第六章 やまたのカプリッチオ


1


生前の俺は出不精で、旅行なんて人生で数回しか行った事は無かったが、旅行自体が嫌いだった訳じゃ無い。

伊豆まで仲間たちと車中泊1泊2日で泳ぎに行き、帰りに温泉に入った事を懐かしく思い出す。

湯帷子を着る古風な入り方と、体が少女である事が違うと言えば違うが、こうしてのんびり湯に浸かる気持ち良さは、地球もアーデルヴァイトも一緒だな。

俺は今、乗合馬車でキョウミヤコを目指している。

アンデッドグリフォンを使えばひとっ飛びだが、もう目的は達したのだ、急ぐ旅では無い。

忍び頭も急げとは言っていないし、色々な腕利きに声を掛けている以上、1分1秒を争う話ではあるまい。

遺体の回収と言う心配事が片付いて心にゆとりも出来た事だし、少しのんびりするくらい構わないだろう。


キョウミヤコへは、途中から道を逸れるがサカイミナトへの道中と距離的にはそう変わらない。

やはり、エドミヤコからは3日ほど。

2日目の宿場は温泉街だったので、こうして死後の疲れを癒してみた。

少女体でいると周りの人々も親切で、とても快適な馬車の旅だった。

明日にはミヤコ入りとなるのが惜しい気分だ。

一応の不老不死は手に入れたのだし、そろそろどこかで静かに暮らすのも悪く無いと思うのだが、それはまだ少し先の話だ。

日本拠点を作って遺体を転移させなくちゃならないし、今回の件を踏まえ実験体は一か所に集め、正規採用の予備体を全拠点に配置し、何より死んだ勇者から作るクローンが生きた勇者から作ったクローンと遜色無いか試さなくちゃならない。

今は一時の休息に過ぎないのだ。

夢や希望も無く、ただ死ぬのが怖いから惰性で生きていただけの生前よりも、ずっと毎日楽しいけどな。


翌日の昼、予定通りキョウミヤコへと馬車が到着する。

丁度紫陽花が見頃を迎えたようで、湖が映し出す富士の山影と湖を縁取るように咲き誇る紫陽花の競演が実に見事で、美しい絵画を思わせた。

……そう、キョウミヤコのすぐ傍、琵琶湖と思しき大きな湖が、まるで富士五湖のように富士山の麓に広がっている。

かなり俺の知る日本とは、地形が違うようだ。

堺、京都と江戸、東京の距離は、ニホンでは日本の半分くらいだったが、そもそもニホンの形が列島のそれとは違う。

どちらかと言えば楕円形に近く、大きさはまるで違うが形だけならオーストラリアみたいだ。

本来、京都よりも東京の方が近い富士山が、琵琶湖の横にあるような景色。

ニホン帝国皇帝が住まうに値する、実に風雅な佇まいと言える。

背の高い建物は品に掛けるから、戦の為の武家の城郭はともかく、皇帝が座す御所ともなれば広大な敷地を誇る平屋仕立て。

キョウミヤコの建物は、皇帝を見下ろす不敬を犯さぬ為に全部平屋。

キョウミヤコ自体が背の低い街並みなので、富士の姿がより雄大に映えていた。

……ゴ……。

小さな唸りが聞こえ、少し地面が揺れる。

大した揺れでは無いが、これは地震だろう。

やはり、ニホンでも地震は多いのだろうか。

温泉地が多いと言う事は、それだけ火山も多いのだろうし、火山が多ければ地震も多いのだろう。

この富士も、やはり火山なのかな?

そう言えば、サカイミナト上空は常に曇っていたのに、サカイミナトからそう遠く無いキョウミヤコがこんなに晴天なのも不自然な気がするな。

そう思ってサカイミナトのある南西方向に目を向けると、やはり厚い雲が空を覆っていた。

キョウミヤコ、いや富士山を避けるように不自然な形で雲が途切れているように見える。

あの雲自体、精霊力の乱れから生じた不自然な雲だと思うし、やはり何かあるのか、この霊峰には。


さて、京見物と洒落込みたいところだが、着いてしまった以上忍者ギルドに顔を出さねばなるまい。

短い休息は、もうお終いだ。

忍者ギルドは盗賊ギルドと違って、人目を忍んで活動している訳では無いので、付近の住民に尋ねればすぐに場所が判った。

キョウミヤコの街並みも碁盤目状なので、どこに何があるか確認しておかないと迷いやすい。

御所を中心として、四神ならぬ四魔獣が象徴する色を名に冠して、東がブルードラゴン(青竜)のブルー地区、西がホワイトタイガー(白虎)のホワイト地区、南がファイアーバード(火の鳥)のレッド地区、北がキマイラタートル(尻尾が蛇の巨大亀/キマイラとは合成魔獣の事)のブラック地区と分かれている。

四神である青龍、白虎、朱雀、玄武とは、それぞれちょっと違う。

あくまでも、アーデルヴァイトに存在する魔獣の内、この四種をニホンでは四方の守りの象徴と考えているだけ。

神は大陸南方、神の国アーデルヴァイト・エルムスに住んでいると考えられているから、地球で神の名を冠していたものが、アーデルヴァイトでは神の名を冠していない。

こう言うところにも、日本とニホンの違いがある。

目的の忍者ギルドは、ブラック地区外縁部にあるそうだ。

一応、人目を忍んではいないものの、仕事としては裏家業。

御所から離れた場所に配置されたと言うところだろう。

キョウミヤコは広いので、さすがに外縁部までは遠い。

俺は人力車を捕まえて、忍者ギルドへ送り届けて貰ったのだった。


2


キョウの景観統一の為、忍者ギルド本部も一見広めの普通の武家屋敷に見えるが、空間感知で確認したところ、かなり入り組んだ迷路のような構造となっている。

受付である入り口から二枚程壁を隔てた場所に広い部屋があり、そこがこの屋敷の心臓部だから忍者マスターの部屋だと思うのだが、どこをどう通ればそこへ行き着くのか、頭の中で経路をなぞってみるが中々辿り着けない(^^;

周到な事に、天井裏や床下も同様の迷路状に隔てられている為、構造を熟知していないと行きたい場所に行き着けそうも無い。

侵入するのが大変な建物なのは確かだが、ここに務める忍者たちも苦労しているんじゃなかろうか。

本部務めの資格は、この屋敷への適応力なのかも知れない。

入り口も広く、受付くノ一は3人ほどカウンターに控えていた。

俺は真ん中のくノ一の前まで歩いて行き、懐から紹介状を出してカウンターに置く。

「すみません。エドミヤコの忍び頭から紹介されて来ました、シンクです。忍者マスターに会うように言われて来ました。」

子供らしく振舞ってみたが、3人のくノ一は笑顔を崩さず、しかし目が笑っていない。

「……少々お待ちください。紹介状を改めさせて頂きます。」

そう言って、真ん中のくノ一が紹介状を持って、壁をくるりと回転させて中へと消える。

さすが本部、多分この受付くノ一たち、他とは違って全員鑑定持ちの実力派なんだろう。

俺が見た目通りじゃ無いと判った上での対応か。

ちぇっ、これじゃあ、子供っぽく演じた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか。


構造上、忍者マスター本人に確認を取るとしたら時間が掛かり過ぎるので、判断出来る上役に伺いを立てているだけだと思うが、それでもしばらく待たされる間は手持ち無沙汰だ。

入り口が広いから少し歩き回って見学してみるが、その間もずっと2人の視線が追って来るのを感じる。

表面上、笑顔のまま正面を向いているのだが、明らかにこちらへの警戒を緩めていないのはさすがだな。

少し悪戯心が頭をもたげて来るが、ここは自重しておこう。

何しろ、今俺を監視している人数は、20人を下らない。

天井裏から壁の裏、床下まで、かなりの人数が身を潜めている。

実のところ、盗賊系スキルの空間感知、魔法による空間感知、それだけでは感知能力は完璧とは言えない。

他にもいくつか感知能力を上げるスキルはあるが、最終的には潜伏力と感知能力のせめぎ合い。なのだが、俺の感知能力は本来高い訳では無い。

何しろ、自らが潜伏する事をこそ第一に考え、能力を伸ばして来たからな。

自分が見付からなければ、相手を見付けられなくとも最悪Ok、そう思って来た。

しかし実際には、俺の目を逃れる事は至難の業だ。

それはひとえに、俺にアストラル感知が芽生えたお陰である。

気配を断つ。

それは多くの生物が本能的に行う行動のひとつだ。

そうして身を潜め、獲物に近付く為に。

だが俺自身、気が漏れている事に気付かなかったように、多くの生物が気や魔力を隠す事にまで頭が回らない。

戦士系スキルを極める者ならば気を、魔導士や魔族などの魔法に近しい者ならば魔力を、外に漏れないように気を付ける事はある。

しかし、アストラル体にまで気を回す事はほぼ無い。

アストラル体は魂の保護器であり、その者の精神体として生命の本質とも言えるものだが、特に物質体に縛られた物質界の住人は、己を物質体として認識する。

魂やアストラル体を、知覚すら出来無い事も珍しく無い。

そんなものを隠そうとする者は、知る限り俺しかいない。

だから、周りにいる潜伏力が高いはずの忍者たちも、気配は消してもアストラル体がはっきり視えるので、1人残らずありありとその存在を認識出来るのである。

ま、鑑定は安定のLv1だから、相変わらず能力なんか判らない。

だが、アストラル体の雰囲気から、その強さを感じ取る事は出来る。

Lvなんて目安だから、アストラル体から感じる強さの方がずっと信用出来るしな。

俺を斬ったムネシゲも、Lvは俺よりかなり低いはずだ。

Lv20のグァンツォを凌駕していたから、Lv30くらいだろうか。

下手をすれば、会った事の無い侍マスターなどより、ずっと強いのかも知れない。

アストラル体から感じた脅威は相当のものだが、正直普通に戦ったなら多分俺の方が強かったはずだ。

俺は、欠点があるとは知りつつも、ステルスには自信を持っていたし、その気になれば逃げ出す事は容易いと高を括っていた。

だから、まともに正対しようとせず、逃げの一手を選択した時、勝負は決した。

油断したつもりは無かったのだが、魔法の欠点を失念していた。

あくまで俺が使っているのは黙詠唱、詠唱自体は必要なのだ。

その分時間が掛かるし、魔法を使う時には魔力の巡りを意識せざるを得ないので、集中も必要となる。

魔族などが使う無詠唱ほど万能では無い。

だからあの一瞬、視線を逸らし短距離空間転移の為の黙詠唱を選択したのが、痛恨の一着。

詠唱は間に合わず、魔法に集中した為反応も遅れた。

あの時、先にショートソードを抜いて身構えていれば、ムネシゲの一閃を凌ぐ事は出来ただろうに……。

と、取り留めの無い事を考えていたら、いつの間にか先のくノ一が戻って来ていて、俺の横で待機していた。

「あ、すまん。考え事をしていて、ボ~としてた。待たせたか?」

「いえ、私は今戻って来たところですので。忍者マスターがお会いになるそうです。どうぞ、付いて来て下さいませ。」

そう言って、そのくノ一がそのまま案内を始める。

さて、忍者マスターの話とやらは、一体どんな話なのやら。


3


多分ひとりではもう一度ここまで辿り着けない。

そんな風に思わせる忍者マスターの部屋の前に、平屋なのに上ったり下ったりしながら15分は屋敷内を歩き回ってようやく到着(^^;

きっと、最短ルートでは無く、来客案内用のルートなんだと思う。

……あれ?ここまでするほど、忍者マスターって狙われる存在なのかな?

さすがに少し、やり過ぎな気もするが……。

「それでは、帰りも私がご案内致しますので、用件が済んだらお声掛け下さい。」

そう言った後、くノ一は襖を開く。

その先は次の間であり、忍者マスターはその奥にいる。……と言う体だろう。

「なぁ、急がないのは判ったけど、もうちゃんと忍者マスターの部屋に連れてってくれ。彼らに余計な怪我を負わせたく無い。それとも、倒さなくちゃ駄目か?」

「……何の事でしょう。」

くノ一の表情は変わらないが、中の奴らの動揺は伝わって来る。

俺にはギルド内の全忍者の存在が判るし、そもそも最初に空間感知で目星を付けた忍者マスターの部屋はここじゃ無い。

「確か、もう少し左手奥だと思うんだが……。ついでに言うと、あんたも最初に会ったくノ一さんじゃ無いよね。実はあんたが忍者マスター、なんて展開もありだとは思うけど、ちゃんと忍者マスターらしき人は部屋にいるな。と言う事は、紹介状を改めた上役さんかな?」

「!……。」これにはさすがに表情を変えるくノ一。

「何故判った!?」などと口走らなかっただけ、素晴らしい。

「ここまで用心するのは変だと思ったけど、これは一種の試験みたいなもんなのかな?……何か面倒臭そうだな。帰ろかな。」

「あいや、しばらく!」と制止の声を上げるくノ一。

あいや、しばらくなんて、本当に言うんだ(^^;

「どうぞ、こちらです。」

言って、背後の壁を開いて中に進むくノ一。

俺は溜息を吐きつつ、その後を付いて行く。


程無く辿り着いた場所は、位置的にも忍者マスターの部屋に間違い無いだろう。

中にいるのは、このギルド内で一番大きな気配の持ち主だし。

「今度こそ間違いありません。用事が済んだら、お声掛け下さい。」

襖の奥はやはり次の間で、そこには屈強そうな忍者が2人、控えている。

俺が部屋に入ると背後で襖が閉まり、次いでその2人が奥の襖を開いて畏まる。

奥にはかなり広い畳張りの部屋があって、真ん中の囲炉裏の奥にその人はいた。

忍者と言うには目立つほどの巨躯に、隆々とした筋肉の鎧。

武装も忍ぶと言うより戦い向きの格好で、蓬髪が一見だらしなく見えるが、鋭い眼光がその印象を覆している。

ふむ、とても強そうだ。

だが、グァンツォ並みかな。

あ、いや、グァンツォにしろこの忍者マスターにしろ、普通の人間としては充分過ぎるほど強いんだけどな(^^;

ただ、ムネシゲには劣るし、クリスティーナやシロ、アスタレイ、アギラ、さらにはアヴァドラスなど、規格外なのを散々見て来たからな、俺(-ω-)

いかんな、こんなんだから、ムネシゲに不覚を取るんだ。

シンクの状態ですら充分強いんだから、もう少し腰を据えて戦うようにしなくちゃ。

「よう、入ってくれ。またミカゲの奴はとんでもない奴を寄こしたもんだな。ギルド未登録で俺より強い盗賊って、忍者の面目丸潰れじゃねぇ~か、がぁ~はっはっは♪」

おぉう、絵に描いたような豪放さ。

見た目と声と性格が、見事に合致したザ・おとこだな(^∀^;

俺は奥に進みながら「ミカゲって、エドミヤコの忍び頭さん?」と聞いてみる。

「ん?おぉ、そうだ。何だあいつ、名前も名乗らなかったのか。俺はガーランドだ。いや、親から貰った名前は違うんだけどな。あんまり格好良く無かったから、勝手に改名した。ガーランド。どうだ、何か強そうだろ♪」

……忍者マスター・ガーランド……いや、何でも無い(-ω-)

「私はシンクよ。今回はギルドに迷惑掛けちゃったから、何でも言って。出来る事なら協力するわ。」

「まぁ、座れ。おい、サコン、ウコン、茶と茶菓子を用意しろ。ダイコク屋の夜船、あれを嬢ちゃんに出してやれ。女の子は甘い物好きだろ?まずは美味いもんでも喰って、くつろいでくれ。その後大事なお話だ。サコン、ウコン、茶菓子を出したら人払いだ。これはお前らにも聞かせられねぇ話だからな。俺が呼ぶまで、誰も近付けるんじゃねぇぞ。」

「……夜船って?」

「ん?そうか、知らないか。牡丹餅の事だ。春は牡丹餅、夏は夜船、秋は御萩で、冬は北窓。季節によって、呼び名が変わるんだとさ。人の受け売りだけどな。」

へぇ、牡丹餅と御萩は知ってたけど、他にも呼び名があったんんだ。

……まぁ、甘い物は大好きだし、御萩も大好物だから良いんだけど、ガーランドは俺を普通の女の子扱いしてるな。

細かい事は気にしない、そんな豪快な性格が人を惹き付け、部下からも信頼されるのかな。

気持ちの良い漢である。


餅米の粒感も小豆の粒感も俺好み。

甘さは年齢的にもう少し控えめの方が好みだが、渋い緑茶と合わせると丁度良く感じられる絶妙なバランス。

う~む、ダイコク屋だったな。

これは、日本拠点はキョウミヤコに作るのが良さそうだぞ。

「どうだ、美味いだろ。こいつはウチで出す茶菓子の中で一番だ。特別な客にしか出さないんだぞ。ま、それを口実に俺も喰えるから良いんだけどな。」

そうして夜船を頬張るガーランドは、まるで子供のように見える。

こう言う飾らない自然体も、この漢の魅力だな。

「とっても美味しい。この夜船の為に、キョウミヤコに住んでも良いかも知れないって思うほどよ。」

「そうか、そりゃ良かった。住むならちょくちょく遊びに来い。お嬢ちゃんなら大歓迎だ。」

「……ま、それはそれとして。大事な話の前に人払い、出来たら聞きたく無いような話みたいだけど、その前にひとつ良い?」

「ん、何だ?お代りか?」

「いいえ。ここに来る前に、試験みたいな事させられそうになったんだけど、あれ、ガーランドっぽく無いな、って。もしかして、考えたのは別の人?」

膝を打つガーランド。

「良くぞ、気付いてくれたな、お嬢ちゃん。俺ぁ、あんな間怠っこしい事ぁ必要無ぇって言ったんだけどな。直接会えばそいつの事は判るってもんだ。試験なんて必要無ぇんだよ。」

「そう、だったら、それを考えたのが彼なのね。」

「ん?どう言う意味だ?」

「人払いしたのに床下にまだひとりいるから、何でかな、って思って。」

「手前ぇ、こら、カンベエ!お前また隠れてやがるのか。」

すると、ガーランドの横にすぅっと姿を現す忍者がひとり。

「……これでも潜伏には自信があるんですが、あっさり見付かりましたな。」

「手前ぇはいつもそうやって、俺の言う事を無視しやがって。そりゃあ、お前は俺より頭が良いからギルドの事ぁ頼りっぱなしだがよぉ。一応俺様忍者マスターなんだぞ。もう少し立ててくれても良いだろ。こないだだって……。」

と延々ガーランドの愚痴が続く中、それを聞いているのかいないのか、その忍者は俺の方を凝視したまま動かない。

こいつがカンベエで、ギルドの実務を取り仕切る、ガーランドの知恵袋ってところか。

「ねぇ、今まで私以外に何人、今回の一件でここを訪れたの?」

我に返って、居住まいを正すガーランド。

「確か、10人くらいだっけ?ここまで来たのは、お嬢ちゃんが初めてだ。」

「ふ~ん……。私って、多分イレギュラーなのよ。期待の新人Lv40忍者はあくまでノワールで、そのノワールは死んじゃった。凄腕に声を掛けてるってミカゲさんは言ってたけど、忍者ギルド所属の忍者たちって、どう考えたってガーランドより弱いでしょ。ここまで来れなかった10人は、ガーランドには劣るけど忍者ギルド内では凄腕のはずよ。その10人が1人も受からないって、それはもう最初から落とすつもりだった、って考えた方が自然だわ。」

「……。」無反応のカンベエ。

「?どう言う事だい。」

「その上で私が現れなければ、今回の一件、責任者たる忍者マスターが出向く事になる。つまり、カンベエさんは他の誰でも無い、ガーランドに今回の件を解決して欲しかった。どう?合ってる?」

「……Lvが高いと、そんな事まで判るものなんですかね。仰る通り、私はマスターに今回の件はお任せしたかった。」

「そうなのか?しかしなー、お前だって知ってるだろ、この話。俺じゃあ無理だぜ。と言うか、そうか。俺に無理なら他の奴にも無理って事だな。」

「私はまだ話を聞いてないから判断付かないんだけど、カンベエさんはガーランドに押し付けたかったの?それとも、ガーランドならやってくれると信頼してるの?」

観念したのか、足を崩すカンベエ。

「やれやれ、ですね。策士策に溺れる、でしたっけ。自分より頭の良い人が現れると、中途半端な自分が非道く馬鹿みたいに思えますよ。最初に言っておきます。私はマスターを信頼しているから、お任せしたかったんです。もしかしたら私は今回の一件を甘く見積もっていたかも知れませんが、マスターなら解決出来ると考えて、他の者に任せないよう仕組みました。貴女は本当にイレギュラーです。ノワールに仲間がいるとは知りませんでしたからね。」

「そう。それじゃあ、余計な犠牲を避ける為に、最善の手を打とうとしただけ、って事ね。良かった。ならカンベエさんは良い人だ。」

「なっ!?」と顔を真っ赤にするカンベエ。

お、カンベエには少女体の効果ありだな(^^;

ぽりぽりと頭を掻きながら「あ~……、つまりどう言う事だ?」とガーランド。

うん、この2人は、2人でひとりなんだな(^∀^;

「つまり。カンベエさんはガーランドを見込んで今回の件を任せるつもりだった。でも、内容が内容だけに、ガーランドは自分でも無理だと思ってる。その見立てが合ってれば、ガーランドはその命で忍者マスターとしての責任を果たす事になってたわね。カンベエさんは、ガーランドを信頼するあまり、ガーランドが死ぬなんて考えてなかったのかも知れないけど、その信頼がガーランドを殺してたかも知れないわ。」

「……正に貴女の仰る通り。しかし、ノワールに頼れなかった以上、もうマスターしかいなかった事も事実なのです。」

はぁ、俺の油断が招いた事とは言え、今回の件はちゃんと責任を持って対処しなければならんな。

しかも、思った通りかなり面倒臭そうな話みたいだ。

「ノワールのけじめは私が付けるわ。その話、私が何とかする。さあ、聞かせて貰いましょうか。その面倒事の内容を。」


4


と言う事で、俺は今足元に富士山=フジを見下ろしている訳だ。

近くで見るフジは雄大で、しかし季節は初夏、しかも活火山と来ているので、もう雪は残っていない。

ガーランドから聞いた話を簡単に説明すると、要はオロチ退治である。

ニホンのフジにはヤマタノオロチが棲んでいて、数年~数十年に一度、生贄を求めるのだそうな。

最近地震が増えていて、これがフジの活性化の証であり、フジの活性化がオロチが生贄を求めている合図だとされている。

信者はこの辺りに居を構える少数だけと言う話だが、古来フジをご神体として崇めるセンゲン教の巫女が神託を受け、生贄として捧げられる娘が決まる。

いつもは、選ばれた娘を生贄に捧げて終わりな訳だが、今回は面倒な事になっている。

神託が示したのが、時のニホン帝国皇帝の皇女殿下その人であったからだ。

フジが噴火しては帝国存亡にも関わる故、センゲン教の巫女はそれなりの特別待遇なのだが、今回ばかりは相手が悪かった。

皇帝ヨウメイには長く子が恵まれず、実弟メイコウを養子に迎え後継者に指名した。

その後、齢60を前に授かったのが皇女スズカであり、ヨウメイはスズカを溺愛している。

神託を聞かされたヨウメイは、センゲン教の巫女を斬り殺そうとしたくらいだ。

結局、生贄の儀式の前に、オロチを殺してフジを鎮めてしまえと、秘密裏に勅命が下されたのだ。

表沙汰には出来無い為、侍ギルドでは無く忍者ギルドへと命は下された。

実際にオロチと対面するのは生贄の娘だけなので、オロチから直接いつ生贄を差し出せ、と言った催促は無い。

あくまで、地震の頻度や規模で、勝手に推測しての話だ。

だから、明確なタイムリミットは不明。

ちなみに、この事態を受けての入国禁止措置。

俺の所為じゃ無かった(笑)

……しかし、ニホン帝国はまるで江戸時代みたいだと思っていたが、ここに来て神話時代まで混ざって来たぞ。

日本で八岐大蛇退治、めっさ定番な展開や(^^;


さて、ここで問題です。

聞かされた情報は間違いだらけ。

これから直接確認しに行くが、俺はこの件をどう不時着させるべきか。

まず、オロチを退治して終わり、これは無い。

そもそも、本当にオロチがフジの噴火を操っているのか?

今まで生贄で噴火を鎮めて来た以上、関りが無いとは言わないけど、神ならぬ身の所業とも思えん。

ニホンではフジを神格化したり、オロチも神の化身くらいに思っているのかも知れないが、俺は知っている。

神は死んだと言う事を。

サカイミナト周辺の雲は精霊力の乱れによるものだと思うが、こうなると無関係とも思えない。

市井ではドラゴンの仕業と言われていたが、オロチ=大蛇と言いながら、八岐大蛇はファンタジーではドラゴンに分類されるしな。

仮に、オロチを殺して噴火を鎮められたとしよう。

その場合、皇帝はオロチ退治を公表するのか?

この国の歴史の一部だったものを、勝手に殺す事が皇帝だからと許されるのだろうか。

今まで生贄にされた娘たちの家族は、それをどう思うだろう。

センゲン教では、オロチをどう位置付けているのか。

神の使いと見做すのであれば、それを殺した皇帝は神の敵となる。

正直、考え無しに公表して良い案件とは思えない。

では、殺しておいてそれを隠しておき、皇女を生贄に捧げたふりをするのか。

そもそも、神託だって怪しいもんだ。

そこに、人の意思は介在していないのだろうか。

皇女が生まれた事を危惧した皇弟とセンゲン教巫女が結託、なんて事だってあり得る。

本当に、面倒な話だ。

まぁ、真実を確認するのが先だな。

俺の空間感知が捉えた、1匹のドラゴンと複数の人間たちがいる火口の中へ、俺は降下を始めるのであった。


火口の中ほどから横穴が広がり、かなり広大な空間が存在している。

その横穴に入ってすぐは、火口から漏れるマグマの明かりしか無いのだが、さらに進むと壁が淡く光を放っている。

これは確か、光苔の一種だが自生する種類では無く、古代の魔導士が品種改良したものだ。

つまり、人の手が加えられている、と言う事だ。

さらに奥、広大な開けた空間へ出ると、その空間上方に魔法の明かりが複数浮遊している。

そこに、1匹の巨大な竜が鎮座しており、その視線の先に複数の民家が見えた。

畑や井戸も見える。

ここまで近付けばはっきり判るが、年齢の違う女性たちが何人も暮らしている。

状況から明白だが、この竜こそがオロチと呼ばれるもので、この女性たちが元生贄の娘たち。

竜が女性たちを襲う様子は無いし、ここで自給自足しているようだし、この魔法の明かりも竜が彼女たちの為に放ったものだろう。

……ここは、このまま放っておくのが一番な気がするな。

でもま、取り敢えず当事者に話だけでも聞いておこう。

俺は、竜だけに姿が見える位置で、ステルスを解いた。

途端、こちらを振り返る竜。

「グルルゥ……(一体いつの間に?!お前は誰だ?今度の生贄の娘……か?)。」

竜は唸り声を上げるが、言葉を紡がない。

直接頭の中に語り掛けて来る、テレパシー(念話)だ。

「……(違うけど、取り敢えず騒がないでね。貴方と争う気は無いから。彼女たちを巻き込みたく無いし)。」

俺は頭の中で返答する。

俺自身はテレパシースキルなど持っていないが、向こうが勝手に読み取るはずだ。

言葉を持たないこの竜の、意思疎通方法がこれだからな。

そう、こいつは喋れない。

こいつは、古代竜では無いからな。

相変わらずの鑑定Lv1だから、スキルで確認は出来無いが、文献からの知識とアストラル感知で推測は出来る。

こいつはエルダードラゴン(古竜)、竜種で最強の存在だ。

ここで言う竜種とは、真なる古代竜から産み落とされし、神の血が薄まった普通の竜たちの事だ。

最下位のレッサードラゴンから、バジリスク(石化能力を持つ八本足の蜥蜴)やドラゴニュート(竜人)、ワイバーン、シーサーペントなどの亜竜、通常のドラゴンに、ファイアードラゴン(レッドドラゴン/火炎竜)、サンダードラゴン(ブルードラゴン)、アクアドラゴン(水棲竜)、アースドラゴン(地竜)などの属性竜、その上位のブラックドラゴン(黒竜)とホワイトドラゴン(白竜)、そして最上位に当たる永く生きた古竜であるエルダードラゴン。

古代竜であるシロとは、すでに種として違う種なのである。

能力も、遠く及ばない。

エルダードラゴンは固有の種では無く、永く生きた竜の総称なので、それぞれ能力も大きく違う。

中には、永く生きた経験から竜語を話せるようになる者もいるが、この竜は言葉は身に付かなかったようだ。

「グルル……(生贄の娘では無いのか。では何者だ。ここに何の用があって来た)。」

「……(人間の世界では、今回選ばれた生贄の所為で、ちょっと問題が起こってるの。だから私が来た。私は私なりに考えて一番良い答えを出したい。だから、色々と聞かせて欲しいの)。」

「グルル……(小さき人間の娘よ。お前がそれを決めるのか?人間の娘に、そんな事が出来るのか?)。」

「……(あら、貴方鑑定持って無いの?相手の力を測る能力無いの?だったら見てて。少し、力を開放してみるから)。」

そう伝えた後、俺は少しだけ闘気を開放してやる。

あんまり激しくすると、大気や大地にまで影響を及ぼすので、こう言う閉鎖空間では危ないからな。

それでも、少し空気がびりびりと揺れる。

目を見開く竜。

「グァ……(おぉ、おぉ、何と言う事だ。お前は神の使いか何かか!?私を殺しに来たのか?)。」

「……(言ったでしょ。争うつもりは無いって。そうね、貴方名前は?)。」

「グゥゥ……(私に名前は無いが、娘たちは私をオロチと呼ぶ。お前もそう呼ぶが良い)。」

「……(安直ね。まぁ、良いわ。それじゃあオロチさん、私に色々聞かせて。話を聞いてから、どうするか決めるから)。」


俺が確認したのは、まずオロチが八岐大蛇と呼ばれている事。

永く生きた末、丁度良い棲み家にとここを選んだが、ただ棲み付いただけで火山活動には関与していない。

どこか余所で精霊力の乱れが生じた結果、地脈を伝って火山活動に影響を及ぼしているらしい。

地脈と言うのは、大地の生命力やマナなどが混じり合った力の奔流が流れる道筋で、その力のうねり具合から龍脈とも呼ばれる。

精霊力の乱れはドラゴンの所為、という噂話の出所は、こっちかも知れないな。

そして当然、彼から生贄を求めた事は無いと言う。

彼自身、エルダードラゴンだから火山エネルギーや龍脈のエネルギーだけで生きて行けるので、食物を必要としない。

むしろ、この巨体を食物で維持しようと思ったら、数年に一度の人間の雌1体など腹の足しにもなるまい。

彼は娘たちから話を聞いた上で、古来この国に伝わる伝承の中の八岐大蛇と活発になった火山活動を結び付けて、ある時生贄の儀式を時の権力者が始めたのだろう、と推測している。

ひとりで静かに暮らしていたのに、急に人間の娘が次から次へとやって来るようになって、最初は困惑したそうだ。

生贄など求めていない、帰ってくれと話しても、娘たちは帰ろうとせず、いつしか集落を築くようになっていた。

彼女たちの多くは、貧しい家の出だ。

生贄に選ばれた時、それは名誉な事だと送り出される。

残った家族は、多少ながら生贄を差し出した代償を得て、暮らしが楽になる。

口減らしにもなるし、多少の糧を得られた家族の下に、娘たちは帰る訳にも行かなかったのだ。

時が過ぎると、むしろここでの暮らしの方が元の生活よりも楽になって行った。

今では、苦しい生活に戻るよりもここで暮らす方が良いと、喜んでここに残るのだ。

俺も空間感知で見付けていたが、外に出るルートもちゃんとある。

中には、外へ出て行き、故郷とは違う土地へ移り住む事にした娘もいるし、何か用を済ませて戻って来る娘もいる。

決して、無理矢理閉じ込めてなどいない訳だ。

「……(はぁ、やっぱり面倒な事になりそう。取り敢えず、状況は分かったわ。ありがとう。私はここはこのままで良いと思うんだけど、貴方はどう?)。」

「グルル……(無論、それで良い。私も娘たちも、ただ静かに暮らしたいだけだ)。」

「……(それじぁあ、私は行くわ。後は何とかしてみる。じゃあね、オロチさん。彼女たちを宜しくね)。」


5


蒼穹へ昇り眼下を見下ろすと、フジの東に琵琶湖=ビワ、フジの南にキョウミヤコがあり、フジを囲むようにキョウミヤコの西側辺りまで、広く樹海が埋めている。

フジ火口から続く龍脈は四方八方に伸びているが、その内のひとつ、キョウミヤコ西部の樹海まで続く1本が不安定に感じた。

噴火に影響を与えているものがあるとしたら、この龍脈の先が怪しい。

結局、オロチと娘たちはそのままにすると決めたので、オロチを退治て依頼完了、後はそっちで何とかしてね、と放り出す訳には行かなくなった。

オロチがいようがいまいが、フジの活動が安定しなければこの一件は終わらない。

ならば、その原因を突き止め、それを排除しなければならない訳だ。

どんどん面倒になって行くな(-ω-)

空からでは、龍脈の反応が捉え切れないので、俺は樹海の中を龍脈に沿って進む事にした。

さすがに、自分の足で移動するとなると、この体は不便だな。

空が駄目、森だから馬も駄目。

9歳女児には険しい道だ。

視界も悪い為、普通だったら樹海の中で迷子になるだろう。

その所為か、あちこちに地縛霊の姿が見える。

樹海の名前は聞かなかったが、やはりアオキガハラなんだろうな。

放っておいても簡単に死ぬ異世界だから、自殺者って訳では無いだろうが、それにしても死者の数が多い。

……そうだな。

この龍脈の不安定さ、これって穢れによるものかも知れないな。

龍脈を流れる大地の生命エネルギーは、本来清浄なるものだ。

光や闇、善悪とは無縁の、自然の姿だ。

そこに、人の悪意のようなものが混じれば、龍脈は穢れてしまう。

その所為で、不安定になっている可能性はあるだろう。


少女の足で大分歩いたが、龍脈を伝っての移動だから、実はキョウミヤコからそう遠く無い場所。

そこに、少し森が開けて、広場のようになった一角があった。

その中央には、歪に枝を広げた、巨木が1本そびえている。

……何て事だ……、これは世界樹だ。

すっかりその姿を変え、葉を失い、光を失い、闇色に染まった枯れ枝を四方に苦しげに伸ばす、枯れかけの世界樹。

その原因はあれだろう。

幹に杭が何本も打ち込まれ、その杭に縫い留められた腸が幹をひと周りして伸びる先、そこで息絶えた死体。

現実世界でも黒魔術の儀式として行われていた、生贄の儀式だ。

この広場中に漂うおびただしい数のゴーストたちは、皆この儀式の犠牲者たちか。

驚きだな。

こんなにミヤコから近い場所に、ここまで穢れた場所があったなんて。

そう意識して探索した訳じゃ無いからだが、俺はミヤコにいる時、少しもこんな気配は感じていなかった。

樹海そのものが、一種の結界のようなものなのかも知れない。

俺自身、樹海は不気味なのが当然、と言う思い込みがあるから、多少不穏な気配を感じても当たり前だと気にも留めなかった事だろう。

しかし、世界樹か。

多分、フジと世界樹が、ここら一帯の要だったのではないだろうか。

その一方が穢れた影響を受け、その昔と比べれば、数年に1回、数十年に1回、フジに噴火の兆候をもたらす事が増えてしまったのか。

この世界樹からも、多くの龍脈が伸びている。

サカイミナト周辺の乱れも、この世界樹の影響かも知れないな。

さて、どうするか。

俺には、高位の神聖魔法は応えてくれない。

世界樹自体を一気に浄化して、鎮める事は難しい。

ならばせめて、穢れる原因の方を何とかするしか無い。

「ねぇ、貴方。貴方はどうして生贄にされたの?知っている事を教えてくれたら……その恨み、晴らしてあげても良くってよ。」

俺は、死んでそう日が経っていない、腸が世界樹に繋がれたままの死体にそっと語り掛けた。


不夜城の如き現代の都市部とは違い、異世界の夜は早い。

街灯に灯る魔法の灯りがあるとは言え、夜半ともなれば街は眠りに就く。

そんな寝静まった街の中、ひとりの少女が音も無く歩いている……俺だ。

きっと、そんな俺を見た酔客たちは、幽霊を見たと肝を冷やしているだろう。

今俺がいるのは、御所があるイエロー地区の一画だ。

キョウミヤコ中央区画は、キリン(竜の顔をした鹿のような獣で、キマイラの一種)が象徴なので黄色。

ここには、御所を始めとした皇族関連の施設、建物が集約しており、センゲン教神社も存在する。

数少ない信者たちは居住地区にばらばらに住んでいるが、巫女や幹部には神社併設の住まいがある。

社殿を覗くと、八岐大蛇を象った像が祀られていて、やはりセンゲン教ではフジだけで無くオロチもご神体扱いのようだ。

良し、それでは仕事に取り掛かろう。

俺はまず、敷地内全体を範囲として、スリープを発動。

皆寝静まっていると思うが、仮にまだ起きている者がいた場合の用心だ。

ターゲットを連れ出すにも、寝ていてくれた方が助かる。

俺は相手の名前も知らないし、アストラル体の強さに大差が無いので、ひとりひとり確認して行くしか無い。

まぁ、それでも、一番豪奢な部屋から当たる。

奥まった一室の天蓋付きベッドで眠る豊満な女性……あぁ、ビンゴだな。

脱ぎ散らかした宝飾類が、並みの逸品では無い。

さぞ、しこたま稼いでいらっしゃるのだろう。

美味いものもたくさん喰って、良く肥えていらっしゃる。

次に、その女にレビテーション(浮遊)を掛ける。

こいつはフライとは違い、地面から数cm程度浮かせるだけの魔法だ。

ゆっくり歩く程度の速度しか出ないし、一般的には落とし穴避けに使ったりする。

何故か、床から数cmを絶対値として認識するので、床が抜けても落ちずにそのままの高度を維持するからだ。

そして、もうひとつの一般的な使い方、それがこれ。

重い物の運搬だ。

いくら豊満な女とは言え、Lv40少女の力なら持ち上げるのは簡単だ。

ただ、体のサイズ的に持ちづらい。

そこで、浮かせて軽くしてから、押すなり引くなりして持ち運ぶのである。

ベッドの上で浮かせたもんだから、結構な高度を維持してくれて、持ち運びやすかった。

俺は豊満女を境内まで押して行き、そこでアンデッドグリフォンをクリエイトする。

グリフォンに跨った後、女を銜えさせて飛び立つ。

目的地はそう遠く無い、空から行けばひとっ飛びだ。


目的地に着くと、豊満女を地面に降ろし、まずはディスペルを掛ける。

これでスリープと、ついでにレビテーションが解除される。

数cmだけ落下し、硬い地面に落ちた女は、自然の眠りからすぐ覚めた。

「……え……、ここはどこ……?……夢……かしら?」

その豊満さが仇となって体を起こすのもひと苦労だが、何とか半身を起こして周りを見回す女。

その眼前の巨木に見覚えがあるらしく、驚きの声を上げる。

「ここって!え、何で!?何で生贄の樹なんかの前にいるのよ!?」

「そう、生贄の樹って呼んでるんだ。」

背後から声を掛けると、こちらを振り返り恐怖の声を上げる女。

「ぇひゃいっ!?ななななな何よあんた?!ゆゆゆゆゆゆ……。」

「幽霊じゃ無いわよ。ほら、足あるでしょ……って、それは通じないんだっけ。ねぇ、この女で合ってる?」

俺は、女の背後に声を掛ける。

釣られて振り返る女だが、その眼には誰も映らない。

「な、何よ!?誰もいないじゃない!こここ怖がらせようたって、ここここ怖くなんか……。」

「そう、貴女には視えないのね。確認は取れたわ。貴女がセンゲン教の巫女、アズマヒメだって。良かった。ただ太ってるだけのお手伝いさんだったらどうしようって思っちゃった。」

そう言って、くすくすと笑ってやる。

本当は可愛らしいシンクちゃんなのだが、ホラー演出するのが楽しい(^^;

「ふ、ふざけるなっ!大人しくしていれば良い気になって。私ぁ、相手が子供だろうと容赦しないよ!」

何とか立ち上がって身構えるアズマヒメだが、その膝は震えている。

「大丈夫よ、おばさん。聞きたい事を聞いたら、場合によっては無事に帰してあげるから。ま、彼らが許してくれればだけどね。」

俺は広場を覆う広さの結界を張り、そこに周囲のマナを少し吸収する性質を与えた。

つまり、結界の外のマナ濃度が薄まり、その分結界内のマナ濃度が濃くなる。

すると、精霊界に近い場所のように、普段何も視えない者にも視えやすくなるのだ……彼らの姿が。

「かかか彼らって、一体何の……え!?何?誰かそこにいるの?……え、え、ええええええええ……!?」

ようやく視え始めたみたいだな、広場中に漂う、犠牲者たちの姿が。

「ガ!?」「ウヴゥ?」「アアアアアア……。」視られた事に気付いた者たちが、アズマヒメに集って行く。

「うわぁぁぁぁぁぁ、来るな!来るなぁ~!!」

ここで死んだ犠牲者たちは、皆一様に腸を引き摺っている。

さすがに、それが何を意味するか、アズマヒメにも理解出来たのだろう。

逃げ惑い、時に手を出すが触れられず、しかしどんどん数を増して群がる亡者たちに、アズマヒメは恐慌を来たす。

「それでおばさん、素直に質問に答える気になったかしら。いくら逃げても、彼らからは逃げ切れないわよ。たっくさんいるの、知ってるでしょ。」

「ふざけるな、小娘っ!さっさとこいつらを何とかしろ!これは命令だ!センゲン教の巫女アズマヒメ様が命じてるんだ!さっさとしろぉぉぉぉ!!」

逃げ惑い、失禁までしているのに、見上げた態度だな(-ω-)

センゲン教の巫女は、そのまま教祖でもある。

それなりの修羅場を潜って来たって訳だ。

仕方無い。

俺は、久しぶりにあいつらを喚び出した。

ボニーとクライドだ。

「すまないな、ボニー、クライド。お前らはもう自由なんだ。こんな風に無理矢理喚び出したく無かったんだが。」

すぐに畏まって応えるクライド。

「滅相も無い。我らはいつまでもマスターの忠実な僕。お喚び出し、光栄に存じます。」

「うふふ、随分可愛らしいお姿ですね、マスター。そう言うプレイか何かですか?」

「お前らと一緒にするな。すまないが、頼まれてくれ。俺は拷問は苦手だからな。代わりにあいつが素直になれるように、可愛がってやってくれ。」

すると、顔を見合わせて笑い出す2人。

「はは、マスターは冗談がお上手ですね。この穢れた空気に亡者の群れ。雰囲気ばっちりじゃないですか。」

「そうですよ。マスターは優秀な拷問官ですわ。是非私の事も……。」

「ちょっと待て。今首を撥ねたりするなよ。すぐには治してやれないからな。それに心外だ。俺は拷問得意なんかじゃ無ぇ。ここまでやっても駄目だったから、お前らを頼るんだ。良いな。頼んだぞ。」

俺はそのまま、世界樹の方に歩み去る。

……俺には、他人をいたぶって愉しむ趣味は無いのだ。

だから、後学の為に2人の仕事ぶりを見学なんかしてやんない。

それに、世界樹の様子も見ておきたかったしな。

俺は、幹に刺さったままの杭を1本1本抜いて行き、駄目元で浄化の魔法を唱えてみた。

中位までの神聖魔法なら俺にも応えてくれるが、やはりパワーが圧倒的に足りない。

ここまで穢れたものを、清浄に戻す事は不可能だ。

やれやれ、これは誰かに頼まないと駄目かな。


しばらくすると、クライドが声を掛けて来た。

「マスター、終わりました。どうぞあの豚めに、ご質問下さい。」

見やると、アズマヒメは虚空を仰ぎ見て、何やらぶつぶつと呟いている。

取り敢えず、いくつかの部位の欠損と、目新しい体の縫い目が見て取れた。

器用なものだな。

実験機材が揃っていれば、俺にも同じような事は出来ると思うが、こんな場所にいきなり招喚されて、手持ちの装備だけでこれをやってのけるのだから。

やはりこの分野において、こいつらには敵わないな。

コマンダーにはそれぞれ、いくつか俺より得意な技術がある。

ま、俺がひとりで何でも出来るようになろうとしない所為だが、頼れるところは頼れる奴に頼った方が良い。

それは、そいつを信頼すると言う意味だから、そいつとの絆も深めるしな。

「それじゃあ、おばさん。最初の質問。」

ビクッ、とするアズマヒメ。

「今回の生贄、スズカって娘が選ばれたけど、それって本当?神託って言うけど、この世に神なんかいないのよ。それじゃあ、その声は誰の声だろうね。……貴女が勝手に決めてるんでしょ?」

「あ、あ、あ……。」

強張って、口も満足に利けないようだな。

すると、ボニーがアズマヒメの頬を舐め上げる。

「!ヒッ、ひぃぃぃぃ。そ、そうです!神託なんて聞こえません!私の都合ででっち上げますぅ。」

「今回はメイコウと貴女が結託しての事?それとも、貴女の一存?」

「わ、私の一存です!メイコウ殿下には野心が無く、話に乗って来ません!だから、勝手に祭り上げるつもりでした!」

「そうなんだ。それじゃあ、今回悪い子は貴女だけ。後は、馬鹿親皇帝が問題なだけね。」

「ご、ごめんなさい~。助けて~、助けて~……。」

子供のように泣きじゃくるアズマヒメ。

本当に見事だな、ボニーとクライド(^^;

俺は、少女の足でその豚を蹴り上げる。

「ブヒィッ。」と転げる豚。

「まだ早いよ、この豚。おっと、これは豚に失礼だったな。次の質問だ。ここは何だ?ここで何をしていた。」

這い蹲ったまま答えるアズマヒメ。

「こ、ここは、生贄の樹です。オロチへの生贄はフジに送っちゃうから、どうなるか見れません。それじゃあつまらないと、何代も前の巫女が始めた生贄の儀式です。生贄の腹を裂き、腸を引き摺り出し、樹に打ち付けて死ぬまで歩かせます。」

「それに、何か意味あんのか?」

「ひっ、あ、ありません。ただそれを見て愉しみます。気に入らない奴や邪魔な奴を殺す事もあります。」

「この儀式に関わりのある者は?」

「しん、信者は全員参加です。」

「……はぁ、とんだカルト教団だな。さっき、気に入らない奴や邪魔な奴を殺す事もあると言ったが、普段はどうやって生贄を選んでるんだ。」

「……ば、ばれないように、サカイミナトなど少し離れた街から攫って来ます。農村部へ行けば、二束三文で子供を売る親もいますし……。」

本当に、やれやれだ。

もう、後の事はどうでも良いや。

取り敢えず、センゲン教は潰しちまおう。

「悪いな、アズマヒメ。やっぱり、お前を無事に帰してやる事は出来そうも無い。だが、安心しろ。お仲間もすぐに送ってやるから。」

がばっと、俺の体にしがみ付くアズマヒメ。

「そんなっ!助けて!お願い!助けて!何でもあげる。何でも言う事聞く。だから、私だけ助けて。」

すかさず、アズマヒメの体を剣で貫き、地面に縫い付けるクライド。

その傷口からは一滴の血も流れ出ず、命を奪わず自由だけ奪う。

「穢れた手でマスターに触れるな、豚。」

じたばたもがくが、声も出せないアズマヒメ。

俺は、何事も無かったかのように歩き出し、先程まで腸が世界樹に繋がっていた死体の元へ。

そのすぐ傍の虚空で呆然と佇む、死体の持ち主へと語り掛ける。

「どうする?恨み、晴らしたい?手を貸してあげようか?」

静かに首肯するゴースト。

俺は彼を掴んで、死体へと押し込み、オフィーリアの祝福を与える。

力無きゴーストでも、こうして無理矢理死体に押し込めば、立派なゾンビの出来上がり。

「良いぞ、クライド。放してやれ。」

その合図を受けて、剣を引き抜くクライド。

「ヒッ!ひぃぃぃぃ~!!」

奇声を上げながら、逃げ始めるアズマヒメ。

それを追ってゆっくり歩き出すゾンビ。

そんな彼らを取り巻くように、一斉に付いて行く無数のゴーストたち。

さて、彼が恨みを晴らした後は、ここいら一帯のゴーストをまとめて浄化してやろう。

センゲン教徒どもは、ガーランドにでも頼んで一掃して貰うか。

ん?遠くでアズマヒメの声がする。

「何でよ?!どうしてここから出れないの!?開けなさい!私はセンゲンの巫女なのよ!アズマヒメなのよ!選ばれた人間なの!お前たち亡者とは違うのよ!生きる価値があるのよ!寄るな!汚らわしい亡者どもめ!そうよ!これは夢よ!夢なんだわ!早く目覚めなさい!ほら、早く!!止めろ!触るなっ!いやあぁぁぁぁぁぁ!!!それは私の、私のはらわ……。」


6


かなりの数の亡者たちを浄化したが、それ自体は大した労力では無く、然程時間も掛からなかった。

今は丑三つ時を越えたばかりで、一番鶏が鳴くにはまだかなり時間がある。

そこで俺は、そのまま御所へと向かった。

最後に、生贄たる皇女殿下とその馬鹿親を、片付ける必要があるからな。

グリフォンの背に跨って、空から御所へと辿り着いてみれば、さすが御所、この時間でも寝ずの番が多数見回っている。

そこで、地上へ降りる前に、御所全体にスリープを掛けた。

……お、1人だけ、スリープに抵抗した奴がいるな。

そう言えば、この国は魔導士をお抱えとして雇うと言う話だから、御所内に陰陽寮のような部署も入っているのかも知れない。

そこの一番偉い人は、他の国で言えば魔導士ギルドのギルドマスタークラスな訳だから、魔法抵抗力も相当高いのだろう。

良し、下手に騒がれないように、まずはこいつのところへ向かおう。


そこは、かなり広い部屋だったが、そこかしこに書物や巻物が乱雑に積み上げられており、判りやすい魔導士の部屋然としていた。

俺の場合、世界各地に研究室があって資料なんかの置き場には困らないから、ここまで非道く無い。

だが、気持ちは解る。

サイバーパンクみたいに外部記憶装置にデータを全て保存しておいて、必要な時だけ検索すれば済むなんて技術は無いので、膨大な知識を全て覚えておく事など不可能。

俺のように戦闘をこなす魔導士は呪文を中心に記憶するが、研究分野の知識の場合、精々どんな書物にどんな記述があったかを記憶するだけで、必要になってから資料を引っ張り出す事になる。

そして、いつ何が必要になるかなんて判らないから、結局資料を溜め込む事になるのだ。

そんな資料の山の奥に、ローブの上にブランケットを1枚羽織っただけの魔導士がいた。

机の上にも書物が積み重なっているから、こんな時間まで何かの研究でもしていたのだろうか。

椅子から立ち上がって周りをきょろきょろ見回しているが、そこまで慌てた様子では無い。

まぁ、ここは御所だ。

敵の襲撃なんて考えられないだろう。

北方三国のように魔族と戦争中であれば、魔族の襲撃を警戒するだろうが、この島国には外敵などいないに等しい。

危機感が薄いのも、仕方無いだろう。

俺は部屋に入り魔導士に近付いてから、ステルスを解除した。

「こんな夜遅くまで精が出ますね。」

まずは、軽くご挨拶。

「え?……一体どこか……ら……、そんなっ?!」

息を呑む魔導士。

鑑定でもして、こちらの異常さに気付いたか。

声からすると、高齢女性のようだな。

「どうしたの、お婆ちゃん?まるで、化け物にでも遭ったみたい。」

そして、くすくすと笑ってみる。

う~ん、ホラー演出が楽しい♪

「貴女は……、神の使いでしょうか?私をお迎えに?」

跪いて畏まる老魔導士。

「違うわ。何でそう思うの?」

「貴女様から感じる魔力は、普通の人のそれを超えております。とてもこの世のものとは思えません。」

良く見ると、この婆さんは目が悪いようだ。

机の上に、眼鏡も見える。

アーデルヴァイトにも眼鏡はある。

現実世界でも、結構昔から眼鏡自体はあったし、高価にはなるが魔力付与で視力1.2相当の万能遠近両用眼鏡なんて物を作るのは、むしろこっちの方が簡単だ。

どうやら、目が悪いから鑑定で俺を見たのでは無く、魔力感知で俺の異常さに気付いたみたいだ。

「そう言えば、普段ステルスで魔力隠しちゃうから、普通にしている時どれくらい魔力が溢れているのか気にした事無かったわ。ちょっと待ってね。」

どれどれ、あぁそう言えば、スキルの中に魔力感知や魔力隠蔽、魔力調整なんてのがあったよな。

でも、アストラル感知が出来る今の俺なら、スキルに頼らなくても……あ……何だ、これ。

凄ぇ魔力が駄々洩れじゃねぇ~かorz

俺っていつも、こんなに目立ってたのか……。

……、……、……良し、こんなもんかな。

「どう?大分魔力小さく出来たでしょ。」

「はい、それはもう。しかし、わざわざ魔力を下げる必要があるのですか?」

「だって、目立つじゃない。余計な警戒されちゃうし。折角こんな弱々しい格好してるのに。」

俺は方針転換する事にして、右手に忍ばせていたインビジブルダガーを破棄した。

「ねぇ、貴女もしかして、ここの魔導士の偉い人?」

「え、はい、そうです。私はオンミョウカシラのキヌメと申します。この国の魔導士たちが所属するオンミョウ機関の長を務めております。」

「もしかして、高位の神聖魔法とか使えない?」

「えぇ、神聖魔法は得意ですよ。専門は呪いの治療ですが。」

うむ、読み通り。

「それならお願いがあるの。アオキガハラに穢れた世界樹があるから、それを清めてくれない?そうすれば、フジも大人しくなるから。」

「え!?えぇ、そうしろと仰るならそうしますが、そんなものがアオキガハラに?」

「そ、あるのよ。私じゃ手に負えなくて、徳の高い魔導士を探さなくちゃならなかったから、丁度良いわ。」

「はぁ、そうですか。それで、貴方様は一体……。」

「あ、ごめんね。そう言えばまだ名乗ってなかったわ。シンクよ。まぁ、鬼みたいなもんだと思って。」

鬼って、こっちでも通じるのかな?

「鬼ですか?でも、シンク様は悪いものには思えませんが。」

語源であるおぬ的な意味で、ニホンでも通じるようだな。

「その判断は任せるわ。それでね、もうひとつお願い出来るかしら。」

「えぇ、それはもう。それで、何をしたら宜しいのですか?」

「道案内を頼むわ。まずは皇女殿下の下へ。その後、皇帝陛下を交えて話したい事があるの。」


1人で寝るには広過ぎるほど広い部屋の真ん中、天蓋付きのベッドで静かに寝息を立てている少女。

確か、まだ年齢は14だったな。

この娘が、今回生贄となる皇女殿下、スズカだ。

俺はディスペルを掛け、軽く肩を揺すってやる。

「スズカちゃん、ねぇ起きて。少しお話があるの。」

静かに目を開けて、しばしぼ~とするスズカ。

その視界の端に人影を見付け、ゆっくり上半身を起こす。

そして、こちらを見やって、少し驚きの表情を見せるが、騒ぎ立てはしない。

随分、大人しい娘だ。

「おはよう、まだ夜だけどね。とても大切な話があるの。貴女の生贄の件について、ね。これから皇帝陛下の下へ行くんだけど、何度も同じ話をするのは面倒だから、一緒に聞いて貰おうと思って。だから、付いて来て頂戴。大丈夫。ほら、キヌメも一緒だから、安心して。」

そうして、傍らにいるキヌメに注意を向けさせる。

ゆっくり頷くキヌメに応えて、スズカも頷き返す。

「……判りました。しばし、お待ち下さい。」

ベッドから降り、周りをきょろきょろして戸惑うスズカ。

あ~、そうか。

皇女殿下だもんな。

「ごめんね、スズカちゃん。侍女たち皆眠って貰ってるから、ひとりでお着替え……は無理かな?キヌメ、頼める?」

「はい、判りました。皇女殿下、私がお手伝いしましょう。」

……今は少女だけど、さすがに後ろを向いておこう。

中身がおっさんだなんて、誰も気付きやしないけども(^^;


皇帝の寝室は、スズカのそれよりもさらに広かった。

逆に、広過ぎてくつろげないんじゃないかと思ってしまうが、生まれてからずっとこう言う生活を続けていれば、これが当たり前になるのだろう。

天蓋付きベッドの大きさも、一度に4~5人で夜の運動会が出来そうな大きさで、そこに老年がぽつねんと横になっている様子は、非道く侘しさを感じさせる。

俺は、例によってディスペルを掛けて、その肩を揺すった。

「皇帝陛下、夜分に失礼致します。緊急の要件につき、ご容赦下さい。」

そう声を掛けると、こちらはがばっと起き上がり、傍らの剣に手を掛ける。

ふむ、日本の天皇と言えば公家上がりで、あんまり武芸に秀でたイメージは無いけど、ニホンの場合モンスターがいる武家優位の社会だけに、皇帝ともなれば権威を示す為それなりの腕が必要なのかもな。

70を越えた老人とは思えない壮健ぶりだが、それでも人間族から稀に出る勇者、英雄の類と比べれば、ただの老戦士でしか無い。

高貴な生まれだけで、人は強くなれない。

「……何者だ?このような夜更けに、子供が訪れる事などあり得まい。幽霊か鬼か、それとも魔族か。」

「……ふぅ、人物としては立派なのね。親としてはどうかと思うけど。」

「何だと?!……む、スズカ、お前までいるのか。もうひとり、オンミョウカシラか。これはどう言う事だ。」

「大事な話があるから、2人には付いて来て貰ったの。私はシンク。そうね、キヌメには鬼って言ったけど、前言撤回。八岐大蛇の代理人、と言うのが正しいかな。詳しい事を話すから、聞いて頂戴。」

ベッドから飛び降りて、俺に剣を突き付ける皇帝ヨウメイ。

「お前を信用しろと?」

キンッ!と澄んだ音がして、皇帝の高価そうな剣の刃が斬れる。

俺が得物を抜いて、切っ先を斬ってやった。

宙でくるくる回って落ちて来た切っ先を、ヨウメイの鼻先で摘まんで止める。

ヨウメイには、俺が得物を抜き、斬り、収めた一連の動作は見えていない。

「男相手ならこう言う言い方の方が早いと思うから言うけど、私がその気なら御所の人間を鏖にするなんて簡単な事よ。貴方はまだ生きてる。スズカにも手を出して無いでしょ。私は話をしに来たの。この一件を終わらせる為にね。」

切っ先の斬れた剣を構えながら、こちらを睨み付けていた皇帝だが、ついにはその剣を放り出し、ベッドに腰掛け溜息を吐く。

「ふぅ、私が老いた、なんてレベルでは無いようだな。確かに、お前にその気があれば、私たちは皆死んでいるのだろう。ふん、本当の力の前に、権力など無意味なものだ。」

「それが言えるだけ、貴方はやっぱり立派な人物だと思うわ。人って、権力を自分の力だと勘違いする生き物だもの。」

「……その姿でそう言う事を言われるのは、何かむず痒い気持ちになるな。それで、大蛇の代理人と言う事は、お前は神の眷属なのか?」

「私はただの人間よ。……まぁ、ただの、って言うのはあれだけど、私の事はどうだって良いのよ。それじゃあ、まずは私の話を聞いてね。八岐大蛇はいないわ。そう勘違いされてる竜はいるけど、彼は勝手に生贄を送られて困惑してたの。彼が生贄を求めた事は一度も無い。生贄の娘は皆無事。生贄を送っても、それとフジの噴火は関係無いわ。」

呆然とする3人。

「……何だと?では、神託とは何だったのだ。」

「センゲン巫女の虚言よ。生贄の儀式は、何代も前の巫女が始めた偽りの儀式。今回スズカちゃんが選ばれたのは、政治的な問題。アズマヒメがメイコウを担ぎ上げようとしたけど、メイコウにはその気が無かったみたい。それならそれで、傀儡として自分が実権を握るつもりだったんでしょうね。この国の後継制度は良く知らないけど、スズカちゃんや将来のその旦那様が次の後継者になるのを妨害する為に、亡き者にしようとした訳。」

「ぬぅ、あの女……。やはり、斬ってしまえば良かったのだ。」

「アズマヒメは死んだわよ。センゲン教は、オロチの生贄以外にも、たくさん生贄の儀式を繰り返してたの。アオキガハラの世界樹でね。そこにいた犠牲者のひとりに、私が手を貸してあげたの。だからね、キヌメ。生贄の儀式で穢されてしまった世界樹の事は頼んだわよ。」

「はい、お任せ下さい、シンク様。」

「多分目立たないように、オロチへの生贄の儀式の間は、世界樹での生贄の儀式は中止してたんでしょ。結果、世界樹の穢れが進行せず、一時的にフジの兆候も鎮まった。フジと世界樹は龍脈で繋がってるわ。世界樹さえ安定すれば、フジも安定するはずよ。まぁ、活火山なんだから、いつかは自然に噴火する事もあるかも知れないけど、少なくともオロチは関係無い。」

「……それでは、もう全ては解決したのか?」

「はぁ~、そうは行かないのよね。自覚無し?最後の難問が、貴方よ、貴方。」

「む、どう言う意味だ。」

「私はオロチと約束したわ。彼と、元生贄の娘たちの暮らしはそのままにするって。生贄の娘たちがどうしてフジに留まっているか判る?暮らしが苦しいからよ。口減らしで生贄として差し出された娘たちは、家に帰る事なんか出来無い。貧しい彼女たちにとっては、オロチとの生活の方が幸せなの。だから、彼らの生活は守らせて貰うわ。」

「う、うむ。まぁ、それは仕方無いな。だが、それは私の所為とは……。」

「政治が悪い、って言いたい訳じゃ無いわよ。問題は、スズカちゃんを生贄に送らせない為に、貴方、オロチ退治と言う勅命出したじゃない。」

「あっ!」

「あ、じゃ無いわよ。良い?これで勅命を無かった事にしても、それならそれで、スズカちゃんは生贄に行かなきゃならない。もちろん、死ぬ訳じゃ無いけど、公的な皇女としての生活は捨てる事になるわ。で、私はオロチの味方よ。オロチ退治をしろと言うなら、皇帝陛下には崩御して貰う。人間の勝手で、穏やかに暮らしているだけのエルダードラゴンを殺させるつもりは無い。」

押し黙る3人。

古来続く生贄の儀式を、簡単に無かった事には出来無い。

実はセンゲン教の言っている事は嘘だった、と言う事実は、時間を掛けて流布しなければならない。

権力者は、その権威を守らなければ力を失う。

好き勝手出来る訳では無いのだ。

「世界樹はキヌメが何とかする。センゲン教は、ガーランドにでも頼んで一掃して貰う。時間を掛けて、オロチなんかいない、生贄の儀式なんて必要無い、って広める事になるんでしょうけど、今はもうスズカちゃんが生贄に選ばれたと多くの人が知ってる。今オロチなんかいない、生贄は出さないなんて言っても、貴方の我儘にしかならないのよ。」

「……どうしろ、と言うのだ。」

「簡単でしょ。スズカちゃんを生贄に捧げる。ほとぼりが冷めたら戻って来ても良いけど、公的には皇女スズカは死ぬ事になる。後は、次の皇帝メイコウに託す事ね。」

「!……そんな、そんな事は……。」

本当に面倒な話になった。

オロチを倒して終わり、皇帝を殺して終わり、と言うシンプルな話なら、どれだけ簡単な事か。

「……私、行きます。」

「ス、スズカ!?だ、駄目だ。いくら何でも、お前を生贄になど出来ん。それに、お前には将来、女帝としてこの国を背負って立って貰いたいのだ。」

ニホンでは、女性が皇帝になる事も出来るんだな。

ふ~、結局、この馬鹿親次第なんだよな。

「皇帝陛下。スズカは、皇女の責任を果たすのです。これは、スズカの仕事なのです。そう何度も言っているじゃないですか。」

あ、スズカの方が大人だ(^^;

とっくにスズカの方は、覚悟完了してたのね。

「駄目じゃ、駄目じゃ!それじゃあ、私が寂しいから駄目じゃと言うておるではないか~。」

あ~、もう。

俺は、馬鹿親に見えるように、得物を構えてやる。

「やっぱり、ご崩御願おうか?」

「うぅ~~~!誰か~、誰か何とかしてくれ~。私はスズカがいなくちゃ駄目なんじゃあ~~~!」


と言う事で、結局その後、スズカは生贄として捧げられ、フジの集落で娘たちと共に暮らす事になった。

自分ひとりで着替える事も出来無かった箱入り娘が、自給自足生活に慣れる事が出来るかどうかは、彼女自身の頑張り次第だ。

そして、ヨウメイは娘を喪った事に耐えかねて、退位して帝位をメイコウに譲った。

と言うのが表向きで、今ではフジの集落でスズカと共に暮らしている(^^;

年齢の割には壮健だったし、集落の貴重な男手として毎日充実した生活を送っているらしい。

ヨウメイにとっては、権力よりも娘の方が大切だった訳だ。

世界樹は穢れが非道く、さすがに元通りとは行かない。

それでも、これから長い時間を掛けて、キヌメが、そして跡を継ぐオンミョウカシラたちが、世界樹を清め続けると言う事だ。

まぁ、元通りとは行かないまでも、呪いの樹から枯れた世界樹へと変化した事で、龍脈は健全な状態に復旧した。

その結果、サカイミナト周辺の厚い雲も晴れた。

やはり、精霊力の乱れが、あの現象を引き起こしていたようだ。

センゲン教徒たちは、残らず忍者マスター直属の精鋭たちが始末した。

国の中枢に入り込んでいた宗教団体が一夜にして消えたのだから、様々な憶測が流れている。

だがこれで、近隣から人が攫われ、時に買われ、生贄の儀式で殺される事は無くなったのだ。

俺の役目も無事終了。

後は、キョウミヤコのどこかに拠点を作るだけだ。

やる事は山ほどあるから、まだまだ忙しい日々が続く。

ダイコク屋の夜船を喰って、英気を養い頑張ろうっと。


第五巻へつづく


あとがき(※小説家になろう投稿時執筆)


今巻で、“俺”の当初の目的である、不老不死が一応実現しました。

そのネタ振りは最初からしていたので、バレバレだったとは思いますが。

これで“俺”も、ちゃんと強くなった訳です。

少なくとも、Lv50オーバーの規格外以外で、“俺”を殺せる者はいません。

まぁ、Lv50オーバーの規格外が、アーデルヴァイトにはたくさんいる訳ですが。


この後、五巻、六巻の内容は決まっているので、出来るだけ早く形にしたいと思います。

そう言うつもりではありませんでしたが、結果的に六巻が第二部の最後になりそうです。

暫定的ながら、七巻の展開も固まりつつあります。

“俺”をどこまで強くして良いのかも悩ましいので、その先は不透明ですが、どうにか発想が降りて来るように、悩み続けてみます。


頑張っても報われない、続けても評価されない、そんな人生を送って来ましたが、それでも今までは相応の勉強や経験が支えてくれました。

しかし、これまで小説を書こうと思った事は無かったので、今は自分を支えるものが無く、毎日不安に押し潰されそうです。

それでも、1人でも読んで面白いと思って貰えるなら。

そう自分に言い聞かせて、何とか書き続けたいと思います。

どうか、これからも宜しくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る