第五章 おまけ ライアンサイド
1
最近はだんだんと、寒さが堪えるようになって来た。
夏場であれば、暑さでもう少し早く起きられるのだが、地球にいた頃からの習慣で、どうしても朝は弱い。
女中頭のキンバリーさんは、4時には出勤してくれているそうだから、主人である僕ももう少し早く起きた方が良いと思うんだけど。
お国の為にと軍に志願した事もあったのに、規則正しい生活に馴染めず3年持たなかった。
朝くらいゆっくりしたいから、結局夜の仕事ばかりだった。
まぁ、バーテンダーは性に合っていたから、後悔はしていないけど。
クリスティーナの食事は美味しかったけど、毎朝叩き起こされるのは辛かったな。
そのお陰で強くなれたから、文句は言えないけどね。
……ヒデオは朝早かったな。
僕が寝ている間から勉強をして、遅く起きた僕に合わせて剣の稽古。
朝早いから夜寝るのも早い、と思っていたら、夜は夜で出歩いていたな。
とても頑張り屋さんだったけど、多分性格の問題じゃ無い。
何か、秘する想いがあったんだ。
だから、彼は
その想いを遂げる助けに、僕はなれたかな。
……しかし、心配だ。
凄腕諜報員であるアイゼナさんがその消息を見失うなんて、一体何があったんだろう。
ヒデオの事だから生きているとは思うけど……、生きていてくれよ、ヒデオ。
ぐだぐだと考え事をして少しずつ頭を覚醒させて行き、ようやく起き出す。
はぁ、毎日毎日、勇者の仕事、司教の仕事、自分で選んだ道とは言え、自由に出歩けないのは辛いな。
教国内だけとは言え、司教になる前は勇者として各地を回れたけど、今はお役所仕事ばかりだ。
隙あらば私腹を肥やそうとする奸物ばかりで、睨みを利かせておく必要もあるし、最初はヒデオを助ける為だったんだから仕方無いけど。
ヒデオのやり方は常識外れだが、その本質は正しいと思う。
あのエーデルハイト司教を常識的な手段で断罪するなど、到底出来はしなかったろう。
だけど彼には、違う目的がある。
せめて、フォローはしてあげたい。
……良し、今日も頑張ろう。
大丈夫。あのヒデオの事だ。
ニホンで死んだなんて事は無いはずだ。
アイゼナさんに任せておけば、きっとヒデオを見付けてくれる。
今は信じて待つしか無い。
そんな風に考えていたのに、それは突然やって来た。
!!!……、……、……ヒデオ……、間違い無い、この気配はヒデオだ!
生きていたんだ。帰って来たんだ。
……しかし、凄いな。
ヒデオの動向は報告で聞いていただけだから、ヒデオの気配なんて久しぶりに感じたけど、僕が出会った誰よりも強いじゃないか。
……そうか。彼の目的、それが何かしら形になったんだな。
あんなに努力して魔法の勉強もしていたし、きっと僕なんか及ばないほど強くなったんだ。
あぁ、凄いな、ヒデオ。
あ、彼は僕に逢いに来るだろうか。
別人の仮面があるとは言え、多分ヒデオは昼日中に訪ねて来たりはしないよな。
良し、それじゃあ、夜いつ来ても良いように、ひとりになって待っていよう。
家に人がいたんじゃ、警戒して来てくれないかも知れない。
僕は早速、キンバリーさんを探す。
「キンバリーさん、キンバリーさん、いますか?」
屋敷の中を歩き回って声を掛けると、すぐさま彼女は現れた。
「ライアン様、ご用がおありなら自室にお呼び出し下さればよろしいのですよ。」
キンバリーさんはいつも凛々しくて、自分にも周りにもとても厳しい。
少し怖いくらいだけど、それは周りを思っての事だろう。
とても信頼出来る女中さんだ。
「すみま……、えっと、うむ、判った。いや、そうじゃ無くてですね。急で申し訳ありませんが、今日からしばらく、夕食を作り終えたら皆には早くお帰り頂きたいんですけど……お願い出来ますか?」
じろり、とこちらを睨むキンバリーさん。
はは、主人にも物怖じしないところなんか、本当に信頼出来るところなんだけど、少し怖いね(^^;
すると、急に笑顔になるキンバリーさん。
え、何それ、凄く怖い(゚Д゚;)
「畏まりました、ライアン様。それでは、腕によりを掛けてディナーのセッティングを致します。それで、どちらのお嬢様なのですか?」
ん?……、あぁ、そう言う事か。
彼女には、僕の母親代わりと言う意識もあるのだろう。
浮いた話ひとつ無い僕が、初めて女性を家へ招くと思ったんだな。
でも、ごめんね、キンバリーさん。
僕はゲイだ。
いや、女性と付き合った事もあるし、彼女と関係も持った。
別にその事に違和感も持たなかったから、多分バイなのだろう。
でも、やはり男性に魅力を感じる事が多い。
俗物的な言い方になるが、僕がヒデオに便宜を図るのも、彼に好かれたい一心だ。
もちろん、最初は勇者を素体にした彼を格好良いと思っただけだが、彼に付いて色々教えている内に、彼の人となりに惹かれて行った。
好きになって貰いたくて背伸びをして良い人ぶったけど、男が男を好きになるなんて、中々理解して貰えないからね。
ヒデオも、僕に好意を向けてくれるのは、あくまで友人としてだ。
それでも、嫌われるよりずっと良い。
だから、全力でヒデオを助けてあげて、好きになって欲しかった。
でも、この気持ちは伝えられない。
ゲイである事を、男性が好きな事を、打ち明けるのはとても難しい。
今まで僕が好きになった人たちは、皆打ち明けると離れて行った。
一緒にいられなくなるくらいなら、友人としてでも好きになって貰い、一緒にい続ける方が良い。
だから……、だからヒデオも、友人として迎えるんだ。
残念だけど、キンバリーさん、恋しい人を迎え入れる事は出来無いんです。
「すみません、キンバリーさん。違うんです。懐かしい友人が訪ねてくれるだけなんです。いえ、本当に訪ねてくれるかどうかも判らないんですが。」
きりっ、と再び表情が引き締まるキンバリーさん。
「一体、どう言う事でしょう。」
「えぇと、その……。知らせを受けたんです。その友人がこの街へ帰って来ていると。帰って来たならきっと逢いに来てくれると思うんですが、直接本人と約束した訳では無いので、今日来るか、明日来るか……いえ、来てくれるかどうかも、その……。」
……言っていて不安になって来た。
ヒデオは、本当に僕に逢いに来てくれるだろうか。
きっと、何か目的があって帰って来たはずだ。
僕に逢わずに、行ってしまったりしないだろうか……。
「そうですか……。しかし。」
と言って、また満面の笑みを浮かべるキンバリーさん。
「とても大切なご友人なのですね。ライアン様がそんな風に喜ばれたり憂いたりするお姿を初めて見ました。まだ想いを伝えていないお相手、と言う事なのですね。お訪ね下さるとよろしいですわね。」
……僕、顔に出ていたみたいだな。
有能な人間には敵わない。
それで助かっているんだけど、こう言う時は困りものだ。
「……打ち明けられない気持ちと言うものもあるんですよ、キンバリーさん。相手に迷惑は掛けられませんし。」
「……貴方ほどの英雄に見初められて、困る女子などおらぬでしょうに。」
「はは、確かに私はモテますよ。ただ、想い人にだけ好かれない運命なんです。」
きっ、と睨み付けて来るキンバリーさん。
「何を気弱な事を言っておいでなのですか。恋も戦いで御座いましょう。勇者ライアンが戦いから逃げてどうするのです。」
……本当に、有能な人は困る。
そんな核心を突かれたら、押し殺していた気持ちが抑えられなくなるじゃないか。
「でも、本当に訪ねてくれるかどうかも判りませんし。」
「ご自分から、逢いには行かれないのですか?」
「さすがに、私は目立ち過ぎます。ここオルヴァでは特に。」
「……それは、そうですわね。」
それに、ただの友人だと思っている相手が、帰還の報せも送っていないのにいきなり逢いに来るなんて、ヒデオが困るかも知れない。
……そうだ、彼は逢いに来ると知らせて来ない。
やっぱり、僕に逢いたいと思ってくれていないのかも……。
「判りました。」
「え!?」
「それでは、これから毎日、特別なディナーをご用意して館を早めに辞しましょう。いつご友人がお訪ね下さってもお困りにならないように。待つしか無いと言うのなら、いつまででもお待ちしましょう。」
「キンバリーさん……、ありがとう御座います。」
「お止め下さい!私はただの使用人ですよ。使用人に礼など言ってはいけません。」
僕は、そっとキンバリーさんの手を取る。
「そう言う堅苦しい、古い慣習を正していくのも、勇者ライアンの使命だと心得ています。感謝すべき時には身分に関係無く感謝する。私はこの国をそう言う国にしたいんですから。」
そうだ。僕にも使命はある。
ヒデオにも何か志があって、もしかしたら僕の下へは来ないかも知れない。
それでも、僕はヒデオを応援する。
ヒデオが僕を好きかどうかじゃ無い。
僕がヒデオを好きなんだから、それで良いのだ。
ゲイの恋が報われない事など、珍しい事では無いのだから……。
2
あれから1か月、ヒデオは来ない。
いつ来るか、いつ来るかと、まんじりともせず夜を過ごし、夜が明けてしまえば人目を忍んで来るはずのヒデオの訪問は期待出来無いので、そのまま眠気覚ましに部下に朝稽古に付き合って貰う。
すっかり朝早い生活サイクルになってしまったが、まともに眠れていないので1日中眠い。
しかし、彼は来ずとも去りもしない。
きっと、何か用事があって、忙しくしているのだ。
もしかしたら今日の夜には、明日の夜には。
そう思うと、この生活も止められない。
何て罪な人なんだ。
僕がこんなに待ち焦がれているのに、彼は知っていて焦らしているのでは無いか。
ヒデオはそんな人じゃ無いと知っているのに、ついそんな事まで考えてしまう。
駄目だな。頭では、報われなくても当たり前と割り切っているはずなのに、心は幸せを求めてしまう。
勇者だとおだてられても、僕もただの人間なんだ。
来たっ!
ついにヒデオが来てくれた!
もうすぐそこにいる。
向かいの屋敷の屋根の上まで来ている。
やっぱり夜になってから忍んで来てくれた。
人払いをしておいて良かった。
どうしよう、ドキドキして来た。
どうやって迎えれば良いんだ。
待ち構えていたらおかしいよな。
椅子にでも座って、本を読んでいる振りでもしようか。
別に、読みたい本などここには無いが、そんな事はどうでも良いだろう。
いや、読む振りとは言え、本の内容は重要かも知れない。
やっぱり、歴史書みたいな難しい本の方がらしいかな。
魔法学の本を読んでいた方が、ヒデオには受けが良いだろうか。
いや、そんな事より……、あれ?……、……、……ヒデオが消えたorz
どうして!?
あ、忘れ物かな?
一度家に忘れ物でも取りに戻ったんだろう。
だって、すぐそこまで来ていたんだ。
訪ねるつもりはあるはずだ。
きっとそうだ。
きっと戻って来てくれる。
そうだろ、ヒデオ。
あれから1週間……、結局ヒデオは来なかった。
僕の屋敷じゃ無くて、他に目的があって、たまたま近くを通っただけだったのかな?
でも、この1週間、何度かヒデオの気配がこの街から消えてがっかりするも、またこの街に戻って来て、またどこかへ出掛けて行き、そしてまた街に戻って来て……。
ヒデオは、とても忙しいようだ。
僕の方は、すっかりおかしなタイムスケジュールで毎日を過ごしているから、仕事が上手く回っていない。
だけど、そもそも司教としてのお役所仕事は、僕がやらなくても良いような下らない内容ばかり。
むしろ、他の司教たちの嫌がらせと言って過言では無い。
その仕事を上手くこなせない事は、逆に彼らの嗜虐心を満たす事になるので、風当たりは弱くなった。
怪我の功名だな。
力で抑え付けるだけが、正しいやり方では無かった訳だ。
腹芸は難しいな。
今日もヒデオは来ないだろうが、すっかり日課として本を読むようになってしまった。
繰り返し魔法学の本を読んでいたら、何と無く自分で詠唱する事の大切さも判って来た。
ヒデオが最初に行った勉強を、僕は今している訳だ。
本当に凄いな、ヒデオは。
僕は、ここまで強くなってようやく魔法学も理解出来るようになったと言えるのに、彼はこちらに来て間も無い頃からこんなに難しい勉強をしていたんだな。
彼は素敵なだけじゃ無くて、とても尊敬に値するね。
その時、きぃっ、と小さな音を立て、この部屋の窓が開く音がした。
ヒデオが入って来れるように、鍵は掛けていない。
誰かが、……当然彼が、部屋に入って来る気配がした。
そして、コツコツとヒールのような靴音を響かせながら近付いて来る……ヒール?
彼じゃ無いのか?……いや、この気配は彼だ。
間違い無く、ヒデオ・イタミだ。
彼が背後まで来ている……けど、何故声を掛けてくれないんだ?
えぇい、もう我慢出来ん。
ようやく、ようやく彼が来てくれたんだから。
「……遅いじゃないか。もう来てくれないのかと心配したよ。」
そう言って立ち上がり、僕は振り返る。
!……ヒデオ???
確かに気配はヒデオだ。
でも、どう見ても女の子だ。
一体、これはどうなっているんだ???
……いや、だけど、間違い無く、この子はヒデオだ。
ヒデオが、僕に逢いに来てくれたんだ。
「やぁ、久しぶり。元気そうで何より。君にまた逢えて、私はとても嬉しいよ。」
彼を不安にさせないように、出来るだけ自然に笑顔を作る。
ちゃんと笑えているだろうか。
心臓が爆発しそうだ。
こんなに笑顔を作るのって、難しかっただろうか。
いや、逢えた喜びでニヤけてしまわないようにするから、難しく感じるんだ。
変な笑顔になっていなければ良いんだが。
「よう、ライアン。久しぶり。俺、帰って来たよ。色々と……。」
と言って、一度言葉を飲み込むヒデオ。
「ありがとう。助けてくれて、ありがとうな。」
あぁ、何か僕に配慮してくれたんだな。
そんな事気にしなくて良いのに。
僕は、僕がそうしたくて、君の為に骨を折ったんだよ。
僕とヒデオは、しっかり握手した後、力強く抱き合った。
あくまで、男同士の、友情のハグだ。
涙が出そうなのを堪える。
これって、どんな意味の涙なんだろう……。
3
ふたりは場所を移し、僕秘蔵の酒と、ヒデオの手土産で、再会を祝して酌み交わす。
ヒデオが酒の肴を用意していたので、キンバリーさんたちには悪いが用意して貰った晩餐は隠させて貰った。
「あの後、俺には追手が付かなかったみたいだが、やっぱりライアンが手を回してくれたのか?」
「君が敵に回るとは思っていなかったから、私に全部任せて貰ったよ。すぐにマックスさんから君の伝言を聞けたから、私の一存で君の事は無かった事にしておいた。」
「それは良いけど、何か無理難題吹っ掛けられたりしなかったのか?」
当時を思い出し、少し笑みが零れる。
「君が仕出かした事件のお陰だよ。あの司教には私も困っていたけど、まさかあそこまで非道い男とは思わなかった。あの事件のお陰で、ガイゼル王国への対応が最優先になってね。君の事は私に任せたんだから、私の方で何とかしろと丸投げされた。後は、ちゃんと探している、追跡していると言い続ける内に、誰も何も言わなくなったよ。」
「う~ん、俺はかなり警戒して、特に万が一ライアンが追手になったら大変だからと、別人の仮面まで使って逃げ隠れしてたのにな。」
「別人の仮面は、あくまで直接その人物を見た時に別人と思わせるだけだからね。私には、ノワールとクリムゾンが君だとすぐに判ったよ。」
もちろん、凄腕諜報員アイゼナさんの情報があったからだけどね。
思えば、彼女への高額報酬とエーデルハイトへの支援で、勇者時代は貧乏だったな(^^;
「だから、ずっと動向を探っていたよ。ニホン帝国で途切れた時は、本当に心配したんだよ。」
おや、どうやらヒデオは、感心しているようだな。
高い報酬でアイゼナさんを雇った甲斐があったな。
「あれには俺も参った。でも、そのお陰でさらに強くなれたんだ。今では俺を殺した侍には、心から感謝しているんだ。」
……殺した?
後でもっと詳しく聞こう。
ヒデオは、僕が想像するよりずっと凄い経験をして来たんだな。
「しかし、今は盗賊ルージュか。さすがに、そこまでは掴めなかったよ。」
まさか、女の子になって逢いに来るなんて。
「名は売れたけどまだ顔は売れてない。そんなにルージュになって日が経っていないからな。まぁ、本来の俺の身長にぴったり合うから、この体の方がしっくり来るんだ。」
そうか、今の姿にも以前の面影があるけど、元々勇者になった時点で本当の容姿に近付くんだったな。
筋骨隆々だった姿より、むしろ今の方が本当のヒデオに近いのかも知れないな。
何をどこまで聞いて良いのか、色々聞いたけど話題は尽きない。
ヒデオは気を許して気持ち良く酔ってくれているみたいだから、僕は少しセーブして酔い過ぎないようにしなくちゃな。
「そうだ。酒の肴とは別に、作って来たものがあるんだ。」
そう言って、ヒデオは手土産セットの中から料理を取り出す。
「クリスティーナに聞いて、ライアンが好きなものを作ってみたんだけど……。」
話に聞いた時間凍結によってまだ温かいままの、マッケンチーズだった。
「これを……、君が?」
僕の為に?
「いや、まぁ、一応俺が作ったんだけど、クリスティーナに教わりながらやったから、出来の方は大丈夫だと思う。」
ヒデオが僕の為に……、もう食べなくても美味しいと感じてしまいそうだ。
僕は、嬉しくなってひと口頬張り、ゆっくり噛み締めて味わう……。
確かにクリスティーナが手解きしたんだろうけど、少し味わいが違う。
食感にも違いがあり、多分料理としてはクリスティーナが作った物の方が美味しいのだろう。
でも……、幼い頃食べた、ママのマッケンチーズを思い出す。
クリスティーナは料理上手だから、言ってみれば店の味だ。
でも、ヒデオの味は家庭の味。
心が満たされる味だ。
「……懐かしいな。あ、美味しいよ、とても。ありがとう、わざわざ私の為に。」
ヒデオが、とても可愛らしく微笑む。
「よ、良かったぁ~。俺、料理に自信無いから、口に合わなかったらどうしようって。」
「え?料理が得意だから、作ってくれたんじゃないのかい?」
「いや、その、ほら、生前はちゃんと自炊してたけど、コンビニとかスーパー、何より電子レンジがあっただろ。こっちに来て、俺はちゃんと料理していた訳じゃ無いんだな、って。こっち来てから、特にオルヴァの飯は不味かったから、自分でも料理はするようにしてたんだけど、結構難しくて。まだ、とても自信があるなんて言えない腕前だからさ。」
そうか。僕の為に、一所懸命頑張ってくれたんだ。
……勘違いしそうになる、……勘違い、しても良いのかな。
「そうなのかい?とても美味しいよ、これ。ふふ、確かにここの食事は非道いからね。こんなに美味しい手料理なら、毎日だって食べたいよ。」
……、……、……何て素敵な顔をするんだ、ヒデオ。
君は……、君も……?
「よよよよ、良かったわ、口に合って。こここ、今度はミートローフにでも挑戦しようかな、はは。」
何て可愛らしい……、いや、危ない、危ない。
彼は男性なんだ。僕の事なんか……。
……少し、僕も酔ってしまおうか。
「……あ、そうそう、これは聞いておきたかったんだけど……。これは心配させてね。ヴァンパイア。私はぁ、その犠牲者と戦っただけだけど、かなり強かったぁ。真祖が相手なんて、大丈夫だったの?」
ありがとうヒデオ、心配してくれて。
そうだね、彼については、ちゃんと話しておかないとな。
「……強かったよ。私はすでに、オルヴァに留まるつもりでいたから、神聖魔法も覚えていた。相性的には悪く無かったけど、それでもかなり苦戦したよ。」
「大丈夫だった?」
「……これは君だから話すけど、実はそのヴァンパイア、ヴェルスターチは生きている。」
「……それって……。」
「見逃した、と言いたいところだが、見逃して貰った、と言う方が正解だね。」
「そんなに強かったの……。」
「ヴェルスターチは、エーデルハイトでは情けを掛けたみたいだけど、私が発見したオーデルベルの街では魔族として人間たちを殺していた。だから、私も引けなかったのだが、当時の実力ではまだ敵わなかった。」
「それじゃあ、何で。」
「ヴェルスターチ自身、迷いの中にあったようだ。君の反対かも知れない。オルヴァまで来て、そしてエーデルハイト伯爵に逢って、人間族に対する思い込みが揺らいでいるように感じたよ。その迷いに、私が民を守ろうと戦う姿も影響を与えられたのかも知れないと思っている。接戦ではあったけど、あのまま戦いが続いていたなら、私が負けていたはずだよ。」
本当に強かった。
異世界で勇者、それは夢物語に過ぎず、現実は厳しいものだ。
「……良かった、ライアンが無事で。」
「うん、ありがとう。結局、彼はこの地を去った。私はヴァンパイアを追い払っただけだが、皆は撃退したと考えたんだ。少し気は咎めたが、勇者としては皆を安心させる必要もあったから、過分な名声を得てしまった。」
今でも、身分不相応な気がして、落ち着かないね。
「ううん、偉いよ、ライアンも、クリスティーナも。私は、その勇者の重荷から逃げちゃったんだもん。」
逃げた?僕には、もっと大変な戦いをしているように思えるよ。
「……君には、違う目標があったんだろ。それは判っていた。君はそれで良いんだよ。」
「……うん……。私、色々怖くて。死にたくなくて……。ごめんね、自分勝手で。」
ヒデオ……、ヒデオも、怖さと戦っていたんだね。
「良いんだよ。君はそれで良いんだ。」
僕は、思わず小さなヒデオの体を抱き締めていた。
僕が護るから、少しでも安心しておくれ。
「……ライアンは……、ライアンはずっと……、生きて……。」
ヒデオ?……どうやら、眠ってしまったようだね。
……不思議だ。
ヒデオは今女の子なのに、とても魅力的なままだ。
まるで、初めて逢った時と変わらないとさえ思える……ん?はは、そう言えば、最初はそこまでマッチョでは無かったから、もしかしたら今の方があの頃に近いのかもな(^^;
良し、このまま寝たんじゃ風邪を引く。
ベッドまで連れて行こう。
4
……ふぅ、少し酔ったから、体に上手く力が入らない。
もしヒデオが、僕と同じ体格のままだったら、こうして抱き上げて運ぶなんて無理だったかも知れないな(^^;
何とか寝室まで移動して、ベッドに横たえてあげないと。
……しかし、随分軽くて細い体だ。
これで僕より強いんだから、本当に驚かされる。
でも、細いがしなやかで、ちゃんと鍛えられていて引き締まっている。
それでいて大きくて形の良いおっぱい……、あれ?
いや、確かに僕は、女の子も好きになれるけど、まさかおっぱいを眺めただけでそんな……。
……中身に対して、確かに僕の体は若いからな。
反応してしまうのは仕方無いのかも知れないが……、中身はヒデオなんだし……。
それに、こうして抱いていると、とても柔らかくて気持ち良いもんだな、女の子の体って。
……ちょっと、抱き方が悪かったかも知れない。
一度、床に降ろして……、っと、不味い、思ったより酔いが回っていた。
誓って言うが、これは不可抗力だ。
まさか、女の子ひとり抱えただけで尻餅を搗いてしまうなど、思ってもみなかった。
尻餅を搗いた拍子に、ヒデオと顔が近付く。
……長い睫毛に濡れた唇……何て美しいんだ……。
僕は、彼の唇に自分の唇を……、……、……いや、駄目だ駄目だ駄目だ、僕は一体、今何をしようとしていた。
寝ている間にキスするなんて、ヤングボーイの頃ならともかく、良い大人のする事じゃ無い。
確かに、恋人同士には、体の相性も重要だ。
体を合わせるのは、とても大切な事だ。
でもそれは、お互いが求め合ってする事だ。
気持ち良ければそれで良い、そんな刹那的な肉欲は、それしか頭に無いようなヤングボーイのする事だろう。
僕らはもう大人なんだ。
お互いの気持ちが一番大切じゃないか。
鎮まれ、鎮まれ、鎮まれ……、……、……ふぅ、もう大丈夫。
しかし、疲れた。
君は、何て僕を惑わす天使なんだ。
危なかった。
ここで間違ってしまうと、嫌われて去られてしまう。
落ち着け、落ち着くんだ。
そうだ、最近寝不足だったから、上手く頭が働かないんだ。
そうだ、少し寝よう。
ヒデオも寝ちゃったし、少し仮眠を取ろう。
少し寝て、酔いも醒まし、冷静になってから、ヒデオをベッドに……、ベッド……、に……。
「……ん……。」と目を覚ます……、そうか、僕はあのまま寝ちゃったのか。
「あ……、お、おはよう、ライアン。……ご、ごめんね、膝……。」
え……、あ、確かあの時、一度抱きかかえて、その場で尻餅搗いて……、そうか、膝枕か。
「ん……、あぁ、おはよう、ヒデオ。よく眠れたかい?」
おや?……急にヒデオが浮かない顔を。
不味い、何か変な事言ったかな?
「?……どうかしたかい?」
「え、いいえ、何でも無い。あ、ライアン、朝早いわよね。急がなくちゃ。」
あぁ、ヒデオは僕の行動をちゃんと把握して訪問してくれたんだな。
でも良いんだ、全てはヒデオの為だったんだから。
だから僕は、ゆっくり起き上がる。
「あぁ、良いんだ、今日は。部下たちにも言ってある。今日は、昨日か、懐かしい友人が訪ねて来るから、明日の朝は遅くなる、ってね。ゆっくりしよう。」
……まぁ、ここしばらく、毎日そう言ってあるんだけどね。
すっかり部下たちには、勇者ライアンも女には弱い、なんて言われているよ(^^;
……懐かしい友人、か。
「そう……。でも、私は行くわ。今回、オルヴァに戻って来たのには理由があるの。だから、もう行くわ。」
「どこへ行くんだい?」
「……アーデルヴァイト・エルムス、神の国。」
……彼はわざわざ、魔族に会いに北方諸国まで出向いた。
では反対に、神族に会った事はあるのか。
僕も、神族の事なんて深く考えた事無かった。
すっかり、もう過去の存在だと思い込んでいた。
でも……。
「そうか。神族に会いに行くんだね。」
「えぇ、すっかり忘れてたんだけど、私、魔族には逢ったのに神族には会ってなかったから。」
やっぱり、彼は僕なんかより、よっぽど凄い冒険をしている。
心配だけど、僕は彼を全力で応援しなくちゃ。
僕は、彼に近付き両肩に手を置く。
「……気を付けて。もうずっと御使いすら来ていない。神の国で、何が待っているか判らないからね。」
そう声を掛けた後、何と彼が僕に抱き付いてくれた。
ふわっ、と甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「行って来ます。帰って来たら、何があったか報告するね。」
そして彼は背伸びをして、僕の頬に軽く口付けをした。
真っ赤な顔を隠すように、大急ぎで走り出し……イブニングドレスに足を取られそうになりながら、窓を開けて外へ飛び出して行く。
ヒデオ……、君も僕の事を。
僕らはもう良い歳をした大人だ。
だから、臆病なばかりでは無い。
行動すべき時には行動出来る。
これは、君が大きな勇気を振り絞った告白だと受け取らせて貰うよ。
だから、無事に僕の下へと帰っておいで。
今度は、僕の方が勇気を出して、君に答えを聞かせたいんだ。
おまけおわり
おまけあとがき
安易なBLラブコメにするつもりはありません、なんて言っておきながら、ラブコメ書いちゃいました(^^;
第五章を更新した翌日、目を覚ました後微睡みながら、あの時ライアンの方はこんな事考えていたんだろうな、と妄想していたら、何だかとても面白くなりそうだと思って、つい書いちゃいました。
言い訳させて貰うと、パーンとディードと違って彼らには関係の深みが足りませんので、出番の少ないライアンを少し掘り下げるだけでも、多少は関係性に厚みが出せるのではないかとの考えもあります。
ですから、ラブコメではありますが、安易では無いつもりです。
元々、ライアンがゲイである事、俺の事を最初から気に掛けていた事は当初から決めていて、五章執筆時に本当は朝が弱いライアンが、人払いして結果早起きになっている、と言う事は決めていました。
それ以外の部分は書きながら妄想して肉付けしましたが、一応当初からの予定内ではあります。
あくまでおまけでもありますし、大らかな気持ちでご笑納頂ければ幸いです。
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