第五巻「ホーリーランド」
第一章 今日から俺は!!
1
昼間は蝉が五月蠅く、夜は蛙が五月蠅い夏が過ぎ、そろそろ葉が黄色く色づき始めた今、俺はタリムの街にいる。
あれから色々忙しかったので、暫しの休息中である。
当然目当ては、エディンバラのホイップカスタードシュー。
しかし、今回はそれだけでは無く、新しいシュークリームも買って家路を急いでいた。
まぁ、急ぐと言ってもこの体では、そんなに早く歩けない。
だから、家路と言っても拠点では無く、取り敢えずオーガンの治療院を目指しているところだ。
「あ、お師匠さん、こんにちは。お散歩ですか?」
前から歩いて来た街の人が、気さくに声を掛けて来る。
「はい。今日も良いお天気ですから、お散歩がてらお茶請けを買いに。」
「あら、お師匠様、こんにちは。今日もお元気そうですね。」
そこへ、さらにおばさんが加わって来る。
「はい、お陰様で、この通り元気ですよ。皆さんもお元気そうで何よりです。」
「オーガン先生のお陰ですよ。皆感謝しています。」
「本当、ありがたいわよねぇ。あれだけ腕の良いお医者様なら、もっと大きな街でもやって行けるでしょうに。」
「いえいえ、タリムのような過ごしやすい土地が良いのです。研究も捗りますし、食べ物も美味しい。街の人も親切で良い人ばかり。オーガンは良い場所に腰を落ち着けたものです。」
「そう言って貰えると、こちらも嬉しいですね。」
「あら、お師匠様、またエディンバラのシュークリームですか?お師匠様があんまり美味しい美味しい言うから、すっかり人気店になりましたね。」
「はい、商売繁盛で嬉しい悲鳴を上げておると申しておりました。」
「お師匠さんは、お医者様のお師匠だけで無く、スイーツのお師匠でもあるんですか?」
「いえいえ、私はただの甘味好きなだけの老人ですよ。でもね、好きが高じて若い頃世界中の甘い物を食べて来たので、少し意見してしまいました。ラム酒で風味付けをすると、また違った味わいが得られるんですよ。それで、知り合いの伝手で良質なラム酒を取り寄せて、試作して貰ったんです。これから、新作の試食です。」
もちろん、俺自身が吟味して、良質のラム酒を調達したんだが。
「それは楽しみですね。私も買いに行こうかしら。」
「しかし、オーガン先生のお師匠さんで、その上スイーツまで詳しいなんて、お師匠さんは何者なんです?」
「ほっほ、ただの爺ですよ。まぁ、これでも昔は名うての戦士で、ドラゴンとだって戦ったんですよ。」
「えっ!?お師匠さんって、魔導士じゃ無いんですか?」
「ドラゴンって、今の姿からは想像出来ませんよ。いやだ、もしかして冗談ですか?」
「とんでもない。そうそう、吸血鬼を倒した事もありますから、元ヴァンパイアハンターなのです。どうです?面影ありませんか?」
そう言って、突いていた杖を振りかざしてみる。
顔を見合わせて、笑い出す2人。
「いやだ、お師匠様。ご冗談ばっかり。」
「もしかして、吟遊詩人だったんですか?お師匠さんはいつも面白い話を聞かせてくれますねぇ。」
「ほっほ、長く生きていると、色々経験するんですよ。嘘か本当かなんて、些細な問題です。」
「やっぱり嘘なんだ。もう、いやですよ、お師匠様。」
「それじゃあ、道中お気を付けてお帰り下さいね。オーガン先生にも宜しく。」
「えぇ、それじゃあ、ご機嫌よう。」
そうして2人は、俺と別れて歩み去る。
……こう言う、他愛の無い会話を楽しむのも、たまには良いものだ。
俺も改めて、杖を突き突き家路を急ぐ。
早く、新作シュークリームを楽しみたいのぅ。
街の人の要望もあって、今では増築されて結構大きくなった治療院。
昔は、治療を施すだけしか出来無かったが、今では何床か入院用のベッドも設えてある。
まぁ、今のオーガンに治せない傷や病気などほぼ無いので、そのベッドが埋まる事は無いのだが。
規模から言えば、ナースのひとりもいて良いのだが、俺たちの正体が正体だけに、オーガンひとりで切り盛りしている。
世間話が目的の爺さん婆さん以外、普段あんまり人は来ない。
医者が暇なのは良い事だ。
「今帰ったぞ~。」
そう声を掛けて治療院の扉を開くと、奥の診察室から顔を出すオーガン。
「あれ?またその格好でお出掛けでしたか。老人の体は不自由でしょうに。」
そう、俺は今、爺さんの実験体で出掛けていた。
杖を突かなければ、少し歩くのも疲れるような弱々しい体。
それでも、この見た目だと、自然と皆オーガンの師匠だと納得してくれるからな。
タリムではいつも、この体を使っている。
「今日は、エディンバラの新作シュークリームの試作品が完成する日だからな。タリムで出歩くなら、この格好じゃなくちゃ。」
「そうでしたね。それでは、お茶の用意をします。珈琲が良いですか?それとも紅茶?」
「珈琲を頼む。オーガン、お前の分もあるから一緒に喰おう。感想を聞かせてくれ。」
「はい、判りました。すぐ用意します。」
あの後、残してあった実験体は全てここ、タリムの拠点に集めた。
エディンバラのホイップカスタードシュー、それが決め手でここを本拠にする事は決定事項だったからな(^^;
ニホン拠点で勇者の遺体を回収した後、勇者の遺体もこっちへ運んだ。
勇者の遺体から作ったクローンにも問題は無かった為、ニホン拠点を始め、ここタリムの本拠も含め、全ての拠点に勇者ボディのクローンと女性体のセットを配置し直した。
その後、シンクとしてユーワン夫妻、ショーリエの漁師夫婦だ、彼らに逢いに行った。
何でも願いを叶えると約束したが、丁重に断られてしまった。
グルドのお陰で村は安全になったし、それを俺が成した事はグルドから村の皆にも伝わっていて、それ以上求めるものは無いと。
それでは俺の気が済まないからと、ユーワン夫妻では無く、ショーリエ村への贈り物として、牛や豚を何頭か持ち込んだ。
これで宴会でもしよう、そう持ち掛けられれば、彼らも断れない。
良い酒と食事を振舞って、また遊びに来ると約束もした。
ロンガルド王国のミンスリー男爵にも逢いに行った。
身内の揉め事だけに、素直に良かったとは言えないが、おふたりはお元気だった。
そんな事があったので、結局シンクは封印扱いとはせず、カンギ、ニホン方面担当物質体とした。
それならばと、ここではこの老人体がタリム担当物質体で、名前はオーガンの師匠(^^;
こう言う平和な街では、老人で過ごすのも気持ちが良いものである。
「うん、これこれ♪俺が生前喰ってたbigシュークリームに近い。やっぱラム酒の風味が決め手だったんだな。」
試作品のシュークリームは、すこぶる美味かった♪
ラム酒の風味が加わると、味にパンチがある。
後はシュー生地の方だな。
このクリームに一番合うシュー生地が何か、試行錯誤してみるのも良いだろう。
「……本当に美味しいですね。何と言うか、お酒でしたっけ、大人な味になったと言うか……。」
「お、オーガンも気に入ってくれたか。オーガンは、そこまで甘い物好きじゃ無かったから、そのオーガンの口にも合うなら、大成功だな。」
「はい、これは素晴らしい。私、魔法以外でこんなに感銘を受けたのは初めてかも知れません。さすがですね、先生。」
ふむ、オーガンは優秀な男だが、少し生真面目過ぎると思っていた。
あれから10才歳を取ったし、少しは砕けて来たかな。
「さて、美味いスイーツも堪能したし、ここ数日のんびり出来たし、そろそろ出掛けるか。」
「もう行ってしまうのですか?もう少し留まって、私の研究をお手伝いして頂けると助かるのですが。」
珈琲を一気に呷り、俺は席を立つ。
「お前の研究と俺の研究は、厳密には違う方向性のものだ。必要な手解きはもうしたし、機材や資料は自由に使わせているんだ。お前の自由にやるのが一番さ。ま、他の人間の発想が助けになる事もあるから、俺もお前に力を貸したんだ。何か面白い話が出来たら、聞かせに戻って来るよ。エディンバラのシュークリームが恋しくなるしな。」
「判りました。それでは、拠点までお送りしましょう。」
そう言って、後を付いて来るオーガン。
「その必要は無い。空間転移で移動するから大丈夫だ。そこまでで良いよ。」
「先生、何かあったら仰って下さいね。ご恩返しの為にも、私はいつでもお力になりますから。」
「オーガン、もっと気楽にやれ。何事にも多角的な視野が肝要だ。だからこそ、遊び心も大事なんだぞ。良し、お前に課題を出そう。さっきのシュークリーム、味は最高だったが、食感にはまだ改良の余地があると見た。暇な時に、エディンバラのパティシエと相談して、一番合うシュー生地の探究をしておけ。その内、それを喰いに戻って来るからな。」
「ははっ、判りました。私もあのシュークリームは気に入りましたから、新しい研究課題として取り組みましょう。」
少しは砕けたと思うが、まだまだ固いなぁ(^^;
まぁ、40代になれば、もう少し解れるかな。
俺は俺で、こっち来て中身の方は還暦迎えちまったからな。
ここまで達観するには、オーガンはまだ若い、か。
「それじゃあな。行って来る。」
俺はステルスを発動してから、短距離空間転移で移動を開始する。
久しぶりの旅立ちである。
2
黄色く色づく森の中、土が剥き出しになった崖にしか見えない場所が、以前魔剣に殺され掛けた洞穴のあったところ。
今では埋まっていて、洞穴の入り口など見えない……と言う幻影も結界の一部。
今でもそこに洞穴はあり、本拠への入り口として機能している。
ただし、この入り口の結界は、俺とオーガンしか通れない。
まぁ、間違って森へ入り込んだ街の人がいても、ただの崖にしか見えないので入ろうともしないだろうが。
一応念の為、ステルスのまま結界を通り抜け、小さな洞穴の奥から地下へと降りる。
本拠とする為拡張したので、地下は結構広くなっている。
「ライト。」のひと声で明かりが灯る。
これも一応念の為、洞穴には灯りは設置しておらず、本拠への入り口にも俺とオーガンしか通れない結界が張ってある。
拠点内の構造は、基本的にどこも似たようなもんだ。
広さは違うが、同等の機能を果たして貰わねば困るからな。
まずは、中心となる大きな部屋があり、ここから他の部屋全てに移動する事になる。
俺の研究室とオーガンの研究室があり、オーガンの研究室は本拠だけの部屋だな。
どちらも、出入りは自由だ。
それから資料室、装備類の備蓄室、食糧庫兼用のキッチンもあり、飲食は中心の部屋中央に設えてあるテーブルセットで。
すでにゴーレムゾンビは増やしていないが、廃棄もしていないのでカタコンベもある。
泊まり込む事もあるので、仮眠室と風呂トイレ完備。
風呂やトイレは、現代知識でマジックアイテムとして再現。
水洗とかは精霊魔法の応用で簡単だが、問題は生活用水や汚水の排水。
拠点から一番近い川の傍に、浄化槽のような物を設置し、そこへ自動転送するシステムを構築した。
これで、汚水は最低限浄化されてから、川へと流される。
アーデルヴァイト一般としては、辺境では未だに排泄物を豚が処分する為に便器の下で豚を飼育しているようなトイレも珍しく無く、水回りは大都市の一流ホテルよりも拠点の方が清潔なくらいだ(^^;
オーガンが俺を尊敬している内の50%くらいは、洗浄シャワー付き温水便座水洗トイレによるところが大きいのではないだろうか(笑)
そして、一番大事な予備体の保管室。
ここの結界だけは、俺だけが通れる。
オーガンを信用しない訳では無いが、謂わばプライベート空間だからだ。
今も、老人体で裸になり、身に付けていた衣服は洗濯籠へ入れておき、保護器の中の女性体に入り直してから、老人体を代わりに寝かせる。
もちろん、この時女性体も裸であり、言ってみればここでは肉体を着替えている訳だ。
まぁ、洗濯籠を持って備品室へと移動する間は裸のままだし、別にオーガンに裸を見られたからって気にしないのだが、一応何と無く。
無防備に眠る自分の裸体が並ぶ部屋は、やはりプライベート空間だと思う。
いつもは、着替えが済んでから洗濯をする訳だが、本拠の場合は備品室に置いておけばオーガンが後で洗っておいてくれる。
だから、今回はお着替えを済ませたら、すぐに発とう。
下着は、胸元が広く開いた山形ラインのハーフキャミにパンティー。
パンティーの色は白と決めている。
そして、キャミソールの上に、少し赤みを帯びた黒のレザージャケットを羽織る。
デザイン性を重視する為、レザーアーマーすら着ない代わりに、ジャケットなど衣服に魔力を付与して防御力を強化してある。
下は、こちらも少し赤みを帯びた黒いレザーのタイトなミニスカートを合わせ、これまた少し赤みを帯びた黒いレザーのロンググローブとロングブーツでコーディネイト。
ミニスカとブーツの丈を調節して、絶対領域は確保してある(^^;
動きにくくなってもハイヒールは譲れないので、ブーツのヒールはそこそこ高め。
これで、広く空いた胸元と絶対領域により、視線誘導効果ばっちり。
こうなると鞭でも持ちたいところだが、あくまで女盗賊スタイルなので、今まで通りショートソードとダガーを帯びる。
腰まで届く綺麗な金髪は、後ろでひとつにまとめる。
生前、コータローに憧れて、一時期髪を伸ばした事もあるのだが、肩まで伸びるのが精一杯だった為、腰まで届く美髪は何気に嬉しい。
生前一切化粧などしていなかった俺は、最低限のナチュラルメイクで済ます。
素体である勇者くんがイケメンだっただけに、化粧で誤魔化さずとも素で美人だから問題無し。
後は、最低限の装備類を小さめのリュックとウエストポーチなどに詰め込んで、お出掛け準備は完了だ。
……こうして、女性体としてお洒落を楽しむようになると、女の子が際どい格好をして嫌らしい目で見られる事に、憤りを覚える気持ちが判るような気がする。
別に、好みの男や好きな男に見られるのは嫌じゃ無いし、むしろそう見られたいとも思うだろう。
あくまでも、赤の他人に見せたくてこんな格好をしている訳じゃ無い。
まぁ、中にはそう言う目で不特定多数に見られたい嗜好の方もおられるだろうが、一般論としてお前ぇらに見せる為じゃ無ぇ。
何より、綺麗な格好や可愛い格好、ちょっとえっちな格好なんかをして着飾るのが、堪らなく楽しいのだ。
誰の為かって、自分の為なんだ。
だから、そんなえっちな格好しているのが悪いとか、馬鹿な事言ってんじゃ無ぇ、って思う。
もちろん、TPOを弁えずに危険な場所に危険な格好で行くお花畑は論外だけどな。
俺はこの格好でむくつけき男たちの群れの中に突っ込んで行く訳だが、下手に手を出して来た男どもを返り討ちにする力がある。
自己責任で身を守れるから例外なだけで、妙齢のお嬢さんは薄着で繁華街なんか出歩かない方が身の為だ。
これで準備は万端調った。
特定の目的地がある場合、先にアストラル体で目的地に一番近い国の拠点へ飛ぶのだが、今回はここから歩いて出掛ける。
特に、これと言った目的がある旅では無いからな。
俺は、人間族の全ての国を渡り歩きはしたが、全ての都市を巡った訳では無い。
さらに、馬を使ったり馬車に乗ったり、今では空を飛んで行く事もある訳で、踏破していない場所などいくらでもある。
その中には、面白い村とか未発見の遺跡なんかもあるかも知れない。
今は、そんな未知を求め、可能な限り一度も通った事の無い道を歩いて旅する事にしている。
正直、一応の不老不死を得て、それなりに攻撃魔法も研鑽し、これと言った研究課題が無いのが実情だ。
これではつまらない。
1000年の孤独を生きるなら、何かしら楽しみが必要となる。
何でも良いから、心血を注ぎ込みたくなるような未知との遭遇がしたい。
だからこそ、遺跡探索を中心に、辺境巡りをする事にしたのだ。
まぁ、未踏破の遺跡など、そうそう見付かるものでも無いけどな。
3
黄色い葉よりも赤い葉が目立つようになったのは、俺が今歩いている道が峠道だからだ。
未踏破の僻地となると、やはり平地よりも山になる。
山も深くなれば、中まで入り込む人間の数も減るから、未発見の何かが見付かる可能性も、平坦な土地よりは高いだろう。
他の集落との交流が少ない村では、その村ならではの秘密もあるかも知れない。
本当に当ての無い旅だから、そんな場所を適当に歩き回る他無い。
それに、人通りの少ない寂しい道なら、女のひとり旅を襲おうとする輩も出るかも知れない。
クリムゾンにしろノワールにしろ、俺から盗賊団を襲う事はあっても、向こうから襲って来てはくれなかった。
まぁ、俺が盗賊でも、190からのゴリマッチョを見掛けても、襲いたいとは思わないだろうが(^^;
「……ぶですか?……て下さい……。」
ん?道の先から声がする。
少し小走りになって先まで進むと、倒れているひとりの男と、それを介抱する3人連れの旅人らしき姿があった。
遠目からでも、倒れている男の顔色の悪さが見て取れた。
空間感知を展開すると、この場から急速に遠ざかって行く人影を発見。
誰かがあの男を襲ったが、人が来たから止めを刺さずに撤退したと言うところか。
様子を窺わずに撤退したと言う事は、止めを刺す必要は無いと判断したと言う事。
多分、毒だな。
「ごめんなさい、私に診させて貰えるかしら。少し医療の心得があるの。」
「え?……あぁ、お願いします。私たちじゃどうしようも無くて困っていました。」
男に声を掛けていた女性と変わって、俺は男の様子を見る。
相も変わらず鑑定Lv1なので、ステータス変化を情報として知る事は出来無いが、毒だと思って体を調べてみると、首筋に1本の針を見付けた。
まだ毒の成分が残っているかも知れない。
俺は間違って自分に刺さないように、結界で覆ってから胸元に仕舞う。
この場で毒の特定は出来無いから、どこかで調べないとな。
とは言え、この男の症状は、経過時間を考えるとかなり重篤な気がする。
取り敢えず俺は、一般的な解毒の魔法であるディスポイズンを掛けてみた。
効果が無い、とは言わないが、やはりそれだけで完全に浄化は出来無かった。
アーデルヴァイトでは、魔法で解毒出来てしまうから、毒の脅威が低くなる。
それでは困るのが暗殺者なので、古来毒の改良もされている。
つまり、低位の解毒魔法で癒せない時点で、この男は面倒な相手に命を狙われていると言う事だ。
「この近くに村はある?」
心配そうに覗き込む3人に問い掛ける。
「え、あ、はい。丁度この先に、小さな村があります。トンテヌスの山越えの中継点であるソマレク村です。」
「それは良かった。彼をそこまで運ぶわ。これは、専門家か高位の神聖魔法が使える司祭様じゃ無きゃ、手に負えない毒よ。」
そう言って、俺は男をお姫様抱っこして歩き始める。
「え、あの、私たちで運びましょうか。」
3人の内2人は男性だったので、そう持ち掛けて来る。
「大丈夫よ。私こう見えて、力持ちだから。あぁ、そうそう、そこにこの人の荷物が落ちてるから、それは持って来てあげて。」
俺はあたふたする3人を置いて、さっさと先へ進んだ。
辿り着いた村は、確かに規模としては小さかったが、山越えの旅人が頻繁に訪れる為、施設は充実していた。
主神教の教会には司祭が常駐しており、高位の浄化魔法で無事、男の毒は浄化された。
暗殺者が必死に改良を加えた特殊な毒物も、神の奇跡の前には無力なのだった。
ついでに、男に刺さっていた針も浄化して貰った。
毒物の特定をして解毒剤の調合をする必要が無くなったので、もう必要無いからな。
胸元から針を取り出した際、司祭が顔を真っ赤にしていたのが楽しかった。
坊主ってのは、生臭か初心の両極端なのかな?
こう言う楽しさを覚えてしまうと、初心な男の子をからかうお姉さんの気持ちが、少し判ってしまうな。
あぁ、ちなみに、発育良好な勇者くんの女性版だけあって、高身長だけで無くスタイルも抜群だ。
薄っすら腹筋が見えるくらいに引き締まっていて、それでいて出るところは出て、引っ込むべきところは引っ込んでいる。
その上で、中身が俺だから男に媚を売るような態度は取らないので、格好良い女性然としている。
そのお陰で、女性からも嫌われず、むしろ好感を持たれる事が多い。
本当、生前の俺とは違って、勇者くんは男であっても女であっても完璧超人だな。
時間帯によっては、ここで一泊してから山を越えたり下りたりする旅人もいるので、宿泊施設も充実している。
その一室を借り受け、男を寝かせて貰った。
念の為、俺が付き添って様子を見ている。
かなり強い毒で弱っていたので、ここ数時間ヒールを掛け続けていたが、日が暮れる頃ようやく男は意識を取り戻した。
一緒に付き添っていた、3人の旅人も安堵する。
「……ここは?……あぁ、天国か……。」
俺の胸元を見詰めながら、男がそう呟く。
旅人の中の紅一点、ビアンカ嬢が咳払いをする。
「ふふっ、違うわよ。ここはソマレク村の宿よ。貴方運が良かったわ。この人たちが貴方を介抱してくれて、この村の司祭様が治療して下さったの。それで一命を取り留めたのよ。」
男は、俺の背後に控える3人を見やり「それはありがとう御座いました。」とお礼を言う。
「とんでもない。我々は何も出来ませんでした。この女性が貴方を助けたんですよ。」
と、旅人のひとり、サンチェスが答える。
「貴女もありがとう御座います。お陰で助かりました。」
「良いのよ。袖振り合うも多生の縁。たまたま通り掛かった私が、ほんの少し神聖魔法を使えただけの話よ。魔法の治療なんてお安いものよ、私の体は高いけどね。」
「いや、これは、ははは、参りましたな。」
男連中が慌てる横で、ビアンカ嬢が咳払いをまたひとつ。
「冗談はさておき、体の方はもう大丈夫だと思うけど、回復するのに体力を消耗したはずよ。ちゃんと食事を摂って、もう一度ゆっくり休んで頂戴。良いわね。」
「あ、はい、判りました。本当に、ありがとう御座います。」
俺は立ち上がり「それじゃあ、食事はここに運ばせるから、ちゃんと養生してね。」と部屋を後にする。
その後、俺は宿の主人と話し、ビアンカたちは部屋に戻って行った。
今日はこのまま、ここに泊まる事になった。
山間の村の夜、風が木の葉を揺らす音くらいしかしない、静寂の闇。
一命を取り留めた男が寝静まるその部屋の扉が、音も無く開く。
誰もいないベッドの横に佇む人影は、まだベッドが空な事に気付かない。
俺は、静かに扉を閉めてから、部屋に明かりを灯す。
「そこには誰もいないわよ。貴方が来るって判ってたから、他の部屋で休んで貰ってるわ。」
「……こ、これは一体どうした事です?私は、あの人の様子が気になって見に来ただけですよ。」
そう取り繕うのは、3人の旅人の内のひとり、モーゼフだ。
「プロなんでしょうけど、遊び心が足りないわね。貴方、態度が固かったわ。私が場を和ませた時くらい、一緒になって相好を崩さなきゃ。」
「……私は、あぁ言う冗談は嫌いなだけですよ。」
「聞いたわ。貴方たちって、最初から3人連れだった訳じゃ無くて、山越え前に意気投合して一緒に行動していただけなんでしょ。襲撃者があっさり逃げたのは、毒殺完了を確信したからだと思ってたけど、死を確認する役は別にいた訳ね。感心するわ。」
「……。」
「結局、機会を逃して自己紹介が遅れたわね。私、こう見えて冒険者なの。冒険者兼盗賊のルージュよ。」
「!……。」
一瞬反応を見せるモーゼフ。
俺はあの後、世界中を飛び回って忙しくしていたが、一応改めてルージュとして冒険者ギルドと盗賊ギルドには登録しておいた。
今回は、本拠タリムがあるスィーフィト共和国所属の冒険者兼盗賊だ。
本格的に活動していた訳では無いが、登録したついでに頼まれ事は片付けた。
Lv40勇者の超絶美人、そりゃもう目立つ(^^;
まだ顔は売れていないが、名は売れた。
不本意ながら、暗殺者もご同業、ルージュの名を知っていて不思議は無い。
俺は、腰のショートソードを抜き放つ。
「素直に口を割ってくれると助かんるんだけど、貴方たちの組織ってどんな体質なのかしら。拷問すれば口を開く?それとも、逃がしてあげればアジトまで案内してくれる?そう言う意味で、殺したく無いんだけど。」
目の前からモーゼフが消え、次の瞬間俺の左側の死角から斬り込んで来る。
俺は微動だにせず、それをショートソードで受け止めると、モーゼフはもういない。
いつの間にか天井に張り付き、今度はそこから斬り下して来るモーゼフ。
俺は再び、微動だにせずそれを跳ね返す。
モーゼフが動き、俺は動かず、そのまま何合も斬り結ぶが、モーゼフの息は上がり、どんどん顔色が悪くなる。
俺は受けるだけで無く、一合斬り結ぶ度に、モーゼフの体に少しずつ小さな切り傷を付けていた。
その気になれば、いつでも斬れる、そう言うメッセージだ。
ついには、がっくりと膝を突き、肩で息をして動けなくなるモーゼフ。
「ほら、素直に吐くか、道案内するか、早く決めて。貴方じゃ私に敵わない。もう解ったでしょ。」
「はぁ、はぁ、はぁ……、確かに、俺じゃあお前には敵わないな……だが!」
止める暇も無く、モーゼフは手にしたナイフで首を突く……まぁ、止める気も無かったんだが。
そう言う訓練を受けたプロは、拷問程度じゃ口を割らない。
そして、こうして自ら命を絶ったりする。
それは判っていたのだが、だからと言って自死を防いでも、その後口を割らせる手段が思い付かない。
だから、死にたいように死なせてやった。
少しでも命を惜しんでくれれば、口を割るか逃げ出すかしてくれるから、こちらとしては助かるんだけどな。
こんな時、ヘヴンズドアーがあれば便利なのに(^^;
……待てよ。
敵の頭の中を覗くのは無理だけど、もしかしたらあれが役に立つんじゃなかろうか。
4
翌朝、俺は一命を取り留めた男、カザフィの部屋に出向いた。
モーゼフの死体は処分して、ビアンカとサンチェスには、モーゼフは急用を思い出したと言って夜が明ける前に出立したと伝えた。
荒事に慣れていない普通の人々には、わざわざ何があったか伝える必要は無いからな。
「カザフィさん、差し支えなければ、ご職業をお教え願えますか?」
ベッドで半身だけ起こしたカザフィは、神妙な顔で答える。
「……やはり、これでもう安心、とは行かないんですね……。私は、ここから山を戻った先、ネガシムの街で商人をしています。」
「商人?もしかして、穀物商人?偉い人なの?」
ここスィーフィト共和国では、議員を務める穀物商人が一番の権力者と言って良い。
王国時代に貴族だった議員たちもいるが、実権を失って久しい。
「あぁ、いえ、しがない雑貨商でして、貧乏暇無しで忙しくさせて頂いています。」
「そう……、それじゃあ、命を狙われる覚えなんて無いのかしら。」
「……私自身は、ただの雑貨商に過ぎませんが、とある貴族のお屋敷に出入りさせて頂いていて、先日そこで、その……。」
「何かあったの?」
「……何かあった、と言うほどの事だとは思わなかったのですが、それしか命を狙われる理由が思い付きません。その方の机の上に置いてあった、手紙を目にしてしまったのです。」
「あら、大変。それはさすがに不味いんじゃない?重要な内容だったのね。」
静かに首を振るカザフィ。
「判りません。何しろ、そこに書かれてあった文字は、全く読めませんでしたから。だから、大した事は無いと思ったのですが……。」
……逆に深刻かも知れないな。
誰かに読まれても簡単には読めないような手紙なら、情報は漏れていないと考えられる。
その上で、念には念を入れて殺してしまおうなんて、よっぽどの内容って事だ。
「……カザフィさん、貴方ご家族は?」
ハッとするカザフィ。
「つ、妻と子がおります。老いた母も。まさか……。」
「……私なりのやり方で良ければ、手を貸しても良いけど。」
「ど、どう言う事ですか?」
「……厳しい事を言うけど、ご家族は運次第よ。すでにそっちにも手が回っていたら、もう手遅れだから私にもどうしようも無いわ。」
「そんな……。」
「貴方だけが狙われた可能性もあるわ。その場合、貴方が生きていると知られる前に、行動する必要がある。」
項垂れるカザフィ。
「そして、これから先の安全まで考えれば、やり方は限られるのよ。はっきり言うわね。貴方が死ぬか、その貴族や雇われた暗殺者たちが死ぬかよ。」
反応しないカザフィ。
「賽は投げられた。もう零れた水は盆に返らない。しっかりしなさい!まだご家族は生きてるかも知れないのよ!」
ハッとして顔を上げるカザフィ。
「貴方が望むなら、私が敵を殺してあげる。私に出来るのはそれだけ。貴方やご家族を助けるのでは無く、敵を殺すのが私に出来る事よ。それでも良いなら、手を貸してあげる。」
ガッと俺の両腕を掴み、頭を下げるカザフィ。
「お願いします。万にひとつでも家族が助かるなら、お願いします。どうか、どうか……。」
「……判ったわ。でも、これは取引よ。私も、慈善事業で命を張ったりしないから。」
顔を上げるカザフィ。
「お金なら、お金ならいくらでも!」
カザフィの腕からするりと抜けて、くるり身を翻して立ち上がる俺。
「お金なんか要らないわ。多分貴方より、私の方がお金持ちだし。そんな事より、ひとつ実験に協力して欲しいの。それで、貴方の願いは叶えてあげる。」
記憶再生と言う魔法スキルがある。
これは、スキルツリーのどのスキルとも繋がっていない、独立スキル。
多分、どこかの賢者がスキルツリーに登録して、世界と共有化した魔法だ。
効果は、名前の通り記憶を再生するもので、他者の特定の記憶を術者が共有し、脳内再生すると言うもの。
これなら、カザフィが見ても読めなかった手紙の内容を、俺ならば解読出来るだろう。
この魔法の欠点は、引き出す記憶を対象者が思い出さなければならない点だ。
膨大な記憶の中から、特定の記憶を指定するのは至難の業で、対象者自身の協力が不可欠。
故に、無理矢理他人の記憶を覗く事は出来無い。
まぁ、拷問なり洗脳なりで、無理矢理協力させる事は出来るけども(^^;
何より、話を聞くのとは違い、視覚や聴覚、嗅覚など、体験を共有出来るから正確な情報が得られる。
客観的なものとして再生出来るから、対象者が気付いていなかった事に気付く事もある。
とても便利な魔法なのだ。
しかし、である。
俺は今まで、この魔法を獲得してはいなかった。
先述した通り、無理矢理記憶を覗ける訳では無く、強制力が無いから使える機会は限られる。
自分の記憶を他人に見られたく無いと考えてもおかしく無いので、こう言う特殊な状況下でしか使えない。
そして、最大の問題点が、獲得スキルポイントが20万ポイントも必要と言う事だ。
これは、Lv40、Lv50まで成長すれば獲得出来る、総万能スキルポイントに匹敵するほどのポイントだ。
普通は、役に立つスキルにスキルポイントは消費して行くから、20万ポイントも未使用ポイントが貯まる事は無い。
その上で、効果は確かに便利だが、対象者の協力が不可欠な為使える機会が限られる。
そんな魔法スキルを、わざわざ20万ポイント消費して、獲得しようとする奴はいない。
俺自身は、魔法をマニュアルで使い続けている為、魔法系スキルポイントだけで20万ポイントなんて軽く超えている。
魔法系スキルは、物質魔法Lv1とライトLv1しか覚えていないから、一切消費せず貯まる一方だ。
だが、ここまでのポイントを消費してまで覚える価値があるか、と考えると、中々獲得する気にはなれなかった。
しかし今回、この魔法があれば役に立ちそうだし、そう思ったら違う発想も降りて来た。
こんな、普通では誰も取らないような魔法スキル、しかもその内容を鑑みれば、魔法としては相当高度な魔法なのではないか。
俺がライトを獲得した時のように、今度は高度な魔法の参考書となるのではないか。
であれば、効果以上に得るものがあるかも知れない。
そう考えて、ついポチッたのである(^^;
俺はカザフィに向かって、両手をかざす。
「それじゃあ、手紙を見ちゃった時の事を思い浮かべて。貴方は、そのままじっとしててくれれば良いから。」
「は、はい。お願いします。」
別に、対象者は緊張する必要無いんだが、まぁ、魔法に慣れていないと怖いかな。
俺の方も、初めての発動だから少し緊張する。
それでは発動、記憶再生!
「この者思い返し過ぎ去りしかの日、そはいずこにありや。」
魔法語の呪文が口から紡がれると、少しカザフィの頭部が光り輝いた。
え、もう発動するのか?
こんなに簡単な詠唱だけで?
「思いの在り処
いや、続きがある……しかしこれって……。
「此方思いを紡ぎし、我の心寄り添いて。」
まただ、まだ発動していない。
「共に歩かん、かの日の蜃気楼よ。」
4つの言葉が紡がれた後、その魔法は発動を迎えた。
5
ここは、出入りしているグランザ元子爵のお屋敷だ。
今日は、先日頼まれていた、奥様への贈り物であるオルゴールを持参した。
愛を司る女神メリヘイルを象った像で、おふたりの結婚記念日を祝う品だと聞いた。
子供に恵まれなかったグランザ元子爵にとって、奥様はこの世で一番大切なお方。
その方への贈り物をご用意する大役を任せて貰えるなど、しがない雑貨商に過ぎない私には、身に余る光栄。
いつも御贔屓にして下さって、本当にありがたい話だ。
「これは、ピエールさん、おはよう御座います。今日はとても大切なお届け物をお持ちしましたよ。」
庭にいた執事のピエールさんに挨拶をする。
邸内へは、いつも彼が案内をしてくれる。
「あ、これはカザフィ様。ご苦労様です。すみませんが、今日は裏口からお入り頂きます。宜しいですか?」
「え、えぇ、構いませんとも。それでは案内をお願いします。」
「あぁ、すみません。私は少々執務がありまして、裏手に回れば扉は開いておりますので、そちらから入って荷物を置いて行って貰えますかな。」
何か、いつもと様子が違うピエールさんだが、今日は忙しいのだろうか。
「大切なお荷物なのですが、どちらにお運び致しましょう。」
暫し悩むピエールさん。
これは一度、出直した方が良いかも知れない。
「それでは、入ってすぐの部屋から右手にグランザ卿の書斎がありますので、書斎中央のテーブルへ置いておいて貰えますか。そこならば、そのお荷物が特別な物だと卿もお判りになるでしょう。」
「え……、判りました。それでは、そのように致します。」
案内も無しに、勝手に歩き回った事は無いから少し不安だが、入ってすぐの部屋の傍なら、迷う事も無いだろう。
そう、私はその時、あんまり深く考えずにお屋敷の裏手から入り込んだのだ。
そしてグランザ元子爵の書斎、そのテーブルの上にオルゴールを入れた箱を置いて帰ろうとした。
その時ふと、書き物机の上に手紙が開いて置いてある事に気付いた。
もちろん、人様の手紙を勝手に覗き見るなど失礼だから、私にその気など無かった。
ただ、その日は風が少し吹いていて、その風に手紙の1枚が飛ばされ足元に落ちたのだ。
深く考えずにそれを手に取り、元通り机の上に戻した。
「誰だ!そこで何をしている!」
誰何の声に振り返ると、そこにはグランザ元子爵の弟君である、ボーテホム元男爵の姿があった。
「これはボーテホム様。只今、大切なお荷物をお届けに参りました。」
「……貴様は出入りの商人の……カザフィであったか。そこで何をしていた。」
「え?ですから、お荷物を……。」
「その事では無い。机の上の手紙を読んだのか?」
「あ、いえ、風に飛ばされたので、拾っただけで御座います。」
「……そうか。もう用事は済んだのであろう。では帰るが良い。」
「は、はい。失礼致します。」
確かに手紙を見てしまったが、私には読めない字だったから内容は判らなかった。
風で飛んだ所為なのだし、仕方が無かったのだ。
ボーテホム元男爵もお許し下さったし、さっさと店に戻ろう。
すれ違う時、ボーテホム元男爵は笑顔だったが、その眼が笑っていないような気がして、少し不安ではあるが……。
記憶の再生が終わり、意識が元の部屋へと戻って来る。
「い、今のは一体……!?」
「記憶再生の魔法よ。貴方の記憶を、ふたりで一緒に見たのよ。記憶だから単なる映像じゃ無くて、追体験する感じだったわね。」
そう、記憶を映像化するのでは無く、まるで今目の前で自分の身に起こっているかのように再現されていた。
だが、カザフィとしての思考や感情と共に、俺自身の意識もはっきり感じられた。
だから手紙の内容は、思考加速でその場で解析済み。
う~む、これは脳が忙しい。
手紙の内容もそうだし、本当はすぐにも記憶再生の術式解析に取り掛かりたい気分なのだが、カザフィの家族の事もあるから、先ずはそっちを片付けなければな。
「手紙の内容は解ったわ。仮に内容が漏れたと思えば、確かに見た人間を殺そうと思ってもおかしく無いわね。貴方は全然悪く無いけど、不運だったわ。」
「一体、どんな内容だったのですか?」
「……それは知らない方が良いわ。取り敢えず、グランザとボーテホム、それから執事のピエールを殺すわ。何とか、依頼された組織も割り出さなくちゃ。」
驚くカザフィ。
「え!皆殺すのですか?!」
「そうよ。さっきも言ったでしょ。これはもう、敵を殺すか、貴方が死ぬかよ。私も鬼じゃ無い。組織の方は、正体が掴めたら鏖にするけど、元子爵の方は奥さんだけ見逃してあげる。こんなものをどう使うつもりかは知らないけど、兄弟と執事は、確実にこの件に関わっているでしょうからね。」
もちろん、その奥方も関わっていた場合、殺すけどな。
「そんな……。」
「……もう一度聞くわよ。私のやり方で敵を殺すわ。それで良いわね。……相手は、貴方の家族を殺したかも知れない連中よ。」
カザフィの表情が引き締まる。
「はい!お願いします!元子爵を、いえ、グランザを殺して下さい。」
カザフィの目を見詰め、そして頷く。
俺は踵を返して、部屋を後にしようとする。
「……先ずは貴方の店に行くわ。ご家族の無事を先に確認する。記憶再生で貴方の気持ちも共有しちゃったから、貴方がどれだけご家族を想っているか判っちゃった。無事である事を祈るわ。」
カザフィの嗚咽を背に、俺は部屋を出て、一路ネガシムの街へ。
つづく
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