第二章 やっぱりルージュが怖い、けど……


1


キャシーと食事をした後、アークハイムへと飛び立ったのが昼下がり。

まだ夕方には早いけれど、数時間もすれば日が暮れる。

いくら高速飛行が可能になったとは言え、アーデルヴァイト大陸中央に位置するバッカノス王国から、最南端神聖オルヴァドル教国までは時間が掛かり過ぎる。

自分ひとりなら簡単に飛べるが、今は大きな子供がひとりいる。

はぁ、何でクロを街になんて誘ったんだろう。

いや、それ自体は良いのだが、少し考えが足りなかった。

これではライアンの許へ帰れないorz

こうなってしまっては仕方無いので、取り敢えず明日は朝からオルヴァへ向けて飛んで行くとして、今日は帰れないとだけ伝えに戻ろう。

「それで、クロ。もう回復して来た?」

クロも古代竜だから、ドラゴンゾンビと戦っていたとは言え、傷を負っている訳では無い。

あくまで消耗しているのは、気力と体力だ。

「……悪いが、さすがに疲れた。すぐには無理だ。少し休みたい。」

今はまだ3mくらいの本来の姿のままで、人間の姿に化けていない。

せめて、人間の姿になってくれなければ、街へは入れない。

「そう……。それじゃあ、少しここで休んでいて。私は一度家に帰って、今日は帰れないって伝えて来るから。」

「あん?何だ、それ。一々そんな事伝える必要あんのか?」

「あるのよっ!私はまだ新婚なの。ホントは、今日の夜だって……、あ、いえ、何でも無い……。」

「何だよ。本当に、人間ってのは良く判らねぇな。」

「……それを知る為に、これから街に行くんじゃない。とにかく、早く回復してね。明日は早いわよ。」


俺の結界はかなり強いと自負している。

だから、別にクロの傍でアストラル転移したって大丈夫だとは思うが、今の体は大切な体だ。

一応、新型フライでモーサント拠点まで飛んだ。

そこからオルヴァ拠点へ飛び、体を招喚して……、いや、このままライアンの許へ行こう。

まだ仕事中のはずだから、体に入って逢いに行くのは憚られる。

仕事中に彼女や奥さんが逢いに来るのって、凄ぇ恥ずかしいもんだ(^ω^;

その後絶対、同僚にからかわれるからな。

本当は直接逢って、ハグなりキスなりだけでもしておきたいが、それこそ部下に示しが付かない。

アストラル体で行けば、周りは気付かない。

我ながら、良く気が付く新妻ではなかろうか(^^;

さて、ライアンはどこかと探る事になるが、今はアストラル体だから、余計に周りの気配を敏感に感じられる。

空間感知を展開するまでも無く、ライアンの現在地が判った。

今日は王宮務めか。

ライアンの場合は敬虔な信徒としての出世では無く、やはり勇者としての名声が下地の出世だから、専門的な宗教儀式などは本来務める必要など無い。

しかし、そこは勇者、そこはライアン。

やるからにはちゃんと勉強しているし、勇者だからこそその勉強も捗る。

結果、今実力でも経験でもライアンに勝る司教はいない。

ライアンにその気は無かったが、次の大司教候補第一位となっていた。

ある意味残念だ。

勇者ライアンと言う肩書だけなら、もっと気軽に一緒にお出掛けだって出来ただろう。

こうして人目を忍んで逢いに行く必要も無かったかも知れない。


取り敢えず、ライアンの近くまでアストラル転移してみた。

もちろん、ライアンは俺の接近に気付くだろうが、一応吃驚させない為に、いきなり目の前に転移するのは避けたのだ。

……思えば、俺がアストラル体だけで訪問する事など今まで無かったから、すでにライアンは驚いているかも知れないな。

そんな事を思ったので、アストラル体なのに入り口からこっそり中を覗いてしまう。

そこは、そこそこ広い資料室のような部屋で、俺が顔を出すと一瞬だけライアンはこちらに視線を向けた。

ライアンの前には数人の僧服たちがおり、どうやら今取り込み中のようだ。

「……それが私の差し金だと仰るのですか?ベテルムザクト司教。」

今ライアンが話している相手が、そのベテルムザクト司教か。

周りの奴らは大司祭や司祭だから、そいつの取り巻きか。

俺はライアンの背中側へ回り込んで、そいつを確認してみる。

ライアンに負けないほど長身のその男は、しかしライアンとは正反対に痩せた体付きをしており、中々に鋭い眼光をしている。

長身痩躯で眼付きが鋭く、知性を感じさせる風貌をしているが、そこに人の悪さも滲み出ている。

確か、ベテルムザクトって教皇直轄地のすぐ隣にある、かなり広くて豊かな領地だったよな。

司教の身分でベテルムザクトの領主ってのは、かなりの出世頭だったはずだ。

……ライアンさえいなければ、次の大司教候補第一位だったのかも知れないな。

「勇者ライアン、私はそんな事は言っていない。ただね、捕まえた犯罪者たちがエーデルハイトの人間だった、そう言っただけですよ。」

「良い迷惑なんですよ。エーデルハイトの犯罪者たちは。」

「我々の領地でも悪さをしているんです。領主である貴方がしっかりして下さらないと。」

「領主代行が元使用人では、やはり頼りないのではありませんか。」

「頼りにならないのであれば、いっそ勇者ライアンがご自分で監督なさっては如何でしょう。」

ベテルムザクト司教の後を継いで、取り巻きたちがピーチクパーチクさえずり出す。

セバスチャンの事まで悪し様に言うなど、本当に品性下劣な輩どもだ。

「……こいつら殺しちゃったら駄目かな?」と、つい呟いてしまう。

すると、くすりと少し笑って「駄目ですよ。」と小声でライアンが答えた。

「ん?勇者ライアン、どうしました?何かおかしい事でもありましたか?」

と、目聡くベテルムザクト司教がライアンの微笑を指摘する。

「あぁ、いえ、すみません。何でもありません。」

「嘘です、こいつ笑ってました。」

「きっと我々を馬鹿にしているのです。」

「これだから出自の判らぬ異世界の者など駄目なのだ。」

「少し民に人気があるからと付け上がりおって。」

本音が漏れてるな。

それって、ただの嫉妬だろ(-ω-)

「とにかく、仮にその犯罪者たちがエーデルハイト出身者であっても、それはエーデルハイト男爵が領内を上手く治めているから、エーデルハイトを去った者たちでしょう。その者たちの取り締まりは、各領地で適正に行って頂きたい。」

「ふむ、全く以て正論ですな。では、その者たちを締め上げて、どなたかの名前が出て来ない事を祈りましょう。」

「そうです。きっちり首謀者を突き止めてやりましょう。」

「その時になって、後悔なさいませぬよう。」

「全く、勇者とは口も達者なのですな。」

「やはり敬虔な我々とは違い、卑しい女を侍らせるような下賎な者は……。」

カチンッ、それって俺の事かっ!と思ったが、やばい。ライアンの怒気が一気に膨れ上がるのを感じた。

「おいっ!!!」と、ライアンが発したと同時に、今発言した司祭を俺のアストラルパンチが吹き飛ばす!

「ぎゃっ!」と吹っ飛ぶ馬鹿司祭。

「……大丈夫、ですか?」

冷静になったライアンが、馬鹿司祭に声を掛ける。

「な……、一体何が起こったんです。……まさか勇者ライアン、貴方がやったのですか?」

「え、いや、違いますよ。えぇ、私ではありません。」

「嘘だっ!こんな事、勇者で無ければ出来無いだろう!」

「……いや、すみません、言い過ぎました。どうかお許しを。」

「な、何言ってる。こんな事くらいで弱気になるんじゃない。」

「……、……、……。」←馬鹿司祭気絶中。

「いえ、本当に私ではありません。いくら勇者と呼ばれても、声を掛けただけで人を吹き飛ばすなんて、そんな力はありませんよ。」

「……それはまぁ……、そうですか。」

「ベ、ベテルムザクト司教様、宜しいのですか?」

「さ、さすがに正面から勇者ライアンと敵対するのは……。」

「お前……、さっきから何言ってる。」

ふむ、ひとりは気絶、ひとりは戦意喪失(^^;

「貴方たち、その方を施術室まで連れて行って差し上げなさい。……勇者ライアン。確かに貴方の仕業では無いのでしょう。しかし、こんなおかしな事がここで起こったのは事実。それは忘れませんよ。それでは、ご機嫌よう。」

一瞬、俺の方を目を細めて確かめるように見やると、踵を返して部屋を出て行く。

お、さすがに司教。それなりに神聖魔法は使える訳だし、完全に視えないまでも、俺の存在を多少は感じたのかな?

「あ、待って下さい、ベテルムザクト司教様。」

「ごめんなさい。すみません。私だけは見逃して。」

「お前……、良いからお前も手を貸せ。」

そうして慌ただしく、ベテルムザクト司教の一団は部屋を後にしたのだった。


彼らの背中を見送った後、ライアンは部屋の扉を閉め、つかつかと俺に歩み寄って……アストラル体のままでも、抱き締められるのはときめくもんだな。

「どうしたの、ユウ。そんな姿のままで。何か緊急事態だった?」

「あ、いえ、そんな事無いけど……。ごめんね、余計な手出ししちゃった。」

「そんな事無い。ユウが殴らなかったら、僕が殴っていた。そうしたら、もっと大変な事になっていたよ。」

「そうね……。しかし、あぁ言う輩、まだいるのね。」

「つくづく思うよ。出世なんてするもんじゃ無いって。」

「それは同感。……ねぇ、ライアン。そろそろ……。」

「……あ、ごめん。つい。」

ようやく放してくれるライアン(^^;

「それで、何か用でもあった?」

「うん。ちょっと、今日は帰れそうに無いって伝えに来たの。」

「え……、やっぱり何かあった?」

「あったと言えばあったけど、心配しないで。ちょっとひとりお客が出来てね。その子を連れて来るのに時間が掛かりそうなだけ。」

「お客かい?」

「えぇ、誰かは内緒。サプライズ。明日には一緒に連れて帰るわ。……寂しいから、伝言にかこつけて逢いに来ちゃっただけ。本当、心配は要らないわ。」

「そう……、判った。明日を楽しみにしているよ。今日は、明日の夜の為にぐっすり寝ておく。」

「ちょっ……、ライアン……、もう……。」

ライアンも俺と逢えないのは寂しい。

そう思って貰えるのが嬉しい。

「それじゃあ、もう行くわ。ライアンの仕事の邪魔したく無いからこのまま来たんだもの。長居したら意味無いもん。」

「そうか、残念だ。とは言え、確かに仕事を放りだす訳には行かないか。」

「じゃあまた明日。行って来ます。」

「行ってらっしゃい、ユウ。」

最後にキスを交わして、俺は後ろ髪引かれながら部屋を後にした。


2


扉をすり抜け部屋を出たところで、俺は一気にモーサント拠点まで飛んだ。

アストラル体だけなら、アーデルヴァイト大陸も狭いもんだ。

本体に入り直した後、一度外に出てから新型テレポートでポーラスター邸へ。

勝手知ったる、以下略。

「キャシー、お土産持って来たわよ~。」

キャシーは、先程と同じ場所にいたが、身綺麗になって資料の片付けをしていた。

「あら、ちゃんとお風呂入って、服も着替えたのね。」

「集中している間はともかく、我に返るとさすがに気持ち悪くて。それにしても先生、お早いお帰りですね。」

「別に帰って来た訳じゃ無いんだけどね。貴重な試料が手に入ったから、キャシーに預けちゃおうと思って。」

そう言って俺は、拠点でまとめてマーキングしておいたクロの鱗を、足元に招喚する。

成竜の姿の時に剥がれ落ちた鱗だけに、1枚1枚がラージシールド(大きな盾)ほどの大きさだ。

それが十数枚。まぁ、生体から採れる素材としては地上最高の硬度を誇りながら超軽量と言う夢の素材だけに、集めて拠点まで持ち帰るのもそんなに大変では無かったけどな。

ただ、拠点に置いておいても宝の持ち腐れだ。

「せ……、先生……。これって……。」

「御所望の試料のひとつ、古代竜の鱗よ。私はしばらくクローンの新規研究には取り掛かれないし、キャシーがアルケミーを始めてくれる訳だから、取り敢えず全部持って来たわ。何枚か保存用に残しておいてくれれば良いから、後は好きに使って頂戴。マジックアイテムの作成なんかにも使えたわよね。」

「そ、そりゃもう、色んな事に使えますよ。良いんですか、こんなに。と言うか、どうやってこんなに手に入れたんですか?」

「本当はシロに頼もうと思ってたんだけど、別の古代竜と再会してね。その子の剥がれ落ちた鱗を拾って来たの。持ってって良いって了解は取ったわ。」

「……シロさんだけでも特別なのに、先生は他の古代竜とまでお知り合いなんですか?」

「偶然よ、偶然。元々、シロの知り合いみたいだし。」

「そうですか……。やっぱり、ルージュ先生って凄いですね。」

「別に私が凄い訳じゃ無いわよ。本を正せば、シロとお友達になったクリスティーナが凄いんであって、私は元勇者としてのよしみで知り合っただけだし。」

「とにかく、この鱗は大事に使わせて頂きます。本当に貴重な物ですから。」

「あぁ、そんなに慎重に扱う必要無いわよ。無くなっても、多分またすぐ調達出来るから。これから暫く、その子と一緒に行動する事になると思うの。その子と私が、シロとクリスティーナみたいにお友達になれたら、いくらだって鱗くらいくれるでしょ。」

「……古代竜と一緒に行動、ですか……。やっぱり、先生は凄いです。」

「それじゃ、その子を待たせてるから行くわ。行って来ます。」

「……い、行ってらっしゃい。」

呆然としたキャシーを残して、俺は外へ飛び出し新型フライでアークハイム方面へ飛んだ。

こちらに戻って来てすぐ、クロの気配がアークハイム近くから動いていない事は確認済み。

俺と一緒に街へ行くのを嫌がって、逃げてしまうんじゃないか、と少しだけ心配していたが、そこまでの利かん坊では無いらしい。

そもそも、1000年は生きていないって言っていたけど、人間で言うと何歳くらいなんだろう。

子供らしいところがいくつも垣間見えるから子供なのは間違い無いだろうが、あんまり子供扱いするのも良く無いよな。

どちらかと言うと、子供と言うより生徒として、面倒を見てやろう。

……古代竜の面倒を見てやる、本当に俺も大概だな(-ω-)


鉱山跡の開けた場所まで戻って来ると、本来の姿のままでくつろいでいるクロが待っていた。

「どう?少しは回復した?」

「あぁ、大人しくしていれば、もう疲れは感じない。」

「それは良かった。この後、近くにあるアークハイムの街まで行って、食事をした後宿を取って休むわよ。」

「宿?……お前の家じゃ無いのか?」

「え?だからさっき、今日は帰らないって言いに、家まで行って来るって言ったでしょ。」

「それだよ、それ。そのまま家に帰れば良いじゃねぇか。何で帰らねぇんだ?」

「……。」少し、イラッとする。

誰の所為で、ライアンと離れて寂しい夜を過ごすと思ってんだ。

と、いかん、いかん。

相手は子供なんだ。冷静にならなきゃ。……さっき子供扱いしないと言ったばかりだが(^^;

「どうした?」

「貴方、アーデルヴァイトの地形は判る?」

「ん~、まぁ、大体はな。」

「そう、それじゃあ説明するけど、ここは大陸中央諸国のバッカノス王国、世界の真ん中よ。私の家は、大陸最南端にある神聖オルヴァドル教国にあるの。ここからじゃ、どんなに飛ばしても何時間も掛かるでしょ。だから、しょうが無いからここで一泊して、明日の朝になってから南へ飛ぶわ。」

「そうか、そんな遠いところに家があるのか。……待て、それじゃあどうやって、今日は帰れないなんて伝えられるんだ。」

「あぁ、それはね、私にはアストラル転移って言う、時間も空間も飛び越える移動手段があるからよ。貴方、アストラル体には詳しいの?」

「い、いや、知ってるけど、詳しくは……。」

圧倒的なフィジカルを誇る古代竜は、アストラル体を気にする必要など無いからな。

魔法生物でもあるから、本能的にアストラルサイドの事は知覚出来るし。

俺みたいに、わざわざアストラル体で抜け出すなんて事、絶対しないもんな。

「人間は貴方たちほど物質体が強く無いから、私はアストラル体を強くしたのよ。」

そう言って上半身を倒し、アストラル体を半分だけ露出する。

「これが俺のアストラル体だ。言ってみれば、こっちが本体だな。こうしてアストラル体を物質体から分離すれば、アストラル体だけでどこまででも行けるって訳だ。」

俺は体を戻す。

「さっきは、アストラル体だけで家まで帰って、伝言を伝えて来たのよ。今日は帰れない、明日帰るわよ~、って。」

「何でだ?お前ひとりなら帰れるんだろ。帰れば良いじゃねぇか。」

「だからそれは……。」

「俺の為……なのか?」

少しイラッとしそうになったが、何とも申し訳無さそうなクロの顔を見たら、こいつが可愛く見えて来た。

「……まぁ、そうとも言えるけど、少し違うわね。」

「?……どう言う事だよ。」

「貴方と一緒に街へ行くと言ったから、すぐには帰れない。それは本当。一緒に、って言った手前、ひとりで帰ってゆっくりする訳にも行かない。」

「それはっ……、別に帰れば良いじゃねぇか。俺なんか放っといて。」

「そうは行かないわ。一度口にした事には、責任を負わなくちゃ。」

「……責任?」

「そう、責任。正直に言うとね、一緒に街に行きましょうって言った時は、思い付きで言っただけだったわ。でも、今はそうするのが良いと思っているし、一度口にした以上嘘にするつもりは無いの。」

「……判らねぇな。別に良いだろ、嘘吐くくらい。」

「えぇ、嘘は別に良い。私も必要なら嘘を吐くわ。でもね、嘘のつもりで言った訳じゃ無い言葉を嘘にするのは嫌よ。それは無責任だわ。良い大人のする事じゃ無い。」

「良い大人?」

「そうよ。自分の言葉を平気で裏切れるような奴は信用ならないでしょ。その所為で愛する人と離れてしとねを共に出来無くなっても、そこは我慢。貴方の為と言うよりも、私が私を嫌いにならない為ね。私、平気で嘘を吐くような人間にはなっても良いけど、約束を破るような人間にはなりたく無いの。」

嘘は吐くけど約束は破らない……、何か悪魔と同じ事言ってるな、俺(^^;

「その上で、貴方が人間の事をもっと良く知る事は、とても良い事だとも思ってる。その為に力になりたい、ってのは嘘じゃ無い。だから、私の為に貴方の為になる事をするの。どう?判った?」

クロはとても難しい顔をしている。

「……良く判らねぇ。だけど、お前は俺の為を考えてくれてんだろ。それは判った。だから、取り敢えず従ってやるよ。べ、別にお前が怖いから逆らえない訳じゃ無ぇからな!」

子供扱いせず、俺の思った事を正直に話してやった。

それが通じたんだとしたら良かった。しかし……。

「お前じゃ無くて、ルージュと呼んで。偽名だけどね。真名は愛する夫にしか教えないから。」

「お、お前、あ、いや、違った、ルージュ?とにかくお前、人間の癖に真名なんてあるのか?!」

「ふふ、冗談よ。古代竜と同じ真名なんて持ってないけど、本名は夫にしか教えてあげないの。そう言う意味。」

「そ、そうか。まぁ、良いさ。俺たちの名前だって、言ってみれば偽名みたいなもんだろ。真名は自分でも判らねぇんだからな。」

まぁ、俺自身、偽名とは言えクリムゾンやノワール、シンク、ルージュ、オーガンの師匠(笑)と言う呼び名には思い入れがある。

本名じゃ無くても、俺の名前なのは間違い無い。

「とにかく、そう言う事だから、明日にはきっちり空を飛んで行くからね。その為にも、しっかり街で英気を養わなくちゃ。どう?もう人間には化けられそう?」

「あ、あぁ、多分大丈夫だ、それくらい。」

そう言うと、クロの姿が見る間に縮んで、最初に遭った時の竜っぽいイケメンへと変わる。

その鋭い眼光と、レザージャケットとレザーパンツみたいな全身黒の出で立ちが、どこと無く竜をイメージさせるのかな?

「うん、見た目は大丈夫そうね。それじゃあ次ね。」

「次?」

「えぇ、今はまだ、竜の気丸出しだもの。それじゃあ、人間族だけじゃ無くて、誰だって貴方が怖くて逃げ出しちゃうわ。」

「それで良いだろ。俺様は誇り高き古代竜だぞ。」

「だ・か・ら、それじゃあ人間の街になんか入れないでしょ。」

「あ、そうか。」

「それに、力を抑えるって言うのはね、力をコントロール出来ているって事になるの。気を抑えると弱くなるなんて思い違いよ。気を抑えられるなら、気を大きくも出来る。それを自分で操れるようになるのが大事なの。」

「……本当に、力を弱くしても弱くならないのか?」

「さっきやってみせたでしょ。今、力を抑えているけど、私、弱かったかしら?」

首をぶんぶん横に振るクロ。

ちょっと俺の事を恐れているのか(^^;

「良いからやってみて。絶対、貴方の為になるんだから。」

「……判ったよ。それで、具体的にはどうすれば良いんだよ。」

「そうね……。貴方は古代竜だから、必要は無くてもアストラル体を感じる事は出来るはずよ。まずは、自分の事をアストラル体として視てみて。」

「自分を……アストラル体として……。」

静かに目を瞑り、集中し始めるクロ。

おっ、さすがだな。集中し始めただけで、もうアストラル体が反応している。

「……あぁ、何と無く判るよ。……これが俺なんだな。……確かに、体は人間サイズなのに、アストラル体が食み出しまくってるな。」

「貴方センスが良いわ。だからさらに要求しちゃおう。アストラル体だけじゃ無く、そこから立ち昇っている気の奔流、それも感じない?」

少し眉間に皺を寄せて、さらに集中を高めるクロ。

「……判る。しかしこれ、かなり集中が要るな。何だこれ。気の奔流って何だ?」

「まぁ、言葉の綾ね。貴方は古代竜だから、本当は闘気じゃ無いんだけど、人間の私からするとそう表現するのが判りやすいの。とにかく、その立ち昇っている闘気みたいなものが、貴方の漏れ出す力のようなもの。将来的には、それも操って貰う。それじゃあ今は、食み出たアストラル体を体に押し込む感じで、小さく小さくしてみて頂戴。」

「お、おう。やってみる。」

そう言うと、クロは体をもぞもぞと動かすようにして、何とかアストラル体を小さくしようと奮闘する。

最初こそ上手く行かなかったが、次第にコツを掴んだようで、段々アストラル体が体の中に収まって行く。

こう言うところは、スキルなどには頼らない、超越者たる古代竜ならではだろう。

やはり、感覚が優れているようだ。

数分程度で、すっかり人間サイズにアストラル体を収めてみせた。

「……うん、上出来。さっきとは、全然別人ね。」

「……これで良いのか?何だっけ、ほら、闘気?そっちは全然収まって無ぇけど。」

「大丈夫よ。さっきまでは人間とは思えない化け物に見えた。今は、滅茶苦茶強い人間に見える。完全に力を抑えるには程遠いけど、人間の姿で人間みたいに見えるだけで、凄い進歩よ。」

「……それ、褒めてんのか?」

「何言ってんのよ。始めたばかりですぐ結果なんて出ないものなのよ、普通は。いきなりやらせてこれだけ出来れば、充分ってものでしょ。」

「そ、そうか。」少しホッとするクロ。

「後は、それをずっと維持する事。この後街へ行って、ご飯食べて、宿で寝て、その間ずっとその状態を保つのよ。ここからが本番だからね。」

それを聞き、顔を引きつらせるクロ。

「マ、マジかよ……。こんな窮屈な状態を、ずっと続けるのか?」

「そうよ。これは修行なんだから、甘く無いわよ。それに、シロはいつもその状態を維持してるのよ。どう?少しはシロの強さが判った?」

「くっ……、仕方無ぇ。確かに、あいつも思ったよりはやるようだな。こんな事を平気な顔してやってやがるのか。悔しいが、認めてやっても良いぞ。……少しだけな。」

ふ、何だ、素直な良い子じゃん、クロ。

中々、自分の考えを改めるなんて出来無いもんだ。

特に、若い内は尚更。この子は見所ありそうだぞ。

「良し、それじゃあアークハイムまで行くわよ。オルヴァの食事は美味しく無いから、アークハイムで美味しい物食べておきましょ。」


3


周囲を森に囲まれた、静かな街アークハイム。

森の中に点在する鉱山跡からは、オパールや黒曜石などが少数採れたが、質はともかく量は大した事無く、すでに掘り尽くされてしまった。

森の静けさだけでは無く町が寂れた事も、アークハイムが静かな街である理由だった。

現在は林業で成り立つ街だけに、森エルフが一層の脅威となっている。

しかし、そこは花の都擁するバッカノス王国だけに、豊かな森の恵みと新鮮な野菜、モーサント産の良質な蜂蜜と、充分美食を誇る。

モーサントから南へと続く街道に当たる為、美食の国アパサン王国にも近い。

明日の英気を養う為のご馳走に有り付くには、申し分無い街である。


俺たちは、街一番の宿屋、美食街道の一階にある酒場で、少し早い夕食を摂る事にした。

クロは、人間としてはとても強い冒険者に見えるので、人目を惹く俺の美貌も合わさって、衆目を集めてはいた。

ただ、近寄り難い雰囲気でもあるから、気軽に声を掛けて来る者はいない。

そのお陰で、俺たちはゆっくり食事を楽しむ事が出来た。

「ング、ング、ング、プハァー。……美味ぇ。人間の食いもんも酒も、凄ぇ美味ぇなぁ。」

「この街の食事はね。明日帰るオルヴァは美味しく無いのよ。今の内に楽しんでおいてね。」

「何だ、そんな飯の不味いとこに住んでんのか。」

「そうよ。神に仕える者は質素倹約。そんな頭の固い連中が多くてね。それはそれ、これはこれ。ご飯くらい、美味しいもの食べたって良いのにね。」

「ふ~ん、やっぱ、人間って良く判らねぇな。」

「そう言われちゃうと、私も良く判っていないのかもね。世の中には、本当に色んな人がいるのよ。例えば……。」

そんな風に食事を楽しんでいる俺たちに、数人の人影が近付いて来る。

「こう言うお馬鹿とか。」

「よぅよぅ、おふたりさん。随分、仲が宜しいみたいだなぁ。ちっとばかしこっち来て、俺たちとも仲良くしてくんねぇか、姉ちゃん。」

「野郎の方はもう先に帰んな。後は俺たちが面倒見るから、お前は金だけ置いてけや。」

そう言って、ナイフをちらつかせながら、5人の粗野な男たちが俺たちのテーブルを取り囲む。

その後ろには、こいつらのボスなのだろう、太った成金趣味の若い男がにやついて立っている。

「よぅ、姉ちゃん。あんたぁ、良い女だなぁ。ウチの坊ちゃんが、あんたを気に入ったってさ、良かったな。」

「だからこっち来て、坊ちゃんに酌でもしてくれや。なぁに、今夜一晩我慢するだけさ。悪いようにはしねぇぜ、ヒヒヒ。」

ふぅ、私って罪な女、なんてな(^^;

成金坊ちゃんが俺の事気に入って、取り巻きに脅させて手籠めにでもしようって訳か。

この馬鹿坊ちゃんの身なりや態度からすると、この宿でいつもやっている事なんだろう。

この街でこいつの親に睨まれたら商売出来無い。

だから、宿の親父も文句は言えない。そんなところか。

「なぁ、ルージュ。こいつらってチンピラって奴だろ。こう言う場合はどうするんだ?殺しちゃって良いのか?」

「なっ、何だと、この野郎!手前ぇ、こいつが見えねぇのか!」

チンピラのひとりが凄んでナイフをクロの目の前に突き出すが、クロも俺も気にしない。

「そうね……。あ、もちろんこんな場所で殺しちゃ駄目だけど、こいつらはどうしようかな?……うん、丁度良いわね。クロ、折角だから、この善意の協力者たちを使って特訓しましょ。」

「特訓?何をするんだ?」

「貴方は、その体のままで出来るだけ力を抑えながら、こいつらを倒しちゃって。ただし、殺しちゃ駄目よ。今の貴方には、結構難しいでしょ?」

「……殺さないで倒すのか、こんなに弱い奴らを。確かに、難しそうだな。」

「てっ、手前ぇら、俺たちを舐めんじゃ無ぇぞ!」と、ナイフを突き出していたチンピラが、そのナイフを振り上げる。

恐る恐る軽くその男の腹を殴るクロ。

そのチンピラは、宙を飛んで酒場の壁まで吹き飛ぶ。

俺はすかさずそのチンピラの元まで駆けて行き、状態を確認する。

そしてヒールを掛けながら、「ぎりぎりセーフ。何とか生きてるわよ。でもすぐに治療しないと死んでたわね。もっと加減しないと、他の奴は死んじゃうわよ。」と注意する。

「クソッ!何て脆弱な生き物なんだ!ただ触っただけじゃねぇか。」

見やると、チンピラたちは茫然としている。

その後ろのお坊ちゃんが、脂汗を垂らしながら部下たちを叱咤する。

「お、おい、何してる。きっと魔法か何かだ。一遍に掛かればやっつけられる。やれ!」

「お、おうっ!」と、気合を入れて、チンピラたちは一斉にクロに躍り掛かる。

クロの方は、ひらりひらりと攻撃を躱すだけで、今度は中々手を出さない。

「どうしたの、クロ?それじゃあ、いつまで経っても終わらないわよ。」

「う、五月蠅ぇ。こう、上手く加減が出来無ぇんだよ。何だって人間は、こんなに壊れそうなんだよ。」

本来強い者に弱くなれってのは、言葉で言うほど簡単では無いよな。

「クロ~、さっき気の奔流を感じたでしょ。力の強さの方は、どっちかと言うとそっちの問題だから、もう一度集中して気を感じて、それを小さくしてみなさい。実戦で覚える方が、きっと貴方には向いてるわ。」

「気?!あれか。判った、何とかやってみる。」

そう言ったクロは、目を瞑って集中し始めるが、チンピラの攻撃は難無く躱し続ける。

「く、くそっ!当たらねぇ。どうなってやがんだ、こいつ。」

「な、舐めやがって!絶ってぇブッ殺す!」

そう叫んだチンピラは、ナイフを捨てて腰の段平を抜き放ち、他のチンピラを押し退けてクロに斬り掛かる。

クロはそれを躱すと同時に、チンピラの腹に拳を叩き込む。

うん、上出来。上手く気を弱められている。

そのチンピラはさっきの奴と違い、その場で崩れ落ちた。

「良し、何と無く判って来たぞ。」

続けざま、クロは残りのチンピラ3人を、右ストレートを顔面に叩き込み、振り返りざま裏拳を顔面に叩き込み、突っ込んで来た相手の水月に膝をぶち込んで、あっと言う間に叩き伏せる。

「どうだっ!誰も死んで無ぇだろ。」

「お見事っ!殺さずに一撃で気絶させるなんて、想像以上よ。どうやったの?」

「あぁ、あんた……ルージュが助言してくれたから、しっかり気って奴を感じてみた。そうしたら、こいつらも気を纏ってるのに気付いたんだ。だから、こいつらと同じくらいの強さにする感覚でやってみた。さすがに、同レベルの力をぶつけただけじゃ死なんだろ。」

なるほど。……案外、ドラゴンゾンビとの戦いが良い経験になったのかな?

4か月近くも、自分の攻撃を自分で防御し続けたようなもんだからな(^^;

「早速、力のコントロールに成功したわね。やっぱり貴方、戦闘センス良いわよ。」

「そ、そうか?……い、いや、当然だろ、何しろ俺は……。」

「ストップ!駄目よ、クロ。こんなところでそんな事言っちゃ。」

「……あ、そうか。わざわざ弱い振りしてんのに、俺がこ……。」

「ストップ、ストップ。だから言っちゃ駄目だって。」

「あ、わ、悪ぃ。」

ふふ、間が抜けているけど素直で……、こんな風に子供を愛らしいと感じるのは、自分で子供を産めない事に引け目を感じているからかな。

俺とライアンの子供かぁ。

でもやっぱり怖いよなぁ。


何て事を考えていたが、次の瞬間、俺は酒場の出入り口に短距離空間転移した。

その俺の胸に顔をぶつけて、後ろに転がるお坊ちゃん。

こいつ、どさくさに紛れて逃げ出す気だったな。

「そっちから因縁付けといて、何逃げようとしてんのよ、この盆暗!詫びのひとつも無い訳?」

転がったお坊ちゃんは、転がったままあわあわしている。

趣味の悪い成金スタイルだが、身に付けている物自体は上質な物だ。

宝飾類も、それなりに価値があるように見える。

「お、俺に手を出したら、お、親父が黙っていねぇぞ。」

ふぅ……、やっぱり言っちゃうんだな、その台詞。

今度の親はどっちかな?

この馬鹿息子に手を焼いている苦労人か、どこぞの伯爵様と同じ馬鹿親か。

俺は、お坊ちゃんを蹴り転がしながら、カウンターへ近付く。

「ちょ、おまっ、ま、待てっ……。」

五月蠅いゴミは無視して、「ねぇ、親父さん。このゴミの親ってどんな人?」と酒場の親父に訪ねてみた。

「ゴ……、あ、あぁ、そいつの親父は、この街の林業を取り仕切る商人の中じゃ、2番目に大きな商会の主人でな。余所の街からやって来て、色々力尽くで成り上がって来たような奴だ。……すまないな、儂も逆らえなくてね。」

「……別に良いわよ……。」

俺はな。しかし、今までこいつらの餌食になった女の子たちには、本当に済まない事だと思うがね。

「でもその口振りじゃ、こいつの親もろくでもない奴みたいね。……例えばの話だけど、そいつ殺しちゃったら、この街って困るの?」

ゴミと酒場の親父が、ふたりして声を失っている。

「この街が林業で成り立ってるのは知ってるからね。アークハイムに悪影響が出るようなら、殺さないように気を付けなきゃ。」

「……いや、問題無いだろう。奴に潰された連中は今、1番の大店であるエント商会の傘下で何とかやり繰りしている。空席が出来ても、そこを埋める人材は残ってる。」

「て、手前ぇ、この親父。言うに事欠いて、ゴフッ……。」

ゴミにひと蹴り入れて黙らせる。

「そう。あ、別に期待しないでね。話の流れ次第じゃ、殺しちゃうかも知れないな~、って話だから。確実に殺すって話じゃ無いからね。」

「……なぁ、あんた、冒険者のルージュさんだろ。」

「あら、私の事知ってるの?」

「噂は聞いてる。それにさっき、あんたの連れがルージュって呼んでたからな。」

そう言えばそうか。

「それで?」

「……いや、何でも無ぇ。ただ、好きに暴れてくれ。それだけだ。」

「……はぁ、一体、どんな噂なんだか。オーケー、殺すかどうかは置いといて、お灸くらいは据えてあげるわ。」

俺はしゃがみ込んで、お坊ちゃんに話し掛ける。

「と言う事で、取り敢えずあんたの事を誘拐するわ。あんたの親父を呼び出す為にね。自慢の父親が助けてくれる事を祈ってなさい。」

「く、このクソ女。きっと後悔するぞ。」

「ねぇ、あんた。人質なんて、生きてさえいればそれで良いのよ?そんな態度取るなら、次は殺すわよ。」

そう言って、俺はゴミが気付かない早業でゴミの左足を斬り取り、それをゴミの目の前に突き付ける。

もちろん、ヒールを掛けて痛みは和らげておく。

そうしないと、痛みでショック死しかねんからな。

「え?……え?……、それって、お、俺の?」

「大丈夫よ、左足の一本くらい。まだ足は一本残ってるじゃない。」

「俺の足ぃー!!!」と叫んで、失神するゴミ。

さて、それじゃあ一応くっ付けとくか。

「お、おい、ルージュさん。……こ、殺しちまったのかい?」

「ん?あぁ、ごめんなさい、親父さん。床、少し血で汚れちゃった。大丈夫よ、ほら、もうくっ付いた。私、そんなへましないわよ。」

「で、どうするんだ?」と、いつの間にか隣に来ていたクロが聞いて来る。

「少し遊んで行くわ。結果的に、この街の為になるかも知れないしね。」

「ふ~ん、何か楽しそうだな、ルージュ。」

「え?!そ、そんな事無いわよ。私、弱い者いじめなんて好きじゃ無いもの。」

そう、俺は別に、こう言う事が好きな訳じゃ無い。……いや本当に(^^;

あ、そう、ドSな女盗賊って言うロールプレイを楽しんでるんだ。

そう言うのは好きだからな、俺。

「で、俺は何かするのか?」

「え、そうね。これはクロの修行とは関係無いから別に良いんだけど。取り敢えず、このゴミを担いでおいて。」

「……仕方無い。」と、ゴミを肩に担ぐクロ。

俺は、カウンターに金貨袋を置く。

「親父さん、迷惑料と口止め料、それから今日一泊する宿泊代よ。多分、金貨100枚くらいは入ってるわ。」

「ブフォッ!」と、吹き出す親父さん。

「き、金貨100枚って、そりゃいくら何でも多過ぎるだろ。」

「流れ次第では宿の一部を壊しちゃうかも知れないから、多めにね。気にしないで、はした金よ。それに。」

「それに?」

「このゴミの親から、もっとふんだくれば良いんだから。身代金でも迷惑料でも、口実は何だって良いんだけどね。」

「……ちゃっかりしてるな、あんた。」

「盗賊だもの、私。暗殺は請け負わないけど、大義名分さえあれば盗みも殺しも何だってやるわ。良い、親父さん。悪党にはね、人権なんて無いのよ。」

「……それで、こいつをどこに運ぶんだ?」と、クロが聞いて来る。

「親父さん、部屋はどこかしら。」

親父は、壁に掛かった部屋の鍵をひとつ取り、カウンターの上へ置く。

「二階の1番奥だ。一応、この宿で1番の部屋だよ。金額には到底見合わないけどな。」

「ありがと。」と言って、俺はその鍵を手に取り、次いで最初にクロにやられたチンピラの下へ。

「ヒッ!」と悲鳴を上げて、腰を抜かしたまま後退るチンピラ。

応急処置としてヒールを掛けてやったから、こいつだけ既に意識を取り戻していた。

「どこから聞いてたかは知らないけど、お坊ちゃんは預かったわ。返して欲しかったら自分で取りに来るよう、親御さんに伝えておいてね。貴方は伝言役として、このまま逃がしてあげるから、ちゃんと役目を果たして頂戴。然もないと……。」

俺は顔を近付けて、薄い笑みを浮かべ「食べちゃうから♪」と囁いた。

もちろん、えっちな意味じゃ無いぞ(^^;

きっちり、殺気を乗せておいたしな。

「ひ、ひぃぃぃ~~~。」と悲鳴を上げ続けながら、腰が抜けたまま四つん這いで、チンピラは酒場の外へと逃げて行く。

「と言う事で、親父さん。私たちは部屋にいるから、お客様がいらしたら丁重にご案内差し上げて。」

「……わ、判りました。」


4


ゴミを担いだクロとふたり、俺たちは二階への階段を上がる。

「……こんな事、何か意味があるのか?」

「意味?あるわよ。ここアークハイムはバッカノス王国のいち都市だから、私のお友達の街だもの。放っておく訳には行かないわ。」

「あ~、いや、そうじゃ無くて。それは、え~と……、そう、確か建前とか言うんだろ。こいつらを殺さなかったのは、俺の修行になるから。だが、その後は放置したって良い訳だ。その建前だって、そんなに重要じゃ無くて、ついでみたいなもんだろ。」

「ふ~ん、少しは人間の事を判ってるんだ。」

「……一応、爺ぃから人間に化けるのを教わる時、色々聞いてはいたからな。」

爺ぃか。……親父とかお袋じゃ無いんだよな、クロの口から出るのは。

古代竜の繁殖とか子育ての事は良く判らないが、この子には親がいないのかな。

「……どうした?」

「いえ、何でも無いわ。意味ならあるわよ。正直、こうして悪党退治するの、楽しいし。何より、折角力があるんだから、嫌な奴には一発喰らわしたいじゃない。」

「じゃあ、やっぱり殺すのか?」

その言葉に、思わず反応するゴミ。

まぁ、気が付いている事なんて、とっくにお見通しだけど。

俺は、辿り着いた部屋の前で立ち止まり、敢えてその場で話を続ける。

「人間社会ってのは面倒なのよ。古代竜であるクロは、嫌な奴をその場で八つ裂きにしたって、誰にも咎められたりしないでしょ。でも、今の姿のクロが人間として人を殺せば、それは問題になる。相手が悪党で、しかも相手から襲って来たから、自分の身を守る為だと許されるでしょうけど、取り調べくらいは受けるわね。しかも、もし手加減無しに人間を一撃で粉砕なんかしてたら、クロの方が恐れられて悪者にされかねないわ。人間は魔族と戦争中だから、貴方が魔族だと疑われる可能性だってあるわね。」

「あ~……、何だか難しくなって来たな。」

「ま、簡単に言えば、殺すなら目立たぬように、って事かな。命の重さには違いがある。私の大事な人たちと、こいつらみたいな路傍の石ころが、同じ重さな訳無い。だから、こいつらを殺す事には何の抵抗も無いし、逆に絶対殺してやろうと言うほどの思い入れも無い。本当にどうでも良い安い命。言ってみればゲームね。こいつの親がやって来て、果たしてどんな姿を晒してくれるのか。それ次第で、殺しても良いし見逃しても良い。」

「う~ん……、結局ルージュが楽しいだけか?」

「そんな事無いけど……。クロの修行にも協力して貰ったし、ただ殺すだけじゃ無くてチャンスをあげる。そう言うゲームかな。」

と、そこで俺は、ゴミに顔を近付けて、「そう言う事だから、精々お父さんがドラゴンを怒らせないように祈る事ね。」と囁く。

「ひっ、お、お前ら……、い、いえ、貴方たちは本当に……。」

「何だ、こいつ。起きてるじゃねぇか。」

「貴方のお父さんが例えどんなに凄くても、それは人間の世界での話でしょ。この世界は、もっと広いのよ。ま、私は嘘のつもりで言って無い言葉は守りたいと思ってるから、態度次第ではちゃんと解放してあげるわよ。貴方のお父さん、貴方から見てどんなお父さんかしら。助けて貰えそう?」

「……、……、……。」

自分の父親がどんな人間かくらい、こんな馬鹿でも判ってるって事だな。

「それから。」と、俺はゴミの懐をまさぐって、金貨袋を取り出す。

「これは貰っておくわ。」と、中を確認すると、金貨が5枚と後は銀貨銅貨が数十枚。

「これだけあれば充分ね。」

「あん?金か?だったら、下の親父にあんなに払わなけりゃ良かったじゃねぇか。」

「別に金額はどうでも良いのよ。本当に金貨100枚程度ははした金だし。換金すれば金貨数十枚はする宝石を、何個も持ち歩いてるしね。」

「じゃあ、それも遊びか何かか?」

「違う違う。これは明日の食事代よ。朝は親父さんが何か作ってくれるとして、オルヴァまで空を飛ぶとなると、お昼頃には休憩を兼ねてどこかで休みたいから、小銭くらい無くちゃ困ると思って。そうだ。」

俺は再び、ゴミに顔を近付ける。

「貴方の命は、このお金で許してあげるわ。もし貴方のお父さんを殺す事になっても、貴方だけは逃がしてあげる。どう?私って優しいでしょ。」

引きつった笑いを浮かべるゴミ。

「だから、私たちの事は内緒よ。クロの正体とか、私が怖い女だとか、そんな噂が広まったら、貴方を探し出して死よりも辛いお仕置きをしてあげるから。良い?判った?」

と、これ以上無い爽やかな笑顔で言ってやる。

その方が、むしろ怖いだろ?

「……。」

「……おい。またこいつ、気絶しちまったぞ。」

そんなゴミは放っておいて、俺は部屋の鍵を開けた。

「さ、後はこいつの馬鹿親が来るのを、ゆっくり待ちましょ。」


取り敢えず、部屋に入った後、結界の応用でゴミの手足を拘束した。

両手を後ろ手にまとめて小さな結界を張り、術者、つまりは俺の許可の無い者の出入りを封じる。

結果、許可を得ていないゴミは、手首を貫通したその結界に、入る事も出る事も禁じられるから動けなくなる。

もちろん、生体を貫通するように結界を張るなど、相手に抵抗されれば普通失敗する。

ただ、今の俺が張る結界に抵抗出来得る者が、この世にどれほどいる事やら。

同様に、足の方も左右まとめて結界で貫通して封じる。

これで、ゴミの体の自由は奪った。

その後、まだしばらく待ち人は現れないと思うので、折角の空き時間を有効利用すべく、クロと組手を行う事にした。

いくら1番良い部屋とは言え、都会の一流ホテルでは無いから、スイートルームとは違いワンルーム。

そこそこ広いが、さすがに大立ち回りをするには狭い。

こんなところで本格的な組手など出来無いので、足を止めての殴り合いである。

ただし、クロが一方的に殴り掛かり、俺は捌くだけ。

もちろん、クロは出来る限り力を抑えながらだ。

「……本当に良いのか?さすがに危なくないか?」

「大丈夫よ。貴方は力を抑えて殴るんだし、そもそも当てさせてあげないから。」

「……後悔するなよ。」

「はいはい。そう言う事は、一発でも当ててから言ってね。」

「くっ!」と、不意打ち気味に、クロが一発打ち込んで来る。

俺は難無く、それを左手で受け止めた。

しかし、受け止めた左掌から煙が上がる。

「ば~か、何よ、今の攻撃。全然力を制御出来てないじゃない。見てよ。貴方の攻撃が強過ぎて、手が傷付いちゃったでしょ。」

「ぐっ……、一体、どうなってんだよ、ルージュの体……。」

煙を上げているのは、クロの右拳の方だった。

喰らったダメージを再生する際に、煙のように魔力が立ち昇っていたのだ。

「ふふ、貴方が力入り過ぎだったから、それを上回る気を流して止めてやっただけよ。どう?何で今上手く力を制御出来無かったか判る?」

「……さっきとは違い、ルージュからは何も感じられねぇ。だから、同調させられずに上手くコントロール出来無かった。」

「うん、やっぱり鋭いね、クロは。そう、私は敢えて、完全に気を隠蔽したのよ。確かに、相手の気と瞬時に同調出来るのは凄いけど、それじゃあ自分で完全に制御したとは言えないでしょ。自分の感覚だけで弱くも強くも出来無いと、意味が無いのよ。良い?何の為にこんな事をするの?弱くするのは、弱くなる為じゃ無いのよ。ちゃんと制御して、最終的にはより強くなる事が目的なの。だから、練習としては相手の気に同調させても意味無いのよ。」

「なるほど、判った。……でも、俺の拳にダメージ与える意味あんのか?」

「んふふ、それはお仕置きよ。ちゃんとやれば良いだけでしょ。いつまでも上手く制御出来無いと、手がぼろぼろになっちゃうわよ。」

「くそっ!楽しみやがって。」

「ほらほら、時間が勿体無いわ。どんどん打ってらっしゃい。」

弱過ぎれば躱し、強過ぎればダメージを与える。

丁度良い力加減の時は、俺の掌も痛いがしっかり受けてやる。

イメージとしては、鴨川会長ばりのミット打ちだ。

ま、中々バシー!と良い音は響かず、クロの拳が煙を上げてばかりいたけどな(^^;


コンコンッ、と扉を叩く音がして、「お客様、お連れ様がお見えです。」と、親父の声がする。

「判ったわ。すぐお通しして。」と答えて数秒、荒々しく扉が開かれた。

どかどかどか、っと4人ほどの男たちが雪崩れ込んで来る。

軽装に身を固めた戦士風の男たちで、傭兵と言ったところか。

ベッドの上に横たえたゴミの隣に俺が腰掛け、その横にクロが立っている。

一応、ポーズとして、俺は得物をゴミに突き付けている。

その為、少し距離を開けて男たちは立ち止まる。

その傭兵たちの後ろから、ひとりの男が現れた。

目だけがぎらぎらと光る痩身の男で、しかしその眼光や佇まいから弱々しさは感じない。

上品な仕立てのスーツを着こなし、ゴミとは違って成金趣味の宝飾類は身に付けていない。

実に堂々としていて、一角の人物だと思わせる。

こいつはゴミの親父じゃ無くて、傭兵たちのリーダーなのかな?

その男は、傭兵たちの前まで出て来て、恐れる風も無く口上を述べる。

「俺がガルシア商会を取り仕切る会頭のベンジャミン・ガルシアだ。息子が世話になった。迎えに来たぞ。」

……意外にも、ゴミの親とは思えぬほどまともな人物だな。

「今なら指の1、2本で許してやる。息子にも落ち度があったのだろう。悪友どもは、息子と違って粗野な連中だからな。」

……あぁ、そうか。こいつは現場を見ていなかったから、状況をちゃんと理解していないんだよな。

「丁寧なご挨拶痛み入りますわ、お父様。ただ、まだ状況を良くお判りになっていないようね。」

「……俺が寛大な態度を示している内に、息子を放した方が身の為だぞ。お嬢さん。」

ん?傭兵たちの顔色が悪いな。俺を鑑定したからかな?

そう言えば、クロを鑑定するとどうなるんだろう。

「ねぇ、クロ。貴方って鑑定したらどう見えるの?」

「ん?あぁ、確か、俺たちの種族には、鑑定スキルを妨害する能力が備わってるって聞いたな。何だよ、ルージュ。あんたは鑑定出来無いのか?」

「えぇ、私の鑑定スキルはLv1なのよ。だけど、貴方の名前は表示されてるから、効果が無いんじゃなくて、あくまで妨害なのね。」

「おい!何を訳の判らねぇ事をくっちゃべってやがる。死にてぇのか、こら。」

「お父様、後ろの怖いお兄さんたちに、少し状況を確認してみた方が良いわよ。怖いお兄さんたちは、少し判って来たみたいだから。」

「あん?どう言う事だ。」と振り返り、傭兵のひとりに問い掛けるガルシア。

「……ガ、ガルシア様……。こいつらは不味いです。」

「俺はどう言う事かと聞いてるんだ!」

「……その女は、冒険者のルージュです。盗賊としても有名ですから、ガルシア様も名前くらいご存知では?」

「……確かに、そこの男がルージュと呼んでいたが、本物なのか?美人とは聞くが、実際に姿を見た者は少ないと聞くぞ。」

「えぇ、私も見た事はありませんが、この女、Lv40で勇者です。噂と一致します。」

「Lv40……、そうか。それは失礼したな。俺は態度を間違えたようだ。だがな……。」

「違います、ガルシア様!もちろんその女ひとりにも我々は敵いませんが、もっと不味いのはもうひとりの方です。」

「どう言う事だ、はっきり言え!」

「おい、説明してやれ。」と、後ろに控える別の傭兵に話を振る。

「あ、あぁ……。ガルシア様、私はこのパーティー内で情報収集を担当しているので、鑑定のレベルも1番高いんです。その私が、この男を鑑定出来ません。」

「……鑑定出来無いのに、この男が危険だと判るのか?」

「あり得ないんです。確かに鑑定を妨害するスキルはあります。だからこそ私は、鑑定の成功率を上げる為に複合的に鑑定スキルを鍛えています。その私が、秘匿性の低い情報すら読み取れないなんて、考えられません。レベル差があるだけなら、もう少し色々読めるんです、普通は。」

へぇ、やっぱり古代竜の場合、単なる鑑定妨害じゃ無いんだな。

真名を知られない為に、特殊な能力が備わっているのかもな。

「多分こいつは、人間じゃありません。読めないんで確かな事は言えませんが、魔族かも知れない……。」

「魔族だと?!……ちっ、確かにそいつは不味いな。」

外れだけど、良い線行ってる。

雇われだろうけど、こいつらは中々見どころのあるパーティーみたいだな。

こいつらは、生かして帰してやろう。

「……そうか、判った。こっちの負けだ。それは認めよう。いくら欲しい。いくらで息子を解放する。何だったら、こいつらの代わりにお前らを雇ってやっても良いぞ。俺は強い奴は歓迎する。俺に付けば、良い思いをさせてやる。どうだ。」

……。これはこれで、凄い奴だな。

相手が自分より強いと認めながら、それでも立場は上のまま。

今まで、数々の修羅場を潜り抜けて来たんだろうな。しかし……。

「ふぅ、相応の成功体験を持つ人って、今度も乗り切れるって根拠の無い自信を持っちゃうのよね。残念だけど、やっぱり貴方はまるで状況が判ってないわ。最後の機会を与える前に、もっと判りやすく目に見える脅威を見せてあげるわね。」

そう言うと同時に、俺は念動の魔法で部屋の扉を閉める。

念動ってのは念じただけで物を動かす超能力みたいな魔法で、アストラル体で物質に干渉するのと同じ現象を魔法で再現している。

強く魔力を込めれば、これだけで人を倒す事だって出来るだろう。

「な、何だ!?誰が扉を閉めた?」

「だ、駄目です!開きません!」

ついでに、部屋は結界で封じた。

続いて、部屋中に魔法陣を描いて行く。

この10年、すっかり使わなくなっていたあいつらを、ちょっと活用しようと思ってね。

俺はサモンアンデッドを発動し、部屋中に20体ほどのゴーレムゾンビたちを招喚した。

トーリンゲン拠点のカタコンベには、今もこいつらが500体ほど眠ったままだし、他の拠点にも数十体は残っている。

今の俺くらい強くなると、数だけの戦力なんて使う機会も無い。

使うとしても、コマンダーたちの力を借りるくらいだ。

幸い、ゴーレムゾンビたちは善意の協力者たちの魂を成仏させた後の抜け殻だから、放置していても問題無い。

今回は、目に見える脅威として質より量なので、丁度良いって訳だ。

俺は喚び出したゾンビたちをOnにして、ガルシアたちを睨み付けたまま待機させる。

「ひっ、ひぃ……。リ、リーダー、こいつら、1体1体が俺たちより強ぇよ……。」

「……う、動くな……。俺たちはとっくに命を握られてるんだ。勝手に動くなよ。」

良い判断だ。傭兵たちの方は、やっぱり見どころがある。

悪く無いパーティーだよ、お前ら。

ガルシアの方は、脂汗を垂らして固まっているが、さて、この後どう出るか。

……ん?

「どうしたの、クロ?そんなに青ざめた顔して。」

「ゾ……。」

「ぞ?」

「ゾンビ……、これ、ルージュが出したのかよ。」

「?……そうだけど。」

「もう、止めてくれよ、ゾンビ。俺もう見たくねぇ。」

あ、クロの奴、ドラゴンゾンビがトラウマになってら(^^;

「あのね……、こいつらは貴方をコピーしたゾンビじゃ無いから、全然弱いわよ。精々、人間のLv20冒険者程度よ。まぁ確かに、生命力を吸って再生するから、並みの人間じゃ相手にならないだろうけど、貴方の敵じゃ無いでしょ。」

「わ、判ってるよ、弱い事くらい。ただ、何か嫌なんだよ、こいつら。」

「はぁ、仕方無いわね。ちょっと我慢して。ガルシアさんに、判りやすく現実ってもんを教える為に喚んだだけだから。すぐ還すわよ。」

俺はおもむろに立ち上がり、「整列っ!」と掛け声を掛ける。

すると、ゾンビたちが直立不動の体勢を取る。

と言っても、こいつらは中身が空っぽなゴーレムゾンビ、その制御は今、俺が勤めている。

以前はコマンダーたちに任せ切りだったので、創った当初以来の統制だ。

わざわざ号令を掛けた後自分で動かすと言う滑稽な事をしているのは、こいつらが俺の命令で動く事を示す為。

「威嚇しろ!」と号令し、ゾンビたちを唸らせる。

「回れ!」と号令し、ゾンビたちをその場でターンさせる。

「笑え!」と号令し、ゾンビたちをガルシアに向かって笑わせる。

「嗤え!」ゾンビたちはガルシに近付きあざけるように嗤う。

「呵え!」ゾンビたちは大口を開けてゲラゲラと笑い声をあげる。

「呵え!」「呵え!」「呵え!」ゲッゲッゲッゲッ、ゲラゲラゲラゲラ、グァハグァハグァハグァハ……。

Ofにする。途端、その場で動きを止め眠りに就くゾンビども。

部屋をしじまが支配する。

4人の傭兵も、クロも、ついでに気を失った振りを続けるゴミも、焦れたまま何も発せられない。

俺は待つ。10秒、20秒、……こう言う時ほど時間の経つのは遅い。

「……は……。」

は?

「は、は、は、は、……はははははははは、あ~はっはっはっはっ。素晴らしい!素晴らしい力だよ、ミス・ルージュ。俺の部下が失礼したね。そこの男なんかより、貴女の方が余程強いよ。貴女を雇うなんて失礼な申し出だった。心からお詫びしよう。代わりに、是非協力させてくれ。俺と組めばもっと大きな商売が出来る。いや、それどころかこの街を牛耳る事だって。いやいや、貴女の力さえあれば、この国を盗る事だって可能じゃないかね。そうだ、俺が貴女をこの国の新しい女王にしてみせようじゃないか。貴女の力ならそれも夢じゃ無い。俺も協力する。見返りなど要らない。俺が貴女を崇めたいんだ。正に女神だよ。貴女は……。」

凄いな、こいつ。まだ俺と交渉する気だぜ。

見上げた根性だ。

何か、どこか、俺の琴線に触れるものは無いかと、延々口を動かし続ける。

こいつはこうして、ここまで上り詰めて来たんだな。

本当、感心するよ。見事だ。

俺はそれを、手を上げて制する。

さすがに、俺の一挙手一投足を見逃すまいとしているガルシアは、それに気付いて口を閉じる。

「私はミセスだし、メイフィリアはお友達。ま、それは置いといて。貴方、凄いわね。感心する。今まで、どんな修羅場もその剛腕で切り抜けて来たんでしょうね。自信に満ち溢れてるわ。」

「……あ、あぁ、その通りだ。だから必ず貴女の力にもなれる……。」

再び俺は、それを手で制す。

「だからこそ貴方は、絶対に懲りないわ。この先も改まる事は無い。反省しないって意味じゃ無い。成長しないって意味じゃ無い。根本的な部分が変わらないの。貴方はまた必ず同じ事を繰り返す。」

「いや、……だから、俺は……。」

「貴方がこれまでそうして成功し続けて来られたのはね、本当の絶望に出遭って来なかったから。私たちが、人智の及ばぬ本当の脅威である事を、全く理解出来無いのもその為かな。……一度悪魔をその目で見る機会があれば、少しは謙虚になれたかも知れないわね。」

ここに来て、ようやくガルシアの顔色も変わる。

もう遅いけどな。

「と言う事で、貴方はこのまま放置出来無い。息子くらいすぐ音を上げる奴なら釘を刺す意味もあるけど、貴方は駄目ね。ここで許せば、いつかまた野心が頭をもたげて来るわ。だから殺す事にするわ。ごめんなさいね。」

ガルシアの顔が、蒼白となる。

「な……、何言ってんだ……。お、俺を……、何だって……。」

その言葉を最期に、ガルシアの体は静かにくずおれる。

俺が素早く近付いて、ガルシアのアストラル体を抜き取ったのだ。

感心したのは嘘じゃ無い。

本当に凄い人物だとは思う。

だからせめて苦しむ事無く、命を抜き取ってやった。

「お、親父っ!」と、ベッドの上で気を失った振りをして様子を窺っていたゴミが叫ぶ。

「……し、死んだのか?」

「まだよ。そう言えば、貴方たちには視えないか。ちょっと待ってて。」

俺はゾンビたちをカタコンベへ還し、その後結界を張り直す。

アオキガハラでもやった、周囲のマナを少し吸収する結界だ。

これで部屋の中のマナ濃度が濃くなり……、……、……これでゴミたちにも視えるだろう。

俺が右手に掴んだままの、ガルシアのアストラル体が。

「お、おい……、それって……。」

「そうね、貴方にも判りやすく言うと、お父さんの魂みたいなものよ。薄ぼんやりしてるけど、ちゃんとお父さんに見えるでしょ。」

「……う、うぅ……、お、俺は一体、どうしたんだ……。」

俺の手の中で、意識を取り戻すガルシア。

「お、親父っ!まだ、まだ生きてんのか!?」

「ハーバート……、無事だったか。安心しろ。俺様が助けに来てやったぞ。」

……どうやら、アストラル体となって、意識が混濁しているみたいだな。

「ば、馬鹿野郎っ!親父、あんたの方が死に掛けてんじゃねぇか。」

「ハーバート……、お前、また何か薬でもやってんのか?良い加減大人になれ。お前は俺の後を継ぐんだぞ。しっかりしねぇか。」

「お……親父……。」

「俺様が俺様だけの王国を作り上げてやる。それをお前が受け継ぐんだ。いつまでも遊んでねぇで、俺様のやり方をちゃんと学んでおけ。この世は俺様の為にあるんだ。見てろよ。今にこんな時化た街だけじゃねぇ。この国を裏側から牛耳ってやるさ。」

「親父~……。」

……本当に見上げた男だ。

こんな状態では、その人間の本質が表れるだろう。

こいつは、根っから本当にこう言う人間なんだな。

「それじゃあお別れよ、ハーバート。最後に、何かお父さんに伝える事ある?」

「ぬ?!何だ、これ。一体どうなってる。おい、お前、この手を離せ。おい、手前ぇら、何見てやがる。俺様を助けろ。」

今の状況に気付いたガルシアが抵抗を試みるも、微動だに出来無い。

当然だ。俺はどちらかと言えばアストラルサイドの方が専門だ。

今初めてアストラル体になったような人間風情が、どうこう出来る相手じゃ無いのさ。

「お、親父……。俺はあんたが嫌いだった。本当は、出て行った母さんと一緒に暮らしたかった。でも、あんたに逆らえなかった。いつしか、そんなあんたみたいに振舞うのが当然だとも思って来た。でも、やっぱり間違いだったんだ。こんな事してたら、いつか痛い目に遭って当然だったんだ。もう終わりだよ、親父。俺はもう、あんたにはならない。許されるか判らないけど、俺、やり直してみる。」

「ハーバート、お前……。この馬鹿息子が!情けねぇ。お前には男の矜持ってもんが無ぇのか!」

「親父には人の心ってもんが無ぇ!俺はもう嫌なんだよ!」

やれやれ、最期の機会だったのに、親子の溝は埋まらず、か。

「ハーバート、今の言葉、信じるからね。ま、裏切ったりしたらどうなるか、もう身に沁みてると思うけど。ガルシア商会は、貴方が責任持って真っ当な商会にするのよ。良いわね。」

「あ、あぁ……、いえ、はい。判りました、ルージュさん。お約束します。た、助けて貰えるならもう、何だってします……。」

そこで泣きべそ掻いちゃうのが頼り無い(^^;

「ふ、ふざけるな!商会は俺様のもんだ。あんな馬鹿息子に……。」

「さようなら、ベンジャミン。さすがに私も、死後の事までは知らないけど、せめてアストラル界では安らかに過ごせる事を祈ってるわ。」

そうして俺は、中位の神聖魔法である鎮魂を唱えた。

敬意を表して、黙詠唱では無くちゃんと口に出して。

この魔法は、吸血鬼の復活を警戒する意味もあったからエーデルハイト伯爵の遺灰に使った、セントファイアーよりも高位の浄化だ。

まぁ、当時はまだ使えなかった事もあるが、あの伯爵を清めたものより高位の魔法を使ってやるんだ。

ありがたく思って欲しいもんである。

鎮魂に浄化され、ガルシアのアストラル体が光の粒となり、少しずつ解けて天へと昇って行く。

その光景は、とても神々しいものだった。


5


その後、改めてハーバート・ガルシアと傭兵団カルマ・セラーレに口止めした後解放し、俺とクロは眠りに就いた。

相当疲れていたんだろう。

クロは良く眠っている。

俺は物質体を抜け出して、ハーバートの跡を付けてみた。

安楽死させたベンジャミンの遺体はあるから、病死として衛兵隊に届け出た後、葬儀の準備に追われていた。

その間、俺への悪態を吐くような事は無く、人が変わったように真面目に差配に忙しくしていた。

今回の件で心を入れ替えたようで、これならやり直すと言った言葉は嘘にはなるまい。

その内落ち着いたらどうなるかは判らないが、今のところは問題無いだろう。

さて、明日はオルヴァまで飛ぶ事になる。

俺も少し、微睡んでおくか。


早朝4時、クロが目を覚ます。

その気配に気付いたので、俺も物質体に入って起き出す。

「おはよう、クロ。早いわね。良く眠れた?」

それには答えず、不思議そうに自分の体を眺めている。

「どうかしたの?」

「い、いや……、つい油断して熟睡しちまったのに、人間のままだったのが不思議で……。」

あぁ、なるほど。今までは、集中が途切れたら元に戻っていたのか。

「私にもはっきりとは判らないけど、力の制御が上手く出来るようになって、化ける事に馴染んだのかもね。考えてみれば、眠ったくらいで解けちゃったら、中途半端じゃない?その人間に化ける能力。こうして意識せずずっと人間のままでいられるのが、本来の能力なんじゃないかしら。」

「なるほど……、確かにそうだな。うん、判る。今は判るぞ。自分の意志で化けたり解除したりしない限り、勝手に姿が変わらないのが本当だったんだ。やっぱり、俺は今まで未熟だったんだな。」

「ふふ、良く頑張ったわね。」

俺は、クロの頭を撫でてやる。

「ちょっ、止めろって!子供扱いすんな。」

「あら、ごめんなさい。ついね。私の中身は良い歳した爺ぃだからね。実年齢はともかく、クロは古代竜としてはまだ子供でしょ。その上、今は私の生徒だし。褒めるくらい良いでしょ。」

「ば、馬鹿野郎。そう言うのは恥ずかしいだろ……。」

何だ、照れてるだけか。やっぱり可愛いな(^∀^)

「それで、充分回復した?」

「……疲労は抜けたと思うが、まだ戦闘形態は難しいかな。」

「戦闘形態?もしかして、成竜の姿の事?」

「あぁ、俺の本来の姿は知ってるだろ。本当は、まだそこまで体が成長し切ってねぇ、悔しいけどな。だから、成竜の姿に変身して、能力を向上させるんだ。その分、体力を使う。」

「それじゃあ、その状態で4か月近くも戦ってたのって、思ったより過酷だったのね。」

「あぁ、冗談抜きで、本当に死ぬかと思った。」

考えてみれば、クロが背伸びして強くなった状態をコピーしたんだもんな。

それじゃあ、あのブラックドラゴンゾンビの方が強かった訳だ(^^;

……ちなみに、ミラーリングで情報を読み取ったから、何度でも作れるんだけどな、あれ(^Д^;

「しょうがない。修行もさせちゃったし、クロには休んでおいて貰いましょ。飛ぶのは私に任せて。」

「……お前、あ、いや、ルージュって飛べるのか?」

「なぁに?もしかして私が、貴方に飛んで貰うのを期待してたと思ってたの?」

「いや、どうすんのか判らなかったが、爺ぃから人間は飛べないって聞いてたから。」

「うん、確かにそうね。普通の人間は飛べないわね。まぁ、私は最近、飛ぶ方法を身に付けたのよ。あ、後、他にも方法ならあるわよ。」

「他の方法?」

「そ。貴方の情報をコピーして創ったドラゴンゾンビ。あれなら私たちふたりを乗せて飛べるでしょ。」

顔が青ざめるクロ。

「おい、嘘だろ!?あいつ、まだ生きてんのかよ。」

「いや、ゾンビだから最初から死んでるって(^^;貴方の情報は取得済みだから、その気になれば何度でも、何体でも創れるのよ。」

がっくり項垂れるクロ。

「……何度でも……何体でも……。」

まぁ、あのクリエイトアンデッドにはあのクリエイトアンデッドなりの制約があるようで、一度に創れる数には限界があるようだ。

その意味では、死体を使ってクリエイトしたり、サモンアンデッドしたりする方が、頭数は揃えやすい。

ちなみに、今の俺が一度に創れるクリエイトアンデッドの数は3体。

1体1体の性能や種類は関係無い。

ミラ、グリフォン、ドラゴンを同時にクリエイトする事も出来るし、ドラゴンを3体クリエイトする事も出来る。

戦闘形態のクロ3体分と考えると、物凄い戦力だな(^^;

「貴方が嫌じゃ無ければ……。」

「ごめんなさい、嫌です、止めて下さい……。」

「そ、そう……。それじゃあ、私が貴方を抱えて空を飛ぶわ。それで良いかしら。」

「はい、お願いします……。」

う~ん、これは相当重度のトラウマを植え付けちまったようだ(^Д^;


出発の支度を調え、俺は元気に、クロは肩を落としながら、階下へと降りて行く。

すると、昨日は見掛け無かった若い男が俺たちを出迎えた。

「あ、おはよう御座います。お話は承っております。ルージュ様とクロ様ですね。」

「貴方は?」

「はい。私はガトリンの息子で、ウィンダーと申します。今は当宿で見習いをしております。」

ガトリンってのが、この宿の親父の名だ。

そうだよな。夜遅くて朝早いから、ひとりで切り盛りするのは難しい。

この時間は、息子さんが働いているって事か。

「そう。チェックアウトする前に、軽く朝食でも頂きたいんだけど、お願い出来るかしら。」

「えぇ、もちろんです。ルージュ様には、最大限のお持て成しをするよう、承っております。少々お待ち下さい。」

そうしてウィンダーは、厨房へと向かった。

金貨100枚の上客だ。美味しい食事を頼むぜ。


「行ってらっしゃいませ。道中お気を付けて。」

その後俺たちは、飛び切りの朝食を頂き、クロの機嫌も直って、5時過ぎには美食街道を後にした。

出立の時には、ガトリンも起き出して来て見送ってくれた。

金貨もそうだが、これでこの先街も良くなる、と感謝してくれた。

絡んで来た馬鹿を懲らしめてやっただけで、こうして感謝されるのだ。

やっぱり、悪党退治は止められない。

「それじゃあ、クロ。人目の無いところまで歩いたら飛ぶわよ。良いわね。」

「あぁ、好きにしてくれ。ゾンビじゃ無きゃもう何だって良いさ。」

こうして俺は、一路オルヴァを目指してクロと共に飛び立つ事となった。

クロにもっと色々見せてあげたいし、何よりライアンが待っている。

早くお家に帰らなきゃ。


つづく

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