第五章 ハイエルフの森へ


1


俺はあの後すぐ帝国を離れ、東のトリエンティヌス王国へ入った。

トリエンティヌスは普通の王国制で、王家を頂点に貴族が民衆を支配する専制国家だ。

聖オルヴァドル教を国教とするが、そこまで力は無い。

軍事においても、帝国からの支援を当てにするような然して強くも無い軍隊で、どちらかと言えば悪い意味で普通の国だ。

魔族との最前線に位置する国のひとつだけに、建国王は勇猛で知られた偉大な戦士だったそうだが、世襲制の悪い面が出て、凡庸な王たちが国を弱くして行った。

ただ、裏事情を知った今なら判るが、魔族軍には余裕が無い為、弱体化したトリエンティヌスへ最低限の戦力を当て他に戦力を回す事が出来る現状を、敢えて崩さぬよう攻勢を掛けて来ないのだろう。

わざわざトリエンティヌスを落とし、下手に帝国との戦線が東に拡大するなど、魔族の望むところでは無い。


俺の現在地は、帝国との境界近くにある、イミスティの街だ。

魔族領に近い為城塞都市となっており、帝国東部への玄関口としてそこそこ栄えている。

まぁ、わざわざ帝国に出向く者が冒険者や商人などに限られるので、あくまでそこそこである。

ここまで移動して来るのに、あれから2週間余り。

俺は宿だけ確保して、それからの数日間、何と無くボ~と過ごしている。

一応、早々に帝国を抜け出したのは、美味い食事の為だったので、ここイミスティでも美食探訪は楽しんでいる。

ここの名物は鳥料理で、腹の中に色々詰めて丸焼きにした鳥なんか、俺は初めて喰ったな。

グルメ番組では見た事あったけど、一般人はこんなもん喰う機会無いもんな。

帝国はメシマズだったから、これでまた食事を楽しむ事が出来る訳だが、むしろそれしかしていない。

当初の目的であった、魔族の事を知る事。

それが果たされた事で、何と無く気が抜けてしまったようだ。

野望実現の方は、どの道一朝一夕で果たせる事では無いので、まだ慌てるような時間じゃ無い。

近々の目的を失ってしまった、そんな感じだ。

ま、そうは言っても、このままぶらぶらしていたってしょうが無いし、取り敢えずギルドにくらい顔を出してみるか。


と言う事で、取り敢えずイミスティの冒険者ギルドまで来て、カードを提示して冒険者登録だけ済ませる。

別に仕事などしなくても良いのだが、一応掲示板を確認してみる。

カタコンベの除霊、盗賊団の壊滅、リザードマンの巣掃討、要人警護、輸送隊護衛……。

除霊や盗賊は、拠点再利用に良いかも知れないな。

その場合、依頼として請けるのは止めた方が良いとして……ん?迷いの森の探索、これだけ嫌に報酬が低いな。

何と無く気になったので、剥がしてカウンターへ戻る。

「なぁ、この森の探索って依頼、何でこんなに安いんだ?」

「うん?あぁ、それかい。それは依頼人がいないんだ。特に被害が出た訳じゃ無くて、森に出る不審な人影を不安に思った住民たちが何とかしてくれって頼むもんだから、ギルドマスターがポケットマネーから最低限の報酬を付けただけなんだ。だから、誰もやろうとしない。」

銀貨50枚、つまりは5万円くらい。

森まで行って帰って来るだけなら1日で済むが、もし何も無くても探索には1~2日は掛けねばならず、その場合3日程度で日給16000円程度。

現代日本でアルバイトをすると考えればむしろ高給かも知れないが、迷いの森だそうだから迷うだけでも日数が嵩み、敵と遭遇すれば命の危険もある。

危険があるとすれば、個人では無くパーティーとして請けるのが一般的だ。

そうなると当然、分け前も減る。

そんな仕事を請ける奴なんか、本当に駆け出しで他に出来る仕事が無いような奴くらいだ。

ギルドも本気で解決するつもりは無く、体面を繕う為だけに掲載しているって事だな。

今の俺は、換金する必要はあるが、持ち歩いている資産だけでも数千万。

今更、金の為に仕事はしない。

盗賊団もいるようだから、金が要るならそれを潰せば済む話だし。

「それじゃあ、俺が偵察だけでもして来るよ。今は金に困っていないから、暇潰しがてらな。」

「おう、そうしてくれれば、ウチも助かる。それじゃあ、依頼受領って事にしておくよ。ま、何も無いと思うけどな。」

こうして俺は、サブクエスト「迷いの森の探索」を請け負い、明日にでも適当に調べに行こうと軽く考えて、ギルドを後にした。


2


取り敢えず、次は盗賊ギルドにも顔を出しておこう。

そう思って適当に歩き始めたが……どうやら尾行が付いているようだ。

俺の後冒険者ギルドから出て来た人間が、たまさか同じ方向に歩いて来る事はあるだろう。

一度右折し、その後左折し、同じように曲がる事も良くある話だ。

しかし、俺はボ~としていたから、次で右折するべきところを左折してしまい、ある程度進んでから気付いてUターンした後、同じようにUターンするのは不自然過ぎた。

尾行者は1人だけなんだろう。

こう言う時は、一度そのままやり過ごし、別の人間が跡を付けるべきだ。

まぁ、本当に偶然、俺と同じように道を間違えただけかも知れないので、今来たのとは違うルートで冒険者ギルドの通りまで戻ってみた。

尾行者は、尾行する事に気を取られ、今どこを歩いているのかまで気が回っていないらしい。

どう考えても不自然な、冒険者ギルドから出て冒険者ギルドまで戻る俺の後を、疑いもせず付けて来た。

完全な素人だ。

俺はそのまま冒険者ギルドを通り過ぎると、次の角を曲がってすぐ、赤い仮面から黒い仮面へ付け替える。

そして道を戻ると、すれ違ったのはベールのような物で顔を覆った妙齢の女だった。

俺は適当な場所で立ち止まり、壁に背を預け様子を窺う。

女は慌てるように戻って来て、辺りをきょろきょろ見回してから、別の道へと駆けて行った。

……覚えが無いな。

もちろん、あの女にも見覚えは無いし、そもそも冒険者クリムゾンが尾行される覚えが無い。

俺はメンデからオーヴォワールまで移動する時、途中で立ち寄った街では仕事をしていない。

オーヴォワールではノワールしか活動していないし、アスタレイとの邂逅など誰かに漏れるはずも無し。

ここ北方諸国では、まだ冒険者クリムゾンは無名である。

もちろん、中央諸国のクリムゾンとして知っている可能性はあるが、義賊ノワールほど有名だった訳では無い。

……逆尾行しても良かったんだが、そのまま無視する事にした。

いかんな。

やはり、あんまりやる気が湧いて来ないや(^^;


イミスティ盗賊ギルドは、真っ当なタイプのギルドだった。

酒場を営業しながら、店内でそのままギルドも展開している。

一般客も普通に飲んだくれていて、結構賑やかだ。

そんな場所に不釣り合いな客もいた。

端の方で目立たぬようにしているが、ベールのような物で顔を覆った妙齢の女性。

場所柄、肌の露出は先程の女よりも控えめだが、パッと見同じような感じだ。

もちろん別人だが、どう見ても関係がありそうだ。

今の俺はノワールでもあるし、こちらを気にした様子は無い。

取り敢えず、まずは登録を済ませてしまう。

そして、一応依頼掲示板を確認しようとすると、その女の視線がこちらを捉える。

どうやら、依頼掲示板の利用者を、監視している風情だ。

掲示されているのは、盗品奪還、人質救出、下水道の掃除(討伐)、鉱石の調達、そして迷いの森の探索……。

俺は森の探索の依頼書を剥がし、カウンターへと持って行く。

女はずっと俺を目で追っている……こっちも素人丸出しだ。

「なぁ、親父。この依頼って、もしかしたら住民の苦情対応で張ってあるのか?」

「ん?あぁ、良く判ったな。興味があるのか?」

「いや、さっき冒険者ギルドでも同じ依頼書を見たんでな。まさか別件って事は無いと思ってな。」

「そうか。何とかしてくれって住民たちが、冒険者ギルドだけで無く、ウチにも、戦士ギルドにも、衛兵にも、魔導士ギルドにまで押し掛けたみたいでな。特に被害が出ている訳でも無いし、そいつらが金を出す訳でも無い。どこも取り敢えず、手だけは打っていると示してるって訳さ。」

銀貨を10枚ほどカウンターに置く。

「今判っている事を、詳しく聞かせてくれ。」

「本気か、お前?情報料分回収出来るような仕事じゃ無ぇぞ。」

「良いんだ、金に困っているようなルーキーじゃ無ぇから。好奇心だよ。請けるつもりも無ぇ。話だけ聞きたい。」

銀貨を受け取り、エールの入った杯を置く親父。

「詳しい話も何も、本当に何も無ぇぞ。元々、北の森は迷いの森と呼ばれていて、数百年は誰も出入りしていねぇって言われてた。まぁ、入っても迷って同じ辺りから出て来ちまうだけだが、だから奥まで入り込んだ奴はいねぇ。だがここ最近、森の中に人影が見えるんだとさ。近隣住民は、ただでさえ城壁の外で魔族に怯えながら暮らしているから、森にまで怯えて暮らすのは堪らんってな。」

「ふ~ん……。他に、その森って謂れは無いのか?」

「謂れねぇ……、まぁ子供の頃は、あそこはハイエルフの森だから、迷ったら二度とこの世界には戻って来られない、なんて脅されたもんだが、入った奴は奥まで行けずに戻されるんだから、全く話があべこべだからなぁ。」

なるほど、ハイエルフの森ね。

随分と、らしい謂れじゃねぇか。

ちょっと興味湧いて来たな。

「ま、入りたくても入れないんじゃ仕方無ぇよな。面白い話をありがとよ。こいつは、また元通り張っておくわ。」

杯を呷り、依頼書を元通り掲示板に張って、それからギルドを後にする。

今回は、女が後を追って来る気配は無い。

つまり彼女たちは、迷いの森探索依頼を請ける者を、監視していると言う事だ。

これは益々面白い。

俺は少し、やる気を取り戻していた。


3


その後、俺はクリムゾンへと戻り、宿屋へ帰った。

ここスタイルズ亭も、二階が客室、一階が酒場と言う形態で、日付が変わる頃まで客足は絶えない。

俺は普段、美食探訪の為に他の飲食店を梯子していたが、今日はここで飲み明かす。

もちろん、相手の出方を窺う為だ。

思ったより、ここの酒も肴も美味いから、このまま何事も無く朝を迎えても一向に構わないけどな。

そうして杯を重ねていると、明らかに場違いな客が姿を現した。

昼間の女たち同様、顔はベールのような物で覆っていて、しかし肌の露出が際立っている。

ベリーダンサーのような格好と言えばお判りだろうか。

こんなむさ苦しい男たちが酒を呷る場所に、堅気の女がして来る恰好では無い。

もちろん、娼婦が客を漁りに来たと考えれば、場違いでは無く相応しい格好だと言える。

周りの男たちは、当然そう言う目で見る。

下卑た視線と野次を躱しながら、その女は真っ直ぐ俺のテーブルまでやって来て、勝手に隣の席に座る。

そして、必要以上にボディタッチをして来て、俺を誘惑し始める。

……あからさま過ぎるだろう(-ω-)

尾行にしろ監視にしろハニートラップにしろ、あんまりにも下手過ぎる。

これはどう判断すれば良いのやら。

ちなみに、尾行の女と監視の女とこの女は、全員別人だ。

顔を隠しているから見た目では判りにくいが、アストラル感知で気配の違いが判る。


「どうだい、お嬢さん。あんたも飲むだろう?」

取り敢えず、乗ってあげよう。

「え?そ、そうね。頂こうかしら。」

俺は追加の酒を注文し、女と杯を交わす。

俺は一気に呷り、次を注文。

それを何度となく繰り返し、敢えて酔ってやる。

しかし、最初とは打って変わり、酒が進むほどにもじもじし出す女。

下手すりゃ、まだ未通女かも知れんぞ、この娘(-ω-;

えぇい、世話の焼ける。

「よう、お嬢ちゃん。折角の可愛いお顔が良く見えないなぁ。お顔を見せておくれよ。他の奴に見られるのが嫌なら、俺の部屋に来いよ。そこで可愛いお顔を見せておくれよ。」

間違っても、俺は普段、こんな風に女に粉を掛けたりしないからな。

だから、声の掛け方も、我ながらおかしいと思う(^^;

こっちだって不慣れなんだ。

わざわざ獲物の方から罠に掛かってやらなきゃならないなんて、どうなってんだ。

「え、良いの!?貴方のお部屋に行っても。えぇ、お願い、すぐ行きましょ。」

「俺の部屋は、二階の一番奥の部屋だ。ほら、鍵。先に行って待ってろ。俺はトイレだ。」

そう言って立ち上がり、彼女の前に部屋の鍵を残し、俺は千鳥足でトイレへ向かう。

彼女は、俺がトイレに入るのを確認してから、すぐに部屋へと向かった。

俺の方は、トイレに入ってすぐアルコール分解して、ステルスを発動したのだった。


俺は屋根のさらに上、上空に空間固定し、そこからスタイルズ亭全景を眺める。

空間感知とアストラル感知を併用し、敵勢力の分布を確認。

スタイルズ亭正面入り口に3人、裏口に2人、俺の部屋にはさっきの女、バルコニーに1人、隣の部屋に5人が控えている。

逃がさぬように監視をし、女が部屋に引き込んだ後、隣の部屋から5人が押し掛け、バルコニーからも挟み撃ち。

尾行や監視、色仕掛けの稚拙さに対し、襲撃プランはまともだな。

宿泊客は他にもいたはずだが、今二階には襲撃者しかいない。

スタイルズの親父にも、話は通っているようだ。

酔客は残っているから、やるなら二階の俺の部屋で、と言う事だろう。

前金で金貨1枚払いはしたが、いつもは他の店で飲み食いして来るから、決して上客じゃ無いしな、俺(^^;

それに、12人ほど動員出来るような賊に荒事を持ち込まれたら、さすがに従うのが賢明だ。

親父、許してやるよ。

あぁ、そうそう、何故俺が襲撃者と他の人間を見分けられるかと言うと、奴らは皆人間族では無いからだ。

ベールのような物で顔を隠しているから見た目で判る訳では無く、アストラル感知の気配で判るのだ。

しかし、アストラル感知を身に付けてから出会ったのは、人間族とグラスランダー、魔族、そしてシロくらい。

グラスランダーは盗賊に就く奴が多いので、ギルドで良く見掛けるのだ。

こいつらは、どの特徴とも合致しない。

人間族以外の亜人種でグラスランダーを除けば、後はエルフとドワーフ、ホビットになる訳だが……どう考えてもエルフだな、こいつら。

もちろん、迷いの森の探索を請けてから狙われていると言う状況からも明白だけど、ドワーフとホビットは小人族に当たる。

さらにドワーフはがっしり体型で男は髭を好んで生やすから、正直これらの種族は特徴がはっきりしている。

人間族と魔族が除外された時点で、エルフしか残らないわな(^^;

となれば、後は何エルフか、だ。

俺は以前森エルフには遭遇しているが、まだ他の亜種や通常のエルフ、ましてやハイエルフには出会っていない。

迷いの森と聞いてハイエルフを期待したが、間違ってもハイエルフは、森から大人数で押し掛けて来る事などあり得ない。

残念だが、ハイエルフでは無さそうだ。

まぁ、それはすぐ判る事だけどな。


4


と言う事で、俺は今、迷いの森外縁部にいる。

え、あいつらはどうしたって?

無視して放置したに、決まっているじゃないか。

わざわざ相手の罠の中に、飛び込んでやる必要など無いからな。

何某かの襲撃は想定していたので、荷物は事前にまとめて屋根の上に隠しておき、奴らの布陣を確認した後、回収して街を出て、ここまで歩いて来た。

まぁ、ここまでは徒歩3時間程度だから、大した距離じゃ無い。

そして、上空に空間を固定し、そこで横になり待つ。

今は特に眠く無いので、アストラル体は微睡ませず、空間感知とアストラル感知を展開したまま、周囲を警戒しておく。

それで気付いたんだが、確かに森から何か強い力のようなものを感じる。

これは間違い無く、結界の類だ。

最近になって人影を見ると言う話だが、まだ迷いの森の結界は生きているようだ。

となれば、不用意に入り込むより、道案内をさせた方が良い。

その案内人を、俺は待っている訳だ。


それから2時間ほど、ようやく待ち人が現れる。

襲撃者の内の5人が、息を切らして駆けて来る。

今はベールのようなもので顔を覆っておらず、長い耳が露となっている。

どうやら、森エルフでは無いようだ。

森エルフは、ハイエルフが物質界を去った後、森の外へ出て物質界に馴染んで行った亜種のひとつで、精霊界との繋がりが薄れた事で、魔法の力が弱まっている。

その反面、肉体的に強靭さを増し、本来華奢であったエルフと比べればかなりがっしりしている。

肌も多少浅黒く、耳の長さも少し短め。

だが彼らは、長い耳に白い肌、華奢な体格をしている為、多分原種のエルフだろう。

ハイエルフと分かれて物質界に残ったものの、精霊界との繋がり深い森の中で暮らし続ける、元ハイエルフたち。

物質界に留まった事で、本来のハイエルフほどの魔力や長寿は失ったとされているが、それでも人間族を遥かに超える魔力と1000年の寿命を持つ、高位種族と言える。

森エルフたちは、物質界に縛られた影響が強く、寿命は200年ほど。

しかし、山エルフや海エルフの変わり様を思えば、森エルフはまだエルフっぽい方だ(^^;


彼らは俺には気付かず、もちろんステルスモードだからだが、そのまま森の中へと入って行く。

俺はこっそり、その跡を付ける。

まぁ、ハイエルフの結界が完全な状態なら、俺でも迷う可能性はある。

だが、それまでとは違い人影を見られるくらいだ、多分結界に何か問題が発生したのだろう。

ならば、奴らの跡を付けて行けば、迷う事無く集落まで辿り着ける、そう考えた。

しかし、一歩森へ足を踏み入れると、感覚に干渉する強い魔力を感じた。

辛うじて奴らの姿は見失わずに済んでいるが、森の景色が何とも気持ち悪い。

光がより眩しく、闇がより濃く、真っ直ぐな樹木が捻じ曲がり、動かぬ蔦がのたうつような錯覚を覚える。

俺の魔法抵抗力を以てしても、だ。

この結界が完全なものであれば、入り込む事など不可能だろうな。

だが、だからこそ集落は安全だった。

その安全が今、揺らいでいる。

それが、この一件の根源のような気がする。

彼らは迷わず進み続けているので、多分結界の影響を受けていないのだ。

そうすると、この結界はエルフ以外を排除する為のものだろうか。

しかし、そうだとしても、少し強力過ぎる気がした。

果たして、エルフたちにそこまでの力があるだろうか。


そうして小一時間ほど歩き続けたところで、森が開かれた。

どうやら、彼らの集落に辿り着いたようだ。

ここは結界の中らしく、もう魔力の干渉は感じられない。

エルフの集落のイメージとして、ツリーハウスで生活しているのかと想像していたのだが、意外と地上にもログハウスのような家々が見えた。

ツリーハウスもたくさん見えるので、地上でも樹上でも生活している、と言う事だろうか。

ここまで俺のパーフェクトステルスに気付く者はいなかったので、襲撃者5人のすぐ後ろに追い付き、彼らと一緒に行動する事にした。

わざわざ戦力を分けここまで帰って来たと言う事は、俺の事を誰かに報告するはずだ。

その場で会話を聞いていれば、事情も判るだろう。

だが、彼らの目的地に着く前に、先に判った事がある。

それは、地上にも家が建っている理由。

魔族。

この集落には、エルフだけでは無く魔族の姿もあった。

まだ良く判らないが、ここはエルフだけの集落では無いようだ。

魔族の中でもレッサー種と呼ばれる障害者たちが、ここでエルフと共に生活していた。

辿り着いたこの大きな建物の中で、その辺の事情も聞けるかな。


5


その建物は集会所になっていて、何人かのエルフたちが待機していた。

1000年を生きるエルフだけに、全員若く見えるのだが、ここにいるのは集落の重鎮なのだろう。

中に1人だけ、もっと若く見える魔族がいる……あれ?こいつってもしかして、あの時助けた奴隷の少年か。

確か、あの時助けた者の内、何人かは前線を希望して、トリエンティヌス方面軍に編入されたと言っていたな。

ここの魔族は、その関係者って事かな?

ん?彼がきょろきょろしているな……あ、もしかして、見た目は少年だけどひとかどの魔族なのだとしたら、俺の存在を多少なりとも感じているのか!?

仕方無い、取り敢えず距離を取ろう。

俺は短距離空間転移で建物の梁へと移動し、息を潜めてみた。

彼は俺を目で追う事は無く、首を傾げてはいるが気の所為だったと思ったようだ。

ふぅ、危ない。油断は禁物だな。


「どうした、お前たち。そんなに慌てて戻って来るとは、何かあったのか。」

真ん中に座するエルフが問い掛ける。

彼が集落の長なのかな。

「はい、この森の探索を請け負った冒険者が現れたのですが、取り逃がしまして。もしやすでにこちらへ来ているのではと、急いで戻って参りました。」

「そうか。しかし、今のところ誰かがここへやって来たと言う話は聞いておらぬな。お前たちの存在に気付き、どこかへ逃げたのではないか?」

魔族の少年が、再び辺りを警戒し出す。

今の話から、さっきの気配が気になったのだろう。

どうやら俺のステルスが看破される事は無さそうなので、まだこのまま様子を見ていよう。

「どうかされましたか、ディンギア殿。何か気になる事でも?」

ディンギア、それがあの少年、もとい魔族の名前か。

「あぁ、いや、気にしないでくれ。気の所為だったようだ。」

「それで、その冒険者とはどんな人間なのだ?いや、そもそも1人だけか?」

「あ、はい、1人だけです。冒険者ギルドで依頼を請けていたので、その身なりから盗賊系冒険者だと思われます。」

「盗賊系……となると、お前たちの目を逃れて逃走し、ここへも気付かれずに潜入して来る可能性がある訳か。」

「はい、まだ街では森の事を然程脅威と捉えておらず、この冒険者も危機感を持たずに請け負っていたそうですから、仲間は募らず1人で探索に来るかも知れません。」

「それで、どんな冒険者なのだ。レベルは?」

「えぇと……顔は仮面を付けていてはっきりとは判らないのですが、少し妙でして。」

「妙?」

「はい。レベルは21と少し高い程度ですが、クラスが勇者だったそうで。」

「え?!勇者で盗賊って……もしかして、黒い仮面を付けたノワールと言うお方ですか?」

慌てるディンギア。

そうか、やっぱりあの時、俺の事を鑑定していたんだな。

「え、いや、赤い仮面を付けた、確かクリムゾンと言う名前だったかと。」

「そ……そうですか。いや、Lv21の勇者で盗賊なんて、そんなにいるとは思えないけど……私が知っているお方とは違いますね。すみません、お騒がせして。」

うん、同じ人なんだけどね、ディンギア君(^^;

「しかし、クラスが勇者ならLv21と言えども油断は出来んぞ。そもそも、1人で何でも出来る手練れかも知れん。良し、他の者にも報せて、警戒を強めよう。ディンギア殿も、お願い出来ますか。」

「もちろんです。ここは我々にとっても重要な地。何より、盟友であるエルフ族が困っている時に力を貸すのは、魔族としての務めです。」

「うむ、ではお前たち、着いたばかりで済まないが、皆に報せて来てくれ。」

「は。」と応え、すぐさま建物を辞する5人、そしてその後を追って出て行くディンギア。

盟友、か。

どうやら、魔族はエルフたちと同盟を結び、この森を利用して来たようだな。

地上に家を立てているから、この関係は長きに亘るものなのだろう。

この森は、東西に亘ってかなり広い。

迷いの森の結界に縮地の効果(実際より、短時間で移動出来る秘術)もある場合、行軍の経由地として利用すれば、これ以上無い地勢的優位を得られる。

片や、エルフの方はどうだろう。

特に、エルフにとってのメリットは無いような気もするが……。

「さて、それでは我々も動こう。私はもう一度、墳墓の方を見て来る。結界の状態が心配だからな。」

そう言って、エルフの重鎮たちも移動し始める。

墳墓……そして結界か。

そこに、何かありそうだな。

俺は、長らしきエルフの跡を付ける事にした。


6


長は集落の奥へと進み、冷厳な雰囲気が包む一角へと歩いて行く。

この感覚は、多分精霊界へ近付く感覚。

俺自身は精霊界など知らないが、何と無く知っている雰囲気なのだ。

そう、黄金樹でオフィーリアと2人だけで話したあの空間、あの雰囲気に良く似ている。

さらに進むと、世界樹とまでは言わないが、それなりに大きな樹木たちが周りを取り囲み始める。

その先に、ひとつの社が見えて来る。

多分、ここが墳墓なのだろう。

エルフの長は、入り口で祈りを捧げ、その後中へと姿を消した。

社の向こう側、さらに森の奥の方は、景色も淡く見える。

このまま進めば、精霊界に迷い込むかも知れない。

この社は、ぎりぎりの境界線にあるのではないだろうか。

少し躊躇するも、俺は一応、長の祈りの真似事だけはして、中へと入って行った。


社は大きくは無かったが、中も広くは無かった。

入ってすぐの場所に石棺が安置されていて、長はその石棺の様子を確認している。

見た限り、特に破損は確認出来無いし、社の中にも異常は見られない。

「う~む、やはり異常は無し、か。では何故、結界に綻びが生まれたのだ。我が父祖ハイエルフたちよ、何も答えてはくれないのか……。」

「……んの……、……えんのか……、たれか……。」

……何だろう、これは……声が聞こえるような気がするけど……長、では無いな。

長は、石棺の蓋に手を掛け、しばし黙考した後、手を引っ込めた。

「やはり、棺を発くなど不遜な振る舞い、私には出来ぬ。……ふぅ、どうしたものか……。」

石棺の中に何かがある、とは思っているんだな。

どれ、空間感知の魔法でも……、……、……石棺の中は、多分空だな。

長い年月で、副葬品は朽ちてしまったのだろう。

そんな事より、だ。

社の奥に、下りの階段があるぞ。

かなり深くまで続いていて、と言うか、1kmくらい下に部屋がある。

これは、純粋な物理的構造物では無いな。

しかも、そこに1つ生命体がいる。

生命力が弱まっているが、多分これは……エルフ、いや、さすがにそれは無い。

となれば、やはりハイエルフか。


エルフの長は、しばらく佇んでいたものの、特に打つ手も無く項垂れて帰路に就く。

俺はそれを見送り、その後社の奥へ。

ある、と判って調べれば、周到に隠された隠し扉が見付かった。

だが、開け方が判らん。

ん?あぁ、そうか。

俺は迷わず、石棺の蓋をズラした。

果たして、そこにスイッチを発見し、さらにしばし時間の経過を待つ。

多分、隠し扉を開けた時、かなり大きな音と振動が起こるだろう。

充分、長には離れて貰わないとな。

体感で10分、もう充分だろう。

俺はスイッチを押してみる。

すると、音もせず振動も無く、静かに隠し扉が開かれた。

……これ、物理的な物じゃ無くて魔法的な仕掛けだ。

警戒した俺が馬鹿みたい(^^;

一応、石棺の蓋は戻し、隠し扉の内側を調べてみれば、こちらにも同様のスイッチが。

それを押すと扉が閉まる。

良し、これで外から誰かが入って来る事はあるまい。

では、1km分階段を下……らな~い。

さすがに、そこまで延々階段を下り続けるのは骨だ。

ここは精霊界にも近いし、やっぱりこの訪問方法が正解だろう。

と言う事で、俺は物質体を抜け出し、アストラル体となって一気に1km階下へ潜ったのである。


そこは、小ぢんまりとした玄室だった。

ただ、石棺があるべき場所には台座しか無く、そこで座禅を組み瞑想している老いたエルフがいた。

そう、エルフなのだが、その肉体は老いている。

もう、死期が近いのだろう……が、俺にはそう思えなかった。

何故なら……。

「たれかそこにおるな。ようやく、私の声に応えてくれたのかい?」

老エルフは、重そうにその左瞼だけを開き、こちらを見やる。

「ほうほう、これは面白い。其方人間では無いか。どうやってこの里に入り込んだのだ。私は、気付かぬ内に死んでしまっていたかな。」

「あんた……あ、いや、貴方はハイエルフですね。ここで、結界を張っておられるのでしょう?」

「そんな事まで判るのかい?益々面白い人間だね。伝え聞くところの、勇者や英雄の類かね。稀に、人間族からは面白い者が育つと言うが。」

「もしかして、他のハイエルフが精霊界に還る時、こちらに残ってずっと結界を張り続けて来たのですか?」

「ほうほう、私たちの事まで良く知っているね。そうだよ、私はこちらに残る仲間の為に、ここでずっと瞑想しています。だけどもね、そろそろ、それもお終いのようだよ。たれか引き継げる者がいれば良いのだが、たれも私の声に気が付いてくれなくて、困っていたんだよ。」

あの時の声は、やはりこの老エルフの声だったんだな。

しかし、当代の長が真上にいて気が付かぬのだ。

誰にも届かなくて仕方無い。

「残念ですが、今のエルフたちは物質界に馴染み過ぎて、ハイエルフと呼べるほどの魔力も寿命も持ちません。声も届かぬでしょうし、ましてや結界の継承など不可能でしょう。」

瞼を落とし、深く溜息を吐く老エルフ。

「そうですか。確かに、そんな気配は感じていましたが、あれから1万年ほど経過しています。種族として形が変わって行くのも当然ですね。」

確か、俺が招喚された年は、神聖暦10700年だと聞いたな。

アスタレイから聞いた創世神話を踏まえると、神と悪魔が物質界から消えた年を元年として数えていると言う訳か。

俺はてっきり、箔付けの為に1万年とざっくり言っているんだと思ってたわ(^^;

「……ここはマナに満ちていますね。もしかしてハイエルフは、マナさえあれば飲食しないで生きられるんですか?」

「うむ、そうですよ。いくら私でも、普通の生き物だったらこんなところに1万年もいられませんよ。ですが、本当は必要最低限、食べ物を食べた方が良いのです。私にも、体がありますからね。まさか、たった1万年で、こんなによぼよぼになるとは思いませんでした。」

そう言って、ゆっくり体を揺すって笑った。

もう、動くのも辛そうに見える。

ちなみに、ちゃんと彼は口を使って会話しているので、かなりゆっくりお話しになっている。

「ふう、それでは、このお役目もお終いですね。悪しき人間から皆を守る為に施した結界も、多分もう必要無いでしょう。人間族も変わったんでしょう?」

「と言う事は、この結界は人間族にだけ効果があるんですか?」

「はい。精霊の森全体を覆う大きな結界ですから、そのまま張るのは大変なので、一番の脅威であった人間族にだけ効果を限定しました。それでも、結構大変なんですよ、この結界を維持するだけでも。」

なるほど、だから魔族は自由に出入り出来るのか。

結界を張っている者の意思かと思っていたが、この人は地上の様子をそこまで把握していないから、そんな器用な真似は出来無いもんな。

「人間族は、今魔族との戦争に掛かりっ切りだから、結界が解けても軍隊が押し寄せて来る事は無いと思うけど、それでも森が安全だと知られれば、ここの資源を奪おうとして入り込んで来る人間たちは、大勢いると思うぜ。」

「そうなのかい?それは困ったねぇ。でも私の寿命は、そろそろ切れちゃうしねぇ。」

「それなんだけどな、爺さん。あ、いや、婆さんか?すまねぇ。何か調子狂うな。あ~、俺は一応人間のクリムゾンだ。貴方の名前を教えて貰えないか?」

もう一度瞼を開き、そっと右手を差し出す老エルフ。

「私の名前はね、ジェレヴァンナ。宜しくね、クリムゾンさん。」

俺は優しくその手を握り返す。

「良く聞いてくれ、ジェレヴァンナ。貴方が死期を迎えそうになっているのは、あくまでその肉体だけだ。俺は今、アストラル体でここまで来ている。あんまり深かったんでね。だからはっきり見えるんだ。貴方のアストラル体はまだまだ強い。さすがハイエルフ、俺よりも強いんじゃないかな。だから、新しい体さえあれば、貴方はまだまだ生きられる。」

少し強く、俺の手を握り返すジェレヴァンナ。

その力は、肉体だけのものじゃ無い。

「ほうほう、言われてみれば、確かにそうですね。私は、随分耄碌していたようだ。とは言え、どの道こんな状態では、肉体を喪ってお終いだろう?」

「もちろん、俺が手を貸してやる。取り敢えず、応急処置だ。」

そう言って、俺はそのままオフィーリアの祝福を発動した。

人間サイズの光るオフィーリアの姿が現れて、ジェレヴァンナにそっと口付けをする。

「何だい、今のは?とても美しい精霊だったねぇ。」

「黄金樹と呼ばれる世界樹の守護精霊オフィーリア。彼女から特別なスキルを継承して貰ったんだ。これで、貴方の魂とアストラル体は、しばらくその体から出られない。つまりは、強制的に死期を先延ばしに出来る、って訳だ。」

「ほうほう、これですぐに死ぬ事は無くなったんだね。しかし……。」

「あぁ、効果は長くて10年だそうだ。貴方の場合、魂の方は無事だけど肉体の方が限界だ。だから、別の体を用意する必要がある。」

「うむうむ、それは判るよ。だけどね、他人の肉体を奪ってまで、生き続けようとは思わないよ。」

「そこは心配するな。何も、上で暮らすエルフから生贄を募ろう、って話じゃ無い。俺が新しい体を創ってやる。」

「つくる?お前さんは、そう言う事も出来るのかい?」

「あぁ、任せてくれ。そこで相談なんだが……。」

そうして俺は、ジェレヴァンナを救う為の交換条件を提示するのだった。


7


体に戻った俺は、取り敢えずディンギアの元へ。

もちろん、しっかり黒い仮面に付け替えて、ノワールになってからな。

名前が判ったので、空間感知で居場所は判る。

ディンギアは魔族用の集会所の中で、他の魔族たちと打ち合わせの最中だった。

俺は、こっそり背後に近付いてみる。

すると、早速違和感を覚えたディンギアがきょろきょろし出す。

「どうしたんですか、ディンギア様。」

傍にいた鳥人型の魔族が声を掛ける。

彼の翼は、片方だけ歪で小さい。

「いや、さっきも何か感じたんだが……今また気配がして……。」

「お見事。」

と俺が声を上げると、そこにいた全員が驚いて周りを見回す。

「え!?今何か声しなかった?」

「見事って、何が?」

「落ち着け、やっぱり誰かいるぞ。」

あんまり脅かしても仕方無いので、さっさと姿を現そう。

「今からステルスを解除するけど、いきなり襲い掛かって来たりするなよ。その気だったら、もう攻撃しているんだ。判るだろ?こっちには敵意は無いからな。判ったか、ディンギア。」

「え?俺?俺の事、知っているのか?」

「あのクソみたいなテントの底から出してやっただろ。無事で何よりだ。」

そう言って、俺はディンギアの背後でステルスを解除する。

すぐに、パッと振り返るディンギア。

「あ……や、やっぱり、貴方だったんですね。あぁ、こうしてもう一度逢えるなんて……あの時は、本当に……本当に……。」

耐え切れず、嗚咽を漏らし始めるディンギア。

あの時からそうだった。

彼は必死に耐えていた。

多分、今も常に気を張って、魔族の為にと頑張っているのだろう。

泣きたい時は、泣いた方が楽になる。

俺は彼の肩を抱いてやった。


ひとしきり泣いた後、恥ずかしさを紛らすように堂々と胸を張り、配下たちに説明を始める。

中には、ディンギア同様、あの時助けた者も数名。

魔族の恩人として、すぐに警戒は解いてくれた。

「エルフたちが話していた冒険者が、やはり貴方だったんですね。」

俺たちは取り敢えず、席に着いてゆっくり話す事にした。

「あぁ、俺がその冒険者だ。俺はオルヴァの元勇者でな。勇者なんかしたく無いから、オルヴァを出奔したんだ。それで、このマジックアイテムの効果で別人になっている。」

そう言って、別人の仮面を外してみる。

動揺する魔族たち。

すかさず仮面を付け直す。

「今ので判ったと思うが、こいつの効果は絶大でな。普通の奴には完全な別人だと認識させられる。で、だ。今から俺は、冒険者クリムゾンになるからな。ちゃんと頭で理解して、間違っても襲って来たりするなよ。」

そう断ってから、今度は赤い仮面に付け替える。

「これが冒険者クリムゾンだ。盗賊ノワールと同一人物だからな。理屈さえ知っていれば、混乱はしても同じ人間だと頭では理解出来るはずだ。」

ディンギア以外は、かなり混乱しているようだ。

「ノワールのままではいけないのですか?」

「あぁ、エルフたちは冒険者クリムゾンがやって来る、と思っているだろう。だから、この姿で出て行く方が話が早い。まぁ、長い付き合いになる予定だから、慣れてくれ。」

「長い付き合い、ですか?」

「あぁ、俺はしばらく、この集落で厄介になる。地下で今も生きる、ここの結界を張っているハイエルフと、さっき話して来たんだ。彼の承諾は得ているよ。」

これには、ディンギアも少し困惑する。

「え?……結界を張っている……この結界がハイエルフの結界で、え、でも、まだ生きているって、どう言う……。」

「二度手間になるけど、取り敢えずお前たちには話しておく。納得したら、今度はエルフたちとの話し合いに協力してくれ。」


その2時間後、魔族たちに乞われて、エルフたちが集会所前の広場に集結する。

俺は皆が集まり終わるまで、それをステルスモードで眺めている。

俺の気配を少しでも感じられたのは、ディンギアだけだった。

彼の見た目は少年のようだが、この地にいる魔族の中では一番年上で、やはり見た目が若いだけだった。

トリエンティヌス方面軍に再編された後、彼らはそのままここ、エルフの隠れ里の防衛任務に就いた。

ディンギアはその部隊長であると同時に、駐留部隊の新たな指揮官にも任命されている。

彼自身はレッサーで、発育不良で体が子供のまま成長しなかったが、そこは魔族、魔力さえ高ければいくらでも強くなれる。

体こそ子供のままでも、彼は前線に出られるくらい強くなった。

結果、戦場で捕まり、奴隷とされてしまったそうだ。

この隠れ里には結界もあるので、駐留軍とは言えほとんどが戦闘は難しいが雑用ならこなせるレッサーたちで、ディンギアたちも戦力としてと言うより、辛い思いをして帰還したばかりだから、ここでゆっくり静養させようと言う計らいの意味が大きいようだ。

本格的な魔族軍は、軍事行動の経由地として立ち寄るだけで、隠れ里に戦力は配置していないに等しい。

エルフの方も、結界によって人間の脅威が無かった為、戦闘的な能力には乏しいようだ。

人間社会にも不慣れで、その為街での彼らの行動も稚拙だった。

エルフと魔族の協力関係は、数千年前から続いている。

魔族にとってのメリットは瞭然として、エルフ側のメリットに疑問があったのだが、何の事は無い、単に戦力に乏しいエルフにとって、魔族と戦う事など最初から選択肢に無かったのだ。

結界は、人間族しか追い払ってくれないからな。

仮に魔族が力で占領しようとしたなら、簡単に陥落していた事だろう。

魔族にその気が無かった事が、エルフにとって幸運だった。

下手をすれば、ジェレヴァンナは魔族の為に森を守り続けるところだった訳だ(^^;


さて、そうこうする内に、皆集まったようだな。

俺はその場で、ステルスを解除する。

集会所の入り口前に陣取っていたので、解除した瞬間衆目を集める形となる。

さすがにざわつくエルフたちだったが、話はしてあったので次第に落ち着き始める。

数歩前へ出て、取り敢えず名乗りを上げる。

「お初にお目に掛る。俺が冒険者クリムゾンだ。話し合いに応じて貰って、感謝する。」

すると、先程見たエルフの長らしき人物が前へ出て、俺に応える。

「私がこの集落の長を務めているスニーティフだ。ディンギア殿の顔を立てて、話だけは聞いてやろう。しかし我々は、人間族を信じていない。それを忘れるな。」

やれやれ、森の奥に引っ込んで隠れ暮らすような生活をしているから、頑固にもなってしまうのか。

まぁ、話が判らないようなら、こいつのアストラル体を引き摺って行って、ジェレヴァンナに逢わせてみるかね(^^;

「回りくどい事は止めて、核心から突いてしまおうか。この森の結界は、今も地下で生き続ける、ジェレヴァンナと言うハイエルフが張り続けているものだ。」

驚くスニーティフ。

「ジェレヴァンナだと?!お前、どこでその名を……。」

長には、何かしら語り継がれているのか。

「どこも何も、そのジェレヴァンナに逢って来た。彼はハイエルフなのに年老いていて、死期が迫っている。それが、結界に綻びが生まれた原因だ。」

「信じられぬ、信じられぬが……人間が父祖の名を知るはずも無い……、これは何のペテンだ。」

「素直に信じて貰いたいところだが、疑うならジェレヴァンナに逢いに行ってくるか?石棺の中にスイッチがある。それを押せば墳墓の奥の隠し扉が開き、およそ1kmほど下ればジェレヴァンナが瞑想する玄室がある。生身で行くには、ちょっと大変だと思うけどな。」

「お前は、あの棺を発いたのか?!いや、そんな深いところまで、お前はどうやって行ったと言うのだ。」

「こうやって。」

俺はアストラル体を少しズラす。

「エルフや魔族なら、この俺の姿も見えるだろ。この状態なら1km下の玄室まで、あっという間だ。」

驚きざわつく一同。

「ゆ、幽体離脱か。確かにそれならば、物質界の法則に縛られないで済むが……。」

「スニーティフ様、彼は我々を救ってくれたお方です。決して、嘘など申しません。信じて下さいませんか。」

助け舟を出すディンギア。

うん、必要なら嘘は吐くけどな、俺(^^;

「……取り敢えず、嘘は吐いていないと信じよう。それで、それで何だと言うのだ。我々を集めてどうするつもりだ。」

「まず、俺はジェレヴァンナを助けると約束した。それが上手く行けば、結界も元通りになるだろう。」

「何!?そんな事が出来るのか。」

「次に、その為には研究施設が必要になる。だから俺も、この里で暮らす事にした。宜しくな。」

「ちょっと待て、誰がそんな事を許可した。」

「当然、ジェレヴァンナだ。この里を1万年守り続けて来たハイエルフの言葉を、無下にするつもりは無いだろう、スニーティフ。」

「そ、それは当然だ。しかし……。」

「そこで、だ。」

「何だ、まだ何かあるのか。」

「俺はさっき、里の中を少し見て回った。気になる事があったからな。なぁ、スニーティフ。ここの食事はどうなっている。」

怪訝な顔をするスニーティフ。

「どう、と言われてもな。森の恵みである野菜と果物が豊富にある。食に困る事は無いぞ。」

俺は大きなため息ひとつ。

「大ありだ、馬鹿野郎。良いか、俺が住む以上、肉も魚も喰うぞ。」

「そ、そう言う事か。だが、この神聖な森で狩猟は禁止だ。我々はずっと、肉など食べていない。」

「あぁ、多分そうだと思ったから、俺もこの森の動物は狩らないよ。だから、街で調達して持ち込む。それなら問題無かろう。」

「そ、それはそうだが、しかし我々は他の生き物を食すなどと言う野蛮な行為は……。」

ふぅ、ここは絶対譲れないからな。

「良いか、良く聞け。お前らだって植物を喰うだろう。植物だって生きているぞ、精霊だって宿っている。他者の命を奪って生きていると言う意味では同じだ。何故、ハイエルフのジェレヴァンナがまだ生きていたか判るか?それは、本来精霊であり物質界に依存していないハイエルフは、マナを吸収するだけで生きて行けるからだ。そんなハイエルフから見れば、お前らエルフも森の大切な植物を勝手に刈り取って喰っていると言う事になる。では、ここは元々ハイエルフの森なのだから、ハイエルフに合わせてこれからは植物を喰うのを止め、マナだけ喰って生きて行け、そう言われたらどうだ。納得するのか?仮に森の恵みが駄目なら、マナだけで生きられない以上、どこかで野菜や果物くらい、調達しなくちゃならないだろう。だから、俺が肉や魚を持ち込む事くらい認めろ。」

一気に捲し立てられ、何も言えないスニーティフ。

「そうすれば、魔族も今よりもっと美味い飯が喰える。確かに、北の不毛な魔界と比べれば、ここの森の恵みはありがたいだろう。しかし、本当だったら、肉だって喰いたいはずだ。生野菜と果物だけじゃ、味気無いからな。そもそも、味付けくらいちゃんとしろ。良いか、油だって菜種とか椿から採れるだろう。砂糖だってサトウキビから、胡椒や山椒、唐辛子だって植物から採れる。植物由来に限定したって、もっと色々味には変化が付けられる。お前らエルフは、1000年を生きるからって、色々無頓着過ぎるんだよ。魔族たちは種族の為、ここまで来て頑張っているんじゃないか。もっと飯くらい、美味いもん喰わしてやれよ。」

調子が乗って来た俺は、そのまま魔族に語り掛ける。

「それから魔族、お前らも深刻な事情があるからって、人生を楽しんじゃいけないなんて事無いんだからな。こうして頑張っているんだ、その見返りに美味いもん喰ったり、笑ったり泣いたり喜んだり、もっと素直に生きて良いんだぞ。エルフも魔族も、お前らは魔法に近しい種族だから判ると思うけど、生命の根源は魂であり、アストラル体の強さが生命の強さに直結する。それは心の強さでもあり、うじうじ暗い人生送っている奴ぁ、アストラル体まで痩せ細っちまうんだ。内面から明るくなれば、強くなれば、多少の肉体的ハンデなんかものともしないほど元気になれる。もっと人生を楽しめ。もっと笑え。もっと泣け。もっと悲しめ。もっと喜べ。それが、アストラル体を強くして、よりお前ら自身も強くするんだ。」

俺は敢えてアストラル体を少しズラしたまま、存在感を少し開放して演説してやる。

あんまり強く開放すると、俺の気配に当てられて気分を悪くする奴も出て来てしまうからな。

オフィーリアにもクリスティーナ、シロにも、そしてアスタレイにも、俺は強いと言われた。

そのアスタレイの鬼気は、目の前で感じたが壮絶なものだった。

だから、多分俺の気配を全力で開放するのは危ない……周りの奴にとって。

だが、こうして俺のアストラル体の強さを感じて貰えば、俺の言葉の説得力が増すと思うのだ。

たかが人間のアストラル体が、魔法に近しい自分たちよりも強大なんだ。

そいつがアストラル体が元気なら何でも出来る、なんて言うのだから、少しは耳を傾けてくれるだろう。

……、……、……ド、ドワァー、と沸き立つ群衆。

魔族たちは、涙を流して抱き合ったり、腕を突き上げて叫んだりしている。

やっぱり、日々色んなものが溜まっていたんじゃないかな。

いくら重い責任を背負っているとは言え、毎日毎日思い詰めて生活していたら、苦しくもなるだろう。

耳を傾ければ、「俺も肉が喰いたかったぁー!」とか「生野菜ばかり喰うって、俺達ゃ虫かぁー!」とか「人間たちの飯は美味かったぞー!」と言った、エルフたちの声もする(^^;

まぁ、若干俺の気配に当てられてしまった節もあるが、エルフたちも心の底では食事に物足りなさを感じていたんだろう。

何しろ彼らは、物質界に縛られてしまった元ハイエルフ。

言い方を変えれば、堕落した元ハイエルフだ。

人並みに、欲望だって芽生えるってもんだ(^Д^;


と言う事で、俺はこの隠れ里でしばらく暮らす事にした。

ジェレヴァンナの新しい体を用意する為に、研究用の拠点がいる。

となれば、ここに腰を落ち着けてしまう方が、色々都合が良いからな。

オフィーリアの祝福のお陰で、一時的に結界も元通りになったからそこまで急ぐ必要は無いし、俺がイミスティ冒険者ギルドに何も無かったと報告すれば、その内騒ぎも収まるだろう。

これを期に、焔紫の改良を始めとした攻撃魔法の研鑽をしても良いし、コマンダーたちの去就も考えてみよう。

不安に思った通り、俺はあいつらに愛着が湧いてしまった。

望むなら、事のついでに新しい体を用意して、人間に戻してやっても良い。

無理矢理アンデッドとして支配する事に、後ろめたさを感じるようになってしまったからな。

まぁ、元は悪党たちだ。

改心しないなら、人間に戻して外へ出した後、再び盗賊狩りで出くわしたならば、今度はしっかり殺してやろう(^^;

俺の野望実現にも、すでに筋道は立っている。

ジェレヴァンナの件は、その実験の一環でもある。

この里が、俺の旅の終着点となるだろう。

この先の長い二度目の人生を思えば、あくまでも、最初の終着点に過ぎないが。

まだまだ俺の冒険はこれからだ(笑)


第一部・完


第四巻へつづく


あとがき(※小説家になろう投稿時執筆)


今回は少し手こずり、時間が掛かりました。

この巻では、大好きなプロレス回では大好きなだけに色々詰め込み過ぎ無いよう、魔族についてはRPGツクール用に考えた「Demon is not an evil」の世界観を、ツク-ルとは違い魔族側からでは無く人間側視点でどう上手く説明するか、と言った部分で苦労しました。

最後のまとめも中々上手く進まず、改めて小説を書くのって難しいなと思い知らされるばかりです。


書きながら先々の展開は大分煮詰まって来て、何とか六巻までは確実に形に出来そうなので、頑張って書きたいと思います。

次巻で大きく転換しますので、それを楽しんで貰えたら嬉しいです。

誰か1人にでも楽しんで貰える事を願って、不安で折れそうな心をどうにか奮い立たせて、頑張ってみます。

宜しくお願いします。

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