも良く判らないの。でも……クリスティーナだったら……あの人・・・だったら、犠牲者を出さない事を優先したんじゃないかって……そんな事考えちゃって、ね。」

「ルージュ……。」

理屈で言えば、力の責任を負ってる以上、やっぱり軽々な判断、行動は出来無いわ。

でも、最終的な判断は、自分の気持ちに従う、とも決めてる。

どうしたら良いか悩む内、つい……ライアンだったらどうしただろう、そんな愚にも付かない事を考えちゃった。

彼は優しいから、皆を助けたいと思うでしょう。

どうすれば、皆を助けられたのかな?

「……確かに!クリスたちなら皆を助けよう、って思ったと思うわ。でもね、クリスたちは勇者なの。ルージュは違うでしょ。ルージュは神様よ。クリスの力の責任と、ルージュの力の責任は、全っ然重さ、違うんだから!間違ってないよ、ルージュ。」

「ヨーコさん……。」

私は、間違った判断で、妖精たちを死なせてしまったかも知れない。

これが正しかった、なんて自信を持って言える判断なんて、全然下せない。

でも、それでも、ヨーコさんだけは、私を認めてくれる。

間違ってない、って言ってくれる。

「ありがとう。やっぱり、ヨーコさんがいてくれて、本当に良かった。」

「うん、当然よ。私はルージュの相棒なんだから。」

「まだまだ何も解決してないしね。落ち込んでる場合じゃ無いわね。」

「うん。やる事はいくらでもあるわ。それで、ルージュ。森エルフの方は……。」

「ぐわぁあああーーーー!」

その時、花畑の東側から苦鳴が上がった。

そちらには、ファーランドフィアの自警団たちがいたはずだった。


つづく

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