第八巻「VIVANT」

第一章 黒衣の女


1


私は今、裏アーデルヴァイトを旅してる。

今が何年何月かなんて知らないけど、季節は春ね。

戦乱に明け暮れる裏アーデルヴァイトでも、大地に草木は芽吹き、春の到来を告げている。

まぁ、ここはガイドリッド=ヴェールメル王国内だから、比較的平和。他国と比べれば、荒れ果てていないしね。

王国内で起こる戦闘なんて、多くはモンスターとの戦闘ばかりで、戦争のように村々を蹂躙して行ったりはしないから。

そのモンスターも、私には近付いて来ない。

力や神の気は抑えてるのに、それでも何か感じるものがあるのかしら。

確かに、私は少し奇異な格好をしてるけど。

胸元こそ大きくはだけてるけど、全身黒のロングドレスに黒いヴェールで顔を覆っていて、夜に見ればまるでバンシー(泣き女)のよう。

もちろん、これはそう言う意味。

チュチュの最強コーデは、能力だけで無く見た目もキュートで、スタイリッシュで、エロティックで、とても素晴らしいファッションたちだけど、未亡人が身に付けるようなものじゃ無いから。

今の強さなら、装備類の能力なんてもう些細な問題だしね。

だから、得物も身に付けていない。

ゲイムスヴァーグとエッデルコが遺して行ってくれた物がたくさんあるから、必要になったら手元に招喚して使うわ。

そんな姿の私が、馬の背に乗り荒野を行く。

さすがに、はしたないから跨ってはいないけど、馬に乗るような格好じゃ無いわよね。

馬はミラのコピーだけど、もうアンデッドじゃ無いわ。

元データはあって、材料はどこにでも溢れてる。

元々、クリエイトゾンビを基にした魔法だったからアンデッドにしてたけど、ゾンビの部分をホムンクルスに変えれば、普通にデータそのもののコピーに出来る訳。

負の生命力や再生能力が付与されないから、戦闘力で言えば弱体化するけどね。

やられても塵に還り、すぐさままたクリエイトする事だって出来るのだし、些細な問題よ。

人目を避けて夜に移動しなくて済む分、こちらの方が有用だし。

実は……もうひとつ、人目を引くものがある。

いいえ、人目を引く同行者がいる、ね。

今も、私の周りを、薄桃色の光の粒子を撒き散らしながら、楽しそうに飛び回ってる。

掌の上に乗るくらいの大きさで、背中に光沢の美しい羽の生えた、裸の子供みたいな姿をした妖精の女の子。

実は裸じゃ無くて、薄いヴェールのようなものを体表にまとっていて、肩口や腰回りは女の子らしいフリフリがあったりスカート状になってたりするわ。

元花の妖精の女王、ヨーコさん。

クリスティーナを見送った後、女王の地位は返上しちゃって、私に付いて来たの。

メイメイもいなくなって、クリスも逝っちゃったから、モーサントにいても寂しいの。

そう言って、私に付いて行きたいと懇願して来たけど……判ってるわよ、ヨーコさん。

私の事を、気遣ってくれたんでしょ。

花の妖精族は、500歳で一人前。

初めて逢った頃、ヨーコさんはすでに500歳は超えてた。

今はもう700歳を過ぎたけど、実は花の妖精には寿命が無い。

多くの花の妖精が、1000歳を超える頃隠居して、精霊界で余生を過ごすそうだけど、精霊界に引っ込むからか、その後もずっと生きてるんだって。

気付くと、上位の精霊に昇華していて、死ぬのでは無く別の存在に格上げされるみたい。

元々妖精は、精霊が物質界で暮らすようになった存在。

精霊界へ還ると、徐々に精霊へと戻って行くのね。

だからこの先、ヨーコさんが歳を取っても、死に別れる事は無いと思う。

……お互い、親しい人との別れは、出来ればもう御免だものね。


私が物質界に留まり続けるのは、世界樹を、そして世界を見守る為。

だけどね、そうそう世界樹や世界に変化は無いの。

闇の神が世界樹たちに己を分け与えた事もあって、以前よりも世界樹たちは頑健なくらい。

何か異常に巻き込まれていないか、裏アーデルヴァイトのマナ濃度が改善されていないか、永い目で見届ける必要はあるわ。

それでも、言ってみればやる事無くて退屈。

私の日課は、日に一度ヨモツヒラサカを訪ねるくらい。

それ以外は、特に何もやる事なんて無いの。

そこで今は、裏アーデルヴァイトを旅してる。

この地へ渡って来た時は、ガイドリッド=ヴェールメル王国から南下して、すぐに世界神樹の下へ辿り着いた。

そして、世界樹の庭師のような事を始めて、世界樹巡り以外は……あの人と幸せに過ごした。

こちら側の国々を回った事は無かったわ。

だから、裏アーデルヴァイトを旅して回る事にした。

私の中に、まだ知的好奇心は生きている。

未知の大陸で、面白い事に巡り合えるかも知れない。

とは言え、私の転移は、一度でも訪れた事のある場所へなら簡単に飛べるけど、知らない場所へは飛べない。

急ぐ旅でも無いから、ここガイドリッド=ヴェールメル王国を起点に、知らない国々を巡ろうと思う。

ちなみに、ヨーコさんも一緒に転移は可能よ。

私の転移は、物質体をアストラル体で抜け出してアストラル転移した後、転移先で結界を張り結界内の安全を確保した上で物質体を招喚する事で成立する。と言う過程を飛ばして、結果だけを発現する転移。

この過程において、結界内の安全を確保してるから、私の物質体と一緒にいるヨーコさんも安全に転移させられる。

ヨーコさんも空を飛べるから、その気になれば自力で海だって渡れるかも知れないけど、さすがに裏アーデルヴァイトまでは遠いからね。

そう言えば、こちら側のマナ濃度は低いけど、どうやらヨーコさんの飛行能力に影響は無いみたい。

「ねぇ、ヨーコさん。少し飛びづらくな~い?」

そう問い掛けると、ヨーコさんは私の顔の前で滞空したまま。

「う~んと、確かに最初は変だったわ。だから、周りの精霊たちに話を聞いてみたんだけど、精霊界の風に乗ると良いよ、って教えてくれたの。今は快適よ。」

なるほど。そう言う事ね。

こちら側はマナ濃度が低いので、魔法的な現象に色々と障害が出てるわ。

飛行に関してもそうで、どうやって飛んでるかによって違いがある。

現世でも空を飛んでる鳥とか虫なんかは全く影響受けないし、マナに乗って飛ぶ存在であっても、マナへの依存度が低ければ風に乗って飛べる。

グルド、グリフォンの翼のように、それ自体が飛ぶ機能をしっかり持ってる場合、こちら側でも飛べるでしょう。

こちらにはもう古代竜は残ってないみたいだけど、あの巨体はどうだろう。

神族魔族の場合、あくまで翼や羽は飛ぶ事の象徴に過ぎないので、飛行能力を失ってるわ。

そして精霊。こちら側にあんまり顔を出さないけど、同じ位置の精霊界側には普通にたくさんいて、たまにちょっかい出しにやって来る。

彼らは、物質界と精霊界をあんまり区別無く、気分で行き来してるのね。

位相が少しズレただけの重なった世界だから、空を飛ぶ時は精霊界の風に乗って物質界で飛ぶ。

そんな事が感覚的に出来るのは、精霊界の住人である精霊、そして元精霊界の住人である妖精ならでは。

この感覚は、以前の私にも無かったものだわ。

今の私になら、解る感覚だけど。

「え~と、あたしまだ良く判ってないんだけど、ここって裏側?なんでしょ。全然違う世界。だから、知ってる国は無いのよね。」

「そうよ。でも、この国だけは、私少しだけ縁があるの。だから取り敢えず、この国の王様たちに逢いに行きましょ。実際にこの国の街を見れば、ヨーコさん驚くわよ。」

私とヨーコさんの新たなふたり旅は、こうしてガイドリッド=ヴェールメル王国から始まった。


2


私は王都アーケンビルに辿り着くと、騎乗したまま街へと入る。

堅牢な城塞都市のアーケンビルは、人……神族魔族の出入りには厳しいが、亜人種はノーチェック……なのだけど、やはり私は余程おかしな格好に見えるのね。

門番に呼び止められたわ。

「おい、お前。顔を見せろ。何族だ?エルフか?妖精を連れているしな。しかしその格好、魔導具製作の職人にも見えぬし……。」

声を掛けて来たのは、どうやら魔族の女の子みたい。

神族も魔族もそこまで重装備を好まないけど、特に魔族は軽装を好む、と言うより、肌を露出したがるのよね。

あぁ、もちろん、好色な子が多いって事もあるけど、どこかしらから腕やら翼やら生やしたりする事も多いから。

この娘も、革製の肩当てや膝当てをしてるけど、ほとんどビキニ水着みたいな格好だから、ひと目で魔族と判る。

人間の倍以上も背の高いグラマラスな半裸の女の子……股間で隆起する物はもう無いけど、思わず膨らみそう(^^;

私はもう心から女のつもりだけど、男が好きな訳じゃ無い。

……愛する男はひとりだけ。

どちらかと言えば、まだ女の子の方が好きかもね。

「……私は未亡人の身。これは喪に服しているのよ。」

「喪に服す?……あぁ、確か、亜人種どもにはそんな慣習があったか。夫を亡くしたなら、もっと強い男を漁れば良いものを。」

「ふふ、この世で一番の男を亡くしたら、もう他の男なんて眼中に無いわよ。」

「ほう、そうまで言わしめるとは、確かに惜しい男を亡くしたようだな。それには俺も弔意は示そう。」

手にした長柄武器の石突を、地面にドンッと打ち付けると、数瞬目を閉じ黙祷を捧げたようだ。

日常で人の死を悼む気持ちは薄いようだが、戦場で、尊敬出来る戦人として、死者に敬意を表す気持ちならある。

力こそ正義の裏アーデルヴァイトでは、そのような心持ちの方が一般的なのかしら。

「……ありがとう。優しいのね、貴女。」

「勘違いしないで貰おう。今のは俺の矜持に従ったまで。職務は職務だ。さぁ、顔を見せて貰おうか。」

あくまで格好から入っただけで、絶対に顔を見せたく無いと言う話じゃ無いわ。

だから私は、素直にヴェールを上げた。

「……人間?……それにしては美しい。相応の男には、それに相応しい女、か。悪かったな。お前のような亜人の訪問者など、初めてだったから気に掛かった。」

私はヴェールを戻し「良いのよ。王都だからと気を抜く間抜けな男連中より、よっぽど頼り甲斐があるわ。」

他にも門番はいて、だらけ切った態度で淡々と職務をこなしてるけど、私を気に掛けたのはこの子だけ。

「ふん、確かにな。こんなところに配置されれば、腐りたくなるのも判るが……。俺は諦めねぇぜ。まだ1000年も生きちゃいねぇんだ。いつかきっと、あの女よりも強くなってやる。」

この娘の気配……少しヴェールメルに似てるわね。

「そう、貴女、あの子の娘なの。」

「あん?俺が誰の娘だって?」

「ごめんなさい、こっちの話。それで、もう行っても良いのかしら。」

「あ、いや、待て。お前が人間の未亡人なのは判った。その格好の理由はな。だが、そもそも人間が荒野をひとり旅……これは失礼。ふたり旅だな。」

口を挟むのはいけないと黙ってるけど、ひとり旅と言われてむくれるヨーコさんが目に入ったようだ(^^;

「だが、そちらのご婦人もお前も、到底あの荒野を渡れるようには見えん。どうやって、どこから来た。何の用があって。」

「……信じなくても良いけど、私たちふたりで何事も無くここにいる。それが一種の証明でしょ。用はね、逢いに来たのよ。」

「会いに?そもそも亜人は、住む場所を変えたりもしない。いいや、変える事など出来無い。そんな亜人のお前が、他の街に知り合いがいて、それに会いに来た、ってのか?」

私は、そこでミラから降り立って、スカートをちょんと摘まみ上げるようにして会釈しながら。

「私はルージュと申します。こちらは親友で花の妖精のヨーコさん。」

「ヨーコよ、よろしく。」

「貴女のお名前をお教え願えますか?」

「ぬ?!」と一瞬怯み、周りの目もあるから胸を張って。

「俺の名はモリーヌ。こんなところで門番なんてやってるが、一応ヴェールメル女王の娘、のはずだ。それで、誰に会いに来た。」

私はふわりとミラに乗り、その私の肩にヨーコさんが乗る。

「その女王陛下よ、モリーヌ。私、貴女のお母さんたちと懇意なのよ。信じなくても良いけど。」


何か感じるところがあったのか、女王を訪ねる人間族と言うあり得ない存在である私を、彼女自身が王城まで案内してくれる事となった。

これも兵の務めの内だ、と言ってたけど、彼女自身、私に対して興味を抱いたんでしょうね。

力と神の気を抑えていても、壁に到達した人間族の勇者並みの力な訳だから、感知に優れてさえいれば、私の力にも気付けるはず。

そう、自分よりもこの人間の方が強い、と言う事を、肌で感じる事は出来るはず。

それは、戦士としての資質に他ならないわ。

モリーヌは、その真面目な性格も戦士としての資質も、私から見れば好ましいもの。

まだ発展途上だけど、見所はあると思う。

程無くして、王城へと辿り着いた私たちは、取り次ぎの衛兵に指示されて、城門脇の小屋で待たされる。

そこで一度、私は少しだけ、力と神の気を解放する。

そうしないと、私が訪ねて来たと伝わらないかも知れないから。

一応ルージュとは名乗ったけど、あの様子じゃおかしな人間族が面会を求めてる、とかいい加減な報告しそうだったし(^^;

普段、転移で勝手に入ってたから、まともに訪問するとも思ってないかも知れないし。

ふと見ると、ヨーコさんは感心してて、モリーヌは大量の汗を掻いてた。

「ふわ~、やっぱり凄いね、ルージュ。オフィーリア様くらいパーッて感じする。」

ふふ、ヨーコさんの方がパーッて感じよ。

「……お、お前……、本当に何者なんだ……。」

ごくりと唾を呑……み込もうとして、上手く嚥下出来無いモリーヌ。

「……貴女のお母さんより上。そんな人間信じられる?まぁ、今はもう、人間ですら無いのだけれど。」

「そうよ。ルージュは神様なんだから。」

ヨーコさん、そんな事言っても混乱するだけだと思うわよ(^^;

「神?……ちっちゃい神族って事か?……神族と人間のハーフ?いや、サイズが合わないだろ。」

その時、バーンと扉が開け放たれる。

そこには、先程の衛兵の首根っ子を押さえ付けたまま引き摺っている、ヴェールメルの姿があった。

「あら、早かったわね、ヴェル。その子は放してあげないさいな。正門から訪問した私が悪いのよ。」

すると、その衛兵を放り出し、私の前で膝を突き畏まるヴェールメル。

「とんでもありませぬ。貴女様のお力に少しも気付かぬ愚か者など、捨て置けばよう御座います。ルージュ様のご訪問、夫と共に歓びに堪えませぬ。」

「ありがとう、ヴェル。今日は世界樹の様子を見に来た、と言っても、特に私が世話を焼く必要も無いのよね。良かったら、お茶でも御馳走して頂戴。」

「勿論ですとも。妾が腕によりを掛けて、ルージュ様に気に入って頂ける歓待を用意致しましょう。して、その妖精はルージュ様のお連れとして、其方は誰じゃ?」

冷たい視線を、脇に控えるモリーヌへ向けるヴェールメル。

モリーヌの方はと言えば、少し震えてるけどヴェールメルに対して敬礼のような姿勢で迎えていて、その律義さが窺い知れる。

「お、や、わ、わたく、しは……その……。」

「この子はモリーヌ、街の入り口で門番を務めてる子よ。こんな姿の私だもの。いくら亜人とは言え気になるじゃない。だから呼び止めた。真面目な子よ。どう?ヴェル。私は見所があると思うんだけど。」

「おや、相変わらずお美しいが、随分控えめな装いですわ。何か心境の変化が……、後で詳しくお聞き致しましょう。して……。」

ヴェールメルは立ち上がり、しばしモリーヌを睥睨する。

「其方、修練場へ行っておれ。ルージュ様、お言葉なれど、妾自ら手を合わせてから判断しとう御座います。真面目なだけで妾の娘は務まりませぬ故。」

「もちろん構わないわ。私は貴女を気に入ったけど、与えるのは機会だけよ。それを生かすも殺すも貴女次第。判るわね、モリーヌ。」

「え?……あ、あぁ……。」すぐには頭が追い付かなかったみたいだけど、見る見るその顔付きが変わって行く。

「感謝する。必ずものにしてみせるさ。」

まだ震えてる。でも、これは武者震いね。鬼気迫る素敵な笑顔を浮かべてる。

さすが母娘。こうして見ると、良く似てるわ。

「ではこちらへ、ルージュ様。」

私とヨーコさんは、モリーヌと気絶した衛兵を残し、ヴェールメルの後に付いて城内へと移動した。


3


私たちは、世界樹のある庭園でお茶と洒落込んだわ。

相手をしてるのは、ガイドリッドひとり。

今はまだ、軽く挨拶を交わした後世界樹を一応確認して、素敵な香りのハーブティーを味わってるところ。

「わ~、本当に凄いね~、ここの世界樹~。黄金樹とは違う感じなのに、黄金樹みたいな感じもする~。」

ひとり、陽気にはしゃぐヨーコさん。

そう、裏アーデルヴァイトの世界樹たちは、闇の神がその身を捧げた聖なる闇の世界樹。

その一部は神に等しく、わざわざ私が面倒を見なくても、そうそう傷付く事などあり得ないわ。

「ふふ、ずっと黄金樹と一緒にいたから、世界樹の近くが気持ち良いのね。」

「黄金樹と共に、ですか。やはり、貴女と一緒にいるくらいですから、あの妖精も特別なのですかな。」

「えぇ、元花の妖精の女王様よ。」

「花の妖精……。見掛けない種族ですね。」

そっか。マナ濃度の低いこちら側では、精霊はあんまり物質界側に顔を出さない。

花の妖精は物質界に住み着いた精霊=妖精だけど、完全に物質界に縛られたエルフやドワーフたちよりも精霊に近い存在。

自然溢れる場所にいて、物質界と精霊界を行き来して暮らしてる。

もしかしたら、こちら側の花の妖精たちも、精霊たちと同じくマナ濃度の所為で居心地が悪く、物質界側にあんまり顔を出さないのかも知れないわね。

「この国は比較的平和だけど、戦乱が当たり前で世界樹すら切り倒すこちら側では、自然を愛する妖精族は住みにくいのかも知れないわね。」

「……耳の痛い話です。我が国においても、この庭園を除けば緑豊かな大地とは呼べませんからな。」

「ふふ、貴方たちは長く統治出来てるお陰で、少しは国内の環境にまで目を向ける余裕があるけど、他の国じゃ敵を倒す事ばかりが大事で、富だって作り出すより奪う事ばかり。破壊と創造じゃ、破壊って楽よ。どんな方法で支配するにしても、破壊するばかりじゃいつか破綻する。こちら側において、貴方たちは希少な存在ね。本当に、貴方たちがいて良かったわ。」

すると、答えは背後から降って来た。

「ほほほ、これは光栄の至り。益々励みませぬと、罰が当たりますな。」

「ヴェル、お帰り。どうだった?」

ヴェールメルは、ガイドリッドに寄り添うよう席に着き「お話になりませぬ。」と答えた。

「あら、駄目だった?」

「あれではとても使い物になりませぬな。じゃが、性根が真っ直ぐで負けん気も強く、妾の娘時代を見るようじゃ。これより毎日稽古を付ける故、仕事終わりに参上せよと申し伝えておきました。逃げぬなら少しは変わるやも知れぬ。」

実に楽しそうに話すヴェールメル。どうやら、気に入ったようね。

後は、モリーヌの頑張り次第。

「ほう、ヴェルがそう言うのなら、見込みはあるのだろう。その内、俺も手を合わせてみるか。」

「……それは控えて欲しいのぅ。あれに手を付けるのは、少し妬ける。」

「馬鹿な事を。出生の問題で側室はおるが、俺が愛した女は唯ひとりぞ。魔族女に手は付けん。」

「しかしな、あれは本に妾に良う似ておる。少しじゃ。少し妬ける。」

「ふん、俺はお前の器量のみに惚れたのでは無いぞ。その強さ含めて惚れたのだ。その娘、仮に俺が懸想するには、まだまだ力不足も良いところだろう。そうさな、今俺が浮気心を催すなら、目の前の女神相手くらいなものさ。」

「あら。これは喜んで良いのかしら。」

「ほほ、相手がルージュ様ではお手上げじゃな。」

「まぁ、私も女の身。ガイドリッドほどの漢に言い寄られれば悪い気はしないけど……。」

これは本心よ。男が好きな訳じゃ無いけど、どちらかと言えばもう性別など関係無い、と言った方が正解かしら。

ガイドリッドは抜けるような白い肌の細マッチョで、神族特有の神々しさを持ちながら、知性と野生を併せ持った妖しい魅力を醸し出してる。

こんな漢になら、抱かれたいと思えなくも無い。

「でも貴方も、二番目の男を争いたく無いでしょ。私の中の一番は、永遠に変わらないもの。」

「……そうだな。俺も男だ。目指すなら何でも一番が良い。」

「ルージュ様……。」

「大丈夫よ、ヴェル。」

だって、私は今も……ライアン……がアストラル界で頑張ってると、信じてるから。


「な~んか、難しいお話~。」

ひとしきり世界樹の周りを飛び回ったヨーコさんが、私の傍まで降りて来る。

「そう言えば、ヨーコさんはそう言う人、いないの?」

そうよ。愛しい相手がいるなら、無理して私に付いて来てくれなくても……。

「え~と、私たちにも性別はあるけど、あんまり恋愛ってしないかな~。ほら、私たちは歳を取ったら精霊界に帰るでしょ~。生まれるのもあっちなの。しかも!自然の中から生まれてこっちに落とされるから、人間みたいに赤ちゃん作ったりしないのよ。だから、恋人とか夫婦になる子も少ないの。」

それは初耳。そうすると、花の妖精って、将来上位精霊になる者が物質界で1000年過ごして、そこで培った経験などに基づいて進化する、って感じかしら。

……皆、毎日毎日遊び回ってるようにしか見えなかったけど、一応花の妖精期は修業期間みたいなものなのかな?(^^;

「……神と共にいると言う事は、こう見えてこの妖精も強いのか?」

しげしげとヨーコさんを観察する、巨人ふたり。

「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっ、そんなに見詰められると怖いぃ~。」

私の頭の後ろに隠れるヨーコさん。

「見た目通り、とっても可愛いだけで強くは無いわよ。とても貴方たちには敵わない。……け・ど、多分貴方たちが倒す事も出来無いわね。」

「ほう。」「それはそれは。」「えーーーーー!」

興味をそそられるふたりと、吃驚して声を上げるヨーコさん。

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁ~、そんな訳無いじゃ~ん!勝てる訳無いじゃ~ん!」

ぽかぽか後ろ頭を殴り付けるヨーコさん。

うん、ちっちゃい手で叩かれるのが気持ち良ひ。

「大丈夫よ、ヨーコさん。」

ここで念話を使って、私はひとつ、ヨーコさんに耳打ちした。

「さ、やってみて。」

「うーーー、ルージュが言うなら大丈夫なんだろうけど……。もう、ほんとにほんとかな~。」

そう言って飛び上がり、ガイドリッドの方へと突進するヨーコさん。

「ぬ……、消え……た?」

ヨーコさんは、かなり早いスピードとは言え、ただただ普通にガイドリッドの周りを飛び回ってる。

「おかしい……、気配も読めぬのぉ。」

ヴェールメルの方も、ヨーコさんを見失ってる。

今、目の前を飛び過ぎたとこなのに。

ひとしきりふたりの周りを飛び回ったヨーコさんは、私の許へと戻って来て、再び頭の後ろに隠れてしまう。

「!いたっ……、転移、では無いな。」

ヨーコさんが私の後ろに隠れたところで、ふたりはヨーコさんの気配に気付いた。

「ほうほう、これは一体どんな魔法じゃ。」

「誓って言うけど、彼女は貴方たちの周りを、ただ飛び回っただけよ。……ただし、普段妖精たちがそうするように、精霊界を通ってね。」

そう。今ヨーコさんは、少し位相がズレただけで隣り合ってる、精霊界側を通って飛んだ。

アストラル界は事情が違うけど、物質界と精霊界は重なった世界と言えるわ。

その間を隔てる壁はあるけど、精霊界とアストラル界を隔てる壁ほど行き来は難しく無い……精霊や妖精にとっては。

「精霊界……ですか。」

「そうよ。貴方たち神族魔族は魔法種族だから、その気になれば物質界だけで無くアストラルサイドも覗き見る事は出来るでしょ。まぁ、ほとんどの場合、戦闘時だけでしょうけど。」

「アストラルサイドってな~に?」

「まぁ、魔法的な、普段目に視えないものの総称よ。魔力を帯びているかどうか見分けるとか、結界や封印、ゴーストのようなアストラル体の存在とか。」

「じゃあ、精霊も視えるんじゃ無いの?」

「精霊や精霊界はちょっと違うのよ。それと意識しているかどうかの差なんだけど、魔法種族の内、精霊と縁が深いエルフは別として、他の種族はあんまり精霊を気にしないの。元は精霊だったドワーフや、ホビット、グラスランダーでさえね。普段意識しないから、視えない事が当たり前になってる。」

縁が深いものには意識が向くから、空を飛ぶ古代竜なんかは意識的に風の精霊を視る事もある。

でも、クロだって私が新型フライを使った時に、それと意識して気付いたくらい、普段は意識の外にいる存在。

この世のあらゆるもの、場所に精霊は宿るけど、それを視る事が出来る者は少ない。

妖精族の中でも精霊に近い存在である花の妖精のヨーコさんや、ハイエルフのジェレヴァンナ、精霊使いであるスニーティフや私には視えるけどね。

もちろん、招喚魔法で物質界に喚び出した精霊なら、誰にでも視えるわよ。

極当たり前に身近な場所、でも精霊界側にいる無数の精霊たちを、普通は視る事が出来無いだけ。

「普段精霊を意識しない、精霊の力を借りない神族魔族は、精霊も精霊界も視えない。だからヨーコさんが一時的に精霊界側にズレてると、その存在を認識出来無くなるのよ。」

「そんな事が……。確かに、妖精ですら普段見掛けぬから大して意識せぬものを、精霊となれば一切意識せぬ。」

「隣り合った世界……のう。しかし目に視えぬなら、すぐ隣におっても触れられぬか。不思議なものじゃなぁ。」


4


「それはそうと、何か変わった事ある?ほら。世界樹が変わったでしょ。マナ濃度自体は、王城だけじゃ無くて王都全体が改善傾向みたいなんだけど。」

そう。まだまだ裏アーデルヴァイト全体には微々たる影響も確認出来無いし、アントンスィンクから方々回ってアーケンビルに至るまでの道中でも、マナ濃度の改善は見られない。

ただ、若干王都内には影響が表れていて、それでも私の目測で0.7だったものが0.71になった程度の話。

「貴女が今よりも神だった頃、いきなりやって来て世界樹を変化させた時は驚きましたな。闇色の光……今でも何やら、頭が混乱する思いだ。」

「じゃが、月夜の晩に眺める闇の世界樹は、また格別。ガイドリッドと共にここで過ごす時間も増えたの。こうして成長、変化を遂げた世界樹は、もちろん善きものなのでしょう?」

「えぇ、私は聖なる闇の世界樹と呼んでるわ。私の中にいた闇の神がね、その身を少し捧げて回ったのよ。今、この世界樹の一部は神と等しいわ。」

「ほう、それは凄い。ならば俺たちは、普段から神の傍に侍らせて頂いている、と言う訳か。」

「……そこまで特別とあらば、どうじゃガイドリッド。ここで睦みおうてみぬか?特別な子を授かるやも知れぬぞ。」

「ふむ……、些か不敬ではあるまいか。」

「とんでもない!それ良いわね。」

「え?!」「ほほほ。」

ガイドリッドは驚き、ヴェールメルは喜ぶ。

「あら、ごめんなさい。今のはそのぅ……、嫌ね、私は神の身となっても、魔導士としての性は抜けないみたい。興味があるのよ、研究者としてね。神の気を纏った神聖な樹だし、生まれる子が特別かはともかく、不妊の解消に繋がる可能性はありそうじゃない?愛し合う貴方たちに望む子が生まれるなら、それはとても素敵な事だわ。」

「ふむ、そうだな。生まれる子が普通の神魔なのかも気になるし、他の女を抱かずに済むならそれも良い。俺はヴェルの体に、未だ飽いた事は無いからな。」

「ほほほ、嬉しゅう事を言うてくれるものよ。妾も、他の男の為に腹を痛めるのは、本に身も心も苦しゅうてな。どうせなら、愛しい殿御の為に苦しみたいからの。いっそ、ここを妾たちの寝所に作り替えようか。」

「あら、そうなると私、貴方たちの寝所にお邪魔しに来る訳?それじゃあ、嫌な女じゃない。」

「違いない。神が間男ならぬ間女扱いか。」

「ほほ、これはとんだ失礼を。ルージュ様ならば、いえ、その妖精も交えて、4人で目合まぐわひましょうか。」

「えー、あたしこの大きさで、何するのよ~。」

ヨーコさんとガイドリッドを見比べて、思わず噴き出す私。

それに釣られて、皆笑い出す。

静かな湖面が波打つ感覚は、自分が人間である事を思い出させてくれる。

本当に、ヨーコさんがいると心が安らぐわね。


「世界樹は良いとして、他に何かある?」

「他に、ですか?」

「世界樹たちは闇の神がその身を捧げたくらいだから、私が面倒見なくても皆元気で、正直言うとやる事無いのよ。だから、何かあるなら言ってみて。時間はいくらでもあるの。一応、まだほとんど回ってないこちら側を見て回る、って目的はあるけど、急ぐ旅じゃ無いから、ヨーコさんとゆっくり回るつもり。」

はっきり言って、永遠を持て余してる。

今はまだ長命種の知り合いたちが生きてるけど、いつか彼らまで先に逝ってしまったら、私はこの世界でどう生きれば良いんだろう……。

世界樹を見届ける使命さえ終わったら、私はもう……。

「……こんな事を頼んで良いものか、とは思うのですが。」

「え、何、何。何かあるの?」

「……大した事では無い、とも言えぬが、どうやら最近、北の隣国の支配者が変わったようでしてな。」

「なるほど、例の件じゃの。彼奴らだけで何とかすると思うが、確かに少し気掛かりよの。」

「う~ん、隣国の支配者が変わったって、精々攻めて来るかも知れない、って程度の話でしょ。……普通なら。」

「あぁ、その通り。普通なら、な。その為に力ある子供たちを前線に配置してるんだ。本来、前線の将軍たちが何とかする話だ。」

彼らには、後継者……と言うより、戦力とする為に、たくさんの子供たちがいる。

その中でも、特に秀でた力を持つ者たちを、前線に配置してる。

奪う事ばかりを考えて、飽く事無く戦争を繰り返す周辺国から、この国を守る為……、そして、簒奪者となり得る者を遠ざける為。

「実際攻めて来たんだが、その兵たちが異常でな。今は睨み合いを続けているようだ。」

「異常?貴方たちが認めた子供たちが、敵わないほど強いの?それとも、神族や魔族とは違う陣容だとか?」

「神族と魔族の混成部隊、ではあるようじゃの。元々かの国は、魔族の支配する国であった。神族は奴隷階級じゃから、混成部隊と言うだけも多少は奇妙じゃが、もっとおかしな奴らのようで。」

魔族が支配する国では神族が、神族が支配する国では魔族が、通常奴隷階級として扱われる。

奴隷を兵として使う事もあるけど、その場合盾代わりとして前衛に回したりするから、まともに部隊として運用される訳じゃ無い。

奇妙と言うのだから、この場合対等な立場で部隊が構成されてるんでしょうね。

「もっとおかしい、と言うのは?」

「……随分知能は低いようで、まともな軍事行動とも思えぬ様子。最初は簡単に撃破出来る、そう考えたようだ。」

「じゃが、ひと当たりしてみたところ、これが全く倒れぬ兵であった。弱いと言えば弱い、強いと言えば強い。あまつさえ、倒れたこちらの兵まで取り込むと言う。それはまるで……ゾンビのようであったと。」

ガタッ、と思わず、私は立ち上がった。

「ゾンビ……ですって……。」

「ね~、ね~、ゾンビがどうしたの?ゾンビなんて珍しく無いじゃ~ん。」

「……えぇ、そうね、ヨーコさん。ゾンビは珍しく無い。でもね……相手が神族魔族となると、話は違うのよ。」

「……神族ゾンビ?魔族ゾンビ?う~ん、確かに聞いた事無いね。どうして?」

「え~と、細かい事言うと難しいんだけど、アンデッドの中でもゾンビって低級モンスターなのよ。ある程度特別な種族となると、ゾンビみたいな低俗なモノになり下がったりしないの。古代竜や、多分ハイエルフ。そして、神族や魔族はね。」

私は、クロのデータを使ってドラゴンゾンビを創ったけど、あれは特殊なケース。

あの時点で、私の方がクロより強かったから、データも盗めたしゾンビにも出来た。

野生の、と言う言い方もおかしいけど、ドラゴンゾンビって、通常の竜種だけがなるものであって、本来古代竜がゾンビ化する事は無いわ。

「あぁ、だからそいつらがゾンビだとは思えないが、まるでゾンビのような神族と魔族の兵士、と言う異常な部隊な訳だ。」

「実際にゾンビならば、神族の将軍が浄化して終わりじゃ。じゃが、現実には打つ手無く、被害を広めぬ為に守りを固め様子を見ておると。妾たちが出向いては本末転倒じゃし、正体が不明では万が一もあり得るしの。」

「それで、手をこまねいていた、と。」

「あぁ。その部隊も、こちらが築いた防護柵を越えようとせず、膠着状態らしいからな。それ以上侵攻して来ないなら、放っておいても構わない……とも思ったんだが。」

「ありがとう。随分面白そうな話だわ。」

「だな。貴女なら、そう言うと思ったよ。」

「それでは、役にも立たぬ将軍たちに、こう伝えておいて下され。これまで通り、その地を守っておれ。この一件は、全てこのお方に任せる由、余計な事はせず指示に従うように。」

「判ったわ。この一件は私が預かる。私にとっても、貴方たちの統治が変わらず続く方がありがたい。協力は惜しまないわ。」

何より、とても面白そうじゃない。

ゾンビのような神族魔族。

その正体、そこに一体どんな謎が潜んでるのかしら。


こうして私とヨーコさんは、一路北にある国境の街マールデイムを目指した。

以前ガイドリッド=ヴェールメル王国内を見て回った時は、マナ濃度の関係から特に南部を中心に回り、その後世界神樹の下へと至ったので、マールデイムにはまだ行った事が無い。

私の神の転移は、アストラル転移を応用したものだから、使用条件は一緒。

一度でも訪れた事があり、はっきりとその場所を思い浮かべる事が出来無いと飛べない。

そこで私は、ミラに揺られて北を目指した。

もちろん、グルドやクロのコピーを使ったり、新型フライで飛んで行けば、もっと早く着ける。

でも、急ぐ旅じゃ無い。

緊急事態でも無い限り、私はこの旅の足はミラと決めている。

それでも、一応異常事態発生中だから、その状態で急ぐ事にした。

ミラに身体強化を施し、夜も走り続け、1週間の道程を3日掛からず駆け抜けた。

そうして辿り着いたマールデイムは、他の街同様城塞都市で、王都ほどの賑わいは無いものの、その城壁の堅牢さは負けていなかった。さすが、国境の街。

私は街の門が見えた辺りでミラを塵に還し、そこからは神のフライで空へ浮かび上がった。

二重詠唱でフライを唱えながら風の精霊の助けを借りて、自重をほぼ失くした体を風で運んで貰う。と言う過程を飛ばして結果だけを発現する。

実際の新型フライでは風の結界に覆われた形で空を飛ぶから、そのままどこかに近付いたら周りに影響を及ぼす。

でも、神の力で飛ぶと言う結果のみを発現すれば、周りに影響を及ぼさず、意のままに空中を移動出来る。

これなら、いざと言う時街中にこのまま降りられるわ。

翼を持たぬ人間がそのまま空を自由に飛ぶ姿は、見る者を驚かせるでしょうけどね。

マナ濃度の所為で、こちら側では神族魔族すら空は飛べなくなってるから、空を飛ぶ私の姿は奇蹟のように映るかしら。

街の上空を北へ向かって飛んで行くと、北側の城壁の先、100mほど離れた場所に急ごしらえの防護柵が東西に走るように800mほど築かれてて、何故かそれを迂回せずその場に数十人の神族魔族、それから足元にはエルフやドワーフたちがたむろしてる。

ガイドリッドたちの話では、神族と魔族の混成部隊と言う話だったけど、そこには亜人も混じってるようね。

その様子はまさにゾンビのようで、自我を失って「あー、うー」呆けた声を上げながらふらふらしてる。

まともな判断が出来ず、ただの防護柵を迂回する事すら思い付かないみたい。

マールデイム駐留部隊の方は、城塞内部で待機中。

城壁の上に、4つの人影を確認。

多分この4人が、ガイドリッドたちに聞いた、この街を預かる将軍たちね。

私は挨拶する為に、その場へと降下を始めた。


5


黒いドレスの裾を、まるで蝙蝠の羽のようにはためかせ、私は4人の間にふわりと舞い降りる。

「あれが例の、おかしな一団ね。」

私は、当たり前のように前方を見据えたまま、4人に話し掛けた。

その4人は、それぞれ神族の男女、魔族の男女と言うペアだけど、恋人や夫婦と言う感じじゃ無いわね。

お互い、少し警戒し合ってて、そこまで仲良しには見えない。

一応、片親が一緒の兄弟姉妹、乃至義理の兄弟姉妹な訳だけど、いつかその座を狙い合うライバル同士でもある。

神魔たちとは違って、仲良し兄弟姉妹になるのは難しいのかも知れないわね。

……そう考えると、ベルメルコとウォーリーは仲良いわよね。

お互い、出世街道を外れた者同士、そこまで警戒し合う必要も無いのかな。

「……何者だ。」

代表して、私の左手にいる神族の男性が声を掛けて来た。

金髪碧眼の細マッチョで、典型的な神族の見た目をしてる。

もうひとりの神族の女性も、金髪碧眼で引き締まった体付き。

特徴的なのは、純白の翼を背中に畳んでる事。

本来なら、空を飛べる神族なんだろうけど、こちら側の神族は飛行能力を失ってるはずだわ。

右手側の魔族ふたりは、褐色の肌に男性が白髪、女性が銀髪で、瞳は金色。

男性の方は額に第三の眼があり、女性の方は羊角が生えてる。

どちらも二対の腕を持つ四本腕。

話し掛けて来た神族以外の3人は、手にした得物を構えてる。

「ちょおーと、待ったぁ~!」

と、光弾が飛び込んで来て、私の頭の上で踏ん反り返る。

「この子はルージュ!貴方たちのお父さんやお母さんよりも偉いのよ。これから貴方たちに命令を伝えるわ。ちゃんと聞きなさい。」

「……何だ、こいつ。小せぇな。虫か?」

「ぬわんだとぅおー!」ぷんすかお怒りのヨーコさん。

「……ルージュ、か。聞いた名だ。確かに父王様から、この世で唯一丁重に扱うべき人間、と聞かされた覚えがある。」

そう神族♂が独り言つと、神族♀と魔族♀も、「そう言えば……。」と漏らしながら、構えを解いた。

「ルージュぅ~。俺は知らんな、そんな名は。第一、この世に丁重に扱うべき人間など、確かにルージュ様しかおられませんな!」

いきなり態度を翻す魔族♂。

面倒だから、チャーム掛けた(^^;

「ガイドリッドとヴェルからのお達しよ。貴方たちはこれまで通り、しっかり国境を守ってれば良いわ。この一件は私が預かる事にしたから、何もしなくて大丈夫よ。」

「はっ!畏まりました、ルージュ様。私、何も致しませぬ。」

……う~ん、ウザい。チャームを掛けても面倒ね(^Д^;

「ね~ね~、ルージュ~。こいつ、どうしたの?」

「ふふ、面倒臭そうな奴だからチャーム掛けちゃった。そしたら、余計ウザくて面倒な奴になっちゃったわね。」

確か、このウザ男がガンディーバ、神族♂がアートルーク、神族♀がテティスミス、魔族♀がメルティハートだったわね。

「それで、アートルーク将軍。彼らの様子はどうなの?」

「……どこまでご存知か判りませんが、御覧の通りです。まるでゾンビ。まともな思考力は持ち合わせておらぬようで、あぁして柵の前でふらふらしている。」

「報告とは違って、エルフやドワーフの姿もあるようだけど。」

「はっ!あれは奴らにくっ付いて来た雑魚であります。物の数ではありませんから、報告に上げませんでした。」

ガンディーバ五月蠅い(-ω-)

「こちらの兵が倒れた後、奴らと同じような状態に成り果てた。多分、あの亜人共は途中で奴らにやられて、仲間にされたんでしょう。」

「……ねぇ、奴らのようになった、って言うけど、それは死んだ者がそうなったの?それとも、噛まれたりしてそうなったの?」

「……死んだ者、ですね。確かにそうです。ゾンビのように、噛まれて感染した訳じゃ無い。気付きませんでした。」

「さすがルージュ様、美しいだけでじゃ無く頭も冴えていらっしゃる。」

……、……、……チャーム解除。

「はっ!?……て、手前ぇ、よくも……。」

我に返ったガンディーバを無視して、私は奴らのひとりに向かって指を指す。

そして無詠唱で、細く収束させたツイン・レイを1秒照射。

指指した神族ゾンビもどきの頭が消し飛び、その後ろにいた者たちの体の一部も消し飛ぶ。

ツイン・レイ。この魔法は、闇孔雀との戦いの時に候補に挙げた事もある二重詠唱魔法で、あの後実際に効果を試してみた。

光属性と闇属性を併せ持った最強光術として成立し、且つ強力な貫通性能を獲得した。

アストラル・レイもダークネス・レイも、照射された相手に強力なアストラルダメージを伴うダメージを与える物質魔法だけど、ツイン・レイは貫通してその先まで撃ち抜く。

光と闇の光線が螺旋状に絡み合い、少し形状は違うけどまるで魔貫光殺砲(^^;

それを細く収束して放つ事で、さらに威力を上げてある。

その光景を見たガンディーバが面白い顔を晒すけど、その後の光景を目にして他の3人も揃って面白い顔になる(^ω^;

瞬きする一瞬で、吹き飛んだ頭が再生したから。

「……超速再生、しかもかなりのスピードね。ゾンビの再生能力とは全くの別物。」

……それと、再生の仕方が気になったわ。

あれは、ただの超速再生じゃ無くて、多分細胞の無限増殖……。

もし暴走状態となって過剰再生を繰り返せば、あれと同じ。……オヴェルニウス呪法。

でも見た限り、過剰再生を起こしてないわ。

違う……のかしら。

私は次に、奴らの足元にいるエルフの1体に照準を定め、ツイン・レイで撃ち抜く。

上半身が一瞬で消し飛ぶと、すぐさま再生を始める……けど、今度は様子が違った。

エルフの形を通り越して、肉が肥大化を続けて肉塊と化し、直径2mほどの肉団子となった。

なるほど。この姿こそ、本来のオヴェルニウス呪法の犠牲者の姿って訳ね。

思えば、あのガリギルヴァドルが化けてた肉塊も、オヴェルニウス呪法の犠牲者のつもりだった訳だから、あれが行き着く姿だったんだわ。

過剰再生を永遠に繰り返す、って事だったから、私は勝手に地下深くの広い空洞を埋め尽くすほどの巨大な肉塊を想像してたんだけど、実際には直径2m強の肉団子。

善く善く観察すると、無限増殖を繰り返した細胞が分裂限界に達して、端から死滅して行ってるみたい。

つまり、細胞自体は不老不死じゃ無い訳ね。

核となってるのはアストラル体ごと囚われた魂だから、周りを取り巻く細胞たちとは違って不滅なのかも知れないけど、超速再生を繰り返す物質体そのものは、絶えず生まれ、分裂、再生し、死滅と誕生のバランスが直径2m程度で拮抗してるのね。

……じゃあ、やっぱりこれって、オヴェルニウス呪法、もしくは、それに相当する悪魔の秘術……。

私はもう一度、今度はドワーフを撃ち抜いてみる。

先のエルフと同じように、そのドワーフも一度消し飛んだ後、過剰再生を始めて肉塊と化した。

どうやら、神族魔族と言う超越種の場合、過剰再生は起こさないみたい。

それでも、通常の超速再生は起こしてるから、多分、中身はぐちゃぐちゃね。

魂は苦しみ続けながら、物質体の方は壊れちゃって脳までただの肉の塊だから、まともな思考なんて出来やしない。

そんな呪いが、周りの死者に伝染してる。

呪われた直後は、まだ再生を起こしてないから亜人も元の姿を保ってたけど、一度再生を起こせば肉塊となり、神族魔族も思考能力を失う。

まぁ、死んだ時点で魂が混乱してるから、再生起こさなくても並みのゾンビ程度の知能にまで落ちちゃってるのかも知れないわね。

「……どう、なさいますか?」

畏る畏る、アートルークが声を掛けて来る。

ガンディーバは、二、三歩下がったところまで退いちゃってる。

私の力に気付いて、怒られるのが怖くなったのかしら。

「そう、ね。下手に近付か無かったのは正解ね。あれは一種の呪いよ。それも、多分悪魔の呪い。」

「あ……悪魔?!……実在するのですか、そのようなモノが……。」

え~と、そう言えば、私がまだ闇の神だった頃、彼がアヴァドラスと話してた時、アヴァドラスは裏アーデルヴァイトの事を意識してない感じだったわね。

神族魔族にとって、特に魔族にとって暗黒魔法は身近な存在だけど、きっと神聖魔法同様すでにこの世に存在しない悪魔の力を借りる魔法、と言う認識なのね。

直接、真なる魔界にいる悪魔を喚び出そう、なんて考えないんだわ。

これって、表アーデルヴァイトでは人間族が学問として魔法を研究したから、悪魔の研究も進んだって事なのかしら?

後は、それこそ創世に関わってない元闇の神、悪魔にとって、裏アーデルヴァイトは忘れられた大陸って事なのかもね。

裏アーデルヴァイトまでやって来てから、真なる魔界に追放された悪魔だっていたと思うけど、こっちはあくまで裏側、そんな認識だったのかも。

そんな認識だから悪魔側からの干渉も無く、力ある種族である神族魔族は悪魔に助力を求めなかった。

結果、双方がそれぞれの存在を、忘れ去ってしまった。

ま、私だった彼はずっと戦い続けてたから、1万年の間の出来事を知らない。

だからこれは、私の勝手な憶測であって、真実は判らないけどね。

「何言ってんのよ。あんたたちの目の前に、本物の神様がいるじゃない。当然、悪魔だっているわよ。」

あ~、ヨーコさんや。私が神様だなんて言っても、そっちの方が信じられ無いんじゃないかしら(^^;

「ちょっと倒すのは骨だけど、何とかしてみるわ。」

「何とか出来るのですか?……あれが呪いだとしても、最上位の神聖魔法でも浄化出来無い呪いですよ。」

「あら、ちゃんと試してみたんだ。まぁ、そっか。ゾンビだと思ったなら、浄化くらい試すわよね。」

「は、はい。ホーリィ・フィールド(聖なる領域)で覆ってホーリィ・レイ(神聖属性の光術)をふたりで浴びせ掛けました。」

ホーリィ・フィールドは、範囲内の空間を神聖な状態に保つ。

そして、同じ光術とは言え光属性の攻撃魔法であるアストラル・レイとは違って、神聖属性のホーリィ・レイは不浄な存在を浄化する効果を持つ。

反対に、物理的な攻撃力は皆無に等しいけど。

「もちろん、対アンデッドのつもりで行った浄化ですけど、仮にそれが呪いであっても打ち消す事が出来るはずです。ただ……今思えば確かに変でしたわ。私たちのホーリィ・レイは、効かなかったと言うより弾かれたみたいに見えたし……。」

そうテティスミスが、言葉を引き継ぐ。

「オヴェルニウス呪法……って言うんだけどね。ちゃんと準備した上で、儀式によって行使する秘術。ただ呪いを付与する魔法とは違う上に、その出処が悪魔となると、最上位の浄化魔法ですら単純に力不足みたいね。」

複雑に編み込まれた術式に、アストラル体ごと魂が雁字搦めに捉えられてる状況を、一度浄化しただけで壊したりは出来無い。

悪魔の力が根源であれば、浄化の力の源である神の奇蹟と、同等の力と言う事にもなる。

神と神の力のぶつかり合いと考えれば、その末路は千日手であってもおかしく無い訳だもの。

「そんな……。いくら何でも、最上位の神聖魔法ですよ。それが力不足で弾かれるなんて……。それじゃあ、どうする事も出来無いじゃないですか。」

「……私も、自信は無いんだけどね。理論上は……。」

そう言って、私は天へ向け手を翳す。

無詠唱で発動した魔法により、一天にわかに掻き曇る。

ゴロゴロと、空がその喉を鳴らす。

「これは……雷撃魔法?!伝説級の魔法じゃない。」

メルティハートが、驚愕の声を上げる。

うん、最初はあの闇孔雀も、雷撃魔法と勘違いしたもん、仕方無いわね。

まぁ、あの時は、カムフラージュの為にフロッグギフトを先に掛けたけど、今回目くらましは必要無いから、いきなり行くわよ。

私が腕を振り下ろすと同時に、曇天を斬り裂いて突き下ろされる巨大な剣、最強竜撃魔法ドラゴンバスター!

最強硬度を誇る鱗に覆われた、古代竜の体さえ一撃で塵と化す。

その逞しい巨腕に握られた巨剣の切っ先が神族ゾンビもどきに触れた途端、ざぁっ、と砂粒と化すかのようにその体は消失した。

でも次の瞬間、無限増殖の超速再生により、肉塊が膨れ上がって神族の姿を形作……ろうとし、再び塵と化して砂山を築いた。

良し、再生に失敗したわ。

ここで「一体どうなってるの?」と言うひと声が欲しいところだったけど、4人とも、いいえ、今はヨーコさんまで、吃驚し過ぎて声も無いわ。

ドラゴンバスターのビジュアルは、さすがに初見じゃ驚くわよね。

だから心の中で解説しておくと、まずドラゴンバスターで物質体を塵と化す。

この時、一瞬とは言え核となってるアストラル体と魂が、呪いの鎖から解き放たれる。

もちろん、放っておけば呪いの核として再び取り込まれちゃうから、短距離空間転移で近付いて、私のこの手でアストラル体ごと魂を引っこ抜いてあげる、と言う過程を飛ばして結果を発動。

核を失った物質体は再生に失敗し、今体があった場所の少し上に、解放されたアストラル体が浮かんでる。

この状態なら浄化を妨げるものは無いから、私の鎮魂でも充分効果がある。

無詠唱で放った鎮魂によって、その神族の魂は光の粒となって成仏した。

理論上出来る、とは思ったけど、これで実証されたわね。

私は再び、今度は両手を天へと翳した。

そして無詠唱による多重詠唱、ってちょっと言葉としては変だけど、神の身となった今の私は七重詠唱、一度に7つの魔力回路を描けるので、7本の巨剣を一気に降らせる魔法を矢継ぎ早に繰り出して、数十体いるゾンビもどきたちを刺し貫いて行く。

まるで、天からの百裂突きね。

と同時に、神の力で片っ端から魂を抜き取る。

神族ゾンビもどきも魔族ゾンビもどきもオヴェルニウス呪法に侵された亜人たちの肉塊も全て塵と化し、周囲には成仏する魂たちの光の粒子が溢れ、そこだけ黄金色の草原と呼べるような荘厳な光景が広がった。

4人の子供たちもヨーコさんも、相変わらず声は無いけど、その表情はさっきまでとは違って穏やかなものとなってたわ。


6


「……さて、これで片付いたけど、後はよろしくね。」

私は、一応代表者っぽいアートルーク将軍にそう告げた。

「わ……判りました。お任せ下さい。」

自分の半分以下の身長の女に、膝を突き頭を垂れて恭しく畏まる将軍。

「奴らは軍隊なんかじゃ無いわね。多分、時間稼ぎ。」

「時間稼ぎ……ですか?一体、何の……。」

「そこまでは判らないけど、来て欲しく無いんでしょ、新たな支配者さんが。あれ、神族と魔族が混じってたから、以前の支配者の配下や奴隷たちを、急ごしらえの戦力にして方々に放ったんだと思う。当然、他の方面にも隣国は存在する訳だから。そうなると、ここにいたのは数も少なかったし、あれはまだ他にもいるでしょうね。」

「あっ、あんな奴らが、まだ他にもいるのかよ!……っと、いるんですかい?一体、どうすりゃ……。」

さすがに、私への態度を改めるガンディーバ(^^;

「今私は、ドラゴンバスターで物質体を塵に還しただけじゃ無くて、一時的に呪いを逃れた魂を引き摺り出して分離させたの。」

「……ドラゴンバスター……聞いた事も無い魔法よ。それに、魂を引き摺り出すって、そんな事、どうやれば出来るのかすら想像も付かない……。」

この中では、魔族であるメルティハートが、一番魔法に詳しいようね。

そのメルティハートにして真似出来無い、どころか、理解も出来無いような対処法で、私はゾンビもどきたちを滅した訳ね。

「オヴェルニウス呪法、悪魔の秘術。完全に倒すのは、普通なら無理だものね。」

「そんな化け物、どうすれば良いってんだ!」

「一番簡単なのは、封印しちゃう事ね。結界に閉じ込め封をして、地下深くにでも埋めちゃえば、実害は無いし貴方たちにも出来るでしょ。……とは言え、ねぇ、この街には神魔っていないの?」

顔を見合わせる4人。

「……いえ。ふたりほど、神魔も配属されています。」

「……同じガイドリッドとヴェルの子供なのに、この場にいない。そう言う扱い、って事ね。」

ばつが悪そうな4人。

「防御しか出来無い軟弱者と蔑んでるのか、ガイドリッドとヴェルの間に生まれた子供として妬んでるのか。」

「い、いやぁ、あいつら、どうせ防御しか出来無ぇんだから、後方で待機させるのは当たり前だろ。俺たちが前に出て戦って、それを守ったり補助するのが役目なんだからよ。」

理屈で言えばそうだけど、別に一緒に戦えば済む話よ。

「……彼らの最大の特徴は、弱点が無い事。それは、守る事しか出来無い、って意味じゃ無い。でも、守る事に優れてるなら、それをもっと有効に使えば良い。後方に控えさせず轡を並べて戦えば、貴方たちが攻撃、彼らが防御と役割分担する事で、今よりもっと強くなれる。バラバラでいるなんて勿体無いだけよ。」

「……そりゃまぁ……そうなんだけどよ。」

「多分彼らは、結界や封印にも長けてるんじゃない?王城にいた7人は、見事な防御結界を張ってたわ。あのゾンビもどきたちを何とかするなら、神魔の方が向いてると思うわよ。」

「あー、うー、どうなんだ、アート。お前とテティスじゃ駄目なのか?」

「……駄目じゃ無いさ。だが、俺たちよりも神魔のふたりの方が、結界の力は強いだろうな。」

見てると、神魔に対して抵抗を示してるのは、魔族のふたりだけみたい。

神族の方が、本来の性質もあって神魔に抵抗が少ないのかな?

「……まぁ、良いわ。私はね、皆が協力した方が、皆にも得だと思うんだけどね。」

「……判ってるよ。あ、いや、判りました、ルージュ……様。」

別に、人種差別まで是正しようって話じゃ無いんだけど……ふむ、人種差別か。

「ふふ、それじゃあ、マールデイムは任せたわよ。私は会いに行ってくるから。解決したら、一度報告に戻って来るわ。その時は、6人で出迎えてくれると嬉しいわね。そしたら、ちょっとしたプレゼントも考えておくわよ。」

「何だよ、プレゼントって。それに、誰に会いに行くんだ?」

私は、城壁の端に向かって歩き出す。

「決まってるじゃない。旧魔王国ティールイズの新たな支配者によ。」

そう答えて、私は無造作に城壁から飛び降りた。

つい4人は「あっ?!」と声を上げ、私の姿を追ってしまう。

私は最初、上空から舞い降りて来たんだから、空を飛べる事くらい判ってるはずなんだけどね。

翼を持つ神族すら空を飛べないこちら側では、人間がそのままの姿で空を飛ぶと言うのは、感覚的に違和感あるんでしょうね。

50mを超える城壁から飛び降りた私は、そのままドレスをはためかせ落下して行くけど、地面に激突する少し前に、短距離空間転移で数m前方へ。

私と言う核を失った落下エネルギーは、衝撃波となって地面を強く叩き砂煙を上げたけど、私は何事も無かったかのように……実際何も無かったから、静々と歩き始める。

そして、右手を軽く上げると、目の前に馬、ミラが現れ、私はその鞍にふわりと飛び乗る。

その私の肩に、ヨーコさんが座る。

特に手綱を操る事も無く、ミラは私の意思を感じ取ったものか、見知らぬ土地をカッポカッポと歩き出す……北へ。


つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る