第四章 Back door


1


名も知らぬ鉄杭使いを倒した後、改めて北西へと進路を取り、もうじき渓谷へ入る。

さすがに渓谷とあって、他の土地より緑豊かね。

切り立った崖の底を流れる急流さえ、素敵な眺望に見える。

例の一番目立つ道は、その急流に沿って続く本道で、右手は崖で急流までは40~50m。

左手は少し小高くなっており、森の木々が鬱蒼と連なってる。

間道は谷のこちら側と向こう側にもあって、トーデンバートの本隊が奇襲を受けたのはこちら側ね。

私が行くこの本道は、途中で間道とも繋がる分かれ道や、谷底へと続く分岐もあり、橋を渡り向こう岸へと渡る事も出来そう。

川が曲がりくねってもいるので、本道も素直に真っ直ぐ進める訳じゃ無かった。

今のところ、奴隷たちの移送車も見当たらないし、誰かと行き交う事も無い。

ここはやはり、このまま進んで襲撃地点まで行きましょう。


そうして渓谷へ入ってから丸1日、襲撃地点が迫って来た。

10km圏内に入った事で、そこにいる者たちに気付いた。

……でも、おかしいの。

多分、人間族はひとりだけね。その周りにいるのは何者かしら。

気配だけでは判然としなかったので、一度ミラを止めて千里眼を発動してみた。

すぐ右手が崖のこんな場所で、余所見しながら走るのは危ないからね(^^;

……襲撃地点にいるのは、ひとりの人間族の女。

ぼろぼろの軽装鎧に身を包み、裸馬が傍に控えてる。

赤毛のロングヘアーで、歳の頃なら20代後半、引き締まってスタイルの良い体付きをしていて、健康的な美人ね。

背も女性にしては高い方で、一見すれば女戦士と言った風情。

でも、腰に得物は見当たらないし、人間族の戦士なんていないはずだけど……でも、ぼろとは言え鎧は着てるわね。

戦奴として、修羅場を潜り抜けて来た?そんな事あるのかしら。

彼女は、私がそうしようと思ってたように、道に残った痕跡を調べてるみたい。

そして……彼女はひとり切り。……気配は10人分。

彼女を取り巻いてたのは、死霊たちだった。

その多くは、彼女と同じようにぼろぼろの軽装鎧に身を包んだ人間族で、2人ほど奴隷然としたただのぼろを纏っただけの者も含まれる。

彼らは、人間が死した状態である純然たる死霊。死によって物質体を喪い、死と言う属性を得て魂とアストラル体のみとなった存在。

すでに、まともな自我も維持していないように見える。

でも……、そんな死霊たちが、彼女に襲い掛かる様子が無い。

仮に、この地で死んだ奴隷たちの死霊であれば、生きてる彼女に取り憑こうと襲い掛かってるはずよ。

なのに、彼女を襲う様子は無いし、むしろ彼女の周りを固めて、まるで守ってるみたい。

……死霊使い?軽装鎧を着た?しかも、裏アーデルヴァイトの人間族の?

考えられるのは、彼女も例のひとりで、これが彼女の能力、と言う事よね。

私にとって、ただのゴーストなんて敵じゃ無い。

でも、もしこれが人間族相手だったら、マナ濃度も低い裏アーデルヴァイトにおいて、魔法も使えぬ人間族にはゴーストを視る事すら出来無いでしょう。

そして、そんな不可視のゴーストたちに集団で触れられたら、生命力を一気に吸い取られて、下手をすれば即死よ。

それは、相手が神族や魔族であっても、充分脅威的と言える。

私のようにゾンビを使う場合、視えるし殴れる分、対処はしやすい。

大量のゴーストを操る能力。これは危険な力ね。

「ヨーコさん。目標地点に誰かいるわ。お化けを操る能力みたい。」

「お化け?それって、ゴーストって事?」

「そ。ヨーコさんなら全然大丈夫だと思うけど、一応警戒していつでも精霊界側へ隠れられるようにしておいて。」

「うん、判った。」

そして、私は改めて、ミラを目標地点へと進めた。

さて、彼女はどう出て来るかしら。


ミラで進んでいる間、さすがに千里眼は使えないけど、一応空間感知は展開しておいた。

すると、ある程度近付いた時点で彼女はこちらに気付いたようで、まず馬を道の先へ逃がした。

裸馬だったけど、訓練した馬なのか、それとももう必要無いと踏んだのか。

その後、何らかの方法で森の中へと移動して、身を隠した。

と言う事は、馬を逃がしたのは隠れる為か。

そのまま逃げ去るのでは無く、こちらの様子を窺うつもりのようで、距離もそこまで離れていない。

……こちらの接近に気付いたり、瞬時に判断して馬を逃がし、森の中に身を潜めるなんて、まるでちゃんと訓練を積んだ兵士のよう。

はて。人間族の兵士なんてものが、この国にはいるのかしら。

軽装鎧も身に付けてたし、今までの他の子たちと毛色が違うわね。

そうこうする内、襲撃地点へと至る。

彼女の方から、動く気配は無し。

彼女の周りにいた死霊たちは、彼女に付いて森の中。

実は、彼女の姿は見えないけど、死霊たちは丸視えだったりする(^^;

……それって、彼女には死霊たちが視えてないって事か。

おかしいわね。それが彼女の能力じゃ無いの?

私はミラから降り、盗賊スキルで培った探索能力で痕跡を調べてみる。

少なくとも、3台はすぐ横の崖から落ちたわね。

他に、2~3台は前方へと進み、残り4~5台かな?来た道を引き返してる。

大きな轍に紛れかけてるけど、一番小さな轍は道を戻ったみたい。

どうやら、目的地は通り過ぎちゃった事になるわね。

それじゃあ少し戻る事になるけど、となると、ここは彼女の方を先に片付けましょうか。

「……いるのは判ってるわよ。こちらから出向きましょうか?それとも、そちらから出向いてくれるかしら。」

そう言って、彼女の方へ静かに体を向ける。

ヴェールで顔を覆ってるから、視線だけじゃそっちを向いた事が伝わらないからね。

彼女を含め、死霊たちにも反応は無し。

居場所を見抜かれても、草の葉を揺らさぬ当たり、やはりある程度修羅場を潜って来てると思えるわね。

「動揺しないのはお見事。でも、出て来ないなら、ファイアーボールでも撃ち込みましょうか?それでも反応しないようなら、私の勘違いって事になるけど。」

がさり、と、これにはさすがに動揺する彼女。

すると、死霊たちの気配も変わる。

それまで、ただ彼女の周りを固めるように漂うだけだった彼らが、こちらに敵意を向ける。

……やる気……と言う事かしら。

「ちょっと待って、ちょっと待って!出てく。出てくから撃たないで。」

そうして茂みから顔を出したのは、先程確認した赤毛の彼女。

武装していない事を示すように、軽く両手を挙げて立ち上がる。

「それこそ、いきなりファイアーボールを撃ち込んで来なかったんだもの。話し合いの余地はあるんでしょ?あたし、出来れば貴女と戦いたく無いんだけど。」

「あら意外。周りのお仲間たちはやる気満々だから、てっきり戦うつもりなのかと思ったわ。」

「……何言ってんの、貴女?周りの、って……あたしはひとりよ。他に誰も隠れていないわ。本当よ。」

……やっぱり、彼女には視えていない、と言う事かしら。

それとも、こちらに視えるはずが無いと考えてのブラフ?

でも、それなら、隠れていない・・・・・・、は変よね。

ゴーストそのものは、丸出しだもの。

……私は、彼女まで覆う大きさの結界を張り、裏アーデルヴァイトはマナ濃度が低いので、私のMPを大気に還元する形で結界内のマナ濃度を少し上げてやる。

0.7程度から0.8……0.9……1.0……1.1……そろそろ、普通の人間にも視えて来るはず。

「……どうしたの、急に黙っちゃって。本当よ。本当に誰も……え?」

彼女の周りには、相変わらず私に敵意を向ける死霊たちが9人、漂ってる。

そんな死霊の内、数人が彼女に視られた事に気付き、急に慌てて姿を隠そうと藪に飛び込む。

その様子に気付いた他の死霊たちも、右往左往し始めて彼女の周りを飛び回る。

「……っっっきゃぁあああああああああああーーー!!!」

大絶叫を上げた彼女と、逃げ惑う死霊たち。

あらあら、おかしな事になっちゃったわね(^^;


2


「こ、ここっこ……。」

「こけこっこ。鶏の真似?」

「違うわよっ!このゴーストたちが、あ、貴女の能力、って訳?」

「……どうやら、本当に視えてなかったのね。答えはNoよ。これは、貴女の能力。」

「……え?」

「この能力は、私じゃ無くて、貴女の力よ。」

きょとんとする彼女。

おかしいわね。能力は、自分で把握出来るはずよね。

ハンスはちゃんと理解してたし、テリーはともかく、マリエンヌも能力が発動した事で内容を瞬時に把握したと言ってた。

自分でゴーストを使役しといて、その事を理解していない、ってのは、寸法が合わないわ。

「それじゃあ貴女は、自分の能力がどんなものだと思ってたの?」

「え?えぇっと……、何か攻撃された時に危ない、って思ったらいつの間にかその攻撃が無効化されたり、いや、来ないで、って思ったら、いつの間にか相手が勝手に死んでたり……。え?それって、もしかして……。」

「そうね。貴女は何もしてないけど、いつの間にか彼らが何かしたんでしょ。貴女自身にすら、視えてなかっただけで。」

「そ……それじゃあ、このゴーストたちって……本当にあたしの……。」

「少なくとも、私の能力じゃ無いわよ。私は、貴女たちのように、例のあいつに力を授けられてなんかいないから。」

「で……でも……。」

「……気になったんだけど、ゴーストたちの多くが、貴女と同じような格好してるのよ。良~く視てみなさい。顔見知りがいるんじゃない?」

「え?!そんなはずは……。」

そうして、怖々死霊たちを見回す彼女。

「あ……、もしかして、あんたジェフリー?そっちはトニオ、こっちはアンドリュー。何で?あんたたち、戦いで死んだじゃない。私の目の前で死んだはずよ。それがどうして、こんなところにいるのよ……。」

残念だけど、ジェフリーもトニオもアンドリューも、すでに自我は残していない。

あーうー、反応はしてるから、残滓のようなものは残ってるのかも。

他の死霊たちは、すでに誰かも判別出来無いくらい、顔形はぼんやりしてる。

でも、多分彼女の関係者。

ただ、そうでは無い者も含まれるはず。

「……そっちのふたりはどう?最近見た顔じゃない?」

と、他と違い、軽装鎧を身に付けてないふたりを示してみる。

「え?……あ!あんたら。あたしを襲って来た奴だ。何でこんなとこにいんの!?」

「なるほどね。これは、あくまで私の推測だけどね。貴女の能力は死霊使い。でも、無意識の死霊使いね。」

「無意識の……死霊使い?」

「そう。多分、貴女が最初に使役したのは、貴女に所縁のある死霊たち。ジェフリーとか呼んでた人たちは、もう死んだんでしょ?その魂を、貴女は無意識に自分の能力で操ってた。」

「あたしが……ジェフリーたちを……。」

「7人の死霊が貴女の守護霊のようになり、貴女を危険から守って敵を倒した。そして、倒した相手の魂を新たに支配し、自分の戦力に加えた。」

「それが……あたしの本当の力……。」

「……良かったら、詳しい話を聞かせて貰えないかしら。そうすれば、もっと色々はっきりすると思うわ。私の名前はルージュ。こっちは花の妖精ヨーコさんよ。」

「え?妖精?」

「ヨーコよ。ヨーコさんって呼んでね。」

「あ、あら、可愛らしい妖精ね。……本当にいたんだ、妖精。お伽話だと思ってた。」

「さっきも言ったけど、私は貴女たちとは違うのよ。だから、戦って望みを叶えて貰うひとりになるつもりなんて無いわ。それこそ、さっきの貴女の言葉通り、その気ならさっさと茂みにファイアーボールでも撃ち込んでるわよ。」

「そ、そうね……。そうよね。判った。あたしも貴女と戦いたくなんて無いの。ちょっと待ってて。今そっちに行くから。」


彼女は、腰の後ろに隠し持ってた鎖分銅のような道具を使い、器用に枝に引っ掛けた後、道の方へと降りて来た。

その身のこなしは、訓練を積んだそれであり、今までの他の人間たちとは明らかに違ってる。

どんな扱いを受けていたかは判らないけど、奴隷同然の人間族に、体や技術を鍛える余裕など無いはずよね。

それはつまり、彼女は奴隷同然の身の上では無さそう、と言う事。

周りの死霊たちも同様だから、きっと彼女には特別な事情があるのよね。

己を鍛え上げた裏アーデルヴァイトの人間族。そこには興味を引かれるわ。

「お待たせ。え~と……ルージュさん、だっけ?」

「器用なものね。どうやって森に潜んだのか気になってたけど、まるで森エルフやグラスランダーみたい。……それで、貴女の事は何で呼べば?」

「あ、ごめんなさい。あたしはエリザリテ、エリザで良いわ。仲間からは、そう呼ばれてた。」

「仲間……ね。」

「……あたしの事が聞きたいのよね。そう仲間。あたし、いいえ、あたしたちは、少し特別かも知れない。」

「と言うと?」

「……レジスタンス、って聞いた事無い?」

「もちろん聞いた事あるけど、あくまで言葉の意味を知ってるだけよ。人間族のレジスタンス、と言う意味なら、当然初耳よ。」

「……そりゃそうか。神族の国では魔族の、魔族の国では神族のレジスタンスくらいあるんだろうけど、ね。」

まぁ、あるのかも。私は知らんけど(^^;

あくまで、現世での聞き覚え。

そう言えば、神の名の許に一応人間族によって価値観だけは統一されてる表アーデルヴァイトでは、聞き覚え無いわね。

あ、でも、森エルフはゲリラって呼ばれてたし、知らないだけでレジスタンス組織もどこかの国にはあるのかしら。

「一応あたしたちは、この国のレジスタンス、って事になるの。」

「一応、って事は?」

「……まぁ実態は、逃げ出した人間族が肩を寄せ合ってるだけね。本格的じゃ無いけど、一応追手は掛かる。そこで、拠点から逃げ出す時に神族と戦う……非戦闘員を逃がす為に何人かが犠牲になるから、名前だけでも立派にレジスタンスを名乗ってる。」

「なるほど。それで鎧なんて着てるんだ。さっきの動きと言い、ちゃんと訓練も積んでるみたいね。」

「まぁ、ね。神族にはとても敵わないけど、荒野のモンスターくらい倒せなきゃ、お話にならないから。」

普通の人間族では、Lv.10前後の大した事無いモンスターにすら敵わない。

でも、荒野で生きるなら、その程度のモンスターは倒せて当然。

住処……拠点も要るし、食料や水も確保しなきゃいけないから。

それでも、追って来た神族はLv.10程度じゃ済まないから、逃げるのが精一杯。

そこで身を盾にした戦士は、殺されるか捕まって奴隷にされるか。

「……貴女は、仲間の為に捕まっちゃった、ってところか。」

「……順番に過ぎないわ。あたしたち人間族では、逆立ちしたって神族には敵わない。生きる為には、生かす為には、誰かが犠牲にならなくちゃ……。」

「それで、そのレジスタンスって、規模はどのくらいなの?」

「あたしが捕まる前は、まだ300人くらいはいた。他にも逃げて来る者が出れば、増える事もある。……ただ、あたしが先日、いきなり帰り着いた時には、もう200人を切ってた。あれからまた、襲われたらしい。あたしが飛ばされた場所は、見覚えの無い拠点だったし。」

そうか。例のどこに帰りたい?って奴ね。

仲間の事が心配だからレジスタンスに帰って来たけど、襲われる度拠点を移すから、場所そのものは以前の居場所と違う訳ね。

「……そこでエリザは、レジスタンスの為にも、望みを叶えて貰おうとここまでやって来た、と言う事かしら。」

「……まぁ、そうなるわね。いまいち、あたしの力が何なのか判らなかったけど、あたしたちはこのままじゃジリ貧よ。何をどうしてくれるか知らないけど、望みならある。あたしたちを助けて欲しい、って望みなら。」

……実際、エリザはここまでふたり、刺客を倒してる。

能力を把握してなかったけど、それだけ対人間族においてゴーストの群れは有効って事よね。

倒せば倒すほど、戦力も充実して行く訳だし。でも……。

「でも。貴女は姿を隠して、私をやり過ごそうとした。隠れてるのがバレても、戦いを避けようと考えた。他の人間たちとは違うわよね。望みを叶えて貰えるのは、ひとりなのに。」

「そ、それなんだけどさ。……何で殺し合わなきゃならないんだ?同じ人間同士、しかも奴隷同士。お互い辛い境遇なのは知ってるじゃないか。」

「……それに、早い者勝ち、とも言ってない。そのひとりを、どうやって決めるかは言ってない。」

「え?……本当だ。確かに、そんな事言って無い。だったら、皆で戻って、その上で誰かの望みを叶えて貰っても良い訳だろ?殺し合う必要なんて無いじゃない。」

「ま、部外者の私に言わせればそうなんだけど、分不相応の力を手に入れて、少なからず皆気が大きくなってるのよね。人間族の奴隷として生きて来たなら、こんな強い力なんて持ったの初めてだろうし、仕方無いとは思うけど。」

「そ……そりゃまぁ、それはあたしにも少し判るけど……。」

「それに、自分が強いなら簡単な話でしょ。他の競争相手全員殺せば、自分がそのひとりになれる。かなり乱暴な考え方だけど、理には適ってる。」

「それは……そうかも知れないけど……。」

「私はね、そんな事考えずに、手にした力を有効活用して、慎ましやかに生きて行けば良いでしょ、って思うの。だから、いきなり戦わずに話し合いたいと思ったんだけど……エリザはどう?その力だけじゃ不満?」

「え?あたし?……不満って言うか、自分の力が良く判ってなかったから、さ。」

「……貴女の力は、あんまり良く無い力ね。」

「え?!……やっぱり?」

「えぇ、無理矢理支配してるから、死霊たちは苦しんでる。しかも、貴女の意思に関係無く発動するから、貴女の敵を無条件で攻撃するし、どんどん殺した死霊を取り込んでく。神族たちから拠点を守る力としては申し分無いけど、苦労を共にした仲間たちを、死んだ後も苦しめ続ける事になるわ。エリザはそんな事気にしない、ってタイプには思えないから。」

「はぁ、やっぱりか……。だってジェフリーたち、辛そうな顔してるもん。」

そう言って、エリザは仲間たちを見回す。

そう。このゴーストたちは、死霊と言うより怨霊と呼べるほど、恨みの塊みたいになってる。

だからこそ、ただの低Lv.ゴーストなんかより手強い、ホーント、フィーンドと言った、別種のアストラル系アンデッドモンスターと化してる者もいる。

エリザのこの力は、他の子たちの能力よりも強いかも知れないわ。

シーリアなんか、近付く前に生命を吸い取られちゃうんじゃないかしら。

「……それじゃあ提案よ。その能力はそのままに、望みを叶えて貰うのを諦める。もしくは、その能力を私が封印して、仲間の許へ帰る。もちろん、私とは戦わないまでも、そのまま望みを叶えて貰う為にあいつの下へ向かっても良い。これから取れる行動はいくつもあるわ。出来れば、事を穏便に澄ませたいのだけれど。」

「能力を……封印?そんな事が出来るの?……いやでも、力を失っちゃったら、あたしは仲間を助けられない。だからと言って、この力を使い続ければ、仲間たちの魂を苦しめ続ける事になる。何か別の形で仲間を救う為に、望みを叶えて貰おうとすれば、きっと他の人間たちと争いになる……。」

良かった。彼女は悩んでる。まともな神経保ってるわね。

彼女がどんな決断を下そうと、それは尊重してあげましょう。

そして、可能な範囲でなら、力にもなる。

テリーと違い、この力になら対処も出来る。

話が通じるからこそ、そんな可能性も芽生えた。

「良し、こうしましょう。エリザはどうしたいか、じっくり考えて頂戴。私たちは、当初の予定通り轍の跡を追うわ。貴女も付いて来て。目的地を見付けたら、そこで答えを聞かせてね。それでどう?」

「……判った。ご厚意に甘えさせて貰うわ。少し、考えさせて頂戴。」


3


小さな轍の跡を辿って行くと、どうやら途中にある少し下る道へと入り込んだらしく、本道から外れてた。

その道は、本道の少し下を沿うように続く道で、かなり道幅は狭いけど、轍の跡からそれなりのスピードで駆け抜けたのが判る。

完全に、輓馬が落ち着きを失い、暴走状態だったのね。

人間用の移送車がそこまで大きく無く、結果輓馬が2頭だけだったから、ここまで道を踏み外さずに済んだんだわ。

でも、そんな幸運はいつまでも続かない。

程無くして、轍は道を逸れて途切れてた。つまり、ここで道を踏み外した。

もちろん、踏み外した先は切り立った崖。谷底まで、まだ30~40mはある。

下を覗き込めば、果たしてそこに移送車の残骸は無かった。

急流に流された訳でも無さそうね。

残骸は無いけど、別のものがそこにはあったから。

正確には、ここから20~30mほど下の空間に、ひずみのようなものが視えた。

私にはそれが、亜空間への門のように思える。

亜空間……解説しておくと、本来ならアーデルヴァイトには存在しない空間よ。

まず世界があった。そこへ創造神に連れられて神々が来訪した。

まだ原初の世界は今のアーデルヴァイトとは違い、混沌とした世界だったそう。

それを、創造神が最初の理によって、アーデルヴァイトを物質界、精霊界、アストラル界として形作った。

当初は今ほど明確な壁で隔てられていなかった三界だけど、それでも大まかに世界の形は確定した。

でも……その時、アーデルヴァイトとして採用されなかった余り部分のようなもの。亜空間。

三界が成立した事で誰もアクセス出来無くなったけど、確かにそれは存在した。

しかし、創世において切り捨てられた空間は、そのまま忘れ去られた。

亜空間。私は地球人だから、別の意味で何と無く耳馴染みのある言葉としてすんなり入って来るけど、私の中の闇の神は、知識の断片としてそれを覚えていただけ。

創世を司った神のひと柱だった彼だからこそ覚えていたけど、そうでは無い他の神々や悪魔たちは、亜空間が存在する事すら知らないかも知れない。

何より、そんな亜空間に、アクセスなど出来無い……はずなのよね。

私は、シーリアに斬られた時に、これは亜空間を使った力だ、と瞬時に判断したけど、それはアーデルヴァイトに亜空間と言うものがあると言う前提でそう思ったのでは無く、地球人としてフィクションなどで馴染みがあるからついそう思っちゃっただけ。

でも、神の知識と照らし合わせてみたら、その可能性もあり得るのだと知った。

それからは、この力はそんな本来アクセス不可能なはずの亜空間を利用した力ではないのか、と考えるようになった。

……私の眼には、あれは亜空間への門に視える。

アーデルヴァイトにおいて、該当するものがそれだけだから。

現時点では矛盾してる。だって、誰もアクセス出来無いはずだもの。

だからこそ、この眼で確かめる価値がある。

あの空間の歪みの先が、どのような場所へと繋がってるのか。


「う~ん、あそこ、何か変よね。精霊界とは違う感じだし、あんなところに蜃気楼?」

私と一緒に、谷底を見下ろしてたヨーコさんが呟く。

「そうね。精霊界との接点でも無いのに、空間が歪んでる。どうやら、あそこが目的地みたいよ。」

「ね~ね~、目的地、着いたって。」

そうして、エリザの許へと飛んで行くヨーコさん。

そのエリザと言えば、難しい顔をしてうんうん唸ってる。

難しい問題だから、仕方無いわね。気が済むまで悩むと良い。

少なくとも、10km圏内に他の人間の気配は無し。

急がなくても、この空間は逃げない。

まぁ、望みを叶えて貰えるのが先着順と言う可能性もあるけど、それならそれで、今更急いでも意味無いし。

少なくとも、シーリアはとっくに着いてるでしょう。

「ヨーコさ~ん、ここで休憩にしましょ。」

そう呼び掛けて、私は可愛らしいデザインの白いテーブルセットを招喚して、お茶の準備を始める。

その光景を目にしたエリザが、悩むのも忘れて吃驚してた。


轟々と下の方から急流の音が響く中、谷間の道の真ん中で、優雅に午後の香茶を嗜む3人の淑女。……いや、今何時か知らないけど(^^;

今日のお茶請けは、甘さ控えめのカスタードクリームが上品な味わいを醸し出すエクレア。

いつもはホイップクリームとカスタードクリームを両方使ったホイップカスタードタイプを良く食べるんだけど、たまに無性にカスタードだけのエクレアやシュークリームも欲しくなる。

だから、ホイップカスタードのものもカスタードだけのものも、どちらもたくさんストックしてある。

このエクレアは、今は無きエディンバラのエクレアで、オーガンも一緒になって研究したスイーツのひとつ。

今でも、タリム拠点の食料保存庫……とは別に設えた、スイーツ専用保存庫の中に、目一杯詰め込んである。

もう二度と作って貰えないからね。たくさん溜め込んで、大切に頂いてる。

……神になっても、この味は私を人間に戻してくれるかのよう。

見れば、ひと口食べた後、エリザの手が……動きが止まってる。

「どうしたの?お口に合わなかったかしら。」

はっ!として、首をぶんぶか振りまくるエリザ。

「ちちち、違います!おい、おい、美味し過ぎて……こんな美味しいもの……う、生まれて、初めて……た、食べた、から……。」

ぽろぽろと、涙を流し始めるエリザ。

……裏アーデルヴァイトの人間族。そして、街を逃げ出し荒野でも戦いながら逃げ続けるレジスタンス。

上手い飯なんて、喰える環境じゃ無いわよね。

「……そう、それは良かった。これは私の思い出の味なの。気に入って貰えて嬉しいわ。」

そうして香茶をひと啜り。

ヨーコさんは、エリザの涙を拭ってあげてる。

笑顔を取り戻して、再びエクレアにかぶり付くエリザ。

……駄目ね、ほだされちゃう。……神だけど、優しくしても良いわよね。

依怙贔屓が悪いなんて事無いもの。私がそうしたいからそうするだけの話よ。

「……ふぅ~、ご馳走様。こんな食べ物、美味しい飲み物、生まれて初めて。ありがとう。」

エクレアを平らげ、香茶を飲み干して、人心地付くエリザ。

私は、そんなエリザを愛しい想いで見詰めながら。

「ねぇ、エリザ。やっぱりさっきの提案、少し変えたいと思うんだけど、聞いてくれる?」

「え?えぇ、ごめんなさい。まだ決断出来無くて、考えもまとまらないから、別に良いですよ。」

「……私が貴女の力を浄化して、封印してあげる。そして、あいつの代わりに、私が貴女の望みを叶えてあげる。だから、その力に縋るのも、この先へ進むのも、諦めてくれない?」

「……、……、……え?」

呆けた様子のエリザは、私の言葉の意味をまだ理解出来ていない。

「だからぁ~、ルージュはね、貴女を助けてあげたい。そう言ってんの。素直にありがとう、って言ってあげて。」

急速に理解が追い付いて来たのか、慌てふためき、挙動不審になるエリザ。

「え?……いや、だって……。ありがたい、ありがたいけど……でも……でも、どうして、あたしなんかの為に……。」

無償の善意……そんな怪しげなもの、他に無いわよね。

私だって、そんな話をほいほい信じたりはしない。

「私が貴女を気に入ったから。理由なんてその程度の事だけど、敢えて他に理由を付けるとするなら、まず、この先へ一緒に向かうと、高確率で戦闘になるでしょ。こうして知り合った以上、私は貴女を守ろうとするわ。足手まといの貴女をね。」

「そ……それは……そうですよね。ルージュさん、ちょっと普通じゃ無いですもんね。あたしなんか……。」

「そして。」

「まだ、あるんですか?」

「えぇ、貴女が授かったその力よ。正直、看過出来無い代物よ。自動で発動するのが頂けない。貴女にその気が無くても、ちょっと貴女と肩がぶつかった程度の相手すら殺しかねないわ。貴女が完全に制御してるなら話は別だけど、勝手に周りを攻撃するのは困りもの。仮にその力に縋ろうと言うなら、私は貴女を殺す事になったでしょう。」

「……、……、……そ、そうですね。そうですよね。この力は、危険過ぎますよね。」

……脅かし過ぎちゃったかしら。

「だから、よ。貴女から力を奪っちゃえれば話は早い。でも、折角こうして縁も出来たんだし、力だけ奪って、はい、さようなら、じゃ申し訳無いでしょ。こっちの都合に付き合わせるんだから、そっちの都合も聞いてあげる。それだけの話よ。」

じっ……と私の瞳を見詰めるエリザ。私も瞳を逸らさない。

「もう、どっちも素直じゃ無いんだから。ルージュはね、本当に貴女を助けたいだけなのよ。優しいんだから。」

……ヨーコさん。折角言い訳したんだから、恥ずかしいセリフ禁止(*^ω^*)

ふぅ、と力を抜くエリザ。

「信じます、ルージュさんの事。それに、本当は判ってます。あたしに選択肢なんて無いんだって。あたしみたいに覚悟が決まってない人間が、この先に進んだって望みなんて叶えて貰えっこ無い。でも、ここに来るしか無かった。それだけだったんです、あたし。」

……でもね、エリザ。もしも貴女が自分の力に溺れていたら、そんな風には考えられなかったと思うの。

踏み止まれるのも、強さなのよ。

「……良かった。これで、後顧の憂い無く進めるわ。ヨーコさん、彼女をお願い。私が戻って来るまで付いててあげて。」

「うん、判った。」

「それじゃあ行って来るわ。何人もの人間の人生を狂わせた、そいつに遭いにね。」


4


……私が谷底へ向かって飛び降り、歪みを通って降り立った場所は、何も無い暗闇の世界だった。

いいえ、正確には、暗闇の中に闇の濃淡があって、それが渦巻いてる感じ。

近いのは、光届かぬ深海の景色、かしらね。

足元の地面は……土と言うか砂と言うか。極当たり前の地面。

原初の世界そのままの混沌と言う事は、現在のアーデルヴァイトの材料も全て揃ってる訳だから、見知った世界と同じ形に落ち着いてても不思議は無い、か。

空気もそう。息苦しさや重苦しさは感じない。さすがに、陽の光は望むべくも無いけど。

それじゃあ、マナは?……これも大丈夫。原初の世界そのままでは、マナに還元されずに漂う濃過ぎる生命エネルギーが、生命体にとって毒となり生存出来無くなる可能性もある。

でも、神だって悪魔だって生命体だもの。それではあいつ・・・も生きて行けないから、この亜空間内のマナ濃度もアーデルヴァイトに合わせて調整しなくちゃね。

多分、表アーデルヴァイトのどこかに、門でも繋げてあるのね。

もしかしたら、過剰な未還元マナを、海にでも放出してるのかも知れない。それを受容出来る広大さが、海にはあるから。

あいつ・・・にとって都合の良い環境が作られてたお陰で、人間たちがここに辿り着いてしまっても、死なずに済んだ。

私が上空から飛び降り、墜落前に短距離空間転移をすると、落下エネルギーは一緒に転移せず墜落の衝撃を受けないように、亜空間の歪みに落ちた事で、移送車も転落の衝撃を免れたようだし。

それって、あいつ・・・が故意に助けたのか、それともここに偶然歪みが生まれてただけなのか。

まぁ、今も尚同じ場所に歪みが残ってたのは、明らかに故意ね。

一応、戻って来い、と言う言葉の責任を取る気はあるみたい。

さて、現状確認の為に空間感知も展開してみるけど、ここはおかしな空間ね。

感知が出来無いんじゃ無くて、どうやら周囲の空間はまだ未確定。

私が歩くに従って、歩いた先が世界として確定して行く。

その先の空間は、まだ何ものでも無い。正に混沌。

こんな場所じゃ、普通の人間はナビも無しではまともに歩けないでしょう。私は別だけど。

ここはあいつ・・・の領域、あいつ・・・の世界。

その存在を隠す必要など無い。だから感じる。強くその存在を。

真っ直ぐ進めば、私の先にあいつ・・・へと続く道が出来るでしょう。

この空間において、同格の神である私がそう望むなら。

でもその前に、距離すら未確定だから変な感じだけど、本来10kmしか届かない空間感知に、彼の名前が引っ掛かった。シーリア。

やっぱり、ちゃんと先に着いてたようね。

その場所には、シーリア以外にも3人ほど人間族がいるみたい。

まずは、彼らに遭いに行きましょう。

多分、聞く耳持たないと思うけど、一応忠告だけはしておかなくちゃね。


感知したシーリアたちの下へ行く、と言う明確な意思を持ち歩を進めると、程無くして一軒の酒場が見えて来た。

胸からお腹の辺りだけの扉が付いてる、西部劇で見掛けるような酒場(^^;

あれって、店閉める時どうするのかしら。

キィッ、と小さな軋みを上げ、抵抗無く扉が開く。出入りはしやすいわよね、これ。

私は入り口入ってすぐの場所で立ち止まり、店内を見回す。

カウンターの中は無人だし、ウェイトレスがいる訳でも無い。

あくまで酒場の体を成してるだけで、もちろん営業してる訳じゃ無い。

その無人カウンターの前で酒を呷ってるのがシーリアで、他に3人、思い思いのテーブルで同じように酒を呷る男たち。

ひとりは上等な服を着た、小太りの男。

ひとりは上等な鎧を着た、屈強そうな男。

ひとりは革鎧を着た、私とご同業のような格好の男。

しばらく見回してると、ガタッとカウンター席からシーリアが腰を上げる。

「お、お前……確か、ルージュ……。馬鹿な。生きてる訳無ぇ……。」

「どうしたい、兄ちゃん。喪服の女が珍しいのかい?まぁ、場違いにゃ違ぇねぇが、そんなに驚く事かい?」

そう言って、ご同業男が冷やかすように声を掛ける。

奴隷扱いの人間族だからって、皆が皆、素直に言う事聞いてる訳じゃ無い。

上手く取り入ったり賄賂を駆使すれば、奴隷の中で目を掛けて貰う事くらいは出来る。

どこの世界でも、裏稼業と言うのは成立するもの。

技能はともかく、この男は実際に、盗賊のような男だったのかも知れないわね。

その粗野な振舞いも、微笑ましく感じちゃう。

昔は、こんな仲間が周りにたくさんいたものね。

「ん?ヴェールで判りづれぇが、俺っちの事見てんのか?どうした。こんな色男は初めてか、姉ちゃん。」

「……そうね。確かに貴方、以前の仲間を思い起こさせるから、少し可愛いかも。男の良し悪しって、顔じゃ無いからね。」

「ぶわっはっはっはっ。おい、お前。顔が不味いと言われてるぞ。」

思わず噴き出す屈強男。

「五月蠅ぇ、筋肉!手前ぇだって、人の事言えねぇ面してんじゃねぇか。それにな、この姉ちゃんは俺っちの事を可愛いって言ったんだ。そこが大事だろ。」

「ふん、そりゃお前は可愛いだろうさ。そんな細っこい体じゃ、誰かに守って貰わにゃならん。女子供みたいにな。」

「手前ぇ……。」

盗賊男は、いつ取り出したものか、その手にナイフを握って身構える。

「ほう、やるのか?ここまで来て、死に急ぐ事もあるまいに。」

そう言って席を立つ屈強男は、しかしその手に得物を持っていない。

得物を必要としない能力、なのかしらね。

「五月蠅い、手前ぇら!こっちの話が先だ!おい、ルージュ!一体お前は、どうなってやがるんだ!」

改めて声を荒げるシーリア。

「……。」私はその声を無視して、カウンターまで歩いて行く。

咄嗟に飛び退き、私の剣・・・を構えるシーリア。

私はカウンターに腰掛け、そこにあったボトルからグラスに酒を注ぐと、それを一気に呷る。

「ひゅ~♪姉ちゃん、行ける口かい?どうだい。俺っちとこっちで呑まねぇか?」

先程までの鬼気が嘘のように消え、軽口を叩く盗賊男。

「けっ。」と毒気を抜かれた屈強男は、席に着き直して酒を呷る。

「……怯えなくて良いわよ、シーリア。別に、取って喰ったりしないから。他の子たちもね。……あいつ・・・に遭いに行く前に、一応忠告しとこうと思っただけだから。」

あいつ・・・に遭いに行く、と言った途端、場の空気が変わる。

「あ、あんた……。この先の道順が判るのかい?」

これまで沈黙を守ってた、小太り男が声を上げる。

「……どう言う事?」と、私はシーリアに問い掛ける。

「……俺たちは、何も好き好んでこんなところでたむろしてる訳じゃ無ぇ。皆先へ進もうとして、どうしてもここに戻っちまうのさ。俺は、まだ全員集まっていない所為、かと思ったんだがな。」

なるほどね。ただの人間じゃ、自分の意思で行きたい場所に行けるような場所じゃ無いものね、ここ。

堂々巡りしてこの酒場に何度も戻されたら、ここで待つ事に意味があるんじゃないかと思えもする。

実際、まだその時だとあいつ・・・が判断してないんでしょう。

「私はね、貴方を感知して遭いに来たのよ、シーリア。貴方は勘違いして襲って来たけど、私、貴方たちとは違うから。あの日あの時、私はあの移送車に乗り合わせていなかった。」

「なん……だと……。」

「私の名はルージュ。他の方々もよろしく。」

そう言って席を立ち、スカートを摘まんで軽く会釈する。

「この国から遠く離れた、人間族の国から来た異邦人よ。そこではねぇ、人間族は奴隷なんかじゃ無い。だから、私みたいに自力で強くなる変わり種もいるの。」

「……人間族の国……、本当にそんなものが……。」

小太り男が、信じられないと声を上げた。

「信じ無くても良いけど、私は貴方たちと一緒にここへ来た奴隷じゃ無いし、シーリアに斬られたくらいじゃ死なないの。それに、ライバルじゃ無いんだから、わざわざ戦う必要も無い。そうでしょ。」

相変わらずシーリアは構えを解かないけど、襲って来る気も無いみたいね。

ま、彼の力じゃ、斬っても死なない相手を倒す術も無いし。

「……で、その死なねぇ奴隷でも無ぇ姉ちゃんが、一体何を忠告してくれるんだい?」

「……貴方たちは、もう人知を超えた力を貰ったでしょ。それだけでも、今までとは違う人生を送れる。これ以上を求めて、殺し合う必要なんて無いじゃない。ここから素直に立ち去って。今ならまだ間に合うから。」

「……。」「……。」「……。」「……。」

「ま、無駄だとは思うんだけど、私の老婆心よ。言いたいから言った。どうするかまでは知らない。」

そして、私はもう一杯グラスに注ぎ、それを呷ってグラスを床に叩き付けた。

コツコツコツ、とヒールを響かせて、例の扉の前まで歩いて、一度立ち止まる。

「さっきも言ったけど、私は貴方たちとは別口なの。勝手に行かせて貰うけど、私が望みを叶えて貰える訳じゃ無いから、気にしないで。」

「ま、待て!……それじゃあお前は、何の為にあいつ・・・に会いに行くんだ……。」

「そうね……まずは、説得してみるわ。」

「……聞かなかったら?」

「どちらかが、死ぬ事になるかも知れないわね。」

私は殺気を乗せて、そう呟く。

「ひぃっ!」と小太り男が椅子から転げ落ちる……わざとらしい。

他の連中が気付いたかどうか。この男、最初からずっと、一切感情が動いてない。

多分これ・・、本体じゃ無いのかも。

マリエンヌは、襲って来た相手が、他人を操る能力なんじゃないか、って言ってた。

もしかしたら、この小太り男の本体が、そうなのかも知れないわね。

キィッ、と扉を押し開け外へ出るも、誰かが追って来る気配は無し。

私を阻止しても意味が無いと承知したからか、私の殺気に怯んだからか。

さて、それじゃあ私は、あいつ・・・の許へと行きましょう。

説得もそうだけど、単純に興味がある。

あり得ないはずの亜空間に潜む、いるはずの無い悪魔らしきモノ。

今から行くわよ、そう強く意識して歩を進めると、背後でみっつ・・・の殺気が膨れ上がり、私がその場を離れる頃には、気配はひとつになっていた……。


5


その強大な存在を感じながら、振り返る事無く歩みを進める事数分……とは言ったけど、実際問題、この亜空間の中で時間がどのように経過してるのか判らない。

考えてもみて。シーリアは私よりかなり先行してた。

その間、ず~とあそこで、お酒飲んでくだを巻いてたのかしら。

いいえ、きっと違うわ。シーリアや他の人間たちは、あの酒場に辿り着いてまだほんの数時間しか経っていない、と感じてたと思う。

ここでは多分、外と中で時間の流れが違う。

それどころか、混沌としたままだから、空間内でも時間が安定してないでしょ。

時間と言うのは、決して一定で流れる存在では無い。

それは、新幹線の中と外では時間の経過が違ったり、ブラックホールの中心に近付くほど時間が遅くなると、現世でも言われてた。

光の速さで飛べる宇宙船が、地球に留まる人間とは違う時間を経過して、遥かな未来へ辿り着く。

浦島太郎になぞらえてウラシマ効果と呼ばれる現象はSFの定番で、私が大好きだったねこめ~わくとかトップをねらえ!にも出て来たわね。

だから、時間と言うのはそもそも不確定なもので、アーデルヴァイトですら物質界と精霊界、アストラル界では少し時間の流れが違う。

原初の世界の時間を創造神の理で確定させる際、完全には制御し切れず多少の誤差が生じたんでしょうね。

あくまでも、人間族の魔導士が学問として何代にも亘り永い時間を掛けて調査、研究した結果に過ぎないけど、物質界で100年経過した時、精霊界では99年、アストラル界では101年経過するそうよ。

まぁ、精霊界の証言者は、悪戯好きの精霊たち。アストラル界の証言者は、千三つ屋の悪魔たち。

真実とは言い切れないけど(^^;

そしてここは、原初の世界が未確定のままになってる。

そこにいる者の望む通りの形を持つなら、時間もそれに準じた形で流れるのかも知れないわ。

さすがに、神となっても時間までは自由に操れない。

範囲を対象者に制限する事で、その者の時間だけ早くしたり(ヘイスト)、反対に時間経過を遅くしたり(スロー)する魔法はあるし、結界内だけ、一切抵抗されないと言う制限、制約によって予備体や食料の保存を可能にしてたけど、本来時間って世界中で同様に流れてるでしょ。

新幹線とか光速宇宙船とか、ある条件下で時間の流れが変わる事象を除き、時間そのものを操ろうとしたら成層圏から深海の底、表アーデルヴァイトから裏アーデルヴァイトまで、世界中を効果範囲にして魔法を行使するようなもの。

極シンプルに「時間よ停まれ!」なんて能力を発動するとしたら、どれほどのエネルギーを必要とするのよ。

そんな事、神様風情に出来る事じゃ無い。多分、創造神でも出来無い。

だから、この空間内そのものの時間は、私が弄れるようなものじゃ無い。

果たして、私が外へ出た時、1分も経ってないのか、1か月も経ってるのか。

個人的にはどうでも良いけど、ヨーコさんたちをあんまり長く待たせる訳には行かないから、ここは少し急ぐ事としましょうか。


そんな事を考えてたからか、そこへはすぐに辿り着いた。

渦巻く闇が少しだけ濃さを減じ、ドーム球場ほどの空間を創り出してる。

そして、その中央に小高い丘……と見えるそれこそが、この亜空間の主、あいつ・・・だった。

全体を確認する事が出来無いほど巨大な体だけど、形容するのは簡単……百目鬼。

そう、その体中に目、眼、瞳……所狭しと無数の目が存在し、こちらを睥睨してる。

でも、ただの目じゃ無い。

人間の目、神族の目、魔族の目、エルフの目、ドワーフの目、ホビットの目、グラスランダーの目、ゴブリンの目、コボルドの目、オークの目、オーガの目、トロールの目……亜人種や人型モンスター……だけでは無い。

グリフォンの目、ワイバーンの目、サーペントの目、クラーケンの目、古代竜の目、馬の目、豚の目、牛の目、鶏の目、鴉の目、狼の目、犬の目、猫の目、蜻蛉の目、蟷螂の目、飛蝗の目、蜂の目、魚の目、海豚の目、鯨の目……もうどれがどれやら判らなくなるくらい、種々雑多な目が並んだ百目鬼。

……正直、キモい(^^;

でも、この姿がこの悪魔を象徴するものなら、きっと見る事こそがこの悪魔の神格なのね。

一体どこまで、こちらを見透かしてるのかしら。

私が傍まで行って見上げてると、ぶるぶると百目鬼の体が震え出す。

その震え……振動に乗って。

「良くぞ来た、人間……と言いたいところだが、お前は誰だ。」

頭の中に、言葉が響く。念話だけど、一応言語は人間族のものね。

「確か……外で何度か見掛けた……。しかしお前は、あの時の人間たちのひとりでは無い。何の用だ。何者だ。どうやってここへ来た。」

あら……どうやら私の事を、人間だと思ってる?

これだけの目を持つのだから、てっきり隠してる神の気も見透かされるかと思ったんだけど……。

思えば、パーフェクトステルスで黄金樹へ向かった際、オフィーリアは目覚めなかった。

今の私が本気で隠蔽したものは、神に等しい存在に対しても隠しおおせる、のかも知れないわね。

それなら、このまま人間の振りを続けましょうか。

「えぇ、確かに私は、あの子たちとは違うわ。盗賊系冒険者のルージュよ。よろしくね。」

「盗賊系……冒険者?……そんな者は、この世界にはいない。お前は何者だ。」

「……私の見立てでは、貴方、悪魔よね。でも、本当に悪魔なら、貴方だってこの世界にはいないはずの存在でしょ。……聞いても良い?」

「……何だ、おかしな人間よ。」

「貴方は、どこまで神話や歴史を知ってるの?それを確認したいから、まずは私の知ってる神話を聞いてくれる?」

「……良いだろう。それが答えに繋がるのなら。」

「ありがとう。……神々は力の象徴ドラゴンを追放した後、光と闇に分かれて戦争をした。永い戦いの中で、闇の神々の一部が自らを悪魔と呼称するようになって、光の神と闇の神は神と悪魔になった。戦争末期、有力な神数柱が堕天し、力の均衡が崩れた事で悪魔が勝利を収める。まぁ、ここまでは良いとして、追放されてたドラゴンと原初の精霊である初代精霊女王は、神も悪魔も等しくアーデルヴァイトの脅威であるとして、悪魔をアストラル界へと追放した。だから、よ。悪魔である貴方は、アストラル界に創られた真なる魔界にいなくちゃおかしい。」

百目鬼の体が、少し震える。私はこの悪魔が、その時魔界へ追放されなかった悪魔なんじゃないかと思ってる。

もちろん、ドラゴンと精霊の手を逃れてこの世に留まり続けた悪魔がいた、と言うのは突拍子も無い話なんだけど、真なる魔界から亜空間を使って自由に物質界に出入りしてる悪魔がいる、と考えるよりかはずっとマシ。

あの闇孔雀でさえ、ちゃんとした儀式に則らなければ顕現など出来ないのに、この百目鬼には出来る、とはとても思えない。

そして、かなりのレアケースとして、私は海底で光の神と出逢い、闇の神と一緒に過ごしたわ。私の闇の神様は、魔界へ墜ちなかった悪魔と言って差し支えない存在。

あり得ないはずだけど、私は前例を知ってる。

だからこそ、この悪魔は真なる魔界にいる現在の悪魔とは、別班なんだと思う。

「神々はあちら側の大陸を主戦場とし、こちら側は裏側の大陸だと認識してた。」

もう一度、百目鬼の体が震えた。

「……だから私はこちら側を裏アーデルヴァイト、向こうを表アーデルヴァイトと呼ぶけど、表と裏では全く違う歴史を辿ったのよ。」

「全く違う……歴史?」

「そう。裏アーデルヴァイトの方が、ある意味正しい流れと言えるかも。神と悪魔がこの世を去った後、神が自らを模した神族、悪魔が自らを模した魔族が覇権を競い、エルフ、ドワーフ、ホビット、グラスランダーたちは得意とする分野において神族、魔族に匹敵するから、支配はされてもそれなりの待遇を受けてる。それに対して、力も弱く、魔法も満足に扱えない人間族は、最弱種族として奴隷のような扱い。当然、裏アーデルヴァイトの人間族は、私みたいに強くなれない。」

「おぉぉ……、つまりお前は……。」

「……表アーデルヴァイトでは、初代の主神がその神々しい姿で自らを生き残った神だと詐称した。そして、闇の者どもを邪悪な存在と決め付け、光こそ正義と魔族に戦いを仕掛けた。そこに、真っ先に与したのが人間族だった。もちろん、当時の人間族はやっぱり最弱種族だったんだけど、神族が神を真似て自らに模して創った愛着からか、すぐに協力を申し出てくれたからか、手厚い加護を与える事で光の軍勢の尖兵として戦果を上げて行った。そうして天秤が神族に傾くと、次から次へと他の種族も光側に与し、闇の者どもを北の僻地へと追いやった。神族の加護と旺盛な繁殖力で、今や表アーデルヴァイトを実効支配してるのは人間なのよ。そんな表アーデルヴァイトの人間族の中からは、絶対数が増えたからかしら、稀に神族や魔族、古代竜にさえ並ぶほどの、英雄や勇者が生まれる事があるの。」

ぎょろりと、百目鬼の目の多くが私を射抜き。

「……Lv.40、人間族の勇者……。なるほど、それがお前と言う答えか。」

ふむ、鑑定、神眼、心眼と言ったスキルによって、能力を見る事は出来るみたいね。

でも、力を抑えた状態の、誤った能力しか見えないみたい。

いいえ、むしろ見えてしまうから、それを簡単に信じてしまう。

まぁ、現在の能力値、と言う意味でなら、実際精確なんでしょ。

「表アーデルヴァイトで、盗賊系冒険者をやってたルージュ。今は海を渡り、裏アーデルヴァイトで活動中。これで私の事は判ったかしら。私は、貴方の事が知りたいわ。」

「……良いだろう。どうやら、私の正体に薄々勘付いているのだろう。どうだ。お前の考えを言ってみないか。」

そう来たか。まぁ、外れているとも思わないけど。

「……そうね。神代の戦いの折り、戦線の拡大に伴って、何柱かの神と悪魔が裏アーデルヴァイトまでやって来た、と聞いてるわ。そして、悪魔が勝った後、ドラゴンと精霊によりアストラル界に追放される訳だけど、彼らにとってもこちら側は裏側だったんでしょ。表アーデルヴァイトほど一気に攻め立てられなかった。何柱かの悪魔は、もしかしたら難を逃れたのかも。例えば……、偶然見付けた亜空間に逃れて。」

百目鬼の反応は無い。

「貴方が悪魔であるのは間違い無いと思うけど、裏アーデルヴァイトでは悪魔って神同様すでにこの世にないと思われてるの。神族、魔族は優れた種族だから、悪魔に力を借りようとしなかったみたい。それってつまり、ここが裏アーデルヴァイトである以上、貴方を招喚するような術者はいない、と言う事。貴方が魔界から来た悪魔じゃ無いなら……。」

「……なるほど。良く物を知り、頭も周り、物事の本質も良く見ている。表の勇者とは、皆お前のように賢いものなのか?」

「……いいえ。私は特別。それに、私にも見えない事はたくさんあるわ。」

「そうだな。……答えはYESだ。そして、お前は己の事も良く理解しているようだ。」

「……どう言う意味?」

不味い。この流れは良くない。

どうする?力を解放して備えた方が良いかしら。

それとも、まだ力は隠しておいた方が……。

「貴重な情報をありがとうよ。ルージュ、だったな。その名は覚えておこう。だがお前は危険だ。いくら勇者とは言え、人の身で知らぬはずの事を知り過ぎている。特異過ぎる。」

そう語り掛けながら、百目鬼は私の排除を始めていた。

気付いた時には、すでに足が消え始めてた。

不味い!これって、多分……。

「勇者とは言え、人間。悪いが、ここでお別れだ。もう二度と遭う事はあるまい。そこは私ですら出ては来られぬ……。」

百目鬼の念話は、最後まで聞けなかった。

話し終える前に私の姿は消え、その場には僅かに空間の歪みが残るのみだった。


……、……、……。

先程までいたのとは、別の亜空間。判るのはそれだけ。

ここがどこなのか。位置、座標、世界……どこ、の定義は色々あるけど、ここがどこだか判らない。

感知したって、あっちの亜空間同様、私の周りだけが辛うじて見知った世界の振りをしてるだけで、その先は未確定。

百目鬼の気配もシーリアたちの気配も、ヨーコさんや遠く離れたクロやオルヴァドルも気配も、何ひとつ感じられない。

……私がここに来た時の歪みはどこ?……もう判らない。

そう言えば、最後に百目鬼は、自分でもここからは出られない、みたいな事言ってたわね。

……不味ーーーい!

わざわざ歪みを通って出入りするくらいだから、仮に別の亜空間なんてものがあっても、繋がりは認識出来ると思ってた。

同格の悪魔だし、百目鬼が出入り出来る亜空間からは、私も出て来られると思ってた。

まさか、彼自身が出て来られないような亜空間に、閉じ込められるとは迂闊!

いっそ、彼が完全に亜空間を制御下においていたなら、それを逆手に取る事だって出来たのに。

自分でも制御出来無い場所に放り込むなんて……中々やるわね……って、言ってる場合かっ!

そうだ!転移。転移しちゃえば……駄目。それだけは絶対駄目。

そもそも、出来るかどうかも怪しい。

考えてもみて。アストラル転移で簡単に世界の壁を越えられるなら、悪魔だって物質界に簡単に出て来られるじゃない。

三界の壁はそんな簡単に超えられるものじゃ無いし、さらに亜空間として隔絶されてるなら尚更。

仮によ。仮にいつも良く転移してる場所にアストラル転移出来たとして、いつも通り体を招喚出来る?

ちゃんとマーキングしておいても、果たして世界の壁を越えてそれを発見し、座標の特定なんて出来るの?

あぁ、もちろん、私はいくつも予備体持ってるから、それに入り直せば済むわよ。

でも!それだけは絶対駄目!

……ライアンと過ごしたこの体以外、私にはもう体は無いの。

アストラル体で転移しても無事に目的地へ飛べるかどうか怪しい上に、成功したとて多分体を失う事になる……。

あれ?……これもう詰んでる?

そして私は途方に暮れる……。


つづく

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異世界なんて救ってやらねぇ 千三屋きつね @fox1003

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