第九巻(特別編)「ポケットの中の戦争」
第一章 It's a Small World
1
その日は珍しく、私とヨーコさんは別行動を取ってた。
ふらりと立ち寄ったとある森で、ヨーコさんがナンパされたからよ。
まぁ、ヨーコさんにその気は無かったみたいだけど、一所懸命な若い男の子にほだされて、少し一緒に遊んであげる事にしたみたい。
ただ、その男の子は、私の事は招待してくれなかった。
近くに森の妖精族の村があって、その子はその村の子なんだけど、同じ妖精しか入れない、なんて言い訳してた。
それじゃああたしも行くのよそうかな、なんてヨーコさんは言ってたけど、その子が可哀想だから、私が一歩引いてあげた。
「良いから行ってらっしゃい、ヨーコさん。私は、そこら辺を、適当に散歩して来るから。」
そう言って、ぱっと転移して姿を消した。
本気で隠れた私の事は、ヨーコさんでも見付けられない。
観念して、ヨーコさんはその子と一緒に村の方へと飛んで行った。
さて、私の方はどうしようかな。特に、目的があった訳じゃ無し。
……そうね、私は世界樹の様子でも見に行ってみましょうか。
実は、この森にも世界樹が存在してる。
ただ、闇の神がその身を削り、活性化してあげた表アーデルヴァイトの世界樹たちは、基本的にわざわざ手を掛けてやらなくても壮健そのもの。
しかも、確かこの森には、世界樹の守り人を自称する森エルフたちが住んでたはず。
だからあれ以来、遠目から気配を確認はしても、直接触れる距離まで近付いてはいなかった。
この機会に、直接触れて、森エルフたちとも会っておこうかしら。
そんな事をぼんやりと考えながら、私はその辺をただぷらぷらしてた。
え~と、多分午前中にナンパされて、お昼を挟んで2~3時間、無目的にその辺を歩いてたはず。
だからまだ昼下がりだと思うけど、いきなり緊迫した声が頭の中に鳴り響いた。
「ルージュー!ルージュー!お願い!助けて!」
ヨーコさんからの念話だ。緊急時にしか使わないけど、ヨーコさんとも魂の回廊は繋がってるから、いつでも念話で会話する事が出来る。
「どうしたの、ヨーコさん?何かあったの?」
「どこ?今どこにいるの?」
私は、少しだけ気配を開放する。
普段から力や神の気を抑える生活してたから、今では無意識だと、まるで力無き人間のような気配しか発してなくて、たまにヨーコさんも私を見失う事がある。
「あ、いた!すぐ近くー!」
そうして、10秒と掛からず、ヨーコさんが慌てて飛んで来る。
私はすぐに駆け寄って「ヨーコさん!何があったの?」。
「あ、あのね、あのね。さっきの子、マイキーって言うんだけど、マイキーを助けてあげて!死にそうなの!」
どうやら、緊急事態みたいね。
さっきの子の名前はマイキー。それが判れば場所も判る。
私は空間感知を展開すると、1kmほど西へ行った辺りでマイキーの名を発見。
「行くわよ、ヨーコさん。」「うん!」
ヨーコさんが私に触れてから、ふたりでマイキーの許へと転移した。
転移した場所は、一面の花畑だった。
ここでデートと洒落込んだ訳ね。中々粋じゃない、マイキー。
で、そのマイキー。見れば胸から背中に掛けて、槍が突き抜けてた。
息も絶え絶えで、「な、何だ。戻って来たのか……。に、逃げろ。俺は、俺はお前の事、皆にお嫁……。」
ガクッ、とくずおれるマイキー。
「マイキー!」
「……大丈夫よ、ヨーコさん。気を失っただけだから。」
私は状態を確認してすぐ、ヒールで傷を癒しながら槍を抜き去り、さすが世界樹のある森だけに、地表に程近い場所を龍脈が走ってるから、大地の生命エネルギーでマイキーのアストラル体を活性化。
死と言う属性が付かないようにした上で傷を治して、念の為オフィーリアの祝福を施しておいた。
いくら精霊に近い妖精族とは言っても、物質界で物質体を失う形で死を与えられれば、精霊界へ帰還出来ずに死者の国へ召される事になるわ。
いくら近しくても、精霊と妖精は違う種族だからね。
それに……このマイキー、明らかにヨーコさんとは違う種族よね。
最初に会った時、森の妖精と名乗ってたけど、多分それは森に住む妖精族と言う分類上の名称で、種族としては花の妖精とは別種のフェアリーに見える。
まず、羽がヨーコさんのように透き通った羽では無く、蝶々の羽に似てる。
額には、蝶々の触覚に似たものも付いてる。
そして、服を着てる……もしかして、ヨーコさんの格好に欲情しちゃったとか?(^^;
花の妖精であるヨーコさんは、裸じゃ無いんだけど光のヴェールのようなものを薄絹のように纏ってるから、ボディラインがはっきり見えるのよね。
それが美しくて魅力的なんだけど、マイキーの種族が普段から服を着てるなら、ちょっと煽情的な格好に見えるかも。
「……ルージュ~。マイキー、大丈夫なの?」
「えぇ、大丈夫よ、ヨーコさん。まだアストラル体も抜け出てなかったし、傷も治したから、その内意識を取り戻すでしょ。」
「そっかぁ。良かった。ありがとね、ルージュ。」
「ううん、良いのよ。ヨーコさんのお友達だもんね。」
「う、うん。そう。お友達。」
うん?ヨーコさんも、悪い気はしてなかったみたいね。
そりゃそうか。じゃなきゃ、付いてかないわよね。
「……それにしても、槍で胸を貫かれる、って言うのは、ただの怪我じゃ無いでしょ。一体、何があったの。」
「うん……実はね……。」
そうしてヨーコさんが話してくれたのは、大分剣呑な内容だった。
ふたりが花畑できゃっきゃ追い駆けっこをしていたところに、完全武装のフェアリーが3人ほど現れた。
種族はマイキーと一緒のようで、背中には蝶々の羽、兜からは触覚も出てる。
見た目は、槍を手にしたフルプレートアーマーの騎士風なんだけど、マナに乗って空を飛ぶとは言え、妖精サイズでも本物のフルプレートだったら多分飛べなくなる。
材質が違うか、かなり薄く作られた物で、その防御力は大した事無さそう。
この辺は、私と一緒に各地を転戦して来た、ヨーコさんの見立て。
フルプレートだから顔は判らなかったけど、マイキーは多分知らない相手だと判断した。
そんな物騒な出で立ちの仲間なんて、ひとりもいないから。
何より、その3人は最初から槍を構えて、じりじりとにじり寄って来た。
そんな風に、敵意を向けてくる相手に覚えは無い。
ヨーコさんには、異様な緊張感を持ってると感じられたそうよ。
それなのに、マイキーが不用意に「誰だ、お前ら。良いとこなんだ。邪魔すんなよ。」と軽口を叩きながら、槍の穂先を手で叩いてしまった。
……まぁ、平和に暮らしてたから危機感が薄かったのと、ヨーコさんに良いとこ見せたかったからでしょうね。
むしろ槍を手に緊張してた相手の方が、それで糸が切れてしまった。
思い切り槍を突いて来て、それを何度かは躱したマイキーたったけど、躱し損ねた一撃を胸に受けた。
生まれて初めて槍で突かれたマイキーも驚いたけど、多分こちらも生まれて初めて生き物を傷付けた相手は、槍を放り出して逃げ出した。
他のふたりはまだその場に留まり逡巡してたけど、一刻を争うと判断したヨーコさんはそのまま私の許へと飛んで来た。
そして駆け付けてみれば、すでに相手の姿は無く、息も絶え絶えのマイキーだけだった。
……これは喧嘩じゃ無い。
相手は完全武装の兵士と言って良い。
でも、マイキーの様子だと、日常的に争う相手がいた訳じゃ無いみたい。
となれば、この森に、マイキーたち森の妖精族の村に、誰かが侵攻を始めた、と言う事かしら。
相手の態度からすれば、ただの斥候だったはずが不慣れな戦場で不用意に仕掛けてしまった、と言う事かも。
そうだとすれば、相手も戦いに慣れた侵略軍とも思えない。
平和そうなお花畑の真ん中で、私たちは不穏な空気を感じざるを得なかった。
2
「う……ううん……。」
あれから小一時間、ようやく意識を取り戻すマイキー。
「……ここは
ちなみに、アーデルヴァイトには天国も天使もいないから、この部分は日本語に自動翻訳されてるだけね。
天国は死者の国だし、お迎えなんていないから、死者の国の場合死者の番人である獄卒になるのかしら?
「……良かった。ほんとに心配したんだから。」
マイキーを膝枕しながら、泣きそうな顔で笑うヨーコさん。
「……、……ごめん。」
さすがに、軽口で返せないマイキー。
ばつが悪くなったマイキーは、寝返りを打ってヨーコさんから視線を外す。
「わっ!……な、何だ、お前か。何でここにいるんだよ。」
私と目が合ったマイキーは、吃驚して膝枕から体を起こした。
「何言ってんのよ!ルージュが助けてくれたのよ!ルージュがいなかったら、あんた死んでたんだから!」
ぷんすか怒るヨーコさん。
マイキーよ、連れも大切に扱わないと、女の子に嫌われるわよ。
「う……、そ、そうか……。それは……ありがとう。助かった。」
「どういたしまして。……それで、詳しい話を聞きたいんだけど、もう体、大丈夫?」
「ん?」と、自分の体をあちこち確かめて「あぁ、大丈夫みたいだ。……服に穴は開いちゃったけどな。」
「それで済んだのも、ルージュのお陰だからね。感謝して、ちゃんとルージュにも優しくして。」
「わ、判ったよ、ヨーコ。……思ったより、気が強いんだな。」
「何?」「い、いや、何でも無い、何でも無い。」
ふふ、仮に上手く行っても、尻に敷かれそうね。
「改めまして、私は盗賊系冒険者のルージュよ。よろしくね、マイキー。」
「冒険者?その格好でかい?ふ~ん……、ま、良いか。俺はこの先に住んでる、森の妖精族のマイキーだ。よろしくな、ルージュ。」
私はマイキーの小さな手を取り、握手を交わした。
「それで、襲って来た相手に覚えは無いの?ヨーコさんが私を呼びに行った時、まだふたりほど残ってたんでしょ。」
「う~ん……、ありゃ、どう見ても同じ森の妖精なんだけど、あいつらの事は知らないはずだよ。他にこの森には、東の隅っこに土の妖精族も住んでるけど、あいつらはフェアリーだけど羽を持たない空を飛べない変わり種だから、明らかに違うし。」
へぇ、土の妖精と言えばドワーフやホビットが有名だけど、掌サイズの土の妖精族もいるんだ。
さっきの妖精たちは、蝶々の羽と触角を持つ、マイキーと良く似た種族のはずだから、確かに違うみたいね。
「……そう言えば、先に攻撃したから怒られる、って言いながら逃げてったな、あいつら。」
……どうやら、斥候と言うより先遣部隊だったのかな?
どれ、軽くアストラル感知を展開。
……、……、……森の北の方に、森エルフの気配。
すぐ傍に500人ほど確認出来るのが、マイキーの村ね。
そして森の外、南側に300人ほどの集団を確認。
どちらも、マイキーと似た気配だから、森の妖精なんだろうけど……。
「ねぇ、マイキー。貴方の村って、人口どのくらい?」
「人口?……あぁ、村人の数か。500人くらいって聞いてる。村が狭くなって来たから、どうしようか、って話し合ってるんだ。」
ふむ、当然南側の300人は、村人では無い訳ね。
「マイキー、すぐに村へ行きましょう。森の外に、300人規模の集団を確認したわ。その300人がさっきの連中の仲間なら……。」
「!……それって、村に攻めて来るかも知れない、って事だな。大変だ!」
そう叫ぶと、大慌てで飛び上がり、マイキーは村の方へと飛んで行った。
「行こう、ヨーコさん。これも何かの縁。取り敢えず、少しの間見守りましょう。」
「うん、判った。まずは、何がどうなるのか、もう少し様子を見てからね。」
私とヨーコさんは、私たちが人々と関わる事の意味を理解してる。
私がその気になれば、その300人を一瞬で全滅させる事なんて容易い。
でもそれは、事情も知らずに軽々に判断して良い事じゃ無い。
力には責任が伴う。
で無ければ、私は私の恣意的な判断で世界を滅ぼす、破壊神にだってなれる。
神とは言え、私には感情がある。
最後には、私は私の気持ちに従う。
だけど、その決断を下す為には、まずちゃんと知る事が肝要。
この森でこれから起ころうとしている事態を、出来るだけ正確に客観的に、知らなければならないの。
私たちは、先に飛んで行ったマイキーを追って、森の妖精族の村へとやって来た。
村は一応木の柵で囲われてるけど、彼らは空を飛べるし、そもそも襲って来る者などいないから、あくまでここからここまでが村ですよ、と言う境界線に過ぎないんでしょ。
そして、村の敷地内には小さな木造の家々が立ち並んでおり、樹上生活では無くちゃんと家を建てて住むスタイルみたいね。
思えば、花の妖精たちは気ままにモーサント中で遊び回り、勝手に寝たいところで寝てたから、花の妖精族の家、なんて無いのよね。
ヨーコさんから聞いた範囲だと、花の妖精はかなり精霊に近い妖精だから、森の妖精族の方が、物質界に縛られた妖精族としてはスタンダードなのかも。
それにしても、エルムスや裏アーデルヴァイトとは反対に、妖精たちのお家が小さいから、ここではガリバーになった気分ね。
気を付けないと、怪獣みたいに家々を壊してしまいそう。
私は大通りを選んで柵を飛び越え、村の中へと進む。
すると、中央付近、広場になっている場所に大勢が集まっていた。
「お~い、こっちだ、こっち!お前たちも証言してくれ!」
と、マイキーが元気良く手を振って、私たちを呼んでる。
……そうね。そう言えば、私が治しちゃったから、マイキーの傷なんて服の破れだけだし、ぱっと見緊急性を感じないかも。
その上、もしマイキーが普段からお調子者だったりしたら、その言葉をすんなり信じて貰えないのかも(^^;
「に、人間?!」「この森に人間が?!」「あれ?でも、見慣れない妖精を連れてるぞ。」
広場に集まった森の妖精たちが、私たちを見付けてざわざわと騒ぎ出す。
集団を前にしてみると、花の妖精との違いが際立つわね。
一番の違いは、皆地面に立ってる事。
おかしな言い方かも知れないけど、花の妖精たちは皆落ち着き無く、そこら中を飛び回ってたからね。
ヨーコさんも普段、私の肩に留まったりはするけど、基本的には自由に飛び回ってるもんね。
森の妖精たちも、多分その羽は飛ぶ象徴であって、実際にはマナに乗って飛ぶはずだけど、花の妖精ほど得意では無いのか、性格の問題なのか。
飛び回らずに人のように立ってたむろしているから、余計に小人の世界に迷い込んだ感覚になるわ。
すると、ひとりの老いた妖精が宙へ浮き「鎮まれ。」と周囲を一喝する。
声を張り上げるでも無く、ただ静かな声での一喝に、しかし周りの妖精たちは素直に静まり返った。
「儂は、この村の長老を務めるオーキンスト。今マイキーから話を聞いたところだ。本当であれば由々しき事態。ふざけておる場合では無い。」
……少し、引っ掛かる物言いね。
何か思い当たる節がある、そんな風に聞こえる。
他の妖精たちと、受け止め方の真剣度が端から違う感じ。
私は、そっとお願いして、周囲にいた風の精霊に広場を巡って貰う。
少し強い程度のそよ風が広場を吹き渡り、妖精たちは風の精霊の動きを目で追ってる。
広場を一周した風の精霊は私に触れてから、一度上空へと舞い上がってどこかへ消えた。
「……良かった。さすがに、妖精族なら風の精霊も視えるわね。今私は、風の精霊にお願いして広場を一周して貰った。それはつまり、私は魔法を操れると言う事よ。マイキーが何をどう伝えたかは知らないけど、本当よ。彼の傷は、私が魔法で癒した。もし少しでも手当てが遅れてたら、彼は死んでたかもね。この槍に串刺しにされたんだもの。」
そう言って、私は花畑から持って来ていた、マイキーの胸を貫いてた槍を放り投げた。
「ひっ……!」「そんな……。」「ほ、本当に……。」
私が放った槍には、まだマイキーの血がこびり付いてる。
長老の顔色を窺ってみたけど、槍には見覚え無いみたいね。
槍から何か判るかも知れないと思って持って来たんだけど、襲撃の証拠にしかならないみたい。
「長老様。敵は完全武装の兵士で、多分先遣部隊。その口振りから、本当は先に使者でも送るか、宣戦布告をしてから攻めて来るつもりだったようよ。一応、今はまだ森の南側にいるけど、すぐに守りは固めた方が良いと思うわ。」
「そうか……。すでに
ふ~ん、マイキーの言う事を皆は半信半疑なのに、すでに迎え撃つべく動き出してるなんて、やっぱり何か心当たりがある訳ね。
上層部には、すでに使者が来てた?
ううん、それならとっくに戦力を調えてるか。
どう言う事かしら。
「それで、お嬢さん。貴女は一体、何者なのかね?」
「あら、それはマイキーから聞いてないの?私は、冒険者のルージュ。こっちは花の妖精のヨーコさんよ。」
「ルージュ……聞き覚えがあるな。それにその格好、黒衣の女か。噂は聞いてる。」
「あら、どんな噂かしら。」本当に、どんな噂?
思えば、この格好でもう何百年も世界中を渡り歩いてる訳だから、長老が言ったような“黒衣の女”なんて噂が広まっててもおかしく無いのよね。
方々で盗賊系冒険者ルージュと名乗ってはいるし、世界樹周りで目撃される事も多いと思うけど、噂の中身はどんなかしら。
「貴女が力ある存在ならば、力を借りる事があるやも知れぬ。出来れば、場所を変えてもう少しお話したいのだが……構わないかね?」
「……喜んで、お呼ばれしますわ、長老様。」
そうして私たちは、長老にもう少し詳しい話を聞く事にした。
3
私たちは、長老宅へと場所を移した。
あぁ、もちろん、そのままじゃ私は長老の家の中になんて入れないわ。
アストラル体になっても良いんだけど、この体を本体としてからは、アストラル転移の時以外、基本的には外に出ないようにしてる。
まだ俺流不老不死継続中の頃は、意識的に外に出てたけど、神々の慟哭以来、もう私の体はこれが本体だし、アストラル体も体と一致しちゃったからね。
大切な体からあんまり離れないように、気を付けてるの。
ではどうしたのかと言うと、小っちゃくなっちゃった(^^;
さすがに、リダクションは有機体に使うには不向き。
今の私なら、リダクションで体を縮めた結果だけを発現させる事も出来るけど、それよりもっと相応しい魔法があるから。
それが、トランスフォーム(変身)の一種で、そのまんま小人化よ。
エルムスでダヴァリエと手合わせする前、お前は大きくなれないのか?と聞かれたわ。
それで、体を大きくしたり、何だったら小さく出来ても便利だと思って、魔導書に当たっておいたの。
まぁ、ほとんど幻みたいな状態から、ちゃんと質量を伴う巨大化縮小化まで、魔法の性質には段階があるのだけど、今の私は完全な変身として使える。
変身と言うくらいだから、姿も変えられるんだけどね。
でも今は、単に小人と化して、ヨーコさんと同じ背丈まで縮んでる。
長老宅にお邪魔するだけだから。
「……それにしても……、貴女は一体……。」
と、お茶を手ずから淹れながら、呆然としたように呟く長老。
ここからの話はあんまり周りに聞かれたくないので、お邪魔したのは私とヨーコさんだけ。
「……盗賊系冒険者、と名乗ってるけど、と同時に魔導士なのよ、私。」
長老の入れたお茶で唇を湿らせながら、そう答えた。
「それで、そちらのお話はどんなお話かしら。こちらにも聞きたい事があるから、先に聞かせて貰えるかしら。」
「……黒衣の女、冒険者ルージュ、どちらも、超常的な力を持つ、人間でありながら超越種にも並ぶ特異な存在と言われております。そう言えば、あの神々の慟哭で有名な勇者ライアンの妻だと言う噂も御座いますね。」
噂は所詮噂……とは言うけれど、この噂は全部本当ね。
ただ、今の口ぶりだと、さっき会うまでは黒衣の女とルージュは別人だと思ってたのかも知れないわね。
むしろ、わざわざ名乗る機会の方が少ないから、今では黒衣の女と言うオカルトじみた噂話の方が、人々の間に広まってるのかも。
「それほどのお方であれば、これも何かの縁。どうか、侵略者の手から儂らの村を救っては貰えまいか。もちろん、出来得る限りの礼は致します故。」
……まぁ、当然の反応ね。
私がただの旅の冒険者や傭兵だったとしても、力を借りようとは考えるわよね。
その上、有名な強者であるなら、渡りに船だわ。
それこそ、私がいち冒険者であったなら、悪人に人権は無し!と侵略者を喜んで殺しまくったかも知れない(^^;
……昔の私ならね。
「……長老様、貴方は侵略者に心当たりがあるんでしょう?わざわざ場所を変えたのは、答えてくれるつもりがおありだから、だと思うんだけど。」
「……、……、……。」
押し黙って俯いてしまう。
けど、それはつまり、話すのに覚悟がいる、と言う事であって、話す気が無い、と言う事じゃ無いのよね。
ふぅ、と息を吐いて。
「……そちらのお嬢さんは、一緒で問題無いのですね。」
「あたし?えぇ、一緒に聞くわよ。あたしはルージュの連れだし、口だって堅いわよ。」
「付け加えると、彼女、元花の妖精族の女王様よ。下手すれば、彼女ひとりでも300人の敵を倒せる猛者なの。」
「え~!?それは無理じゃない?あたし、全然強く無いわよ。」
ヨーコさんは謙遜してるけど、実はヨーコさん、当然のように当然の如く、壁の先まで到達してる超越者のひとりよ。
さすがに、肉体的な強さはLv.50を越えても並みの人間より弱いけど、彼女の特性は魔法。
彼女の魔力が作り出す防御壁を突破する攻撃なんて、それこそ超越者で無ければ放てない。
物理的にはLv.10程度の人間族の戦士の一撃でKOされちゃってもおかしく無いけど、その攻撃がヨーコさんに届く事は無い。
その上、高速で宙を飛び回り、精霊界側にズレる事も出来て、戦うのが好きじゃ無いから普段使わないけど、高位の精霊魔法で攻撃する事だって出来る。
ヨーコさんは、例え小っちゃくて可愛らしくても、並みの神族魔族なんて足元にも及ばないような大妖精なのよ。
多分、物質界に縛られた森の妖精たちでは、精霊界側にズレる事すら出来無いんじゃないかしら。
ちなみに、何百年か前に戦った、あの百目鬼の権能を持つ人間たちの攻撃は、亜空間を使ったものだったから、ヨーコさんにとっても危険だった。
だから念の為、精霊界側にズレて貰ったりしたわね。
……もう皆死んじゃったけど、懐かしいわね。
「……どうしたの、ルージュ?また何か考えてる?」
「え?あぁ、違うのよ。ちょっと、昔の事を思い出しただけだから。それで、長老様。お話の続きなんだけど。」
「……はい、判っております。貴女様ほどの方に、下手な隠し立てはせぬが上策、と思いましてな。お話を聞いて貰おう、とは思ったのですが……少し、後ろめたさもありまして。」
後ろめたさ、ね。どうやら、先に使者が来てたとか、そんな話じゃ無さそうね。
多分きっと、もっと過去から続く因縁、かな。
「……まだ儂が、子供の頃の話で御座います……。」
長老の話を整理する前に、まずは彼らがどんな種族なのかを説明すると、俗に森の妖精と呼ばれてるけど、種族としてはファーランドフィア族。
蝶々に似た羽と触角を持つフェアリーで、始祖が住んだ森の名がファーランドフィアだった事が種族名の由来。
寿命はおよそ100年だけど、魔法種族だからあんまり老化せず、多くの者は70~80歳くらいで亡くなる。
一部、100歳を大きく超えて生きる者がおり、長老は現在100歳を少し超えたところ。
そんな長老の話は、彼がまだ子供の頃の、この森から始まる。
ここは緑豊かな森で、それは森の中心にある世界樹の恩恵と言われてる。
ファーランドフィアたちは、遡る事数百年前、森エルフの許しを得てこの森の外縁南部に居住を許された。
同様に、土の妖精も森の外縁南東部に住み着き、その生活様式や行動半径などの違いによって、比較的ファーランドフィアの方が大きく土地を占有して来たけど、空を飛べない土の妖精たちは大きな土地を求めず、争いになった事は一度も無い。
何より、森エルフの機嫌を損ねては森を追い出され兼ねないので、妖精たちは静かに暮らしていたそうよ。
まぁ、私の知る森エルフたちは、黄金樹を巡ってバッカノス王国と争う好戦的な種族なんだけど、この森の森エルフたちは、世界樹の守り人を自称してるくらいだから、バッカノス王国の森エルフとは違うと思うのよね。
そもそも、神聖な森に、外縁部とは言え住む事を許すくらいだもの。多分、それなりに心の広い者たちのような気がするわね。
そして、今からおよそ100年前、それは始まった。
ファーランドフィアたちの土地が、立ち枯れ始めた。
それは急速に進み、明らかに異常だった。
ファーランドフィアの土地全てとは言わないけど、その多くが巻き込まれ、そのままでは住み続ける事は困難な状態に。
だけど、森エルフはさらに森の奥へ移住する事は許さず、土の妖精たちはそもそもファーランドフィアよりも小さな土地で慎ましやかに暮らして来たので、ファーランドフィアを受け入れる余裕など無かった。
「……、……、……。」
そこで一度、長老は深く沈黙した。
ここからが、彼が後ろめたさを感じる理由へと繋がる部分。
ファーランドフィアは割れた。
森エルフは森への立ち入りを認めなかった、土の妖精も受け入れてはくれなかった。
だけど、少しばかりの援助は約束してくれたし、土地の全てが立ち枯れた訳では無い。
ここは自分たちの新たな故郷なのだから、耐え忍んで村を守って行こう。
そう主張する者と。
このままでは生きては行けない。
数百年前と同じように、新たな土地を求めてこの地を去ろう。
そう主張する者とに。
長老たちは、この土地に残った者たち。
つまり、同じファーランドフィアだけど、この土地を去った者たちもいた。
今迫って来ている集団は、もしかしたら分かたれた兄弟たちなのかも知れなかった。
「……それに対し、後ろめたい、と言う事は。」
「……はい。受け入れる訳には行かないのです。」
「ど~して?確かに、一番大変な時に出てっちゃった人たちだけど、仲間なんでしょ。」
「……それはそう……なのですが。」
「問題は、すでにこの土地も、今のファーランドフィアには手狭、って事よね。マイキーがそんなような事、言ってたでしょ。」
「あぁ、確か、村の人何人いるのか、聞いた時だっけ?」
「問題はもうひとつ。彼らが、完全武装してる、って事よ。移住先が見付からなかったのか、昔の故郷を奪いに来たのか。……後ろめたい、か。彼らが村を出る時、何かあった?」
俯いて、深く溜息を吐く長老。
「……何かあった訳ではありませんが、あまり良い雰囲気ではありませんでしたな。残る事を主張したのが当時の村長であり、出て行こうと一部を扇動したのがその双子の弟でしたからな。今ではその弟君も生きてはおられぬでしょうが、それ故に、どのように話が伝わっておるやも判りませぬ。戦闘の意思を持ってやって来たとなると……。」
「……彼らは村を追い出された、なんて思ってるかも知れないのね。特に、今こちらが豊かな森の恵みを享受してて、あちらが苦しい生活を強いられてたりしたら、逆恨みしてもおかしく無い。」
「……それはさすがに判りませんが、もしそうであれば、思い違いも甚だしいと言うもの。枯れた土地が再生の兆しを見せ始めたのは、彼らが村を捨てて20~30年してから。それまでは、本当に苦しい日々を耐え忍び、この村を支え続けたのです。50~60代以下の若い者たちは、豊かな村しか知りませんが、出て行った彼らと違い、儂らは森が回復する事を信じて頑張り続けたからこそ、今があるのです。むざむざ、奪わせる訳には参りません。」
聞いてみれば、かなり因縁深い相手みたいだけど、当時を知る者はすでに長老を残すのみ。
マイキーを始めとした、他のファーランドフィアにとっては寝耳に水よね。
でもそれは、向こうの若いファーランドフィアにとっても一緒のはず。
「どうかルージュ様。力ある人間よ。そして花の妖精の女王よ。儂ら平和に暮らすファーランドフィアの民を、変節した同胞よりお救い下さい。」
「ル~ジュ~、どうするの~?」
「……やっぱり、一方聞いて沙汰するな、ね。」
「は?……それは一体、どう言う……。」
「別に、長老様が嘘を言ってるとは思わないわ。でもね、立場が違えば言い分も変わって来るのよ。侵攻を企ててるのは明白だし、結果的にあっちが先に手を出したんだから向こうが悪い。こっちはこっちで、ちゃんと防備は固めて頂戴。」
「は、はぁ……。」
「ただ、相手の話も聞かない、自分で見ない、確かめない。そんな状態で、今後の身の振り方を決める訳には行かないの。私たちは、私たちの気分でこの状況を簡単に左右出来る。だからこそ、慎重に考えなくちゃいけないの。力には、責任が伴うのよ。私の良識に照らせば、だけどね。」
そう、世の中には、己の気分次第で平気で周りを振り回す輩もいる。
私は破壊神となって、アーデルヴァイト中に破壊をもたらし、そこから立ち上がる事で成長させようと試練を与える、闇の神を演じる事だって出来る。
神の身であれば、それも一興かもね。
でも、私は人間だった。いいえ、今でも人間のつもり。
だから、そんな一部の者の恣意的な判断で、世界中の存在が苦しむ世界を是としない。
私が私自身に、力の使い方を誤らぬよう戒めてるに過ぎないけど。
それがアーデルヴァイト全体であっても、森エルフの森の一画に対してであっても。
「まずは会って来るわ。向こうの代表に。今のところ、私は介入しない方向で考えて行動しておきなさい。少なくとも、こちらの事情は判ったから、向こうに付いて攻めて来る、なんて事はしないわよ。」
そうして私たちは、南に陣取る故郷を捨てたファーランドフィアたちと思われる集団と、接触を持つ事にした。
4
……とは言え、さて、どのように接触を持とう。
私はヨーコさんと並んで、空を舞いながら考える。
小人の姿のままでも人間の姿のままでも、これから攻め込むぞ、意図せず戦端を開いてしまった、と警戒してる彼らに、あの~お話したいんですけど~、と正面から話し掛けても、素直に応じてはくれないでしょ。
それじゃあ、ステルスで代表の下まで近付く。……正直、気配に大差無いから、誰が代表かも良く判らない。
まぁ、天幕でも張ってあれば、そこに将軍なりはいるかな?
でも、話し合いに応じてくれなければ、彼らと私たちが敵対してしまうかも知れない。
……ふぅ、本当、ただ倒してお終い、と行かないのは面倒ね。
こっそり近付いて、気に入らない奴をサイレントキルしてた頃が懐かしいわ。
あ、いや、もとい、気に入らない奴じゃ無くて、悪人ね、悪人(^^;
ちなみに、今の私はサイレントキルを発動しますか?[YES/NO]すら表示されない。
スキルは神が子供たちに与えた簡単仕様の能力なので、今の私はそう意識するだけでスキルと同じ効果を発動出来る。
神の身からすればスキルなど児戯にも等しい、と言う訳。
少し寂しい気もするけど。
「ルージュ、今度は何考えてるの?」
「ん~……どうやって接触しようかな、って。お話がありま~す、なんて正面から言ったって、お話出来無いでしょ。」
「それはそうね。でもさ、でもさ。ルージュは強いんだから、そのまま殴り込んで、話があるから聞け~、って言えば良くない?」
「……なるほど。」
なるほど。私は少し、考え過ぎてたかも知れないわね。
話を聞いてどうするかは後で考えるとして、話を聞く必要があるんだから、無理矢理聞かせて貰っちゃっても良いのか。
直接介入じゃ無いんだから、私が力を振るっちゃっても構わないわよね。良し。
「ありがとう、ヨーコさん。やっぱりヨーコさんは、頼りになるわね。」
「そうよぉ。私はルージュの相棒なんだから。」
これで方針は決まった。
私とヨーコさんは、そのまま南下する速度を上げた。
森を抜けると、そこに彼らの野営地があった。
花畑に現れたフルプレートの兵隊もそこそこいるけど、部隊の中心はもう少し軽装の戦士風。
そして、何より目立つのは、そこかしこに非武装の子供や老人、女たちがいる事。
これは軍隊じゃ無い。移民団ね。
集落丸ごと、一緒に移動して来たみたい。
……やれやれ、これは追い返せば済むと言う話じゃ無い訳ね。
もう、帰る場所なんて無いんだわ。
私はステルスで、ヨーコさんは精霊界側にズレて、野営地中心まで空を行く。
そこで私は、……298、この場にいる元ファーランドフィアは、子供まで合わせて合計298。
その298人を対象に、特に効果の拡大を行わない普通のパラライズ(麻痺)を掛けた。
ここは表アーデルヴァイトだし、彼らは魔法種族だから抵抗力は高いはずだけど、別に全員を行動不能にする必要も無い。
むしろ、数人耐えてくれれば、多分それがこの集団における重要人物たち、って事になるでしょ。
一応、それっぽい天幕を目指すつもりだけど、今の私から見れば、彼ら程度の気配だと小さ過ぎて差異が判らない。
どの子が強くて、どの子が弱いのか。
だから、抵抗してみせた子は強いだろう、と言う乱暴なふるい(^^;
見事、目的の天幕内に……ひとりだけ抵抗に成功した者がいた……ひとりかぁ。
思った以上に、簡単に痺れちゃったわね。
神ともなると、手加減が難しい。
耐えたその子が特別なのよ、仕方無い。
目的の天幕上空まで辿り着いた私とヨーコさんは、地面に降り立ち天幕の中へと足を踏み入れた。
「だ、誰だ!……これはお前の仕業かっ!」
天幕へ入ると、ひとりの女将軍然とした妖精が、剣を構えて待ち受けていた。
歳はまだ若く見え、かなりの美人でもある。
「へぇ、貴女がここで一番強いんだ。私が言うのも何だけど、女が一番なんて意外ね。」
「何言ってんのよ、ルージュ。貴女も女の子、私も女の子。人間も花の妖精も、女の子最強じゃない。」
う~ん、私を女の子に入れて良いものかどうかは微妙だけど、ま、性別なんて誤差ね、誤差。
「ふ、ふざけてるの?!お、お前たちは何者だ!」
毅然とした態度を取ってるけど、その剣先は微かに震えてる。
相手の力量がまるで判らないほど弱くない。そう言う事ね。
それに、天幕内だけじゃ無い。多分、外の状況も気配で察してるのね。
「……安心して、私たちは話し合いに来たの。皆、パラライズで痺れてるだけよ。」
「う、うぅ……。」と、私の言葉を裏付けるように、天幕内で倒れてる者たちが呻き声を上げる。
「皆、痺れてるだけ……だと!?外の連中まで皆か?!そんな馬鹿な事……。」
「私は冒険者のルージュ。こちらは、花の妖精のヨーコさん。」
「!……くっ……わ、私は、ベルガドルテのミスティーよ。」
「ベルガドルテ?ファーランドフィアじゃ無いの?」
「!……お前たち、やはりファーランドフィアの手の者か?!」
震えを抑え、しっかりと剣を構え直すミスティー。
「違うわよ~。えぇっと、仲介人?調停者?何だっけ?」
「まぁ、どっちでも合ってるわよ。今はまだ、どちら側でも無い通りすがり。そう思って頂戴。」
「……どう言う意味だ?」
「そのままの意味よ。言ったでしょ、話し合いに来た、って。多分攻める気満々の貴女たちにただ会いに来たんじゃ話が出来無いと思って……まずは私たちの話を素直に聞けるようにしようと思ってね。」
「……これが、話し合いに来た者の態度か?」
「あら、怖い。確かにね。そう言われちゃうとその通りなんだけど……私たちの力を知って貰った方が話が早いと思うから。」
私はそこで、天幕内のパラライズを解除する。
「う、うぅ……どう言う……つもりだ……。」
「父上っ!」と駆け寄るミスティー。
父上?多分この人が族長っぽいから、彼女は単なる女将軍じゃ無くて、次期族長、って事かしら。
「ここにいるのが、ベルガドルテの主要人物なんでしょ。だから、貴方たちに私の力の一端を理解して貰おう、って事よ。」
そう言った後、私は風の精霊にお願いして天幕を吹き飛ばした。
そして、トランスフォームを徐々に解除して、まずは人間の姿に戻る。
「ごめんなさい。天幕が少し狭かったものだから。」
私はそのまま、トランスフォームをさらに発動して、ある姿へと変身して行く。
ミラーリングした事あるのは子供の頃だけど、姿を真似るだけなら詳細なデータは必要無い。
私の姿は、少しずつ少しずつ大きくなって行き、その黒衣は光を照り返す美しい漆黒へと変じ、やがて一体の巨大な竜となる。
今では立派な黒竜へと成長した、ガルドヴォイドことクロの姿よ。
変身を完了した私は、空を見上げて「グゥルルゥオオオォォォーーー!」と竜の咆哮を上げた。
今や、私の足指よりも小さくなったベルガドルテの族長たちが、腰を抜かして驚いてる。
私は彼らを睥睨しながら。
「……私と戦うのと、私と話し合うのと、どっちが良い?」
返事の判り切った質問を投げ掛けたのだった。
5
「改めまして、私は冒険者のルージュ。こちらは、花の妖精のヨーコさんよ。」
あの後、天幕外の者たちのパラライズも解除して、天幕を張り直し、席に着いて会談を始めた。
「私のこの姿も、さっきの竜の姿も、仮初めの姿よ。私の本来の姿は人間の姿。あくまで、今は貴方たちに合わせて小人化してるだけ。」
「人間?おま……貴女は、人間なのか!?」
「知ってるでしょ、人間族には魔導士と言う者がいる。私もその端くれよ。」
席には、先程のミスティーと族長、それから将軍然とした男の妖精が3人。
まぁ、将軍然、とは言ったけど、服ならぬ鎧に着られてる感じ。
普段から武器を手に戦ってそうなミスティーと違って、こっちの3人は一族の上層部ではあるんだろうけど、戦力的な上位者と言う訳では無さそうね。
「それで……。」
「っと、これは失礼した。私がベルガドルテ族を束ねる族長のタバルだ。これは私の娘のミスティー。」
「……。」
「そして、そちらから……。」と、私から見て右端の将軍を示し。
「……ガルドルトと申します。」「オーデンス。」「メンデルトルだ。」
横に長いテーブルに、向かって右側からガルドルト、オーデンス、タバル、ミスティー、メンデルトルと並んでる。
私とヨーコさんは、タバルの目の前に並んで座ってる。
「さて、挨拶も済んだ事だし、色々と聞きたい事があるのよ。だけどその前に、そちらが聞きたい事があったら言って。先に答えるわ。」
「ぬ……、そうさな……。」
「お前は一体何者だ!」
「こ、これ、ミスティー!そのような口の利き方……。」
毅然とした態度を崩さないミスティーと、慌てふためくタバル。
この場合、タバルが腰抜け、って話じゃ無い。ちょっとミスティーは無謀よね。気が強い娘さんだわ。
「……言ったでしょ、冒険者だって。」
「ただの冒険者のはずが無い!あのような真似、たかが人間の魔導士なぞに……。」
「ただの、とは言ってないけどね。」
「え?!」
「元勇者で、Lv.で言えば40よ。特に魔法が得意。本業は盗賊だけど。」
「Lv.……40?!まさか……そんな事……。」
「今は力を抑えてるからどんな数値になるか判らないけど、鑑定して貰って結構よ。ま、私よりも、ヨーコさんを鑑定した方が正確な数値が確認出来るかも。」
「え、あたし?」
「うん、ヨーコさんって、Lv.いくつだっけ?」
「えっと、50を越えてからあんまり気にしてないんだけど、10コくらいは上がってるはず。」
「馬鹿なっ!Lv.60だと?!我らと同じフェアリーがか?!……くっ!ちょっと待ってろ!」
そう言って、ミスティーは慌てて出て行く。
「……すみません、え~と、ルージュ様。ヨーコ様。」
「あ~、駄目~。」
「え?!」
「あたしの事は、ヨーコさんって呼んで。ルージュは偉いからルージュ様でも良いけど、あたしは偉くないんだからヨーコさんって呼んで。」
「え、あの、その……。」
困ったように、私を見詰めるタバル。
「ふふ、ちゃんとヨーコさん、って紹介したでしょ、私。ヨーコさんって呼んであげて。」
「……は、はぁ。判りました、ルージュ様……ヨーコさん。」
そのタイミングで、ミスティがひとりの妖精を連れて戻って来た。
「ガストル、この妖精だ!この妖精を鑑定しろ!」
「え!?あの……。」
「早くっ!」
「は、はい!判りました!」
私もヨーコさんも微動だにせず、ただ鑑定するに任せておく。
「……あり得ない……。すみません、もう一度やり直します。」
そう言って、ガストルは改めて、鑑定を発動したみたい。
「どうなの?ガストル!」
「……、……、……元、花の妖精族女王ヨーコ、Lv.は……61です。間違いありません。」
「あ、11コ上がってたんだ。」
「なっ……妖精女王?!この方が?」
「元よ、元。今は女王じゃ無いから、偉くないの。ちゃんとヨーコさん、って呼んでね。」
「ヨ……ヨーコ様……。」
「ぶー!違~う!ヨーコさん。ヨーコさんって呼ぶの!」
「す、すみません、ヨーコさ……ん。随分と失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした。」
そうして頭を下げるミスティー。
う~ん、同じ妖精として対抗心を持ってたけど、その正体を知って恐れ多い事と思い知った、と言う感じかしら。
一気にミスティが意気消沈しちゃったわ。
「……どうやら、これ以上こちらの事を話さなくても、素直に色々聞かせて貰えそうね。構わないかしら、族長様。」
「はい。娘が失礼致しました。どうぞ、何でもお聞きになって下さいませ。」
ガストルが退席し、すっかり大人しくなったミスティーが父親の横で小さくなってから、私は改めて質問を始めた。
「私は魔導士だから、知的好奇心が旺盛でね。本当は何故侵攻しようとしてるのか聞くべきなんだろうけど、その前に色々確認したいの。まず、さっきミスティーは自分たちの事をベルガドルテだと言ってた。貴方たちって、ファーランドフィアとは違うの?100年前、この森から出てった者たちじゃ無いの?」
「……お詳しいのですね。向こうでも色々お聞きになったようで。如何にも、我々は100年前にこの森を去ったファーランドフィア族です。ベルガドルテ族と名乗るのは、父祖が辿り着いた新たな故郷の名を冠するからです。」
そうして族長が話してくれた内容は、簡単に言えばこんな感じ。
100年前森を去ってから、新たな定住の地を見出すべく周辺を彷徨うも、近隣は荒野が続くのみ。
まぁ、世界樹から離れて行く事になるんだから、その恩恵も弱まって行くわよね。
数年は流浪の民だったけど、何とかモンスターの脅威も少なく、川の近くだから緑もまばらに生えてはいる、ベルガドルテ渓谷に腰を落ち着けた。
決して豊穣な土地では無いけど、立ち枯れた故郷よりはまだマシと、何とか頑張ってこの100年を過ごして来た。
しかし、またしても彼らを不運が襲う。
水量に乏しいベルガドルテ渓谷だからこそ、水害に遭う事も無かったけれど、ついにその水源が枯れてしまった。
さすがに水を断たれては暮らして行けぬと、再び流浪の民となったベルガドルテたちは、こうして100年前に去った故郷への帰還を目指し、森へとやって来たと言う。
「……はぁ。話を聞く限りでは同情の余地もあるし、何も喧嘩腰で分かたれた兄弟たちに会おうとしなくても良い話なんだけど……蜂蜜ねぇ。」
「……すまぬ。もう我慢出来ぬ者も少なくないし、その……我々も辛い気持ちは良く判る。つい、奪う事を考えてしまい……。」
蜂蜜中毒(笑)
元々、ファーランドフィア族は雑食だけど、主食は野菜や木の実、そして蜂蜜だった。
ファーランドフィアが森の外縁部の内、南部を選んで住み着いたのも、蜜蜂の生息域だった事が大きい。
村の近くにあった花畑は、蜂たちが蜜を集められるよう、ファーランドフィアが整備した花畑。
村の奥には、蜜蜂たちが巣を作れるように整備した区画もある。
片やベルガドルテ。
荒野を渡り、何とか辿り着いた新天地に、都合良く蜜蜂が住んでたりはしない。
彼らも知らなかったのだ。断たれて初めて気付いたのだ。
種としてすでに、蜂蜜依存症状態だった事に(^Д^;
だけど、食が変わる事は確かに大きい事よ。
コアラがユーカリを食べるのも、パンダが笹を食べるのも、元はと言えば好きで食べてるんじゃ無くて、食べざるを得なかったから。
食性が変われば種としても変わって行く。
それくらい、生き物にとって食べ物は重要。
ベルガドルテは、まだ森を去って100年。
食性が変わるほど永い年月は経過してないし、むしろ禁断症状が強く出てる。
それに、蜂蜜って特別なのよね。
ベルガドルテたちが自分で花の蜜を集めたって、蜂蜜にはならない。
蜂蜜って、一度働き蜂が体内に蜜を集めて、それを巣に持ち帰って備蓄して行く過程で、酵素やら何やらの働きで変質し、あんなに栄養満点で甘くて美味しい奇蹟の食べ物になる。
詳しい事は忘れちゃったけど、それを私たちが再現するなんて出来無いから、わざわざ蜂に集めて貰ってそれを分けて貰うと言う形で、生前日本でも蜂蜜は作られてた。
本当、自然って偉大よね。
だから、渓谷にも花くらい咲くだろうけど、それだけで蜂蜜は得られない。
そんな事になるとは思ってもみなかったから、持ち出した備蓄食料の中の蜂蜜なんて、そう多くは無かった事でしょう。
判ってれば、嫌と言うほど持ち出したんでしょうね。
蜂蜜って、確か物凄く長い期間、保存が利くはずだから。
でも、ある日父祖たちは気付いた。
今まで日常的に摂取して来た蜂蜜を口に出来無いだけで、精神的に不安定になってる事に。
ただお腹が空いて辛いのじゃ無く、蜂蜜を摂取出来無い事が辛い。
次第に蜂蜜は、金よりも宝玉よりも価値がある物となって行った。
その禁断症状は、歳を経たベルガドルテの方が強い。
それだけ、日常的に蜂蜜を摂取出来ていたから。
だけど、若いベルガドルテも蜂蜜の味は知ってる。
褒賞として、蜂蜜が授与されるようになっていたから。
時に集落に立ち寄る行商人から、時に集落から蜂蜜を求めて遠征する若者たちが、ベルガドルテに蜂蜜をもたらす事もあった。
でもそれだけでは、日常的に蜂蜜を食する生活は取り戻せない。
第二の故郷を旅立つに際し、多くのベルガドルテが同じ目的地を指定した。
蜂蜜を当たり前に食せる楽園、懐かしきファーランドフィアの森。
現実には、蜂蜜なんて有り触れた食料よ。
ファーランドフィアの村でも良質な蜂蜜が豊富に採れるけど、他の土地でも蜂蜜くらい手に入る。
花の都モーサントでは、蜂蜜料理が名物だし。
だけど、ベルガドルテにとっては、すでに特別な存在と化してた。
良質な蜂蜜が採れるファーランドフィアの村は、とても魅力的な土地だった。
100年前去らねばならなかったと言う因縁もあって、他の選択肢など無いに等しかった……。
もうこれは、麻薬に近いわね。
土地に民族に、さらに阿片ならぬ蜂蜜まで加わって、清朝末期を彷彿とさせる。
あの花畑に兵が侵入したのも、偶然では無かった。
花畑だけ押さえても意味は無いけど、それでも豊かな花畑は蜂蜜の象徴。
偵察任務の途中とは言え、思わず足を踏み入れてしまった、と言う事みたい。
第二の故郷を失い帰る場所も無く、すでに村を出た当時の村長の双子の弟、ベルガドルテの初代族長もこの世には亡く、ふたつの種族が実際にどれほど険悪な関係だったのか、それともそこまで仲違いしていなかったのかも判然とせず、交渉か戦争か結論を見ないまま森まで来てみたけど、期せずして戦端を開いてしまった。
ベルガドルテは、心から侵攻を望んでた訳じゃ無いけど、それでも豊かな土地……自由に食せる蜂蜜を手に入れたいと言う強い願望はあった。
そして……、ファーランドフィアにも、ベルガドルテを受け入れる余裕は無いから、仮に過去の因縁が無くてもすんなり和解とは行かない。
随分ややこしい事になって来たけど、それじゃこうすれば解決、なんて簡単には行かない事が判っただけね。
取り敢えず、当事者の意思は尊重したいから、いきなり私が力で解決を図るのは避けたい。
物別れになっても良いから、一度は対面させないといけないわね。
その上で、森エルフにも話を聞いた方が良い。
土地の問題は、森エルフの協力があれば何とかなる可能性があるし、ひとつ気になる事もある。
ファーランドフィアとベルガドルテの会談と、森エルフとの面会。
力を振るわず調停者足らんとするなら、私の次の行動はそれね。
果たして、この小さな戦争を、私は未然に防ぐ事が出来るのかしら。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます