第二章 有り触れた悲劇


1


季節は春なのに、ガイドリッド=ヴェールメル王国とは違って草木の芽吹きは見当たらず、枯れ木が立ち並ぶばかり。

街道……と呼べるほど整備された道は無く、人々が踏みしめた跡が道となってるに過ぎないけど、私は道なりに北へとミラを進める。

半日も行かない頃、その道の先に村……だった廃墟を見付けた。

あれ・・がここを通った以上、無事で済むはずが無いわね。

私は、家々が瓦礫と化し、死体が残っていない殺戮現場の中心にある広場へ進み、そこでミラの足を止めた。

「そろそろ姿を現したらどう?マールデイムからずっと付けて来てるのは判ってるわよ。」

「え?!嘘。誰かいるの?」

ヨーコさんが飛び上がって、周りをきょろきょろと見回す。

実は、私が城壁から飛び降りて、ミラに乗る前から気付いてた。こちらを監視する視線に。

ただ、その気配が妙なのよ。

確かに誰かが見てる。でも、神族でも魔族でも亜人でも無い。

と言って、あのゾンビもどきたちとも違う。そんな、異質な気配。

強いて言うならゾンビなんだけど、いいえ、ゾンビと言うより死人。

負の生命力すら感じない、ただの死体。

「あ、いた!誰か来るよ。」

馬首を巡らし振り返れば、そこにはひとりの人間が立ってた。

ぼろを纏った人間族で、ガイドリッド=ヴェールメル王国でも見掛けるような下働きの男に見える。

ここがどこかを考えればそれ自体異常だけど、それ以上に異常なのは、まるで生気を感じさせない佇まい。

それでいて、目だけは爛々と輝いてる。

そして、刃こぼれ起こしたロングソードを手にしてて、それを引き摺ってる。

その男との距離は10mほども離れてたけど、いきなり男は飛び上がって、一気に間合いを詰めて来た。

そのままロングソードを振り下ろすけど、それを私は招喚したロングソードで受け、膂力で打ち返す。

男のロングソードはそれで折れ……たんだけど、折れた場所から糸の束のような物が伸びて来て、折れた刃先を掴んで引き戻した。

元に戻ったロングソードを構え、今度はこちらの様子を窺ってる。

「ど~なってるの、今の?剣、折れたよね。」

「そうね。この男、何か変ね。」

一見すると人間族のゾンビ。なんだけど、10mを一気に飛んだ跳躍力も、その剣の打ち込みの強さも、ゾンビのそれとはとても思えない動きね。

しかも、体に力が入ってるようには見えない。ただ動いてるだけ。

と言って、魔力の類も感じないけど……いえ、違うわね。

この体・・・からは感じないけど、今のおかしな糸からは強い魔力を感じたわ。もしかして……。

私はおもむろにミラから舞い降りると、着地と同時に男との間合いを詰める。

踏み込みながらロングソードで斬り上げると、男はぎこちない動きでそれを回避して後ろに飛び退く。

しかし、その跳躍力や膂力とは裏腹に、剣技や体術の心得は持ち合わせていないようで、私の剣はばっさり男の左肩口を斬り裂いてた。

「さっすがルージュ……って、何あれ。どう言う事?」

ヨーコさんが驚くのも無理は無い。

斬り裂いた肩口の傷は、少し左腕が横に垂れ下がるほど深いのに、一滴の出血も見ない。

ゾンビのように再生もしないし、ゾンビもどきのような超速再生も始まらない。

しかし、傷口から何やら糸のような物が伸びて来て、傷口を縫い絞る。

再生しないからその縫い跡も消えないけど、ちゃんと腕は動くようになったみたい。

左手をグッパグッパと動かして、動く事を確認してる。

それならと、私は土の精霊にお願いして、錐状の土塊を数本、男の足元から突き上げる。

串刺しになった足からは、やはり出血を見ないが、身動き取れなくなる男。

再生しないんだから、下半身を捨てて逃げ出す事も出来無いでしょ。

「さて、これで動きは封じたから、色々話を……。」

すると、いきなりその体が弛緩し、縫い合わせた肩口がべろりと垂れる。

……どうやら、中身が抜けたようね。

要するに、死んだ肉体にアストラル体が取り憑いてる形で、しかしアンデッドでは無い状態。

……取り憑いてるって言うより、無理矢理押し込められてた?

アストラル体は時間と空間を飛び越えるからはっきりと視認出来無かったけど、肉体から抜け出す時、上空から糸で釣り上げられて飛んで行ったように見えたわ。

傷口を縫い合わせたあの糸は、彼自身をも操る操り糸だったのかも。

ここに残された体は、ただの容れ物。

押し込められてたアストラル体も、操られてただけ。

私を見ていたあの視線は、その奥にいる糸を操っていた何者か。

……魔力を込めた特殊な糸で、単に物体を操るのでは無くアストラル体ごと操る……知らないわ、そんな術。

操ってるアストラル体の耳目を通して状況を知る事が出来るようだから、自分は安全な場所にいて危険な戦場の情報を把握出来るって訳ね。

命が大事でこそこそ隠れ潜む事を選んだ私から見れば、素晴らしい術だわ。

面白い。世界にはまだ、私も知らないこんな術もあるのね。

「どうしたの、ルージュ?こいつ死んじゃって話聞けなくなったのに、何だか楽しそうね。」

「え、そう?私、楽しそうにしてた?」

「うん。こう~、目がきらきらしてた。」

はは、やっぱり知的好奇心だけは消えないのね。

判らないって、楽しいもの。

私は念の為、抜け殻となった死体を調べてみたけど、何の痕跡も発見出来無かったわ。

自分は安全なところにいて、証拠も残さない。

さて、こいつを操ってた人形師は、一体どこの誰なのか。

私を監視してた目的は何なのか。知る為には、進むしか無いようね。

取り敢えず、当初の予定通り、旧魔王国ティールイズ王都を目指しましょう。


2


旧魔王国ティールイズ。ガイドリッド=ヴェールメル王国の北に位置する小国で、南北に狭く東西に広い。

北へ進み続けると程無く、隣国バーデンホルト帝国へと至る。

こちら側では、基本的に支配者の名前がそのまま国の名前になっており、結局力で支配するのだから王国だろうと帝国だろうと些細な問題で、支配者が王を名乗るか皇帝を名乗るかの違いでしか無い。

多分、民主国家や共和国、公国、連邦国など、複雑な政治体系も存在しないでしょう。

一番強い奴が一番偉い。一番偉い奴が全部決める。

シンプルで判りやすい分、上手く機能するとも言えるわ。

もちろん、貧富の差や格差はあって当然、と言う前提の下でね。

ティールイズの王都は西にある。

西側に山脈があって、そこが国境にもなってるけど、山越えになるから山脈の向こうから攻められる心配は少ない。

こちら側では、昔はともかく、今では神族魔族が飛行部隊を組んで攻めて来られないからね。

人間族の倍ほどの身長とは言え、4mの巨人にも山越えは危険だもの。

そんな天然の要害を背負うように、王都ヴィルムハイムは建造されていた。

もちろん、ここも城塞都市。守りは堅そう。……兵がいればだけどね。

あの後も、糸に操られた人形は何度も襲って来たわ。

余程、王都へ来て欲しく無いのね。

ただ、人形は襲って来ても、ゾンビもどきは現れなかった。

多分だけど、あれは制御出来ていないのね。

呪って放逐しただけで、戦力として操れていない。

だから、ゾンビもどきを呼び戻して、改めて私に差し向ける事が出来無い。

……どうも、ちぐはぐね。

ゾンビもどきと人形は、別口なのかしら。

まぁ、確かに、私も知らない糸の術と、オヴェルニウス呪法並みの悪魔の秘術。

そんなものをふたつ同時に操れるなんて、ちょっと普通じゃ無い。

術者がふたりいる方が、まだ納得が行くわね。

……どちらも、並みの存在が扱えるような術じゃ無い事に、変わりは無いけど。

「それでどうするの?このまま乗り込む?」

「そう、ね。もうネタ切れなのかしら。それとも、城で迎え撃つつもり?」

王都の正門は開け放たれていた。

王都の住人は、全てゾンビもどきと化して方々へ散ったのか、人の気配は無い。

生きてる者の気配はたったふたつだけ。王城にふたつだけ。

「このまま進みましょう。今更、気配を殺したり隠れたりする必要も無いでしょ。」

そして私は、ミラの歩を進めた。

巨人サイズの城塞都市の目抜き通りは、パッカパッカと蹄の音だけが木霊していた。


ここまでの間も、辿り着いた王城も、かなりの戦闘があったようで至るところに戦いの傷跡が見て取れた。

しかし、血痕はあっても死体は無い。

全て、ゾンビもどきと化したのかも知れない。

王城の城門も開け放たれており、そのすぐ内側には50人……50体程度の人形が待ち構えてた。

しかし、襲って来る様子は無い。

私はミラを塵へと還し、ヨーコさんを肩に城内へと歩を進める。

人形たちは私たちを取り巻きながら、しかし手は出さずに付いて来る。

もう襲い掛かっても無駄だと判ったのか、主の許に辿り着いてから一斉に襲い掛かって来るつもりなのか。

城門を抜け中庭を通り、城内を真っ直ぐ行って階段を上り、その先の大通路を抜けたところに、大きな扉……が二枚とも開け放たれていた。

私はそのまま次の間も抜け、謁見の間へと辿り着く。

果たしてそこには、ふたりの人間がいた。そう、人間族だわ。

それだけでおかしな話。だって、こちら側の人間族は、名実共に最弱種族なんだもの。

まさか、こんな子たちがあれだけの秘術を?

そう。その人間族は、子供でもあった。

ひとりは、まだ幼さが抜けていない年頃で、10にも満たないように見える。

膝を抱えて親指を噛み、何やらぶつぶつと呟き続けてる。

目の焦点も合ってないように見えるし、これは自閉症?

私は自閉症って良く知らないから、あくまでイメージに過ぎないんだけど、何某かの発達障害かしら?

もうひとりは、その自閉症の子を包み込むようにして抱き締めてる、良く似た容姿のもう少し大きい男の子。

歳の頃は15くらい。多分このふたりは兄弟なのね。

「……とうとうここまでやって来たのか。そんなに俺たちを殺したいのか。」

「ちょっ、ちょっと待ってよ。そっちが襲って来たんじゃない。」

「……何だ、お前……、妖精?お前、妖精なのか?」

「あ……、あー。」と、弟の方が反応を示した。

どうやら、ヨーコさんに興味を持ったようだ。

ふらふらと立ち上がって、ヨーコさんを捕まえようと手を伸ばして歩き出す。

「あー、あ~~。」

「な、何よ、何よ。何だって言うの?」

そう言いながら、ヨーコさんはその子の周りをくるくる飛び回ってる。

その子は嬉しそうに、ヨーコさんを追い掛け回してる。

「お、おいっ!止めろ、テリー。そいつは敵だぞ。」

「ちょっとぉ~、何で私たちが敵なのよ~。良い?そっちが襲って来たんでしょ。あの、変な人形使ってさ~。」

男の子をあやすように飛び回りながら、ヨーコさんが抗議の声を上げる。

しかし、ヨーコさん、いいえ、フェアリー(掌サイズの妖精族一般)たちは皆子供が好きね。

まぁ、子供の方も、フェアリーが好きだけど。

「何言ってやがる!こんな荒野を行く人間なんているもんか。お前も、あの時一緒にいた誰かなんだろ。俺たちを、殺しに来たんだろ!」

そう言って、私を睨み付けると同時に、周りを取り囲んでいた人形たちが身構える。

どうやら、こっちの兄の方が、人形師みたいね。

私は、すいっと視線を外し、弟の方を眺め見る。

目を凝らして見れば、弟の体から黒い瘴気が周囲に拡散している。

あれが、オヴェルニウス呪法相当の呪い……と言う訳ね。

「おいっ、お前!テリーの前に、俺が相手だ!テリーには、指一本触れさせねぇぞ!」

周りの人形たちが一斉に飛び掛かろうとするけど、急に糸の切れた操り人形のように……と言うか、その通りなんだけど、周りの人形たちは糸を断ち切られくずおれてしまう。

「なっ、何だ?!どうして急に!?」

「……結界よ。結界で貴方を囲んで、魔力の糸を断ち切らせて貰ったわ。」

「け……結界?何だよ、それ……。訳判んねぇよ……。」

圧倒的な違和感。私は、彼の人形にそれを感じてた。

人間離れした跳躍力と膂力によって、並みの戦士以上の力を発揮してるのは事実なんだけど……。

あんまりにも、技術が稚拙過ぎる。

剣技と呼べるような要素が欠片も無い。

操るのがそれだけ難しいのかとも思ったけど、答えはこれ。

操る人間に、その技術が無い。

今何が起こったかも判ってない。

結界すら知らない。

彼は、こんな超常的な力を持ち合わせながら、多分Lv.にすれば1。ただの人間。

力が釣り合っていない。

兄の狼狽振りに気付いたのか、急に弟テリーの様子が変わった。

「あーー、……あーーーー!」

頭を掻きむしり、赤子のような喃語なんごを繰り返しながら、足もばたつかせて暴れ始める。

不味い!

「ヨーコさん、すぐこっち来て!」

「え?!う、うん、判った!」

ヨーコさんが私の許まで飛んで来たところで、ヨーコさんごと兄のところまで転移して、強めの維持結界を張る。

ほとんど同時に、テリーの体から強大な瘴気が噴き出し、私の結界が悲鳴を上げる。

「な、何だ、これ?!一体どうなってんだ?!」

吹き荒れる瘴気の渦は、一度爆発的に拡散した後、すぐに鎮まった。

……闇孔雀、とは言わないわ。

でも、アヴァドラス並みの瘴気だったわね、今の。

もし生き物があれに晒されたら、無事で済まない。

暴走したように見えたから、多分このお兄さんだって巻き込まれてたでしょ。

「テ、テリー!」

慌てて駆け寄る兄。そこには倒れた弟。

「……大丈夫。本人に影響は無いわ。それは、自分以外の全てを巻き込む瘴気の奔流。多分、力を使い果たして気絶しただけよ。」

弟をその胸に抱き、兄がこちらを睨め付ける。

「……殺すなら……せめて一緒に殺してくれ……。」

悲壮な覚悟……自分たちの力を把握してる訳じゃ無いけど、……末路は理解してるようね。

「……ルージュ?」

「心配しないで、ヨーコさん。ちょっと危ないけど、すぐに殺したりしないから。」

そこで私は、念話で後を続ける。

「でも、ごめんなさい。……多分私の力でも、あの子は救えないわ。」


3


私は、必死に弟を庇う兄の下まで歩いて行き、ヴェールを上げて顔を晒す。

「さっき気になる事言ってたけど、私の顔に見覚えある?多分、会った事無いと思うんだけど。」

彼は、少し顔を赤らめてから顔を左右にぶんぶん振って。

「い……いや、見覚えは無いけど……、そもそも俺は、あの時の事、良く覚えて無いし……。」

「確かに私は人間に見えるけど、ちょっと特別なのよ。貴方が考えてるような相手じゃ無いわ。貴方たちと争う理由は……襲われたから身を守る為、それだけよ。」

「……ほ、ほんとに……、あいつらとは関係無いのか?」

私は頷いて「貴方が言うように、私に貴方たちを殺す気があるなら、もう殺してる。そうでしょ。」

「……。」どっ、と腰を抜かして尻餅を搗き、ようやく力を抜く兄。

「私は強いからね。襲って来た事は許してあげる。だからその代わり、何があったか話してくれる?……可能な範囲で、力になるわよ。」

助けてあげるわよ……とは言えない。

嘘も方便だけど、ここではそぐわない。

「……いきなり襲い掛かって悪かったな。お詫びに、知ってる事は全部話すよ。……俺の名はハンス。こっちは弟のテリー。俺たちは、元々はこの街の奴隷だった。」


豪奢な寝室まで移動して、テリーをベッドに寝かせてから、改めてハンスに話を聞く。

「他の国じゃ違うみたいだけど、ティールイズ王国では神族と人間族は奴隷扱いだった。神族は敵だから当然として、ティールイズの奴は亜人の中でも一番の役立たずな人間族も、奴隷として扱ったんだ。」

魔族が支配する国では神族が、神族が支配する国では魔族が奴隷として扱われると言う話だけど、人間族は最下層民であって奴隷では無い……のが一般的らしい。

でも、この国の旧支配者は、人間族も奴隷として扱ってた訳ね。

「父親が誰かなんて知ら無ぇけど、俺には母親がいた。奴隷とは言え労働力だから、飯だけは喰わせて貰える。俺が5つになるまでは、この国の人間族としちゃ、幸せに暮らしてた。」

そこでハンスは、テリーの髪を撫でてやる。

「……だけど、テリーは普通の赤子じゃ無かった。ちょっとばかし手間の掛かる子供だった。それで母親は大変になって、体を壊して死んじまった。俺が10歳、テリーが5歳の頃だ。俺は必死にテリーの分まで働いたけど、まだ子供だったし役には立たねぇ。それで、北にある国境の街アングレーに売られた。戦いが絶えない街では、王都なんかより色々な需要があるんだ。俺みたいな子供を、好んで買う兵士もいる。」

男娼、しかも子供の。

いいえ、子供だからこそ好む人間もいる。

日本の戦国武将だって、小姓を侍らせたりしてたもんね。

「あぁ、誤解すんなよ。相手は魔族だ。さすがに穴が小さ過ぎらぁ。色んな相手はさせられたけど、後ろの穴はまだ処女だぜ。」

ハンスは、自嘲的な笑みを見せる。

「……そうして仕事を続ける内、俺の体も大きくなった。そうなりゃ、肉体労働の役にも立つ。俺たちは飯をふたりで分けてたから、人一倍働かなきゃ満足な量を与えて貰えねぇ。俺は大人と同等の労働力と見做されたんだろう。また別の場所に売られる事になった。お隣のバーデンホルト帝国にあるカティスって街だ。」

「あら、大国以外は他国との交易はほとんど無いって聞いてたけど……、奴隷売買は別って訳ね。」

「あぁ、裏稼業だからな。俺たちが売られた先は、戦奴を扱う死の商人だったみたいだ。何でも、クーデターを企ててる馬鹿がいて、雑用兼囮、盾役の亜人奴隷を、大量にご購入されたそうだ。俺たちは一度カティスに集められて、移送車に乗せられてどこかへ……。」

「?……どうしたの?」

「あ、あぁ……、その先の記憶が曖昧なんだ。俺たちの乗った移送車は他とはぐれて、どこかに辿り着いたはずだ。その時、何人かの人間も一緒だったはず。そこで、誰かに会って、何かを約束した。良く覚えて無ぇけど、この言葉だけははっきり覚えてる。……戻って来た者ひとりの望みを叶えよう。」

戻る?どこに。望みを叶える?誰が。

「……気付くとこの街の外にいた。良く覚えて無ぇけど、どこに帰りたいか聞かれた気がする。そんな場所無ぇけど、ここが俺たちにとって、人生の中で一番マシだった場所なんだろうな。」

見れば、ヨーコさんが涙してる。

生まれた時から奴隷で、若くして母も亡くし、障害を抱えた弟を守りながら体まで売り、今度は戦場で盾に使われて死ぬところを、何者かに救われた……本当に救ったのかは別にして。

そんなハンスが願った帰りたい場所が、短いながらも母親と暮らせたここヴィルムハイムだった。

確かに悲しい人生、同情したくなる人生。……でも、裏アーデルヴァイトでは有り触れた人生。

この子たちだけが、特別な訳じゃ無いのよね。

「……やっぱり、話を聞く限りじゃ、貴方たちがあんな力を持ってる特別な人間族、だった訳じゃ無さそうね。」

そう。今聞いた話では、間違っても強くなる為に鍛える余裕なんてありはしない。

そもそも、裏アーデルヴァイトの人間族は、他の種族と比べて圧倒的に弱い。

そんな人間族のテリーが身に付けたオヴェルニウス呪法、悪魔の力。

当然、彼らを救ったその謎の存在は、悪魔、って考えるのが自然よね。

「あぁ、不思議だけど、気付くとおかしな力が身に付いてるのが、感覚的に理解出来たんだ。どうすれば使えて、何が出来るのか。それはつまり……自分は強くなったんだって。」

……糸の術も凄いけど、問題はオヴェルニウス呪法の方。

オヴェルニウスの場合は、呪法をそれなりの魔導士に伝えただけ。

こんな特別な呪法を、テリーみたいな子に覚えさせる……いいえ、植え付けるなんて、本当にただの悪魔の仕業なのかしら?

「俺の力は、糸を使って他人を支配する事だ。魂と、その周りのもやもやしたやつ。それを支配して、吸い取る事が出来るんだ。吸い取ってやると、何だか凄ぇ元気になる。これなら何も喰わなくても、ずっと元気でいられるって寸法だ。ま、腹は減るんだけどよ。」

……へぇ、そう言う事。つまり、人間を操るのって、副次的な効果なんだ。

魂とアストラル体を支配して、その生命エネルギーを吸精する。相手の精気を吸い取るって意味では、インキュバスやサキュバス(女の夢魔)の能力と同じね。

そして、完全に支配下に置てしまうから、結果的に操る事も出来る。

……私にはただの糸に見えたけど、本当は管みたいなものなのかも知れないわね。

「俺は空腹を我慢するだけで済むけど、テリーはそうも行かねぇ。そうは言っても、テリーを連れて他の街まで行くなんて無理だしな。だからこの街に入って、飯を何とかしなくちゃならなかった。テリーの力は判らなかったし、俺がやるしか無ぇ。だけど、俺の力は人間族にしか効かねぇ。だから、悪ぃけど街にいる人間族を操って、北門を開けさせた。」

……人間族は所詮人間族。

ただ操っただけでは、街を守る魔族たちには敵わない。

だけど、痛みや苦しみを度外視して特攻させれば、そして、殺されても操り続けて何度でも立ち上がらせれば、並みの魔族にどうにか出来る相手じゃ無くなる。

ハンスは、街にいる人間族を、死んでも倒れない不死の兵として使い、門を守る魔族たちを蹂躙して行った……。

「街に入り込めればそれだけで良かったんだけど、そこで誤算が生じた。……テリーの力が、死者たちを蘇らせたんだ。」

オヴェルニウス呪法が発動。……やっぱり、テリーは力を制御出来てない。

街に入り込んで食料を確保するだけなら、人間族を支配するだけで充分だった。

むしろ、街の住人全てを死者に変えてしまっては、その内食料だって尽きてしまう。

この力は、自分たちの首も絞めてしまう。

「テリーと俺、そして俺が支配してる人間たちは大丈夫だったが、殺した魔族たちがゾンビになって、他の奴らを襲い始めた。それはどんどん広がって、街の奴らは鏖だ。獲物がいなくなったら、奴ら街の外へ出てったけど、街はもぬけの殻。街まで死んじまったよ。」

そう言う性質なのか、テリーが無意識下でゾンビもどきたちを嫌って遠ざけたのか。

新たな支配者が、防衛戦力としてゾンビもどきを国境に放った。……なんて、考え過ぎだったみたい(^^;

奴らは、ただ道なりに無目的に歩いて来ただけ。

傍迷惑な呪いを撒き散らしながら……。

「……それじゃあ、何で貴方は、私を襲って来たの?」

テリーを連れて、旅なんて出来無い。

となれば、ハンスがテリーを見捨てない限り、望みを叶えて貰う為に、誰かさんの下へ行く事も出来無い。

そのままこの街に留まるつもりだとして、……その末路にはハンスも気付いてるみたい。

仮に、私を競争相手のひとりだと勘違いしたのだとしても、手を出さずに放っておいても良かったはずよね。

「……ひとりの望みを叶える、どう思った?俺は、他の奴らを殺してでも、自分がそのひとりになってやる。力に気付いた直後は、そう思ったね。」

「……でも貴方には、大事な弟がいた。それで思い直したけど、他の奴らはきっと俺たちを殺して望みを叶えようとするはずだ。そう言う事ね。」

「あぁ……、それにな。急に強い力を手にして、俺はこの力に酔った。今まで散々俺たちを虐げて来た魔族たちが、簡単に死んでくんだぜ。はっきり言って、すっきりしたぜ。……だから、お前も簡単に殺せると思った。他の奴らも、力を使いたくてうずうずしてるに違いねぇぜ。だからさ。見付かれば殺される。俺たちはこの街で死ぬ事になるけど、だからと言って殺されてやるつもりは無ぇ。……ほんとは……死にたく無ぇ……。」

可哀想なハンス。でも、ハンスはテリーを見捨てない。

ハンスひとりなら……、詮無い事ね。

仮にハンスがひとりだったなら、守るものも無くただ力に酔い、悪魔の下へと先んじる為に、他の奴らと死闘を演じた事でしょう。

テリーがいたからハンスは冷静さを取り戻し、テリーがいるからふたりで死ぬしか無い……。

もし私に、テリーを救う事が出来たなら。

……結局、神になってすら、出来無い事は出来無いのよ。

「……残念だけど、私にテリーは救えない。貴方は同じ境遇の人間たちをたくさん殺した。同情もしない。でも、こうして縁を持った以上、情くらい湧く。だから、薬だけ処方してあげる。」

「……薬?」

「貴方と魂の回廊を繋いだわ。その時が来たら呼び掛けて。すぐに飛んで来てあげる。……すぐに、苦しみからふたり一緒に解放してあげる。」

「!ルージュ、それって……。」

ごめんなさい、ヨーコさん。これが私の精一杯。

目を見開きこちらを見詰めていたハンスの瞳から、ひと筋光るものが流れ落ちる。

それを腕で拭うと、そこには15の子供では無く、覚悟を決めたひとりの男の顔があった。

「ありがたい。……耐え切れなくなったら、お願いするよ。」

「……任せておいて。それから、もうひとつ。貴方たちを助けた正体不明のそいつに、何か伝言ある?代わりに伝えておいてあげる。」

「そうだな。……ありがとう、クソ野郎。そう伝えて、ついでに一発喰らわしてやってくれ。」

「……了解。キツい一発に乗せて、きっちり伝えてあげるわ。」


私は、使わなくなった拠点のひとつから保存してあった食材を持ち出して、何食分かの食事を用意してあげてから、王城を後にした。

今はまだ、街中に残された食べ物もあるでしょうけど、その内確実に枯渇する。

謁見の間で私が行動不能にした人形たちは、結界により糸を断ち切られただけなので、まだ再利用が可能。

この人形たちを使えば、周辺の街や村から食料を調達して来る事も出来るかも知れないけど……、ゾンビもどきたちの所為で、近隣はどこも壊滅状態でしょうね。

新たに食べ物を生産する労働力すら失われた以上、食べ尽くせば終わり。

本当、ゾンビもどきがネックなのよ。

「……あの子たち、どうなっちゃうの?」

私の肩でしょんぼりしてるヨーコさんが、ぽつりと口にする。

……ちゃんと説明しないとね。

「あの子たちの境遇には同情する。今の私は心が冷たくなっちゃって、本当言うとどうでも良いし、ハンスは同じ境遇の人間族たちを自分たちの為に惨殺した訳だから、あの子たちに罪が無い訳でも無い。でも、話を聞いて可哀想だと思うなら、助けてあげても構わない。そうとも思う。」

私の言葉を、静かに聞いているヨーコさん。

理屈はちゃんと判ってる。これは感情の問題。

その上で……。

「だけど……、相手が悪い。私にも、テリーは救えないわ。」

「……どうして?今のルージュは、本当はオフィーリア様よりも強いんでしょ。」

「……そうかもね。言い訳になっちゃうけど、私じゃ無くて、相手の問題。」

「……悪魔……ね。」

「えぇ、……それも、飛び切り上等な悪魔、だと思う。」

どこまで理解出来るか判らないけど、ヨーコさんには包み隠さず話したい。

「今の私は、闇の神と同化して、もう人間じゃ無くて神になってる。ただ、闇の神自身はほとんど消えちゃって、元々人間だった私自身が神へと転生した状態だと思う。」

「ん~……、それってどう違うの?」

「闇の神自身とは違うから、私の神格や力は彼のそれじゃ無い。あくまで、彼の影響で私自身が神になったものだから、神格も力も私自身のもの。本物の神様じゃ無くて、新しく生まれた新種の神様、ってところかな?」

だから、私の属性は闇じゃ無い。

人間から昇華した神だから、人神?……ヒトガミ、それは嫌(^^;

第三のビールならぬ、第三の神って事にでもしときましょ。

「私は、多分真なる魔界で一番強大な悪魔であろう、闇孔雀と遭った事がある。知り合いには、闇の巨人もいる。彼らと比較する形で自分なりに分析した限り、今の私は闇の巨人と同等、ってところだと思うわ。」

それだけでも凄い事だけど、間違っても闇孔雀には敵わないわね。

「え~と、闇の巨人って、魔界のなんとか悪魔のひとりなんだよね。滅茶苦茶凄いじゃん、ルージュ。」

「ふふ、そうね。我ながら凄いと思うわ。」

一瞬、明るいいつものヨーコさんの顔が覗いたけど、すぐにまたしょんぼりしてしまう。

「そんなに凄いのに、助けられないんだ。……相手の悪魔も、それくらい凄いって事だよね。」

「そうね。……テリーに植え付けられた力、オヴェルニウス呪法って言う悪魔の呪いと同種のものなんだけど、そんなものを何の力も無い人間族の子供に仕込むなんて、普通の悪魔に出来る事じゃ無いわ。……一応、あの力を取り除けないか試してみたけど、どんな力か正確に解らない上に、私の力に干渉して邪魔して来るの。もしどうにか出来たとしても、何年……いいえ、何十年、何百年。何千年掛かるか判らない。それじゃあ、人間族には時間が足りないでしょ。」

人間はすぐ死ぬ。

助けるなら、今すぐ助けてあげないと意味が無い。

「神同士ってね、戦っても中々決着が付かないの。私の中にいた闇の神と、海の底にいた光の神は、有史以前から1万年以上戦い続けても、お互いを殺せずにいたもの。もちろん、神格が違えば、実力が違えば、もっと早く決着が付く事もある。でも、同格同士だったら……。」

私の解呪に干渉して邪魔するくらいだもの。

格下相手とは思えない。

「……他の方法も考えてみたわ。どこか人里離れた場所で、兄弟ふたりで生活して貰うとかね。その場合、あの子たちが死ぬまで面倒見なくちゃならないし、いつ力が暴走するか判らないから、目も離せない。もちろん、私たちも大変だけど、それって、ある意味牢屋に一生閉じ込めておくようなもの。自由も無く、ただ生かされるだけ。少なくとも、テリーの呪いをどうにかしない限り、自由を与えてあげられない。」

「判ってる……、それでも、なんて言えない。ううん、あたしだってそんな事言わない。あの子たちだけを特別に助けてあげる。それは感傷だもん。」

ヨーコさんは、決して頭が悪い訳じゃ無い。

ちゃんと理屈は解ってる。

他の人より、とっても優しいだけ。

だから、他の人より、たくさん苦しむ。

「……変に希望を持たせるような事言うのも良く無いけど、一応、その悪魔を倒せば力が消える可能性はあるわ。」

……自分で言っておいて何だけど、きっとそれは無い。

神=悪魔にとって、人間なんてちっぽけで然して気にも留めないような存在。

無理矢理与えた力がその後どうなるかなんて、全く考えていないでしょう。

多分、その悪魔を倒せても、力は力としてそのまま残る。

「……良し!それで、ルージュ。これからどうするの?」

無理して空元気を出すヨーコさん。

「……ハンスたちの辿った道をなぞろうと思うんだけど、その前に、一度報告しに戻るわ。」

「報告?……あぁ、あの4人の将軍たちがいた街ね。」

「えぇ、新たな支配者が侵攻して来る、なんて事態は無い訳だからね。それを教えてあげなくちゃ、それに……。」

さて、こっちの子供たちは、果たして素直な良い子なのかしら。


4


私とヨーコさんは、マールデイムの北門手前に転移した。

本命はバーデンホルト帝国の方だから、こちらの用はさっさと済ませたいからね。

あら。どうやら、将軍たちは打ち揃って、城壁の上で監視をしてたようね。

しかも、ちゃんと6人いるわ。

良かった。素直な良い子たちだったみたい。

私はその場から浮き上がって、城壁の上にいる将軍たちの前まで飛んで行った。

「感心、感心。ちゃんと言う事聞いて、6人で待ってたのね。」

ひとり、ガンディーバだけは苦虫を噛み潰したような顔をしてるけど、他の5人は膝を突き、こちらに対して畏まる。

「良いか。お前に言われたからじゃ無ぇぞ。神魔の方がゾンビもどきと相性が良いから、こいつらと一緒に警戒に当たってただけだ。勘違いすんなよな。」

あんたはツンデレか!と心の中で突っ込んでると、顔を赤らめながらガンディーバも膝を突いた。

う~ん、こうなるとこいつも可愛い……かな?(^^;

「……お初にお目に掛ります。私が神魔のひとり、エリカンザス。そして……。」

「私がティエリエンヌですわ。お見知り置き下さい、神。」

男の方がエリカンザス、女の方がティエリエンヌ。神族、魔族と一緒で、この兄弟姉妹も男女なのね。

ふたりとも、城で逢った神魔と一緒で、薄い褐色の肌で銀髪、金と青のオッドアイ。

神魔たちは、神族、魔族よりも、種族としての容姿に統一感があるようね。

「止して。……まぁ、確かに神だけど、あんまり堅苦しいのは嫌いなの。ルージュで良いわ。あ、ガンディーバだけはルージュ様って呼びなさい。」

「何でだよっ!」と、思わず突っ込みながら立ち上がるガンディーバ。

「ふふ、冗談よ。さ、皆も立って。非礼は御免だけど、普通に接してくれれば良いから。」

「そうよ。ルージュは今神様だけど、元々人間だったの。神様扱いされるのは嫌いなのよ。」

私の気持ちを代弁してくれるヨーコさん。

ヨーコさんも、女王様扱いされるの嫌いだったもんね。

「……元、人間……?信じられませんな。」

あぁ、そこは引っ掛かっちゃうか。

丁度良い。ご褒美ついでに、この子たちにも少し事情を話してあげましょう。

「さて、私の言う事聞いてくれたら、ご褒美を上げる約束だったわね。場所を移しましょ。少しお話もして上げるから。」


私たちは、将軍たちの執務室へと場所を移した。

状況からすれば、これ以上ゾンビもどきたちが来襲する事も無いはずだから、見張りは配下に任せるように伝えた。

一応念の為、グルドのコピーを1体、上空に放っておいた。

もし何かあれば、グリフォンの眼が捉えるでしょう。

そして、執務室に落ち着いた後、私が海の向こうから来た事や、今は神の身で世界樹の守護者である事、ガイドリッドとヴェールメルが世界樹を保護してるので、それで縁が結ばれた事などを説明した。

「……本当に……そんな事が……。」

ごくりと生唾を呑み込んで、信じられないと言う顔をするガンディーバ。

「この中で、お父さんとお母さんに逢った事あるのは?」

すると、6人皆が手を挙げる。

そう言えば、ここは国境、最前線。子供たちの中でも、優秀な子たちが送られるんだったわね。

「世界樹のお陰で、あのふたりはこれからもこの国最強、いいえ、場合によってはこちら側のアーデルヴァイトで最強ね。残念だけど、誰も取って代わる事は出来無いわよ。いざともなれば、彼らに世界樹を任せたいこの私、神があの子たちの味方までするんだし。」

一瞬、顔を歪めたのはガンディーバだけ。

「……我々は、直接あのおふたりと対面したのです。取って代わろうなど、いえ、取って代われるなど夢にも思いませんよ。」

アートルークの言葉に、テティスミスとメルティーハートも頷く。

神魔のふたりは別口として、3人にはもう野心のようなものは無いようね。

ほんの少し、ガンディーバだけが燻ぶってる。

思えばこの街の男女ペア、アントンスィンクの神族、魔族ペアだけじゃ無くて、他の街もそうだったんだけど、将軍や監督官はペアで配置されてるわ。

もちろん、ガイドリッドとヴェールメルが自分たちの経験を踏まえ、そうするのが一番強いと考えての事かも知れないけど、例えばひとりの神族に神魔を付けてやるだけでも、弱点をフォローするには足りる。

もしかしたら、敢えてペアにする事で、その中から後継者たり得るペアが生まれる事を期待してる……と言うのは、考え過ぎかしら。

数千年は生きる神族、魔族。

世界樹の恩恵まであるし、あのふたりは1万年だって生きるかも知れない。

実際、辿った歴史は違うけど、アスタレイは魔族として1万年を生きたのだし。

でも、いつかは限界を迎える日が来るでしょう。

その時、速やかに後進に譲位する事が叶えば、国が混乱し、他国に攻め込まれる隙を与えないで済む。

修羅の国である裏アーデルヴァイトでは一般的な考え方じゃ無いけど、あのふたりなら先々の事まで深慮してても不思議は無い、かもね。

その意味では、牙を失ったアートルークたちより、未だ捨て切れぬガンディーバの方が、親の期待には沿ってるのかも知れないわ。

「それで、次は旧魔王国ティールイズの方ね。完全に脅威が去った、と言う訳じゃ無いけど、状況として新たな支配者がどこかに攻め込もうとしてる、って話じゃ無かったわ。」

「と言いますと?」

「魔王ティールイズを始め、王国の民は全滅したと見て良いわ。例のゾンビもどきとなって、方々に散って行った。」

「全滅?!……ですか?確かに、あのゾンビもどきたちの異常性を思えば、無い話とも思いませんが……。」

「……あの力が、悪魔に連なるものだって事は話したわよね。実はね。そんな悪魔の力を授かった奴が、もうひとりいたの。まぁ、色々あって、その子たちはそのまま王城に残ってるんだけど、あくまで身を守る為に力を振るい、結果ゾンビもどきとなった者たちが方々に散って行っただけ。軍事行動じゃ無かったのよ。こちら側へ来なかったゾンビもどきがまだ残ってるでしょうけど、意図的にこの街に攻め込んで来る心配は無いわ。」

「あ……あんな力を持った者が、もうひとり……ですか。」

「な、何でそいつら、そのまま残したんだ?おま……ルージュ様でも、倒せなかったのかよ。」

ガンディーバの疑問は尤もだけど……さて、どうしよう。

正直に話したら、この子たちはどう思うかしら。

「倒さなかったのよ。相手は子供だったから、優しいルージュは助けたかった。……でも、助ける事も出来無いの。神であるルージュですら、あの力は消せないって。それくらい、あの力を与えた悪魔は、強い悪魔なんだって。」

私よりも優しいヨーコさんが、そう説明する。

「子供ぉ~?子供だろうと、敵なら関係無ぇだろう。倒しちまや良いんだ、んなもん。」

「む~~~~。」と、ガンディーバを見詰めて、むくれるヨーコさん。

「その通りね。こちら側の流儀ならそうなる。……でもね、情が湧いたらもう他人じゃ無い。子供かどうかより、知り合った以上ただの他人じゃ無い。貴方たちも同じ事よ。世界樹と言う縁があってガイドリッドとヴェルと知り合って、国境の街の守将として貴方たちとも知り合って、その子たちとも知り合った。言葉すら交わした事の無い赤の他人とはもう違う。今の私にとって、それは大きな違いなの。」

「……良くは判ら無ぇが……まぁ、確かに、赤の他人と知り合いは違うな。」

「……神たる御身が我々と口を利いて下さるのも、我々が父母の子でありマールデイムの将軍だから。」

「だからこそ、神魔である私らにも、お声掛け下さる。」

後を引き取るエリカンザスとティエリエンヌ。

本来、蔑視される神魔だからこそ、思うところもあるって事かしら。

そして、そんな彼らの言葉だからこそ。

「だよな。俺はヴェールメルに、冷たく見下された事しか無ぇ。女王陛下にとって俺は、いくらでも替えがいる手駒のひとつでしか無ぇから、情なんて湧いちゃいねぇんだろ。でも、こんな……女王より強ぇお方が親しげに話してくれてる……。ルージュ様は、そう言うお方なんだろ。」

受け取り方はガンディーバらしいけど、神魔たちの言葉を自分なりに呑み込んだようね。

「ま、単純に言えば、気に入ったって事よ。だからその子たちも、殺したりなんかしない。旧魔王国ティールイズ領内は今空っぽだけど、下手に手出しはしないでね。呪いはまだ生きてる。迂闊に手出しした者は、悪魔の力に晒される。……事態が落ち着いたら、ガイドリッドたちに報告するわ。だから、何か上から指示があるまで、下手に動かずしっかり守ってて。」

「了解しました。元より、王たちの方針により、我々だけで他国へ攻め込む事は許されていません。下手に版図を広げると、支配に支障を来すとの事です。」

なるほど。裏アーデルヴァイトでは、支配者の力が及ばないところで新たな戦いが起こり、小国が乱立する事態に陥ってる。

あのふたりは、自分たちが治められる版図を、ある程度見切ってるのね。

「……それにしても、ルージュ様ですらどうする事も出来無い悪魔、ですか。一体何者なんです、それ。」

「テティスの言う通り、それが問題よ。ルージュ様は魔法の天才よ。そのルージュ様がどうにか出来無いなんて、私はそっちの方が信じられないわ。」

「そうね、テティスミス、メルティーハート。私自身、信じられない思いよ。」

これから遭いに行く事になるけど、果たして何者なのかしら。

アヴァドラスの反応を踏まえれば、裏アーデルヴァイトに悪魔は干渉して来ないはずなのにね……。


5


「あ……あのよぉ。それで……プレゼントがどうとか言うのはどうなったんだ?いや、別に、期待してた訳じゃ無ぇけど。」

……本格的に可愛く見えて来たぞ、ガンディ(^^;

「ふふ、忘れてないわよ。それじゃあ皆、手を出して。」

そう言うと、7人皆が素直に手を出した……ヨーコさん、貴女には無いわよ、と念話で突っ込むと、はっと我に返って、何事も無かったかのように誤魔化すヨーコさん。本当に和むわ(^∀^)

さて、私は物質招喚を使い、それぞれの前にある物品を出現させた。

アートルークの前には見事な意匠を施したバスタードソード、ガンディの前には同じく見事な意匠のグレートソード、テティスミスにはタワーシールドを、メルティーハートには槍を、エリカンザスにはブレストプレート、ティエリエンヌにはレザーアーマー。

各々、目の前に現れた武具を両掌で受け止めるようにして、その手に取る。

「……これは……。」

彼らには小さい武具たちだけど、その見事な意匠と、それ以上に素晴らしい秘めたる魔力に感嘆し、言葉を失くしてる。

そう。これらは、ゲイムスヴァーグやエッデルコが遺した逸品たち。

レザーアーマーだけは、エッデルコとチュチュの共同制作だけど、どれも表アーデルヴァイトでは伝説のドワーフ装備として、下手をすれば小国を買えてしまうほどの価値を持ってる。

「あ~、先に言っとくけど、体のサイズの違いを失念してた、って訳じゃ無いからね。」

誰もまだ何も反応しない。

それくらい、目の前の逸品たちに、心を奪われてる。

気持ちは解るわ。私だって、一応戦いの中で生きて来た女だもの。

ただの美術品なんかじゃ無い。美しくも、これ以上は無いほどの戦場の武具たち。

裏アーデルヴァイトの戦人であれば、心奪われても仕方無い。

「……さっき世界樹について説明した時にも言ったけど、こちら側ではマナ濃度の低下により魔導具の品質も低下してるわ。魔法の装備を敢えて数値化するなら、貴方たち将軍クラスの装備ですら+10に至らない。でもこの子たちは、私が信頼を置いた最高の職人が遺した最高傑作の一部。+20は下らない逸品揃いよ。」

「……くぅ~~~、凄ぇ、凄ぇけどよぉ。これほどの逸品を、俺様の得物として使えねぇなんて、悔し過ぎるぜ。」

「全くだ。ただ飾っておくなど、勿体無いな。」

……もちろん、そんな観光地のお土産みたいに扱って欲しい訳じゃ無いんだけど……。

「……ねぇ、エリカンザス、ティエリエンヌ。貴方たちなら、ルージュ様の意図、気付いてるわね。」

そうメルティーハートが問い掛けると「無論。」「はい、判っておりますわ。」とふたりが応える。

「な、何だ!?これにも、何か意味あんのか?」

「ふぅ、ガンディ。貴方はもう少し頭使いなさいよ。アート、貴方もよ。飾ってお終いなんて、馬鹿な事言わないで。」と、テティスミス。

ふふ、そう言う事なら、意地悪しちゃおうかしら。

「と言う事で、後は任せたわ。それじゃあ私たちは、もう行こうかしら。」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」

「ルージュ~、どう言う事ぉ?」

ガンディに合わせて、ヨーコさんまで声を上げる。やれやれ(^^;

「う~ん、ちょっと説教臭いから言わぬが花なんだけど……。」

「……我々神魔を同等に扱うよう言い渡し、我々それぞれにこのような逸品を下された。」

「私たちが協力する事を、お説きになっておられます。」

エリカンザスとティエリエンヌが話を引き取る。

「それぞれが皆違う武具でしょ。施されてる術式も違う。ひとりひとりで仕舞い込むより、互いが持ち寄って研究すれば、さらに詳細に分析出来るわ。」

魔法に詳しいメルティーハートは、他の武具にも興味津々ね。

「なるほど……。私たちが協力し合う事で、この素晴らしい贈り物の価値はさらに高まる訳か。」

「な、なんでぇ、そんな事かよ。それなら俺も、お前らと協力くらいしてやるぜ。」

「何言ってるのよ、ガンディ。貴方じゃまともに分析出来無いでしょ。端から私を頼る気だった癖に。」

「う、五月蠅ぇな。俺は戦い専門なんだよ。難しい事はメルティに任す。戦いは俺に任せろ。」

「馬ぁ~鹿。魔法ありなら、私の方が強いじゃない。戦いも理論なのよ。賢い方が強いのよ。」

「なっ、そんな事あるか!確か、え~と……俺の50勝でメルティの……あれ?俺負け越してるのか!?」

「……またふたりの夫婦喧嘩が始まった。」

「はぁ?!こんな奴と夫婦な訳無いでしょ。止めてよ、テティス!」

「いや……そこまで嫌がらなくても良いじゃん。俺は別に……。」

「何、ガンディ?!あんたまさか……。」

「いや、違う違う。そうじゃ無くて、そうじゃ無ぇけど……ほら、別に夫婦じゃ無ぇけど仲良しだろ、俺たち。」

「はぁ、あんた、意外と私たちが兄妹だって事、意識してんのよね。ヴェールメル女王の血筋なんて、腐るほどいるのに。」

「いや、俺たちは一応、幼馴染じゃ無ぇか。そう!さっきの話じゃ無ぇが、情くらい湧くって話だ。」

「……やっぱあんたたち、結婚しちゃえば。」

「テティスっ!」と怒るメルティーハートは、本気なのか照れているのか判らないわね。

「微笑ましいからずっと見てたいけど、話が逸れたわ。もう少し、お説教の続き、良いかしら。」

「こ、これはルージュ様。お恥ずかしいところをお見せしてしまい……。」

「良いのよ。少し、貴女たちの素顔が見れた気がして嬉しいわ。」

「それで、お話には続きがあるとの事ですが。」

「えぇ。……アートルーク、貴方たちの装備を作ったのは誰?」

「え!?……これらは王より下賜された品故、正確なところは判りませぬが、国お抱えの職人の仕事ではないかと。」

「メルティーハート、魔法の武具も職人が作るの?」

「あ、はい。わが国では、ドワーフの職人が武具を製作し、そこにエルフの魔導具職人が付与を施すと聞いています。……そう言う事ですね。」

何かに気付くメルティーハート。

「何と……。」「そこまでお考えでしたか。」と、後に続く神魔のふたり。

「ど、どう言う事だよ?」

「……貴方たちに渡した装備はね、私がアーデルヴァイト一と評したドワーフ職人の手によるものなの。彼らはもう亡くなっちゃったけど、数百年を経ても見事なものでしょ。」

優れた道具は、その制作者の寿命を超えて愛され続ける。

エッデルコの最高傑作である……ライアンの装備一式は、その輝きを失う事無く、今は教国の王宮に飾られてる。

「もちろん、彼らは特別優れた職人だったし、エッデルコたちは古代竜の島の特別なドワーフ。古代竜の鱗や精錬ミスリル、アダマンタイトなどの希少素材もふんだんに使われた特別製。」

「こ、古代竜って……。まだ存在してるんですか?」

「そうよ、メルティー。神や悪魔と同格の、真なる古代竜じゃ無いけどね。海の向こうには、古代竜の子孫たちが棲む島があるの。」

「こ、この防具に……、古代竜の鱗が……。」

「ここまでの逸品ともなると、何から何まで特別過ぎて再現は難しいと思うけど、その気になれば技術は盗めるんじゃないかしら。……相応の実力を持った職人ならね。」

「……、……、……あ、もしかして、ドワーフとも協力しろって事か?」

「ガンディーバ、ドワーフだけでは無いのだろう。エルフの職人だって必要だ。」

「お言葉ですが、きっと亜人種全てをお考えなのです、ルージュ様は。」

「私たち神魔の方が優れているところもある。同じように、ドワーフの方が、エルフの方が、ホビット、グラスランダーの方が、優れているところもあるでしょう。」

「何も、亜人差別を止めろ、なんて強制はしたく無いのよ。その国、文化ごとに、価値観も違うんだから。ただね、懇意にしてるドワーフ職人が力を付け、より優れた武具を制作出来るようになれば、貴方たち自身の役にも立つでしょ。せめて、実力に見合った待遇くらい、考えてあげても良いじゃない。……ただね。人間族には取り柄が無いのよね。それでも、雑務をこなしてくれる人もいないと困るんだから、出来たら人間族にも少し優しくして欲しいかな。」

別に、元人間だから、って意味じゃ無いわよ。

この場合、特定種族だけを排除したら、意義が薄れるからね。

……しかし、私から見ても、裏アーデルヴァイトの人間族は非道いもの。

……ハンスたち兄弟のような扱いを受けていれば、どうしようも無いのだけれど。

「とにかく、命令じゃ無いからね。良かったら、それは貴方たちに上げるから、貴方たちなりに考えて有効活用しなさい、って事よ。」

「しかし、宜しいのですか?このような貴重な物を頂いても。」

「良いのよ。元々私は、盗賊系冒険者だったから、得物はショートソードにダガー、防具はレザーアーマーだったわ。その後、服に防具に負けない能力を付与しようと言う面白い事を考えた職人の手で、私の防具は全部可愛くてスタイリッシュでエロティックなボディコンワンピースに変わったの。だから、レザーアーマーも必要無くなった。彼らの遺した大切な思い出の品だから大事に扱って欲しいけど、もう私は使わないものばかりよ。それに、意欲的な職人たちだったから、まだまだたくさん遺ってるの。これはほんの一部だから、遠慮は要らないわ。」

「はっ。大事に致します。そして、期待に応え得る使い方を模索しましょう。」

ちょっと説教臭かったけど、私の言いたい事が彼らに伝わったかしら。

本当はどうでも良い事なんだけど、言葉を交わすとほだされちゃって、余計な事を考えちゃうわね。

それは、神となっても私は人間だって事だから、喜ぶべき事なのかも知れないけど。

さて、でも次は、神としてのお仕事よ。

相手が悪魔なら、そして、私ですら簡単に御せぬレベルの同格の悪魔ならば、場合によって、それはアーデルヴァイトにも影響を与えかねない問題となり得る。

そんなモノの相手なんて、私にしか出来無いでしょ。

だから行かなくちゃ。

ハンスとテリーが出遭った、傍迷惑な悪魔の下へ。


つづく

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