第二章 憎しみの果て


1


トンテヌスの山陰でまだ薄暗いネガシムの街は、眠りから覚めたばかりで静やかだった。

俺はあの後すぐ、宿の裏手の森へ分け入り、そこでアンデッドグリフォンをクリエイトし、不可視を掛けてネガシムまでひと息に飛んだ。

さすがに今は、1分1秒を争う事態だ。

多少の無茶は致し方無い。

カザフィの記憶から店の場所は判っているので、店の上空まで急行したところでグリフォンを自壊させ、その塵は風の精霊に吹き散らして貰う。

グリフォン分の塵がそのまま落ちたら、さすがにご近所迷惑だからな(^^;

店の裏手に転移してからステルスを解除し、素早く表へ回る。

店の扉にはまだ、closedの看板が掛けられている。

空間感知で探ると、建物内には3人の気配があった。

大丈夫、生きた人間の気配だ。

少なくとも、カザフィを家族ごと一気に始末するつもりは無かったらしい。

俺は扉を開けて、店内へと入り込む。

ドアベルが鳴り、店舗で開店準備をしていたメイヴェル、カザフィの奥さんだ、そのメイヴェルが俺に気付く。

「あら、ごめんなさい。まだ開店前なのよ。」

カザフィは、中肉中背で特徴の無い顔立ちをしていて、だからやり手の商人には見えなかったが、反面人柄の良さが窺い知れて誠実そうに見え好感が持てた。

それも商人の資質のひとつではある。

メイヴェルの方は、がっちりした体つきと人懐こい笑顔が愛くるしく、下町の肝っ玉母ちゃんと言った風体だ。

気弱そうなカザフィをどっしり尻に敷くメイヴェルの姿は、何とも微笑ましい夫婦の光景だ。

カザフィがメイヴェルを深く愛していると同時に、とても頼りに思っている気持ちも判るが、実はメイヴェルもカザフィが心の支えなんだと思う。

俺は生前、自分の劣等遺伝子なんか後世に遺したくないから子供は絶対要らないと思ってはいたが、結婚への憧れはあった。

このふたりのような夫婦は、正直少し羨ましい。

本当に、無事で良かった。

「えぇ、ごめんなさい。カザフィさんに、個人的に頼み事をしていたから、勝手に入らせて貰ったわ。今いらっしゃる?」

「あら、そうなのかい?ごめんよ。旦那は昨日、山向こうまでお使いに出ちゃってね。今日中には帰って来ると思うんだけど。」

俺は、メイヴェルの前まで歩いて行く。

「聞いていた通り、可愛らしい奥さんね。……少し妬けちゃうわ。」

呆けるように俺の事を見ていたメイヴェルだったが、ハッとして睨み付けて来る。

「あ、あんた!まさかウチの旦那と……。」

焼きもちを焼く女って、何でこんなに可愛いんだろ(^∀^)

「ふふっ、違うわよ。おふたりがあんまりお似合いだから、相手のいない私は少し妬けちゃう、そう言う意味。」

ホッと胸を撫で下ろし、柔和な笑顔に戻るメイヴェル。

「もう、冗談はやめておくれよ。それに、こんなに綺麗な人がひとり身なんて、そんな事あるのかい?」

俺はそっと、メイヴェルの頬に手を添える。

「仕方無いのよ。私は貴女みたいな可愛い女の子が好きなんだから。」

ボッと顔を真っ赤にするメイヴェル。

勇者くんは、男にも女にも無敵やな(^^;

手を離し「冗談よ。」と踵を返す。

「いないなら出直すわ。おやすみなさい。」

まだボ~としているメイヴェルが「……え、おやすみ?」と答える声の後、床に倒れる音が続く。

建物内を効果範囲に、スリープを発動。

家族3人を眠らせた。

事が終わるまで、ここでじっとしていて貰う為だ。

俺は振り返り、メイヴェルを抱っこして、寝室まで運ぶ。

息子のイザルくんと、母親ポーリーンもベッドに戻した。

どうやら、ポーリーンは足が悪いようだな。

これくらいなら俺のアストラル治療で改善するだろうから、この件が落ち着いたら診てやろう。

延命や不老不死で命まで背負い込む義理は無いが、体の不調を治してやるくらいは安いもんだ。

……これって、ある意味記憶再生の弊害かもな。

何か必要以上に、カザフィの家族に対して、思い入れが出来てしまった気がする。

再生した記憶に紐付けられた他の記憶も共有する事で、自分の中に他人の感情が芽生えたようなおかしな気分だ。


裏口から外へ出て、建物に結界を張る。

念の為、二重結界だ。

ひとつはいつも通り、張ったら放置の通常結界。

もうひとつが、術者と繋がりを保った維持結界。

ジェレヴァンナの森の結界と同種の、言ってみれば融通が利く結界だ。

利点は、結界の仕様も強さも、術者次第で変化させられる事。

欠点は、ある程度結界の近くに術者がいなければならない事。

今回は、ネガシム内で事が運ぶので、維持結界も張っておいた。

まぁ、ジェレヴァンナの手解きを受けた俺の結界を破れる者などそうそういないが、維持結界ならいざと言う時強固にも出来る。

二重結界にしておけば、維持を放棄しても通常結界は残る。

これで心置き無く、事態に向き合えると言うものだ。

そうして結界を張った後、俺は店の屋根に飛び乗って、身を低くしてステルスを発動する。

一応俺は、ステルス時にちゃんと身を隠すようにしている。

気が駄々洩れと言う欠点を克服したパーフェクトステルスには自信を持っているが、あくまで潜伏は相手の感知能力とのせめぎ合い。

今でもきっと、アヴァドラスの目は欺けまい。

だから、少しでも潜伏力を上げる為に、しゃがんで、物陰に身を隠して、影に身を潜めて、ステルスゲームのような行動を心掛けている。

その状態でも、短距離空間転移があるから、物陰から物陰へ素早く移動出来るしな。

この行動は、Dishonoredをパクッた、もとい参考にした(^^;


さて、ここからが問題だ。

家族が無事だったのは幸いだが、予想は外れた。

多分もう、手遅れだと思っていた。

だが実際には、家族に手は回っていなかった。

これはどう言う事だろう。

疲れるけど、俺は思考加速で時短して考えてみる。

まず、あの時逃げて行った襲撃者、こいつの居場所は解っている。

鑑定はLv1でも、アストラル感知で相手の特徴は覚えたから、今この街のどこにいるかは把握済み。

郊外に1人でいるから、まだ仲間と合流していない……と考えていたのだが、もしかしたら、こいつらはどこぞの組織に属しているのでは無く、2人組暗殺者なのではないだろうか。

家族に手を回さなかったのでは無く、人手の問題で回せなかった。

この場合、こいつさえ片付けてしまえば、暗殺の実行力を一時的に消し去れる。

そして、家族の無事を確認して少し冷静になったから思うのだが、グランザはあんなものをどうするつもりなのだろう。

真実を知らないなら、自分に使う可能性もある。

しかし、あんなものを求めておいて、真実を知らない事などあるだろうか。

俺は、真実を知った上で、それを誰かに用いるつもりなのかと思っていた。

しかし、この国は共和制になって、今特定個人が権力を掌握などしていない。

誰かひとりを亡き者にしたところで、没落貴族のグランザが実権を取り戻す事など不可能だろう。

政治的策謀で無いとしたら、目的が判らない。

ならば、真実を知らないとしたら。

ここで、カザフィの記憶の一部が気になった。

ひとつは、グランザの恋女房フランシスカの病状だ。

彼らはもう若く無い。

その上で病を得たなら、その時は近いと言えるだろう。

真実を知らぬままなら、窮余の一策とすがってしまう可能性はある。

そしてもうひとつ、何故ボーテホムがグランザの屋敷にいたのか。

カザフィがグランザから聞いた話では、グランザの父親は子爵家を相続出来無い次男を、乞われて嫡子のいないボーテホム男爵家へと養子に出した。

それは、家格は落ちるとは言え爵位を継げるようにとの親心だったのが、ボーテホムは家を追い出されたと信じた。

その為、それぞれが家督を継いだ後も、共和制となって特権を失い、グランザだけが議員に選出された後も、ボーテホムの妬みから兄弟仲は悪かったはずだ。

カザフィはボーテホムとも面識があったが、彼らが一緒にいるところを見た事は無い。

そんなボーテホムが、なぜあの日、グランザの屋敷にいたのだろう。

……ここまで色々と判らない事が多いと、何も知らないまま鏖で済ますのは違うような気がして来た。

良し、ここはやはり、知的好奇心を満たそう。

大丈夫、家族は結界で守ったし、暗殺者もグランザ家の関係者も、同様に結界で捉えてしまえば、最悪の事態は避けられるだろう。

事が事だけに、ちゃんと知っておく必要がある。

何しろ、グランザの手紙の内容は、不老不死に関するものなんだからな。


2


細胞が生まれ変わり続ける事で老いず、どんな傷も病も超速再生で癒し続け朽ちず、永遠に生き続ける不老不死の秘法。

そう聞けば、誰もが、特に100年しか生きられない短命種であれば、それを欲するのは当然と言える。

それが、太古の魔導士が悪魔から授かった秘法であったとしても……。

秘法を伝えた悪魔の名を冠して、俗にオヴェルニウス秘法と呼ばれる不老不死の術は、魔導士の間ではオヴェルニウス呪法と呼ばれている。

それは、長命を夢見る人間族が思い描くような不老不死では無く、正に呪いだからだ。

スレイヤーズにも、似た呪法があった。

屍肉呪法ラウグヌト・ルシャヴナと言う呪法で、対象者が陥る状態が良く似ている。

オヴェルニウス呪法を掛けられた者は、永遠に歳を取らず、少しの傷でも超速再生で癒してしまい、病に罹る事も無い。

毒も効かないし、殺せる攻撃魔法も存在しないから、無敵と言って良いだろう。

だが、ひと度傷を受けてしまえば、超速再生が過剰再生を繰り返し、肉が肥大化して内臓や脳まで侵し、まともな精神など保てなくなる。

傷は治るが痛みや苦しみは感じ、壊れた精神で痛みと苦しみを永劫味わい続ける事となる。

オヴェルニウスから秘法を授けられた、哀れな魔導士のように。

どこまでが本当の事かは判らない。

後世に伝わっているのは、成れの果てである肉塊や秘法そのものでは無く、その顛末を記した古文書だけだから。

だが、例え話半分であったとしても、人間が軽率に手を出すべきじゃ無い。

悪魔が関わっている以上、良い事なんかひとつも無いのだ。

手紙には、オヴェルニウス秘法と記されていた。

呪法では無く秘法と。

少なくとも、グランザは不老不死の秘法と信じているのかも知れない。

フランシスカの為にと考えているなら、哀れな話だ。


良し、取り敢えず、関係者を拘束してしまおう。

暗殺者は郊外、グランザとピエール、フランシスカはグランザ邸で、ボーテホムは自宅にいる。

位置的な問題として、まずボーテホムの家を結界で覆い、次にグランザ邸、最後に暗殺者が潜む廃墟を結界で捉えた。

これでもう、関係者は逃げられない。

俺の推測では、暗殺者にバックは付いていないはずだ。

ここは実行犯から片付けてしまおう。

悪いが、どんな事情が確認出来たとて、こいつは見逃せない。

モーゼフの事があるから口を割るかは判らないが、一応こいつから締め上げて行こう。


暗殺者が潜む廃墟は、廃墟とは言え数か月前まで誰かが住んでいたような佇まいで、荒れてはいるがまだ建物としてはしっかりしている。

家具も残されていて、その細身の長身でレザーアーマーに身を包んだ盗賊然とした男は、テーブルセットの椅子に腰掛けていた。

暇を持て余すように、抜き身のナイフをテーブルに突き立て弄んでいる。

俺は背後から近付くと、招喚したマジックソードで両足を斬り付け、俺のアストラル体で男の両足のアストラル体を掴み、そのまま両足のアストラル体を引き千切る。

「え!?」と、いきなり体を支える両足から力が抜けた男は、椅子の上で間抜けな声を上げる。

返す刀で、今度は両腕を斬り付け、両腕のアストラル体も引き千切る。

いきなり手足の自由を失った男は、バランスを崩して顔から床に倒れ込む。

「ぐぁ……、何だ、これ。一体、俺はどうしちまったんだ……。」

俺はステルスを解除して、芋虫みたいに這い蹲った男を、蹴り飛ばして仰向けにする。

「はぁ~い、おはようナイスガイ。ご気分は如何かしら。」

「な、何もんだっ、お前ぇ?!いや、こいつはお前ぇの仕業かっ!?」

「いやだ、当たり前じゃない。いきなり手足の自由が利かなくなるなんて、自然になる訳無いじゃない。」

「くっ、うぅぅ、何だよ、これ!?何で動かねぇんだ。」

オーガンの足や、俺が魔剣に斬られた時と一緒で、アストラル体が伴わない物質体はその機能を失う。

これなら、勝手に死なれる事も無いだろう。

ちなみに、良く舌を噛み切って自決する、ってな表現がフィクションにはあるが、そもそも噛み切る事が難しいし、死ぬには相応の出血を待たねばならないのでかなり時間が掛かるそうだ。

予期せぬ力が加わって事故で噛み千切ってしまうような事態で無い限り、普通舌噛んだくらいで人は死ねない。

何より、話を聞くには、口まで封じる訳に行かないからな。

「貴方、カザフィさんを襲った犯人でしょ。」

驚きの表情を見せる男。

「何だお前ぇ。何でそんな事知って……、あ、いや、くそっ!こんな状態で、白なんか切れるか!」

「そうそう、素直になった方が身の為よ。色々聞きたい事があるの。選択肢はふたつあげる。ひとつは、素直に吐いて楽に死ぬ。もうひとつは、意地を通して苦しんで死ぬ。どっちが良い?」

「……アインは、相棒はどうした。」

「アイン?そう、モーゼフじゃ無くてアインって言うのね、本当の名前。もちろん死んだわよ。私が殺した訳じゃ無いけど。自分で自分の喉を突いたわ。毒を塗ったナイフでね。」

黙り込む男。

俺は腰のダガーを抜いて、男のレザーアーマーを縦にバッサリ斬り裂く。

そして、指を胸からお腹へ這わせて、臍の辺りにダガーの切っ先を宛がう。

「私、あんまり拷問得意じゃ無いの。だから、他の方法知らないのよ。今からね、貴方のお腹を斬り裂いて、腸を引っ張り出すわ。血がたくさん出るけど安心して。ヒールを掛けてすぐには死なないようにするから。身動きが取れない貴方の体の中から、ひとつずつ内臓を抜いて行くから、痛かったら言ってね。素直に質問に答えてくれる気になったら、後で優しく殺してあげる。」

科を作って媚びた猫撫で声でそう説明した後、薄ら笑いを浮かべて男を見下ろすと、男はガチガチと歯を鳴らして震えていた。

「あら、どうしたの?まだ寒くないでしょ。まぁ、こんな廃墟じゃ隙間風も入って来るけど。……それじゃあ、始めましょうか。私この後、まだやる事あるのよ。」

グッと腕に力を込めると、「まっ、まっ。」とガチガチと言う音の間から声がする。

「どうしたの?何か質問?」

「まっ、まっ、ばってくだざい!じゃべる、ガ、ガ、喋りばすから、ま、待って!!!」

何だ、もう音を上げたのか。

モーゼフ、いやアインが口を割らずに自死を選んだくらいだから、こいつも死ぬまで拷問に耐えるもんだと思い込んでたわ(^^;

「そう、それは残念。あ、いや、良かった。私、人をいたぶるような趣味は無いもの。」

そう言って、ダガーを鞘に収めた後、男の手足のアストラル体を戻してやる。

千切った手足のアストラル体は、男には見えないがすぐ横でびちびち新鮮に跳ねていたから、戻せばすぐくっ付く(^Д^;

「手足も元に戻しておいたから、その椅子に腰掛けて頂戴。」

俺は男の正面へもうひとつの椅子を持って来て腰掛ける。

「さぁ、色々聞かせて貰おうかしら。」


震える体を何とか支えながら、言われた通り椅子に腰掛けた男は、再び動くようになった手足を不思議そうに確認している。

「ふ~ん、腐っても鯛、ってやつね。腕が動くようになったら、もう暗器を仕込んでるなんてさすが。それでどうする?試してみる?」

言われて、手の平に隠し持っていた小さな筒を取り落とす男。

多分これが、吹き針用の暗器なのだろう。

「……一体あんたぁ、何者なんだ……。なぁ、仮に、仮にだ。俺があんたに針を吹き刺そうとしたら、それは成功したのか?」

「そうね……。私にとっても、毒は脅威よ。でも、ディスポイズンで完全浄化は無理でも多少は症状を改善出来るし、効果が弱くなれば自然治癒力が勝っちゃうかも知れないわね。何より、私の防御力を突破して、貴方の針が刺さるとは思えないわ。これが、マンティコアの蠍の尻尾みたいな巨大な奴を心臓にひと突き、って感じなら、ちょっと怖いわね。」

「……俺の名はオーデンスだ。あんたの名は?」

「あら、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。ルージュよ、宜しく。」

驚き、がっくり項垂れるオーデンス。

「聞いてる……、Lv40勇者の超絶別嬪が入ったって話だったが、そうか、あんたが……。」

「ありがとう、お世辞でも嬉しいわ。……どうやら、ギルドのお仲間みたいね。」

「あぁ、俺もアインも、スィーフィト盗賊ギルドのメンバーだ。」

「でもアインは、ギルドカード持って無かったわ。これは裏のお仕事、ギルドにも内緒、って事ね。」

「あぁ、そうだ。だから自業自得なのは承知だが……、くそっ、だから貴族の仕事なんか嫌だったんだ。あのピエールって野郎の所為だ。」

「ピエール、ね。この件は誰からどんな内容で請けたの?」

「俺たちゃ、小遣い稼ぎで簡単な暗殺を請け負っていたんだが、仲介役の酒場の親父から紹介されて、そいつに会ったんだ。カザフィって雑貨商ひとり殺すだけで金貨10枚。いつもと桁が違う。さすがに怪しいってんで、アインがそいつの跡を付けた。すると、ボーテホムとか言う男の家に入って行き、その後グランザ元子爵の屋敷に帰って行ったそうだ。調べてみたら、そいつはグランザ家に仕える執事のピエールって奴で、ボーテホムってのも元貴族だそうじゃねぇか。こいつはやべぇって言ったんだが、アインの奴は乗り気でな。結果、この有り様よ。」

ピエールが先にボーテホムの家に行ったと言う事は、首謀者はボーテホム、ピエールは協力者か。

感じの良い人に見えたんだけどな、ピエール。

グランザの事を、裏切っていたのかな?

「……ねぇ、ギルドカード、今持ってる?」

「え?あ、あぁ、ここにある。現場に残るアインの分を預かって、俺は先に隠れ家に戻って来たから。」

確認すると、確かに本物のギルドカードだ。

「ねぇ、今から魔法を掛けるから、素直に従ってくれる?」

「……良く判らねぇが、俺はもう観念してる。何でも言ってくれ。」

「それじゃあ、最近ギルドに顔を出した日の事を思い出してみて。」

「うん?そりゃどう言う意味だ?」

「良いから、早く。」

「わ、判ったよ。え、えぇと、確か顔を出したのは1週間前だったか……。」

俺は、記憶再生を発動する。

さすがに、まだ黙詠唱で使いこなす事は出来無いので、魔法語の詠唱が室内に流れる。

今回は一瞬で構わない。

オーデンスが本当にギルドメンバーかを確認するだけだ。

ギルドカード自体は複製出来無くても、他人のギルドカードを悪用する事は出来るからな。

記憶の中でオーデンスは、確かにギルドの受付と何気無い会話を交わしていた。

記憶は嘘を吐けない。

こいつは間違い無く、ギルド仲間のひとりである。

「な、何だったんだ、今の……。」

「……確認したわ。貴方は本当に私のお仲間ね。特別よ。今回は見逃してあげる。背後にどこぞの暗殺ギルドが絡んでいる、なんて事が無い以上、もうカザフィさんを狙ったりしないでしょ。」

呆気に取られるオーデンス。

「……い、良いのか?俺はもう、てっきり……。」

「身元がはっきりしたし、私の力も思い知った。貴方、私に逆らって、カザフィさんや家族を殺そうなんてしないわよね。」

ザザッと床に膝を突き、土下座するオーデンス。

「そりゃもう、絶対そんな事しません!そんな事しても何の得にもならねぇし、あんたに逆らって無事に済むとはとても思えねぇ。絶対!絶対もうこんな事ぁしねぇ。」

「……今回の事は、ギルドにも黙っておくわ。カザフィさんと家族に何かあったら、ギルドにも報告するし、何より私が死よりもつらい思いをさせてあげる。良いわね。チャンスなんて二度と与えないわよ。これからは、真っ当な盗賊になりなさい。」

「約束します!絶対!もう絶対!」

……本当に、俺も丸くなった……いや、甘くなったもんだ。

この男ひとりの命に、大した重さなど無いのにな。

「それから、最後にもうひとつ。」

「は、はい!」

「この事は他言無用よ。私が怖い女だなんて噂が立ったら、殺しちゃうからね。ルージュは良い女だったって、ちゃんとそう言うのよ。」

「そりゃもう、そりゃもう!」

ウインクしながら軽口のつもりで言ったんだが、オーデンスの奴、こっちを少しも見やしねぇ(^^;

……良し、次はグランザ邸だ。

そこで、大体の真相は判明するだろう。


3


トンテヌスの山越えの起点でもあり、流通に欠かせない街ではあるので、ネガシムの街もそこそこ発展している。

だがこの国では、やはり穀物商人が一番力を持つので、大都市と比べれば片田舎と言ったところだ。

地球で言う総合商社のような複合商店を営む議員も住んでおり、元子爵のグランザ議員はそんなに目立たない存在である。

だから、グランザ邸は街の中心から少し外れた場所にあり、子爵時代の城館と比べればかなり狭いと言えるだろう。

その正門には、燕尾服を身にまとった人物が立っていた。

髪に白いものが混じり始めた柔和な顔立ちの執事、ピエールである。

結界に阻まれ、外に出られない事を不思議に思っている様子だ。

俺は真っ直ぐ正門へ近付いて行き「お邪魔するわ。」とひと声掛けて結界を通り抜ける。

「こ、これは一体……。失礼、今どのようにお通りになられたので。」

丁寧な態度のピエールだが……、なるほど、そう言う事か。

俺はあんまり、そう言う時代錯誤なのは好きじゃ無い。

「初めまして、私、冒険者のルージュよ。グランザ卿にお話があるんだけど、案内して貰えるかしら。カザフィさんについて、と言えば貴方ならお判り?」

素直に驚くピエールだが、すぐいつも通りの表情へ戻る。

「畏まりました。どうぞ、こちらで御座います。」

そうして先導を始めるピエール。

その足取りは重い。


通されたのは応接間で、華美では無く落ち着いた趣のある調度品が並び、趣味の良さと共に、以前ほどの財力が無い事も窺わせる。

出されたお茶と茶請けも、味は良いが市井に出回っている有り触れたもので、とても評議会議員の持て成しとは思えない。

子供もいない為、グランザ子爵家は当代で絶える事になるが、その前に経済的な理由で潰れかねんな。

程無くして姿を現したグランザ元子爵は、本来であれば年の割に矍鑠とした人物のはずだが、カザフィの記憶よりもやつれて見えた。

「ようこそ、おいで下さいました。私が評議会の末席を汚すグランザで御座います。さあ、どうぞ、お掛け下さい。」

席を立って迎えた俺に、着席を促すグランザ。

それに素直に従い、グランザが座るのを待つ。

「それで、本日はどのようなご用件でいらしたのですか。ルージュさん、でしたね。失礼ですが、私は貴女を存じ上げておりませんが。」

「……私、生まれが良い方じゃ無いから、礼儀作法とか良く判らないの。だから、回りくどい事は止めて、本題に入らせて貰うわ。今日伺ったのは、オヴェルニウス秘法の件よ。」

グランザの表情が翳る。

「……それは……。」

「あ~、とぼけなくて良いから。大体のところは判ってるの。だから、先に言いたい事言うわね。オヴェルニウス秘法なんて都合の良い不老不死の法は無いわ。あるのは、オヴェルニウス呪法と呼ばれる悪魔の法だけよ。」

「そ、それはどう言う……。」

「多分貴方は、フランシスカさんの為にと思って、秘法を求めたんでしょ。でもね、オヴェルニウス呪法が仮に見付かっても、それで得られる不老不死は、醜い肉塊として永遠に苦しむ呪いだけ。魔導士の間じゃ有名なのよ。悪魔の恐ろしさを示す判りやすい昔話としてね。」

「そんな……。」

「貴方はどこまで知っていたの、ピエール?ボーテホムには何て言われていたのかしら。」

俺は、部屋の外に控えるピエールに言葉を投げ掛ける。

「ピエール?其方、何か知っておるのか?」

部屋へ入って来て、グランザの後ろに控えるピエール。

「申し訳御座いません、グランザ様。」

「これは私の想像だから、間違ってたら言ってね。貴方も実態までは知らなかったんでしょうけど、不老不死がまやかしだとは思っていたんじゃない?それでも、それにすがるしか無いグランザ卿を慮ってか、何かボーテホムに肩入れする理由があるのか、貴方は成り行きを見守るしか無かった。」

「……。」

「でもね、それでボーテホムの言い成りになって、カザフィさんの暗殺依頼を代わりにするのはやり過ぎよ。」

「何ですって?!ピエール、それは本当なのか?」

思わず立ち上がり、ピエールの肩を掴むグランザ。

「……申し訳御座いません。私には、もうどうする事も出来ませんでした。申し訳御座いません。」

「私がすっきりしないから、ちゃんと話して。貴方は何故、ボーテホムの言い成りなの?グランザ卿を裏切っているとも思えないし、私納得行かないの。」

「ピエール……。」

ピエールの肩を、力強く掴むグランザ。

「……私の家は、祖父、父と三代に亘って子爵家に仕えて参りました。ハワード様、フランシスカ様だけで無く、私にはボーテホム男爵家へ養子に行かれたアンドリュー様も、皆様変わらず主と思っております。お逆らいする事など、とても……。」

強過ぎる忠誠心ってのも、考え物だな。

だから、こんな事もする。

「陰腹だっけ?私の故郷じゃ、それ、あくまでも舞台の演出であって、本当にやったりしないわよ。」

俺はずかずかと歩み寄って、ピエールのシャツをはだけさせる。

そこには、血で染みが出来ている。

「ピエール、これはっ?!」

「申し訳御座いません。私には、もうどうする事も……。」

まぁ、陰腹なんて、匙加減間違えたらそのまま死んじゃうからな。

ピエールの場合、苦痛はあっても腸が零れるほど深い傷じゃ無い。

「全く、それって自己満足に過ぎないのよ。それで何か解決する訳?」

そう言いながら、俺はヒールでピエールを全快しちゃう。

「こ、これは……!?」

「治したわよ、馬鹿馬鹿しい。私、そう言うの嫌いなの。生きたくても生きられない人なんてたくさんいるのよ。自分から命を粗末にしないで。」

膝を突いて泣き出すピエール。

「申し訳御座いません。本当に、申し訳御座いません。」

……ふぅ、やれやれ。

「ねぇ、ピエール。本当の事を教えて。ボーテホムは何が目的なの?グランザ卿をどうしたいの?オヴェルニウス呪法をどうする気だったの?」

「……アンドリュー様は、フランシスカ様にそれを使い、ハワード様が苦しむ姿を見たいのだと仰いました。アンドリュー様は、そうする事でしかご自分を支えられないのです。子爵家を追われ、爵位も奪われ、ご自身は議員に選出されなかった諸々を、ハワード様を憎む事でしか受け止められないのです。私では、何もしてあげられないのです。」

「アンドリュー……、父の、兄の想いは伝わらなんだのか……。」

本当に、やれやれだ。

俺はソファーまで戻り、どっかと座り直す。

「悪いけど、最低ね、ボーテホム。判った。取り敢えず、やっぱりボーテホムは殺すわ。」

顔を上げるピエールと、振り返るグランザ。

「い、今何と……。」

「甘えないでよね。すでに賽は投げられた。カザフィさんは、私が居合わせなければ死んでいたのよ。本当はね、有無を言わさず敵は鏖にするつもりだったの。ボーテホムだけじゃ無い。グランザさんが首謀者だと最初は思ったから、グランザさんもピエールさんも皆殺すつもりだった。一応、この件に関わっていなければ、フランシスカさんだけ見逃すつもりだったけど、ネガシムへ飛んで来た時は、皆殺す気だったのよ。幸い、カザフィさんのご家族が無事だったから、そこで冷静になって考えを改めたけどね。でも、ボーテホムは駄目。この歳になってそんな考えで周りに迷惑掛けて、今更救えないわよ。これ以上迷惑掛けないように、そして今回の責任を取る意味でも、ボーテホムには死んで貰う。異存無いわね。」

「う……、しかし……。」

「……判りました。」

承知するグランザ。

「ハワード様!それで、それで本当に宜しいのですか?」

「……致し方あるまい。確かに、責任は取らねばならん。だから、ここは私も……。」

「却下!」

「え!?」

「どうせ私も一緒に責任をとか、下らない事言うんでしょ。もう、そう言うの良いから。70にもなろうとする大人は自分で自分の責任取りゃ良いのよ。もう私はどうするか決めたから。フランシスカもグランザも、後で私が治療してあげる。ふたりで後10年くらいは余生を過ごせるはずよ。ピエールはそのまま、おふたりに仕えてあげなさい。ボーテホムさえ死ねば、カザフィさんたちももう安心でしょ。残るは後ひとつよ。」

「え?え?え?」

理解が追い付いていない2人は無視して、俺は話を続ける。

「最後の問題は、オヴェルニウス呪法に繋がる何かが、本当に見付かっちゃったって事。良い?貴方たちを助ける代わりに、その場所の詳しい情報を貰うわ。手紙には、見付かった事までしか書いて無かったから。あれは本当に駄目なの。私が何とかするわ。」

俺は立ち上がり、2人を置いて歩き出す。

「本当の問題は、そっちなんだから。」


4


さて、後はもう、首謀者殺して終わりだな。

今、ボーテホムの奴はどう……、いや、まさか、そんなはずは……。

大丈夫、結界は壊れていない。

なのに何故、ボーテホムは家にいないのだ?

……くそ、そう言う事か。

俺は駆け出し、ボーテホムの家へと急ぐ。


ネガシムの街には、スラムと呼べるほどの区域は無いが、それでも格差はどこにでもある。

比較的貧しい者たちが住む外れにあって、ボーテホムの家は郊外の廃墟と然して変わらぬあばら家だった。

結界を解き中に踏み込むと、そこに果たしてボーテホムだった男の死体が横たわっていた。

中に入ったのは今が初めてだが、何とも非道い有り様である。

有毒の煙が濛々と立ち込め、さながら阿片窟を思わせる。

そう、麻薬だ。

煙管やシーシャのような吸引道具が、その辺に転がっている。

俺自身興味が無いので詳しく無いから、何の薬物かは判らない。

だが、ボーテホムが常習者だった事は、この状況を見れば明白だ。

……くそっ、何て幸せそうな顔で死んでやがるんだ。

お前は周りの人間を、何人も不幸にして来たんだぞ。

そのお前が、勝手に、幸せそうに、死んでるんじゃねぇ!

最悪だ。

ゴーストすら残っちゃいねぇ。

本当なら、お前のような人生歩めば、この世に未練を残すだろうが。

ラリッたまま全てを忘れて、この世にしがみ付かずに成仏するなんて、お前のような奴に本来許されるような往生じゃ無ぇんだよ。

……胸糞悪ぃ、勝ち逃げされた気分だぜ。

……あ、今気付いた。

俺今回、誰も殺してねぇじゃん(^^;

最初は鏖にする気満々で来たのに、結局誰も殺してねぇ。

事は上手く収まったのに、何か凄ぇもやもやするわ(-ω-)


肩を落としてグランザ邸へと戻った俺は、まだ応接間でおろおろしているグランザとピエールに報告する。

「……ボーテホム、もう死んでたよ。状況から言って、麻薬による中毒死だ。……奴は常習者だったんだろ?」

「……そうですか……。はい、この頃は、薬に頼らなければ、自制が効かないご様子でしたから。」

「アンドリュー……そうか、先に逝ってしまったのか……。」

……はぁ、なんか疲れた。

「グランザ、取り敢えず、フランシスカの診察をするから、案内してくれ。」

「え?それはどう言う……。」

「ん~?さっきの話、まだ理解していなかったのか。私はね、こう見えても魔導士なの。専門はアストラル体の方だけど、一応お医者さんみたいなものよ。さっき言った通り、貴方とフランシスカに処置をして、10年くらい長生き出来るようにしてあげる。だから、その為に診察するから、フランシスカのところに連れてって。」

足から力が抜け、ドッとソファに座り込むグランザ。

「……ほ、本当にそんな事が?」

「不老不死じゃ無いからって、嫌とは言わないでね。専門的な事になるから詳しい事は省くけど、貴方たちの弱ったアストラル体じゃ、どの道永遠なんかには耐えられないわ。10年で我慢して頂戴。」

ぶわっと涙が溢れるグランザ。

「とんでもない。とんでもない。ありがとう、ありがとう御座います。」

「ハワード様、良ぅ御座いましたな。」

手を取り合い喜ぶふたり。

「だ・か・ら。ほら、ピエールで良いから、さっさと案内しなさい。手遅れになっても知らないわよ。」

まぁ、どこにいるかは感知で判っているので、俺は部屋を勝手に出て行く。

その後を、ばたばたと男ふたりが付いて来る。


グランザ同様、もうじき古希を迎えるフランシスカは、とても上品な老婦人と言った雰囲気で、今は微熱に浮かされ寝込んでいる。

ふむ、俺は本格的な医療の心得など無いが、これはひと安心。

どうやら、癌の類では無いだろう。

誰の体にも存在する癌細胞。

それが異常増殖すると命を脅かす事になる訳だが、本来誰の体にもある訳だから、ヒールでは逆効果、と言う可能性は考えていた。

まぁ、それでも、方策はあった。

自然治癒力の強化だ。

結局、病も傷も、人間の体自身が癒すのだ。

癌だって、ナチュラルキラー細胞とやらが増えれば自然治癒する事があると、健康番組か何かで見た覚えがある。

切ったり投薬したりナントカ線を照射したり、ってな先端医療的アプローチが及ばない病状が奇跡的に回復した事例は、その手のTV番組などでも紹介されていて、人間の体はとても弱く、反面とても強いのだと思ったものだ。

クローンで病の無い体だって用意出来るが、そこまでしてやる義理は無い。

この状態なら、多分本体のままでも充分だしな。

「取り敢えず、先にアストラル体を強化しておくわ。それで、今の症状は快復するかも知れないし。」

「あ……あすとらるたい、ですか?」

「あぁ、別に判らなくても良いの。先ずは応急処置と思っておいて。」

俺はフランシスカの体に手を置き、アストラル体に触れて力を送り込む。

そうして、彼女のアストラル体を俺のアストラル体で刺激して、活性化を図るのだ。

これは、魔力の巡りを意識的に行うようなもので、自らのアストラル体を隅々まで知悉し操れるようにならないと難しい。

俺がオーガンに手解きしているのは、主にこのアストラル治療における感覚だ。

こうグワ~として、ギュイ~ンと来て、バッとなって、みたいな、言葉に出来無い感覚的なものを伝える必要があるから、教えるのも難しい(^^;

これを行う際、アストラルダメージを与える攻撃魔法の多くが紫色の光を纏っていたように、施術者である俺の体も薄く紫色に光るようだ。

集中が必要だから目を閉じているので自分では判らないのだが、オーガンが患者に施術するところを見て気付いた。

その纏った紫光が消えてすぐ、パチッ、と勢い良く目を覚ますフランシスカ。

ガバッと半身を起こして「あら、おはようハウイー。ピエール、今日の朝食は何かしら。」と元気の良い挨拶。

ワッと喜び合う男ふたりと、それを不思議そうに眺める上品な夫人。

まぁ、悪くない光景だ。

これを、今回頑張った報酬とでも思っておくか。


一応フランシスカを診察して、無理をしないように言って部屋を後にする。

「そ、それで、どうなんですか、先生。もう妻は大丈夫なのでしょうか。」

部屋の前で待ち構えていたグランザが、俺に詰め寄って来る。

すっかり俺を、医者扱いだ。

「今は大丈夫。でも、私は言ったわよね。貴方たちには、これから先10年の余生をあげるって。だからもう少しやる事があるの。でも、それは後回し。グランザ卿、おでこ出して。」

「え!?」

返事も待たず、俺はグランザのおでこに手を当てる。

そして、先程フランシスカにしたように、グランザのアストラル体も活性化する。

「おぉ……、おぉ、これは……。」

少しやつれていた頬に赤みが差す。

「……ふぅ、意識した事無かったけど、これ結構疲れるのね。ふたりも続けてやるようなもんじゃ無いわね。さ、これで貴方も、しばらく元気でいられるでしょ。」

「あ、ありがとう御座いました、先生。これで妻と一緒に、まだまだ生きられるんですね。」

「勘違いしないで。さっきも言ったけど、これはあくまで応急処置みたいなものよ。ねぇ、ピエールさん、この街にも魔導士ギルドってあるかしら。」

「え?あ、はい、御座います。」

「そ。それじゃあ、後で必要な物をギルドで買って戻って来るから、卿と奥様は食事でもしてゆっくり待ってて。それからピエールさん、貴方はボーテホムの方もお願い。私は御免だけど、貴方たちはちゃんと弔いたいんじゃない?それなら、色々手配も必要でしょ。」

言いながら、俺は階段を降り始める。

「あ、どちらへ行かれるのですか?」

「順番よ、順番。貴方たちより前に、カザフィさんのご家族が先。もう脅威は去ったんだし、カザフィさんも迎えに行って来るわ。」


その足で、俺はカザフィの店に戻る。

まだあれから2~3時間しか経っていないので、皆静かに眠っている。

ちょっと疲れたけど、仕方無いのでポーリーンの足を治療する。

フランシスカのように病気な訳では無いので、足のアストラル体だけ治してやれば、それだけで元気になるだろう。

治療を終えると、裏口から外へ出て、建物内にディスペルを掛ける。

結界も解除して、そのまま郊外へ急ぐ。

適当な物陰の後ろでグリフォンをクリエイトし、不可視を掛けて飛び立つ。

良し、グリフォンよ。

適当にソマレク村へ飛んで行け。

俺は少し疲れたから、そんなに急がなくて良いぞ。


5


グリフォンの冷たい背にもたれ、脱力してボ~としたままソマレク村を目指して飛んでいたところ、ソマレク村までまだ少し距離がある地点で「ケー。」とグリフォンがひと声鳴いた。

眼下を見下ろすと、山道を行くひとつの人影が見える。

あ~、あれは多分。

良し、鑑定Lv1発動……遠過ぎて字小っさ(^^;

仕方無い、空間感知も同時展開。

うん、やっぱりカザフィだ。

俺はそのまま、体をズラしてグリフォンから滑り落ちる。

パラシュート無しのスカイダイビングは気持ちが良い。

どんどん山間の木々が近付いて来て、もう少しで墜落する、と言うタイミングで、山道の上空3m程の場所へ短距離空間転移で移動する。

転移すると、落下の運動エネルギーまでは一緒に連れて行かないので、転移先から改めて落下し始める事になる。

この方法なら、どんなに高い所から落ちても、俺は無事に着地出来る訳だ。

まぁ、地球とは世界の理が違い、強くなると防御力などの高まりで人知を超えた丈夫さが身に付く世界だけに、もしかしたらそんな事をしなくても、平気で着地して走り出せる世界観なのかも知れないが……、自分の体で試す気は無い(-ω-)

俺は、ひぃひぃ言いながら歩いているカザフィの背後から声を掛ける。

「まだ安静にしてなくちゃ駄目でしょ。」

「え……?」

と振り返るカザフィ。

「……ルージュさん?どうしてこんなところに……?」

「それはこっちのセリフよ。言ったでしょ。毒は浄化して体は治ったけど、体力は消耗したって。心配なのは判るけど、大人しく宿で待ってれば良いのに。」

ドッと、そこで尻餅を搗くカザフィ。

「す、すみません。矢も楯も堪らず、つい……。ですが、どうしてルージュさんが村の方から来るのですか?まさか……。」

俺は、座り込むカザフィの前で仁王立ちする。

「実はまだ街へ行っていない、とでも?これでもプロよ、馬鹿にしないで貰いたいわね。……もう終わったわよ。ご家族は無事よ。」

「……え!?終わったって……何が……。」

「詳しい説明は道中でするわ。私は貴方を迎えに来たの。ご家族の元へ送り届けてあげる。」

「家族!そう、家族は無事なんですか?!」

「大丈夫、全員無事よ。ついでに、ポーリーンの足まで治しちゃったわよ。」

「え?え?え?」

「もう良いから、後はご家族の元へ帰ってから、思う存分驚いて頂戴。」

そうして俺は、空で旋回待機していたグリフォンを呼び寄せる。

半透明の獣が、俺の背後に旋風つむじかぜと共に舞い降りる。

それを見たカザフィが、口をぱくぱくさせて言葉を失う。

「私の愛馬よ。これで街までひとっ飛び。さあ、乗って。振り落とされないように、しっかり掴まるのよ。」


カザフィを家族の元へ送り届けた後、魔導士ギルドで必要な道具を揃え、もう一度グランザ邸へ。

施す処置は、自然回復力の強化だ。

それで、老いた体も人一倍元気でいられるだろう。

方法としては、武具などに魔力付与を掛けるのと同じ。

紋様に魔法術式を仕込み、それを刻む事で周囲のマナを自動的に吸収し、効果が継続して発動し続ける。

物では無く体に刻むので、武具に使うのとは違う魔導具が必要となる。

……魔導具は高いから、かなりの出費だけどな。

そうして自然回復力を強化した上で、オフィーリアの祝福を与える。

これで、10年の寿命は担保出来るだろう。

アストラル体を活性化させた効果が、この後の健康的な生活で維持されれば、もっと長生き出来るかも知れないけどな。

「……と言う事よ。理解は出来無くても良いけど、内面を強くして、ありがたい黄金樹の加護を与えたから、暫くは健康に暮らせる。そんな感じよ。」

処置を済ませた後、俺はグランザ邸で晩餐に招かれていた。

今日は疲れたし、心尽くしを断るのも野暮だからな。

「黄金樹!えぇ、えぇ、聞いた事がありますわ。あの美しいお姿は、黄金樹の精霊様なのですね。」

バッカノス王国はスィーフィト共和国のすぐ西だから、花の都モーサントの黄金樹も知られているようだな。

「……ルージュ先生は、黄金樹の精霊様とお知り合いなのですか?本当に何者なのです?」

「もう、ハウイーったら。そんな事、どうでも良いじゃないの。ルージュ様は私たちの命の恩人。それが一番大事な事でしょ。」

「あ、あぁ、すまないな、パキータ。あんまり凄いお人だから、つい余計な詮索をしてしまったよ。」

この歳でお互いを愛称で呼び合う仲ってのは、微笑ましくて良いな。

「向こうが何て言うかは知らないけど、オフィーリアは友達よ。お互いに、数少ない、ね。」

「ほら、ハウイー……。」

「これは失礼しました、ルージュ先生。無神経な事を申しました。」

「え?……あぁ、そう言う事か。良いのよ、気にしないで。人との出逢いは一期一会。いつもその瞬間が、そう、今この瞬間が大切なんだから。おふたりに出逢えて、おふたりを助ける事が出来て、本当に良かったわ。」

手を重ね、そっと涙を拭くふたり。

やはり、良い夫婦ってのには憧れちまうな。

……が。

「美味しい食事の最中に行儀が悪いけど、聞かせて貰える?例の件。」

重ねたその手を、ぎゅっと握り締めるグランザ。

「ハウイー?」

「……判りました。報せによると、秘法を遺した魔導士の研究施設らしき遺跡を発見したとか。情報としては、そこまで秘匿されたていたものでは無く、数年前まで調査が難しい状況だったそうです。」

「……ふ~ん、秘法の魔導士なんて、彼自身は名前さえ忘れ去られてしまっているのに、その研究施設なんて遺ってたんだ。」

「えぇ、そこは我々人間族の支配地では無くエルフの支配地ですから、長い間調査が出来ずにいたのです。」

「エルフ?この辺りにエルフ所縁の場所なんて……。」

ん?いや待て。俺には覚えがあるぞ。

「先程話題に出た黄金樹のあるバッカノス王国が、今でも争い続けている森エルフの縄張りだった場所です。何でも、何年か前にエルフゲリラが活動範囲を変えたのだとか。それで、ようやく人間も入り込めるようになったと言う話で……、どうしました、先生?」

あ~、それ俺です(^^;

エルフゲリラの潜伏拠点跡を、俺の拠点として使う為に追い払いました(^Д^;

そうか、それで遺跡調査が可能になったのか。

……俺が森エルフを追い払わなければ、オヴェルニウス呪法なんて物騒なもん、掘り起こされなかった訳かorz

こいつは益々、放っておけなくなったな。

結局、手前ぇのケツは手前ぇで拭かなきゃならない訳だ。

やれやれである。


つづく

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