第四章 勇者クリス
1
折角だから、ミシティア公国の美食巡り……とも思ったのだが、それでは確実にクリスと行き違いになるだろうから、諦めてモーサントから一番近い公国内の都市ルディアへ。
さすがに、クリス一行もミシティア公国方面へ向かう時、多分通ったはずだ。
ここで聞き込みをする。
すると、大体の事情はすぐに判明した。
ここルディアの盗賊ギルドからモーサントの盗賊ギルドへと話が届けられた事もあるし、勇者クリスの動向は公国内で今一番ホットな話題だからである。
聞いていた話は、公国内に現れた複数の大型モンスター退治と言う事だったが、それらはあくまで個別案件で、公国の端から端まで移動する必要があった。
それぞれ別々の領地に出没したモンスターだが、運悪くほとんどのモンスターが平時では遭遇しないような高Lvモンスターで、迎撃に当たった各領地の守備隊は大方が討伐に失敗。
それら複数の領地から救援要請を受けた公王は、しかし宗主国との関係悪化もあり、軍の主力を各地に派遣する訳にも行かず、少数の精鋭を以て各地を転戦させるに至る。
戦力の不足を補う為、勇者クリスへ裏から救援を要請するが、最悪な事に公国軍の精鋭は最初に向かった先で敗走。
各地では、モンスターを刺激しないようにしつつ、防戦するしか無い状態となってしまった。
そこへ颯爽と現れた勇者クリスは、瞬く間にモンスターを退治して、その領地で歓待を受けると、次のモンスター討伐へと向かい、討伐に感謝されまた歓待を受け、さらに次のモンスター討伐へと向かい……と、公国内をゆっくり転戦する破目になっているようだ(-ω-)
ただでさえ人気の高い勇者様が、今度はおらが村を助けてくれただ、となれば、喜びに沸き返るのも仕方無い。
そんな人々の声に応えるのも、ある意味勇者のお仕事。
実に不自由である。
俺が、冒険者クリムゾンの名声が高まる事や、盗賊ノワールが義賊として持てはやされるのを、避ける理由のひとつと言える。
まぁ、クリスはそれを解った上で、勇者と言う役割を演じているのではなかろうか。
本来の勇者とは、そう言うものだろうしな。
現在、時計回りに公国内を移動しながら、すでに5体のモンスターを倒したと言う話だ。
公国の反対側から話が伝わって来るタイムラグを考慮すれば、もう6体目も倒しているかも知れない。
となれば、時計回りに7体目、公国北西部に位置するダンガリアンへと向かえば、先回り出来るかも知れない。
近くに行けば、情報の精度も上がるだろう。
と言う事で、俺は一路ダンガリアンへ。
ここは鍛冶師の街で、近くの鉱山から良質な鉄鉱石が採れる。
そんな鉱山のひとつに、モンスターが住み着いたのだそうだ。
今のところ、勇者クリスは来訪していない。
さて、ここでのんびり彼女の到着を待っても良いのだが……それは退屈だな。
俺が勝てるかどうか判らないが、取り敢えずその大型モンスターとやらを、偵察でもして来よう。
他人の獲物を奪うのは何だが、仮に倒せるなら倒してしまっても、勇者は怒りはしないだろう。
結果として、苦しむ民が少し早く助かるのだから。
それに、俺の手に負えない化け物と言う可能性もある。
あくまでも、ただの偵察だ。
そう気楽に考えて、俺はモンスターが住み着いた鉱山へと向かった。
2
そして、少し後悔する。
うわ、何か凄いのが3匹いる(^Д^;
空間感知では無い。
そもそも、俺の鑑定はLv1のままだから、敵の強さなんて判らない。
先の経験で身に付いた、アストラル体を通して気配が判ると言う奴だ。
だから、数値的なものでは無く、何と無く感じる雰囲気に過ぎないので、実際にどんな化け物が潜んでいるのか判らない。
良し、隠れよう。
大丈夫、こちとらパーフェクトステルスなんだから、見付かる事はあるまい。
それに、こんな凄い気配の持ち主がどんな奴なのかは見てみたい。
とは言え、念には念を入れ、最近は使わなくなっていた不可視の魔法も上掛けして、潜伏力を上げておく。
ステルスと言っても、こちらの潜伏能力と相手の探知能力のせめぎ合いである。
常に探知全振りな奴など普通いないが、そもそも俺なんかよりずっと強い奴の探知能力が、素でめっさ高い事ならあり得る。
絶対なんて絶対に無いのである。
入ってみると、坑道は広かった。
表層近くから鉱石が採れた為、入り口からすぐ鉱石を掘り返して行った結果、大きな洞窟と化した坑道である。
アーデルヴァイトには魔法があるから、坑道の補強も簡単で、普通は落盤も発生しない。
ただし、地震や爆発、モンスターが暴れるなど、異常事態で落盤が発生する恐れはあるけどな。
ま、そんな事は滅多に起こらないので、これくらい広い坑道は、決して珍しく無いそうだ。
イメージとしては、地下鉄工事などでシールドで掘った巨大な空間、あんな感じだ。
奥に進めば縦穴が上や下にも広がって行くので、もっと広い場所もある。
直径10mもある巨大ミミズの巣穴、と言った風情だ。
そんな事より、凄い気配の方だ。
中に入ったら少し居場所もはっきりして来て、ひとつはもっと奥にいるが、2つは比較的入り口近くに留まっている。
まぁ、さすがにこっちの存在はばれていないはずなので、こっそり様子を窺ってみよう。
少し広くなった空間に、巨躯の戦士然とした男と小柄な盗賊風の男、そして仔犬ほどの大きさの白い小竜がいる。
うわ、何だあの小竜。
途轍も無い巨大なアストラル体を、あの小さな物質体に押し込めている、そんな感じだ。
とてもじゃ無いが、俺が太刀打ち出来るような存在じゃ無いぞ。
それにもうひとり、あの巨躯の戦士。
あれも相当強い。
少なくとも、俺よりひと回りは強い。
まぁ、まだ小竜と比べれば可愛いものだが、何なんだ、この組み合わせ。
どう見ても、件の大型モンスターの1体、って事は無いな。
で、もうひとりは他の2人と比べて、圧倒的に……弱い(^^;
何でこんな奴がこんな凄いのと一緒にいるんだろう……あ、強そうな戦士に弱そうな盗賊、そして竜……もしかして。
ん?何だか、巨躯の戦士がさっきから周りを警戒しているな。
「本当なんですかい?あっしは何も感じませんぜ。」
盗賊風の男が、気の抜けた声で戦士に声を掛ける。
「奇遇だが、私もこ奴に同意だ。ターゲットは、もっと奥にいる。」
この声は、小竜のものか。
あの小竜、人間語が話せるようだな。
「絶対、絶対おかしい。坑道の外にいたのよ、何だか怖い気配が。それが突然消えたの。でも、近くにいる感じがするのよ。」
!おいっ、それって……。
「油断しないで、2人とも。奥のモンスターなんかより、こっちの方がずっと怖いわよ。」
油断無く周りを警戒し続ける戦士。
……ごくり。
良し、ちょっと近付いてみよう。
「誰?誰かそこにいるの?!」
すかさず、こちらの方へ向き直る戦士。
……完全にこちらを捕捉している訳では無いが、確実に居る事はばれている。
凄いな。
俺の本気のステルスは、あの小竜すら欺いているようなのに、彼女にはばれてしまうのか、さすが勇者だな。
3
「今から姿を現すから、いきなり攻撃しないでくれよ。」
俺はひと声掛けてみる。
「え?今何か聞こえやしたかい!?」
「馬鹿な?!一体何処にいた。」
「やっぱりいた、何かいた、ほら私の言った通り何かいたでしょ。」
きゃいきゃい騒ぎ始める一同。
え~い、五月蠅い(^^;
「おい、もう一度言うぞ。姿を現すから、攻撃するなよ。」
三者三様に別々の方向を向いて。
「ちょっと待った!あっしには何が何やら。」
うん、お前はどうでも良い。
「……ぬぅ、仕方あるまい。攻撃せぬと約束しよう。」
ありがとう。
「ホントにホントよ。絶対攻撃しないでね。」
いや、こっちを攻撃するなって言っているんだが……まぁ、良い(-ω-;
俺は、その場でステルスモードを解除した。
向いている方向の問題で、俺の姿を捉えたのは彼女だけだった。
「あら、普通の人間、なのかしら?ガタイも良くて、結構良い男ね。」
その声に反応して、こちらを向く盗賊と小竜。
「嘘っ!本当に居たんすね。姐さん、さすがっす。」
軽い反応の盗賊に対し、静かにこちらを見詰める小竜。
うわ~、多分今鑑定されたな。
これほどの存在に鑑定されたら、俺の情報ってどこまで見透かされるんだろうな。
「初めまして。俺は冒険者のクリムゾンだ。そちらは、多分間違い無いと思うんだが、勇者クリス御一行様かな。」
抜き身の剣を鞘に納め、彼女は姿勢を正す。
「えぇ、そうよ。初めまして、クリムゾン君、よろしくね。」
神聖オルヴァドル教国に一番目の勇者として招喚された女性こそ、ひとりの盗賊を従者に、1匹の小竜を連れた、この逞しい男性なのだ。
そう、神聖オルヴァドル教国の勇者招喚では、勇者の素体は全て男性体である。
彼女は、現世ではクリスティーナと言うアメリカ人女性だったとライアンから聞いていたが、ここアーデルヴァイトではクリスと言う名の男性なのである。
「それで、その小竜なんだが……。」
「この子はね、倒したって言われている古代竜のシロちゃん。ホワイトドラゴンだからシロちゃんよ。でも、残念ながらヨロシクデシ、とは言わないのよ。ホワイトドラゴンは、幸運の竜でも無いしね。シロちゃんは倒したんじゃ無くて、お友達になったのよ。」
おっと、何で元アメリカ人女性のクリスが、フォーチュン・クエストなんて知っているんだ?(^^;
「でね、こっちのおバカがトラップ。シロちゃん怒らせた張本人よ。盗賊だからトラップって言うの。こっちは偶然よ。まぁ、こっちの世界の人には判らないでしょうけど。」
俺には判ります。
「あら、やだ、私の自己紹介がまだだったわね。……え~と、お、俺の名はクリス。神聖オルヴァドル教国の勇者クリスだ。よろしく頼むぜ。」
……、……、……。
「あ~、実は俺、オルヴァドルの三番目の勇者なんだ。だから、勇者招喚の実態は知ってる。無理して男言葉で喋る必要無いよ、クリスさん。」
「あら、やだ、貴方もそうなの?だったら先に言ってよぉ~。あぁ、私、クリスティーナよ。クリスで間違い無いんだけど、事情を知っているなら女扱いして欲しいわ。貴方はクリスティーナって、略さず呼んで。」
「では、クリスティーナさん。」
「クリスティーナ、呼び捨てで良いわよ。」
「では、クリスティーナ、ライアンからは同じ元アメリカ人だって聞いていたんだが、フォーチュン・クエストなんて良く知っているな。」
「あら、やだ、貴方もオタクなの?凄い凄い、こんな話出来る人にこっちで出逢えるなんて。」
「貴方もって、クリスティーナはいわゆる、日本のポップカルチャーが好きな外国人だったのか?」
「オタクよ、オタク。日本が好き過ぎて、日本に移住しちゃった元アメリカ人よ。今だって、貴方が日本語だって気付いたから、私も日本語で喋っているでしょ。」
そう言えば、彼女の口は言葉と合っている。
「日本人の旦那さんもいたんだから。」
「旦那さん、か。……なぁ、クリスティーナ、あんたは戻れるものなら日本に戻りたいのか?」
クリスティーナは、こちらをじっと見ている。
「その様子だと、貴方も解っているんでしょう?無理よ。私たち、もうお墓の中だもの。」
「あぁ、非道い話だよな。」
「それだけじゃ無いのよ。勇者の体なんて、一体どうやって用意していると思う?」
「……そう言えば、この世界じゃホムンクルス(人工生命体)生成は現世の錬金術と違い確かに存在する技術だが、スキルツリーにも登録されていない秘儀で、とてもウッドゴーレム1体作るのに苦労していたオルヴァの宮廷魔導士にゃ無理な話だ。さらに、ただのホムンクルスじゃ無くて勇者の素体となると、余程の大賢者でも難しい技術だろう。……と言う事は、神族か?」
言いながら、俺自身疑わしいと思う。
「違うわ。神族は本気で魔王を倒せるような勇者を必要としていない。でしょ。」
「あぁ、その通りだ。さすがクリスティーナ、奴らの話を鵜呑みにはしていないんだな。」
「当然よ。私たちを殺した犯人たちよ。もちろん、術者たちにそのつもりは無いんだけどね。ライアンちゃんも、同じ見解だったわ。」
やはり、ライアンはライアンで、ライアンなりの考えがありそうだな。
「それに、もう完全に御使いとやらはオルヴァには来ていないようよ。現状維持がベストだから、神族はもう人間族に干渉したくないんだわ。」
「となると、一体どうやって用意するんだ。そんな希少なもん。」
「育てるのよ、選ばれし御子と称して、子供の頃から勇者になるべく、ね。」
クリスティーナの話によれば、それは生贄と言って良い。
赤子の頃に選別された勇者の体候補たちに英才教育を施し、一定の条件を満たし勇者にクラスチェンジ出来た者が、栄誉ある勇者の体とされるのだ。
正に宗教儀式。
何しろ、実利だけを考えれば、そのままその勇者になれた子供を、勇者として旅立たせれば済む話である。
最初の勇者が異世界人だった、とかそんな理由から、異世界人を招喚して勇者にする伝統が生まれ、今や形骸化しつつも儀式はそのまま続いている、と言ったところか。
招喚された異世界人の体は死に、異世界人が憑依した勇者の体候補は己の物質体を失って死ぬ。
「反吐が出る話だ、おぇぇぇぇ。」
「あら、やだ、反吐が出ると言って本当に反吐を吐くって、それコータローのネタじゃない。」
「お、本当にクリスティーナは、漫画や小説に造詣が深いな。」
てな感じで、クリスティーナと意気投合したのだった(^^;
彼女の事はライアンから色々聞いてはいたが、まさかここまでのオタクだったとはな。
シロさんとトラップを置いてけぼりにして、しばらく懐かしいサブカル話に花が咲いたのであった。
4
そうして打ち解けたクリスティーナと一緒に、奥にいるモンスターを倒す事に。
そいつがいる場所は、かなり開けた広大な空間だった。
クリスティーナの鑑定によると、敵はランドクラーケン……何で海の怪物であるクラーケン(巨大なイカ、乃至タコのようなモンスター)がこんなところにいるんだよ(-ω-)
ちなみに、俺はまだLv20だが、半年前に旅立ったと聞くクリスティーナは、すでにLv35。
何だ、この差は(^^;
その評判や行動を考えると、クリスティーナは正しく勇者の務めを果たして来たのだろう。
それだけ、危険な戦いもこなしているし、多くの人たちを助けてもいる。
その差なんだろうなぁ。
とは言え、このランドクラーケンはLv42と言う事だ。
ここまで規格外のモンスターだと、そもそも基本能力が人間族を遥かに超えるので、勇者の優位性は無い。
つまり、クリスティーナにとっても、充分格上の相手と言う事になるのだ。
まぁ、レベルなんて目安に過ぎないけどな。
実際、「行くわよっ!」とひとりで突進して行ったクリスティーナは、そのランドクラーケンと互角に渡り合っている。
「……トラップは援護しないのか?」
話を振られたトラップは、泣きそうな顔でこちらを見る。
「あんな化け物どうしろってんだ?!俺はただのちんけな盗人だぞ?何でこんな目に遭わなきゃいけないんだ。」
確かに、こいつは普通の人間族の盗賊でLv14。
クリスティーナの従者として一緒に連れ回されているだけあって、普通の盗賊として考えればLv14はギルドマスターに次ぐ実力者と言って過言では無いが、相手がこれでは……(^^;
「じゃあ、普段は罠感知や解除、宝箱の鍵開けとかで、貢献しているのか?」
がっくり項垂れるトラップ。
「姐さんは、何でも自分おひとりで出来る万能勇者なんでさぁ。盗賊スキルも、あっしより上でして……、もうね、あっしはただの荷物持ちでしかありやせん。」
と言う事は、シロさんを怒らせた罰で、従者として連れ歩いているんだろうか。
まぁ、クリスティーナが監督している間は、トラップも悪さが出来無い、と言う事にはなるが。
俺は相手を変えて、ドラゴンロアー(竜語)で話し掛ける。
「で、シロさん、と呼んで良いのかな。貴方は、何故そんな姿で彼女と一緒に?」
クリスティーナの戦いを静かに見詰めていた小竜が、こちらに向き直って答える。
「私は彼女の友人だからね。人間の世界では本来の姿は目立ち過ぎるだろう?それから、君も私の事はシロと呼んで良い。」
アストラル体が視える俺には、シロは非道く窮屈そうに視えた。
本来の姿が、決して小竜では無い事は明白だ。
「私……俺はね、思うところがあって魔法の勉強は結構しているんだ。あくまでも人間族の魔導書の内容に過ぎないんだが、エンシェントドラゴン(古代竜)ってのは比較的弱い個体でも軽くLv50を超えるそうじゃないか。間違っても、俺やクリスティーナが敵う相手じゃ無いだろ。」
小竜は、不思議そうな顔をする。
「……確かに、彼女では私を倒せないがね。それでも、私の鱗を傷付けるほどの力は持っていたよ。充分強い勇者だね。」
「それでも、シロが本気になったら、絶対に勝てなかったはずだろ。それが、世間ではシロは倒された事になっているし、クリスティーナは友達だって言うし。」
少し困った表情の小竜。
「正直、反省したんだ。そこの男が私を怒らせたのは事実だがね。でも、追い掛け回している内に、楽しくなってしまった。普段、面白い事なんて何も無いからな。猫が鼠をいたぶるように、その男を生かさず殺さず転がしまわるのが楽しくて。」
永遠に等しい生命を持つ古代竜だ。
退屈な毎日なんだろう。
そんな時に、丁度良い玩具を見付けてしまったんだな(^^;
「我を忘れて遊んでいたら、中央諸国に入り込んでしまってな。彼女が街を守る為に、私に挑んで来たと言う訳だ。すでにその時、私は我に返っていたし、必死に人々を守ろうとする彼女の姿に感心もした。だから、休戦を申し出て、彼女の願いを叶えたのだ。」
「願い?」
「私が何故こんな事をしたのか話すと、ひとりじゃ寂しいだろう、友達になって一緒に遊ぼう、とね。面白い人間だ。私は今まで、出来るだけ人間族と関わらないようにして来たが、それが間違いだったのかも知れない。彼女と一緒にいるのは楽しいよ。」
「そうか。」
目を細めるようにして、小竜は続ける。
「君も面白いな。君はさっき、自分も私に敵わないと言っただろう。あれは本気かね。」
「え?そりゃそうだろ。俺はクリスティーナよりも遥かに弱いんだし。」
「ふむ、見解の相違だな。確かに、基礎能力の高さなら、彼女の方が高いのは事実だ。だが、彼女は勇者足ろうとするあまり、力を分散し過ぎている。魔法が苦手な癖に魔法を覚え、そこの男に任せてしまえば良いのに盗賊の真似事までする。もっと戦闘に特化した成長を意識すれば、彼女はあのランドクラーケンだって、剣1本で簡単に倒せるはずだ。しかし、現実には互角にやり合うのが精一杯。」
うん、それは判る。
力ってのは、使い方が重要だ。
「彼女は私の鱗を傷付けられた。君には無理だ。だが、鱗を傷付ける必要があるか?君ならそんな事をしなくとも、私を傷付ける方法を持っているだろう。」
なるほど、言いたい事が解って来た。
「だけど、俺の魔力剣程度じゃ、シロの巨大なアストラル体は傷付かないんじゃ。」
「君はとても歪だ。スキルリストには物質魔法Lv1、ライトLv1しか見当たらないのに、膨大な魔力を感じる。MPだってそこまで高く無いのに、内包された魔力は私を超えるほどだ。君は私に敵わないと言ったが、彼女には君の気配が感じられたようだが、私は君の存在にまるで気付かなかったぞ。もし不意打ちで下手な魔法でも喰らわせられたら……そう思うと、私は君の方が怖いよ。」
そうなのか?
確かに、この1年数か月も思考加速を使った魔導研究に勤しんで来た。
肉体の成長が精神の成長に追い付いていない、と言う事はあり得る話だが……。
と、のんびり小竜と話し込んでいるところに、クリスティーナが突っ込んで来る。
「ちょっと、クリムゾンちゃん。私が苦戦しているんだから、シロちゃんと和んでないで、ちょっとは手伝って頂戴。」
そこへ、クラーケンの触手攻撃が地面を打つ。
クリスティーナはトラップを抱えて飛び退き、シロも軽く攻撃を躱し、俺も軽くバックステップして難を逃れる。
「あぁ、すまん。ちょっと話し込んでしまった。すぐ加勢するから、そいつの動きを止めておいてくれ。」
クリスティーナは、トラップを安全な距離まで運んでから、「了ぉ~解。」とひと声応えてクラーケンに斬り掛かって行く。
さて、それじゃあ俺も、ひと働きしますか。
まずは、戦場の斜め上方に空間固定、ステルス発動後短距離空間転移。
うん、ここからなら全体が良く見える。
しかし、やっぱり凄いなクリスティーナ。
動きを止めておいてくれ、とは言ったが、あれだけの大物相手に、完全に動きを封じて身動き出来無くさせている。
これなら、大きな魔法も当てられそうだ。
しかし、攻撃魔法は興味の対象外とは言わなくとも、優先順序は低い。
正直、未だ焔紫が最強魔法だ。
しかし、この大物相手に通常の焔紫では心許無い。
良し、いつもと違って仲間がいる状況だ。
ここは、残りMP1になるくらい魔力を注ぎ込んで、ブーストを掛けよう。
マテリア、MPターボを装着だ(^^;
詠唱自体は変わらない。
魔力の巡りは一緒だ。
ただ、巡る魔力を限界まで拡大する……。
おっと、今ちょっと気が遠くなり掛けた。
ぎりぎりを攻めるのは、やはり難しい作業だな。
まぁ、仲間さえいれば、最悪MP0で気絶しても、何とかなるんだろうけど……良し、安定した。
これなら行ける。
俺は、クラーケンの体がすっぽり収まるほどの、大きな魔法陣を描く。
それを見たクリスティーナが素早く離脱する、さすがだ。
発動っ、魔力拡大焔紫っ!
……カッ、と一気に紫光の柱が天を衝き、何時にも増して紅蓮の炎がのたうちまくる。
見る間にクラーケンの体は焼失して行き、輝きと共にその姿も掻き消える。
あぁ、そう言えば、陸に上がったイカとは言え、イカはイカ。
火属性が弱点だったのかな?
!そうか。
焔紫の焔の部分を、他の属性に変える事が出来れば、もしかしたら万能攻撃魔法に進化させられるかも知れないな。
これは良い研究課題が見付かったぞ。
あ、Lv21に上がった。
単独での討伐では無いが、Lv42を倒したとなれば、それなりに経験値も入るんだな。
だが、……あぁ、MPが1のまま回復しないな。
あんまり極限状態での魔法使用は、MPの自然回復すら疎外するほどの消耗を招くのか。
これは、絶対ひとりの時には避けなければな。
5
眼下では、トラップが腰を抜かし、クリスティーナがはしゃいでいる。
「凄い、凄ぉ~い、何今の綺麗な光。一瞬でクラーケン消しちゃったじゃない。」
「何なんだ何なんだ何なんだ、オルヴァの勇者ってのは、皆化け物なのかよぉ。」
「ちょっと、トラップ。誰が化け物だって?」
「あ、いや、姐さん、そう言う意味じゃ無くってですね……。」
俺は頭上から、そんなお約束のやり取りをするパーティーを眺める。
……あぁ言うのも、悪く無いのかも知れないな。
小竜がこちらを見上げて「どうした。降りて来ないのか。」と声を掛けて来る。
「ステルス解いたから見えるだろ。俺のMP、全然回復しねぇ。ちょっと無理をし過ぎたようだ。」
見上げるクリスティーナ。
「あらやだ、本当。クリムゾンちゃんのMP1じゃない。大丈夫なの?」
「判らん。初めて試した魔法力の拡大だ。多分、反動で自然回復力が一時的に働かなくなっていると思うんだが……。」
すると、少しずつMPが回復し始める。
「あぁ、回復し始めた。大丈夫。すぐそっちへ行く。」
そう言うと、俺は彼女たちから少し離れた位置に転移した。
すぐに近くにやって来るクリスティーナ。
「ねぇねぇ、今のも何?何かのスキルなの?」
「ん?いや、ただの空間転移魔法だよ。」
「嘘ぉ~、今の魔法なの?だって詠唱していなかったでしょ、今。まさか、シロちゃんと一緒で、無詠唱魔法なの?クリムゾンちゃん、私と同じ人間よね。そんなの無理でしょう?」
確か、シロの話だと、クリスティーナは魔法苦手だよな。
「解説してやっても良いが、クリスティーナはちゃんと魔法学勉強したのか?基礎が解っていないと、相当難しいぞ。」
少し後退るクリスティーナ。
「う……、私魔法苦手~。って、そう言えば、クリムゾンちゃん、物質魔法Lv1しか覚えていないわよね。てっきり盗賊系専門なのかと思ったら、もしかして、スキルとして習得しないで、全部自分で覚えたの?」
「あぁ、そうしないと、魔法の改良が出来無いからな。ライトだけ修得して、魔法を使った時の感覚を覚えたんだ。その後は、全部魔法学の講義と魔導書による自習だな。」
「うぇ~、私絶対無理~。」
「スキルじゃ無いから、継承もしてやれないしな。もうそう言うもんだと思ってくれ(^^;」
「う~ん、悔しい~。でも、さっきの魔法、本当に凄かったもんね。相当頑張ったんだ。」
「あぁ、頭使い過ぎて脳が疲れる、なんて経験、向こうじゃした事無かったな。」
シロがクリスティーナの肩に止まる。
「さぁ、もう帰ろう。かなり疲れただろう。」
「あ、そうよね。クリムゾンちゃん、さっきの魔法、無理したって言ってたし。街の人たちも待ってるわね。」
こうして俺は、勇者クリスとの邂逅を果たした。
後は、街へ帰ってからだ。
本当は、勇者一行と一緒に帰還したくは無かったが、今回ばかりは仕方無い。
俺も、勇者パーティーの一員みたいに、ダンガリアンで歓待された。
賑やかなのは苦手だが、さっさと姿をくらませる訳にも行かない。
俺は、クリスティーナに魔族の事を聞く為に、会いに来たんだからな。
とは言え、多分もっと詳しい人がいる、人間じゃ無いけど。
「と言う事で、俺は魔族について知る為に、クリスティーナに会いに来たんだ。」
歓待も一段落し、宛がわれた領主館の客室で、俺は軽く経緯を説明した後、本題を切り出した。
「中央諸国の防波堤として、何度も魔族と戦って来たと聞いている。だから、オルヴァじゃ判らない魔族の実態を聞きたい。」
話を聞いて、少し困り顔のクリスティーナ。
「そうだったの。もちろん、力になってあげたいけど、私もそんなに詳しく無いわよ。」
「まぁ、襲って来る魔族を撃退するだけじゃ、相手の事なんて良く判らないかも知れないが、少し気になる事があるんだ。それを確認出来るだけでも良かったんだが……俺は、まさかクリスティーナが倒したと言われている竜と一緒にいるとは思っていなかったからな。多分、聞く相手を変えれば、もっと詳しい話が聞けると思うんだが。」
と、シロの方を向く。
「あら、そうね。シロちゃんなら、魔族について詳しいかも。」
ベッドの上で丸まり、猫のように寝ていたシロが、目を開けて体を起こす。
「別に構わないが、私は人間族に限らず、他の種族と関わらないように生きて来たからな。種族としての魔族の事なら話せるが、現在の魔族のコミュニティまでは判らないぞ。」
「それで構わない。最初に受けた魔族のイメージを修正したいんだ。神族は神がその姿を模して創った、当然魔族は悪魔がその姿を模して創った。漠然と、そう思い込んでいたんだ。」
「確かに、戦った魔族の多くは、そのまんま悪魔みたいな姿をしていたわね。」
「あぁ、俺が戦ったインキュバスやその仲間は、判りやすい悪魔的な姿だった。だが、俺は例外を知っている。ヴァンパイアだ。クリスティーナ、俺たちの世界のヴァンパイアって、悪魔だったか?」
「う~ん、ちょっと違うわよね。元はどこかの伯爵様でしょ?その伯爵様をモデルにした、怪奇小説のモンスターだったかしら。」
「まぁ、出自はそんな感じだとして、ゲームなんかのファンタジー作品では、普通アンデッドとされている。高位の存在だが、分類で言えばゾンビ(動く死体)やグール(屍を食べる鬼)なんかと一緒だ。全く魔族なんてイメージじゃ無い。」
「そう言われてみれば、確かに。」
「そこで俺はこう思う。魔族とは、単に悪魔が自分たちに似せて創った亜人種だけを指すのでは無く、近しい者たちが寄り集まった、多民族国家のようなものなんじゃないかって。その中には、インキュバスもいればヴァンパイアもいる、そして……。」
「そして?」
「俺は少し前、呪いの魔剣に殺され掛けた。乗っ取られた人間の方はきっちり始末したのに、いきなり背中から斬られてね。あれは多分、ただの魔剣じゃ無くて、知性ある剣インテリジェンスソードだ。だけど、インテリジェンスソードなら、無差別な殺戮なんてするとは思えない。でも、その魔剣がもし魔族だったなら、人間族に対する無差別テロとして納得が行くんだ。」
俺は、推論をシロに語ってみた。
「ほぼ、それで正解だ。魔族の中に、魔剣と言う種族が含まれているのは間違い無い。彼らは、スキルで自分を振るう疑似的な体を作り出し、自立行動出来る。他者に寄生する事もあるが、通常はより強い力を発揮する為寄生体とは共生関係を築く。その魔剣は、無理矢理人間に憑り付いて、軍事行動に利用したのだろう。」
あの時の白い人形、あれが疑似的な体か。
「剣が魔族なの?全然イメージ出来無いわ。だって、生き物ですら無いのよ。」
「生き物だよ。魔法生命体、ゴーレムなどと一緒だ。ゴーレムだって、人間の体そっくりに作り、そこに意思があれば、きっと普通の人間に見える。魔剣は、魔族の刀工が作った名刀の中に、稀に魂が宿って生まれる特殊な生命体だ。だから繁殖を行わないし、血縁者もいない。魔族の中でも特別な存在ではあるな。」
いや、特殊過ぎるだろ(^^;
そんなもん、気付ける訳無かった。
「魔族全体の構成はどうなんだ?魔剣はレアケースだとして、他の種族は?」
「悪魔がその姿を模して創った純魔族、彼らが魔族の中心だ。本来、魔族とは彼らの事を指す言葉だ。この世から神と悪魔が去った後、神族と魔族は様変わりする。神族は神の名を騙り、魔族は闇の者どもの庇護者となった。」
「闇の者どもの庇護者?闇の者どもって、何故庇護されなくちゃいけなかったの?むしろ、強そうなイメージよね。」
「神族と聖オルヴァドル教による迫害だ。神の名の下に、多くの闇の者どもが悪として殺戮されて行った。光か闇か、それはどう生まれついたかの違いに過ぎず、善か悪かとはまた別の話だがね。光が善、闇が悪と言うのは、判りやすかったのさ。特に人間族には。」
「……。」
押し黙ってしまうクリスティーナ。
「そうして迫害される闇の者どもを、北の僻地魔界で匿い、今の魔族の形が生まれた。ゴブリンやオーガなども、知性ある者は魔族を頼った。だから、今も野生に生きるモンスターとしての邪妖精、巨人族とは別に、魔族のゴブリン、魔族のオーガなどもいる。今は、そうした数多くの闇の者どもの集合体を、総じて魔族と呼んでいるのだ。」
なるほど。
正に、ヴァンパイアは闇の者だな。
そして、魔剣も魔族だった。
魔族と言うのは、恐ろしい神の敵などでは無く、神の名と宗教の犠牲者たち、か。
「だからと言って、人間族に害を成そうとする魔族を、野放しには出来無いよな。」
俺は、俯くクリスティーナの肩を叩く。
「……えぇ、守るべき人たちを守る、それが私の正義。私が戦っているのは、神族の為でも聖オルヴァドル教の為でも無いもの。」
クリスティーナは純粋だ。
ただ、与えられた勇者と言う役割を演じているんじゃ無い。
自分に勇者としての力があるから、皆の期待に応える為に頑張っているんだ。
「さて、魔族の概要はとても良く判った。だが、今の魔族がどうなのか、それはやっぱり、自分の目で確かめないと判らない。」
「もしかして、クリムゾンちゃんは北方諸国へ向かうの?」
「あぁ、そのつもりだ。元々、最南端のオルヴァじゃ魔族の事が判らないから、北方を目指したんだ。でも、オルヴァを出た途端、飯が美味かった。その所為で、美食の国アパサンで1年も足止め喰らっちまった(^^;」
「あ~、それ解るぅ。オルヴァドルってお料理不味かったわよねぇ。」
「俺は最初、アーデルヴァイト全体がメシマズなのかと絶望仕掛けたよ。」
「私はねぇ、あんまり美味しく無いから、厨房借りて自分でお料理したのよ。勇者様のする事じゃ無い、って怒る人たちもいたけど、周りの皆には好評だったのよ。ライアンちゃんなんか、涙流して喜んでたわ。」
それは、王宮内でのクリスティーナの評判は良かっただろうなぁ。
この分だと、あのライアンにしてクリスティーナには頭が上がらないのではなかろうか(^ω^;
「だから、この後は北方へ向かうつもりだが、乗り掛かった舟だ。残りのモンスター退治には付き合うよ。それで、あと何体残っているんだ?」
6
残りの討伐予定モンスターは2体との事。
北東にあるメンデの街と、東にあるトゥルデンの街。
「それぞれ、どんなモンスターかは判っているのか?」
「メンデの方は、変なモンスターよ。本体は大きな蛙みたいなんだけど、どうやらマーマン(半魚人)をたくさん産むらしいのよ。本体の強さは良く判らないけど、マーマンの数が異常で、大型モンスターに困っていると言うより、マーマンの群れに困っている感じね。」
マーマン自体は、確かLv10程度のモンスターだ。
メンデは湖のほとりと言う訳では無いし、近くに大河も無い。
地の利がある訳では無いマーマンが相手なら守備兵でも事足りるが、一体どのくらい数がいるのだろう。
「トゥルデンの方は、蛇みたい。おっきな蛇。ただね、元はフライングスネーク(空飛ぶ蛇)だと思うの。蝙蝠の羽みたいなのが生えているそうだから。でも、おっき過ぎて飛べないの。ランドクラーケンもそうだったけど、今回のモンスターって、皆変なのよね。少なくとも、自然界にいる普通のモンスターじゃ無いわ。」
海の怪物なのに鉱山に棲みつき、蛙の癖にマーマンを産み、羽があるのに重くて飛べない。
あ~、もちろん俺の仕業じゃ無いけど、想像は付くわ。
「多分実験体だな、こいつら。魔導研究を志す者として、何と無く判らなくも無い。俺も似たような事をしているが、逃げ出したのかわざと解き放ったのか。もしくは、研究施設を誰かに壊されたとか。」
「え~、クリムゾンちゃん、似たような事してるのぉ?」
「ちゃんと管理してるよ。下手に施設に手を出さなきゃ、大人しく寝ているはずさ……多分。」
「ちょっとぉ~、それ大丈夫なの?」
まぁ、定期的に軍事訓練で喚び出しているし、今のところは問題無い。
と言うか、マーマンの相手をさせるのに、丁度良いかも知れないな。
「良し、こうしよう。俺の実験体たちが、マーマンたちを抑え込むのに丁度使えるかも知れない。だから、俺がメンデでマーマンたちを抑えておく。その間に、クリスティーナはフライングスネークの方を倒して来てくれ。」
「え、まぁ良いけど。マーマンを抑えるだけじゃ無くて、蛙も倒しちゃえば。」
「俺が?いや、無理だろ。俺はクリスティーナほど強く無いんだから。」
「何言ってんのよ。あの魔法凄かったじゃない。あれだったら、大概のモンスターなんかいちころよ。」
「あれは、クリスティーナがいたから、安心して普段やらないようなパワーアップを試した結果だよ。ほら、MP1になっちゃってすぐに回復もしなかっただろ。仲間の援護でも無ければ、あんな無茶な真似は出来無いよ。」
「そうなの?でも、普通に戦ってもクリムゾンちゃん強いと思うけどな。」
クリスティーナもシロも、俺を過大評価し過ぎだと思うんだが。
「まぁ、偵察くらいはして来るよ。それでもし、倒せそうなら倒しておく。それで良いか?」
「そうね。二手に分かれて倒せれば、その分早く倒せて皆も助かるし。それじゃあ、蛇の方は任せて。」
あ、そうだ、あれは聞いておいた方が良いよな。
「ところで、鉱山でクリスティーナは俺の存在に気付いただろ。どうして気付いたんだ?」
これにはシロも興味を示す。
「うむ、あれには驚いたな。私も気付かなかった完全な潜伏を、どうして見破った?」
クリスティーナは、やはり困った顔をする。
「う~ん、何と無く感じただけだから、上手く説明出来無いけど。」
「俺は、気配を消し、臭いを消し、音を消し、存在感を消し、さらに魂とアストラル体を隠蔽出来るようになった。おまけに、不可視の魔法で半透明にもしてあった。確かに、相手の探知能力が高ければ見付かる可能性があるのは承知だ。しかし、シロすら探知出来ていないとなると、クリスティーナの探知能力が高い、と言う話では無いと思うんだ。」
「それはそうよ。私、シロちゃんほど鋭く無いわ。」
実際に、もう一度探知して貰った方が、何か判るかも知れないな。
「今から姿を隠してみるから、もう一度探知してみてくれ。俺はこの場から動かないからな。視えなくなっても、俺はここにいるぞ。」
そう言って、ステルス発動、アストラル体隠蔽、不可視の上掛けを行う。
「……消えた……。見ている前で動かずに消えるなんて、絶対無理ですぜ。本当は、そこにいないんでしょ、旦那。」
「俺はここにいるよ。視えなくても触れるはずだ。触ってみろよ、トラップ。」
恐る恐る近付いて来て、手を伸ばすトラップ。
「……絶対何もいないはずなのに、ちゃんと何かに触ってる……信じられねぇ……凄く変な感じだ。」
「どうだ、クリスティーナ。何か感じるか。」
じっと、こちらを窺うクリスティーナ。
「……確かに、気配も、臭いも、音も、存在感も、後何だっけ。私はアストラル体?とかそもそも感じないし。でもね、それらとは違う何かは感じるのよ。それで、今気付いたんだけど、本来のクリムゾンちゃんよりも大きく感じるわ。元々、クリムゾンちゃんも人間としては大きな体だけど、もっと大きな、人間なんかよりもっと大きな何かに感じるの。」
「……ほぅ、なるほど。言われてみれば、体よりも大きなものを感じるな。ようやく私にも、少し感じられたよ。」
俺は、ステルスモードを解除した。
「シロにも判ったのか?」
「いや、判ったと言えるほどじゃ無い。本当に、微かな違和感程度のものだ。全力で探知に集中しても、クリスティーナのようには行かないな。」
「どうだ、クリスティーナ。」
クリスティーナは、腕を組んで必死に考えているが、表情は険しい。
「……何とも言えないわね。でも、体より大きくて、人間よりも怖い感じがするから、何かが漏れ出ているのかしら?」
「漏れ出ている……。とは言っても、魔力の類ならシロの方がすぐ気付くよな。」
「うむ、魔力は隠蔽と同時に完全に消えているよ。それは間違い無い。」
クリスティーナの方が強く感じ、シロですら微かにしか感じられない何か……勇者と古代竜の違い?……やはり良く判らんな。
「いや、すまんな。はっきりしないのは気持ち悪いが、古代竜のシロですら集中しても完全に捉えられない潜伏。そう考えれば、些細な問題だろう。」
「う~ん、ごめんね、力になれなくて。でも、私だってはっきり見破れる訳じゃ無いんだし、クリムゾンちゃんの潜伏スキルは尋常じゃ無いと思うわよ。」
その通りだ。
こいつは俺の生命線、それなりに自信もある。
まぁ、クリスティーナほどの相手に出遭う事などそうそうありはしないのだし、取り敢えずこの件は置いておくしかあるまい。
……それが、命取りにならなければ良いんだけどな。
そして翌日、俺はメンデへ向かい、クリスティーナたちはトゥルデンへと向かった。
あっちはシロも付いているから心配無いが、果たして俺の方はひとりで蛙を倒せるのかどうか。
ま、無理はしないで偵察だけして、クリスティーナたちがやって来るのを待っても良い。
その間、メンデに拠点を作っても良い。
マーマンはあいつらに実戦経験を積ませるのに丁度良いだろうし、気楽に行くとしよう。
つづく
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