第六巻「ぼくが地球を救う」

第一章 この人間の雌、怖い


1


神聖オルヴァドル教国は南方に位置する為、アーデルヴァイト・エルムスほどでは無いが比較的温暖だ。

それでもまだ3月の朝は寒さが厳しく、つい遅い朝となる。

神の国から帰還してひと月ばかり、最近はいつもそうだ。

夜遅い所為もあるが、物質体に宿ったままぐっすり眠ると起きるのが辛い。

……はぁ、だけど、早く起きないとな。

そうしないと、エルダがいつまでも帰れない。

「……エルダ、ライアンが出掛けたら、もう帰って良いのよ。」

俺は、屋根裏に忍んでいるエルダに声を掛ける。

もう何度と無く繰り返した、いつもの台詞だ。

すぐにエルダは降りて来て、まだ微睡みから覚め切っていない俺のベッド脇までやって来る。

「姐さん、寝てる時は隙だらけ。放っておけない。ライアン様にも、頼まれてるし。」

「……それは、貴女を信頼して安心してるからで、殺気を持った敵でも近付いて来たら、ちゃんと起きれるわよ。」

「……まぁ、それは判ってる。一度試したから。」

ん?……そう言えば、明け方にライアンと一緒に目を覚ました時、エルダが傍にいた事があったな。あの時か。

「だったら、早くお帰りなさい。貴女にも、待ってる人いるんだから。」

そう、エルダには今、家で帰りを待っている大切な人がいる。

俺が神の国から帰還して盗賊ギルドに顔を出すと、エルダが待っていて報告してくれた。

姐さんのお陰で、あいつに勝てたよ、と。

その相手とは、エルダの幼馴染で想い人。

好きな子に意地悪をしてしまう、男の子らしい他愛の無い言葉。

俺に勝ったら結婚してやっても良いぞ。

成長して互いに想い合っている事は明白なのに、そんな小さい頃の約束の所為で素直になれないふたり。

だから、エルダは決めた。

その約束、果たしてしまえば良いと。

まぁ、相手がライアン付きの聖堂騎士なんてエリートになっていなければ、もっと簡単な話だったんだけどな(^^;

結局、エルダは盗賊としてのスキルを高め、徹底的に相手の隙を突く戦い方で勝利を収めた。

最初は、相手が騎士なんだから、何とか正々堂々戦って勝たなければいけないと思い込んでいた。

でも、もう形振り構っていられない。

勝って告白するのが一番大事。

そう割り切ったようだ。

それを待っていたかのように、負けた直後彼の方からプロポーズをして来たらしい。

自分は聖堂騎士だから、誓って手加減はしていない。と、わざわざ言い添えて。

俺が留守にしていた1週間ちょっとで、エルダは一気にゴールに飛び込んだ訳だ。

結婚祝いと言う訳でも無いが、俺はライアンと相談して、その彼を夜間の警備に回し、エルダを寝ている間の身辺警護として雇った。

彼はライアン直属と言う扱いにはなるが、出世コースからは外れるとも言える。

しかし、夜の間だけライアンを守って貰えば、エルダは危険な仕事をしないで済む。

この国でライアンを襲う者など……、ま、政敵の中にはいるかも知れないが、俺たちふたりがいるところを襲って来る奴は不運としか言いようが無い(-ω-)

俺からの仕事だと言えば、エルダの足抜けに文句を言う奴などギルドにはいない。

エルダも、一度は盗賊の道を志した以上、そのまま仕事を続けるつもりでいたみたいなので、放っておいたらどんな危険な目に遭うか判らないからな。

俺からの頼みだと言えば断れない。

安全と収入を担保し、勤務時間を合わせてやったから、これでエルダ夫婦は幸せな新婚生活を送れるってもんだ。

だから、さっさと帰ってくれて良いんだけどな。

「あ、あいつも大切だけど、……姐さんも大切だからさ。放っておけないよ。」

照れながらそう言うエルダは、本当に可愛らしい。

険が取れて、本来の素直さが表れている。

……こんな子が娘だったら……。

「はぁ、仕方無い。もう起きるわよ。だから、早く帰ってあげて。いつもふたりにはお世話になっているんだから、これ以上いちゃいちゃする時間を減らしちゃ申し訳無いわ。」

「い、いちゃいちゃなんかしないよ!」と、顔を真っ赤にするエルダ。

「したとしてもっ!……姐さんとライアン様ほどじゃ無い。」と、ぼそっと付け足すエルダ。

今度は、俺の顔が真っ赤になる。

「はぁ、まさかあの時言った事が本当だったとはね。姐さんほどの女が、ここまで初心なんて……。」

「う、五月蠅いわね。仕方無いでしょ。こんなに人を愛した事なんて無かったんだから。もう、早く帰りなさい!私、もう起きたから。」

「はいはい。それじゃ、姐さん。おはよう、そしておやすみ~。」

ぱたぱたと手を振りながら、部屋を出て行くエルダ。

俺はひとり、ライアンの寝室に取り残される。……そう、ここは、ライアン邸のライアンの寝室だ。

俺はシーツに手を置いて、気怠げにあの日の事を思い返す。

少し、時を戻そう。


2


月に一度は遊びに来る。

そんな約束で何とかなだめすかし、俺はオルヴァドルから解放されて神の国を後にした(^^;

色々あった神の国探訪。

キャシーにデイトリアムの事を知らせなきゃならないが、そうなるとまた色々忙しくなりそうだから、少し後に回してオルヴァでゆっくりしたい。

なんて気楽に考えて戻って来たのだが、そんな事よりもっと重大な試練が待ち受けていた。

目を逸らしたくても逸らせない、いや、本当は逸らしたく無い試練、ライアンだ。

逃げ出すように飛び出してしまったが、帰ったら報告すると言っちゃったし、逢うのは怖いけど逢いたいんだ。どうしようも無い。

だけど中々覚悟が決まらず、またライアン邸の向かいの屋敷の屋根の上で躊躇していた。

さすがにステルスなんか発動していないので、ライアンだって俺の気配が判るから、部屋で待っているはずだ。

逃げ出す事は出来無い。あー、何て俺はビビリなんだorz

すると、キィッと小さな音を立てて、バルコニーの窓が開く。

そこから少し体を出して、ライアンがこちらに手招きする。

その唇が小声で囁く、「お帰り、ヒデオ。」と。

進退窮まれり。

俺はドキドキと心を躍らせながら、しかし項垂れながら、複雑な気持ちでライアンを見たいけど見ないようにして、転移してバルコニーへと移動したのだった。


ライアンは背中を向けたまま、俺が入って来るのを待っていた。

顔を合わせずに済んでいるので、俺は何とか恐る恐る部屋に入り、どうにかライアンへ近付いて行く。

そして、手が届く距離まで近付いて、ライアンの服の裾を摘まむ。

「た、ただいま、ライアン。あ、あのね、私……。」

すると突然、ライアンは振り返って俺を抱き締めた。

胸が爆発したかと思うくらい、早鐘を打つ。

「どどどど、ど、う、したの……、ライアン?」

何も言わないライアン。

でも、静かだからかな。ライアンの鼓動が聞こえる気がする。

とても早い。俺と同じか、それ以上に。

「……僕たちは良い歳をした大人だ。……だからね、僕は思うんだ。あの日。別れ際。君が勇気を振り絞ってくれたんだって。」

ぎゅう、っと抱き締める腕に力が籠る。

……ライアンも怖いの?俺と同じように……。

それって、ライアンも俺の事……。そう思って良いのかな?

「……ごめん、中々勇気が出なくて。でも、君の告白に応えたい。ヒデオ……、僕は君の事が好きだ。友人としてでは無く、僕は君を愛してる。」

そう言って、ライアンは優しいキスをしてくれた。

俺たちは大人だ。もっと激しいキスを何回もして来た。でも……、今はその優しいキスから愛が溢れている。

俺の事を想っているのが伝わって来る。

永遠のような数秒が過ぎ、ライアンが唇を放す。

「……これで、僕の気持ちは伝わったかい?」

とても素敵な笑みを浮かべるライアン。

思わず、真っ赤な顔を隠すように、ライアンの胸に顔を押し付けてしまう。

「ヒデオ……?」

……やっぱり嫌だ。ライアンにそう呼ばれるのは。

俺は、ライアンに抱き付いたまま、ぎゅう、っと力を籠める。

「……イタミ・ヒデオ……、偽名だって気付いてるでしょ。」

「……うん。君は最初から周りを警戒して、慎重だったからね。そうじゃないかとは思ったよ。」

少なくとも、これでライアンがWWEユニバースでは無かった事が判明した(^^;

「……ユウ……。ライアンだけは、ユウって呼んで。」

まさか、もう一度本名を名乗る時が来るとは思わなかったな。

もう、地球にいた頃の事は、決して戻れぬ過去なのに。

ライアンが、優しく、そして力強く、抱き締め返して来る。

「……ありがとう、ユウ。君は今から、僕だけのユウだ。言って。僕はユウを愛してる。ユウは?」

俺もライアンを抱き締め返す。

「愛してる。私もライアンを愛してるわ。」

そして、再び唇を重ねる。今度は、大人のキスだった。


俺たちは大人だ。初心な未通女じゃ無い。……ま、体は未通女なんだが(^^;

気持ちを確かめ合って昂ったら、当然やる事は決まっている。

しかし俺は、この体では初体験になる。

おっさんとは言え健全な男の子だからな。女の体になったからには、女の気持ち良さを体験してみたくなる。

だからこそ、ひとりでは色々試してみたさ。

仮に女の体になったら、男なら誰だってそうするだろう。そうするよな。そうするに違い無い。

だが、ひとりでする分には構わないが、中身は男だ。

間違っても、男に抱かれたいとは思わない。

だから未だに未通女な訳で、抱く立場なら色々判っても、抱かれる立場は全然判らない。

「……あ、あのな、ライアン。当然なんだが、俺、ほら、ホントはあれだろ。だからその……、初めてなんだ。や、優しくしてくれよ。」

すると、ライアンのライアンが見る見る大きくなった(^Д^;

いやまぁ、今思い返せば、我ながら何て可愛らしい事言っちゃってんだよ(ノ∀\*)キャ

俺がライアンだったら、俺も我慢なんて出来無ぇよ、こんなん。

その後、滅茶苦茶激しく愛された。

一回戦目が終わった後、かなり謝られたけどな。

中身は良い歳したおっさん同士だが、いくつになっても好きな人の前では冷静ではいられないもんだ。

ライアンのライアンがかなり大きかったから破瓜の痛みも壮絶だったが、好きな人から与えられる痛みってのは、それはそれで……。

あ~、いや、ともかく、一回戦目の後のピロートークで、俺たちは告白合戦となった。

ライアンはバイ気味だが性自認はゲイで、最初から格好良い男性として好意は持っていた事。

でも、次第に俺自身に惹かれて行き、今体が男か女かなんて関係無い、ユウだから好きなんだ、とか(*^∀^*)

俺はライアンを信頼の置ける友人、師匠として好意を持っていたけど、女の体になった影響かしばらく前からライアンの事を思い出す度切なくなっていた。

でも、俺はノーマルだったから、そんなはずは無い、そんなはずは無いと否定し続け、でもいざ再会するとなったら気持ちが抑え切れなくなって、ライアンが好きだと認めざるを得なくなった事。

俺は昔から子供は欲しく無いと思って来たし、今体が女でも自分が妊娠出産するなんて想像すると怖い。

ライアンにはすまないけど、子供は作りたく無い。

ライアンはゲイだと思っていたから子供は諦めていたので、ユウが怖いなら無理する必要は無い。

子供よりも、僕はユウと一緒にいたい。

なんて事をいちゃいちゃしながら(^^;

お互い、互いを気遣いつつも後ろめたさを感じつつ、謝りたくて、許されたくて、嫌いにならないで欲しくて、余計な事まで喋ってしまう。

それすら互いに理解出来てしまうから、さらに愛しさが募って……、その日は明け方まで何回戦もふたりの営みは続いたのであった(^Д^;


で、気付くと俺は、昼前まで寝入っていた。

ライアンと過ごすと、物質体に入ったまま熟睡出来てしまう。

いやまぁ、今日は仕方無いんだ。まだ俺の女性自身がズキズキする(-ω-)

うわ……、シーツが凄い事になってるorz

ライアンは仕事があるから、とっくに出掛けたのだろう。

ひとりでの目覚めは、とても寂しいものだな。

……扉の前で待機している人たちは、この屋敷の女中さんたちだろうな。

さすがに事情を察して、中までは入って来ないように配慮してくれているんだろう。

ライアンも、何か言付けて行っただろうし。

うーーー、仕方無い。ここは貴族様のお屋敷だからな。

この惨状も、自分で片付けるようなものじゃ無いよな。

俺はパパパッと服を着て、顔を真っ赤にしながら、扉を開く。

「お、おはよう御座いま~す。」と、恐る恐る外へ出る。

そこには、厳しい表情をした凛々しい中年女性が立っていた。

多分、この人がライアンの言っていた、女中頭のキンバリーさんだな。

この世界に縁者などいない、勇者ライアンの母親代わり。

「少しそこでお待ち下さい。さ、行くわよ。」

と、後ろに控える女中たちを引き連れて、部屋の中へと入って行く。

「まぁ、これは……!」

……いや、恥ずかしいから、そう言うリアクションしないで(ノ∀\*)

すると、部屋からキンバリーさんが急いで飛び出して来て、俺の目の前までやって来る。

え?え?俺、殺されるの?

キンバリーさんはがらっと表情を変え、急に満面の笑みを浮かべて、俺の両手を取る。

「ありがとう御座います、ルージュ様。ライアン様の事、よろしくお願いしますね。」

……え?!

「浮いた話ひとつ無いライアン様が、心に秘めたお方がいるからと申した時は、私を納得させる為に優しい嘘をお吐きになっているのかと心配しましたが……。本当に良ぅ御座いました。これでライアン様も、ご自分の幸せを考えて下さいますわ。」

……この人は、本当にライアンの事を慕ってくれているんだな。

俺も何だか嬉しいや。

だが、急にまた表情が変わり、今度は睨み付けて来る。

「ですが、お嬢様。何です、その格好は。レディーにはレディーに相応しい格好と言うものが御座います。ライアン様の奥方となるのです。恥ずかしい格好をさせておく訳には参りません。さぁ、こちらにいらして下さいませ。」

そうして俺はキンバリーさんに連れ去られ、コルセットで腹をきつく締め付けられ、ひとりでは着られないようなドレスを着せられて、レディーらしく振舞えるようにとご指導ご鞭撻を承ったorz

それは、帰宅したライアンがキンバリーさんを説得するまで続いたのであった。


3


と言う事で、俺はライアンの内縁の妻と言う形で、ライアン邸で過ごす事となった。

キンバリーさんには悪いが、俺は出奔した身な上、今は既に別の体。

真っ当な身元なんか無いからな。

堂々と、勇者兼司教であるライアンの正妻に納まる訳には行かない。

勇者も司教も世襲では無いから、跡継ぎも勘弁してくれ。

それについては、少し考えがある。

後は、悪いが料理や掃除も手伝わせて貰う。

女性体に入っている所為か、好きな人の為に働きたいと言う女心が強く沸き上がり、ライアンの為に何かをしたくて堪らない。

海外じゃ使用人の仕事を奪うのはいけないとか、人の上に立つ身分の者は使用人がするような仕事をしてはいけないとか、色々な価値観もあるだろう。

だが、日本人的感覚としては、自分たちの事を他人任せにするってのも気持ち悪い。

俺自身はただの冒険者に過ぎないのだし、使用人に全てやって貰うなんて受け入れ難い。

だから、料理や掃除の仕方を教わると言う体で、一緒に働かせて貰う。

正妻では無いのだし、許してくれ、キンバリーさん(^^;

とは言え、本当の使用人では無いので、朝から晩まで大忙し、と言う訳でも無い。

専門的な部分は、下手に手出しすると邪魔なだけだしな。

それに……、俺は朝が遅いから。

早めに床に入るのだが、ほら、な(^^;

まだ付き合って1か月のラブラブバカップルだから、どうしようも無いのだ。

結局毎日、3~4時くらいまで頑張っちゃって、そこから熟睡しちゃう訳で。

ライアンは毎日3時間、俺は5時間ほどしか寝ていないが、むしろ体調はすこぶる良好。

まぁ、体の方は、ライアンが30代前半、俺が20代前半なので、中身と違って全く体力落ちていないからなぁ。

そもそもふたりとも、体は高性能な勇者ボディだし。

好きな人と毎日幸せに過ごして気力が充実しているお陰で、睡眠不足なんて全然堪えないようだ。

で、俺は9時過ぎに起き出して、シーツを自分で洗って((^^;)、朝食は用意して貰った物を食べ、昼間色々女中さんたちと世間話をしながら邸内の掃除。

夕食作りは一緒にさせて貰うけど、ここはむしろ俺が指導する。

ほら、オルヴァはメシマズだから(^^;

正直、彼女たちの腕が悪い訳じゃ無い。食材の問題だ。

その内モーサントから大量に優れた食材を持ち込もうと考えているが、今は調味料や調理の仕方を工夫して美味しくする方法を伝授している。

そして、夕食の準備を整えて、ライアンを迎えるのだ。


そんな俺とライアン、そしてエルダの生活を1か月続けて来た訳だが、そろそろ動かなければならない。

そこで、今日は朝からお出掛けをする。

ほら、オルヴァドルと約束したからな。月に一度遊びに行くと。

忘れていた訳では無いのだが、さっき催促された。

俺はまだ微睡みの中にいたのだが、急に頭の中で声が響いたのだ。

「……マ……、ママ……、ママおきて。」

「ん……、う~ん……、なぁに、エルダ、もうそんな時間?」

すると、すぐ傍までエルダが降りて来て、「何だい、姐さん。まだ8時だ。いつもより早いね。」との事。

ん?それじゃあ、今の声はエルダじゃ無いのか。

そう思った途端、今度は大きな声が頭の中に響き渡る。

「ママー!もう1か月たつよー!早くあそびにきてよー!」

「わぁっ!」と、驚き飛び起きる。

「ど、どうしたの、姐さん?」

どうやら、この声はエルダには聞こえていないらしい。

……もしかして……、貴方オルヴァドル?と心で問い掛けてみると、「ママー、そうだよー。早くきてー。」と頭に響く。

……もしかして……、貴方遠くの人とも念話で話せるの?と問い掛けると、「ママー、そうだよー。僕のとくしゅなスキルなんだぁ。」と言う事らしい。

主神ってのは、本当に規格外な存在なんだな。しかし……。

貴方が凄いのは判ったし、ちゃんと逢いに行くけど、もういきなり念話で話し掛けないでね。

「え……、なんで?」

良いから、緊急事態の時以外は禁止。言う事聞かないと、逢いに行かないわよ。

「う~……、わかった。だから、ちゃんとあいにきてね。やくそくだよ。」

えぇ、今日そっちに行くわ。後で逢いましょ。

「うん、わかったー。じゃあ、まってるー。……ガチャ」

ガチャって、お前の念話は黒電話かっヽ(`Д´)ノ

と言う突っ込みは、アナクロ趣味な俺の家の電話が、令和の時代でも黒電話だったからだ(^^;

はぁ、しかし、いつなんどき急に話し掛けられるか判らないと言うのは、プライバシーの侵害である。

ライアンと一緒の時に繋がってしまうのは、本当に止めて貰いたいので、後で逢ったらもう一度念押ししておこう。

「……姐さん、大丈夫?」と、心配そうにエルダが聞いて来る。

あぁ、声が聞こえていないエルダには、俺がおかしく見えたかも知れないな。

「ごめん、ごめん、大丈夫。急に知り合いが、頭の中に話し掛けて来てね。念話って奴よ。離れた相手と会話出来る魔法。」

「へぇ~、そんな便利なものがあるんだ。」

「便利と言えば便利だけど、こっちは寝ているところを叩き起こされたんだからね。迷惑な話よ。」

「それもそうだね。こっちの都合はお構い無しか。」

「そ、本当に困った子だわ。それでね、エルダ。悪いんだけど、キンバリーさんに言って来て貰える?もう起きて出掛けるから、朝食の準備をお願い、って。」

「あぁ、判った。」

「貴女も、今日はそのまま上がって良いわよ。」

「了解。それじゃあ、姐さん。気を付けてね。おやすみ。」

「はい、おやすみなさい、エルダ。良い夢を。」


そうして俺は、いつもより早い朝食の後、盗賊ギルド近くに勝手に作ったオルヴァ拠点へと向かう。

一応、ライアン邸では女中たちの目があるからな。

俺の事を冒険者だと知ってはいるが、どんな冒険者かまでは判らないだろう。

アストラル転移の為に短時間物質体を空にするから、そう言うところを見せない方が良いと思う。

あくまで、俺の正体が理解出来るほどの者以外には、俺はただのライアンの妻なのだ。

Lv50勇者のライアンよりも強い冒険者だなんて、知られなくて良い。

拠点は何重もの結界が張ってあるから安全だが、念の為一番結界の奥に当たる物質体の保管室まで行き、そこでアストラル転移する。

今回は、直接オルヴァドルの宮殿へ飛ぶ。

すると、待ち構えていたように、すぐさまオルヴァドルがやって来る。

「ママー……、あれ、きょうはパパ?」

今の俺はアストラル体だから、生前の姿のままだ。

アストラル体自体輪郭がぼやけているし、微かに光ってもいるので、大分曖昧な姿ではあるけどな。

勇者ボディは、憑依した時俺に少し寄って変化したから、このぼやけた姿だとほぼ同じに見えただろう。

今は物質体が女性だから明らかに違って見えると思うが、この女性体は勇者ボディのクローンだから顔立ちは似ているはずだ。

アストラル体は鏡に映らないので、自分では確認出来無いけどな。

アストラル体が女性化せず、生前の姿のままの内は、俺流不老不死が問題無く発動すると言う訳だ。

この女性体が、まだ俺の本体になっていない事の証左だからな。

しかし、である。この女性体は、今ではある意味本体なのだ。

だからこの後招喚して、そのまま使用する。

今までのように乗り換えてしまうと、また破瓜の痛みを味わう事になるからな(^Д^;

それに、この体だけがライアンと共に過ごしている体なんだ。

この体が、ライアンにとっては俺なんだ。

だから、同化しないように気を付けるが、もう体の乗り換えはしないと決めた。

まぁ、不測の事態で殺される事はあり得るのだから、予備体たちにも意味はある。

でも、もう殺されたくは無いものだ。気を付けなくちゃ。

「ちょっと離れてろ、オルヴァドル。今から、体を招喚するから。」

「う、うん。わかった。」

目の前に結界を張り、その中を感知し、異常が無い事を確認してから、オルヴァ拠点に残した体を招喚する。

そして、招喚した体に入り込めば、これで無事転移完了。

最初に来訪した時は1週間掛かった神の国へ、1時間も掛からず到着。

俺も大概だな(^^;

「さ、来たわよ。良い?私は約束守ったんだから、貴方も約束は守るのよ。」

「やくそくって……、ええと、緊急事態以外では急にはなしかけない。だいじょうぶ。僕、やくそくはまもるよ。」

つい子供扱いしてしまうが、本当に子供な訳じゃ無いからな。

……まぁ、俺が何で話し掛けられたく無いかまで理解出来るほど、大人でも無いと思うが(^^;

「それじゃあ、今日は一緒にヨモツヒラサカまで行ってあげるわ。」

「よもつ……ひらさか?何、それ。」

「ん?あぁ、ごめんなさい。あの魔界が見える鏡の場所よ。私の故郷の神話にね、似たような話があったから、ついね。」

黄泉平坂。実際には黄泉の国に繋がっている訳では無いが、初代の主神は死者の国へ繋ぎたかったと聞いたので、連想してしまったのだ。

「名前があった方が判りやすいと思うんだけど、嫌なら止めるわよ。」

「ううん、ヨモツヒラサカ、それでいいよ。いままでは、僕ひとりのひみつだったから、なまえなんて必要なかったんだ。でも、いまはママと僕のひみつだから、なまえがあったほうがわかりやすいね。」

「ありがと。それじゃ、行きましょうか。」

そうして、俺はヨモツヒラサカをオルヴァドルと一緒に確認し、その後一緒に都を見回りと言う名目で散歩したり、ダヴァリエとアルスとも再会したり、その日一日を一緒に過ごした。

まだキャシーに報告しに行っていないので、デイトリアムは避けた(^^;

それから、陽が暮れる前にはちゃんとライアン邸に帰宅。

……俺はまだ、一日だってライアンと離れていたく無いからな。


4


こうして、ひと月に1回程度は神の国へ行く事になったが、基本的な生活スタイルは変わらない。

ただ、さすがに家事全般は女中さんたちに任せ、昼間は魔導研究や拠点巡りなどを再開する事に。

夜はともかく、いつまでも新婚気分では何も進まないからな(^^;

いや、思考加速があるから、色々シミュレーションはしていたけどな。

折角デイトリアムに逢って得た知見を、無駄にしたく無いから。

だから、二重詠唱を使う新しい発想はいくつか浮かんでいる。

後は、実践してみるだけだ。

ちなみに、かなり便利な思考加速だが、使い手は少ない。

前にも言ったが、とにかく脳が疲れるのだ。

先のダヴァリエとの模擬戦でも使いはしたが、特に実戦で使うのは難しい。

効果は絶大だが、下手をすれば意識を失ってしまうほど脳が消耗するので、戦闘では命取りになりかねない。

シンクの時、一度意識を失っているからな(^^;

間違っても、悠長にあれこれ考えてはいられない。

だから、こうして安全な場所で研究に使うのが一番だが、それでも消耗が激しい事に変わりは無い。

俺は勇者ボディのお陰で低Lvの頃から使いこなしていたが、普通は無理だ。

よって、俺が知る限り思考加速を使っている知り合いはいない。

めっさ便利でチートっぽいけど、リスクが高過ぎて使いこなすのも難しいから、俺はあくまでレアケースである。

そしてそう、デイトリアムだ。

そろそろ、キャシーに報告してやらないと。

ずっとオルヴァにいたから、キャシーとオーガンは放ったらかしだ。

デイトリアムから得た知見は、共同研究者と共有しなくては。

と言う事で、今日はモーサントまで飛ぶ事にした。


さて、モーサント拠点まで飛んで体に入り直した後、俺は早速新しい魔法を試してみる。

まずは新型フライだ。

フライの魔法は皆さんご存知の通り、空は飛べるがMPの消耗が激しく、姿勢制御も難しい為使いものにならない代物だ。

そのままでは役に立たない。

そこでまず、フライで最低限浮かぶ効果を得る為の魔力回路を形成する。

その後、ふたつ目の魔力回路で、風の精霊に働き掛ける。

宙に浮いている俺自身を、風の精霊の力を借りて吹き飛ばして貰うのだ。

もちろん、その加減を調節して、ただ吹き飛ばされるだけで無く、姿勢制御を風の精霊とのやり取りで行う。

これで、一度発動した後は大きなMP消費を必要とせず、姿勢制御だけに集中して空を飛べるようになるはずだ。

ここまでは、シミュレーションしただけ。

後は実践あるのみ。

二重詠唱でフライと風の精霊への呼び掛けを同時に発動し、まずは中空へと打ち上げて貰う。

俺の周りで強風が吹き荒れ、一気に10mほど上空まで飛び上がる。

……おぉ、成功だ。しかも、何もしなくても、その場で滞空し続けられるようだ。

俺の周りを取り巻いている、風の精霊のお陰のようだな。

良し、情報伝達はイメージを伝える事で行ってみよう。

頭の中で、優雅に飛び回る自分の姿を思い浮かべる。

すると、一気に加速したり旋回したり、思った通りに風の精霊が操ってくれた。

これは良い。あの有名な舞空術のように、自由自在に空が飛べるぞ(^∀^)

俺の自然回復力を以てすれば、MP消費も皆無だ。

……うん、ただし、これは飛行専用だな。

とても、空中戦には使えない。

フライも風の精霊への働き掛けも、どちらも継続使用の魔法だから、魔力回路がふたつ埋まってしまうからだ。

新型フライでの飛行中に、魔法戦は出来無い。

解除しても墜落までしばらく猶予があるので、空間固定で足場を作ったり、短距離空間転移くらいは出来るだろう。

あくまで、高速移動用の魔法として使い勝手が良い魔法だな。

一々グリフォンをクリエイトしなくても、簡単に空を飛べるようになった訳だ。

ちなみに、パーフェクトステルスに組み込んである魔法は不可視だけなので、不可視のみを除外すればステルス飛行も可能だ。

まぁ、風の精霊を纏っているので、魔力方面からは探知されるだろうけど。


そして、次の新型魔法だ。

これには、前段階が必要となる。

だから取り敢えず、空間固定してその場に足場を作った。

それから、空間感知の魔法を広域展開。

周囲の状況をしっかり確認する。

……ふむ、ガリギルヴァドルのいる遺跡周りには、誰もいないな。

森エルフの森の中には、動物くらいしか生命反応は無い。

今度は、方向を絞ってモーサントを探知する。

メイフィリアやヨーコさん、キャシーもちゃんといるな。

……クリスティーナはまたいないのか。

そう言えば、モーサントがクリスティーナの根拠地と言う割には、モーサントでクリスティーナと逢った事は無いんだな(^^;

本当に、生きた伝説の勇者ってのは、大忙しだ。

良し、それでは、ポーラスター邸上空を確認。

目標座標固定。第1魔力回路で俺を結界で包む。第2魔力回路で目標座標に転移。発動!

……俺は、足元を確認してみる……良し、ポーラスター邸確認。成功だ。

そう、新型魔法はテレポートだ。

今までは、ザ・フライな事故を警戒して、リスク回避で行わなかったテレポート。

目標座標を目視して発動する短距離空間転移や、転移元転移先どちらでも結界を張って感知で安全確認を行うアストラル転移後の物質体招喚と、今まではリスク回避を徹底していた。

そのリスクとは転移先での事故であり、新型テレポートでも警戒はしている。

前段階として、空間感知で目標座標を確認。

転移自体は、結界を張って結界ごと転移する事で、転移先でのアクシデントを防止。

事前確認で*いしのなかにいる*のを避け、結界でアクシデントから自分の身は守る。

転移先に何かいたら、そいつは非道い目に遭うだろうけど(^^;

しかしこれで、もっと気軽に転移が出来る訳だ。

まぁ、空間感知を必須条件としたので転移可能距離は10kmまで、視認出来無いから空間感知ではっきりと目標座標を確認出来る広い場所を転移先に指定する方が安心だから、転移先は屋外が望ましい、と言った制限はあるが、短距離空間転移よりは遠くまで飛べ、アストラル転移よりは手間要らず。

利便性は向上する。

ま、アストラル転移ならオルヴァからニホン、ジェレヴァンナの森など、何千kmも何万kmも一気に飛べるのだから、新型テレポートだけで済むようになる訳じゃ無いけどな。

それでも、気軽に飛べるのはありがたい。

オルヴァからアーデルヴァイト・エルムスまでなら、新型フライと新型テレポートだけでも短時間で辿り着けるだろう。

常夏の楽園アーデルヴァイト・エルムスの空を行くなら、それ自体が小旅行とも言えるしな。

良し、取り敢えず、新型魔法ふたつは上々だ。

ポーラスター邸にも到着した事だし、早速キャシーに報告と行こう。


俺は、勝手知ったる他人の家なので、ずかずかと中へ入って行きキャシーの下へ。

「キャシー久しぶり。今日は報告があって来たわよ。」

キャシーはぼさぼさの髪を振り上げて、突っ伏した机から顔を上げた。

「……あ、あらルージュ先生、おはよう御座います。お久しぶりです。」

キャシーの周りは資料の山になっており、どうやら食事や睡眠、入浴など、色々疎かになったまま研究に没頭していたようだな(^^;

「キャシー、貴女10代に若返ったんだし、もう少し身だしなみとか考えて、新しい恋でもしてみたら?」

「恋……ですか?どうしたんです、突然。」

あ、何言ってんだろ、俺。ちょっと色ボケ入ってるな(-Д-;

「あはは、いえ、違うの、今の無し。今のは忘れて。こっちの話。」

「はぁ、……それで、今日はどうしたんです?」

「そう、それよそれ。見付けたわよ、デイトリアム。彼、生きてたわよ。」

ガタッ、と勢い良く立ち上がろうとして、勢い余って倒れるキャシー。

……そのままの姿勢でずっといたんだろうな。

少しは動かないと、また老けちゃうぞ(^^;

「ほ、本当ですか、先生!一体、今どこで何をしておられるんです?」

「いたのは神の国、今の彼は神族の一員みたいなもの、本当、面白い事になってたわ。」

「……え?神の国?神族???」

「ちゃんと詳しく話してあげるから、顔だけでも洗ってらっしゃい。ちょっと早いけど、一緒に昼食でも食べましょうか。」


デイトリアムが神の国へ行き、そこで神族の体を借りて延命した結果、彼なりに長命化には成功。

アストラル体がひとつの物質体に同居する事により、神族から受ける影響と言う副産物を発見。

それから一応、やはり記憶再生はデイトリアムが創ったもので、四重詠唱はふたつの頭脳を使ったズルだった。

と言った事を、トーストにレタスとトマト、チーズ、オムレツを挟んだサンドイッチを食べながら話して聞かせた。

キャシーはかなり食事をするのも忘れていたようで、お腹に詰め込むように次々サンドイッチを頬張りながら、目と耳は俺に釘付けのまま聞き入っていた。

話が一段落すると、濃いめに淹れたコーヒーで口の中のものを一気に流し込み、思い切りむせた後、キャシーは人心地付いたように椅子に深く座り直した。

「えほっ……、そうですか……。何とも、お師匠様らしいですね。」

「結局彼は、人間族の長命化は果たせなかった。でも、別の可能性を見せてくれたわ。ズルはしてたけど、記憶再生も素晴らしい恩恵だし、本当に凄い賢者ね。」

「えぇ……、でも、物質体のみでは無く、アストラル体からの影響まで加味して考えれば、やはり私の研究とルージュ先生の研究を複合的に掛け合わせる事で、まだまだ色々な可能性が生まれそうですね。」

「それはそうだけど、あんまり根を詰め過ぎないでね。若返って寿命を延ばしておいて、過労で死んじゃったら笑い話にもならないわよ。」

「す、すみません。私、昔から夢中になっちゃうと、周りが見えなくなっちゃって。」

「それだけ集中出来るのは凄いけど、体を壊しちゃ元も子も無いからね。それに、貴女ギルドマスターでしょ。ちゃんとギルドに顔出してるの?」

「あっ……、……、……すみません。まぁ、昔から良くやるんで、報せが無いって事は、ギルドの方で特に問題は起こっていないと言う事かと……。」

「……部下が優秀だと助かるわね。」

「面目無い。」

すっかりしょぼんとしてしまったキャシーだが、研究者としては俺なんかよりよっぽど優秀かもな。

キャシーと、そしてオーガンのふたりに任せておけば、長命化の研究の方は大丈夫だろう。

「さっきの話と、これまでの研究をレポートにまとめて頂戴。」

「え、どうしたんですか、急に。」

「私は簡単に行き来出来るけど、キャシーとオーガンは気軽に会えないでしょ。貴女のレポートを届けて、その後オーガンにもレポートを提出させるわ。私と貴女、そしてオーガンは、それぞれ似た研究はしていても、微妙に目指しているものが違うわ。オーガンの場合は、医者としての視点が中心ね。それぞれ違う考えを持っているからこそ、違う発想も生まれる。本当はもっと頻繁に情報の共有化をしたいんだけど、私しか転移は出来無いからね。せめて、レポートで共有化しておいて貰いたいから。」

「そうですね。判りました。レポートにまとめる事で、自分自身情報の整理も出来ますから、早速取り掛かります。ただ、ひとつお願いして良いですか?」

「え、良いわよ。私に出来る事なら何でも言って。」

「私もアルケミーを始めてみようと思って。やっぱり、アストラル体と物質体、両面からのアプローチが必要だと思うので。」

「うん、それで。」

「先生は貴重な試料をお持ちですよね。それを私にも分けて頂けませんか?出来れば、魔族、神族、古代竜、ハイエルフの試料があれば、特に有用だと思うんです。」

「なるほど……。」

そう言えば、この間シロに逢った時、鱗の1枚でも貰えたら、なんて考えていたんだが、すっかり忘れていたな。

魔族のエリート種はストックがある。

ハイエルフはジェレヴァンナに確認してみないとな。

神族はオルヴァドルにでも頼んでみるか。

体が大きいから、爪を切って貰うだけでも充分だ。

「そうね、判った。最近私は多重詠唱の研鑽ばかりでホムンクルスの培養とかはしていなかったし、そっちもキャシーに任せられれば心強いわね。その辺の当てはあるからその内持って来るけど、古代竜は改めてシロにお願いするとして、今クリスティーナが街にいないみたいなんだけど、貴女何か聞いてる?」

「勇者クリスですか。……あぁ、そう言えば、何週間か前にまた出たみたいなんです。10年前と同じような大型モンスターがミシティア公国に。それでまた要請を請けて出掛けられたみたいですよ。」

あぁ、あの実験体たちか。

また、って事は、あの辺でそんな研究をしている傍迷惑な魔導士でもいるのかも知れないな(^^;

ミシティア公国はこの10年で独立して、今は余裕も無い状態だったな。

となれば、あの時と同じように、勇者クリスに全てお任せ、となっても止む無しか。

本当に勇者ってのは大変な仕事だな。

……しかし変だな。

さっきも、クリスティーナがいないと思った時、違和感を覚えたんだよな。

クリスティーナがいないって事は、当然シロもいないはず。

だが、近くに古代竜の気配を感じる気がするんだ。

まさか、シロの他に古代竜がこんなところに……あ、まさか……。

俺には、ひとつ心当たりがあるのだった。


5


キャシーと別れて、俺は今南へ向かい空を飛んでいた。

改めて色々試してみたが、かなり最高速度は速いけど、風の精霊にお願いしているだけだから、速度を上げてもMP消費は変わらない。

しかも、風は俺を覆うように吹いているので、言ってみれば風の結界が包んでいるようなものだから、その中は寒く無い(^^;

グリフォンで飛ぶより、ずっと快適だな。

新型フライを試しながらだったが、あっという間にアークハイム上空に達する。

足場を作り、改めて気配を探ってみる。

……あの鉱山跡だ。

おいおい、マジか。

もう、あれから4か月近く経つだろ。

そんな馬鹿なと思いつつ、俺は確認の為に鉱山跡へと入って行く。

入り口近くには、ダークエルフの遺体が残っていた。

かなり腐敗が進み、所々骨が剥き出しになっている。

さすがに、これを試料として持ち帰るのは止めておこう(^^;

そしてその奥、俺がクリスティーナたちと再会を果たしたあの場所では、今尚怪獣大決戦が好評上映中であった(^Д^;

いくら永劫を生きる古代竜とは言え、4か月も戦い続けているとは。

そう、クロである。

自分と同じ能力を持つドラゴンゾンビを相手に、まだ戦っていたのである。

「はぁ~い、お久しぶり。まだやってたの?」

俺は気軽に声を掛ける。

「あ、貴様……ついに戻って来たな……今すぐ殺してやる……。」

随分、お疲れのようである(^^;

「私はこの子を足止めにクリエイトしたけど、まさかこんなに長く足止め出来るとは思ってなかったわよ。」

肩で息をしながら、クロは恨みがましい目をこちらに向ける。

「ふざけるな……。自分と同じ力を持っていて、ゾンビだから疲れ知らずで高い再生力まで持つ。こんな奴……どうすりゃ良いんだよ……。」

逃げろよ(^^;

プライドが邪魔するのか知らんけど、さすがにもう少し早く逃げる事を考えろって。

「幸い……俺の攻撃力で俺の防御力を上回れないから、防戦し続ける限りやられる事は無いけどな……もうこんな状態が3か月以上……さすがに疲れたよ……。」

何とまぁ長い間、馬鹿正直にまともにやり合っていた事か。

それはそれで凄いけど、千日手状態だな。

「はぁ、全く、貴方はそれでも誇り高き古代竜なの?もう少し頭を使ったら?」

「う、五月蠅い……。爺ぃみたいな事を言うな……。」

爺ぃ?古代竜にも、長老みたいなのがいるのかな?

「あ~もう、良い?この子に与えた命令は、目の前にいる“竜”を倒せ、よ。倒せたり逃げられたりしたら、勝手に自壊するわ。逃げれば済んだのよ。」

ギロリと睨み付けて来るクロ。

「俺が逃げる訳無ぇだろうがっ!……はぁはぁ……。」

見上げた根性、と言って良いのかな?

「逃げたく無いなら、人間に化けても良いのよ。戦略、戦術の一環として、そう言う選択肢は思い付かなかったの?」

「な?!……ふん、馬鹿な。人間に化ければその分弱くなる。お前、俺を騙す気だろう。」

「……騙すも何も、その気だったらこの子と睨み合ってる最中に、適当な魔法をぶち込んでるわよ。別に私には、貴方を殺す気なんて無いわよ。」

気の抜けた竜の顔は、初めて見た(^^;

「……そ、……そうなのか……?お前、俺を殺す気だったんじゃ……。」

「シロたちを逃がす為に、足止めでこの子を創っただけよ。シロも、貴方を倒す必要は無いって言ってたしね。」

「ほ……本当か……?本当に、人に化けるだけ……?」

「ふぅ、やれやれね。ドラゴンゾンビ、追加命令よ。一時待機まて。」

動きを止めるドラゴンゾンビ。

あ、ちなみに、クロと話している最中も、こいつはずっと攻撃の手を緩めてはいなかった(^^;

中身が空っぽだから、命令に忠実だ。

ひと息継ぐクロ。

「よ、良し。それじゃあ、試してやる。べ、別に、お前の事を信用した訳じゃ無いんだからな。」

お前はツンデレか(^ω^;

見る間に縮んで、人型になって行くクロ。

しかし、以前見た時よりも、さらに竜っぽい。

疲れている所為だろうが、もしかしたらクロは人に化けるのが苦手なのかも知れないな。

あの時、竜の気配丸出しだったのは、隠す気が無かったのでは無く、シロみたいに上手く隠す事が出来無いだけだったのかも知れない。

目の前から竜が消えたドラゴンゾンビは、崩壊を始める。

適当にその辺の土塊が寄り集まってゾンビになっていただけだから、簡単に塵と化す。

思わず、腰が砕けるクロ。

「マジかよ……俺の苦労って、一体何だったんだ……。」

もう人の姿でいるのも疲れたのか、その姿がどんどん膨れ上がり……3m程度の大きさの竜となる。

「……小さいわね。……あ~、もしかして。もしかしたら……それが貴方の本当の姿なの?」

疲れ切った目でこちらを見下ろすクロ。

「……悪いか。確かに俺は小っちゃいけどな。古代竜最強だぞ……。」

「永劫を生きる古代竜……私はてっきり、全ての個体が成竜だと思い込んでたけど……違うのね?」

「悪かったな。俺は一番若くて、まだ1000年も生きていねぇ~よ。でも最強だぞ。爺ぃはもう老いぼれだし、あの澄まし野郎は挑発しても戦おうともしねぇ。他の奴らも、皆平和主義者気取りやがって。古代竜の誇りは何処にやったんだ。俺たちは、神にも悪魔にも並ぶ地上最強生物だぞ。」

う~ん、判りやすい若さって奴だな(^^;

シロがあんまり関わりたく無さそうだったのも頷ける。

そして、竜の気配丸出しだったのも、4か月も同じ事を繰り返していた順応性の低さも、全ては未熟故であったのだ。


それはそうと、さすがに4か月近くも戦い続けていただけあって、周りはその名残だらけだ。

俺は、適当にその辺に落ちている、クロの鱗を掻き集める。

「……何してるんだ?」

「え?見て判らない?落ちた貴方の鱗を集めてるのよ。良いでしょ、貰っても。落ちた鱗なんか要らないでしょ。」

「まぁ、確かにそんな物は要らないが……、一体何に使うんだ?」

「何って、古代竜の鱗よ。貴重な素材じゃない。武器にだって防具にだって使えるし、特殊なアイテムだって作れるかも。かなり高額で取引されるのよ。私は別の使い方するけどね。知らないの?」

「五月蠅ぇ。人間の世界の事なんか知るか。」

「ふ~ん……、ねぇ、だったら、私と一緒に人間の街に行ってみる?」

「……は?」と、間抜けな顔をするクロ。

「何でそうなる。俺様は誇り高き古代竜だぞ。何故、人間の街なんかに行かなきゃならねぇんだ。」

「社会勉強よ。貴方、人間の事を知らないから、人間に化けるのも下手なのよ。でも、わざわざ人間に化ける能力持ってるんだから、有効に使わなくちゃ勿体無いじゃない。それに、もう少し人間らしくしたり、古代竜の気配を隠せるようにならなきゃ、強くなれないわよ。今のままじゃ、シロに全然敵わないわ。」

「シロ?……あぁ、ルグスヴォルテムの事か。俺はあいつよりも強ぇぞ。」

ルグスヴォルテム?それがシロの本名なのか……いや、少し違うな。

「ねぇ、確か古代竜って、真名マナを持ってるわよね。ルグスヴォルテムって言うのは、シロの物質界における呼び名って事?」

「……お前……、そんな事まで知ってんのか。」

真名ってのは、読んで字の如く真の名前だ。

フィクションでもたまに登場する概念だ。

魂に刻まれた真実の名前の事で、作品によっては生きとし生ける者全てが持っているとする場合もある。

本人すら知らぬ事もある真の名前であり、それを他人に知られる事は避けねばならない。

何故なら、真名を知られてしまうと、支配されたり殺されたりしてしまうからだ。

その者の本質を司る名前であり、真名を縛られる事は相手に隷属する事を意味する。

この世界の存在がどうなのか実際のところは知らないが、俺にはそう言うフィクションから得た知識があり、こちらで読んだ信憑性の低い文献の中で、そう解釈可能な内容が読み取れたので、もしかしたらと考えていた。

鎌を掛けたつもりは無いのだが、すっかり本当の事だと思い込んで話してしまった(^^;

結果、本当の事だったようだ。

期せずして、古代竜からお墨付きを頂いてしまったな。

「お前の言う通り、お前がシロと呼んでいるのがルグスヴォルテムだ。真名なんて他人が判るもんじゃ無い。いや、自分でも自分の真名なんか判らん。そう言うのは、特別な力を持つ神のような存在が見抜いたりするもんだ。」

なるほど。それを縛られたら、一切の抵抗も許されず支配される代物だ。

簡単に読み取れるようなもんじゃ無いよな。

……俺はほとんど、アヴァドラスとは話していないのに、あいつは俺の事を異世界から来たと言った。

正に、神のような存在が見抜く、ってのは、あぁ言う事なんだろう。

「それから、俺の名はガルドヴォイドだ。クロじゃ無ぇ。」

「そう、ガルドヴォイドね。判ったわ、クロ。」

「手前ぇ……。」

「貴方、さっき自分はシロより強いって言ったけど、力だけならそうなのかも知れない。でも、貴方じゃシロには勝てないわ。」

「何だとっ!俺があの澄まし野郎に勝てないってのか!」

「えぇ、そうよ。貴方、力は強くても全然戦い方がなってないわ。まだ子供って判ったから納得。経験不足よ。」

「ふざけんな!俺様は強い!あんな奴には負けん!」

「負けるわよ。さっきだって貴方、一時撤退するだけでゾンビは勝手に自壊したのに、プライドが邪魔して負けそうだったじゃない。放っておいたら、ゾンビは疲れ知らずだから貴方ジリ貧よ。」

「そ、それとこれとは……。」

「戦いにおいて、柔軟な発想は勝敗を分ける重要な要素。それを身に付ける方法のひとつは、豊富な人生経験。若さには、メリットもデメリットもあるのよ。その点、シロは強いわよ。だって、クリスティーナと一緒に行動するようになって、人生を楽しんでいるもの。貴方が以前知っていたシロよりも、今のシロの方が絶対に強い。」

「……ふんっ、良く判らんな。戦いは力だ!力が強い者が勝つ!」

やれやれ。ドラゴンゾンビとの戦いから、何も学んでいないのか。

力、力ねぇ……。

「……ねぇ、クロ。貴方、私の事舐めてるでしょ。」

「は?どう言う意味だ。」

「こいつは厄介な魔法を使うから苦手だけど、こいつが強い訳じゃ無い。そんな風に思ってるでしょ。」

「……だって、そうだろ。確かに、あのゾンビは強かった。だが俺は、お前に負けた訳じゃ無ぇ。」

「……相手の複製なんて、簡単に創れる訳無いじゃない。あんなの、格下相手にしか通じないわよ。」

「何だと、貴様っ!俺様を格下呼ばわりするのかっ!」

これには怒ったクロが、まだ疲れが抜け切らないまま立ち上がろうとする。

「貴方みたいな跳ねっ返りには、言葉よりも実力を示した方が早いわね。良い?死ぬんじゃ無いわよ。」

そして俺は、まずクロたちが戦っていたこの広い空間を覆うくらいの球状結界を張り、外への影響を封じ込める。

それから、力を開放して行く。

神の国では、大体50%くらい開放して殺気を込めたが、今回は全開にしてみる。

クロに己を知らしめる意味もあるが、一度全開状態を確認してみたかったからな。

ただし、あくまで全開であって全力では無い。

力ってのは、戦いの時にはもっと上昇するもんだ。

今やるのは、普段魔力や闘気、気配などを1割程度に抑えて生活しているものを、100%の自然体に戻すだけ。

力の抑制を止めるだけ。

それでも、結界内の空気と大地が震える。

開放が進んで行くと、空気の流れなど無いのに爆発するように風が巻き起こる。

俺を畏れて、空気が逃げ出すかのように。

大地が悲鳴を上げて、地響きが起こる。

これ以上は耐え切れないと、足元の地面が割れる。

だが、心は静かだ。

力を抑えるのを止めただけだからな。

試しに、この状態で自分の能力値を確認してみる。

……バグッてる(^^;

Lvや経験値、各能力値が、まともに表示されていない。

俺はいつの間にか、壁の先を歩くどころか、さらなるその先まで進んでしまったようだな。

アストラル体だけが、歪に成長し続けた結果か。

もう俺には、Lv50の壁がどうしたなんて、関係無い話のようだ。

Lvなんて目安。それどころか、この領域まで来るとLvなんて無意味だ。


気になってクロを見てみると、目を見開き、口をあんぐりとさせて、俺の上の方を見ている。

どうやらクロには、俺が巨大に見えているようだ。

アストラル体から感じるものってのは、物質体に縛られないからな。

だが、大したものだ。驚いて面白い顔にはなっているが、体は震えていない(^^;

……俺は、古代竜すら超えるほどの存在になった。

だが、そんな俺でも、あのアヴァドラスから見れば、精々お気に入りの玩具でしか無い。

ヨモツヒラサカにおいて、魔法の鏡越しに感じるアヴァドラスの瘴気すら、今の俺を凌駕する。

奴には、感謝しなければなるまい。

奴のお陰で、古代竜より強い人間となってすら、上には上がいると思い知れる。

増長しないで済む。

俺は強い!……そして弱い。

やはり、悪魔だけは駄目、絶対。


気付けば、そろそろ結界の方が限界みたいだ。

自分が張った自分の力を封じる結界が壊れそうになるなど、我ながら馬鹿げた力だ。

こんなもん、外で全開になんて絶対出来無いな。

……徐々に、少しずつ、力を抑えて行く。

いつも1割程度を目安に抑えながら生活しているので、力を抑える事にはもう慣れている。

そもそも、最初からステルスに徹するスタイルで成長して来たから、尚更だ。

しかし、俺の力は想像以上に強くなっていたようだ。

1割なんて言わず、1%まで抑えてみよう。

良し、これでもう周りに影響など与えないだろう。

俺の傍から逃げていた風の精霊たちが戻って来るのも感じる。

ごめんな、怖い思いをさせて。

これからも、よろしく頼むよ。

精霊は力で抑え付けるよりも、こうして仲良くなって力を貸して貰う方が、より強い精霊魔法が使えたりする。

優れた精霊魔法使いほど、精霊とは仲良しだ。

さて……。

「……どう、クロ?これでも、私より貴方の方が格上だと思う?」

目を見開き、口をあんぐりさせたまま、こちらを向いて静かに首を横に振る。

「そう、良かった。上には上がいる、それが世界よ。私よりもさらに上もいるんだからね。」

そう言って俺はクロに近付いて行くが、クロは思わず後退りしかける。

「少しは私の言う事聞く気になったかしら。回復したら、私と一緒に街まで行きましょ。判った?」

まだ目は見開いたまま、口もあんぐりして閉じられないまま、クロは首肯するのだった。


つづく

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