第四章 ルージュにお願い
1
昼間に限れば暖かい日も増えて来たが、3月の空を行く風は冷たく、特に眼下が紺碧の海原となれば、肌寒さを感じずにはいられない。
今俺は蒼穹を行くが、風を感じると言う事は新型フライでは無いと言う事だ。
俺の姿は、美しい漆黒の翼をはためかせる、古代竜ガルドヴォイドことクロの背中にあった。
「……今更だけど、一昨日は驚いたわね。いきなり貸してくれって、私は物じゃ無いっての。」
「悪かったな。こう……何て言ったら良いか、良く判らなくて……。」
あの後、詳しく話を聞いてみれば、俺の力を借りたいと言うか、相談したい事があると言うか。
取り敢えず、古代竜たちが棲む島に、一度来て欲しいと言う事だった。
「でも、しばらく貸してくれって、どう言う意味よ。」
「あ~、考えてみれば、ルージュはいつでも家に帰れるんだから気にしなくても良かったのかも知れねぇが、俺に付き合って島へ渡っちまうと、ライアンとまた離れる事になると思ってな。ルージュ、ずっとライアンに逢いたい逢いたい言ってたから、話を切り出しづらくて。」
……クロなりに、気を使ってくれたのか。
しかし、俺ってそんなに、ライアンライアン言ってるかな?(^^;
「今ルージュとライアンは子作りの最中なんだろ。だから、どうしたもんかと思ってな。」
「!っ、ななななななななな、何言ってんのっ、あんた!?いいいいいいつ、子作りしてるなんていいいい言ってないでしょ、そんな事……。」
「ん?違うのか?俺が泊まった日、交尾してたじゃないか。」
おpwkf9えrghqg!?!?!??!?!
「どどどどどどどどどうしてそう思うのよ。」
「あん?あれだけ騒いでりゃ、誰だって気付くだろ。」
……、……、……これからは、音を遮断する結界を張って寝よう……orz
「しかし、子作りしてる訳じゃ無ぇのか。発情期に入ったら雄と雌で交尾して子供を作るって聞いたけどな。まぁ、俺はまだ発情期に入った事無ぇから、良く判らねぇけど。」
……やっぱり古代竜は、動物的な繁殖なんだな。
「興味本位で聞くけど、古代竜の発情期って時期は決まってるの?」
「え~と、数百年に一度の周期とか言ってたな。その時、タイミング良く発情期に入った雄と雌が番いになれれば子供が出来るし、ズレてりゃ子供は出来ねぇ。だから、1000年に1~2体しか子供が生まれねぇんだとよ。それで、俺が1番若いんだ。」
1000年に1~2体か。神族も数千年にひとり産めば済むとか言っていたし、長命種はあんまり子供を作らないんだな。
個体が強くて生き続けるから、種としては存続出来る。
それでも、徐々に衰退して行く事になる、か。
ん?でも、それなら、クロの親はまだ生きていてもおかしく無いよな。
と言って、親がどうしたか聞くのは憚られるし……。
誰か、他の古代竜に聞けると良いんだけど……そう言えば。
「ねぇ、私が力を貸すのは良いんだけど、シロに相談しなくて良かったの?」
「……ルグスヴォルテムか。最初はな、あいつに相談しようかと島を出て来たんだ。だが、邪魔が入っちまって、そう言う話は出来無かった。」
「クリスティーナが突っ掛かって行ったって言う、あれね。」
「あぁ。まぁ、今にして思えば、俺の態度も悪かったと反省してる。元々、島でも口やかましくていつも喧嘩ばかりしてたから、そのノリで喧嘩腰で話しちまった。それで、勘違いさせちまったんだろう。」
「あら、それじゃあ別に、シロと戦う気なんて無かったんだ。」
「当然だ。気に入らねぇが、一応相談しに行ったんだからな。」
あらら、これはクリスティーナが悪かったな。
まぁ、最初に遭った時のクロは、今ほど素直な良い子には見えなかったもんな。
クロの喧嘩腰ってのは、相当やんちゃな態度だったんだろう(^^;
「それじゃあやっぱり、シロにひと声掛けた方が良かったんじゃない?」
「……いや、問題無い。元々、あいつに相談したからって、解決するような話じゃ無ぇからな。他に相談出来る奴がいなかっただけだ。……今はルージュがいる。だから、あいつは必要無い。」
「ふ~ん……。」
何だろう、シロでは解決出来ない問題、と言うか悩み?
まだ具体的な事を言ってくれないから、俺だって力になれるかどうか判らないんだよな。
仕方無い。とにかく、詳しい話は古代竜の島に着いてからだな。
それはそうと、俺は今、海上を飛んでいる。
そう、海の上だ。
ご存知のように、アーデルヴァイトの海は大陸の東西にしか存在しない。
古代竜の島は、ニホンの反対側、西の海に浮かんでいる。
俺たちは昨日、大陸最西端の国バルドサンド共和国の港町ファリステで1泊し、今島に向かって西進しているところだ。
古代竜は自らの魔力によって空を飛ぶ生き物で、だがその翼で飛んでいる訳では無い。
周囲のマナの流れに乗る事で空を飛ぶので、人間のように大量のMPを消費しないで済むし、そもそもこの巨体である。
体に比すれば決して大きく無い翼だけで、空など飛べないのである。
翼は空を行く象徴であり、魔法生物である古代竜だからこそ、周囲のマナに乗る事も出来るのだ。
この辺は、空を飛ぶ多くの魔物に共通していて、グリフォンも同様である。
クロは、力の制御を覚えたからか、疲労は残っていたが戦闘形態への変化は出来るようになっていた。
そこで、今は俺の新型フライでは無く、クロの背に乗っての飛行である。
クロによると、古代竜の島への航路は無いそうだ。
ニホンと違い、人の往来が無い為、安全な航路の開拓が成されていないのだ。
古代竜たちは飛べるから、海上を行く必要も無いしな。
ただ、島には古代竜以外にも住人がいるそうだ。
何が縁だったのかクロは知らないようだが、古くからドワーフが住み着いていると言う。
ちなみに、ドワーフってのは妖精族の一員で、エルフやグラスランダー、そして魔法に近しく彼らの集落以外では魔導士ギルドでしかお目に掛れないので、俺はほとんど会えていないホビット。
そんな彼らと出自は一緒で、原初の精霊から分かたれた多くの精霊の内、物質界で過ごすようになった元精霊のいち種族だ。
元々の属性が土であり、古くは洞窟や坑道を住処として暮らしていた事から、鉱物などにも詳しく、天性の鍛冶師である。
小人族なので身長は人間族より頭ひとつ低いが、反対に体躯は屈強で、男性は好んで髭を伸ばす。
寿命は200~300年とされているので、人間と比べれば長命種と言える。
鍛冶に精通し体も頑健である事から、一流の戦士でもある。
島には希少な鉱石もたくさんあるし、古代竜そのものが希少な素材の塊だ。
だから、ドワーフたちは島から去る事無く、独自の技術を研鑽し続けているそうだ。
安全な航路も無い為、彼らが大陸へ渡る事も無く、その技術は大陸に伝播していない。
永い年月大陸から隔絶されて来た彼らは、最早大陸のドワーフたちとは違う種と言えるのかも知れないな。
島へは数時間で辿り着くと思われるが、この広大な青の世界に、彼らの島しか無いとは信じ難い光景だ。
地球では、多くの海洋国家が繁栄していたのに。
……この海の向こうには、本当に何も無いのだろうか。
「……ねぇ、クロ。自由に空を飛べる古代竜たちは、島の向こう側、世界の向こう側を知ってるの?」
「向こう側?どう言う意味だ?」
「え?そのままの意味よ。島から見てアーデルヴァイト大陸とは反対の方向。西の海の向こうよ。」
「……何も無い、と聞いてるぜ。」
「聞いてるって、誰か確認した事があるって事?」
「……いや、誰も確認なんてして無いんじゃないか?」
「え!?本当に誰も確認して無いの?」
「いや、判らねぇけど、少なくとも、俺はそんな話聞いた事無ぇよ。」
「クロは?クロは自分で確かめようとはしなかったの?」
「俺が?そんな事する訳無ぇだろ。何も無いって判ってんだから、そんな無駄な事しねぇよ。」
無駄な事、か。
まぁ、いくら自由に空を飛べると言っても、何の目印も無い広大な海の上を無目的に飛んで行く事なんて無いし、嵐ともなれば古代竜にとっても脅威だ。
いざと言う時、羽を休める島すら無いのはとても困る。
その意味で、リスクはある。
リスクがある以上、見合ったリターンが必要だ。
俺にとって、それは知的探求心で事足りるのだが、古代竜には見合ったリターンが無いのだろう。
永劫を生きるのだから試してみれば良いのにと思いはするが、俺は有限を生きる人間であり、永劫を生きる古代竜とは感性が違う。
1万年と言う時間の中で、誰も海の向こうを知ろうとしなかったなんて、俺には信じられないな。
……まぁ、自然の驚異だけで無く、成層圏のセーフティラインのような世界からの制限だってあり得るから、俺もそうそう調べになんて行けないけども。
「本当、ルージュはおかしな事に興味を持つな。何だったら、爺ぃに聞いてみな。爺ぃは、古代竜の知識を全部持ってるはずだからな。」
「爺ぃ……お爺さん?貴方のお爺さんって、長老みたいなものなの?」
「あぁ、爺ぃは古代竜の長老だ。そして、俺がルージュに会って欲しいのは、その爺ぃさ。」
2
竜の背に乗って大海原を飛行する、そんなファンタジーらしいファンタジーを満喫する事3時間ほど、その島は見えて来た。
全景が視界に収まらないくらい広いその島は、奥の方、西側に大きな山を望み、手前の方に集落が見えた。
東の海岸近くにある集落が、ドワーフたちが暮らす集落だと言う。
彼らの住居は石積みで出来ていて、人間族の建築と比べると古めかしいが、むしろ頑丈そうに見えた。
奥の山が火山であれば、日本、そしてニホン同様地震の多い島だろうから、耐震性を考えて作られているのだろう。
彼らと古代竜には交流があって、古代竜の集落も彼らの手による物だそうだ。
何故なら、古代竜の一部は、人間族の姿で暮らしているからだ。
古代竜たちの現存数は100体程度で、1万年を生きた竜はいないが寿命はそれくらいあるはずだと云う。
1000年に1~2体しか増えずとも、そこまで急激に数を減らしている訳では無いが、やはり1万年前と比べればかなり減少したようだ。
現在、島には全体の2/3ほどが残っており、1/3は島を出てどこかで暮らしている。
残った内の半分は、山にある洞窟を巣穴として竜の姿で暮らし、残りが人間の姿で集落を築いている。
この集落で暮らす古代竜たちとドワーフには交流があり、人間の姿で暮らすに際し、ドワーフたちの技術が役立っている訳だ。
見返りに、鱗や髭など、分け与えても困らない老廃物を、素材としてドワーフたちに提供している。
クロが鱗を貴重な素材だと知らなかったのは、普段ドワーフたちにただで分け与えている老廃物に過ぎなかったからだな。
大陸では古代竜自体珍しいから希少でも、この島では有り触れた物だと言う事だ。
俺たちの目的地は、その人間の姿で古代竜が暮らしている集落だ。
クロも、そこで人間の姿を取って長老と一緒に暮らしていたそうだ。
山で暮らす者たちは、山や海からの自然エネルギーと島に満ちる濃いマナによって、特に何もしないでも暮らして行けるから、日がな一日日向ぼっこをしたり、たまに気が向いたら島や海にいるモンスターを狩ったりして遊び暮らしている。
神族ほどでは無いが大分自堕落な生活であり、刺激の少ない退屈な生活でもある。
クロはそれを嫌い、化けるのは苦手でも集落で暮らす事を選んだ。
長老から色々教われるし、一応ドワーフたちとの交流があるから古代竜だけの閉鎖的なコミュニティーとまでは言えない。
結果、比較的若い個体の多くが、この集落で暮らす事になる。
そして、ここでも退屈し出した個体は、島を出て行くのだ。
シロもそんな個体の1体だったが、他の個体と違って比較的頻繁に島へは戻って来るらしい。
さすがに、ここ最近はクリスティーナとともに過ごしているから帰っていないのだろうが、島を出て行った個体の多くが二度と島へは戻らないので、シロは特別だった。
クロも、外の世界への興味からシロと良く話したそうだが、馬が合ったとは言えなかった。
話を聞けるのはありがたかったが、理屈っぽくて性格が違い過ぎた。
それでも、やはり外の世界で唯一頼りになる存在と言えるので、シロに相談しようと島を出たと言う。
その流れで俺と出逢えたのだし、外の世界に出た甲斐があった、とクロは言う。
「良し、そろそろ降りるぞ。」
山の麓にある集落が近付いて来て、クロは地上へと降り立った。
さすがに、古代竜の姿のまま集落まで行ってしまうと、色々と弊害が出る。
着地する時の風圧で、建物を吹き飛ばしてしまっては迷惑だからな(^^;
俺はクロの背から飛び降りて、「ご苦労様。」とひと言労う。
実は、速度だけで言うなら、俺の新型フライの方が早い。
古代竜は巨体だし、風やマナに乗るのでその抵抗で速度も落ちる。
ただ、飛ぶ事が自然だから疲れないし、大きな背に乗って行けば俺も楽ちん。
俺におんぶされるくらいなら自分で飛ぶと、クロが申し出たしな(^^;
クロの故郷へ渡るのだし、ここは素直にお任せしたのだ。
俺を下ろしたクロは、人間の姿へと変じて行く。
力加減を身に付けたからか、その変化速度も速くなっているし、人間形態も以前より様になっている。
その顔立ちからワイルドさが取れ、今では竜っぽさを感じない普通のイケメンだ。
ジャケットとパンツと言うスタイルは変わらないが、その上から着込んだ革鎧の形状も正確性が増し、今では完全な人間族の冒険者にしか見えない。
ライアンとの模擬戦を経た事で、アストラル体だけで無く力の方もしっかり抑えられていて、深く探らなければ俺にも普通の人間族に見える。
クロは本当は素直な良い子なので、吸収も早い。
こう言う打てば響く子は、面倒見甲斐があるな。
「良し、こっちだ。取り敢えず、爺ぃに会ってくれ。」
そうして、クロが集落へと歩き出す。
さてさて、古代竜の集落、そして古代竜の長老とは、一体どんな者なのか楽しみだ。
クロに先導されて集落へ入ると、何人かの人間……に化けた古代竜たちが、こちらを睨め付けて来る。
あれ?何でクロが一緒にいるのに……と思ったが、しばらくすると安心した表情を見せる。
あぁ、そうか。クロが見違えたので判らなかったのか。
もちろん見た目も少し変わったが、気配の変化の方が大きかろう。
パッと見見知った顔なのだが、気配はどう見ても人間。
だからこそ、怪訝な顔をしていたのだろう。
すれ違ったのは10人に満たない程度だが、男女比は同じくらいだった。
……人間に化けていなければ、性別は判らなかったかも知れないが(^^;
年齢も見た目通りなのかは疑わしいが、人間で言えば20代後半と言った感じだ。
クロより、少し年上の古代竜たちなのだろう。
彼らは、俺が物珍しいのか、単に暇なのか、俺たちの後を付いて来る。
そのまま中央広場のような場所まで出て、そのすぐ傍にある一番大きな建物へとクロは向かっている。
どうやら、ここが長老の住まいのようだ。
クロは、ノックもせずにそのまま玄関を開け、中へとずかずか入って行く。
「爺ぃー、いるかー!客を連れて来たぞー!」
勝手知ったる他人の家……では無く、一緒に暮らしていたと言っていたから、ここはクロの家でもある訳か。
実際の血縁は知らないけど、貴方のお爺さん、と言っても否定しなかったから、本当の祖父なのかな。
長老の事を古代竜皆がお爺さんと呼んでいる、と言う可能性もあるけど。
「ガルドーーー!その声はガルドかぁーーー!!!」
家の奥からそう声が響き、ひとりの男性が現れる。
長老と言うから老人然とした人間の姿を想像していたが、50代くらいで中肉中背の男性の姿だった。
……いや、こいつは長老では無いのかな?
「何だ、ボゥトマティスか。何でお前がここにいるんだ?」
やはり、長老では無かったか。
「何でじゃ無ぇ!お前がいないから、俺がドルドガヴォイド様に付いていたんじゃないか。」
「付いてたって……、爺ぃに何かあったのか?!」
「……何も無い。」と声がして、ボゥトマティスの後ろからひとりの老人が姿を現す。
その黒い長髪と美髯には白い物が混じっていて、腰こそ真っ直ぐだが杖を突いている。
多分彼が、ドルドガヴォイドこと古代竜の長老であろう。
ひとりだけ、桁違いの気配を発しているからな。
慌てて長老を支えるボゥトマティス。
「ドルドガヴォイド様、ご無理はなされないで下さい。」
「ご無理はって、やっぱり倒れたのか?爺ぃ。」
「……ガルド、どうした、お前らしくも無い。私の心配など無用だ。」
長老は、ボゥトマティスに導かれ、ソファへ腰掛けた。
「……、……、……ガルド……、お前、一体何を連れて来たのだ。」
「え……?ドルドガヴォイド様、ガルドの連れがどうかしましたか?そう言えば、見掛けない顔ですね。」
俺を見やりながら、ボゥトマティスはそう言った。
ここでは皆人間の姿に変じて生活しているから、俺も古代竜の仲間だとでも思ったのかな?
だが、長老の方は違うようだ。
「爺ぃ、判るのか。こいつが何者なのか。」
「……判らん、判らんよ。こんなモノ、私は知らない。」
「……爺ぃ、震えてるのか?」
「……さすがは古代竜の長老様……と言いたいところだけど、貴方、目が悪いのね。」
「え?」「え?!」と、クロとボゥトマティスが驚きの声を上げる。
「ど……どう言う事だよ、ルージュ。爺ぃの目が何だって?」
「そう……、クロは知らなかったのね。貴方のお爺さん、多分もう何も見えていないわ。必要に迫られて、心眼でも開眼したのかしら。ちゃんと抑えてるつもりなんだけど、私の力が視えてるみたい。」
「お、おいっ!本当か、爺ぃ!」
ふう~~~、と深い溜息を吐く長老。
「あぁ、何も見えておらん。何、不自由は無い。だから、お前たちも気付かなかったろう。そのモノの言う通り、心の目で視えておるからな。」
「何言ってやがる!目が見えなくなるなんて、それ、相当やばいんじゃねぇか?!」
「そ、そうですよ、ドルドガヴォイド様!先日お倒れになったばかりですし、しかも目が見えていないなんて……。」
「!爺ぃ、やっぱり倒れたのか!」
「えぇい、五月蠅い奴らだ。私は歳を取ったのだ。それくらいは当たり前だ。騒ぐほどの事じゃ無い。」
「で、でも……。」
……クロの顔は、泣き出しそうな子供のようだ。
聞かなくても判ったよ。
これが相談の内容なんだな。
「……クロには私の研究内容までは教えていないけど、何と無く理解していたのかな?確かに、シロじゃどうしようも出来無いかも知れないけど、私なら……。」
「!ほ、本当か、ルージュ!?どうにか出来るのか?」
「……何の話だ。そもそも、それは何だ。竜語を話してはいるが、私たちの仲間では無いだろう。」
普段ドラゴンたちは、言葉で意思疎通をしない。
だから、竜語は単声語魔法に向いている……と文献にはあったんだが、彼らは普通に竜語で日常会話してるな(^^;
やっぱり、人間族の伝える古代竜の知識など、当てにはならないものだな。
「それじゃあ、まずはお互い自己紹介でもしましょうか。ボゥトマティスさん、良かったらお茶でも淹れてくれない?」
3
「お茶?困ったな。そんな物は無いぞ。」
「え?」どう言う事?
「あぁ、すまん、ルージュ。俺たちは普段、飲食もしないし睡眠も短時間。こんななりしてるが、全然人間とは違う生活だ。……考えてみれば、おかしな話だな。」
なるほど。あくまで古代竜だもんな。
でもクロは、それに疑問を抱けるようになった。
本当にセンス良いな、この子。
「……何がおかしいのか俺には判らんが、酒ならあるぞ。ドワーフ用だがな。」
なるほど。一応、ドワーフの事は来客としてちゃんと扱うんだな。
「それじゃあ、お酒で良いわ。肴くらいあるんでしょ。それを皆の分も用意して。」
「皆?」と訝しむボゥトマティス。
「外の子たちも、興味あるんでしょ。付いて来ちゃったんだから、一緒に入れてあげて。」
長老宅の広間はそれなりに広いとは言え、10人を超える人間(竜)が集まった事で手狭に感じる。
しかも、各人が酒と肴を口にしているのだから、もう宴会のようになってしまった。
彼らは普段飲食をしないが、食を楽しむ感性はある。
むしろ、必要無いからと普段口に出来無いご馳走に有り付けて、この状況を楽しんでいるようだ。
話の内容を思えば、飲んで騒ぐシチュエーションでは無いのだが(^^;
「あ~、ごめんなさいね。何だか、おかしな事になっちゃって。改めまして、私は冒険者のルージュ。古代竜じゃ無くて、ただの人間族よ。」
そのジト目はもう良いよ、クロ(^^;
「何と?!こんなところまで人間が来たというのか。」と、ボゥトマティスが驚いている。
「……、……、……信じられんな。」と、こちらは長老。
「私には視えると言ったろう。こんな人間がいるはずが無い。」
「どう言う事です?俺には、普通の人間に見えますけど……。」
ボゥトマティスの言葉に、周りの者たちも頷く。
「……視えぬ者には判らんか。少なくとも、人間が私たちの言葉を喋るだけでも異常だがな。」
「あ?!そう言えばそうだ。こいつ、俺たちと同じ言葉を話してるじゃないか。やっぱり、人間なんて嘘で、俺たちの仲間か?」
「残念だけど、ドラゴンロアーは私にも難しかったから、これはあくまでスキルよ。魔族とか神族の言葉なら普通に覚えられたんだけど、体の構造が違い過ぎる所為かしら。竜語は難しいわ。」
そう、身に付いたスキルは再現可能、ではあるのだが、中には難しくて中々上手く再現出来無いスキルもある。
ドラゴンロアーもそのひとつ。
「そう言えば、ドラゴンは単声語魔法が得意って聞いてたんだけど、竜語で日常会話してるわよね。誤動作とかしないの?」
「単声語魔法?」
ボゥトマティスや周りの皆とクロは、ピンと来ていないようだ。
「……古代竜の中でも、単声語魔法を使う者はひと握りだ。どちらかと言えば、通常の竜種の内、知性の高い個体、エルダードラゴンなどが得意とする。それに、ドラゴンロアーには日常語と魔法語で違いがあるから、誤動作はしない。」
なるほど。それならば問題無さそうだ。
それに、オロチは言葉すら話さなかったから個体差があるのだろうが、ドラゴンはドラゴンでも、古代竜が得意って事では無かったんだな。
「……どうやらお前は、高名な魔導士と言う事か。人間の中には、そう言う変わり種もいると聞く。」
まぁ、確かに、俺は魔導士でもある。
感覚的には盗賊の気分なんだが、多くの魔法を操り、様々な魔導研究に勤しんでいるので、魔導士である事は間違い無い。
「……私はドルドガヴォイド。一番永生きしているから、長老を務めている。孫が世話になったようだな。随分見違えた。」
「爺ぃ……。」
ふむ、どうやら、お互い思いやっていたけど、クロが素直になれなくてすれ違っていた、と言ったところか。
まだ判らんが、親がいないならクロにとっては親代わり。
今回の相談の事も併せて考えれば、とても大切な家族なんだな。
「それでガルド、お前は何故島を出て、人間なんかを連れて来たんだ?」と、ボゥトマティスが問い質す。
「島にいれば、ドルドガヴォイド様がお倒れになった時も、お前がすぐに気付けただろう。」
「そ、それは……、すまなかった。」
「お、おい、気持ち悪いな。お前が素直に謝るなんて。まぁ、結果的に何事も無かったんだし、そこまで謝るような事じゃ……。」
はは、責めたボゥトマティスの方が面食らってる(^^;
「……さっきも言っただろう。私はもう歳なんだ。倒れるくらいおかしな事じゃ無い。一々騒ぎ立てるな。まだ死なん。」
「でもよ……、爺ぃ、目、見えて無いんだろ。さすがに心配だよ、俺……。」
「ガルド……、どうやらその人間から、色々影響を受けたようだな。ルージュ、だったな。礼を言う。」
そうして頭を下げるクロのお爺さん。
「良いのよ。私、気に入らない相手の面倒を見るほど酔狂じゃ無いわ。私がやりたくてやっただけ。クロは、素直で可愛い良い子よ。」
「て、手前ぇ、ルージュ!俺様を子供扱いすんじゃ無ぇ!」
慌てて反応するクロだが、あくまで照れているように見える。
感情も素直に表せるようになれば、いつか喜んでありがとうと言ってくれるかな?
「そ・こ・で。私の可愛い生徒のお爺さんを、良かったら助けさせて貰えるかしら。」
「……どう言う事だ?この私を助ける?」
「ルージュ……。」
「貴方たち古代竜には、神の後裔としての誇りもあるから、素直に人間の言う事なんか聞けないと思うけど……。」
そうして、おもむろに立ち上がる。
「……おい、ルージュ……、まさか……。」
「その方が手っ取り早いでしょ。大丈夫。あの時は100%だったから、今回は50%に抑えておくわ。周りの子やお爺さんには、刺激が強過ぎるかも知れないからね。」
言って、俺は長老宅を覆う形で力を漏らさぬ結界を張った。
「ぬ……、結界か。人間、一体何を始めるつもりだ。」
「凄いわね、ドルドガヴォイドさん。結界とか、古代竜はあんまり気にしなさそうなのに。あぁ、皆、間違ってもここで正体現したりしないでね。お家壊れちゃうから。」
そうして俺は、抑えていたものを解き放つ。
今回は、およそ1%程度まで抑えていたものを50%まで解放したので、それはそれで落差としては大きいかな。
結界内の空気が震え地面が揺れるが、クロの時と比べれば大した事は無い。
殺気を乗せている訳でも無いから、神族みたいに気を失う事もあるまい。
……とは言え、後ろで呑気に酒を呷っていた者の内、3体ほどが逃げ出した(^^;
まぁ、今回の結界は力を漏らさぬ為に張った結界だから、そのまま通り抜けられるので大丈夫だろう。
ボゥトマティスは腰を抜かし、逃げ出さなかった後ろの子たちも震えて動けないでいるが、クロはまるで動じていないな。
2度目だから、と言うだけで無く、クロ自身が強くなった事で、俺の力に怯えなくなったのかな。
「……クロ、どう?今の私になら勝てそう?」
「はぁ?!何言ってやがる!全然敵わねぇよ!確かに半分程度に抑えてるだけあって、あの時ほど怖くは無ぇけど、今の状態でも充分俺より強ぇじゃねぇか。」
まぁ、その通りなんだが、力って奴は平常時のそれとは別に、気合を込めたり上乗せしたり、攻防に際して増減するもんだ。
ライアン戦の最後に発したファイアーブレスなんかは、俺だって喰らえばただでは済まない威力だった。
今の俺の力が仮に全力だったなら、クロは充分俺に勝てるだろう。
それくらい、クロは強くなったと思う。
「さて、ドルドガヴォイドさん。私が力ある魔導士である事はご理解頂けたでしょ。そこで提案よ。私は医者でもあるの。だから、貴方を診察させて頂戴。多分可能だと思うけど、出来れば助けたいのよ、貴方を。……クロ、ガルドヴォイドの為にも、ね。」
「……ルージュ……様。判りました。どうか、お力をお鎮め下さい。老体には堪えます故。」
俺は、少しずつ力を抑えて行き、また1%程度まで鎮めた。
「……どうでも良いけど、様は止めてよ、様は。私はただの人間なんだから。」
「……まぁ、確かにルージュは強ぇが、ルージュ様は無ぇよな。俺たちが古代竜である事には違い無ぇんだぜ、爺ぃ。」
と、クロも乗っかる。
……人間関係、人間じゃ無いけど、ってのは、何も力の強弱だけで決まるもんじゃ無い。
古代竜として、しかもその長老として、俺にへりくだればそれは他の古代竜にも影響を与えるんだ。
威厳を保った方が良い。
「……しかし……、1万年弱生きて来て、初めてここまで強大な存在に出逢ったのです。私が物心付いた時には、すでに真なる古代竜はおりませんでした。私にとっては、逢う事の叶わなかった父祖たちを見るようで……。」
いやいやいやいや、それはさすがに言い過ぎやろ(^Д^;
確かに古代竜たちより俺は強い。
しかし、アヴァドラスには遠く及ばない。
それくらい、神に連なるモノたちは、その子供たちとは明らかに次元が違うのだ。
俺は、そこまでの域にはまるで達していない。
……神なるモノたち、か……。
アヴァドラスなんかは、やはり永劫を生きのだろうな。
神族では無く、もし神と同居したならば、デイトリアムも永劫を生きられるようになるのだろうか。
……俺自身が神になったとしたら……。
「……どうしたんだ、ルージュ。また何か悪巧みか?」
クロに声を掛けられて、思考が現実に引き戻される。
「何でも無いわ。……って、何よ悪巧みって。私そんな事考えないわよ。」
「そうか?ルージュは思い付きで、いきなり変な事言い出すだろ。」
「あ~……、あんたに言われると、否定出来無いかも(^^;」
「……凄いな、ガルド。お前はルージュさ……んの力を目の当たりにしても、普通にしていられるのだな。」
「……ルージュは、何だかんだ言って、俺の為に色々してくれるからな。俺の先生なんだから、俺より強くて当たり前だ。ま、怖いけどな、充分。」
「ひと言余計よ、クロ。」
俺とクロが笑い合う。
その様子を、周りの古代竜たちは不思議そうに見詰めていた。
「た、大変だっ!」
と、ひとりの青年が駆け込んで来る。
先程、この場から逃げ出した内のひとりだ。
「何だ、トットギュネス。逃げ出した癖に戻って来たのか。」
と、こちらは何とかこの場に留まったひとりが声を掛ける。
「あ、いや、だって……、凄く怖かったんだから、仕方無いだろ。」
「うん、まぁ、仕方無いよな、あれ。」「私、腰が抜けて逃げられなかっただけよ。」「人間って、本当は怖い種族だったんだな。」
と、付いて来た子たちが一斉に喋り出す。
どうやら、ようやく緊張から解放されたみたいだ。
「それで、トット。何が大変なんだ。」とボゥトマティス。
「あ、そうだ。大変なんだ!」
「だから何が!」
「また喧嘩を始めたんだよ、いつものヴァイスイートとメイリウムスが。」
「それの何が大変なんだ。」
「俺たちが逃げ出した後、村の上を飛んでったんだ、喧嘩しながら。」
「何?!こっちへ来たのか?」
「あぁ、いつもみたいに山や海じゃ無くて、この上を飛んでったんだ。」
「……不味いな。」
「どうかしたの?いつもの喧嘩なんでしょ。」
「あぁ、ルージュ様、いつも通りなら問題無いんですが、こっちへ来たなら位置が悪い。」
「どう言う事?」
「東に向かうとドワーフの村があります。このままじゃ、ドワーフたちが危険です。」
4
やれやれ、古代竜がそのまんまの姿で集落内で取っ組み合いなんかしたら、ドワーフたちが大勢死んでしまうぞ。
「ごめんね、お爺ちゃん。詳しい診察はまた後で。クロ。」
と、俺はクロの横まで移動し体に触れて、クロが「なん……。」と口を開き掛けた瞬間、新型テレポートで東へ飛んだ。
次の瞬間、目の前の平原で青い古代竜と赤い古代竜が取っ組み合っている現場に到着。
「……だ?……って、おい、どうなってんだ、これ?!」
「緊急事態だから、テレポートしたわ。ふたりを引き離すから、ひとりはクロが抑え込んでね。」
新型テレポートは結界ごと転移するから、他の奴も結界に入れちまえば、一緒に転移出来る。
次いで俺は、結界を応用した壁をふたりの間に作る。
すると、それぞれが結界壁に突っ込んでたたらを踏む。
「何だこれは?!」「何よこれ?!」
ハモッたリアクションの声からすると、片方は女の子みたいだな。
良し、ここは女同士って事で。
俺はすかさず短距離空間転移で赤い古代竜の懐に飛び込み、間髪を容れずに新型テレポートを発動。
1kmほど東へ、赤い古代竜を引き離した。
「……は!?どうなってんの、これ?兄貴はどこ行った???」
「兄貴?じゃあ今のは、兄妹喧嘩なの?」
「ん?」と、赤い古代竜が足元の俺にようやく気付く。
「何よあんた……、あれ?見た事無い顔ね。……と言うか、もしかして人間なの?物凄く弱っちいけど。」
「えぇ、人間よ、初めまして。私は冒険者のルージュ。貴女、お名前は?」
「私?私はメイリウムス、見ての通り最強の古代竜よ。……って、違うわよ。あんた何者?」
「だから、私は弱っちい人間の冒険者だってば。」
目をぱちくりさせるメイリウムス。
「……そうよね。じゃあ、あんた何でこんなとこにいるの?何で兄貴は消えたの?あんた、何か知ってる?」
「えぇ、知ってるわ。いつも喧嘩してるみたいだけど、あんな場所で暴れ続けたら、ドワーフたちが危ないでしょ。」
「ドワーフ?……あれ、ここって、島の東側じゃない?!そうか、夢中になって、こんなとこまで来ちゃったのか。」
辺りを見回し、ようやく今自分がどこにいるか把握した様子のメイリウムス。
「教えてくれてありがと。……ん?でも、さっきまで目の前にいたあの馬鹿兄貴は何で消えたの?」
「違うわよ。あっちが消えたんじゃ無くて、こっちが移動したの。1kmくらい西に、お兄さんの気配あるでしょ。」
「気配?そんなもん、私判んないわよ。」
そうか、この子はそう言うの苦手なのか。
と言うか、やはり超越者たる古代竜にとっては、些細な問題なのかも知れないな。
わざわざ探知能力を鍛えなくても困らない。
シロはそれなりに自分磨きをしていたようだが、それでも最初に逢った時点で俺のステルスには気付かなかったもんな。
島に留まる向上心の低い古代竜なら、探知、感知能力なんて鍛えないのかもな。
俺の事も、弱っちい人間にしか視えていないみたいだし(^^;
「とにかく、周りに迷惑掛かるから、もう喧嘩は止めてね。判った?」
「は?何であんたにそんな事言われなきゃなんないのよ。確かに場所は悪かったけど、今日こそあの馬鹿兄貴を倒して私が最強になるのよ!」
「どうあっても止めないのね。でもさ、そもそも古代竜最強はクロ……じゃ無かった、ガルドヴォイドでしょ。」
「ゔ……、そ、それはまぁ、そうなんだけど……。でも、防御力なら私、攻撃力なら兄貴の方が、ガルドの餓鬼より上なのよ。だから最強の盾である私が最強の矛である兄貴を倒せば、あのガルドの餓鬼にも勝てるって訳。」
ほう、それじゃあ、以前は攻撃の兄貴、防御の妹、総合力でクロって感じで、拮抗していたのか。
ま、もうふたりとも、今のクロには敵わないけどな。
「貴女がお兄さんを倒しても最強って事にはならないと思うけど、とにかく喧嘩を止める気は無い訳ね。」
「無いわね。そもそも、何であんたみたいに弱っちい奴の言う事聞かなきゃならないのよ。止めたきゃ、腕尽くで止めてみなさいよ。」
「そうね、そうするわ。」
「へ?……は、あはははははは。何言ってんの、あんた。あんたにそんな事出来る訳無いじゃん。」
「やってみなけりゃ判らないじゃない。」
「判るわよ!この鉄壁のメイリウムスを倒せる者などこの世にはいない!それ以前に、あんたみたいな弱っちい人間に負けるなんてあり得ないわよ。」
「ふ~ん、貴女、鉄壁なんて名乗ってるんだ。」
「えぇ、そうよ。私の防御は完璧なの。正に鉄壁でしょ。」
「判ったわ。それならこうしましょ。私が1発だけ殴るから、それに耐えたら貴女の勝ち。1発で倒せば私の勝ち。どう?」
それを聞いたメイリウムスは、俺の目の前に顔を近付けて「ギィオオゥアアーーーー!!!」と咆哮を上げる。
「あんた、ふざけてんのっ?!そんなの、勝負になんないじゃない。……あれ?弱っちい人間の癖に、あんた私の咆哮に動じないのね。」
「クロ……ガルドヴォイドの咆哮と比べたら、漣みたいなものじゃない。」
「くっ!良い度胸ね、あんた!良いわよ、受けたわその勝負!あんたにどんな勝算があんのか知んないけど、私が耐え切ったらただじゃ済まさないわよ!」
「えぇ、構わないわ。さぁ、構えて、鉄壁さん。」
「ふん、そんな必要無いわ。さっさと打って来なさい!」
……やれやれ。己を過信しても、良い事なんてひとつも無いんだぞ。
ま、全力で防御したって、俺の一撃にお前じゃ耐え切れないけどな。
俺はその場から、軽くメイリウムスの懐へ飛び込んで、正面を向いた姿勢から左方向に体を捻る形で踏み込み、同時に右腕を突き出す。
この時、踏み込む足は強く地面を叩き、右手は掌底で打つ。
この踏み込む動作は震脚と言い、八極拳の技術のひとつ。
強く大地を踏みしめる事で、打撃力が増すと考えてくれ。
一応、この形を俺は
ただ、某格闘ゲームでもこの形で
もちろん、掌底を当てる時には丹田から八方に気を爆発させて、たっぷり闘気も魔力も乗せて発勁として叩き込んでやる。
今回は、相手の体内に浸透させず、あくまで外側を叩く打撃力として打ち込んだ。
その衝撃は凄まじく、メイリウムスの体を突き抜け背後の地面を爆ぜさせたが、衝撃が体内に留まる浸透勁よりもむしろ抜き抜ける分ダメージは抑えられる。
俺はあくまでメイリウムスを1発で伸してやるのが目的であり、殺すつもりは無いからな。
……一瞬の間を置いて、メイリウムスの巨体が前のめりに倒れ掛かる。
俺は、倒れて来る彼女の胸の辺りまで後退し、その巨体を支えてやる。
……うん、大丈夫。ちゃんと心臓は鼓動を打っている。
これでこっちは終わった。
さて、向こうはどうなったかな。
俺はそのまま再度新型テレポートを発動し、クロたちの許へ戻った。
彼らからは、いきなりうつ伏せで気絶しているメイリウムスが現れたように見えただろう。
そして俺が、その腹の下から這い出したように見えただろう。
這い出した俺が見たものは、青い古代竜を組み伏せた戦闘形態のクロだった。
「どうやら、そっちも終わったようね。」
「あぁ、意外と楽だった。……自分でも信じられねぇが。」
「貴方とこのふたりは、結構良い勝負だったんでしょ。これで、成長を実感出来たんじゃない?」
「そうだな。元々俺の方が強かったが、確かに良い勝負だった。こんな簡単に倒せはしなかった。」
「当たり前だっ!」と、組み伏せられた青竜が吠える。
「俺様は神槍ヴァイスイートだぞ!ガルドヴォイドとは何度も相打った宿敵だ!今まで、決定的な決着など一度も迎えた事は無かった!……僅差で及ばなかった事は認めるが……。」
ほう、この子も一応、素直なのかな?(^^;
「それに貴様っ!妹を倒したのか?!鉄壁メイリウムスを!不可能だ!神槍たるこの俺ですら、妹の防御を崩せなかったんだぞ!」
身をよじりながら叫ぶが、身動ぎが取れない神槍。
うむ、クロは上手く力を使えているな。
それに比べて、神槍の方はただ力を全力で出そう、出そうとしているだけ。
無駄だらけだ。
必要なところに必要な時だけ必要な力を籠めるクロは、多分このまま何時間でも疲れる事無く神槍を組み伏せ続けられるだろう。
そして神槍の方は、何時間も持たずに体力が尽きてしまうだろう。
もしかしたら、両者に宿る力そのものは、特に神槍が得意とする攻撃能力に関しては、今でも神槍の方が強いのかも知れない。
だが、力の使い方を知らない神槍は、今のままでは全てにおいてクロにはもう敵わないのだ。
「貴方がメイリウムスの鉄壁を破れなかったのは、貴方が力の使い方を知らなかったから。今のクロなら、貴方だけじゃ無くメイリウムスにも勝てるわよ。そして私なら、メイリウムスと同じように、貴方を一撃で倒せる。」
「?!……一撃だと?貴様がどんなペテンで妹を倒したかは知らないが、一撃で鉄壁を打ち破るなど不可能だ!貴様は嘘を言っている!……え?」
俺はステルスを発動し、神槍の前から姿を消す。
「……どこだ?……どこに消えた……。」
俺は神槍の顔に手を置いて、ステルスを解除する。
「どわっ!い、一体どこから……。」
「私が本気になれば、こうして一切気取られずに不意を突けるわ。隠れるのが得意なの。で、どんなペテンでも構わないけど、妹さんを倒した攻撃を今貴方に加えていたら、貴方耐えられたかしら。貴方は打たれ強さに、どれくらい自信あるの?」
そう言って、神槍の顔を撫でてやる。
「神槍とか鉄壁とか名乗るのは良いけど、世の中上には上がいるのよ。私は多分、貴方より上よ。その私がお願いするわ。喧嘩は止めて。迷惑だから。」
組み伏せられながらも全身に力を籠め続けていた神槍の体から力が抜ける。
ようやく、俺たちがどれほどの脅威なのか、理解出来たようだな。
「お返事は?」
「……あぁ、もう喧嘩は終わりだ。……すまなかったな。」
その後、俺はメイリウムスにヒールを掛けてやり、メイリウムスが意識を取り戻してから、ふたりを正座させた。
このふたりは山で暮らす古代竜で、人間に化けたりしない……10m級の竜が正座して畏まっている姿は、とても滑稽な光景だ(^^;
「と言う事で、ふたりとも、二度と兄妹喧嘩なんてしないでね。貴方たちほどの強者が暴れ回ったら、周りにどれだけ被害が出るか、考えなくても判るでしょ。」
「お言葉だがな、人間……。俺たちが強者なんて、それは皮肉か……ですか?」
変な言葉使いになってるぞ、ヴァイスイート(^^;
「もちろん違うわよ。貴方たち古代竜は、生まれ付いた時点で超越者なのよ。人間やドワーフなんか、貴方たちが寝返りを打っただけで簡単に死んじゃうのよ。それ解ってる?」
「そりゃ、そうかも知れないが……。現に俺たちは、お前たちにまるで歯が立たなかったんだぞ、です。だから、もっと強くなる為に……。」
「……俺とお前たちの力には、きっと大差なんか無ぇんだ。」
クロ……。
「どう言う意味だ、手前ぇ。俺に勝ったからって、良い気になるんじゃ無ぇぞ!」
「まぁ、聞けよ。俺はこの人間、ルージュに教えを受けてからまだ1週間も経って無ぇ。色々教えて貰ったけど、たった1週間弱。根本的な力まで、変わった訳じゃ無ぇはずだ。」
そっか。あれからまだ、そんなに経って無いんだよな。
「それでも俺は、以前あれだけ苦労したヴァイに簡単に勝てた。何故だと思う。」
「くっ、簡単だと!舐めやがって……まぁ、負けたのは事実だけどな。」
「その人間の教え方が上手かったんじゃないの?」
「メイ、それはまぁ、確かにそうなんだが、俺が言いたいのはそう言う事じゃ無ぇ。俺たちはな、自分たちの力を過信し過ぎてるんだ。それに胡坐を搔いて、努力を怠ってる。ちゃんとしたやり方を教われば、変わるんだよ、実際。」
ま、クロは素直だし、センスも良いから驚くほど伸びた。
他の奴も同じように行くとは限らない。
俺は、クロは特別だと思うけどな。
「ヴァイスイートはクロに負けてるんだから、疑う余地無いでしょ。クロはちゃんと努力したのよ。誰しも、願うだけで努力しなけりゃ、結果なんて得られないものよ。でもね、努力ってのはただ闇雲にやるだけじゃ駄目。努力も才能よ。しっかり考えて、自分に何が必要かを知り、それを得る為の努力をしなければ、やってるつもりの自己満足で終わり。……そんなに難しい事じゃ無いのよ。ヴァイスイートは神槍、メイリウムスは鉄壁、自分たちの特性は知ってる訳でしょ。もし貴方たちふたりが仲違いせず、メイリウムスが防御を受け持ち、隙を突いてヴァイスイートが攻撃する形で共闘していたら、クロじゃ無くて貴方たち兄妹が古代竜最強だったんじゃない?」
「え?!妹と?」「え?!兄貴と?」
兄妹の声がハモる。
そう言えば、色の違いはあれど、ふたりはそっくりだな。
もしかしたら、ふたりはただの兄妹では無く、双子なのかな?
「クロも最初は頭が固かったけど、古代竜って元々強いから、柔軟な発想が苦手なのかしら。」
「あ~……、そうかも知れん。ほら、言ってたろ。ルグスヴォルテムもルージュには気付けなかったって。俺たちには、意外と出来無い事が多いって事だな。」
「でも、そんなシロも、そしてクロ、貴方も、今ではちゃんと努力して成果を挙げてるわ。それはふたりが特別だからじゃ無い。ちゃんと頑張ったか、頑張ってないか、それだけ。貴方たち兄妹も、喧嘩なんかしてたって強くなれない。強くなりたいなら、もっと良く考えなさい。」
「そ、それじゃあ、俺たちにも教えてくれよ……さい。」
「わ、私も、教わってやっても良いとは思うわよ。」
「……ま、私はお爺ちゃんの方で忙しいし、いつまでも島にはいないし。クロ、気が向いたら、貴方が色々教えてあげると良いわ。」
「え?!俺?」
「貴方は貴方なりにコツを掴んだから、同じ古代竜同士、伝えやすいでしょ。それに、この子たちが強くなったら、貴方の良い稽古相手になるわ。貴方にとっても良い事じゃない。」
「こいつにか?」「こいつに?」
……メイリウムスはクロの力を知らないからともかく、ヴァイスイートは直接負けたやろ(-ω-)
「とにかく、力の使い方が重要、って事は判ったでしょ。その第一歩として、まずは人間に化けて頂戴。しばらくは、人間の姿で過ごして貰うから。」
「人間に?」「人間になんか化けられないわよ。」
「山で暮らすなら必要無いんでしょうけど、強くなる為には必要よ。」
もちろん嘘だ。単に、そのまんまの姿で暴れられては迷惑なので、その為の方便である。
「クロを見て。どこからどう見ても人間でしょ。これくらい力を抑える事が出来るようになると、上手く力を使えるようになって、結果的に強くなる。ねぇ、メイリウムス。貴女を一撃で倒したけど、私はずっと弱っちいままでしょ。瞬間的に、一気に力を解放しただけで、いつもはこうして抑えてる訳。試しにやってみて。簡単じゃ無いから。」
「うむむむむ……。」「うぎぎぎぎぎぎぎ……。」
一所懸命力を抑え込もうとするふたりだが、少しも力は変化しない。
例えば、魔力操作のスキルでも覚えれば、魔力を抑える事は簡単だろう。
スキル頼りなら、色々な事が簡単に出来る。
反面、こうしてスキルに頼らず自力でやろうとすると、多くの事が難しい。
ま、地球ではそれが当たり前だったが、アーデルヴァイトはオートマさんが何でもやってくれるゆとり世界だ(^^;
マニュアル操作を覚えるのは、難易度の高い行為である。
しかし、身体感覚で魔法を操れる分だけ、古代竜は人間族なんかより得意なはずだ。
実際、クロは感覚を自ら掴んで物にした。
出来るか出来無いかで言えば、出来るのだ。
俺は無理な注文は付けていない。
「だ、駄目だ……。」「無理無理無理、意味判んない。」
「その為の第一歩が、人間の姿に化ける事。クロだって、人間の姿で私の言う事聞いて強くなったのよ。古代竜には化ける能力があるはずでしょ。必要になったんだから、ほら、まずは人間になって頂戴。」
5
ドワーフたちの集落は、ほとんど古代竜の集落と同じ構造をしていた。
それはそうだ。
彼らが、古代竜たちの集落を築いたんだからな。
ただし、ドワーフたちの方が数が多いので、少しだけ規模が大きい。
古代竜と違い生命維持に食事も不可欠だから、農業や酪農も自分たちで賄っている。
もし双子によって被害が出ていたら、他との交流が無い以上取り返しの付かない被害を被る可能性もあった。
単純に生命だけの問題では無い。
コミュニティーとして、隔絶された島のドワーフたちは、脆弱なのである。
俺たち
先の騒動の説明と、当事者の謝罪の為だ。
「……と言う事で、何とか兄妹喧嘩は止めさせたから、もう大丈夫。怖い思いをさせてごめんなさい。」
「すいませんでした!」「ごめんなさい!」
と、まるでオーガのような不細工な大男と、少しぽっちゃりが過ぎる大女が、ふたり揃って頭を下げる。
それを、何とも言えない微妙な顔で受けたのは、蓄えた髭が足元にまで届きそうな老人、でありながら、未だ筋骨隆々とした体躯を保つドワーフの長老、グリシャルムである。
「……実際に被害は出なかったのですから、これから先気を付けて頂ければ、それで構いません。我々ドワーフは古代竜様のご加護があって生きている身。もし古代竜様の逆鱗に触れ滅ぼされても、文句は言えませんしな。」
……それは卑屈に過ぎる気もするが、どちらかと言うと当て付けかな?
長老だけあって、年相応の腹芸も出来るのだろう。
しかし……。
「ほらな、問題無い。」「別に、悪い事はしてないからね。」
……このふたりには通じてないよ、長老さん(-ω-)
「それにしても……、もう少し何とかならなかったの?ふたりとも。」
「何がだ?」「何の事?」
「……ヴァイスイートは不細工過ぎるし、メイリウムスはデ……ぽっちゃりし過ぎ。」
「し、仕方無いだろ。初めてなんだから。」「仕方無いわよ。初めてなんだし。」
「それにしたって下手過ぎない?確かに、人間なんか見た事無いんでしょうけど、人間に化けた仲間なら見慣れてるでしょ。見た目もだけど、もう少し小さくなれなかったの?」
「難しいんだよ、意外とな。」「少なくとも、竜よりは人間に近いでしょ。」
やれやれ、これではクロとは違って、時間が掛かりそうだな。
益々、俺は面倒見切れない。
しかし、小さくなるのは難しいのか。
そうなると、小竜に化けられるシロってやっぱり凄いんだな。
「ところで、この家にあるのもそうだけど、貴方たちの作る武具って凄いわね。もちろん、素材が一級品って事もあるんだろうけど、仕上がりがかなり上等ね。そこにあるのも、あくまで既製品、と言うか、特定の誰かに合わせた一点物って訳じゃ無いんでしょ。それなのに、大陸で見掛ける国宝級の武具に勝ると思うわ。」
俺の鑑定は永遠の5歳、ならぬ永遠のLv1だが、素で目利きは出来る。
さらに、魔力を帯びた装備類なら、アストラルサイドで感じる気配も段違いだ。
そこらに無造作に置かれている武具が、軒並みアーデルヴァイトで見掛ける一級品を軽く超えている。
「ほっほ、これは嬉しいお言葉、痛み入ります。我らが父祖と分かれてこの地へ根付いたのは、ひとえに鍛造技術研鑽の為。生きる為に他の仕事に従事しておる者もいますが、多くが鍛冶職人であります。その成果を試す機会が少ない事は残念ですが、それでもこの土地にしがみ付いているのは、より良い武具を作らんが為。」
そう、この素晴らしい装備類も、日の目を見る事が無い。
鋤や鍬などの日用品や、モンスターに備える最低限の装備はともかく、本来であれば製作した装備類は誰かに使って貰うもの。
隔絶されたこの地では、その誰かがいない。
「本当に勿体無いわね。……でも確か、大陸には伝説のドワーフ装備ってのがあって、多分それって、貴方たちの作品の事でしょ?少しは市井に出回ってるって事?」
「……このような恵まれた環境、ありがたい話なのですが、やはり自分の腕を試したくなる者、広い世界を知りたくなる者もおりましてな。昔から、自分の作品を託したり、島を出て行く者も少数おりまして。」
「出て行くって……、もしかして、島を出る古代竜に付いて行くの?」
「はい。当然、もう島には戻れぬ故、この村を捨てて行く事になります。その後の事は、我らには知る由も無く。」
……伝説のドワーフ装備は、たまに市井に出回っても、どこかの国がすぐに召し上げ、国宝として仕舞い込んでしまう。
だから、伝説として語り継がれはしても、実際の活躍を目にする事は稀だ。
そして、伝説なのはドワーフ装備だけであり、特別な名声を誇る特別なドワーフの職人など耳にした事が無い。
俺が知る世界最高の名工は、大陸のドワーフだからな。
つまり、島を後にして大陸へ渡っても、名を上げる事は叶っていない訳だ。
やはり、この島で手に入る希少な素材を使い放題、って環境に依存する部分は大きいのだろうか。
「最近では、ルグスヴォルテム様が往来なされるので、いくつかの装備類だけ大陸へ運んで貰っていました。それと無く人間なりに引き渡して下さっていると聞いております。」
……シロは人間族だけで無く、他の種族とも関わらないように暮らしていたはずだよな。
化けるのも小竜だし、冒険者の振りをしてどこかの街で売る、って感じでは無いのだろう。
そこまで興味無いから本気で調べた事無いんだが、確か伝説のドワーフ装備って冒険者なんかが店に持ち込んで発見されるんだったか。
シロが適当なダンジョンなんかに、置いて行くのかな?
拾った奴はラッキーだな。
「……ねぇ、物は相談なんだけど、良かったら腕の良い職人たちに引き合わせて貰えないかしら?大丈夫。無理矢理連れ去ったりしないから。私が気に入る人がいたら、ちょっと口説かせて貰うだけよ。」
「口説く、ですか?それはつまり……。」
「えぇ、場合によっては、私が大陸に連れて行くって事。私がその腕を見初め、その人が大陸へ渡りたいと願うなら、だけどね。」
長老が声を掛け、その鍜治場には10組ほどの職人たちが集まっていた。
古代竜には関係無い話だから、クロたちには先に帰って貰った。
お爺ちゃんの診察もあるから、俺も後で戻るけど。
「忙しいところ悪いわね。取り敢えず、これを見て頂戴。」
そう言って、俺はダガーとショートソードを抜き放つ。
この2本はどちらも、俺が世界最高の名工と評価する、ガイドリアンヌ連邦に属するドワーフ国家ウォルバスにいるゲイムスヴァーグの作だ。
俺がその腕を見込んで予備体の分まで大量発注したもんで、一時期ほとんど俺専属として仕事をする羽目になり、しばらく前にもう俺の仕事は請けないと言われちまった(^^;
まぁ、余程の事が無い限り、ゲイムスヴァーグの武器は刃こぼれすらしないほどの逸品だが、俺は自前で魔力付与する事前提だから、全て魔法的処置の施されていない通常武器だ。
さぁ、このダガーとショートソード、お前たちはどう見る。
「ほぅ……、見事な出来栄えだな。しかし、何故これほどの逸品に、まるで魔力が宿っていないんだ?」
早速、一番近くにいた男が質問をして来る。
「私は自分で魔力付与して戦うのよ。だから、敢えて魔法的処置は外して貰ったの。」
「なるほど、だが勿体無いな。お前さんは魔力付与をすると言うが、武器に施す魔法的処置は攻撃能力に限った話じゃ無い。やっぱり、色々と手を加えた方がもっと良くなるだろう。」
「そうかも知れないわね。」
「どうだ、儂が1本打ってやろうか。丈夫で長持ち、魔力付与などせずとも充分な斬れ味。望むなら属性や特殊効果も付けられる。もちろん、軽くて使いやすいぞ。」
「そうね。……他の人はどう?」
すると、一番後ろのカップル、その男の方が手を上げる。
「直接触れてみても良いか?」
「えぇ、もちろん。こっちへ来て。」
するとふたりは前へ出て来て、ドワーフにしては珍しく短めの髭の男がダガーを手にし、そのパートナーらしき可愛らしいドワーフの女の子は、俺のレザージャケットやスカートを眺め始める。
あれ、こっち?(^^;
「他にも手に取って見たい人はどうぞ。」
と言ってみたが、魔法の掛かっていない装備に興味は薄いのか、一応眺め見ているだけだ。
短い髭の彼は、モノクル型の拡大鏡を使い細かい部分まで検分していて、可愛い彼女は俺の体、では無く、どうやら生地や縫製に興味があるようだ。
一応、レザージャケットもスカートもオーダーメイドの特注品だが、魔力付与は自分で行った。
正直、そこは専門分野では無いので、じろじろ見られると不安になる(^Д^;
「ねぇ、この魔力付与は貴女が?」と、ドワーフ彼女が聞いて来る。
「え、えぇ、ごめんなさい。仕立てはプロに任せたんだけど、防具じゃ無いから魔力付与まではやって貰えないからね。自分で付与したけど、専門分野じゃ無いから自信は無いの。」
「……嘘?!貴女、専門知識も無しにここまでやれるの?まぁ、確かに、技術よりも強さの方が飛び抜けて視えるけど、こんなの島の誰にも真似出来無いレベルよ。」
「そうなの?少し自信付いちゃうわ。」
「生地はもっと良い物に変えて、見栄えは保ちつつ防具として再構成して、その為には縫製も目立たない事より強靭さを優先しなくちゃ駄目だし、同じ魔法でも付与の仕方を変えれば……。」
彼女は、ひとりの世界へ旅立ったようだ(^^;
彼の方はと言うと、鍔を外して柄から刃を分離……ってΣヽ(゚Д゚; )ノ
「ちょちょちょ、触って良いとは言ったけど、分解までしちゃったの?」
「ん?駄目だったか?心配しなくても、整備してちゃんと元通りにしてやるぞ。」
そりゃ、素人や子供が分解するのとは訳が違うが、いきなりそこまでするとは……。
う~む、このカップルはオタク気質だな。
自分の興味の対象が目の前にあると、周りが見えなくなるタイプ。
「ねぇ、このふたりって、いつもこうなの?」
俺は、近くのドワーフに訪ねてみた。
「あぁ、こいつらは少し変わり者でね。旦那のエッデルコは鍛冶職人だが、見ての通り髭を伸ばさない。鍛冶仕事には邪魔だと言ってな。儂らドワーフ漢のチャームポイントだぞ、髭は。」
そうか、チャームポイントなのか、髭は。
「妻のファイファイチュチュは縫製職人で、他の女子衆と一緒に服飾の製作を担当しているが、軽装鎧作りと混同しとるようでな。着るだけで充分戦える服を目指しとるんだと。服の上から鎧を着れば済む話だと思うんだがな。」
なるほど、それで俺の服装に興味があるのか。
はっきり言って、その発想は男からは出ないな。
俺だって、女になって見た目を気にするようになったから、軽装鎧すら野暮ったくて止めたんだ。
美しく、可愛らしく、時にえっちな格好のまま、でも強い。
そんなコンセプトは、戦う女だけのものかも知れないな。
「それで、どう?ご感想は?」
俺がそうエッデルコに問い掛けると、彼は手を止めて答える。
「天才だな。俺には同じ物は作れない。確かに、この島の素材を使い魔法的処置を施せば、これ以上のダガーもショートソードも作れるだろう。しかし、こいつの素材はただの鉄だ。魔法伝導率を上げる為に特殊な素材も使われているが、あくまで刃はただの鉄。それでここまで鍛え上げるなんて、神業としか言えないな。」
「何だと!」「そんな馬鹿な!」「お、おい、こっちにも見せてくれ!」
わっ、と殺到する他の鍛冶師たち。
「普通の武器として最高の仕上がりまで持って行き、且つあんたの求めに合わせて魔法付与の効果が最大限生かされるようにも考えてある。俺たちは、優れた素材を扱う為の優れた技術を持っているが、反対に言えば、普通の素材で最高の武具を作り出す技術なんて持っていない。いや、忘れちまったと言った方が正しい。分かれた兄弟には、その技術があるって事だからな。」
「ま、その鍛冶師が最高なだけで、大陸のドワーフ全てが最高の職人って訳じゃ無いけどね。でも凄いわね。良く見抜いたわ。」
「武具に限らない話だな。道具ってのは、誰が、何の為に、どう使うのか。それが一番大事だ。この人に魔法の武器を勧めるのは違うってこった、ベルドリン。」
「め、面目無ぇ……。」と、俺が最初に意見を聞いたドワーフ、ベルドリンが反省する。
「島の環境を当たり前だと思い込んでたよ。そうだよな。島外から来たあんたの武器なら、素材も環境も大陸のものだ。その上でこれだけの逸品を作り出している。その事に気付くべきだった。」
「もちろん、希少な鉱石や古代竜の素材で作れば良い武器になるわ。そして、希少なだけに、それらを扱う技術も大変なものよ。伝説のドワーフ装備は貴方たちにしか作れない。でも、それはある意味、伝説のドワーフ装備しか満足に作れない、と言う可能性もある訳。悪いけど、大陸では貴方たちの作った装備類は伝説とまで呼ばれてるけど、この島出身の伝説のドワーフ職人、なんて聞いた事無いわ。この島の環境を捨てた上で、誰にも負けないほど腕を振るえたドワーフはいなかったのかも知れない。」
「……、……、……。」
押し黙ってしまうドワーフたち。
「そこで相談なんだけど。」
俺はエッデルコに語り掛ける。
「貴方、エッデルコ。大陸へ渡る気は無い?良ければ、私が海を渡らせてあげるけど。」
「何!?俺か?」
「えぇ、もちろん、奥さんも一緒に。」
「え!?私?」
「あくまで貴方たちが望むならだけど、もしその気があるなら、送る代わりにお願いがあるの。だから、別に厚意だけで言ってるんじゃ無くて、私の為でもあるわ。」
「ふむ……、それで、あんたの願いとは?」
「数日前、私の夫の装備が戦闘でぼろぼろになっちゃってね。出来たら、貴方に作って貰いたいの。素材はぼろぼろにした張本人から調達するから、古代竜の装備一式。私の夫は、神聖オルヴァドル教国の勇者を務める立派な聖騎士よ。仕事としても、充分遣り甲斐あると思う。ついでみたいで悪いけど、奥さんには私の服を頼みたいわ。こっちは、別に古代竜とか関係無しに、奥さんの考え方に共感したからよ。是非お願いしたい。」
「ふ、ふむ、勇者様の装備一式か……。」「私に服を作って欲しいって、ほ、本当に?」
「そうしたら、貴方を引き合わせてあげる。私がアーデルヴァイト最高の名工だと思ってる、このダガーを作ったゲイムスヴァーグに。」
「良し、行こう。」「是非、行きます。」
おっと、食い気味に来たな(^^;
「……即決ね。良いの?」
「むしろこちらからお願いしたい。是非やらせてくれ。勇者の装備一式を作らせて貰えるなんて、鍛冶師冥利に尽きるってもんだ。その上、天下の名工にまで逢わせて貰える特典付きだ。」
「奥さんの方は……。」
「条件はひとつだけ。私が服を作って術式も構築するけど、貴女も立ち会って仕上げの魔力を注いでね。貴女の魔力は高過ぎて、技術を超越してる。私が魔法的処置をしただけじゃ、結果的に今の服より性能下がっちゃう。それじゃあ駄目。一緒に最高傑作を作りましょう。もちろん、その後は私ももっと魔力を高める努力をするわ。目指すべき理想の形が見えた気がするの。是非やらせて。」
「……こちらにとっても、願っても無い話ね。良いわ。交渉成立。って事で、長老様。ふたりほど引き抜いちゃうけど、構わないかしら。」
椅子に腰掛け、一部始終を黙って見ていた長老様は、深い溜息を吐く。
「……仕方あるまいて。そのふたりに駄目だと言ったところで聞くまい。やれやれ、これでまた、この村からドワーフが減ってしまうな。」
「あら、そう言う事なら、大陸から島に渡りたいドワーフを連れて来てあげましょうか?」
「何?!そんな事が出来るのか?」
「簡単よ。伝説のドワーフ装備の出処だって聞いたら、移住したいと言い出すドワーフなんてたくさんいるはずよ。今は、誰もこの島の事、この村の事を知らないだけだもの。」
「おぉ、そうか、そうか。いや、実はな、数が少ない故近親婚とならざるを得ず、年々出生数が減っておってな。新しい血が入るなら、少子化にも良い影響が出るだろう。」
「オーケー。それじゃあ、ウォルバスのドワーフ職人たちに、それとなく移住について聞いてみるわ。任せといて。」
こうして俺は、ドワーフたちを大陸へ連れて行ったり、島へ移住させたりする事にした。
さすがに、俺の力で安全な航路の開拓など出来無いから、島そのものと大陸を結び付ける事までは出来無いし、古代竜たちはそれを望まないだろう。
足ならある。
クロのコピードラゴンゾンビと言う足ならな。
エッデルコ夫婦をオルヴァへ連れて行くだけで無く、移住希望者を島へ連れて来る事も可能な訳だ。
そして、古代竜の集落へと戻れば、旅立つ前にお爺ちゃんの診察が待っている。
方策はすでに決めてあるので、いくつか確認するだけだ。
色々あってライアンの許へ戻るのに時間は掛かりそうだが、又候忙しくなりそうである。
つづく
なかがき
今回は、途中で全編再チェックの上加筆修正した事で、間が開いた事もあり上手く書き進める事が出来ませんでした。
ちゃんと面白く書けているでしょうか?
とても不安です。
もし楽しめなかったらごめんなさい。
私が想定していなかった展開になり、構想段階では存在しなかったキャラクターたちが増えて行き、正直混乱しています。
大筋は決まっているので、大きく逸れる事はありませんが、上手くまとまっていない気がして心配です。
ここに来てまた怖くて震える想いですが、何とか書き続けてみます。
少しでも楽しんで頂ける方がいる事を願って。
よろしくお願いします。
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