第三章 地下に潜む怪人


1


旅立ったあの日と比べれば、タリム近郊の木々はほんの少し黄色い葉も赤くその色を増しているが、あれからまだ2週間も経っていない。

そんな森の中、いつもの崖を通って拠点へ向かうと、地下から明かりが漏れている。

どうやらオーガンがいるようだな。

若い男がひとり切り、俺自身の体験にも則り、先ずは声を掛ける(^^;

「お~い、今帰ったぞ~。」

……特に慌ててがさごそする気配は無いので、そのまま地下へ降りる。

丁度オーガンは、中央の部屋のテーブルで、朝食を摂っていたようだ。

「お帰りなさい。随分、お早いお帰りですね。」

「あ~、別に帰って来た訳じゃ無いんだけどな。これからすぐ、モーサント拠点に転移するから。」

そう、俺はこれから森エルフの支配していた森へ赴き、件の遺跡を調査する。

タリムから歩き始めて間も無い内に今回の件に遭遇したから、ネガシムからモーサントへ向かうよりも、タリムに戻ってアストラル転移した方が早いと思って戻って来ただけだ。

「……何か発見があったんですね。」

「ん?察しが良いな。聞いて驚け、オヴェルニウス呪法関連の遺跡だ。」

さすがに、これにはオーガンも呆気に取られる。

「……いや、あれって本当の事なんでしょうか。」

「まぁ、俺も半信半疑だ。悪魔の怖さを知って貰おうと創作された、昔話みたいなもんだと思ってたからな。だから、何が出て来るかは行ってみなきゃ判らん。と言って、放ってもおけないだろ。」

「……確かに……、それで、どうするおつもりなんです?」

うん、気持ちは解る。

「駄目だぜ、オーガン。解ってる。充分その気持ちは理解出来る。俺たちの研究に、何かしら役に立つ可能性はあるからな。でも駄目だ。」

「そう……ですよね。」

「あぁ、俺は悪魔の怖さって奴を痛感したからな。それにお前だって……。」

「はい……。」

オーガンは自分なりに研究しながら、ここタリムで魔法医をしていた。

出逢った時、オーガンの足は不自由だった。

両足のアストラル体が失われていたから、通常の処置では一切効果が得られなくて当然だ。

そして、その両足のアストラル体は、悪魔によって奪われたのだ。

相手がレッサーデーモンだったから、それで済んだとも言える。

オーガンの研究は、この世のあらゆる病を癒す事。

今それは、高位の神聖魔法が可能としている。

しかし、無償で誰にでもその恩恵を与えてくれる宗教など、どんな世界にも存在しない。

俺がオルヴァで救えなかったカーソンも、高位の神聖魔法さえあれば癒す事は出来る。

だが、その治療を受ける為には、莫大な寄進が必要となる。

現実世界の先端医療であれば、莫大な費用は必要経費であったり、一部の医者にしか扱えなかったりと言う事情もある。

同じように、アーデルヴァイトで高位の神聖魔法を行使出来るのは、相応の修行を経た上位の神職くらい。

最低でも、司祭に昇進出来るくらいの実力者に限られる。

その数は決して多くは無く、無償で提供しようものなら病める者たちで長蛇の列が出来るだろう。

しかし、MPにだって魔力にだって限りがある。

無制限に行使し続ける事など出来無いから、1日に救える人数は少数だ。

となれば、高位の神聖魔法と言う恩恵を受けられる人間は厳選される。

その選別の指針のひとつは、どうしたって経済的なものとなる。

それが世の常だ。

オーガンは、高位の神聖魔法を必要としない、もっと誰もが気軽に享受出来る治療法の確立を目指している。

今現在、俺のアルケミーとアストラル治療を用いれば、あのカーソンだって救えるだろう。

だが、それが出来るのは俺だけであり、アストラル治療も俺とオーガンだけの技術だ。

多くの人が簡単に掛かれる地域医療体制とはとても言えない。

難しい事を簡単にする、それはとても難しいのだ。


不老不死の法があるとして、それが俺たちの研究にどう関わるのか。

オーガンの場合、病の克服の先に見据えているのが、寿命の克服だ。

人は、病に死なずとも老衰にて死ぬ。

100年と言う人間族の寿命をさらに伸ばし、健康で長生き出来るようにするのが、オーガンの夢と言える。

それならば、それは俺の野望と一緒ではないのか?

少し違うのだ。

オーガンは、あくまで人間族としての長命を目指す。

しかし俺は、すでに物質体を乗り換えているように、そこへのこだわりが薄い。

最悪、エルフや魔族など長命種の物質体を使い寿命が延びるなら、それで構わないのだ。

まぁ、現実的にそれが不可能な事は実証済みだが。

ジェレヴァンナにはクローンとしてハイエルフの物質体を用意したのに、物質界に縛られてその寿命を縮めている。

もちろん、人間族のそれと比べれば遥かに長いが、寿命は物質体依存では無い事の証明だ。

現状、人間族の寿命を延ばす方策は無い。

オヴェルニウス呪法の過剰再生を抑える事が出来るなら、それは理想的な不老不死へと繋がるのかも知れない……と、俺だって考えはする。

研究者としての探究心も疼きはする。

それでも、アヴァドラスに出遭ってしまったトラウマは、決して払拭出来るようなものじゃ無い。

アスタレイと約束したからだけじゃ無い。

悪魔は駄目、絶対。

「悪魔に頼っちゃ、むしろ進むどころか後退、いや、そこで道が閉ざされかねないんだ。リスクしか無い。それに、本物とも限らないしな。取り敢えず、封印するつもりで探しに行くよ。」

「はい、それが良いですね。私も、ちゃんと心得ていますよ。……少し、動揺してしまっただけです。すみませんでした。」

「気にするな。俺だって最初は、お宝を見付けた気分になったからな。ちゃんと自制出来て、ホッとしてるよ。」

悪魔ってのは、本当に厄介だ。

全てが嘘では無いだけに……。

「さて、それじゃあ行って来る。また留守を頼むぞ。」


2


俺は予備体の保管室に入ると、少しスカートをずり上げて胡坐を掻き、上半身を前に倒す。

そうして倒れない格好をしてから、アストラル体で抜け出す。

その後、体の周りを結界で覆い、結界内を空間感知……良し、蠅のような不純物は存在しない(^^;

それから、その体にマーキングした後、モーサント拠点へ飛ぶ。

モーサント拠点の予備体に入って体を起こし「ライト。」と明かりを点けた後、こちら側にも結界を張ってその中を空間感知。

蠅などの不純物が存在しない事を確認したら、マーキングした体をサーチして結界内に招喚する。

これで、アストラル体だけで無く、体ごと転移した事になる訳だ。

元々、物扱いのゾンビなどは転移させられるし、先に転移先へ飛び目視していれば、ザ・フライのような事故も防げる。

勇者ボディが本体と言う固定観念に縛られていた頃には、思い付かなかった安心安全なテレポートである。

今思えば、この後勇者ボディを喚び寄せて入り直せば以前も使えた方法なのだが、当時は発想が降りて来なかった。

柔軟な発想が大切だと思いながらも、中々柔らか頭は難しいものである。

確かに殺されはしたものの、俺の視野を広げるきっかけとなった訳だから、本心からムネシゲには感謝している。

そして、特定の本体を持たない今は、このまま今入ったばかりの物質体を使う事になる。

同じ物質体を使い続けると、その物質体だけ歳を取ってしまうからな。

テレポートした時に物質体を乗り換えて行けば、歳の取り方も緩やかになると言う訳だ。

まぁ、新しく若い物質体を作れば済む話だが、年取った自分の生きた体を廃棄するってのは、気持ちの良いものでは無い。

所詮容れ物、と判っちゃいるが、人の形をした物は精神的に処分しにくい。

俺は、壊れたフィギュアも捨てずに取っておくタイプだったからな(^^;


その後、喚び寄せた体から装備を外して服を脱がせ、空になった保護器に寝かせる。

折角だから下着だけは着替えて、外した装備を付け直す。

ここにはオーガンがいないから、後で洗濯だけはしておく。

ちなみに、洗濯機は無い。

シャワーは温水を出すだけ、風呂は温水を溜めるだけ、トイレは流すだけ、洗浄シャワーは便座の方に付けてこちらも温水を吹き出すだけ。

単一の効果を発揮するマジックアイテムとして作ったから成立しているが、洗濯機は複雑だ。

水流で洗濯物を洗う訳だが、一定の水流を発生させ続ければ良いと言うものでは無い。

正直、家電再現など是非ものの研究では無いので、早々に匙を投げた(^^;

基本旅鴉だから、洗濯物なんてそんなに出ないしな。

後は朝食だ。

各予備体がいつ食事を摂ったかなんて把握していないので、このまま出掛けたら急に腹が減って来るなんて事もあり得るからな。

食糧庫の中も時間凍結してあるから、拠点にはいつも新鮮な食材が揃っている。

朝食だから、フレンチトーストに目玉焼き、コーヒー、デザート代わりのバナナ、こんなもんで良いだろう。

生前は、良く冷凍食品やレトルトを利用していたから、自炊しているつもりでもちゃんと料理をしていた訳では無いと、こちらに来て思い知らされた。

コンビニもスーパーもレンジも無しに料理をするのは、結構大変だよなぁ。

やっぱりケチらずに、調理スキルくらい取るべきか(^^;


簡単な朝食を済ませ、後片付けと洗濯も済ませたら、ようやく出発である。

森エルフが活動拠点としていた森だけに、判りやすい整備された道など無い。

だから、大体どの辺と聞かされても、案内も無しに正確な場所を知る事は難しい。

だが俺には、その大体の場所で充分。

ここモーサント拠点自体森エルフの活動拠点のひとつだったから、遺跡の場所からそう遠く無い。

だから、空間感知を展開すれば、ほら、人間族の反応が引っ掛かった。

俺に射落とされまくったのがよっぽど堪えたのか、10km圏内に森エルフの反応はひとつも無い。

拠点から2kmほど北東へ行った辺り、そこにふたつほど人間族の反応。

遺跡調査に雇ったのは2人と聞いているので、数もぴったりだ。

彼らは敵では無いので、このまま潜伏せず歩いて近付く事にした。


名前を知らないので仮に森エルフの森と呼ぶが、ここ森エルフの森の木々は常緑樹らしく、タリム近郊と違って紅葉は見られない。

テレポートして来ただけに、まるで季節が違ったかのような錯覚を覚える。

そんな緑の中を小一時間ほど進むと、やがて細い獣道が見付かった。

調査に赴いた2人が通った跡だろう。

もう少しで、彼らの姿が見えてくるはずだ。

そうして無警戒に近付いて行くと、森の木々に埋もれたような緑に覆われた遺跡らしき構造物が見えて来た。

ふむ、誰もいないな。

しかし、テントはそのままだし、まだ焚火も燻っている。

ひとりは樹上、ひとりは遺跡の陰、俺の接近を感じ取り姿を隠したようだな。

「お~い、どっちがボヤードさんでどっちがタイデルさん?そことそこ、隠れてるのは判ってるから、顔出して貰えないかしら。」

俺はふたりの位置を指し示しながら声を掛ける。

「……何者だ!」

「えっと、この場合、貴方たちの雇い主はどっちになるのかしら。グランザ卿の調査依頼は終了よ。そして、ボーテホムは死んだわ。だから、貴方たちの仕事は終わりって事よ。」

反応を待つが、すぐに出て来る様子は無い。

「……お前はグランザ卿の使いと言う事か?何か証明出来る物はあるのか!」

「何も無いわよ。でもね、依頼主がもういないんだから、これ以上調査を進めてもお金にはならないわよ。少なくとも、こんな場所まで来て事情を知ってるだけで、通りすがりじゃ無いって事だけは判るでしょ。」

……やはり出て来る気配は無し。

「貴方たちがこの遺跡の事をちゃんと知ってる前提で話すけど、私がオヴェルニウス呪法の事はグランザ卿にちゃんと説明したから、もう要らない訳。で、それを悪用しようとしてたボーテホムはもう死んだから、こっちも要らないわね。私はオヴェルニウス呪法なんて厄介なものが世に出ないよう、本物かどうか確認しに来たの。本物だったら封印するから、後は私に任せて頂戴。」

ん?……ふたりの気配が変わったな。

……不味いな、こりゃ、この遺跡は本物だったようだ。

ひとりは樹上から降って来て、もうひとりは遺跡の陰から。

姿を現したレンジャー風の男たちは、その体から黒い瘴気のようなものを漂わせていたのだった。

男たちの瘴気は、帯状に地面を這って遺跡の中へと続いている。

遺跡の中のモノに、取り憑かれたのだろう。

俺はふたりへの説得、乃至挑発の意味で封印すると言明したのだが、それを許せぬ遺跡の主の方が反応してしまったようだ。

少なくとも、力を封印された状況でも人間に取り憑き操れるほどのモノ……十中八九悪魔だな。

となれば、多分この遺跡にはオヴェルニウス呪法など存在しないだろう……が、まかり間違ってオヴェルニウスが封印されていた、なんて事はあり得るだろうか。

もし封印されているモノがオヴェルニウス級だとしたら、非常に不味い。

オヴェルニウスについては詳しく伝わっていないが、最低でもネームドである以上アギラ級。

場合によっては、何某かの位や称号を持つ悪魔である可能性すらある。

アーデルヴァイトでの悪魔は仮初めの体に過ぎないが、それでも本気で戦って勝てるかどうか。

しかも、遺跡の地下深くとなれば、こちらが使える攻撃魔法も限定されてしまう。

下手をすれば、遺跡が崩れて*いしのなかにいる*となりかねないからな(^^;

……とは言え、俺が何とかするしか無い。

まずは、相手の正体を確認する為、さっさと遺跡に入ってしまおう。

ん?さっきのふたりはどうしたかって?

出て来てすぐ、結界の中に閉じ込めてやった。

今は、水晶柱型の結界がふたつ、地面に転がっている。

瘴気も途絶えているし、ふたりは悪魔の支配から解き放たれているだろう。

こいつらは後回しだ。

しばらくこのまま眠っていて貰おう。


3


調査隊のふたりが、事前に片付けていたのだろう。

入り口は崩れていたが、何とか奥に進めるよう掘り返されており、魔法による崩落防止処置も施されていた。

遺跡の材質は普通の石のようで、経年で内部はかなり劣化している。

所々、樹木の根が壁を突き破っていて、損傷は激しいと言える。

辛うじて遺跡内の通路を全て回る事が出来たが、ここは正にダンジョンだ。

ダンジョン本来の意味は地下牢で、入り組んでいて簡単に外に出られないような造りになっているこの遺跡は、中にいるモノを外へ逃がさない為の遺跡、つまりは地下牢のようなものなのだろう。

途中で見付けた隠し扉のこちら側は、クレタ島のミノタウロスの迷宮ラビリンスのような迷路だ。

隠し扉に気付かない侵入者には、何も無いただの古い迷路に過ぎず、隠し扉に気付かない閉じ込められたモノは、仮に自由に歩き回れても決して外へは出られない。

だから、隠し扉はかなり手の込んだ魔法術式によって隠蔽されていた。

いっそ、扉など作らず閉じ込めてしまえば良いものを、いざと言う時再び閉じ込めたモノに頼ると考えたのだろうか。

その為、アクションアドベンチャーゲームの謎解きのような手順が必要だが、開ける方法が用意されていた。

隠し扉自体隠蔽されていて認識出来無いが、その存在を認識出来れば扉表面に5つのレリーフを見出す事が出来る。

そのレリーフは回転させる事で絵柄が変わり、特定の絵柄の組み合わせの時扉を押せば開く仕掛けだ。

間違った組み合わせだと、四方八方から槍が飛び出して来る。

魔法術式が刻み込まれている隠し扉やレリーフには一切経年劣化は見られず、罠の方も魔法的処置がしてあるようでちゃんと作動した。

うん、作動した(^^;

だって、設置者がその組み合わせを覚えておけば良いだけだから、ゲームみたいにどこかにヒントがある訳じゃ無いからな。

レリーフは5つで絵柄も限られるから、総当たりするしか無いやん。

ま、最初の1回は罠の確認の為、そのまま開けようとして罠作動。

隠し扉を押したクリエイトゾンビが塵と化した。

一々ゾンビを作っては壊され作っては壊されを繰り返すのも何なので、槍が出て来た壁床天井に結界を張り、罠が作動しても槍が出て来ないようにして試行。

程無く、正解の組み合わせを見付け奥へと進んだ。


隠し扉を潜るとすぐ、扉は閉まった。

こちら側からは開けられないようになっている。

向こう側は、場所によっては天井が崩れて外の光が少しは入って来ていたが、こちら側は完全な闇。

俺は暗視の魔法を使っているから良く見えるが、人が入る事を考慮した建造物では無いので、明かりの類は設置されていない。

こちら側の壁床天井は、明らかに魔法的な補強が成されている。

こちら側こそが、この遺跡本来の姿だ。

隠し扉の先は通路となっており、こちら側も無意味に分岐を繰り返す迷路だった。

脳内にマップを描きながら彷徨っていると、あちら側への出口は見付かった。

こちらも同じ仕掛けが施されていて、向こう側の正解の組み合わせを試してみると、またゾンビが串刺しに(^^;

出る時は出る時で、違う組み合わせを見付けねば。

まぁ、その気になれば、無理矢理出て行く事は出来るけどな。

魔法的な補強がしてあっても石は石。

適当なところからトンネル掘りの魔法を使って、横穴を開けてしまえば良い。

正規の道順を守らずにダンジョンを攻略してしまうのは、自称美少女天才魔道士も良くやっていた。

不老不死の為ではあるが、勇者の癖に魔法方面で歪に成長した俺だから可能なんであって、普通は無理だけどな。

まぁ、空間感知さえ使えれば簡単なんだが、この遺跡には魔術的なジャミングが掛けられており、空間感知で構造を把握出来無い。

そりゃ、閉じ込めていたモノが簡単な魔法ひとつですいすい進めては、苦労して迷路を作った甲斐が無いからな。

だから今、苦労しながら脳内マップを描いている訳だが、勇者ボディが頭脳明晰で、その状態で魔法学始め様々な勉強をこなして来た事で、俺自身、つまりはアストラル体の状態での地頭も生前とは比べ物にならないほど優秀に育ったから何とかなっている。

惑わす事だけが目的の迷路なんて絶対生前なら脳内マップで何とかする事など不可能で、方眼紙が必須だった事だろう。

本当、頭良くなってて助かったわ(^^;


そうして何とか迷路を進んで行くと、奥まったところで階段を発見する。

下りればそこはまた迷路で、延々迷いながら進むとまた階段。

下りては階段を見付け、下りては階段を見付け、そんな事を繰り返して次が地下10階。

少しずつ濃度を増していた瘴気が、一気に濃くなる。

どうやら、目的の場所に辿り着いたようだ。

そう思って階段を下りると、そこは今までのような通路では無く、広い空間になっていた。

その空間の真ん中辺りに、この遺跡の心臓部である封印の結界が見える。

天井と床に存在する12対の宝珠が、そこから発した白い光の線で繋がっていて、牢屋の鉄格子のような形で内外を隔てている。

その向こう側、牢獄の中には蠢く肉塊。

そして、取って付けたような呻き声。

「……なぁ、俺が封印すると言った途端、上のふたりを使って襲わせようとしただろ。そんな真似、オヴェルニウス呪法の犠牲者である肉塊が出来る訳無ぇじゃん。そう言う下手な振りは要らねぇよ。問題は、完全な騙りか、お前がオヴェルニウスか、って事だけだよ。」

目の前の肉塊は、瞬きする間にまるで違う姿へと変じていた。

その頭は、フルフェイスヘルメットのような形状で、顔らしきものが無い為表情すら読み取れない。

上半身は筋骨隆々で腕は4本生えており、体に比すれば細い腕だがその長さは縮尺的に人型の倍ほどの長さがある。

下半身も上半身と比べれば細身で、獣が2本足で立ったような形姿をしている。

全身黒色で光沢のある質感……まぁ、あれだ。Gのような感じ(-ω-)

その肌には様々な紋様も刻まれているが、今は暗色で目立たなくなっている。

多分、本来であれば、肌の紋様が何色かを帯びているような気がする。

力を封じられている影響で、暗色と化しているように思えた。

その姿を観察していると、人型で言えば丁度左目辺りに切れ目が入り、それが開くと目のようになる。

その眼がぎょろりとこちらを睨め付け、次いで口の位置が横に裂けて、そこから言葉が紡がれる。

「何だ、人間。お前はオヴェルニウス呪法が欲しくてここまで来たのでは無いのかい?」

その声は、嗄れた老婆の声に聞こえた。

「聞いてたんだから知ってるだろ。まやかしの不老不死なら、これ以上人心を惑わさないように封印する。……ま、そんなもんは無さそうだが、お前は誰だ?何故、こんな場所に封印されてるんだよ、悪魔さん。」

言うまでも無い、こんな生き物はアーデルヴァイトにはいない。

十中十、こいつは悪魔だ。

「はて、何故私はこんな所にいるんだろうね。そうだよ、早く還らなくちゃ。だから……。」

「却下。」

「え!?」と、そのぎょろ目を見開く悪魔。

俺は封印に近付き、鑑定……スキルでは無く、魔導知識で検分して行く。

「答える気が無いならそこでじっとしてろ。こっちはこっちで、さっさと用事を済ます。」

ふむ、どうやら封印を司る宝珠の一部が劣化しているようだな。

この手の封印の一部が自然に劣化する事はあり得ないから、こいつが瘴気でじわじわ侵食したのだろう。

一時的に浄化して、俺の魔力でも吹き込めば、もう一度最大限の効力を発揮出来るようになるかも知れないな。

「……な、なぁ、何してる?まさか、そいつを直そうとか言うんじゃあるまいな。」

「……そう見えないか?さっきも言ったろ。これ以上人心を惑わさないよう、封印するって。元々ある封印を修復出来るならそれが一番だからな。」

ガシャーン!と内側から封印の障壁にぶち当たって来る悪魔。

「ふ、ふざけるなっ!一体どれくらい掛けてここまで……。」

「……で、お前誰?」

「え?……あ、いや、私は……。」

「何も答えないなら交渉の余地は無ぇだろ。ま、俺は悪魔と交渉する気も更々無ぇが、言葉を交わせば付け入る隙もあったかも知れんぞ。だがお前は、俺の質問には答えねぇ。ならこのまま、封印を直しておさらばだ。」

俺は淡々と、封印を調べる振りを続ける。

表情の無い悪魔が慌てた表情を見せる。

「ま、待て。判った。何でも答える。何故ここに封印されたかだったな。エルフに招喚されたんだ。もう何100年前だか判らないくらい昔に。人間族から仲間を守る為の戦力としてな。だが、用が済んだら封印された。いつかまた必要になるかも知れないと言ってな。私は大量の生贄を使って受肉していたから、自由に魔界へ還れなかった。この封印には、私を縛り付ける効果もあるから、仮にこの肉体を自分で壊しても意味は無い。還りたいが還れないのだ。」

「……エルフか。確かにこの辺は、森エルフの縄張りだったが。」

「森エルフ?……そうか、奴ら力を失っていたのか。道理で戦いの気配はするのにお呼びが掛からない訳だ。この封印は、正規の手段で解除するのも、相当の魔力を必要とするものだからな。」

それ以前に、多分遺跡の隠し扉すら見付けられなくなっていたんじゃないかな?

本当に永い間、遺跡の奥には誰も踏み入っていなかったように見えたし。

「お前、オヴェルニウスじゃ無いよな。」

「……あぁ、その通り。私の名はガリギルヴァドル。魔界の7大悪魔である猿帝マルギリファルス様の誉れ高き下僕であった。よもや物質界に囚われて、こんなにも永くお傍を離れる事になろうとは。」

言われてみれば、こいつのフォルムはどこと無く猿っぽい。

光沢のある黒い肌では無く、もし毛むくじゃらだったら、ゴリラ系に見えなくも無いな。

……しかし不味い。

無位無官のネームドじゃ無くて、7大悪魔の眷属かよ。

古のエルフが使役したくらいだから、本当の意味で手に負えないほどの大悪魔では無いとは思う。

受肉したからこそ、本来の力も制限されているのだろう。

それでも、あのアギラを超える力の持ち主である可能性は高い。

とてもじゃ無いが、今の俺がどうこう出来る相手ではあるまい。

こんな地下深くで攻撃魔法は使えないから、やるとなったら肉弾戦か、一度解放した後地上で迎え撃つか。

どちらもリスクが高過ぎる。

「それだけ高位の悪魔さんが、何故オヴェルニウス呪法なんて騙ったんだ。」

「……くそっ!知名度の差よ。人間を騙すなら、奴の名を騙る方が効率が良い。短命で力も頭も弱い人間族は、不老不死の誘惑には弱いからな。」

正に仰る通り。

上手く人間族を操って遺跡に入らせたからって、果たしてここまで辿り着けたか、この封印を破れたかは疑問だが、こいつも必死だったのだろう。

エルフどもが一向に呼びに来ないから、矛先を人間族に変え、何らかの方法でオヴェルニウス呪法の噂を流布した訳か。

「ありがとうよ。お前が悪魔である以上、今の話すらどこまで本当なのか判らんけど、一応合点が行ったよ。」

ぱあっと無い表情が明るくなるガリギルヴァドル。

「そ、それじゃあ。」

「あぁ、封印を直す目処も付いたし、これでお別れだな。」

「……ふ、ふざけるなっ!ちゃんと質問に答えただろうが。ここから出してくれる約束……なんてしてない、よな。」

さっきこいつが言った事は、本当なのかも知れない。

どうやら、力は相当のものだが、おつむの方には問題がありそうだ(^^;

だからこそ、古のエルフに良いように使われてしまったのかも知れん。

「ふぅ……、お前みたいに強い悪魔を、簡単に世に放つ訳には行かんだろう。悪いが、またここで大人しくしていてくれ。俺がもっと強くなって、お前を肉体から解放してやれるようになったら、魔界に還す手伝いはしてやる。今はな、お前が怖いから無理だ。すまんな。」

その顔から目と口が閉じて、後ろを向いて少し下がり、そこでこちらに向き直ってから座り込むガリギルヴァドル。

「ふん、そう言われては仕方無い。ちゃんと強くなったら、もう一度会いに来い。それくらいなら、約束してくれるかい?」

……強い、怖いと言われて、満更でも無かったのかな?(^^;

「……俺は悪魔とは約束しない。それがどんな約束であっても。以前、怖い思いをしたからな。だが、悪魔を見付けたら魔界へ還す努力はする。そのつもりだから、気長に待ってろ。」

「本当に慎重な人間だねぇ。……人間だよね、お前……。」

独り言つガリギルヴァドルを放って、俺は封印の修復に取り掛かるのであった。


4


封印は、見立て通り浄化の後魔力を充填してやる事で元に戻った。

これで、ガリギルヴァドルが外に干渉する事も防げるだろう。

しかしこの封印、多分ガリギルヴァドルの力そのものを低減させる効果は無さそうだ。

結界にしろ封印にしろ、欲張って色々な効果を持たせようとすると、張るのにも維持するのにもより膨大な魔力が必要になると共に、不安定さも増す。

だから、より高度な使い手になればなるほど、制限を課して効果を絞り込む。

ジェレヴァンナが森の結界を人間族限定にしたように。

この封印は、ガリギルヴァドルをここへ縛り付ける事に特化してあり、力を奪うような事はしていないようだ。

先のガリギルヴァドルの発言を踏まえれば、ここへの縛り付けだけで無く、アーデルヴァイトへの縛り付けでもあるのだろうが。

と言う事は、今感じるこいつの力はあくまで受肉による制限のみで、アーデルヴァイトにおける全力状態か。

となると、7大悪魔の眷属とは言え、アギラと同等のようだな。

こいつが眷属の中でも低位に当たるのか、アギラが何にも属していないだけで結構強い悪魔だったのか。

地上において制限無しで戦うなら、今の俺でも充分倒せるのかも知れないな。

7大悪魔なんて聞いて、少しビビり過ぎたかも知れん(^^;

……少し試してみるか。

俺はその場で、ステルスを発動する。

悪魔の二度見と言う、貴重な瞬間が見れた(^Д^;

「おいっ!どこだっ!……いきなり消えるなんて、そんな事……。くそ、遺跡の中にはもういないぞ。転移か?しかし、人の身で転移など、無謀な事をする奴だ。死なれても困るのだぞ。」

おもむろに封印に近付いたガリギルヴァドルは、4本の腕に少し力を込めて50連打ほど封印を叩く。

「あの人間、しっかり封印を直して行きやがった。いや、最初の頃より強固なくらいだね。くそっ、忌々しい。」

するとガリギルヴァドルは、壁や床も同じように殴って行く。

封印の心臓部は中央の宝珠で、光の線が鉄格子のようになってはいるが、そこだけが封印となっている訳では無い。

封印の力は部屋の中に行き渡り、向こう側の壁床天井全てが封印されている。

俺はステルスを解き、「無駄な事は判っているんだから、そのくらいにしておけ。」と声を掛けた。

「のわにゃっ?!」と悪魔が驚く貴重な瞬間も見れた(^ω^;

大急ぎで格子まで戻って来るガリギルヴァドル。

その眼が大きく見開かれている。

「嘘だっ!今までどこにいた。もう遺跡内にはいなかっただろう。」

「潜伏しただけだ。転移なんて危ない事、俺はしねぇよ。」

「潜伏?潜伏だと?!私が気付かない訳無いだろう。一体何をしたんだ。」

「ふぅ、それじゃあもう一度潜伏するぞ。」と言ってステルスを発動すると、見開いた眼をさらに見開き、その後完全に閉じてどうやら集中し始めたようだ。

「……、……、……駄目だ。何も感じない……。」

俺はステルスを再度解く。

「良かった。お前にはちゃんと通用するようで安心した。少なくともお前は、アヴァドラスと比べれば脅威じゃ無い。」

今度は目だけで無く、口も目一杯大きく開けて驚きを表すガリギルヴァドル。

「あヴぁ、ドラス……様。人間……、何故その名を知っている。オヴェルニウスとは違い、アーデルヴァイトにその存在もその名も知られているはずが無いのだ。魔族?!そうか、魔族から聞いたのだな。」

「うん?まぁ、そうかな。光の巨人が堕天して奈落の巨人となった。その辺の話は魔族から聞いたよ。」

「そうか……。人間の癖に、魔族からそんな話が聞けるとは。やはりお前はおかしな人間だな。……そうだ、人間。まだお前の名前を私は知らないぞ。」

名前か。悪魔には何人か知り合いがいる事になるが、同じ名前で通す義理も無いよな。

「ルージュよ。冒険者のルージュ。」

「ではルージュよ。私はアヴァドラス様ほどの脅威では無いのだから、早く解放しに戻って来るのだぞ。」

あ、俺がアヴァドラスに遭った事がある、とは気付かなかったのか。

まぁ、知られても面倒そうだし、ガリギルヴァドルの頭の回転が遅くて良かった(^^;

「えぇ、約束はしないけど、ちゃんと善処するわ。いつかまた、私はここに戻って来るわ。」

そうして振り返りながら手を振り、そのまま迷宮ラビリンスを上って行くのだった。


遺跡を出ると、水晶柱型の結界の中で、ボヤードとタイデルが騒いでいた。

すぐに結界を解いてやり、事の顛末を伝えて、ふたりにはお引き取り願う。

ネガシムの一件はもう終わったし、遺跡の確認も済んだので、正直このふたりはアウトオブ眼中(^^;

ぎゃーぎゃー五月蠅かったが無視して、俺は作業を開始した。

遺跡の入り口を結界で封じ、入り口の建造物を覆う形でもう1枚、隠蔽を兼ねた結界も張る。

これで一見、ここは少し開けただけの森の中であり、遺跡など影も形も見当たらない。

仮に入り口を見出したとしても、結界に阻まれ入れない。

一応、遺跡のこちら側にはいくつか天井に穴も開いていたので、どこかしら侵入出来る箇所が残っているかも知れないが、ここに遺跡があると思って調べなければ見付からないので、それこそこのふたりくらいしか入りようが無い。

このふたりの口を封じれば完璧だろうが、ま、何重にも侵入防止対策は講じてある訳だから、放っておいて構うまい。

ここには悪魔しかいないと伝えたんだから、このふたりがまかり間違ってガリギルヴァドルの元まで行ってしまっても、良いとこ何かしら騙されて終わりだ。

こいつらでは封印は解けないはずだし、ガリギルヴァドルも封印が直って直接手出しは出来無くなったはずだ。

後はもう知らん。

と言う事で、まだぎゃーぎゃー五月蠅いふたりを置いて、俺は一路モーサントを目指す。

冒険者ギルド、盗賊ギルドで噂の火消しを頼むと共に、今回は魔導士ギルドに登録しようと考えている。

オヴェルニウス呪法に関わる噂だから魔導士ギルドにも話を通しておきたいのと、先に獲得した記憶再生、あれの開発者について情報が無いか調べたいからだ。

あの魔法は特別だった。

魔法の詠唱は、発動タイミングに至れば発動するが、発動を任意で遅延させる事は可能だ。

事前に詠唱を終わらせておいて、ここぞと言うタイミングで発動させる事が出来る。

しかし、そうして発動待ちの魔法がある間は、他の魔法を唱えられない。

改めて他の詠唱を始めてしまえば、発動待ちしていた魔法は発動しなくなる。

魔力の巡りが、他の魔法用に切り替わるからな。

だが、記憶再生の魔法は、まず対象者が思い出そうとしている記憶を捜索し、対象の記憶を確定、確定した記憶を術者にダウンロードし、ダウンロードが完了した記憶データを再生する、と言う4つの工程に分かれていた。

これを、普通に魔法で行おうとした場合、記憶の捜索を開始する詠唱の後、捜索だけなら即発動すれば可能。

しかし、捜索しただけで終わってしまう。

では、発動待ち状態で対象の記憶を確定する詠唱に入れば、記憶の捜索部分が発動キャンセルとなる。

4つの別々の魔法を、ひとつの魔法として成立させる多重詠唱。

これが肝である。

この多重詠唱が使えるようになると、魔法のバリエーションは桁違いに増える事となる。

ひとつの魔法術式の中で、可能となる改良をどうにか詰め込むのでは無く、複数の効果を別々の詠唱としてばらばらに唱えておいて、後からひとつの魔法術式として組み上げてしまえる。

これの開発者は、多重詠唱と言うスキルをツリー登録するのでは無く、それを応用した記憶再生と言う魔法だけツリー登録する事で、多重詠唱と言う概念を後進に伝えているのだ。

正に、尊敬に値する大賢者である。

もしまだご存命であれば、是非師事したい。

すでに過去の人物であるなら、この大賢者の遺した魔導書なりを手に入れたい。

その為のヒントが魔導士ギルドにあるかどうかは判らないが、餅は餅屋。

モーサントギルドに止まらず、世界中の同志に話を聞いて行けば、何かしらヒントが掴めるかも知れないからな。

ここに来て、初めて魔導士ギルドに属する価値があると思えたのである。


5


花の都モーサント。

黄金樹の恩恵で1年中花が咲き乱れる幻想的な都だから、季節感が薄い。

モーサント名物の蜂蜜料理も、格別美味いが毎食となると食傷気味になるように、季節の移り変わりで咲く花も変わり、時に枯れ往く姿すら、日本人だった俺には侘び寂びを感じられる。

その上、街中でも花の妖精たちが舞い踊る光景がそこかしこに見えて、俺には少々メルヘン過ぎる街だけに、あれ以来足を運んでいなかった(^^;

まぁ、オフィーリアも滅多な事で起こすなと言っていたし、ここはクリスティーナの根拠だから、俺がわざわざ助けに寄る必要も無いからな。

だが、魔法王国と名高いバッカノス王国なので、魔導士ギルドに登録するならモーサントは丁度良い。

そこで、以前同様紅鬼灯亭に部屋を取った後、早速魔導士ギルドへと向かった。

魔導士ギルドは、他のギルドと少し趣が異なる。

俺もたまには利用したけど、一般に開放された本の閲覧や、魔導具や素材の売買を通じ市井との交流もあるが、基本的には依頼なども請け負わないしその為の待機場所として飲食の提供もしないので、ギルド内に研究室を持つ魔導士などギルドメンバーくらいしか来訪しない。

他のギルドはファンタジーRPG的なギルドだが、魔導士ギルドは本来の職業組合ギルドとしての色が濃い。

受付の子も、まだ若い魔導士がバイトのように請け負い務めたりする。

魔導には金が掛かる。

自分で素材の加工や魔導具の作成、薬の調合などをして売れば資金を調達出来るが、そこに至るまでにも修行が必要で、簡単な魔法だけでこなせる仕事は多く無い。

戦闘がこなせる魔導士であれば、冒険者ギルドにも登録して冒険で資金を稼ぐ事も出来るが、荒事に向かない魔導士も少なく無い。

となれば、自分の研究室を持つ高名な魔導士に師事したり、魔導士ギルドで研究している魔導士の助手をしたり、魔導士ギルドで雑務をこなしたりしなければ、自身の研究どころかその日を暮らす事すら難しい。

魔法で身を立てるなんて、芸能界で成功を収めるくらい難しい事なのだ(^^;

「こんにちわ。今日はどんなご用ですか?」

受付の女の子が声を掛けて来る。

魔導士然としたローブ姿の、そばかすの目立つあどけない少女で、日本だったらまだ中学校に通っているような年齢だろうか。

さすがにこの歳では、下働きでもしなければやって行けないのだろう……と思わせる、見事な変化の魔法だ。

彼女から感じる魔力は相当のもので、見た目通りの年齢とは思えない。

その上、俺はモーサント魔導士ギルドの特徴をすでに知っていた。

バッカノス王国の魔導士ギルド自体は、女性魔導士の構成員が多い事から、俗に魔女ギルドと呼ばれている。

何故女性が多いのかと言えば、引退した元巫女が多数在籍しているからだ。

特にモーサントは、そのほとんどが元巫女だと言って良い。

この世の全ての巫女がそうでは無いだろうが、黄金樹の巫女は未通女しか務まらない。

結婚を機に引退する者や、男を知ってしまい引退する者たちも、優秀な魔導士である事は変わらない。

だから、王城のあるモーサントギルドに所属し、生活費を稼いだり有事の際には外部戦力として活躍する事があるのだ。

そこで、モーサント魔導士ギルドは俗に、熟女ギルドと呼ばれている(^^;

この受付の子も、これだけ見事な変化なら、誰かの子供と思われるのかも知れない。

魔力を隠す事を覚えれば、もっと良くなるけどな。

ま、中身が男の俺が言うこっちゃ無ぇか(笑)

「登録をお願いするわ。それから、ギルドマスターに面会したいの。ちょっと大切なお話があるから。」

困った顔をする受付っ子。

「登録はもちろん大丈夫ですが、ギルドマスターとの御面会は、当然お約束は無いのですよね。」

「えぇ、面識も無いわ。」

「そうなると、急な話ですしお会いになれるかどうか。」

「そうね。ところで、貴女鑑定は?」

「え?いえ、その、魔法系スキルにポイント全部使っちゃって……。」

「だったら、鑑定出来る人に私を鑑定させてみて。そしてギルドマスターに、私のレベルとオヴェルニウス呪法の噂について話がある、そう伝えて。それで会ってくれないなら、別に良いわ。」

さすがに中身は大人、オヴェルニウス呪法に聞き覚えはあるようだ(^^;

慌てて「し、少々お待ちください!」と中へと駆けて行く。

建前として、オヴェルニウス呪法の噂の火消しは頼む訳だが、件の賢者についてはギルドマスターくらいの大物に聞かなきゃどうしようも無いだろう。

バッカノス魔導士ギルドのメンバーになる訳でもあるし、ギルドマスターと知り合っておいて損は無いしな。


話の内容以上に、それをもたらした俺のLv40が効いて、すぐに面会は叶った。

ギルドマスターの部屋は5階ほどある建物の最上階にあり、研究室では無くあくまで執務室と言った趣であった。

彼女ほどの魔導士となると、自宅に立派な研究室を構えているのだろう。

「良く来たな。早速、詳しい話を聞こうじゃないか。」

出迎えたギルドマスターは、見た目40~50代の女魔導士で、菫色のローブを着た美しい女性だった。

俺の目にはまた違う姿にも見え、そっちの方にも興味を持ったが、それは建前の用件が終わった後にしておこう。

「オヴェルニウス呪法の噂って、今どんな感じなの?私は、スィーフィト共和国のとある議員関係で知ったんだけど。」

「ふむ、確かに、まだ一部の者しか知らぬ話ではある。まぁ、不老不死など、市井の者が知ったところでどうにもならぬ話だが。」

「そう。……だったら、オヴェルニウス呪法に関する話をして来る人間に対してだけ、本当の事を教えてやって。噂の火消しを頼もうと思って来たんだけど、下手にこちらから広めるような事をしたら、逆効果な気がするから。」

「……そうだな。そうするよう、皆に協力を要請しておこう。して、本当の事とは?」

「先ずは場所よ。モーサントの程近く、森エルフたちが9年ほど前まで活動範囲にしていた辺りに遺跡があって、そこがオヴェルニウス呪法関連の遺跡だとされていた場所。遺跡の場所は内緒に出来れば一番だけど、そのとある議員は調査隊を送り込んでいたから、もうある程度知れ渡ってるのかも知れないわね。入り口には結界を張って隠蔽しておいたから、もう見付からないとは思うけど。」

「ほう、そんな近くに。いや、詳細はそこまで知られていないだろう。場所は濁しておく。」

「そう。それじゃあ次は、その遺跡の真実。オヴェルニウス呪法は人を誘き寄せる為の方便で、一切関係無かったわ。いたのは悪魔だけ。」

少し驚きの表情を見せるギルドマスター。

「……悪魔……。悪魔が人を誘き寄せる為に呪法の噂を流したと言うのか……。いや待て、そいつは何者なのだ。この世に留まっている悪魔としては、狡猾過ぎやしないか。」

「そうね。貴女も少しは悪魔の事解ってるのね。私ですらそいつの正体には驚いたから、心して聞いてね。」

ごくり、と生唾を飲み込むギルドマスター。

「どこまで知ってるか知らないけど、真なる魔界には7大悪魔ってのがいてね。その中のひとり猿帝マルギリファルスの眷属であるガリギルヴァドル、そう名乗ってたわ。」

「……、……、……、も、もちろん、そんな名は知らぬが……、ネームドと言うだけでも異常であろう。それなのに、そんな特別な悪魔に仕える者なのか……。」

この様子だと、真なる魔界や7大悪魔なんて、今まで頭によぎった事さえ無かった概念なのだろう。

俺は暗黒魔法を勉強したし、何よりアスタレイから神話まで聞かせて貰ったからともかく、人間族にとっては未知の領域だ。

「さすがに、私の手にも余るから、封印を修復して閉じ込め直して来たわ。どこかの力のある馬鹿が解き放ったりしない限り、出て来て暴れまわる事は無いはずよ。」

黙り込んでしまったギルドマスターだが、ふと何かに気付き席を立つ。

「これはすまなかった。そこに座ってくれ。今お茶も用意しよう。」

そうして部屋を出て行く。

部屋には立派なテーブルセットもあるのだが、俺はギルドマスターの机の前に立ったまま話をしていた。

魔導士、特に研究畑の魔導士の中には、人とのコミュニケーションが苦手な者も少なく無い。

と俺は知っているから、席も勧めず立ち話を始めたマスターの態度を気にも留めなかったが、思考停止するような話を聞かされ、逆に冷静になって周りが良く見えるようにでもなったのだろう。

来客を立たせたままお茶のひとつも出していない事に、今更気付いたようだ。

まぁ、建前については話す事話したし、後は本題と気になる事を尋ねてみるか。


テーブルセットの対面に座り、温めたカップに香茶を注ぎながら、ギルドマスターは改めて挨拶をして来た。

「先程は名乗りもせずに失礼したね。私はキャスリーン・ポーラスター。キャシーで良いわ。ここモーサントの魔導士ギルドでギルドマスターを務めています。宜しくね。」

淹れて貰った香茶をひと啜りしてから「私はルージュよ。宜しくね、キャシー。」と名乗り返す。

「さっきの話だけど、聞かれたら呪法の情報は間違いだった、そこには悪魔が封じられていただけだった、そう答えておいてね。わざわざ封じられた悪魔に遭いに行く馬鹿は、そんなに多く無いでしょうから。」

「……そうね、そうするわ。呪法の事ははっきり否定して、悪魔については濁しておく。」

悪魔と魔族を混同している人間族も少なく無いとは思うけど、そんな悪魔に遭いに行こうとするのは、馬鹿な魔導士くらいだと思う。

封印されている程なんだから、普通の悪魔じゃ無い事くらい想像は付くはず。

そんなモノに遭いに行くのは、実力不足の馬鹿な魔導士か、ある程度力を持ったおかしな魔導士。

前者には何も出来無いから問題無いし、後者なら最悪俺の代わりにガリギルヴァドルを地上まで誘導してくれるだろう。

その命でもって。

出来れば触らぬ悪魔に祟り無しと行きたいが、地上に出て来てくれれば戦いようもあるからな。

それはそれで良し。

「それでね、キャシー。一応の本題は呪法の件なんだけど、他にも聞きたい事があったの。貴女、記憶再生は知ってるわよね。」

「そうそう、聞いたわ。貴女、ライトと記憶再生しかツリーに無いそうじゃない。それって、魔法は全部自分で唱えてるって事でしょ。Lv40だって言うし、今までどこに隠れていたの?大賢者様じゃない。」

「ちょっと止めてよ。私は賢者なんて大層なもんじゃ無いわ。それより、記憶再生よ。貴女は覚えてないの?」

「無理よ、無理。20万ポイントよ。万能スキルポイントを溜め続けたって足りやしない。魔法系ポイントは使っちゃうし。」

まぁ、普通はそうなんだよな。

俺だって、勇者くんのお陰でほとんどの魔法を空で唱えられるだけで、本当だったら覚えた傍から忘れて行くだろう(^^;

スキル登録しておけば、ツリーでいつでも確認出来て、発動は選択するだけ。

それで困る事も、普通は無い。

「確かに、私は魔法を自分で唱えるから、魔法系ポイント溜まりまくってたわね。それって普通じゃ無いとは思うし、やっぱり記憶再生の使い手自体珍しくなっちゃうか。それじゃあ、これを登録した賢者が誰かなんて、判らないわよね。」

「……そうね……、一応、憶測なら囁かれているわよ。こんな真似するのはあの方たちの誰かじゃ無いか、って。」

「!ほんと?何か伝わってるの?」

「残念ながら、根拠のある話じゃ無いけど。伝説に残っている賢者たちの内の何人か、実力や人となりから、そう言う悪戯をするんじゃないかってね。」

そうか。そうなると、もうこの世の人じゃ無いのかも知れないな。

「そう……、そうなると、直接師事するのは難しそうね。さすがに、その中にまだ生きてる賢者様なんて、いないんでしょ。」

「……いいえ、おひとりだけ、まだ生きておいでかも知れない方がいるわよ。ただ、今どこにおられるかは判らないけど。」

「へ~、そんな賢者様がいるんだ……。それで、その賢者様ってどなた?」

少し逡巡するキャシー。

「……え~と、いやもう亡くなってるわね。年齢的に。何せ、100年以上前に活躍された方だから……。」

あぁ、そう言う事か。

つい、自分の感覚で喋っちゃったけど、一般的に言えばおかしい、って訳だ。

「キャシー、貴女に逢ってもうひとつ聞きたい事が出来たの。それを先に聞こうかしら。」

「え?えぇ、何かしら。何でも聞いて頂戴。」と、落ち着こうとして香茶を啜るキャシー。

「さっきの件と合わせて考えると、キャシー、貴女ってもう100歳くらいなの?」

ぶぅー、と口にした香茶を吹き出すキャシー。

「ちょっとぉ、汚いじゃない、あはは。」と笑っておく。

「ご、ごめんなさいね。で、でも、何だって、そんな事を……。」

今度は真面目な顔をして、じっとキャシーを見詰める。

「私の専門分野のひとつが、アストラル体の研究なの。貴女のアストラル体はとても元気ね。溌剌としてるわ。その反面、貴女の外見は40~50代に見えるけど、物質体は随分弱って見える。この弱り方って、もっとご高齢の方の弱り方なのよ。……で、100年以上前に活躍していた賢者の話なんかついしちゃったところを見ると、その方の事は知識として知ってるだけじゃ無くて、面識があるんじゃない?そう考えると、貴女はもう100歳くらいかな、って思った訳。」

絶句するキャシー。

まぁ、細かい年齢はともかく、俺は確信して言っているから、その反応は想定内だ。

「私の研究は不老不死。こう見えて、いえ、貴女なら私……俺の正体もその気になれば視えるんじゃないか?」

そうして俺は、押し黙っておく。

最初目が泳いでいたキャシーだが、意を決して俺の事を睨むように見詰めて来る……しばし、しじまが部屋を支配する。

そして、ゆっくり首を振るキャシー。

「ごめんなさい。はっきり視えないわ。でも、中身は男性なのね。確かに、外見と中身が違っているようには感じる。でも、私の力じゃこれが限界みたい。」

「そうか……、いや、良いんだ。俺はおかしな知り合いばかりいるから、少し常識がおかしくなってるんだよな。本来、アストラル体なんかはっきり視えるもんじゃ無い。三位一体すら知らない奴の方が多いくらいだ。感覚的に視る事が可能なだけでも、キャシーは凄いよ。」

これはお世辞じゃ無い。

物質界の住人にとって、目に見える物が基本である以上、魔導士だって物質体に引っ張られて、精霊やアストラル体が視えない者も少なくないのだ。

知識としてすら知らない者もいるだろう。

話が通じるだけでも、キャシーが優秀な魔導士である事の証明だ。

「でだ。話を戻すと、俺は不老不死の研究成果として、言ってみればアストラル生命体となって不特定の物質体を自分の体として使用する事で、死と老化を避ける事にした。しかしそれは、不完全な不老不死だと思っている。理想とするのは、神や悪魔、古代竜、ハイエルフのような、単一個体による不老長生に至る事。その上で、予備もあれば完璧だろ。」

そう、今の俺流不老不死では、個体としてまだまだ弱過ぎるのだ。

歪な成長を遂げているので、アストラル生命体としての俺はそこそこ強いような気はするが、物質体としての俺はLv40勇者と言う人間レベルの生き物だ。

圧倒的なフィジカルを誇る古代竜や魔族たちと比べれば、どうしたって見劣りする。

もちろん、目指すのは不老不死であって最強では無いのだが、弱肉強食は世の常。

強いに越した事は無い。

「……そう言う事ね。何が言いたいのか、解って来たわ。」

「さすがだな、キャシー。俺の方からひとつ、参考になるかも知れないから言っておく。縁あってハイエルフの知り合いがいるんだが、彼女の体を俺のアルケミーで複製して若い物質体を提供したところ、1万年を生きた彼女が物質界に縛られて、多分その寿命は2000~3000年ほどに縮まった。この事から、俺は物質体が寿命を決定付けていないと推測したし、俺の共同研究者は人間族の長命化を研究しているが、未だ成果が挙がっていない。単純に、エルフや魔族の物質体の特徴を人間族に取り入れても、それで人間族の寿命が延びる訳じゃ無いって事だ。……だが。」

「私は人間族のまま長く生きている、と言いたい訳ね。……でも、残念ながら、そこまで役には立てないかもね。若くは見えても、やっぱり弱っているんでしょ、私の体。」

「俺だって馬鹿じゃ無い。キャシーがすでに、俺の求めている答えを持っているとまでは思わないさ。でも、アルケミーとは別のアプローチでキャシーは何某かの成果を出していて、その身で実証し続けている訳だ。こう申し出る価値がある。」

俺は立ち上がり、キャシーを見詰めて右手を差し出す。

「キャスリーン・ポーラスター、どうか俺と共同研究をしてくれないか。望むなら、俺の技術も提供しよう。もちろん、詳しい話を聞いてからで構わない。」

一瞬呆けたキャシーだったが、慌てて立ち上がり、俺の手を両手で強く握り締める。

「願っても無い!こちらこそ、よろしくお願いします、先生。」

「ん?ちょっと待てよ。キャシーの方が年上だし、ギルドマスターじゃないか。先生は無いだろ。」

「何を言っているんですか。私と先生じゃ、実力が違い過ぎます。まぁ、表向きにはマスターらしく振舞いますが、こちらが教わる事ばかりですよ。」

後で聞いた話だが、キャシーの年齢は120歳、完全に人間族の寿命を越えていた。

それだけ長く生きているだけに、レベルも他のギルドマスターたちを遥かに上回るLv32。

とは言え、完全な研究畑らしく、戦闘を含めた総合力で俺に遠く及ばないのも事実だった。

しかし、偽りの不老不死を確認しに来て、思わぬ宝が見付かったものだ。

人間族に限らぬ物質体の長命化の可能性に、記憶再生獲得による多重詠唱の概念。

未知の遺跡探索などしない内に、新たな研究課題を発見出来たな。

これはまた、忙しくなりそうだぞ。


つづく


なかがき


原作が投稿小説の作品を俗になろう系と言うだけあって、小説投稿と言えば小説家になろうだと思って投稿を始めました。

残念ながらそうそう読んで貰えず評価もされず、漫画誌なんかは雑誌ごとに読者層にも違いがあるから、他のサイトへも投稿すれば可能性が広がるかも知れないと、他に唯一知っていた小説投稿サイトであるカクヨムに転載開始。

それでも中々評価はされないから、もう少し他にも投稿してみようかと、ここで初めて小説投稿サイトをググッたところ、アルファポリスでも小説投稿が出来る事を知りました。

アニメきっかけで月が導く異世界道中を知り、そのコミカライズ版がアニメ化記念で無料公開されていたので読んでみたら、これが漫画としてめっさ面白く、この歳までたくさん漫画を読んで来たから候補が多過ぎて一番好きな漫画なんて決められなかったけど、今でははっきりと月導コミカライズ版が一番好きだと断言出来るほどハマりました。

今生きていて一番の楽しみが、月導コミカライズ版の月一更新です。

そんな私が、素人のまま木野コトラ先生と同じサイトに作家として作品をアップ出来るなんて、これほど光栄な事はありません。

そこで、第五巻第三章から、アルファポリスに投稿したものを、小説家になろう、及びカクヨムに転載と言う形に変更致しました。

中々認められず心が折れそうな日々でしたが、これからは報われようなんておこがましい事は考えず、木野コトラ先生と同じサイトに投稿出来る事を心の励みに、頑張って生きたいと思います。

月導コミカライズ版は、コマ内の細かい描写まで楽しく、漫画として最高に面白いと思っています。

是非皆様も、月導コミカライズ版を読んでみて下さい。


https://www.alphapolis.co.jp/manga/official/48000051

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