第二章 律義者


1


俺はそのまま盗賊ギルドに向かったが、テリーも寝ずに待っていた。

「おう、ノワール。どうだった。」

オーヴォワール盗賊ギルドも他の多くのギルドと同じように、飲みながらたむろ出来るよう、酒場を兼業している。

テリーは、酒場のマスターも兼任だ。

「あぁ、鏖にして来たよ。」

「そうか、みなごろ、し?」

酒を出す手が止まる。

「言っていた通り、地下で違法行為をしていたよ。地下一階では奴隷の拷問。あれは、拷問部屋とセットでの提供だな。権力者、成金と言っても、自宅に拷問部屋をバレずに用意出来る奴なんて、そうそういないもんな。言ってみれば、違法の拷問クラブってところか。」

俺は酒をひったくって呷る。

「そ、そうか。それじゃあ、仕方無い……かな。」

「その下の階は、廃品処理施設だな。壊れた商品を格安で魔導実験の材料として提供。魔導研究ってのは結構金が掛かるから、自分の研究室を持つのも大変だ。ここも、実験機材ごと魔導士に貸し出している感じだった。実験体に使ってしまえば、壊れた奴隷が表に出る事も無い。」

表情が険しくなるテリー。

「その下が事務所で、奴隷売買、拷問奴隷取引、実験素体取引、盗品売買、暗殺斡旋、それらの書類が確認出来たよ。犯罪組織の癖に、嫌に仕事ぶりは真面目だったな。……この証拠だけ持って帰って来ても、良かったんだが……。」

「もっと悪いもんを見付けたんだな。」

テリーは、俺の前に新しい酒を出す。

それを、今度はちびりと口に含む。

「一番下はVIPルーム。そこで俺は、伯爵の一人息子の名前を初めて知ったよ。サミュエル・ナヴァロン……だったかな。」

天を仰ぐテリー。

「最悪だな。……あ、鏖って事は!?」

「いや、あの豚だけは生かしておいた。」

息を吐くテリー。

「そ、そうか。……良かった、のか?確かに、伯爵の跡取り息子なんか殺しちまうのは大事だが、だからと言って……。」

もう一度酒を呷り、静かに付け足す。

「生かしておいたが、そのままにする気は無ぇよ。むしろな、俺はこう思ったんだよ。」

テリーの隻眼を見詰めて、薄笑いを浮かべながら言ってやる。

「親の顔が見てみてぇ、ってな。」


話題を変えて、俺たちは杯を交わす。

「実験素体たちは無理だったが、助けられる限りの奴隷たちは助けてやったよ。もう街の外まで逃げた後だ。」

「ノワール、お前ってそんな事まで出来るのか?奴隷には、呪紋だって刻まれているだろ。あれがあると、この街からは出られないはずだぞ。」

おっと、そんな効果まであったのか(^^;

俺は解呪しただけだから、呪いの具体的な効果までは良く解っていなかった。

「何だ、魔力を封じるって話だったろ。そう言う事は先に言えよ。」

「いや、すまんな。まさか、奴隷たちまで解放するとは思っていなかったし、この街では常識だから言い忘れていた。」

「ま、俺は魔法も得意だから、呪紋は解呪しちまったよ。彼らはちゃんと、街の外へ逃げて行った。」

テリーの作る酒の肴は、結構美味いな。

酒の方も、労をねぎらうって事でテリー秘蔵の逸品を開けてくれた。

美味い肴に美味い酒……出来る事なら、悪い気分を紛らわす為じゃ無くて、もっと気分の良い時に味わいたかったものだ。

「……彼らはひと言も、他の奴らも助けてくれとは言わなかった。」

「どう言う事だ?」

「今がどう言う状況か、良く理解していただけじゃ無く、覚悟もあったって話だ。助けて貰えると判った被害者は、あれも頼むこれも頼むと、無理難題を言い出すもんさ。まだ実際には助かっていない状況でも、助けてくれる人間が現れると、全部そいつの責任でやって貰えると勘違いする。何より、気を緩めた途端、欲を搔き出すんだ。この場合、街中の奴隷も一緒に助けて欲しいと言い出しても、不思議じゃ無い。」

「ふむ、確かに助かると判った途端、謙虚さが無くなる人間ってのは、何度も見て来たな。」

「でもな、街中の奴隷を助けるなんて不可能……と言う事にしておこう。無茶な話だ。その所為で、すぐ逃げ出せば助かったかも知れない自分たちが、逃げ出す好機を失う事だってあり得る。」

「……今お前、さらっと凄い事言わなかったか?」

「あぁ、気にするな。本気で奴隷を解放しようとしたら、街中の人間を殺しちまう事になる。そのつもりは無いから不可能だ。」

「……詳しい事は聞かない事にする。」

言って、杯を呷るテリー(^^;

「だが、彼らは解っている。そんな夢みたいな事言わずに、今目の前にある奇跡を受け入れ、周りにいる仲間たちと生き延びる事だけを全力で考えている。その覚悟を感じた。彼らと違い、自分は助かると信じ切ったお花畑な人間は、危機感が足りねぇんだ。……いやまぁ、それは平和ボケした俺の故郷の人間の話だけどな。」

「いやぁ、そんな事は無ぇよ。人間にはそう言うところがある。確かに危機感が足りねぇ。自分だけは大丈夫、そんな風に考えてる奴ぁ多いよ。」

「思ったのは、彼らは何故、あんな風に覚悟を持って生きられるのか、だよ。奴隷だから?障害者だから?それでも、人間の奴隷や障害者も、あんな覚悟は持っていねぇだろう。なら、魔族だから?そうは思うんだが……テリー、あんたは魔族に詳しいのか?」

「いや、この街には魔族の奴隷がいくらでもいる。だがそれだけだ。有り触れてるから、深く気にした事も無ぇ。」

「俺は益々、魔族って奴に興味が湧いて来たよ。」


まだ迎えが来ないので、他にも気になった事を聞いてみる。

「そう言えば、殺した連中の中に、これと言ったボスっぽい奴がいなかったんだよな。あそこのボスってどんな奴なんだ?」

スルメのような乾物を炙りながら、テリーが答える。

「あぁ、すまん、それも言ってなかったな。奴隷商のボスは女だ。歳は40~50代の、大柄で筋肉質な大女。俺は直接見た事無ぇんだが、そう聞いてる。」

殺した中に、女はいなかった。

そもそも、筋肉質の大女なんて目立つのがいたら、絶対気付く。

「そうか。俺はてっきり、実は伯爵が黒幕、なんて事すらあるんじゃねぇかと思ったんだが、ちゃんといるんだな、ボス。」

「いくら後ろ盾とは言え、伯爵自ら奴隷商まで取り仕切ってる、って事ぁ無ぇだろ。……まぁ、息子の件があるから、言い切れねぇけどよ。」

「だが、そうなると、その女ボスはたまたま外出中だったのか?……いたけど気付かなかった。と言う可能性はあるか。」

「?どう言う事だ。」

「簡単な話さ。潜伏ってのは、相手の感知能力とのせめぎ合い。俺は隠れるのは得意だが、同じように隠れてる奴がいたら、果たして見付けられたかどうか。」

まぁ、これは100%無いだろう。

何故なら、今の俺はアストラル体も隠蔽出来るが、これはネクロマンシーの研究も並行して行っていたからこそ身に付いた能力と言える。

普通の御同業では身に付かない。

そして、先のインキュバスとの戦闘と言うイレギュラーのお陰で、俺はアストラル体感知が出来るようになった。

今の俺の目を欺ける者など、そうはいまい。

「おいおい、ちょっと待ってくれ。もしかして御同業、そう考えると、思い当たる奴がいるぞ。」

「どう言う事だ?」

「伯爵様の本拠は、ここから東にひとつ街を越えた先、ベンガリィだ。そのベンガリィ盗賊ギルドは盗みだけで無く暗殺も請け負う悪名高いギルドで、ギルドマスタークラリスは40代の大女って話だ。俺はクラリスとも奴隷商の女ボスとも面識無ぇから結び付けて考えた事は無かったが、こいつぁ偶然か?」

「……偶然ってのは、3つ重なると必然、って誰かが言ってたな。それならまだ偶然だ。気にしたってしょうが無ぇし。」

「まぁ……確かにそうか。」

ベンガリィ、ね。

良し、絶対近寄らないようにしよう(^^;


2


俺とテリーは、そんな取り留めの無い話をしながら、店の外が明るくなるまで酌み交わした。

その時ふと、複数の硬い靴音が耳に届いた気がした。

「テリー、ようやくお迎えが来たみたいだぞ。」

酒瓶の口を閉めながら「そうか……あんまり無茶はしないでくれよ。相手が相手なんだ、お前が強ぇのは判っちゃいるが……。」とテリーが心配してくれる。

良い酒が飲めた。

少しは、気が紛れたよ。

靴音の主は、律儀に扉を叩いた後、返事は待たずに入って来た。

先頭のひとりが隊長のようで、後ろに5人ほどの部下が付き従う。

部下たちは、この狭い酒場にハルバード(槍斧)を持ち込むような、実戦経験のあやしい雑魚揃いだが、隊長だけは違った。

隙の無い自然体であり、腰に軽く添えた手で、少し剣の鍔を上げている。

何時でも抜刀出来る体勢だ。

部下たちは、ガチャガチャと五月蠅いプレートメイル(板金鎧+チェインメイル(鎖帷子))を着込んでいるのに対し、隊長だけはキュイラス(板金鎧の胸部)のみをレザーアーマーの上に重ね着した動きやすい格好だ。

街中や屋内など、狭い場所での戦闘もちゃんと考慮している。

この男だけは、油断出来無い相手のようだ。

少し惜しいが、俺は酔いを醒ます為にアルコール分解を発動した。

「ここに、ノワールと言う盗賊はいるか。」

隊長の声に合わせ、部下たちがハルバードを構える。

訓練はされているようだが、酒場の中で振り回すようなものじゃ無いぞ、それ(-ω-)

「俺がそうだよ、隊長さん。盗賊のノワールだ。以後、お見知り置きを。」

そう言って、座ったまま椅子の上で回転して挨拶をする。

「それで、何か御用ですか?何かありましたかね。」

すっとぼけた回答に、部下だけが色めき立つ。

それを手で制して隊長。

「お前には、伯爵様御子息に対する殺人未遂容疑と、奴隷商人のテント襲撃容疑が掛かっている。大人しく御同道願いたい。」

「ふ~ん、あの豚助かったのか。」

「!何だと、貴様っ!」

若い部下のひとりが激昂するが、隊長がそれを抑える。

その所為で、隊長が隙を見せてしまう……別にここで揉め事を起こすつもりは無いから何もしやしないが、本当に無能な部下は迷惑なもんだな(-ω-)

俺はにわかに立ち上がり、腰の得物に手を伸ばす。

「くっ!」と呻いて振り返った隊長に、手にしたダガーを投げ渡す。

「え!?」と驚きつつ、しっかり受け取る隊長さん。

そして俺は、両手を上げる。

「別に抵抗なんてしないぜ。あんたらを待ってたんだからな。」

訝しむようにこちらを警戒する一同だったが、隊長が目配せをして部下を動かす。

にじり寄るようにして俺を包囲し、少しずつ包囲を狭めて行く。

程無く、俺を後ろ手に縛り上げ、連行する体制が整う。

ま、190を超えるゴリマッチョが相手では、無抵抗を示しても警戒するわな(^^;

俺は拘束された事を確認すると、自ら先を歩いて行く。

で、立ち止まる。

「な、何だ、どうした。さっさと歩け。」

兵隊は無視して、俺はテリーに声を掛ける。

「そうだ、出来たら子供たちの様子を見ておいてくれるか?足長おじさんとしては、先の事も心配だからな。」

そう言えば、この世界で足長おじさんは通じるのか?(^ω^;

ピンと来たようで、テリーは満面の笑みで応える。

「あぁ、任せておけ。出来る限りの事はしておく。」

「ありがとうな、テリー。それじゃあ、行って来るよ。」

そうしてまた歩き出す。

正確に、奴隷たちが逃げおおせたか調べられなくとも、どこかで捕まった、殺された、と言う情報が入って来なければ、それもひとつの情報だ。

気に掛けてくれるだけで良い。

折角助けた命だ。

上手く逃げてくれた方が、嬉しいからな。


3


連行されたのは、やはり伯爵様の別邸だった。

別邸と言っても、そこは魔族と戦争中の聖ダヴァリエ王国、邸宅を改造した城塞のような造りだ。

地下には牢が設えてあり、俺はそこに入れられる。

が、しかし、あんまりにも警戒が緩過ぎる。

俺が入れられた牢は、極普通の牢だ。

地下だから窓は無いが、完全な密室では無く鉄格子で仕切られているだけ。

縄できつく縛り上げ、身体検査で何も出なかったから油断しているのかも知れないが、こんなコソ泥でも捕まえたような扱いをするなど、危機感が足りなさ過ぎる。

あれを俺がひとりでやったとは思っていないのか?

その割には、一緒にいたテリーに疑いを掛けたりもしなかった。

もし俺が魔族だったらどうする。

人間に化けられるレベルの魔族なら、こんな牢で閉じ込めておけないぞ。

少し想像力を働かせるだけで、もっと用心出来るはずだ。

その上で、そんな用心全て、俺には通用しないけども(^ω^;


と言う事で、俺は体のサイズ的に少し小さい粗末なベッドに横になり、その姿の幻影を重ねた後ステルスモードを発動、すぐ起き上がって縄を抜ける。

そして、短距離空間転移で牢の外へ。

空間転移はその名の通り、指定した空間へ転移する。

だから、間に何かあっても関係無い。

俺は鉄格子の隙間から外を見て、適当な場所にピントを合わせて転移した。

仮に、鉄格子では無く壁で覆われた密室なら、この方法は使えない。

対魔族用として、魔法を妨害するような仕掛けを施しておいても効果的だ。

そうしておけば、少なくとも普通の盗賊や魔導士ならば、ちゃんと閉じ込めておける。

その場合でも、俺は抜け出せるけどな。

アストラル体は精神体なので、壁なんかすり抜けられるから。

魔法妨害の仕掛けも、牢内だけに効果があるタイプなら、外からアンロック(開錠)の魔法で鍵は開けられる。

建物内全てで魔法が妨害されるなら、アストラル体で物質に干渉し、牢番から鍵を拝借する手もある。

そこまで厳重にしても俺には不充分なのに、実際にはただの鉄格子の牢だ。

拍子抜けも良いところだな。


外に出て、牢番の傍にある保管箱にも幻影を掛け、中を改める。

先程のダガーだけで無く、証拠品であるショートソードまで一緒に入れてある。

あっさり在り処が判ったな。

俺は武器に魔力を付与する前提なので、高品質だが魔法の掛かっていないダガーとショートソードを使っている。

一点物と言う訳では無いが、それなりの銘刀ではある。

根が貧乏性なので、回収しておきたかったのだ。

他にも、邸内を詳しく調べてみようかと思っていたのだが、あんまりにも無警戒過ぎて、その気を失くす(-ω-)

良し、寝よう。

徹夜だったし、何時呼びに来るか判らんから、寝られる時に寝ておこう。


俺はそのまま牢へ戻り、幻影を消してベッドに横になる。

そして、目を閉じて、アストラル体を浮き上がらせる。

睡眠と言うのは、脳を休ませる行為だ。

自律神経は働き続けるから、完全に休眠状態になるのでは無く、脳の機能する部分が覚醒時とは変わるのだ。

だが、夢を見ると眠りが浅くなるよな。

それは、脳が余計な働きをするからだ。

ならば、精神体であるアストラル体を抜いたらどうか。

物質体は、熟睡出来るのである。

しかも、アストラル体は生物では無いので、本来の意味での睡眠を必要としない。

物質体が熟睡している一方で、アストラル体は覚醒しておける。

もちろん、精神的なストレスはあるので、思考の休憩も必要だ。

だから、アストラル体の状態で、微睡む。

これで、心も体もリフレッシュ。

熟睡だから短時間でも効果抜群。

完全に意識が途絶えていないから、一応警戒しながら休む事にもなる。

アストラル感知で警戒しつつも精神的に微睡み、体は熟睡して目覚めはすっきり。

これが俺の、今の睡眠スタイルである。

だから、誰かがこの地下牢へ降りて来た気配にも気付ける訳だ。

お迎えが来たようなので、そろそろ起きようか。


4


迎えに来たのは、若い兵士が2人。

兜は被っていないが、鎧はギルドまで来た連中と一緒なので、伯爵配下の正式装備なのだろう。

「出ろ、伯爵様がお待ちだ。」

思惑通り、直接伯爵が会ってくれるようだ。

可愛い息子を非道い目に遭わせた相手だ。

そして、その息子の不祥事を揉み消す必要もある。

人として良く出来た人物で無ければ、その反応は想像出来る。

だがね、伯爵さん。

俺はまだ態度を決めかねているが、あんた次第だからな。

昔は立派な人物だったそうだから、俺の期待を裏切ってくれよな。

「どうした、早くしろ。」

物思いを中断し、俺は素直に連行される。

ちなみに、迎えが到着する前に、自分で自分をもう一度縄で縛り上げておいた。

そうしないと、ひと騒動起きかねないからな(^^;


連れて行かれたのは、邸宅の三階に設えられた、簡素な謁見の間である。

本来ただの別邸に過ぎないのだが、一年中こちらにいる所為で、政治的な実務もこちらで行っている。

伯爵様の御客人は、わざわざこんな僻地まで足労させられる。

そんな客人を迎える為に、必要に迫られ設えた仮の謁見の間だ。

その為、そこまで豪奢な造りとは言えなかった。

2人の兵士と共に、謁見の間中央まで進む。

奥には伯爵その人と思しき人物が椅子に腰掛け、その脇には先程の隊長が控えていた。

謁見の間内部には、他に20人ほどの兵たちも控えており、豚の姿は見えない。

こちらを睨んでいる伯爵は、髪こそ白いものが混じり始めてその年齢を窺わせるが、馬鹿親として俺がイメージしていた感じでは無く、武人然とした雰囲気を持つ人物に見えた。

少なくとも、齢60を前にして、未だこの部屋にいる一兵卒たちなどものともしないほどの剣の腕を誇るだろう。

だが、脇に控える隊長には敵うまい。

その弱さを招いたのが、果たして歳なのか気苦労なのか、人として何かを誤った所為なのか……。

「貴様がノワールか……。何か、申し開く事はあるか。」

ふぅ、期待通り……か。

俺は、伯爵を見下ろすようにして無言を貫く。

「何だ、その眼は!貴様は何をしたのか判っておるのか!あぁ、サミュエル。あまりに辛い経験をした故に、部屋に閉じ籠ったまま未だに苦しんでおる。何と可哀想な子よ。」

その豚が何をしたのか、お前は解っているのか?

「あの子をあのような目に遭わせた罪、万死に値する。それを、寛大にも申し開く機会を与えたと申すに、その態度は何なのだ!地べたに這いつくばって、許しを請うべきであろうがっ!」

あの豚をちゃんと躾けなかった罪は、何に値するのだろうな。

「貴様は何故あんな事をした。もしや奴隷たちに同情でもして、良い行いをした気でいるのではあるまいな。この国で奴隷は合法である。まして相手は魔族ではないか。貴様のやった事は正義などでは無いぞ。ただの犯罪だ。」

相手が魔族なら何をしても良いのか?

ならば、相手が悪党なら殺しても良いよな……。

「貴様は……。」

ギィン!!!

甲高い音が響き渡る。

俺の横薙ぎの一撃を、伯爵のぎりぎり手前で、隊長の剣が受け止めた音だ。

「な、き、貴様っ!これは一体……。」

縄抜けなんて簡単だ。

代わりの得物はそこいら中にある。

俺は左後方にいる兵士の、腰のロングソードを引き抜きざま、一気に間合いを詰め横薙いだ。

ほんの一瞬の出来事だが、特に素早く動こうとは思わなかった。

周りが一切反応出来無かっただけ、伯爵も一切気付かなかっただけ。

ただひとり、隊長だけがぎりぎり反応出来た。

つくづくこの隊長は、見上げた男だと思う。

「その場で動くな、動けば伯爵は殺す。」

殺気を撒き散らしながら、静かに周りを牽制する。

もちろん、俺の殺気を孕んだ空気の中で、まともに動ける者などこの場にはいない……隊長を含めて。

「名を聞いても良いか?」

ごくりと唾を嚥下して、伯爵が「わ……私の名か?」と的外れな反応をする。

俺は一瞥もくれずに「馬鹿親伯爵はどうでも良い。隊長さん、あんたの名だ。」と興味の対象を示してやる。

こちらもごくりと喉を鳴らして「お、俺の名は、ベルゲン。ナヴァロン伯爵閣下の護衛隊隊長を務めている。」と自己紹介をしてくれる。

「そうか、ベルゲン、覚えておこう。」

ここで伯爵に目を移す。

「このベルゲンのお陰で命拾いしたな、伯爵。大した奴だよ。俺の一撃を受け止めた事もだが、その忠誠心もな。ベルゲン、お前は後で俺が治療してやるよ。」

そう、ベルゲンは伯爵への一撃は受け止めたが、不充分な体勢だった。

伯爵へ危害が及ばぬよう、窮余の一策として自らを盾にして受けたのだ。

受けた剣は半ばまでロングソードが食い込んでおり、ベルゲンの左肩も傷付いていた。

「ベルゲンに免じて、チャンスをやるよ。」

まだ空気に呑まれながらも、伯爵は声を絞り出す。

「……どう言う意味だ。き、貴様はここを何処だと思っている。に、逃げられはせんぞ。私は貴様にチャンスなど与えん。」

はぁ、人間、歳を取ると意固地になるもんだ。

俺にも覚えはあるよ、伯爵。

でもな、もう気付いているだろう、あんただって。

「……俺はベルゲンに免じてチャンスをやると決めた。それは反故にする気は無い。伯爵、お前だって本当は解っているんだろう?なぁ、ベルゲン、その忠誠心で、伯爵に進言してみちゃどうだ?」

これは少し意地が悪かったかな(^^;

ベルゲンは、素直にその言葉に従う。

本当に、見上げた男だ。

「閣下、畏れながら、この男の言う通りになさいませ。この場にいる誰も、この男には敵いませぬ。他ならぬこの私も。多分……私の知る全盛時の閣下であっても、で御座います。」

そこで、何かが切れたように、どっと脂汗を吹き出す伯爵。

「その気であれば、今も私の剣では止められなかった事でしょう。この男が本気で無かったから、偶然にもお救いする事が叶いました。この男がその気になった瞬間、閣下のお命は……。」

椅子に座りながら崩れ落ちる伯爵。

何を相手にしているのか、ようやく昔の勘働きが蘇り、芯から理解出来たのだろう。

「やり直してやるよ、俺が謁見の間に入るところから。だからな、伯爵様。良~く、考えるんだぜ。何をって、解るだろう?今回だけの話じゃ無ぇよ。本当に、お前はサミュエルの扱いが、間違っていなかったと思うのか?違法と知っていて、サミュエルの為に奴隷商を認めていたのが、正しかったと思うのか?今のお前の姿を見ろ。伯爵……お前の背中は、お前の子供だけじゃ無く、お前の領民も見ているぞ。……こんな若造に知った風な事を言われたく無い。そう思うならそれでも良い。良く考えてみてくれ。」

そうして俺は謁見の間を……っと、そうだった。

俺は一度立ち止まり、振り返ってベルゲンにヒールを掛ける。

「ひとつだけ間違っているよ、ベルゲン。俺は別に手抜きはしなかった。本気で伯爵が死んでも構わないと思って打ち込んだ。それを受け切れたのはお前の腕だし、体を張ったお前の覚悟だ。俺はお前のように気持ちの良い男は好きだ。お前がこの場にいなければ、俺は伯爵にチャンスなど与えなかっただろうな。」

言って振り返り、今度はロングソードを持ち主に返す。

「すまなかったな、お前の剣を勝手に使って。さぁ、行くぞ。」

「……、……、え!?」

「言っただろ、やり直すって。ほら、俺をもう一度縛れ。そして縄を引け。そこからやり直しだ。」

「は、はい。了解しましたっ!」

思わず俺に敬礼してから、縄で縛り直す兵士。

いや、さすがにまだ罪人の俺に、その態度はどうか(^^;

すっかり態度の変わってしまった兵士2人を引き連れて、俺は謁見の間を一度辞したのだった。


5


謁見の間の前で、もう小一時間ほど。

伯爵様は、良~くお考えのようだ。

暇なので、俺を連行した兵士、アダムスとヘッケラーと談笑。

縄抜けも自縛も盗賊系スキルで、自分でやろうと思っても出来無いとか、190からのゴリマッチョがそのままいるより、縛られていた方が相手も油断するから、自縛なんてスキルも持っているとか。

元々このスキル、パートナーがいなくてもひとりでSMプレイが出来るように開発された、と盗賊業界では言われているとか(^Д^;

今の状況も忘れて、若い2人はすっかり打ち解けてしまったが、それで良いのかアダムス、ヘッケラー(^^;

気が抜けて欠伸をし掛けたところ、中から「入れ。」とベルゲンの声。

次いで扉が開かれ、俺はアダムス、ヘッケラーを引き連れ謁見の間中央へ。

伯爵は膝の上に肘を乗せ、組んだ両手をおでこに当てた格好で項垂れている。

そのまま声も無く、またしばらくの沈黙が降りる。

耐えかね、ベルゲンが声を掛けようとしたところ、ようやく伯爵が口を開き、苦しい息で声を絞り出す。

「此度の我が息子……サミュエルの所業、まことに許し難し。よってここオーヴォワールの別邸地下牢にて幽閉。然るべく再教育を施し、充分反省を促す事とする。」

さすがに処刑しろとまでは言わないが、客観的にかなり甘い処遇と言える。

「奴隷商の行いも、甚だ遺憾な限り。改めて奴隷たちの扱いが、正当に行われるよう徹底させよう。」

当然と言えば当然だが、奴隷制度は国が認めたものだ。

いきなり奴隷たちを解放しよう、などと言う話にはならない。

俺もそこまでは求めやしない。

「奴隷商たちの行いが違法であった事は明白故、其の方の罪は不問とする。」

これが、いち個人とのやり取りであれば、何とも無礼な話であるが、相手は貴族である。

威厳を保つ事も、仕事の内だと俺は思う。

「……これで、満足して貰えぬか、ノワール殿。」

ようやく顔を上げたナヴァロン伯爵は、一気に老けたように見えた。

今やもう、70を越えた老人と言われても、納得してしまうだろう。

「ひとつだけ聞いておきたい事がある。」

「何だ……何でも応えよう。」

「俺が殺した中に、奴隷商の女ボスはいなかった。伯爵は会った事くらいあるんだろう?その女の事について、どこまで知っているんだ?」

背もたれに体を預けて、天を仰ぐ伯爵。

「あれか……あの女は、サミュエルに連れられて、ここへやって来た。サミュエルは上客だから、これからもお楽しみ頂けるよう、商売を見守って欲しい、などとな。バラされたくなければ裏の商売を認めろ、真意は明らかな癖に、その物言いよ。あれは強かな女だ。」

「名は?素性は判らないのか?」

「うむ、名乗りもしなかったな。素性は密偵に調べさせはしたが、こちらは、その……弱みを握られている故、迂闊な事も出来ぬ。正体は知れなかった。……あれを追うのか?」

俺は両手を広げて首を振る。

「俺が?何故?俺は正義の味方じゃ無い。たまたま目の前にいた悪党を殺しただけさ。わざわざ後を追って行って、止めを刺して、さらなる凶行を止めさせる?そこまでしてやる義理なんか無ぇよ。」

「そ、そうか。それは、残念だな。」

証人暗殺までしてやる義理は無ぇよ、伯爵様。

「知らないなら良い。そこまで興味は無いから。じゃ、俺は無罪放免だな。」

言って、縄抜けをして振り返る。

「俺はもう帰るわ。後は頑張ってくれ、伯爵。それから、ベルゲン隊長。」

そのまま謁見の間を出ると、「お、お待ちを、ノワール様。」とベルゲンが追って部屋を出る。

しかし、そこにはもう俺の姿は無かった。


保管箱から得物を回収して、盗賊ギルドへ戻る。

さすがにテリーは休んでいたが、店番の若い衆に俺が帰って来たら知らせるよう指示していたらしく、最初の一杯を空ける頃には起きて来た。

「よう、無事だったみたいだな……てか、お前が無事なのは当然として、伯爵は無事なのか?」

「あぁ、ぎりぎり合格ってところだ。伯爵は良い部下を持ったもんだ。」

俺たちは、早めの昼食に取り掛かる。

「護衛隊長のベルゲンか?」

「判るか。評判良いのかい?」

「いいや、逆だ。伯爵への忠義が篤いんで、むしろ嫌われてる。」

「はは、それだけ伯爵の評判が悪いのか。」

「昔の事があるから悪し様に言う奴はいないが、あの息子を野放しだからな。皆眉はひそめていたさ。」

「盗賊の俺がこんな真似したから、ギルドには良い顔しないかも知れないが、伯爵が約束を守るなら、この街は少し住みやすくなると思うぜ。」

「そうか。ま、あの奴隷商が消えただけでも、こっちはありがてぇんだ。感謝するよ、ノワール。」

俺は最後のひと口を酒で流し込み、銅貨を置いて席を立つ。

「何だ、もう行くのか?もう少しゆっくりして行けよ。」

「例の件はどうだ?」

テリーは顎鬚を撫で付けながら小首を傾げると、思い当たったようにパッと表情を変える。

「おぉ、子供たち、だな。今のところ、何も入って来ねぇ。つまりは無事だ。」

「それなら良い。もうテリーも気に掛けなくて良いぞ。」

「ん?どう言う事だ。」

俺はテリーに右手を差し出す。

「短い間だったが、楽しかったよ、テリー。何時かほとぼりが冷めたら、またあんたの肴で飲むとしよう。」

呆気に取られた顔をしたテリーだが、すぐ俺の言葉の意味を汲み立ち上がる。

「まだ来たばかりなのに、本当に行くのか?」

そう言いながらも俺の手を取り、2人は固く握手を交わした。

「元々、俺が北方三国まで来たのは、魔族について知る為でな。ここへは、海の幸を求めて寄り道しただけ。予定外の騒ぎを起こしちまったし、ベンガリィを避けて帝国まで行ってみるよ。」

「ふ、そうだな。もし女ボスとクラリスが同一人物だったら、またひと騒動起きかねんからな。」

「年増の大女ってのは、好みなんだけどな。」

思いっ切り吹き出すテリー。

「ぶわっはっはっはっ、本当に面白い男だなお前は、ノワール。良いか、絶対にまた来いよ。もう今から再会を楽しみにしているからな。」

まぁ、冗談でも無いんだけどな。

40代なら本来の俺より年下だし、大柄と言っても今の俺よりゃ小さいだろ……元々熟女好きだし、デカい女も好きだが(^ω^;

こうして俺は、着いて早々オーヴォワールを後にした。

魔族の実態は知れずとも、魔族の雰囲気は感じられたような気がする。

さぁ、次は、直接魔族とコンタクトを取ってみよう。

そうしなければ、真実には近付けないだろうから。


ちなみに、後で風の噂に聞いた話だが、ナヴァロン伯爵はこの後、ベルゲンを養子に迎えた。

自らは隠居し、伯爵家をベルゲンに継がせようとしたらしい。

しかし、ベルゲンはそれを固辞。

自らは養父を支えながら実務をこなし、嫡子サミュエルの補佐役に徹するそうだ。

本当に律儀な男である。

阿斗を救った趙雲にならぬ事を、祈るばかりである(-ω-)

まぁ、どうでも良い、下らない話だ。


つづく

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