第四章 Demon is not an evil


1


アスタレイは息を整えただけで、襟を正す事無くそのまま世間話をするように話し始める。

「お前がどこまで魔族の事を知っているのか、そんな事いちいち確認しながらじゃ面倒だから、何も知らないものとしていちから全部話すぞ。」

「あぁ、頼む。」

「順を追って、まず神と悪魔の話だな。神代の時代、初めは神しかいなかった。そもそも神とは何だ?悪魔とは?創世神話は、人間族には伝わっていないだろう。」

確かに俺は、何も聞いていないし、禁書庫でも目にしなかった。

漠然と、神がアーデルヴァイトを創ったもんだと、勝手に思い込んでいたな。

「神って奴は、創造神の一族とその末裔たちだ。神の全てがアーデルヴァイト創造に関わった訳じゃ無いから、あくまでも創造神と同一の種族ってだけだな。さすがに、創造神の事までは伝わっていない。」

そこでアスタレイは部下たちを振り返り、「お前らもこの辺は知らんだろう。幹部の一部しか知らない話だ。荷が勝ち過ぎると思う奴は、耳を塞いでおけ。」と笑い掛ける。

部下たちは顔を見合わせ、揃って一礼し、俺たちから離れて行く。

「本当に真面目な奴らだな、つまらん……が、これにも理由がある。順を追って話せば、お前にもその内判る。」

アスタレイは俺に向き直り、少し表情を引き締め直して話を続ける。


「と言う事で、世界は誕生し、そこは神の世界となった。この時、物質界だけで無く、精霊界、アストラル界も同時に創造されていて、アストラル界が世界の核となり、物質界に神々が、精霊界に精霊たちが住むようになった。」

「あれ?精霊の方はハイエルフに繋がるとして、古代竜はいないのか。てっきり、真なる古代竜ってのは、神代の頃からいたのかと。」

「まぁ、待て。精霊たちも、原初の精霊たちは今の精霊たちとは違う存在だ。この段階では、言ってみればまだ創世の途中だ。この後生まれるのさ。真なる古代竜も、精霊女王も、悪魔もな。」

神と悪魔、ハイエルフ、古代竜は同格とされている、と言う話だったが、こう聞くと神は別格なのかな?

「原初の精霊たちは、ほとんど自然そのものだ。意思すら曖昧で、物質界の自然を司りながら精霊界でたゆたうだけの存在。それに対し、神ははっきりとした意思を持つ存在で、創造神が創り上げた世界を発展させようと考えた。だから、創造の後神の手によって、さらに多くのものが生み出された。世界が今の形になったのは、神々の意思によるものだと言える。」

今は亡き神々は、正に神だったんだな。

「だが、明確なる意思は考え方の違いを生み、そこに対立も生まれた。世界にある言わば自分たちの子供である創造物を、慈しみ守ろうとする神々は光、試練を与え成長を促そうとする神々が闇へと分かれる。だがこの時は、まだどちらも同じ神と言う種族だった。その中から、対立する神々を力で屈服させようとする者が現れ、それが邪悪なる者と断罪される事となる。それが力の象徴、ドラゴンだ。」

「ドラゴン?!それじゃあ真なる古代竜って……。」

「あぁ、神そのもの。ただ考え方が違うだけの神だった。光と闇、どちらからも迫害され追放されたドラゴンは、新たな種族となった。この時まで、ドラゴンたちは神と同じ種族だったから、その姿も神と同じだったが、彼らの子供たちは今のドラゴンの姿として生まれた。真なる古代竜とは、追放されし神の事。その子供たちが、今も生き残っている古代竜たちだ。」

シロが言っていたように、真なる古代竜とは古代竜であるシロよりもさらに高位の存在だったんだな。

「この追放劇を見ていたたゆたう原初の精霊たちは、神々の争いを嫌い、精霊界に閉じ籠った。この時、物質界、精霊界、アストラル界の境界がはっきりとして、それぞれを行き来するのに抵抗が生まれた。隣り合い混ざり合っていた三界の間に、壁が出来たんだ。これを主導した精霊が初代精霊女王であり、従った者が最初のハイエルフ。これも、今のハイエルフとは違う、言ってみれば原初のハイエルフだな。まだ形が曖昧だったから、精霊女王もハイエルフもかなりの巨人だったとされているが、現在のハイエルフは見た目だけなら妖精族のエルフと変わらない姿だ。」

巨人?オフィーリアも結構大きかったけど、そう言えば世界樹の守護精霊ってのは、もしかしたら原初の精霊に近いのかもな。

原初の精霊が世界樹によって象られ守護精霊となったのだとしたら、オフィーリアは神代の時代から生き続けているのかも知れない。

1億年云々の話も、あながち永い年月と言う意味の比喩では無かったのかも知れない。

「そして、光の神々と袂を分かった闇の神々は、自らを悪魔と名乗った。そう、神と悪魔は同じ存在。神が善なる者、悪魔が邪悪なる者などと言う違いは無い。考え方が違うだけの、神と神なのさ。」


さすがに予想外だった。

神族が善良で魔族が邪悪、って事は無いと思っていたが、神は神、悪魔は悪魔で別々の存在で、神が善良、悪魔が邪悪だと思っていた。

根っ子が同じどころか、悪魔は神そのものなのか。

「そう言えば地球の宗教でも、神の敵だから悪魔、と言う考え方があるな。その悪魔は、他の宗教では神なのに。」

「まぁ、属性として光と闇と言う違いはあるがな。それは、神族と魔族も一緒だ。だが、光が正義、闇が悪と言う話では無い。光も闇も、ともに創造神が創り出した兄弟みたいなものだ。こうして、兄弟である光の神々と闇の神々は、神と悪魔に名を変えて、永い戦争を始めた。そして、その戦争の戦力として、神は自らの姿を模して神族を創り、悪魔は自らの姿を模して魔族を創った。その戦争の最中、数々の種族が物質界にも生まれた。土より生まれし人間族、精霊界よりの移住者妖精族、闇より生まれし魔物たち、彼らも神代の戦争で両陣営に分かれて戦った。」

大戦争だな。

良く人間なんかが生き残れたものだ。

「何が明暗を分けたか定かじゃ無いが、神のやり方には問題があったようだ。内部分裂を起こし、数こそ少なかったが力ある光の神数柱が闇に堕ちた。悪魔は悪魔と名乗ってからその姿を神であった事を恥じるように変えて行ったが、堕天した神は悪魔となっても神の姿のままだった。だから、悪魔の中には悪魔的な姿の者の他に、神のような姿の悪魔もいる。神から悪魔に堕天した数柱によって、神と悪魔の均衡が崩れ、この戦争は悪魔の勝利となる。神は悉く滅んだとされているが、完全に消滅したかは判らない。今も、神の奇跡である神聖魔法が使えるからな。形こそ違えど、存在としては生き残っていても不思議は無い。」

神聖魔法の根源は、どんな賢者であっても解き明かせていない、この世界の謎のひとつだ。

確認出来無いだけで、未だ神があると言う考えも、あながち間違いだとは言い切れない。

「……ここで素直に、悪魔の勝利となっていたなら、この世界はまるで違う姿になっていた事だろう。このような戦争を起こした神も悪魔も、世界の脅威としては同等の存在だ。だから、もうひとつの神たる真なる古代竜と精霊女王は、戦争で疲弊した生き残りの悪魔たちを、アストラル界へ追放した。しかし、悪魔たちは滅ぶ事無く、アストラル界に魔界と言う棲み処を創り出す。真なる古代竜と精霊女王も力を使い疲弊した事で、その寿命を終えたり後継に後を託したりして、徐々に衰退の道を辿る事となった。ようやく、永く苦しい創世の時代が終わり、支配者のいなくなったアーデルヴァイトは神々の子供たちの世界となった。」

ふぅ、長かった神話の時代の終焉だな。

そう、ここからが、神や悪魔では無く、神族や魔族の時代なのだ。


2


「神と悪魔がこの世から去り、残された者たちの迷走が始まる。それまでは、絶対者である神か悪魔のどちらかに付き、言われるがままに戦うだけだった。だが、支配者がいなくなって自由を得た者たちは、今度は何をどうすれば良いのか判らなくなった。誰が敵で誰が味方か判らなくなった。いち早く行動したのが、敗北した神の下僕たる神族だ。敗者たるが故に、迫害される事を恐れた神族は、敵を作る事で自らの身を守る事にした。その道具に使われたのが、光こそ正義、闇は邪悪だと言う先入観だ。そして、闇の者どもを攻撃し始め、それを恐れた闇に属さぬ者たちは、進んで光の勢力に加担して行った。その急先鋒を担ったのが人間族だが、当時は数も多く無ければ力も弱い、魔力も弱いと、先陣で盾のように扱われるだけだった。だから神族は、特別人間族を手厚く支援した。力も無いのに真っ先に味方してくれたしな。この時の協力関係が、今へと繋がる分岐点だったと言える。」

恐れから他者を攻撃するのは、決して特別な事じゃ無い。

良い悪いでは無く、神族の選択は理解出来る。

もちろん、それで敵に仕立て上げられた闇の者どもには災難だったが、魔族が勝利を確かなものとする為に、神族を先制攻撃する選択肢もあった。

こればかりは、生き残りを賭け勝負に出た神族を褒めるべきだろう。

「加護を受けて力を増した人間族は、次いで神族を神の後継者として崇め始める。最初は感謝の気持ちから興った信仰だったが、当時の主神はこれを利用する事にした。自分だけは、難を逃れてこの世に留まった、本物の神だと僭称したのだ。当時の主神は、それはもう神々しい姿をしていたと言われていてな。ほとんどの者がこれをあっさり信じた。本物の神と言う御旗を手に入れた光の軍勢は、一気に攻勢を強め闇の者どもは駆逐されて行った。ついには、北の僻地に追い込まれ、そこを最後の砦と定めた魔族は魔界と称し、闇の者どもの集結地として、光の軍勢から逃げて来た闇の者どもを仲間として受け入れて行った。その後、戦線は膠着状態となり、今の魔族の前身である多民族国家魔界と、本物の神とそれを崇める宗教国家と言う、二大勢力が誕生したのだ。」

結局、神と悪魔と言う絶対者を喪った事は、当時の全ての種族にとって大いなる喪失だったのだろう。

自らを神と僭称した主神も凄いと思うが、とにかくすがれる何かが欲しかったのだと思う。

「宗教国家の方は、神の僭称をそのまま利用して、現主神教の開祖たちが神族全体を神そのものとすり替え、偽りの教義を広めて行った。神族の方は、力を増し充分な戦力となったばかりか、その旺盛な繁殖力で一気に数を増やして行った人間族に戦いを任せ、アーデルヴァイト・エルムスに引っ込んだ。その方が、神族にも主神教にも都合が良かったから、この関係は上手く機能した。その所為で、人間族以外の光の勢力に加担した者たち、エルフやドワーフ、ホビット、グラスランダーたちは、神と信じた神族から見捨てられる格好となり、ハイエルフは精霊界へ帰り、他の妖精族は人間族のいない土地に小さな集落を作って、細々と生きて行く事となる。これが今のアーデルヴァイトの姿だな。」

見事、勝ち馬に乗った人間族は、体良く神族を祭り上げて、世界を実効支配したようなものだ。

もしかしたら、聖オルヴァドル教こそが、すでにアーデルヴァイトの支配者と言えるのかも知れない。

「そして、此方魔界だ。ここからが、お前が知りたがった核心と言える。俺や部隊の仲間のような、悪魔が自らの姿を模して創った魔族、及びその子孫たちを、本来は魔族と呼ぶ。だが、迫害から逃れる闇の者どもを受け入れた事で、魔界に住む多くの種族を総称して魔族と呼ぶようになった為、俺たちは今純魔族と呼ばれている。……純魔族だけで無く、ゴブリンたち邪妖精やオーガのような巨人族、知性ある魔獣、幻獣や、闇に生まれついた希少な存在たち。そんな奴らが属する魔族軍の数が、嫌に少ないとは思わないか?」

俺はハッとして、アスタレイを見詰める。

「ヴァンパイアや魔剣なんかは確かに数も少ないだろうが、ゴブリンなんかは人間族に負けないほどの繁殖力を持っているはずだよな。現に、モンスターとしてのゴブリンなんか、数だけなら人間並みに多いぜ。強さでは純魔族に劣るとしても、本当だったら魔族のゴブリンを何万と揃えるだけで、今布陣している帝国軍を数でも上回れるはずだ。しかし、魔族軍の戦力は2000程度だった。どう考えても少な過ぎる。」

「魔剣って……、お前、そんな事まで知っているのか。まぁ、良い。とにかく、主力2000を揃えるのが精一杯、それが現実だ。理由は簡単。数が足りないからだ。」

俺が怪訝な顔をする。

「数が足りないって……、もしかして、強き者、永く生きる者特有の、繁殖力の低下か?まぁ、純魔族ならあり得そうな話だが、いくら魔族の一員になったとは言え、ゴブリンたちまで繁殖力を失うってのは……呪い、か?」

「繁殖力ってのは外れだが、呪いってのは正解だ。俺たち魔族は呪われている。それこそが、お前が知りたがっている事の正体と言って良い。」

魔族に掛けられた呪い……一体どんな?そして、誰が?

「多分最初は、まだ多民族国家魔界になって間も無い頃、純魔族の中でだけ始まった。奇形児、障害児として生まれる子供が異常に増えた。そして次第に、健康な体で生まれる子供の方が珍しくなった。魔界の住人が種族を問わず魔族と呼ばれるようになってから、それは純魔族では無い魔族にも伝染して行った。今や、魔族の子供は九割が障害児として生まれ、それはヴァンパイアや魔剣など特別な産まれ方をする者を除く全ての種族が抱える呪いとなっている。」

……魔族の奴隷が皆障害を持っていたのは、そう言う訳だったのか。

しかし、多民族国家魔界の頃に始まったのだとすると……。

「それって、神の呪い、では無いよな。その頃すでに、神は滅んでいたはずだ。では、神族か?それとも主神教?種族全体に及ぶ呪いなんて、奴らに掛けられるのか?」

「それについては、結論を見ないな。時期はズレるが、滅び行く神が意趣返しに呪いを遺して行った、とも考えられる。だが、俺は違うと思っている。」

「何か他の可能性があるのか?」

アスタレイは腕を組み、深い溜息を吐く。

「俺たちは、障害を持って産まれて来る者たちをレッサー種、健康に産まれついた者をエリート種と呼び、主にエリートが前線で戦う事となる。それは、障害を持って産まれるレッサーたちを守ってやる使命感もあるが、何よりエリートの力が強いからだ。多分、同格の神族と魔族なら、今や魔族の方が強いだろう。レッサーを抱える事で魔族としての団結力、絆が強まったのに止まらず、少数しか産まれないエリートの強さが増したんだ。……覚えているか、神々が何故光と闇に分かたれたのか。光の神々は子供たちを慈しみ守り、闇の神々は試練を与え成長を促そうと考えた。その闇の神々こそが、今の悪魔な訳さ。」

「おい、それってつまり……。」

「俺はこう考えている。これは呪いでは無く、悪魔が魔族に与えた試練だと。今の魔界の姿こそ、闇の神々が求めた世界なのだと。だが、良い迷惑だ。その所為で、どれほど多くの仲間たちが苦しんで来たか。例え恩恵のつもりで与えたものも、与えられた者の受け取り方次第では呪いともなる。悪魔の恩恵が、魔族の呪いの正体……俺にはそう思えて仕方無いのさ。」

……オフィーリアは祝福を、インキュバスに呪いとして与えた。

それが恩恵か呪いかなんて、受け手次第で変わるもんだ。

「レッサーの障害も色々だからな。中には、アルビノなだけとか、角や翼が欠けているだけなど、魔力そのものはエリートとそう変わらない者もいる。そう言ったレッサーも戦場には出て来るし、動ければレッサーたちは進んで後方支援に回る。先天的にハンデを負っていても、魔族の為にレッサーたちも頑張っていて、だからこそ余計にエリートたちはレッサーの分も頑張ろうと励む。魔族の結束力は、呪いによって強固なものとなっている。俺の部下たちが、つい深刻で生真面目になってしまうのは、大き過ぎる義務感を背負えばこそだ。どうだい、むしろ魔族の方が善なる者のようだろう。皮肉な話さ。」

これで得心が行った。

あの時の、魔族の奴隷たちの覚悟。

仲間への強い想い。

人間なんかより、よっぽど立派な奴らだよ、魔族ってのは。


3


ひと通り話し終えたアスタレイは、俺の後方に控えるコマンダーたちを見やる。

「そう言えば最近、強大な悪魔が招喚される事案が発生したようなんだが……クリムゾン、お前何か知らないか?」

……しみじみしていたところを、一気に現実に引き戻される。

「あ~……う~ん……、まぁ、知っているな。と言うか、……すみません、俺がやりました。」

思わず正座をして、思い切り土下座する(^^;

呆れ顔のアスタレイ。

「……ゾンビなんて連れているからもしやと思ったが……。あんな強大なもの、そんじょそこらの術者にゃ喚び出せないからな。お前ほどの強者なら或いは、とは思ったが、本当にお前だったとは。」

こんな北の地までその存在の顕現が知れてしまうとは、畏るべし、アヴァドラス。

「いや~、さすがに7大悪魔のひと柱だな、アヴァドラス。こんな離れた場所でも気付けたのか。」

思わず立ち上がり、立ち眩みを起こして座り直すアスタレイ。

「ア、アヴァドラスだと?!ちっ、途轍も無い存在感だとは思ったが、そんな大物だったのか。おい、ゴンドス!」

少し距離を開けて控えていたゴンドスが、呼ばれて近付いて来る。

「どうしました、隊長。」

「俺の言った通りだったぞ。やっぱり悪魔が招喚されていやがった。誰だと思う?笑うぞ。あの奈落の巨人様だとよ。」

無表情のゴンドス。

「……隊長、今度は何の冗談ですか?アヴァドラス様が招喚されたなんて、今まで一度も聞いた事がありませんよ。それに、何故今それが判ったんです?まさか、その人間が招喚した訳でも無いでしょう。」

まぁ、君の気持ちも判るよ、ゴンドスさん。

アスタレイは、良く冗談を言うみたいだし、魔界の7大悪魔を人間が招喚するなんて、普通は考えられないもんな。

俺だって、そこまでの大物を喚び出そうとして喚び出した訳じゃ無ぇ~し(^^;

「ところで、奈落の巨人ってのはアヴァドラスの別名かい?確かに、巨大な顔だけ現れて、顔だけの悪魔なのか巨大過ぎて顔だけしか出て来られないのか、判断しかねたけど。」

「おうよ、奈落の巨人ってのはアヴァドラスの事だ。何故そんな呼び名かと言うとだな、これはさっきの創世神話に関わっている。言っただろ、何柱かの力ある光の神が堕天したって。光の巨人アヴァドラスもそのひと柱でな。奈落に堕ちた巨人様で、奈落の巨人だ。7大悪魔の中でも大物中の大物だぜ。」

おぉう、それは初耳。

シロは単に7大悪魔としか言わなかったが、なるほど、同じ真なる魔王直属の配下である7大悪魔と言っても、序列や力には差があるのかも知れないな。

アスタレイは大物中の大物とは言ったが、筆頭とも最強とも言わなかった。

もしかしたら、他にも堕天した元光の神でもいるのかな?

「ん?そう言えば、さっきの口ぶりだと、アスタレイは気付いたけどゴンドスさんは気付かなかったのか。アヴァドラスほどの大悪魔、漏れ出る瘴気や存在感は相当な物だったから、ここまでそれも届いていたのかと思ったけど。」

アスタレイは頭をぽりぽり掻きながら、「まぁ、これもお前なら話しても良いだろう。」と独り言つ。

「悪魔ってのは、神々の戦争では勝者となったものの、エルフと古代竜によって魔界に封印されたようなものだ。それもあって、魔界で過ごす内に変節して行き、アーデルヴァイトに生きる者全てを恨み、憎み、妬み、今のような邪悪な存在となって行った。自らが産み出した純魔族は一応例外だが、それでも恨んでいないだけで子供として愛している訳では無いし、今や魔族は純魔族以外も含むから、魔族にとっても悪魔は脅威に過ぎず、間違っても信仰の対象にはならない。決して、この世に出してはならない存在だ。」

ゴンドスさんが後を引き取る。

「私と隊長は、この世に顕現せし悪魔を滅ぼす密命を帯びております。ですから、常に悪魔の存在には注意を払っておりますが……。本当なんですか?奈落の巨人様が招喚されたなんて。」

「俺たちはそうして、常に悪魔の監視を怠ってはいない。にも関わらず、ゴンドスには気付かれなかった。それは、アヴァドラスがそれだけ狡猾だと言う事だ。レッサーデーモンやグレーターデーモン(上級悪魔)は言うに及ばず、アークデーモン(悪魔将軍)、デーモンロード(同悪魔将軍(仕える上位存在で異なる))ですら、招喚された時は自らの存在を誇示する。その自己顕示欲が実に小者らしい。」

アークデーモンやデーモンロードも小者扱いか。

「誰にも気付かれず、ひっそりアーデルヴァイトに侵入する方が、悪魔にとっても都合が良いのにな。だからさ。ゴンドスは気付かず、俺ですら確信を得られないほどその存在を隠せる悪魔ってのは、只者じゃ無いと思っていたんだ。」

なるほど。

長い歴史の中で、悪魔たちだってアーデルヴァイトでは魔族たちに狩られる事は知っているはず。

ならば、気付かれないようにする方が利口だし、そう言う奴の方が手強いな。

「で、何だってそんな危ない奴を招喚なんてしたんだ。」

アスタレイの視線が痛い。

「あ~……、すまん。ちょっとデカい蛙を倒して貰おうと思ってな。そいつは眷属招喚でマーマンを延々産み続ける蛙で、多分何処かの誰かが創った実験体だ。生贄に捧げちまえば戦力も削れると思って、マーマンを100体ばかし生贄に捧げたんだが、ちょっと多過ぎたみたいでな。思わぬ大物が出て来ちまったんだよ。」

呆れ顔のアスタレイと、吃驚顔のゴンドスさん。

「マ、マーマンを100体ですって!?確かにマーマンは弱いですが、100体も生贄として用意するなんて、普通出来やしませんよ。もしかして、本当なんですか?奈落の巨人様が招喚されたって話……。」

「何だ、ゴンドス、まだ信じていなかったのか。本当だよ。こいつが招喚したんだよ、アヴァドラスを。」

ゴンドスさんの、開いた口が塞がらない(^^;

「一応、何度か悪魔招喚の実験はこなしていたし、一度は失敗して痛い目に遭ったから、注意はしていたんだ。不用意な約束は絶対しないようにな。だから、ちゃんとアヴァドラスにもすぐ還って貰ったけど、ちょっと生贄が多過ぎて予想外の大物が喚び出されてしまったのは、本当、反省してる。」

「……そうか、すぐ還したのか。まぁ、確かにアヴァドラスは、比較的マシな悪魔だとは思うがな。光の巨人時代、この大地を創った神々のひと柱だった事もあり、今でもアーデルヴァイトを大切に思っているとは伝わっている。だが、あくまで大切に思っているのは大地であって、そこに生きる生き物には興味も関心も無いから、むしろ残酷だとも伝わっている。もし間違って居座っていたら、種族を問わず生きとし生ける者全ての脅威となっていただろう。……もうひとつ付け加えるなら、そんなアヴァドラスを力で魔界へ還せる魔族など、1人もいないからな。仮に魔王が出向いたって、簡単に返り討ちだ。絶対に、絶対にだ!もう二度と喚び出したりするなよ。」

もう一度、すかさず土下座。

「もう、それは絶対、約束する。あれは駄目だ。本当に肝が冷えた。俺は悪魔招喚は封印する。もうレッサーデーモンですら絶対に招喚なんてしない。暗黒魔法で力は借りるが、絶対に助けは請わん。これからは俺も、悪魔を見付けたら魔界へ還すようにする。悪魔は駄目、絶対。」

「……ふん、さすがに、あれほどの者を目の前にすれば、嫌でも思い知るか。悪魔の怖さって奴を。まぁ、良い。別に招喚した奴を見付けてどうこうしよう、って考えていた訳じゃ無いしな。気になったから聞いてみたら、見事正解だっただけの話だ。」

それを受け、平静を取り繕いながらゴンドスさん。

「隊長がそう仰るなら、私に異存はありません。……それに、私ではこの男、失礼。クリムゾン殿には敵いませんしね。」

……そうなのか?

アスタレイほどの男の副官だ。

しかも、密命の方でも補佐を務める特別な純魔族。

格闘縛りならともかく、本気でやり合うなら俺より強くてもおかしく無いような気がするんだが……とは言え、確かにアスタレイほどの強さは感じないか。


4


そう言えば、さっきアスタレイはまだふらついていたな。

何だったら、ヒールでも掛けてやろうか。

「なぁ、アスタレイ。まだつらいようなら、回復魔法でも掛けてやろうか。と言うか、そう言えば魔族は神聖魔法使えるのか?俺はひと通り勉強はしたんだが、信仰心が無い所為か中位の魔法までしか反応してくれない。魔族はどうなんだ?」

「いや、神聖魔法を使おうなんて魔族は聞いた事が無いな。俺も試した事は無い。暗黒魔法にも回復魔法はあるし、自然回復力も高い。必要性も無ければ、敵だった奴の力を借りようなんて考える奴もいないからな。」

「そうなのか。一応、魔族にも神聖魔法のヒールは効いたけどな。暗黒魔法のヒールよりも低位魔法だから、意識せず魔族相手にも神聖魔法のヒールを掛けちまったが、あくまでも物質体を修復するだけの効果だから、中身が何でも関係無いって事か。」

不思議な顔をする、アスタレイ。

「お前、魔族にヒールを掛ける機会なんてあったのか?」

「あぁ、少し前、聖ダヴァリエ王国で奴隷を助けたんだが、その時にな。」

驚いて、顔を見合わせるアスタレイとゴンドスさん。

「おい、ゴンドス。確か少し前、ダヴァリエ方面軍が逃げて来た奴隷を保護したって言っていたよな。そいつら、誰に助けて貰ったんだっけか。」

「確かノワールです。ノワールと名乗る盗賊と言う話でしたから、クリムゾン殿とは違いますね。」

「お~、あいつら、無事に保護されたのか。それは何より。ノワールってのは俺だよ。いやでも、俺あいつらに名乗った覚え無ぇけど。」

「え!?貴方がノワール様なんですか?いえ、直接救出された者たちがそう言っていたのでは無く、偵察に出ていた者たちが人間族の街でそう聞いて来たと言う話でした。」

なるほど。

さすがにオーヴォワールでは、ノワールの活躍が噂に上らぬはずも無し、か。

「どう言う事だ?お前はいくつも偽名を使っているのか?」

「あぁ、アスタレイには効いていないと思うけど、俺は別人の仮面ってマジックアイテムを付けているんだ。」

そう言って、仮面を外す。

「え!?誰???……いや、状況からしてクリムゾン殿でしょうけど……まるで別人……。」

ゴンドスさんが驚いとる(^^;

「ほら、一応俺は、オルヴァを出奔した身だから、これで変装して過ごしているんだ。赤い仮面が冒険者クリムゾン、黒い仮面が盗賊ノワール。んで、素顔が元勇者のイタミ・ヒデオ……全部偽名だけどな。」

「……その仮面、結構凄いマジックアイテムだぞ。ちょっと貸してみろ。」

そう言うので、アスタレイに仮面を渡す。

「通常、マジックアイテムってのは、それが作られた時の許容魔力を周囲のマナ(空気中に含まれる魔力の元となる謎物質(^^;)から吸収して貯え、それで効果を発揮する。だからその効果は一定で、使い過ぎても直魔力が復活して使えるようにもなる。だがこいつは、装着者の魔力で効果を発揮する仕組みのようだ。」

「何か違うのか?」

「装着者次第で、効果が強くも弱くもなるって事だ。正直俺は、お前に多少の違和感を覚えてはいたんだ。確かに効いていたとは言えないが、俺にも影響は出ていた。それだけ、お前の魔力が強いからだ。」

そう言って、アスタレイが仮面を付ける。

おぉう、確かに何か違和感覚えるな。

アスタレイだと認識出来るが、その仮面のデザインも合わさって、少し変態度が増して性的魅力が強まったと言うか(^Д^;

いやいや、見た目として、って意味じゃ無くて、認識レベルで変態紳士度がアップしたと感じるって話だ。

冗談では無く真面目な話として。

そこでひと言ゴンドスさん。

「だ、誰!?隊長だった人が、何かとてもいやらしい人になってる……。」

慌てて仮面を外すアスタレイ。

「うぉい、いやらしいって何だよ!それ、この仮面のデザインの所為だろ!」

「ははっ、まぁまぁ、あくまで認識レベルでお前の男っぷりが増してそう見えたんだよ。元々お前、美形じゃん。だから、余計に性的な部分が強調されたんじゃ無いか?」

仮面を突っ返して来るアスタレイ。

「とにかく!こいつはそう言う特別製のマジックアイテムだ。だからお前の魔力なら、ほとんどの相手が完全に別人と認識しているはずだ。」

ゴンドスが恐縮しながら「恐れ入りますが、もう一度仮面をお付け下さい。最初に会った時クリムゾン殿でしたから、外されていると頭が混乱致します。」との事。

見れば、少し離れた位置にいる部下たちもざわついている。

まぁ、隊長が別人に変わった事に驚いたんだろうな。

外したままでいる意味も無いから、俺は仮面を付け直した。

「ま、と言う訳で、俺がそのノワールだ。成り行きで助けたんだが、無事で何よりだ。」

「あぁ、そうか。奴隷が救出されたって話だったな。改めて礼を言う。同胞の命を救ってくれてありがとう。」

深々と頭を下げるアスタレイ。

それに続くゴンドスさんと、訳も判らず取り敢えず頭を下げる部下たち。

「やはり、魔族の絆って強いんだな。それで、彼らはその後どうしたんだ?俺はヒールで怪我を治してやれただけ。中には癒せない傷を負わされた者もいただろうし、心の傷はもっと深かろう。」

「ゴンドス、その後の彼らの動向は知っているか?」

「はい。一度デュカリスの総司令部まで移動して、その後ほとんどの者がベーデルガの後方支援に回りました。一部の者は、前線への配置を希望し、ウォーデンスのトリエンティヌス方面軍に編入されたはずです。」

「え~と……。」

「あぁ、これは失礼しました。デュカリス砦がここ帝国方面の魔族軍の砦で、最前線となるので総司令部が置かれています。彼らはダヴァリエ方面のベーデルガ砦で保護され、後方支援の為そのベーデルガへ戻りました。ウォーデンス砦がトリエンティヌス方面軍の砦となります。」

「さっき話したように、魔族はまともに動ける奴が圧倒的に少ないからな。辛い思いをして逃げて来たばかりなのに、もう同胞の為に戦おうってんだ。守ってやりたくもなる。」

本当に、魔族には頭が下がる思いだ。


5


その後俺たちは、さっきの戦闘を振り返った。

ひとつひとつ解説してやり、それを熱心に聞くアスタレイ。

関連する地球の、日本の話には、ゴンドスさんや部下たち、コマンダーたちでさえ食い付いた。

最終的にアスタレイは、自分の突進正拳突きの名前を、バーンナックルにすると宣言した(^^;

そんな楽しい時間を過ごしている内に、大分陽が傾いてしまった。

「……ちっ、もうこんな時間か。」

立ち上がり、体の調子を確認するアスタレイ。

「……撤退するぞ。ベンディス、お前はティニウス将軍にその旨伝えて来い。今回の作戦は失敗だ。俺たちは、デュカリスで待つ。」

「宜しいので?」

「仕方あるまい。俺はもうボロボロだ。お前たちだけで作戦を続行させる訳にはいかん。ベンディスと合流した後、一度魔界へ帰還する。」

「魔界まで引くのですか?」と部下A。

「あぁ、俺のダメージは深刻そうだ。それに、色々と報告も必要だからな。幸い、俺たちは遊撃隊だ。あくまで本体とは別戦力だから、一時的に戦線を離脱しても然程影響はあるまい。」

俺とアスタレイは、改めて固い握手を交わす。

「奇妙な出逢いだったが、逢えて良かったよ、クリムゾン。敵同士として、戦場で再会しない事を祈るよ。」

「俺も逢えて良かったよ、アスタレイ。魔族の事を知れて、色々すっきりした。少なくとも、人間族の軍隊に参加して、魔族軍と戦うなんて事だけは絶対しないさ。ま、この先どうするかは、何も考えていないから何とも言えないけどな。」

しばし無言で手を握り合った後、振り返って歩き出すアスタレイ。

もう何も言わず、もう振り返らない。

彼らには守るべきものがある。

どんなに意気投合しようと、今の俺は敵である人間族に違いは無いのだった。


俺は、彼らの姿が見えなくなるまで見送った。

地面には夏草が生い茂り、右手には低木が繁る森、左手には広大な平原、そこへ沈もうとする夕日の朱が世界を染める、幻想的な光景。

そんな自然の絵画をボ~と眺めていたら、何だか気が抜けて来た。

アスタレイほどでは無いが、俺のダメージも深刻だ。

気力体力が湧いて来ない。

魔法を使う気にならない。

「良し、歩いて帰るか。1人でぽつねんと歩くのはつまらないからな、お前らも付き合え。」

そう言って、コマンダーたちを帰還させずに、南へ向かって歩き出す。

「大丈夫なのですか?かなりお疲れの御様子ですが。」

クライドが心配して声を掛けて来る。

「あぁ、問題無い。多分、アスタレイと違って、1日ゆっくり寝れば、俺は回復するだろう。だが、今はだるい。どうだ、サンダース。今なら疲れ切っているから、俺に勝てるかも知れないぞ。」

振られて困惑するサンダース。

「そ、そ、そんな、滅相も無ぇ。あんなもん見ちまったら、俺だってもうマスターにゃ逆らえませんぜ。」

5人の中では、このサンダースが一番反抗的、且つ戦闘狂だったんだが、すっかり大人しくなっちまったな。

「それより、次の軍事訓練の時に、プロレスを仕込んで下さいよ。あれは燃えましたぜ、最高でした。」

「あ、それなら俺もお願いします。俺、元々ぶちかましとか、結構武器使わねぇで戦ってたから、興味ありやす。」

「それなら俺も……。」

と、次々名乗りを上げるコマンダーたち。

ふ、これは良い遊び相手が見付かったようだな。

そんな取り留めの無い話を交わしながら、俺はゾンビどもと歩き続ける。

次第に陽が消え行く薄暮の中で、俺は心地良さを覚えていた。

「……仲間なんか要らないと思っていたんだけどな……。」

そんな俺の独り言は、誰かに届いたのだろうか。

変わらぬ談笑を続けながら、一行は急がず、ゆっくりと帰路を辿る。

こいつらの将来も考えないとな。

俺は、そんな事を考えながら……。


つづく

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