第三章 花の砦の三美人
1
そう言えば、荷物はともかく他人と一緒に短距離空間転移なんて出来るのか、折角なので試してみた。
うん、駄目みたい(^^;
詠唱の中に、術者個人を当該地点へ運ぶ部分があるんだけど、どこまでが術者本人かまでは指定されていない。
完全に杓子定規に捉えれば、自分の体だけ転移して素っ裸、なんて事にもなり得る訳で、この辺の塩梅は世界の理の気分次第。
気絶して物扱いで担いでいても、他人は他人と言う判定なのかな。
と言う事で、仕方無いから担いで帰る。
ちなみに、某忍者漫画の口寄せみたいに、契約動物を招喚する魔法も存在するので、ミラを何時でも何処でも呼び出す、なんて事をしようと思えば出来る。
しかし、俺は招喚された身だから解る。
いきなり自分の都合お構い無しに、訳の判らない場所に移動させられるのだ。
迷惑至極っ!
何より怖いし、理屈を説明出来無い動物にとっては、その恐怖は人間の比ではあるまい。
大切なミラに、そんな想いはさせないのだ。
だから歩いて行くんだよ。
とは言え、街は外周を城壁に囲まれていて、この時間では門も閉まっている。
俺が何時に叩き起こされたのか確認していなかったが、まだ東の空が少し明るくなっている程度なので、夜明け前だ。
空間固定を使って空気階段を作るなんて事も可能だが、何か疲れたし、どこかで夜が明けるのを待とうかな。
そんな事をボーと考えながら城壁を見上げていると、光る何かが上空で右往左往しているのが見えた。
鑑定……あぁ、やっぱりヨーコだ。
「お~い、こっちだ、こっち。」
俺は右手を振って、ヨーコに声を掛ける。
それでこちらに気付いたヨーコは、無駄に優雅な軌跡を描いて飛んで来る。
「……なぁ~に?あたし、今、人を探してて忙しいのよ。花の妖精に用があるなら、他のを当たって頂戴。」
ん?嫌に余所余所しいな。
「それは悪かったな。だけど、今少し困ってたんだ。ヨーコさんがいれば、すぐ街へ入れないか?」
不思議そうな顔をして、ヨーコがこちらをまじまじと見詰めて来る。
「あれ、何であたしの名前知ってんの?どこかで会ったっけ。」
……、あ、そう言う事か。
俺は、別人の仮面を外してやる。
「俺だよ、俺。クリムゾンだ。」
吃驚して、空中で引っ繰り返るヨーコ。
「えーーー?!何処にいたの?今急に現れなかった?」
あ、ヨーコには完全に別人の仮面の効果が効いているんだな。
オーガンも相当驚いていたが、しかし今いきなり現れた、なんて思わんだろう(^^;
「違う、違う。この仮面の力だ。これを付けていると、正体を隠せるんだ。」
そう説明しながら、もう一度仮面を付ける。
「嘘ぉー。全然別人じゃん。本当にあんたがあんたなの?」
「あぁ、俺が俺なの。」
「ふ~ん、ま、良いわ。」
良いのか。
「それで、終わったの?もしかして、担いでるそいつがあいつ?」
「そ、こいつがあいつ。」
思い切り、インキュバスのケツを蹴り上げるヨーコ。
インキュバスは気を失ったままだが、反撃を警戒して距離を取ってシャドーをするヨーコ。
「捕まえたから、女王様に引き渡そうと思ってな。城まで行きたいんだが、まだ夜明け前だから門が閉まっているだろ。ヨーコさんなら、係の者に話して開けて貰えないか?」
「ん?いーよ。てか、その為に迎えに来たんだよ。もう、女王様がお待ちだよ。」
そう言って飛んで行き、すぐに門が開いて行く。
そうか、もう女王様は大丈夫なんだな。
だったら、さっさと荷物を届けて、もう一度寝ようか。
2
街へと入り、右肩にヨーコ、左肩にインキュバスと言う状態で、真っ直ぐ王城を目指す。
まだ街は寝静まっており、郊外にある農園でのドタバタは、然したる騒音にはならなかったようだ。
王城が近付くと、ヨーコが肩から飛び立って、城門前にいる兵士たちに呼び掛ける。
「お客様を連れて来たよー。通してあげてー。」
声を掛けられた兵士たちは、ヨーコを敬礼で迎える。
「これはヨーコ様、お帰りなさいませ。そちらがクリムゾン様ですね。お話は伺っております。どうぞお通り下さい。」
俺は兵士たちの間を抜け、先導するヨーコに追い付く。
「なぁ、今ヨーコ様って言っていたけど、もしかしてヨーコさんって偉いのか?」
「あれ、言ってなかったっけ?あたし、一応女王様だから。」
うん?だってこの国の女王様はメイフィリアだろ。
「いや、だって女王様はメイメイなんだろ?」
「ブブー、違いますぅ~。メイメイはこの国の女王様。あたしは花の妖精の女王様。だから、別に偉くは無いのよ。兵隊さんたちにも、ちゃんとヨーコさんって呼んでね、って言ってるんだけど、皆ヨーコ様ヨーコ様って、ちゃんとヨーコさんって呼んでくれないの。困っちゃうわ。」
困るのか。
しかし、ただの使いっ走りじゃ無かったんだな(^^;
「花の妖精の女王様自ら、お使いなんてしているのか?」
「そうよ。だって楽しいじゃない。大事な大事なお使いだから、特別だもん。他の子にはやらせてあげないの。」
と言って、顔いっぱいに笑う。
無邪気だな。
何だか心がとても安らぐ。
そんなところが、女王様も気に入っているのかも知れないな。
「ヨーコさんは、素敵な女王様だね。」
すると、ヨーコは全身をばたばたさせながら照れまくる。
「ぎゃーーー、何よ何よ何なのよ、何で急にそんな事言うのよっ!」
若い時は、下心があるからこそ、格好付けて素直にものも言えなくなるんだろう。
もう良い歳をしたおっさんになり、しかもこうして異世界での第二の人生。
ある意味達観しているところもあり、格好付けずに素直に思った事を口に出来てしまうな。
それに、全身で照れているヨーコは、これはこれで可愛い(^^)
「素直にそう思ったから言っただけさ。素敵だね、って。」
「もう止めて、ホント止めて、顔が、顔が熱いからや~め~て~……。」
じたばたもがきながら、それでもしっかり先導して行く。
ちゃんと程無くして、黄金樹のある中庭へと辿り着く。
やっぱ、ヨーコさんって凄いわ。
中庭には、女王様と思しき煌びやかな女性と、それを取り巻く何人もの花の妖精たち、その後ろに控える巫女装束の女性たちと、中庭に面した建物の前に居並ぶ衛士たちがいた。
花の妖精たちが女王様を取り巻いている所為か、意外にもヨーコさんは俺の傍らに留まっている。
俺は、女王様に近付き過ぎない距離で立ち止まり、足元にインキュバスを落とす。
乱暴に落としたが、声も立てない。
狸寝入りかも知れないが、まぁどうでも良いだろう。
「お届け物に上がりました。」
女王様は柔らかい笑顔で対応する。
「はい。確かにお受け取り致しました。」
中々、ノリの良い女王様のようだ。
さて。
俺は、心の中で呼び掛ける。
「オフィーリア、ちょっと相談があるんだけどな。」
目に見えて、黄金樹が輝きを増す。
周りの巫女や衛士たちがざわめき出す。
「……いちいち起こすな。これでまた、1億年分の1日が削られてしまうのだぞ。お前、私の言う事を真剣に聞いていないだろう。」
決して、オフィーリアの言葉から怒気は感じない。
むしろ、楽しげな声音だ。
「人に面倒を押し付けておいて、勝手に寝るなよな。俺だって眠いのに。」
敢えて、俺も気さくに話す。
……そう言えば、俺、最初から守護精霊相手に敬意を払わずに話していたな。
寛大な守護精霊様で良かった(^ω^;
「それで、相談とは何だ?」
「こいつだよ。俺の客じゃ無いからこうして捕まえて来たけど、野放しじゃまた女王様裸に剥かれちゃうぜ。」
「もうあんな遅れは取りませんっ!」
わっ、吃驚した。
女王様にも聞こえていたのね、この会話(^Д^;
「あ~、すみませんね、女王様。汚い言葉使っちゃって。」
こほん、とひとつ咳払いをする女王様。
「メイフィリアです。どうぞ、メイフィリアとお呼び下さい、クリムゾン様。」
良いのか?相手は一国の女王様だぞ。
「あ~、まぁそう言うなら、他の人間に聞かれない状況では、そう呼ばせて貰うよ、メイフィリア。」
パッと表情を明るくするメイフィリア。
「はい。是非そうして下さいませ。」
「さて、メイフィリアにも聞こえているなら話が早い。こいつの事は任せるが、腐っても魔族だ。何か手を打たないと危険だろう?オフィーリアなら、インキュバス相手にも何か出来るんじゃないかと思ってな。」
「ふむ、そうだな。……ならば、オフィーリアの祝福を授けようか。」
祝福?
祝ってどうするのだ。
「祝福って、一体……。」
「なるほど、その手がありましたね。さすがオフィーリア様です。」
メイフィリアも同意か。
「分かった。いや、良く解らんが、やってみてくれ。」
すると、黄金樹から人間サイズのオフィーリアっぽい光体が現れ、インキュバスの下へ近付いて行く。
その光体は、インキュバスの下へ辿り着くと、そっと頬に口付けをして消える。
「これで、もう大丈夫だろう。」
3
「それで、一体何をしたんだ?」
さすがに、解説して貰わないと意味が判らない。
「オフィーリアの祝福は、肉体から離れそうになっている魂を、一時的に肉体に引き留める恩恵だ。普通は、危篤状態の者に猶予を与えたり、天寿を全うする者を今少しこの世に留めたり。どうしてもまだ死ねない、そんな強い意志を持つ者に、気紛れに与える事がある恩恵なのさ。」
なるほど、そう言う事か。
魂が肉体を離れない。
魂はアストラル体の核だ。
つまり……。
「なるほど、だからこいつはもう、アストラル体で体を抜け出す事が出来無くなったんだな。」
と、わざと声に出して言ってみる。
「な、何だとっ!」
がばっと体を起こし、あっさり起きている事を自白するインキュバス(^^;
「なぁ、お前から淫夢を取り上げたら、後は何が残るんだ?」
「……、……、……。」
絶句して項垂れるインキュバス。
普通に、身体能力や通常の魔法能力だけでも、そこいらの戦士に遅れは取らないだろうが、言ってみればそこいらの戦士にしか勝てないレベルと言う事だ。
魔族として、インキュバスとしてのこいつは、もう役立たずと言って良い。
「それで。オフィーリアの祝福の効果は、いつまで続くんだ?」
俺は再び、心の中で問い掛ける。
「ふむ、多くの場合、魂を引き留めてやっても、魂自体が徐々に弱って行くから、5年、10年すると力尽きて死んでしまうな。緊急措置として危篤の者の命を繋いでやる時は、肉体が快復した後解除してやるのだが。」
「こいつは腐っても魔族だ。となると、5年もすれば効力が薄れて、またアストラル体を飛ばせるようになるかもな。」
これもわざと聞かせる。
「そんな……、5年も能力を封じられたまま、一体何が出来ると言うんだ……。」
必要無いけど、面白いからもう少し脅しておこう(^ω^;
俺は、腰から得物を抜き出して、インキュバスの前に突き出す。
「もうひとつ解除方法があるな。あくまでアストラル体が肉体を離れられないだけさ。その肉体を放棄すれば、自由に外へ出られるぞ。何だったら、俺が手を貸してやっても良い。」
「ひぃ、ひぃぃぃ、ごめんなさい。もうしません。このままで良いです。いやいや、このままが良いです。」
すっかり怯えるインキュバス……あれ?俺ってこう言う事良くしている気がするな。
全然、人を脅したりするの好きじゃ無いんだけどな。
人は、力を持つと変わる、なんて聞いた事あるけど、現世では変われるほどの力なんて手に入れられなかったが、ここでは違う。
俺は少しずつ、変わっているのかも知れないな。
少なくとも、日本人の頃とは違い、たくさん人を殺めたもんな。
「どうしたのですか?クリムゾン様。」
メイフィリアが、心に呼び掛けて来る。
いかん、いかん、つい物思いに耽ってしまった。
「いや、何でも無い。少しやり過ぎたかな、と思ってな。まぁ、これでこいつも大人しくなるだろう。いや、処刑してくれても構わないけどな。」
「はい。一応、色々お聞きしてから、処遇については考えます。」
次いで、オフィーリア。
「それから、お前にも恩恵を授けておいたぞ。オフィーリアの祝福を、お前のスキルとして付与しておいた。今回の礼だ。良かったら使ってくれ。」
言われて確かめてみると、確かにスキルツリーの独立した枠に、オフィーリアの祝福がある。
「そもそもは人助けに使う徳の高いスキルだ。人に授けたからと言って問題無いはずのものだ。それをお前がどう使うかまでは、私の知ったところでは無いしな。」
それって、悪用を黙認すると言っているようなもんだぞ(^^;
だが、待てよ。
「良いのか?スキルツリーに登録されているけど、これって世界に紐付けされるのは不味いんじゃ無いか?」
「ん?そうか、お前は知らんのか。これは、スキルの継承に当たるから、世界にはばれん。」
そうか。
直接弟子なんかに伝える分には、ばれずに済むんだな。
でも、最初に開発してスキルツリーに載せる時点で、世界にばれないか?
「なぁ、継承の時はそれで良いとして、例えばオフィーリアの祝福を身に付けた時、スキル登録したらばれるんじゃないのか?」
「うむ、スキルツリーに登録をすればな。オフィーリアの祝福は、そもそも私自身に宿る力だからな。最初から持って生まれた、固有スキルのようなものだ。オフィーリアの祝福に限って言えば、使えるのは私と歴代女王とお前だけだよ。」
なるほど、世界樹の守護を担う精霊ともなると、特別な存在なんだな。
やはり、ちょっと俺、気安過ぎないか?(^^;
「……なぁ、今更だが、オフィーリア様って呼んだ方が良いかな?」
……オフィーリアとメイフィリアの笑い声がハモる。
「本当に今更だな。急にどうした。オフィーリアで良い。こちらが助けて貰ったのだしな。」
「ふふ、クリムゾン様はおかしな方ですね。すでに、オフィーリア様と貴方は、お友達のように親しげですのに。」
「ふむ、そうさな……。」
しばし黙考するオフィーリア。
「……お前の様子からすると、多分この先、長い付き合いになろうな。そうであろう?」
「?」
メイフィリアはきょとんとしているが、俺は言わんとする事が判る。
「そのつもりだがね。そう上手く行くかはまだ判らないからな。上手く行ったら、また会いに来るさ。」
「うむ、楽しみにしておこう。」
「何だか、おふたりだけでズルい。」
拗ねるメイフィリア。
年齢の割に、大分乙女っぽい女王様だな。
……女王は、別に処女じゃ無くても良いんだよな。
それとも、巫女の中から次代の女王が選ばれると言う事なら、或いは……あ、いかん。
さっきの光景も合わさって、少し反応してしまった(*^ω^*)
体は若く健全な男の子なんだから、仕方無いよねw
4
ふと気付くと、ヨーコさんが俺の隣でむくれている。
「どうしたんだ、ヨーコさん?」
「だって、だって、オフィーリア様もメイメイも、あたしを無視して3人でお喋りしちゃって、ずるい、ずるい。」
「何だよ、勝手に割り込んで来れば良いだろ。」
「心でお話するのは、オフィーリア様がお許しにならなきゃ出来無いの。だから、あたしは除け者なのよ。」
あぁ、すっかり普通に話していたが、そう言えば俺も念話みたいな魔法やスキルなんて、持っていないな。
これは全て、オフィーリアの力か。
それで、メイフィリアたちは、謁見の間では無く黄金樹で待っていたのか。
「おぉ、これはすまんな、ヨーコ。思ったより真面目な話はしなかったから、お前にも許可を出しておけば良かったな。」
「あ、聞こえた。そーよ、そーよ、って違うわよ。真面目な話でもあたしを入れてよ。今回オフィーリア様の命令で頑張ったじゃない。」
「うむ、良くやってくれた。さすが歴代最強の女王だ。」
……これが最強なんだ。
戦闘力じゃ無くて、キャラクターが、って事かな?(^^;
そんな和気藹々やっていると、遠くに爆発音が聞こえた。
北の方に何かいるな……ん?俺は今、空間感知展開していないけど、何か気配のようなものを感じたぞ。
……アストラル体の感覚……今回の件で、こっち方面の感覚が磨かれたみたいだな。
そして、この感覚には覚えがある。
何しろ、目の前のこいつと同種だからな。
「そう言えば、お前こんな事を言っていたな。俺は仲間は売らねぇ。」
驚いてこちらを見上げるインキュバス。
「さすがに、実戦闘力の低いお前が単独行動は取らないか。俺がお前を蹴り飛ばした時にでも、救援要請していたのか?」
「き、来たのか?俺を助けに。」
「違うな。俺にやられに、だ。」
と、インキュバスに睨みを利かせる。
「俺は迎撃に出る。メイフィリア、後の事は頼むぞ。」
あ、声に出して女王様を呼び捨てにしてしまった(^^;
まぁ、良い、今はそんな事気にしている場合じゃ無い。
返事も待たず、俺は頭上を見上げて、空へと短距離空間転移を発動する。
そしてその場に足場を作り、北の方に目を向ける。
いた、街中だ。
守備兵と交戦中のようだ。
その姿は、蝙蝠の翼が生えた悪魔的な姿で、インキュバスが夢の中で現した正体に似ている。
あれこそが、本来の魔族の姿なのだろう。
守備兵の放つ矢を右へ左へと旋回して躱しつつ、ファイアーボールのような魔法を連発している。
純粋な魔族なら、あれくらい無詠唱、且つほぼMP消費無しで連発出来るのだろう。
その分、威力は並みのファイアーボール程度に見える。
より威力の高い魔法を撃たれるよりは、ファイアーボールを連発される方がマシか。
しかし、時間も時間だ。
通行人はいない代わりに、建物内に住人が取り残されている。
ぐずぐずはしていられないな。
俺はロングボウを構え、マジックアローをつがえる。
動き回る敵に中てるのは至難の業だ。
だから、今回はマジックアローに自動追尾機能を付与。
そして、視覚拡張で相手を捉える。
短距離空間転移の座標指定もそうだが、俺はこの手の目標指定はピントを合わせる事で行うようにしている。
自動追尾の目標指定もそう。
良し、ロックオン完了。
「ホーミングアロー、シューッ!」
……あ、思わず必殺技みたいな声出しちゃった。
黙詠唱だし、もちろん声に出す必要なんてありません……ちょっと恥ずかしい(^Д^;
実体矢では無いので、音も無く飛び行くマジックアローだが、そこはマジックアローだけに魔力を帯びている。
相手はさすが魔族、飛び来るマジックアローには気付いたが、余裕を見せ最小限の動きで躱そうとした所為で、自動追尾する矢をモロに喰らって墜ちて行く。
ま、威力増強は出来無かったので、1発で撃墜とはならないだろう。
俺は、眼下の大きな建物の屋根へ転移し、そのまま屋根の上を移動する。
すると、俺の左右に数名の盗賊たちが現れる。
ノワールとしては、見知った顔だ。
どうやら、騒ぎを聞き付け、彼らも迎撃に出て来たようだ。
そのタイミングで、再び空へ飛び上がる魔族。
俺たちはその場で足を止め、矢をつがえる。
盗賊たちは矢継ぎ早に射掛けて行くが、魔族はそれを旋回しつつ躱して行く。
俺は、今度は自動追尾は軽めに掛け、代わりにひと矢が10本になって飛んで行く分裂の強化を施す。
それを連射する事で、一気に矢雨の数が増した。
慌てて回避する魔族だが、一応少しホーミングするので、何発かさくさく喰らっている。
俺のこの分裂矢は、マジックアローだし強化は弱めだけに、無制限に撃てる。
左右に旋回していた魔族だが、程無く後方へ退き始める。
避けるのに一所懸命で、しばらく魔族からの攻撃も無い。
うむ、これもう完封だな(^^;
こちらも少しずつ前進しながら矢雨を降らせ続ける内、魔族はようやく諦めて逃走に入った。
でも、甘い。
俺は、マジックアローの強化限界まで付与した一矢を用意する。
あんまり強化し過ぎても、矢そのものが耐えられなくなるから、無制限に強化は出来無い。
そこで、射程距離延長と自動追尾に全振りし、威力は諦めた。
視覚拡張、敵機までの距離約700m、ロックオン完了。
今度は周りに人もいるので、声を出さないように気を付けて、発射っ!(^^;
少しふらつきながらも、順調に逃げていた魔族だったが、追撃に気付き慌てて逃げ出し、旋回上昇下降を繰り返した後、避け切れずにマジックアローを喰らって墜ちて行く……あ、持ち直した。
やはり、威力が足りなかったようだ。
かなりよろふら飛んでいるが、そのまま北の空へと消えて行く。
倒す事は出来無かったが、無事撃退には成功。
街の被害も、最小限で済んだようである。
5
俺は、そのまま今来たルートを通って、黄金樹まで帰還する。
城内は慌ただしく、すでに中庭に人影は見当たらない。
「無事、撃退したようだな。」
「オフィーリア、一応撃退したけど、討ち取る事は出来無かった。後でメイフィリアに、警戒は続けるように言っておいてくれ。」
「何だ、会って行かないのか?」
「夜明け前に叩き起こされて働き詰めだ。もう帰って寝るよ。それから……。」
「もう旅立つのか?」
長く生きていると、色々と察しが良くなるのかな?
「あぁ、ひと眠りしたら、次の目的地に向け出立するよ。」
「メイフィリアもヨーコも寂しがるな。」
「……さっきも言ったが、俺の目的が上手く達成されるか判らないからな。何時何処で野垂れ死ぬかも知れない。あんまり、人と縁を結びたく無いんだ。メイフィリアもヨーコさんも良い娘だからな、これ以上好意が募る前に出て行くよ。」
「そうか。益々、2人が寂しがるな。」
「ん?……何だ。2人とも、聞いていたのか。」
建物の陰からメイフィリアが、黄金樹の陰からヨーコさんが姿を現す。
「何で、何で~。もう少し、ゆっくりして行きなよー。」
とヨーコさん。
「本当に、もう少しだけでも、逗留して行かれては如何ですか?」
とメイフィリア。
全く、オフィーリアは余計な事を。
「すまんな。元々、モーサントには勇者クリスを訪ねて来ただけでな。中々帰って来ないし、そろそろこちらから探しに行こうと思っていたんだ。」
「そうだったのですか。確かに、ここ最近クリス様はお見えになりませんね。」
「そっか~、クリスか~、ならしょうがないね。」
しょうがないのか。
「それならば無理にお引止めしませんが、今回とてもお世話になったのです。せめて、改めて登城なさって、いくばくかの報奨をお受け取り下さいませ。」
「いや、それには及ばない。オフィーリアから良いもの貰ったし、クエスト経験値も入った。それで充分だし、城なんかに正式に赴けば、冒険者として目立っちまう。」
「?それが、何か問題ですか?」
あぁ、いや、別に理解されなくて良いんだけどね。
「とにかく、下手に持ち上げられて、良い人だと世間に思われたく無いんだ。女王様だからって、皆して様様言って来るの、嫌だろ、ヨーコさん。それと同じだよ。」
「あ~、分かるわ~、それ。何で皆ヨーコさんって呼んでくれないかなー。あたし、メイメイと違って全然偉く無いのに。」
「そうなの?ヨーコちゃんは偉いし、クリムゾン様も大活躍なさったのだから、皆に褒めて貰えば宜しいのに。」
俺の本性は、そんなに善いものじゃ無いんだよ、女王様。
それを理解出来るのは、この場にいる者の中ではオフィーリアくらいだろう。
オフィーリア自身は善であっても、儚い生き物の機微など理解出来無いほど、強過ぎる存在だからな。
人の善悪なんか、それほど意に介さないはずだ。
そして俺は、自分の目的の為なら、非人道的な行いにも躊躇いは無い。
命の安さなど、今はもう知り尽くしている。
冗談では無く、悪党に人権は無い、とモルモットにして来たしな。
殺しても良い相手を紹介して貰う為の人助け。
それで感謝されると、心がざわつくのだ。
自分が根っからの悪だとも思わない。
でも、絶対に善人などでは無いのだ。
善人だと思われてはいけないのだ。
ま、それはそれとして、人見知りだから、一度好きになった奴にはとことん味方するけどな。
「とにかく、俺はもう旅立つが、オフィーリア、メイフィリア、ヨーコさん、皆の事は忘れないし、何か力になれる事があったら助けに来るさ。だからさよならじゃ無い。またな。」
メイフィリアとヨーコさんが何か声を掛けようとするのを待たず、俺はまた、上空へ転移した。
人との縁は一期一会だ。
2人とは、もう二度と会えないかも知れない。
それでも進むのだ。
折角訪れた新たな人生、振り返っている暇は無い。
次は、勇者クリスの待つ、西方ミシティア公国である。
つづく
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