第三章 踊る人間


1


私たちはハンスの足跡を辿る為、一度ヴィルムハイムまで転移で戻り、その足でまずは国境の街アングレーを目指す。

ミラの足で三日、南北に狭いティールイズだけに、すぐに辿り着く。

ただ、ひとつ問題が。いるのよ、奴らが。神族魔族のゾンビもどきたち。

見れば、アングレーの守備兵たちは神族ね。

国境の街って言うけど、所属はバーデンホルト帝国側なのね。

もしかしたら、両国で奪い合ってて、今は帝国領って事なのかしら。

この街では、結界を張ってゾンビもどきたちの進攻を防いでるけど、マールデイムの防護柵と同じように、壁のように張る結界を用いて足を止めてるだけで、それ以上どうして良いか判らないみたい。

神族だから結界で防げてるけど、神族なのに浄化出来無いで戸惑ってるのかしら。

封印しちゃえば簡単だと思うけど……、思えば、結界などを応用して何某かの存在を封印する術って、学問としての魔導なのかも知れないわね。

どこかに閉じ込めて入り口を結界で塞いじゃう簡易封印なら、多分神族たちだって一般的な結界の応用として普通に使うんでしょうけど、森エルフの森の遺跡でガリギルヴァドルに施されていたような封印は、儀式や魔導具を用いる必要があるからちゃんと研究成果が論文としてまとめられてる。

そう言った事は、表アーデルヴァイトでも人間族とホビットくらいしかしないし、エルフたちの場合口伝として年長者から延々受け継がれて行く。

こちら側でも、神魔の特殊な能力として封印に相当する結界術などはあるんでしょうけど、少なくとも、これだけの異常な部隊を一遍に封印するような能力は、持ち合わせていないんでしょうね。

これは、他の国境の街々でも、ゾンビもどきたちには手を焼いてそう。

……放っといても良いんだけど、対処を誤れば感染が広がる厄介な呪いだし、一応祓っときますか。

私はミラを塵に還すと「やるの?」と言うヨーコさんに「やるわ。」と応え、布陣してる守備兵ごとアングレーの街を結界で覆う。

今回の結界には、不可視の性質のみを与える。つまりは目隠しよ。

そうして、これから起こる事態を隠蔽した後、さっと両手を上空に翳し、7つの魔力回路でドラゴンバスターを描いて行く。

……あれ?ここから過程を飛ばせば、ドラゴンバスターもキャンセル出来るかしら。

7つの内のひとつを使い、過程を飛ばしてアストラル体を抜き出してみる……、失敗したわ。

魔力回路も未発動のまま。

さすがに、ここまでの大魔法となると、私の神格ではちゃんと発動しなさい、って事かぁ。

まぁね、黙詠唱から無詠唱に格上げされたし、別に手間な訳じゃ無いのよ。

神様なら何でも出来る、って訳じゃ無いのも承知。

あくまで、思い付きを試してみただけ。

でも、思ったより私って、神としては大した事無いのかしら。

ちょっと自信失くしたわ(-_-)

「……ねぇ、両手挙げたまま固まっちゃって、どうかしたの?」

「あぁ、ごめんなさい。何でも無いの。すぐにパパッと片付けちゃうわね。」

気を取り直して、7本の巨剣を振り下ろした後、7つの魂を抜き取る動作は飛ばし、と言う作業を10回弱ほど繰り返す。

60体強と言うのは、多いのかしら、少ないのかしら。

目の前に広がる、黄金色の草原が消えた後。

「良し。それじゃあ結界を解くから、ヨーコさんは精霊界に姿を隠して街へ入って。私はステルスで街に入ってから、ヨーコさんと合流するわ。」

「え、どーして?このままじゃいけないの?」

「いきなり目の前からあいつらが一掃されて、しれっと私たちが歩いて行ったら、信じられないかも知れないけど私たちの仕業、って思われちゃうでしょ。私のこの格好はこっちじゃ目立つみたいだし、下手に絡まれたら面倒じゃない。ヨーコさんだって、こっちじゃ妖精は珍しいみたいだから、あれはお前がやったのかー、って追い掛けられちゃうかも知れないわよ。」

「えー!?私に出来る訳無いじゃ~ん。そんな事で追い掛けられたく無ぁ~い。」

「でしょ。だから隠れて街に入って、亜人区に行きましょう。一応、何か話が聞けないか、情報収集はしておきたいから。」

「了ぉ~か~い。それじゃあ、先行ってるね。」

そう言うと、ふっ、と精霊界の方へ少しだけズレて、街の方へと飛んで行く。

私はすぐに結界を解除して、ステルス発動。

慌てふためく守備兵たちを放置して、短距離空間転移で街の傍へと転移した。


ここアングレーも当然城塞都市で、国境の街だけに物々しい雰囲気。

今は帝国領みたいだから、神族が貴族階級に当たるけど、むしろ軍事関係者ばかりって感じね。

亜人もドワーフがかなり目立つし、まさに最前線。

労働力としての奴隷魔族の姿は見当たらない。

戦奴か……性奴や拷問奴隷として、地下に囲ってるのかもね。

ハンスの話を聞く限りでは、歴とした娼館も居を構えてそうだけど、さすがに拷問奴隷は別口でしょう。

そう考えると、ハンスは運が良かったのかも。

拷問奴隷にされちゃったら、もうそこで人生終わっちゃうからね……大抵の場合。

私はヨーコさんと合流すると、早速亜人区の中にある酒場へと向かったわ。

妖精を連れた黒衣の人間女……やっぱり悪目立ちするけど、特に呼び止められたリはしなかった。

神族たちは慌ただしく行ったり来たりしてて、どうやら南門外であった異常事態で大わらわみたい。

その気は無かったんだけど、ゾンビもどきを処分したのは、結果的に良かったようね。

「私にはエールを。この子には……。」

「あたしもエール頂戴。ル~ジュ~、あたし子供じゃ無いのよ。」

「ふふ、ごめんなさい。ヨーコさん可愛らしいから、つい。それじゃあ、人間サイズを1杯、妖精サイズを1杯。お願い出来るかしら。」

そう言って、私は広く開いた胸元から、金貨を1枚取り出してカウンターへ置いた。

一瞬にやけて、その後ぎょっとしたマスターは、素早く金貨を懐に仕舞い、慌ててエールを用意する。

「どう言う……つもりかは知らねぇが、一度受け取ったもんは返さねぇし、こんな安酒場にゃ何も無ぇぞ。」

私は受け取った杯をヨーコさんの杯……お猪口と軽く打ち合わせると、安エールで少し唇を湿らせた。

「気にしないで、私にとってははした金だから。むしろ、金額が大き過ぎて警戒させちゃったかしら。お酒のお代と、情報料だと思って頂戴。ちょっと聞きたい事があるだけよ。」

「聞きたい事?……にしてもあんた、何もんだ?喪服の人間族……この街のもんじゃ無ぇだろうが、それじゃあ外から来たってか。人間が?そんな馬鹿な話があるのか?」

酒場だからドワーフ、って事なのかどうか、このマスターはドワーフ。

ドワーフはほぼ例外無く、職人であろうと酒場のマスターだろうと、皆生まれながらの戦士。

彼らなら、自由は制約されるけど奴隷階級じゃ無いし、街を逃げ出して他の土地に移り住む、つまりは荒野を歩き回る事も可能でしょうね。

でも普通なら、人間族にそれは無理。

帝国での扱いがティールイズ同様かは判らないけど、奴隷じゃ無くても最下層民の人間族は、街の移動の許可なんて出ないし、自力で荒野も歩けない。

結局、どこか他の街へ行くなら、奴隷として、もしくは仕える主に連れられて、守られた上で街を移動するしか無い。

つまり、基本的に人間族の移動なんて無い。荷物や家畜程度の扱い。

「私の正体なんかどうでも良いと思うけど、妖精と一緒だもの。そこそこ魔法が使える、とでも思ってて。」

「魔法……か?ふん。エルフが長耳を魔法で隠してるだけかい?人間に化ける意味は判らんが……。で、何が聞きたい。」

「……私の知り合いの子供がね、どうやらこの街で奴隷として働いてたみたいなの。兵隊さんの相手をしてたみたいだから、どこかの娼館にでもいたんでしょ。」

「人間の娼婦か?」

「いいえ、男の子。」

「なるほど。そりゃ、裏通りの白薔薇の園だな。この街は、魔王国にも帝国にも、どちらにも属した事がある。だから、今は人間族も表向きゃ奴隷じゃ無ぇが、奴隷扱いする奴も多い。白薔薇の園は、人間族の奴隷もたくさん扱ってる非合法娼館だ。まぁ、この街の領主がオーナーだから、取り締まられる事は無ぇけどな。」

やれやれ。単独支配者の小国では、そんな事が日常茶飯事なんでしょうね。

「ま、諦めるこった。そんな店だから、奴隷を身請けするなんて言っても相手にされねぇぞ。」

「あぁ、違うのよ。その子は、今はもうそこにはいないから。」

「あん?それじゃあ、何だって言うんだ。」

「……その子はね、そこからも買われて行ったのよ。……どこかの馬鹿が、クーデターなんか考えたそうじゃない。」

「……その話か。クーデターは失敗したそうだ。この街の下町じゃ、詳しい事までは判らねぇけどな。」

「ふ~ん、そうなの。……確か、戦奴集めてたのって……。」

「ギルフォード。あんたが知りたいのは、死の商人ギルフォードの事だろう。カティスの街を根城にする、奴隷だけじゃ無い、何でも扱う死の商人さ。クーデター派に付いて色々協力してたって話だ。」

「それじゃあ、今立場は危ういの?」

「……そんな話は聞かねぇな。俺が思うに、クーデター派だけじゃ無ぇ。皇帝とも繋がってるんじゃねぇか。そう言う男だよ、ギルフォードって奴は。」

「そう……。それで、そのギルフォードってどんな奴なの?神族の男性だとして、年齢とか、特徴とか。」

「はは、そう思うよな。違う違う。奴は魔族だ。どう上手くねじ込んだものか、この国で唯一の貴族階級の魔族さ。何でも、褐色の肌をしてる事以外は、神族に良く似た外見をしてるって話だ。それで気に入られたのかもな、バーデンホルト様によ。」

「それは……意外ね。」

本当に意外。でも、裏アーデルヴァイトの小国を、私は今まで歩き回っていなかった。

やっぱり、その国その国で、色々と違う顔を見せてくれるものね。

見ると聞くでは大違い、か。

「ありがとう。それじゃあ今度は、そのギルフォードにでも会いに行ってみるわ。」

「……はぁ!?何馬鹿な事言ってやがる……と言いたいとこだが、どうやらあんたぁ、本当に特別みたいだな。奴隷の事にしろ、クーデター、ギルフォードの事にしろ、全く動じるところが無ぇ。ただの人間の女にゃ思えねぇ。だから、会いに行くと言うなら本当に会いに行くんだろうが……。」

「……何?」

「あれは何とかしてくれ。妖精ってのは、皆酒乱なのかい?」

見ると、お猪口一杯のエールに酔ったヨーコさんが、酒場中で暴れてた(^^;


2


「……ごめんなさい。あんなに酔っちゃうなんて思わなかったの……。」

しゅん、としてるヨーコさん。

あの後、解毒・アルコールの魔法で一気に酔いを醒ますと、我に返ったヨーコさんはずっと反省してしょんぼりしてる。

ちなみに、毒耐性・アルコール分解とかアルコール耐性なんてスキルがあるように、解毒・アルコールと言う魔法も表アーデルヴァイトでは基本的な解毒魔法として広まってる。

酒酔いと言うのは、そうして研究が進むほど人々にとって重要な要素な訳ね。

まぁ、貴重なスキルポイントを割り振らなきゃならないから、皆が皆習得してる訳じゃ無いけど。

「お酒、初めてだったの?」

「ううん、かじゅちゅちゅを良くメイメイと飲んでた。甘くて美味しくて、あんなに酔ったりしなかったんだけどなぁ。」

果実酒か。多分、ジュースか何かで割ってカクテルみたいにして、アルコール度数は薄めてあったのね。

「良い?ヨーコさん。あぁ言うスラムの酒場で出す安酒は、お城で出される上品なお酒とは違うのよ。美味しさよりも、どれだけ安く酔えるかが大事で、乱暴なお酒なの。まぁ、酒場も儲ける為に水と混ぜて薄めたりするんだけど、ヨーコさんのはお猪口だったから、薄めず出したのね。安酒には気を付けなくちゃね。」

まぁ、さすがに金貨1枚の上客だから、私のエールも濃かったけど。

「そっか~。メイメイ女王様だもんね。良いお酒出してくれてたんだ。」

「良かったら今度、ヴェルに美味しいお酒でも出して貰いましょうか。数千年国を治める彼女たちなら、きっと良いお酒飲んでるわよ。」

「うん、そうね。あたし、美味しいお酒の方が良い。もうあー言うところのお酒、飲まないわ。」

良かった。元気になったみたい。

それじゃあ、改めてこっちに対処しましょう。

ずっと付けて来てる、多分例のひとりに。


アストラル体で抜け出して、後ろの男の姿を確認して戻って来る、と言う過程を飛ばし、男の姿を観察する。

これは、言ってみれば千里眼ね。

アストラル転移出来る場所に限られるし、あくまで今現在の状況をライブで確認出来るだけで、過去や未来までは見通せない。

この千里眼さえあれば何でも判る、と言うほど便利な力じゃ無いけど、アストラル体で見聞きするのと一緒だから、映像だけで無く音声もその場の雰囲気も感じられて、多くの情報を与えてくれるわ。

男はやはり人間族で、軍馬じゃ無いけど鞍などの馬具はちゃんと装着してる馬に乗り、身なりも小綺麗でそこそこ立派な剣を腰に差してる。

もちろん、裏アーデルヴァイトに人間族の貴族……そこまで上等でも無いか。貴族じゃ無いにしても、商人なり軍属なり、中層民と言えるような身分の者はいない。

調教された馬に乗り、小綺麗な格好で武装までしてる人間族と言う時点で、彼は異常。

髪の毛はざんばらで、体型は中肉中背だから戦士と言った風情でも無いんだけど、その眼光だけは鋭い。

確固たる自信を漲らせてる。

きっとその力で、もう何人も斬ったのでしょうね。

馬も服もその剣も、多分誰かから奪った物。

彼も奴隷だったはずで、そんな彼が力を得たなら、その力で色々なものを手に入れようとするでしょう。

それ自体は、否定するものでも無いわ。

……彼の姿には覚えがある。

思い返せば、あの時、亜人区の酒場にいたわ。

どうやら、酒場からずっと付けて来てたのね。

私が気付いたのは、荒野へ出てから。

私と同じ街道を馬で行く人間。表アーデルヴァイトだったら、そんなのいくらでもいる。

でも、裏アーデルヴァイトにはいないわよね。そんな人間。

いるとすれば、例の人間たち。

彼は、私たちに付かず離れず付いて来る。

機会を窺ってるのかしら。

そこで私は、ミラの足を落とす。

彼の方はそのままの速さで進み続け、5分ほどもすると2頭の馬は轡を並べた。

私は、ミラの左側に腰掛けてて、彼はミラの左側に並んだ。

慌ててヨーコさんは私の右側に隠れて、しばし無言のまま2頭は同じ歩調で歩き続ける。

「……荒野を馬で行く人間……間違いあるまいな。」

そう独り言つと、彼は手綱を放し、腰の物に手を掛けた。

少しも動じない私に気圧されたのか、彼はすぐに抜いて来ない。

10秒……20秒……、当然、一番寿命の短い者が耐えられなくなる。

「しっ!」と、不意に居合で一閃。

私はその場でミラを塵に還し、結果その場に留まる事で剣を躱す。

ぴゅん、と近くの木の陰に身を隠すヨーコさん。

そのまま少し先まで歩く彼の馬。

改めて手綱を引き絞り、馬の背から飛び降りると、手綱を近くの木に巻き止める。

「……馬が消えた?……それがお前の能力か?」

一見隙だらけで……本当に隙だらけのまま、彼は私との距離を歩いて詰めて来る。

「俺の能力はこれだ。」そう言いながら、彼は手にしたロングソードを捧げ持つようにして、私にそれを示して来る。

「あるドワーフから手に入れた物だ。どうだ、素晴らしい出来だろう。本当だったら、一生手に出来無いような逸品だ。」

えぇ、彼が言うように、かなり上等なロングソードね。

でも、所詮亜人用。魔法も掛かっていない普通の剣で、こしらえは良くても大した剣じゃ無い。

亜人なんて、戦力として使うにしても戦奴が良いとこで、適当な得物を与えておけば良い。

その程度の扱いしか受けないから、職人たちもそんなに上等な武具は作れない。

彼の剣は、そう考えれば、確かに中々の逸品なのかもね。

彼が斬ったであろうそのドワーフが、自分用にと内緒でこしらえた剣だったんでしょうから。

「悪く無いわね。でも残念。私の剣の方が立派だわ。」

そう言って、背中で隠すように招喚したロングソードを、彼に見せ付けるように構える。

それは、エッデルコが……ライアン用にとロングソードを打ち始める際、試作にと何本か打ったものの1本。

試作とは言え意匠も素晴らしく、魔法も掛けられていて+10相当の名剣。

そうね。背景を踏まえれば、裏アーデルヴァイトには存在し得ない武器、と言う事になるかしら。

さっき・・・人形と戦った時に使ったのも、このロングソードだったわね。

何本もあるのだし、特にこの1本に思い入れがある訳じゃ無いんだけど。

「……何……だ、それは……。俺にも判るぞ。神族たちの武器なんかより、よっぽど上等じゃ無いか……。」

呆気に取られる彼。

「……お前は能力では無く、その剣を貰ったのか?」

「どうかしら。わざわざ手の内を晒す必要なんて無いでしょう?」

その時、私が彼に剣を見せ付けた時に上空へ放っておいた、これまたエッデルコ作の戦闘用ナイフが彼の肩口を襲った。

「ぐおっ!」と、まともにナイフを喰らった彼は、二、三歩たたらを踏んでから、左肩に刺さったナイフを抜いてそれを地面に叩き……付ける前に、そのナイフのこしらえにも驚きの表情を浮かべた。

「ど……どう言う事だ。お前はこれも貰ったのか?……いや、お前もすでに、何人か斬った後、と言う事か。」

勝手に納得する彼。……そう言えば、まだ名前も知らないわね。

「私はルージュ。ごめんなさい。お互い名乗り合う前に傷付けちゃったわね。まさか、避けられないとは思わなかったから。」

今度こそナイフを地面に叩き付けて。

「抜かせっ!俺の名はシーリア。神族も魔族も斬り伏せる、最強の剣士になる男だ。」


猛然と突っ込んで来るシーリア……なんだけど、その身のこなしは素人丸出しで、死兵であった人形にすら劣る。

どうやら、悪魔が与えるのは能力ひとつだけ。

素の強さは、ただの人間族のそれを超えない。

私はと言えば、確かに普段、暗殺用にダガーを用い、身を守る為にショートソードを振るう程度だから、決して剣の達人と呼べる域には達して無いけど、それでも……ライアンと剣の稽古をしたり、実戦の中で培った自己流の戦い方は身に付いてる。

何より、小数点以下%まで力を抑えた状態でも、Lv.40勇者の基礎体力だもの。

その気になれば、延々彼の攻撃を躱し続け、顎が上がるのを待つ事も出来る。

でも、それじゃあ、彼が授かった能力の正体が、判らないもんね。

だからまず、ひと太刀受けてみる。

そのつもりで身構え、私から見ればゆっくり、シーリアが突進して来る。

そして、あと数歩と言うところで飛び上がり、大上段から剣を振り下ろそうとする。

その跳躍力も人形に遥かに劣り、剣の振りも大雑把で隙だらけ。

とても、最強の剣士になると豪語する男の剣筋には見えないわね。

……そんな風に、油断してたのは事実よ。

でも、普通だったら受け止められたはず。

私は彼の斬り下ろしを受けようと、ロングソードを頭上に振り上げた。

剣と剣の刃が相打って、私は膂力で彼を押し戻す……つもりだった。

でも実際は、刃が相打つ事無く、そのまま彼の剣は振り下ろされ、私は顔面を両断された。

どぉっ、と前のめりに倒れ、私は事切れる。

「うっ!うわぁ~ん!!ルージュぅ~~、死んじゃ嫌ぁ~~~!」

と、木の陰から飛び出して来て、私の亡骸に縋り付くヨーコさん。

ロングソードに付いた血糊をブンッ、とひと振りして払い、鞘に収めるシーリア。

「……妖精、か。珍しいな。……すまんな。望みが叶えられるは唯ひとり。恨むなら、こんな運命を与えたあいつを恨んでくれ。」

そうして、私のロングソードを拾い上げ、きょろきょろと周りを見回すシーリアだったけど、いつの間にか私の左手に握られてた・・・・・・・・・・・・・・・・鞘を見付けてその手に取る。

「……鞘まで見事な物だな。一体どこで、こんな人間用のロングソードなんて物を手に入れたんだ。あいつが用意した物……とは思えんが……、まぁ良い。悪いが、これは貰って行くとしよう。」

そしてシーリアは、代わりに自分の腰の物を私の横に並べた。

「死出の旅には、代わりにこいつを持って行け。お前の剣には遠く及ばないが、無いよりマシだろう。……どうせ俺も、その内そっちへ行く事になるんだろう。それまでは、お前の剣を借りておく。ルージュ……だったか。では、さらばだ。」

シーリアは、そう言って身を翻し、馬に乗って去って行く。

こうして、最強を夢見る剣士シーリアの、戦いの旅は続くのであった。

おしまい。

……、……、……。

「……ねぇ、もう良~い?」

「そうね……、彼、もう大分先まで行ったから、大丈夫よ。」

そうして、私は体を起こし、ヨーコさんも飛び上がって体を伸ばす。

「あ~~~、疲れたぁ。でもでもぉ、本っ当、最初は吃驚したんだからぁ。本当に死んじゃったかと思ったんだからぁ。」

「ごめん、ごめん。私も吃驚したのよ。まさか斬られるとは思って無かったもの。」

そう、まさか受けに行った剣が空を切り、そのまま顔を両断されるなんて想定外だったわ。

これでも今は女よ。ヴェールで覆い隠してるからって、顔は女の命。

わざと斬らせるつもりなんて一切無い。

岩山両斬波なんて、女が受けて良い技じゃ無いわよ(^Д^;

……顔が縦に割れて、そこに牙だらけの口が……なんて、ホラーなら良くあるけど……。

いやいやいや、ともかく、油断も油断、大油断。

彼の技量、彼のロングソードの能力じゃ、気を抜いてなかったら私の防御力で薄皮一枚切れずに終わり。

本当だったら、傷なんて付かないはずよ。

でも、受け損なうとは思ってなかったし、ましてや斬られるなんて露ほども思ってなかったから、思わず顔斬られちゃったわよ。

あんまり恥ずかしいから、前のめりに倒れて顔隠しちゃった(^ω^;

普通なら、あの状態で斬られたら後ろに引っ繰り返る方が自然だけど、彼はそんな事すら気付かぬくらい、戦闘に関しては完全な素人。

そんな素人の隙だらけな大上段からの斬り下ろしを、私は何故受け損なったのか。

彼の剣は、空間を越えた。

私の剣に亜空間が被さる感じで少し広がり、彼の剣はそこを通ってそのまま振り下ろされた。

もし、彼が何らかの技量で私の剣を避けるようにして剣筋を変えたなら、そのタイムラグで私は、変化した剣筋を受けに行くなり、一度身を引いて躱すなり、いくらでも対処が出来たでしょう。

でも、実際には、亜空間を通っただけで、彼の剣筋は一切変化しなかった。

その所為で、油断し切ったまま私は斬られてしまった。

……私はね、神様だから。

たかが人間の、たかが魔法も掛かってない剣で斬られたくらいじゃ、死にたくても死ねない。

顔は実際に斬られたから、彼の刃に血糊も付いたけど、傷なんて瞬きする間に塞がったわ。

ついでに、斬られたヴェールまで元通りよ。

でもこれがもし、私以外の誰かだったら?

もちろん、高位の神族、魔族であれば、再生能力も高いから、ひと太刀で命を奪うには足りないかも知れない。

だからと言って、決して躱せぬ斬撃が延々繰り出され続けるなら、それにいつまで堪え切れるかしら。

ましてや、そんな再生能力など持たぬ、人間族同士の戦いだったら?

彼の能力は、充分驚異的な力と言えるわ。

「でも、迫真の演技だったわね、ヨーコさん。彼、ちゃんと騙されたみたい。」

「何言ってんのよ、ルージュ。あれは本気マジよ、本気マジ。飛び出して泣き付いた後、念話で無事だって知ったんだもん。最初はほんとに泣いちゃったんだから。もう!本当に勘弁してよね。」

「……ごめんなさいね。ちょっと油断しちゃったわね。」

そうか。斬られてすぐ、念話で大丈夫と報せたつもりだったけど、少し遅れちゃってたか。

神ですら、簡単には神を殺せない。

ちょっと斬られたくらいじゃ、今の私は絶対に死なない。

でも、もし彼の能力がもっと違う形の力で、相手が神や悪魔でもその命を奪うような力だったなら……。

そうそうあり得ないとは思うけど、あの力を与えたモノが同格以上の悪魔だとすれば、絶対にあり得ないなんて言えないわよね。

ちょっと気を引き締めた方が良いわね。

闇の神様ほどじゃ無いけど、私も随分大雑把になっちゃってるから。

「それじゃあ改めて、カティスの街へ向かいましょう。どうやら、彼の目的地も同じみたいだし。」

私は彼の名前を知った。

それはつまり、空間感知で位置が判るようになった、と言う事。

当然、悪魔に授かった能力以外、ただの人間に過ぎない彼に、隠蔽の類いは使えないからね。

一応、彼は見逃す事にした。

別に、跡を付けるからじゃないわよ。目的地は判ってるんだから。

でも、彼は戦闘後、ヨーコさんに手を上げようとはしなかったわ。

力を手にして気が大きくなってるのは確かだけど、まだ力に酔って己を見失ってはいない。

だから見逃してあげた。もし、ヨーコさんまで斬ろうとしたなら、その素振りを見せた時点で殺してる。

いくら特別な能力を身に付けたと言っても、所詮Lv.1の人間よ。

あぁ、確かすでに何人か斬ってる訳だから、もう少しLv.は高いか。

私の鑑定はどこまでもLv.1のままだから具体的な数値が判らないけど、気配だけだとLv.ひと桁の差異なんて誤差にしか感じないわね。

そんな相手は、殺す気ならいつでも殺せる。

でもね、私はまだ、彼らを殺すつもりでいる訳じゃ無い。

彼らが手に入れた新しい人生を、ただ幸せに生き直すと言うならそのままで構わない。

問題なのは悪魔。私が遭いに行くのは、あくまでこの馬鹿げた催し物を主催した、悪趣味な悪魔なんだもの。


3


シーリアに追い付かない距離を保ったまま、彼の後を追うようにカティスの街へと向かう。

カティスのその先、クーデター用に集めた奴隷たちを、具体的にどんな区分けでどんなルートを使い何処へ送ったのか。

それを調べないと、目指すべき場所がはっきりしない。

まぁ、自分で調べず、シーリアを尾けるだけで良いのかも知れないけど。

ただその場合、シーリアが目的地に辿り着く前に、他の参加者に殺される可能性はあるわ。

そうなったらそうなったで、改めて勝者の後を尾ければ済む話だけどね。

一応、街に立ち寄りたい理由もあるから。

ハンスたちの足取りの確認と、件の死の商人に会ってみたい。

万が一にも、今回の騒動がこの国の行く末に関わってしまうなら、私もそれに巻き込まれかねない。

バーデンホルトやギルフォードは、果たして何も考えずに殺しちゃって良いような存在なのか。

少しは知っておかなくちゃね。

……どうやら、シーリアは街へは入らず、そのまま目的地を目指すみたい。道を外れて行くわ。

まぁ、良いでしょ。これで、街中でシーリアと鉢合わせする事も無くなった訳だし。

と言う事で、私は道を逸れず、そのままカティスの街へとミラを進めた。


カティスの街も城塞都市だけど、人の出入りは自由みたい。

亜人はともかく、神族もノーチェックで出入りしてるわ。

国境からも離れてるし、首都からも離れてる。

交通の要衝ではあるんだろうけど、軍備を固めて閉じ籠るような街じゃ無い訳ね。

表の商品も裏の商品も、大っぴらに大路を行き来する混沌とした交易都市。

ここはそう言う街で、その支配者こそが、死の商人ギルフォード。

死の商人なんて呼ばれてるけど、街一番の大店として堂々と店を構えてた。

日用品から奴隷まで、何でも揃う大陸一の大商店。そんな看板が掲げられてる。

店の名前は、至って普通にカティス商会。

だけど、この街の誰もが知ってる。そこが誰の店なのか。

さて……と。いつも通り、酒場でも見付けて情報収集も良いんだけど、ギルフォード自身の見物も兼ねてるんだから、ここは直接会いに行きましょうか。

カティス商会以外にもギルフォードは店を持ってるかも知れないけど……、どうやら、ただの商人じゃ無くて、自身も相当の手練れのようね。

商会を固めてる警備の者たちよりも、頭ひとつ抜きん出た気配がひとつ、店の奥から感じられる。

多分、これがギルフォード。

夜になったら、こっそり会いに行きましょう。

これで、強いだけで別人だったら、ちょっと恥ずかしいわね(^^;


草木も眠る丑三つ時。しかしカティスの街は眠らない。

そんな不夜城の主も、多分今は就寝中。もう数時間、奥の部屋で一歩も動いていない。

少し気になるのは、部屋にいるのがふたり、って事。

あぁ、別に妻がいるとか愛人がいるとか、そう言う感じでも無いのよ。

かと言って、護衛を部屋の中に入れる訳無いし、そのもうひとりはかなり弱い。

子供?いいえ、これは多分、人間族。

ギルフォードの部屋の中に人間族がひとり……、一体どう言う事かしら。

まぁ、実際に行ってみれば判る事。

私はヨーコさんを連れず、ひとりでギルフォードの部屋を目指す。

一応、戦闘になる可能性もあるからね。ヨーコさんは、お留守番。


店の規模はかなり大きくて、店舗の方では夜を徹してたくさんの神族、グラスランダー、ホビット、人間たちが働いてる。

取り扱い商品によっては、今の時間が取引時間。主に地下が大盛況。

そっちには、魔族もたくさんいるわね。

どの用途かは判らないけど、堂々とした奴隷売買ね。

艶めかしい声も漏れ聞こえて来るけど、さすがに阿鼻叫喚までは聞こえない。

そっちの完全なアンダーグラウンドは、ここ本店とは違う店舗で営業してるんでしょ。

私はそのまま奥まで進み、プライベート空間に入り込む。

正直、こっちの方が店舗よりも警戒は厳しい。

最悪、この店の商品なんて失っても、商売が傾くほどの損失は出ない。

でも、命を失えばそれで終わり。警備も厳重になる。

それでも、さらに奥へ進むと、今度は警備の姿も消える。

……信用出来無い訳ね。警備に雇った者たちが、殺し屋に変わる事もある。

だから、ある程度離れた場所までしか入り込ませない。

それを無視して入り込もうとする者は、刺客と見做して殺しても構わない、そんなところかしら。

その上で、最終的にはこの店の中で一番の手練れが、護衛対象その人。

護衛全員が一遍に裏切りでもしない限り、危険は無いかもね。

修羅の国である裏アーデルヴァイトでは、盗賊稼業は盛況では無いみたいだし。

いるとすれば、盗賊では無く強盗。そんな世界だものね。

とは言え、私にとって侵入は容易い。

そして、この警備のいない緩衝地帯は、結界の境界に持って来い。

私はギルフォードの部屋の前まで来ると、外に音が漏れず出入りも出来無い結界を、その緩衝地帯を境に張った。

その途端、ガバッと跳ね起きる気配が部屋の中からする。

「ど?!……どうしたの?いきなり……。」

女の声……一緒に部屋にいた人間族ね。女って事は、愛玩奴隷と言う事かしら。

「……動くな。どうやら、敵が来たようだ。」

「て、敵?!それって、貴方の?それとも……。」

神族の身構える気配と、人間族の怯える気配。

……今の変ね。それとも……私の敵?って事よね。

私は、ステルス状態のまま、部屋の扉を開け放つ。

いいえ、開け放とうとした瞬間、内側から勢い良く蹴り開けられ、両開きの扉が音を立てて私の横を飛んで行った。

自分の部屋なのに、思い切りが良いわね。

私だったら、つい後片付けの事考えちゃって、扉を蹴り壊したり出来無いわ(^^;

扉の中にいたのは、身長4mほどの神族……に良く似た魔族。

確かに、その姿は神族のそれと見紛うばかりで、ただ肌だけが思った以上に褐色だった。

どちらかと言うと、魔族よりも悪魔に良く見られるような、闇色の肌に極彩色の紋様が刻まれてて、姿形は神族のそれなのに、禍々しさからまるで悪魔のような容姿だわ。

まぁ、神族と見紛うばかりだから、顔はかなりのイケメンだけどね。

彼の装備は、その手にあるのはシミター(偃月刀)で、寝ていたからだと思うけど、腰に布を巻き付けただけの軽装だった。

当然、私を見付ける事は出来ず、辺りを見回すばかり。

その間に、私は悠々と部屋の中へと入り込む。

魔族の部屋だから、まぁ、この部屋だけじゃ無いんだけど、4mサイズの建物は全てが大きくて、彼が寝てたであろう天蓋付きのキングサイズベッドは本当にデカい。

でも、そこに彼女の姿は無し。部屋の奥の方、隅っこに用意した人間サイズのベッドの上にあった。

人間としては上等な寝間着を着てて、とても奴隷とは思えないわ。

でも……人間族の貴族なんてものは、裏アーデルヴァイトにはいない。

こんな異常事態、それ・・しか無いわよね。

「……貴女、例の移送車に乗せられた後、何者かに力を与えられた人間のひとりね。」

「え?!何?どこ?今誰か喋った???」

「クソ!どこだ、どこにいる!えぇい、これだけ騒いでるのに、何故誰も駆け付けない!」

私はまだステルスを解いてないから、ふたりとも私がどこにいるのか気付けない。

ちなみに、ギルフォード……まぁ、まだ名前は確認してないけど、ギルフォードらしき魔族は部屋の外で、警備連中に聞こえるように口笛を鳴らしてた。

敵の姿が確認出来ずとも、油断せず敵襲を報せようとするのは良い判断ね。

結界の所為で、その報せが届く事は無いのだけれど。

「え~と……これって、貴女がギルフォードを支配してる、って事で良いのかしら。」

「や、やっぱり誰かいる!だ、誰?貴女もあいつらと同じで、私を殺しに来たの?」

「やらせん!やらせはせんぞ。マリエンヌは俺が守ってやる。例え誰が相手だろうともな。」

……マリエンヌ、ね。それがこの女の名前だとして、呼び捨てよね。

支配だったら、マリエンヌ様とか言いそうなもんだけど。

それじゃあ、魅了?チャーム掛けたガンディーバは、私の事ルージュ様って呼んでたっけ。

どうも、しっくり来ないわね。

「私は、貴女たちの事情は知ってる。でも、一緒に移送車に乗り合わせた奴隷じゃ無いわ。私が貴女を殺す意味は無い。今日はね、ギルフォードの方に用があってここまで来たの。貴女がいたのは偶然よ。」

そう言って、私はステルスを解いた。

位置はふたりのすぐ目の前。ギルフォードは、マリエンヌを守る為に傍へ来てたから。

私の姿を確認した瞬間、ギルフォードはシミターで斬り付けて来た。

私はその刃を、右手で軽く摘まんで止める。

「ぬぉっ?!そ、そんな馬鹿な?!……ぬぐぐぐぐぐぅ……。」

ギルフォードがシミターを動かそうと力を籠めるけど、ビクともしない。

確かにギルフォードはこの街で一番強いけど、それでもLv.50の壁には到達してないし、ガイドリッドやヴェルとは違って、魔力が落ちてバランスを崩してる。

その気なら、指先ひとつでダウンだって奪えるほど、力の差は歴然よ(^^;

「マリエンヌさん?私がその気になれば、貴女の騎士ナイトだって簡単に殺せる。でもそうしない。話が聞きたいからよ。もしこれが貴女の力で、彼に戦いを止めさせられるなら、戦うのは止めましょうよ。……どうかしら。」

「……本当に……本当に私を殺さないの?」

「言ったでしょ、私は移送車に一緒に乗ってた仲間じゃ無い。仮に私がそいつの下まで辿り着いても、私は望みを叶えて貰える訳じゃ無いわ。……興味も無いけど。」

しばし呆然とし、どっ、とその場に尻餅を搗いて。

「お願い、ギルフォード。戦いを止めて。その人は大丈夫。大丈夫だから。」

「……そうか、判った。マリエンヌがそう言うなら、こいつは大丈夫だな。」

私がシミターから手を離すと、ギルフォードはそれを素直に鞘へと戻し、ベッドに腰掛けたのだった。


4


ふたりに話を聞きたいので、マリエンヌにギルフォードのベッドまで来て貰って、魔族サイズのキングサイズベッドの上に3人で座った。

「改めまして、私はルージュ。縁あって、今回の件に関わった何人かの人間と遭遇したわ。その足跡を辿ってここまで、ギルフォードに会いに来たの。」

「わ、私はマリエンヌ。貴女……ルージュさんの言う通り、私も移送車に乗り合わせた奴隷のひとりでした。……あの……ルージュさんは人間……ですよね?」

「……話すと長くなるから、特別な人間、そう思って頂戴。遠い異国からやって来たの。少なくとも、この地の人間族とは何もかも違うわ。」

「それじゃあやっぱり、さっきギルフォードの剣を止めたのって……。」

「もちろん、私自身の力よ。私は、貴女たちみたいに、移送車に乗り合わせた訳じゃ無いもの。」

「……信じられんな。お前が人間だと?」

横から……上から口を挟むギルフォード。

「そうよ。ずっと遠い国にはね、人間族の国もあるの。あぁ、そこの人間たちが皆強いって訳じゃ無いわよ。その中でも、私は特別。でもね。この国とは違う事情の国も、世界にはあるって事。」

「世界……か。俺ですら、商売で交流があるのは周辺数か国のみ。知らん国の方が多いのは確かだな。」

「……それで、マリエンヌ。嫌なら聞かないけど、出来れば貴女の話を詳しく聞きたいのだけれど。」

「……えぇ、良いわ。私自身は、つまらない女よ。この街の娼婦の子として生まれ、小さい頃から娼館で働いて、大きくなったら客を取らされるようになった。この街、いいえ、その娼館の中だけが、私の世界だった。」

……奴隷の子は奴隷、娼婦の子は娼婦。

一発逆転、立身出世、下克上。そんな夢物語も思い描けない裏アーデルヴァイトの人間族にとっては、良くある出自……。

「それでもね、私は幸せな方だったわ。器量を認められて客を取るようになったから、自由こそ無いけど人並みの生活はさせて貰えた。大事な商品だからね。それこそ、女の身で重労働に回されたり、使い捨ての拷問奴隷として売られるよりは、ずっと幸せだった。……だから、この街に帰って来たんだろうな。」

例の悪魔は、ハンスにもどこに帰りたいか聞いてた。

マリエンヌにとって唯一帰りたい、いいえ、帰れる場所が、この街だけだったのね。

「でも貴女は、あの移送車に乗ってた。」

「……えぇ、私ももう三十路だからね。それなりに常連さんもいたんだけど、あのクーデターで大量の戦奴が必要になった所為で、若い娘を残して年増は皆売られちまった。……ギルフォード、あんたの所為よ。」

「ぬ……、それはすまなかったな、マリエンヌ。知ってれば、お前の事は守ってやったものを。」

「……これが貴女の授かった能力ね。支配とは違うみたいだけど。」

「……帰って来た時、私は娼館の私たちの部屋にいた。もう若い娘たちが使ってるんだけどね。私はいきなり現れたみたいで、少し騒ぎになってた。そこに、見知った顔の女衒がやって来てね。何故、売り払った手前ぇがここにいるんだ。逃げて来たのか。と問答になった。私は言ったさ。違う、そうじゃない。私にも何が何だか判らない。許しておくれよ。……そしたらそいつ、そうか、お前がそう言うなら許してやろう、と来たもんさ。その時気付いたんだ。私の中に、この力がある事に。」

マリエンヌの場合、偶然力が発動したのね。

でも、力に気付いたら、それがどんな能力かも把握出来る。

「……お願いを聞いてくれる、って事かしら。」

「魂の中に、私を一番大切な存在として刻み込む。と言う事らしいわ。だから、お願いすれば何でも聞いてくれるし、全力で守ってもくれる。……ただ、その人の性格によって、素直にお願いを聞いてくれるかどうかは違うし、守ると言ってもその人の強さは変わらない。誰に依存するかを見極めろ、って事よね。」

魂に刻み込む、か。やっぱり、その力は途轍も無く強力なものね。

能力自体は使い方次第に思えるけど、多分この力には抵抗出来無いわね……私以外なら。

いくらマナ濃度が低下してると言っても、単なる状態変化スキルと考えたら、とても手練れのギルフォードにただの人間であるマリエンヌのスキルが効果を発揮するなんて思えない。

悪魔の特殊な能力として、直接魂に干渉する力だから、ギルフォードですら抵抗出来ずに虜となってる。

「この力には制約もある。あの時一緒にいた人間相手には、効果を発揮しないの。そして、その女衒のようなただの荒くれ者じゃ、さすがに弱過ぎた。どうやって嗅ぎ付けたのか、もしかしたら以前の顔見知りだったのか、あの時の誰かが私を襲って来たの。見覚えは無かったけど、もしかしたら相手の能力も、誰かを操るような力だったのかも。そいつは言ってたから。望みを叶えて貰うのは自分だ、って。女衒に守ってとお願いしたけど、明らかに負けそうだったから、私はそのまま逃げたの。それで、もっと強い誰かに乗り換えないと殺されると思って、今はギルフォードに守って貰ってる。」

「あぁ、任せろ。俺はこの街で一番強いんだ。誰が相手でも、お前を守ってやるぞ、マリエンヌ。」

「……それで、貴女は良いの?こんなところに隠れてて。望みを叶えて貰うなら、その力を与えた奴のところへ行かなきゃならないでしょ。」

「……私は殺されたく無いわ。それに、ここにいれば、愛想笑いを浮かべながら汚らわしい男どもに股を開く必要も無い。こんな良い服を着て、美味しいもの食べて、ギルフォードが守ってくれるから安心で。……望み?叶ったわよ、私。多分、今一番この街で幸せな人間の女よ。この暮らしが続く事。それ以上の望みなんか無いわ。」

確かにね。……それに、彼女はそれ以上の幸せが世界に存在する事も知らない。

下手に色々知らない事が、結果的に彼女に分不相応な望みを抱かせずに済んでるようね。

より高みを知った上で、謙虚でいられる人間は少ない。

なまじ高みを知らない方が、人は幸せになれるものなのかも。

「良かった。それなら、私と貴女が争う理由は無いもの。」

「え?」

「貴女が力に溺れ、さらなる望みを叶えようと野心を抱いたなら……ギルフォードよりも強い私を、支配しようとしたかも知れないでしょ。」

どう言う想いを抱いたものか、彼女はごくりと唾を呑み込む。

「だけど、多分貴女の力は私には効かないわ。最初にも言ったけど、私は特別なの。だけど、力を振るわれたなら、それは判る。その時は……殺さなくちゃならなかったから。」

相手はただの人間。だから殺気の類いは込めてない。

それでも、私の言葉に脂汗を垂らすマリエンヌ。

「わ……私は今のままで良い。いいえ、今のままが良い。絶対、貴女に逆らったりなんかしない。」

……この子の生活が、このままいつまで続くかは判らない。

でも、ギルフォードに守られていれば、今回の一件が収まるまでの間、もう命を狙われる事は無いでしょう。

他の奴らも、無理してこんな場所まで入り込んで来る必要は無いし、マリエンヌがここにいる事だって普通は判らない。

取り敢えず、彼女はこのままで良い。……ギルフォードには悪いけどね(^^;


「それで、今度はギルフォードに聞きたいんだけど……。」

「俺に?一体何だ。俺様はお前になんか用は無いぞ。」

「え~と、マリエンヌ、お願い出来る?」

「あ、はい。ねぇ、ギルフォード。ルージュさんの質問に、答えてあげて。」

「うむ、判った。マリエンヌがそう言うなら、何でも答えよう。」

「……ま、良いんだけど。私が知りたいのは、例のクーデターについてよ。詳しく聞かせて貰えるかしら。」

「ふむ、仕方あるまい。とは言え、そう難しい話では無いぞ。クーデターなぞ、今回が初めての話では無いからな。今回は、トーデンバートと言う男が首謀者だ。だがな、このトーデンバート。クーデターを画策する割りに、そこまで自分の実力に自信が無かったようでな。バーデンホルトと一対一の戦いに持ち込んでも勝てないと踏んで、バーデンホルトを自分と腹心たち数人で取り囲みたかったようだ。その為に、手当たり次第に兵を集めて、乱戦に持ち込んだ隙にバーデンホルトを孤立させようと考えた。その為に、大した戦力にはならない亜人の戦奴まで掻き集めてた訳だ。」

「……その中に、ハンスとテリーと言う人間の兄弟がいたのは覚えてる?そのぉ……ちょっと弟の方に問題がある兄弟なんだけど。」

「人間の?……あぁ、あいつらか。名前なんざ覚えちゃいねぇが、頭の弱い弟を抱えた人間がいたのは覚えてるぞ。あれじゃあ使い物にならねぇとは思ったんだが、とにかく頭数さえ揃えりゃ良いから他の人間族と一緒に詰め込んどいた。この街の娼婦や職人もそうだが、トーデンバートがあんな肝の小せぇ男で無けりゃ、無理矢理戦奴にされる事は無かったろう。その兄弟も、運の悪い事だ。」

なるほど。いくら非合法が罷り通ると言っても、ちょっと奴隷集めが派手過ぎると思ったら、その馬鹿は馬鹿な上に臆病者だったのね。

そんな臆病者が分不相応な野心を抱いた所為で、あの子たちは奴隷としてのささやかな暮らしすら奪われた。

反対に、マリエンヌは力のお陰で、昔よりも良い暮らしを手に入れた。

運、確かに悪いわね、ハンス……。

「それで、クーデターはどう……まぁ、失敗したようだけど。」

「あぁ、大失敗さ。カティスから北西に向かった先にあるダリアディルスの街、そこがトーデンバートが領主を務めてた本拠で戦力を集中させようとしてたんだが、カティスとの間にあるダートルード渓谷で奇襲に遭った。その混乱の最中、皮肉な事にトーデンバートは孤立させられ、バーデンホルトが信頼を置く5人の将軍に囲まれて、あっさり討ち死にだ。ま、聞いた話じゃ、その将軍ひとりひとりがトーデンバートよりも強かったそうだが。」

「……本拠手前で奇襲、ね。大方、貴方が情報を流したんでしょ。貴方、皇帝陛下のお気に入りなのよね。だからこそ、トーデンバートは内情に詳しい貴方を取り込む意味もあって、取引を持ち掛けた。それに乗った振りをして、貴方は皇帝に情報を流した。」

「当然の話だろ。俺が皇帝にもトーデンバートにも繋がってる事は、双方承知の上だ。俺様は商人だからな。利で動く。別に、皇帝陛下の方が金払いが良かった、って話じゃ無ぇぞ。むしろ、払いはトーデンバートの方が良かったさ。クーデターなんざ、万全に万全を期しても成功するとは限らねぇ。金なんて成功すれば後からいくらでも付いて来るんだ。先にじゃぶじゃぶ注ぎ込むのが正解だ。」

「目先の金払いの問題じゃ無い、って訳ね。将来まで見据えれば、どちらに付くのが得か。つまり、どちらが勝つか、って話ね。」

「あぁ、どう考えても、トーデンバートは支配者の器じゃ無かったからな。皇帝陛下の実力を、俺は良く知ってるしな。だけどな。どっちが勝つかなんて時の運だ。別にトーデンバートを裏切ったつもりも無ぇぞ。俺が情報を流すのを逆手に取れる器なら、今頃帝都決戦の真っ最中だったかも知れん。あいつの器が小さかっただけの話さ。」

それは全くその通りね。私が間に立ってたとしても、ギルフォードと同じ事したと思うわ。

いいえ、私なら、クーデターを長引かせてさらに商売に結び付けたかも。

何だかんだ言って、商人であってもギルフォードも修羅のひとり。

表アーデルヴァイトの商人より、少し好戦的な性分なんじゃないかしら。

「それで、ダリアディルスまでの陣容なんだけど、戦奴たちをどんな形で移送してたの。」

「あぁ、種族ごとに分けて、移送車に詰め込んで運んだ。移送車と言っても魔族の奴隷用だ。サイズが違うから、亜人どもは1台に40~50人詰め込める。いち種族ごとに2~3台。魔族は戦力として組み込むから、呪印を刻んでから最低限の武装を与えて最前列を徒歩だ。」

「人間族の数は?」

「人間族は3台。あぁ、確か数が半端だったんで、1台だけ亜人用の移送車を使ったな。10人乗りに20人くらい詰め込んだ。合わせて、100~120人ってとこか。悪いな。まとめていくらで取引したんで、正確な数は把握して無ぇ。」

「マリエンヌ、貴女はどの移送車に乗せられたか覚えてる?」

「……その亜人用の移送車よ。……多分、私たちの移送車だけが、どうしてかあいつの下に辿り着いたんでしょうね。どうやって辿り着いたか、全然覚えてないけど。」

「……それで、奴隷たちは奇襲の時どうなったの?」

「あぁ、ほとんど無事だったと思うぜ。トーデンバートは囮にするつもりで渓谷の一番目立つ道を進ませてたんだ。奴隷たちは、最悪戦力としてダリアディルスに辿り着けなくても良いと考えたんだろう。それを見透かされて、移送車はほぼ無視された。奴隷の先頭を歩いてた魔族たちと、間道を使った本隊が襲われて、他の奴隷たちは捨て置かれたみたいだぜ。」

「当然、移送車を引いてたのは馬よね?」

「あぁ、適当な馬を掻き集めて轢かせてた。」

「そして、前を行く魔族奴隷たちは奇襲を受けたのね。」

「そう、全滅だ。魔族は魔法を封じられていても、亜人の戦奴よりも厄介だし、追い詰められたトーデンバートが呪印を解呪でもしちまったら、その場でも逃しても禍根となる。背後の亜人共は眼中に無いが、魔族の戦奴だけは徹底的に殲滅された。」

訓練を受けた軍馬ならともかく、農耕馬や日常的な運搬業務に使われてた馬を間に合わせで使ってたなら、戦闘の気配に怯えて恐慌を来たしてもおかしく無いでしょうね。

渓谷の狭い道で8頭立ての馬が統制を失って逃げ惑えば、移送車ごと谷間に真っ逆さま。

手出しこそしなかったかも知れないけど、亜人奴隷たちが無事だったとも思えない。

……マリエンヌたちが乗せられた移送車も、そうして渓谷を無軌道に走った後、馬ごとどこかで道を踏み外し……。

しかし、死なずにどこかへ辿り着いた。

……精霊界に迷い込んだ、とか?

なら、こんな悪戯じみた真似も精霊の仕業?

……悪趣味過ぎるわね。精霊の悪戯とは毛色が違うと思う。

でも、そんな狭間のような場所に迷い込んだ、と言う可能性はありそう。

普通なら、谷底まで落下して、移送車がバラバラになって、中の人は怪我をしたり死んだり溺れたり。

「マリエンヌも、どうやってそこに辿り着いたか、はっきりとは覚えてないのよね?」

「はい……何だか、その辺りの事は夢の中の出来事のように、思い出そうとしてもぼやけちゃって……。はっきり覚えているのは、戻って来た者ひとりの望みを叶えよう、って言葉だけ。」

ダートルード渓谷が目的地なのは、間違い無さそうね。

後は、奇襲された現場から一番小さい轍を追えば、もう少し正確な場所が判るかも。

「ありがとう、参考になったわ。マリエンヌ、色々辛い事を聞いちゃってごめんなさいね。」

「え、良いのよ、そんな事。……別に、そんな辛い話じゃ無いわ。私の人生なんて、人間族にとっては有り触れた悲劇よ。その中では、かなりマシな方。多分、昔も今も、ね。」

そう言って、寂しそうに笑うマリエンヌ。

裏アーデルヴァイトの人間族は、己の運命を受け入れてる。

彼女も、自分の人生を当たり前の事として、特別不幸だったなんて思わない、

人間族の奴隷女が、30過ぎまでマシな生活を送り、ついに戦奴として売られて終わる運命の日が来ただけ。

でも、今彼女は、以前とは比べ物にならないほど楽に暮らす力を得た。

それも、いつ途切れたって構わないと思ってるでしょ。

私の見立てでは、悪魔を倒しても力が失われる事は無い。

余程下手を打たなければ、ギルフォードの庇護の下このまま暮らして行ける。

マリエンヌが、望みを叶えて貰おうとする必要は無い。

だけど、シーリアを始め、この先にはまだ何人かいるでしょうね。

野心を抱いて、自分の望みを叶える為に、分不相応の力を振りかざす輩がね。


5


目的地も判ったので、ヨーコさんと合流してダートルード渓谷を目指す。

北西へ向かい、馬で3日ほど行った辺りから、道は渓谷へと入る。

ミラで休み無く走ればもっと早く着けるけど、私は急ぐ必要無いし、ゆっくりミラを進める。

10km圏内にシーリアはいないけど、私たちとは少し違うルートで、同じ方向へと進む者を発見したのよ。

荒野を行く人間族……十中八九、同じ移送車に乗り合わせた元奴隷よね。

そして、そこを目指すと言う事は、望みを叶えて貰う為に、他の者と戦うと決意してるはず。

さて、どうしよう。

そう。結局、ハンスとテリーは見逃したし、マリエンヌも放置すると決めた。

私を斬ったシーリアすら行かせたけど、私はまだ決めかねてる。

出遭う者たちを、どうすべきか。

仮にハンスとテリーがその力を使って争いを広めると言うなら、私は迷い無く殺したろう。

シーリアには油断して、結果行かせてしまったけど、あの力を振るい争いを広げるなら、見逃すべきでは無かったかも。

ヨーコさんに手を出さなかったとは言え、この先力を振るい続ければ次第に溺れて行くでしょう。

野心を抱き、そこを目指してる者たちは、皆いきなり手に入れた力に少なからず酔ってる。

マリエンヌみたいに、慎ましやかな幸せを求める方が珍しいと思う。

であれば、これから出遭う件の人間たちは、殺してしまうべきだと思うんだけど……。

例えば、あのシーリアは、私の説得に応じるかしら。

力を捨てろとは言わない。ただ、静かに暮らせ、なんて説得に……。

もうじき道が交わるこの人間は、果たして聞く耳持つかしらね。


同じ方向に進む道だけど、私たちの方が少し高くなってて、まだ相手はこちらに気付いていなかった。

意図的に速度を合わせ、上から相手の様子を眺めてみたけど、マントとフードで全身が覆われてて、顔も確認出来無かった。

馬の揺れに合わせてカチャカチャと金属が擦れ合う音がしてて、どうやらマントの裏や体中に、何やら金属製の物体を仕込んでるみたい。

鎧……では無いわね。もっと小さい金属製の物体を、大量に仕込んでる感じ。

それが、相手の武器……ひいては与えられた能力、と言う事かしら。

その後しばらく並走した後、段々二本の道の高低差が無くなって来て、相手はようやくこちらに気付いた。

カチャカチャ五月蠅いから、ミラの鉄蹄の音に気付くのが遅れたみたい。

そんなところも素人の人間故でしょうけど、さて、果たしてこの人間は私の話を聞いてくれるのかどうか。

そんな風に考えてた事も、油断と言えるのかも知れない。

その人間は、私の姿を認めた途端こちらへ馬を近付けて来て、10mほどの距離に達した時すぐ仕掛けて来た。

マントを翻しながら腕を振るい、何かを投げ付ける。

と見えた瞬間、「ヒヒィーーーン!」と苦鳴を上げて、ミラが後ろ足で立ち上がった。

当然私は落馬し、ミラはその場にどうと倒れる。

いいえ、わざと落馬し、ミラを倒した。普通の人間、普通の馬に見えるように。

しかし、まさかいきなり確認もせずに、仕掛けて来るとは思わなかったわ。

もちろん、荒野を行く人間族などいない。

でもね、私はヴェールで顔を覆い、黒のドレスを身に纏ってる。

一見すればこの地の人間とは思えない出で立ちだし、大きさから亜人だとしてもエルフの可能性はあるわ。

件の人間とは限らない。

まぁ、十中八九このタイミングでこの場所なら、間違い無く競争相手だと思うでしょうけど、確認の為に声くらい掛けて来るかと思ってた。

シーリアだって、いきなりは仕掛けて来なかった。それなのに……。

ミラを確認すると、その首と胴に鉄の杭が刺さってる。

なるほど。カチャカチャ鳴らしてたのは、鉄杭だった訳ね。

でも、その鉄杭を投げてすぐ、ミラは苦鳴を上げた。

たかが10mとは言え、普通の人間に出来る芸当では無い。

それに、迫り来るところも刺さるところも、私には見えなかった。

あり得ないわ。間違い無く、それがこの人間、いいえ、この男の能力ね。

そう。鉄杭を投げた時、マントだけで無くフードもはだけ、その顔が露わになった。

人間族の男で、多分歳の頃なら30~40代、髪の毛は無く、しかし剥げているのでは無くて顔中、頭の方まで傷だらけな為、髪の毛が生えなくなってしまったのね。

それは、拷問の跡なのか、戦奴としての戦傷なのか。

多分、顔だけでは無く、体中傷だらけなんでしょうね。

その男が馬に乗ったまま近付いて来たので、私は身を起こして声を掛ける。

「いきなり攻撃……。」言い終わる前に、私の額に鉄杭が生えた。

私は再び身を倒して、死んだ振りをする。

「悪いな。先手必勝。俺たちの力は当てたもん勝ちだ。くっちゃべってるお前が悪い。」

なるほど。件の人間たちは、所詮ただの人間族。

異常なほど強力な力を手に入れたとは言え、自分自身は弱いまま。

先に攻撃されたら耐えられない。

この男は、それを充分承知してる、って事ね。

「……ル……ルージュぅ~。」

少し離れた場所で、ヨーコさんが私の事を心配してる。

さすがに、これくらいじゃ死なないってもう判ってるけど、頭に杭が刺さってるんだもん。心配よね(^^;

「……妖精?こんなところにか?……まさか、これがこいつの能力か?!」

そう言って、男はおもむろに懐に手を入れた。不味いっ!

「ヨーコさん、ごめん!」と念話で呼び掛け、ヨーコさんを手元に転移させる。

男はヨーコさんに向かって杭を投げたけど、目標を失って杭は少し先で地面に落ちた。

「消えた?……どうなってる。」

「ヨーコさん、少しズレてて・・・・。」

「う、うん。」

そうして、ヨーコさんは精霊界側に隠れ、私はその場で立ち上がる。

私の殺気に反応し、男の馬がいななきを上げて暴れる。

器用に落馬は防いだものの、それでも暴れ続ける馬から身を躍らせて、何とか地面に降り立つ男。

馬は私から逃げるようにその場を後にし、それを呆然と見送った男は、ようやく私が立ち上がっている事に気付く。

「な?!馬鹿な!……貴様、生きてるのか?」

「貴方……ヨーコさんを狙ったわね。」

私の殺気に気圧されながらも。

「くそっ!それが貴様の能力か?!ならば、もう一度殺してやるっ!」

そう言って、後ろに飛び退りながら、両手で8本の鉄杭を放つ。

その鉄杭は男の手を離れると同時に姿を消し、直後に私の体中に突き立った。

「……なるほど。シーリアと同じように、亜空間を利用した攻撃なのね。」

「何故、死なねぇ!」

男は、有りっ丈の鉄杭を投擲し続け、私の体はまるで針鼠みたいに、鉄杭だらけになってしまう。

「……これが普通の鉄杭による攻撃なら、どんなに先端が鋭利でも、魔法が付与されてても、私の体に刺さる事なんて無いわ。それがこうまで簡単に刺さる。どうやら、貴方は亜空間を通して、直接私の体の中に鉄杭を転移させてるのね。刺すと言うより、体の中に置いて行く、って感じかしら。」

「ば……馬鹿な……。何故、死なねぇ……。」

私は、額に刺さったまんまの杭を指で摘まんで、ゆっくり引き抜く。

その後、体中の杭を1本1本抜いて行く過程を飛ばして、残り全ての杭を一遍に抜き去る。

カチャガチャガラカララーン。無数の杭が地面に落ちる音が響き渡った。

「あ、あり得ねぇ……。あれだけの鉄杭に体を刺し貫かれて……、何で傷ひとつ残って無ぇんだよ!この化け物……。」

男は、私が摘まんでいた杭を額から生やし、静かにくずおれる。

「そうよ。私は化け物なの。大切な人を守る為なら、化け物にもなれる女なのよ。」


「ルージュぅ。……殺しちゃったの?」

こちら側に戻って、私の傍へ駆け寄る……飛んでるけど……ヨーコさん。

「こいつはヨーコさんを狙った。万死に値するわ。それに……。」

「それに?」

「ヨーコさんみたいな可愛い妖精に手を上げるくらいだもの。この男はこの力で、これからも多くの者をその手に掛けたでしょう。話も聞かずにいきなり襲って来たんだし、自業自得、死んで当然よ。」

「か~わ~い~い~って、ゆ~な~。そりゃあ、可愛く無いって言われたく無いけどぉ~。」

顔を真っ赤にして照れるヨーコさん。本当に、心が救われる。

「ごめんね、ヨーコさん。怖かったでしょ。」

「え?何が?」

「緊急事態だったから仕方無かったんだけど、急に転移なんてさせちゃって。」

「え?転移くらい、いつもしてるじゃん。」

「それはほら、ちゃんとこれから転移するよ、って判ってるでしょ。いきなり移動させられるのって、嫌じゃない。」

「ん~、良く判んないけど、私は嫌じゃ無いよ。ルージュの事信頼してるもん。」

「そう……、ありがとう。ヨーコさん。」

「お礼言われるような事じゃ無いでしょお。ルージュは凄いんだから、全然心配してないもん。」

私自身、地球から無理矢理転移させられた身だし、それもあって生前のミラを無理矢理招喚術で喚び出したりはしなかった。

後々なぁなぁになっちゃったけど、コマンダーたちを招喚する時も、眠らせて意識が無い時に喚び出してた。

いきなり見知らぬ場所に移動させられるのって怖いし、確率は低いけど重篤な事故が起こる可能性もある危険な術だから、転移って。

本当なら、安全確認も無しにいきなり発動なんてしたく無いわ。

さっきは、杭がいきなり刺さるのを見てたから、身を挺して庇うだけじゃ、ヨーコさんに直接刺さるんじゃないかと思って手元に引き寄せた。

奴の能力からすると、それで正解だったわ。

だけど、ヨーコさんにいつでも招喚出来る契約なんてさせてない。

そんな事したく無いから。

だから、ヨーコさんの許まで短距離空間転移で移動して、アストラル転移で元の場所まで飛んだ後、私の体ごとヨーコさんを物質招喚する、と言う過程を飛ばして引き寄せた。

……神で良かった。で無きゃ、あの一瞬でヨーコさんを守り切る事は出来無かったわ。

今の私なら、仮にヨーコさんが死んでも蘇生出来る。

でも、死の痛みや苦しみ、恐怖をヨーコさんは味わってしまう。

そんなの嫌。

もう大切な人が死ぬなんて嫌。

「ルージュ……、大丈夫?」

ヨーコさんが、優しく私の頭を抱いてくれる。

「ごめん……、そんな顔してた?私……。」

「大丈夫、大丈夫だよ、ルージュ。私は逝かない。私はずっと一緒にいるよ。」

女ふたり、静かに泣きべそを掻き合った。

もう泣かないと決めた私が、唯一泣ける場所。

もう絶対に喪ったりしない。

ヨーコさんを傷付けるなら、誰が相手でも殺す。

例えそれが、これから出遭う事になる悪魔であっても。


つづく

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