第四章 ギルドマスター
1
俺は、得物に付いた汚れを綺麗に拭き取り、鞘に収めた後、一応心を落ち着かせるように少し深呼吸をする。
そして、気配は消したまま、ひと声掛ける。
……私、と言おうとして間が開く。
「俺は、盗賊ギルドの新人、ノワールだ。」
そして、隠密を解除する。
一瞬、ザワつく気配を感じたが、それはすぐに収まる。
「話があるから、姿を見せてくれ。」
あんまり意味は無いのだが、一応手を上げて無抵抗を示しておく。
今まで気配を一切感じ無かったような相手が、両手を上げただけで脅威で無くなる事などあり得ない。
これは、あくまで敵意が無い事を表す、パフォーマンスだ。
程無く、4つの影が降り立つ。
数が足りないが、気配はまだ上にある。
「そう警戒しなくても、もしその気ならとっくに……いや、これは失言だったな。」
いくつになっても、コミュニケーションは難しい。
つい、言わなくても良い事を口走ってしまう。
「悪いが、警護対象はすでに殺したよ。あんたらのクエストを邪魔して済まないな。だが、これは暗殺任務なんかじゃ無い。俺個人の事情って奴だ。取り敢えず、警護対象の死を確認してくれ。」
そう言って、手は上げたままで壁際へ下がる。
影の内1人が、醜い肉袋の元へ駆け寄り、そして頷く。
「一体、いつの間に……」
1人の口から、驚愕の声が漏れる。
「実は、先輩たちに頼みがあるんだ。付いて来てくれ。」
今度は無造作に、彼らの近くを通り抜ける。
少し後退る影もあったが、さすがに手を出しては来ない。
任務が失敗した今、得体の知れない脅威を相手に、わざわざ戦いを挑む必要など無いのだ。
盗賊と言うのは、誇りを胸に剣を振るう、騎士たちとは違う。
俺は彼ら5人を先導して、階下へ降りて行った。
2
「ここだ。」
拷問部屋に着くと、俺は天井近くに光量を抑えたライトを灯す。
この闇に慣れた犠牲者たちが、眩しさに目を焼かないように。
俺が作った惨状も、この館の主人たちが作った惨状も、影たちの目に晒される。
「俺があの豚を殺した理由の一端は、ここを見るだけでも理解はして貰えるだろう。一応、見付けた裏帳簿も引き渡す。頼みたいのは、幸いにも生き残った彼らの事だ。」
まだ息のある3人を目で指す。
「最低限の治療はここで行うが、今後の事もある、一度ギルドで保護して貰いたい。」
そう語りながら、俺は3人に近付いて行く。
1人は、人間族の男。
歳は30~40代で、かなりボロボロだが切り傷や腫れなどだけで、身体に欠損は見られない。
神聖魔法・ヒールは、神の奇跡に相当するので、本人の体力が衰えていても傷が回復する。
彼は、ヒールだけで体は元気になるだろう。
1人は、人間族の女。
こちらも30~40代に見えるが、着ている物から推察するに、どこかの貴族の奥方か。
薄汚れてはいるが、乱暴をされた様子は窺えない。
趣味の対象では無く、何らかの政治的策謀の道具、と言う事だろうか?
身体的では無く、精神的に衰弱している。
取り敢えず、ここでの治療は必要あるまい。
問題は、もう1人。
最初、人間族の子供かと思ったが、どうやらグラスランダーの青年のようだ。
グラスランダーは、エルフやドワーフと同じ妖精族の一種で、その名の通り草原の民だ。
小人族であり、成人した姿は人間族の子供のように見える。
その為、愛玩用に奴隷として売られる事があると言う話だった。
彼の状態はかなり悪い。
四肢の腱は切られ、体のあちこちが抉れている。
その傷口は、出血しないように焼かれていた。
顔もかなり非道い状態で、本来であれば目を背けたくなるほどだが、俺は視線を外せなかった。
彼の隻眼には、まだ光があった。
必死に生きようとする、生命の力強さを感じた。
「必ず助ける。」
俺は、自然にそうつぶやいていた。
しかし、残念ながら、俺には彼を癒せない。
無神論者、無宗教だった俺には、高位の神聖魔法は反応してくれなかった。
ヒールで癒せる傷は処置したが、それ以上は本職に任せる他無い。
元より、1人で何でも出来るようになろうなんて思っちゃいなかったが、今何も出来無い事が無性に悔しかった。
他の犠牲者たちは、種族も年齢もバラバラだったが、ひとつだけまだ仄かに温かい遺体があった。
この世界ではどうなのか知らないが、現世の知識では死後2~3時間で死体は冷たくなるはずだ。
もし、俺がもう少し早く行動を開始していたら、或いは……詮無い事だと判っていても、つい考えて無力感が募る。
駄目だ、まだ早い。
「悪いが、1人は先行して、ギルドに報告後受け入れ準備をして貰ってくれ。2人は俺と一緒に彼らをギルドまで送る。残った2人には、この場を任せても良いか?」
振り返って様子を見てみれば、先輩たちは俺が3人の処置をし、他の犠牲者の確認をしている間、呆然と立ち尽くしていたようだ。
特に何も起こらない、退屈ないつもの仕事。
そのはずだったのに、目まぐるしく展開する事態が、上手く呑み込めなかったのだろう。
「頼めるか?」
念押しするように再び声を掛けると、ハッとして1人の先輩が周りに指示を出す。
指示された1人が駆け出し、リーダーらしき男ともう1人が、俺の傍へ。
「ノワールだったか、私はトムソン、こっちはダリだ。とにかく、彼らをギルドまで送って行こう。この場は、センリとデュカースに任せる。」
「判った。俺は彼を運ぶから、他の2人を頼む。」
そう答え、俺はグラスランダーの彼を抱き上げる。
彼に触れながら、継続的に軽くヒールを掛け続ける。
多分、持ち上げられるだけでも、全身に激痛が走るはずだ。
それが少しでも和らぐように祈りながら、俺は心の中で詠唱を繰り返した。
3
一応、正門には門番が2人いた為、裏門から館を出る。
リーダーであるトムソンが先導し、夜の街を足早に進む。
頭の中で鳥観図を思い浮かべてみれば、真っ直ぐ本部へ向かわず、何度か逸れる形で曲がりくねっている。
多分、警邏中の聖堂騎士と出くわさないよう、上手く避けているのだろう。
程無く本部近くまで辿り着くが、何名かのギルドメンバーが松明を掲げ待ち構えていて、ある廃屋へと導かれた。
どうやら、本部への入り口はいくつかあるらしい。
その廃屋は、丁度本部の真上辺りに建っており、一見古惚けているが、良く見れば決して壁や床に崩壊した部分などは無く、崩れ落ちる心配は無さそうだ。
階段を二階分下りた先に何も無い部屋があり、今は開いている隠し扉を抜けた先が、ギルド本部へと繋がっていた。
俺は案内されるまま進み、医務室らしき場所でグラスランダーの彼を寝台に寝かせた。
彼は、俺の手を両腕で挟むようにして抱え、口を開けて何かを伝えようとする。
「安心しろ、何とかするさ。」
俺はそう語り掛け、彼にスリープ(眠り)を掛けた。
スリープは得意な魔法では無いが、抵抗力の落ち切った今の彼には簡単に効いた。
今は、眠れる事が幸いとなるはずだ。
全身をさいなみ続ける痛みで、眠ろうとしても眠れない日々だっただろうから。
俺には使えなかったが、高位の神聖魔法も勉強はした。
失った声帯も舌も、切られた腱や欠損した耳目や鼻も、再生出来る魔法は存在する。
そして、ここは主神教のお膝元なのだ。
金さえ用意すれば、きっと何とかなる。
「ノワール、こっちへ来てくれ。」
トムソンから声が掛かる。
さて、この先どうなるかは判らない。
当初の予定では、さくっと殺してさっさとオルヴァを出て行くつもりだった。
こう言う展開になると思っていた訳では無いので、出来ればギルドマスターと直接交渉したいところだ。
司教暗殺は問題行為だと思うが、この国で奴隷の拷問が合法だとは聞いていない。
奴隷では無い者も混じっていたようだし、俺よりも司教の方が問題は大きいはずだ。
その悪事を暴いた事を感謝される、なんて事は無いにしても、上手い方向に話を持って行けないだろうか。
生存者たちを何とかしてやりたいし、エーデルハイトの方も気になる。
話の分かるギルドマスターだと助かるのだが……。
「あぁ、今行く。」
そう答え、グラスランダーの彼の手を、そっと握る。
「後は頼むぞ。」
そう、医師らしき男に告げ、部屋を出る。
いきなり取り囲まれて、剣を突き付けられる、なんて展開は無く、本部の中は慌ただしく何人もが行き交っていた。
その中を掻き分けながら、トムソンに付いて歩く。
行先は、立派な扉の前。
その扉をトムソンが叩き、「マスター、お連れしました。」と告げ開き、中へ誘う。
そこは、豪奢な作りの広い部屋で、予想通りギルドマスターの部屋だった。
重厚な作りの机の向こうに、盗賊と言うよりは山賊と言った感じの、ゴツくて威圧感のある大男が座っている。
「良く来た。トムソン、ご苦労だった。お前は下がって良い。」
その言葉に、トムソンは一礼してから出て行き、俺はギルドマスターらしき男と2人きりになる。
「ノワール、先ずは座れ。」
俺は素直に、すすめられた椅子に座る。
「まずは、お前の話を聞こう。何故、こんな真似をしたのか。」
「こんな真似?取り敢えず、司教を殺したのは、まぁ、言ってみれば私怨だよ。嫌いだったんだ、奴が。」
「ほぉ、お前は、嫌いな奴は皆殺すのか?」
「まさか。奴は特別さ。いや、特別だと判った。忍び込んだ時点では、こんな展開、予想していなかったからな。殺したいとは思っていても、本当に殺して良いものかどうか、迷っていた。」
「それで。」
「まずは調べてみた。これが奴の裏帳簿だ。」
そう言って、持って来た帳簿を机に投げ出す。
「だが、程度の差こそあれ、こんな事司祭から教皇まで、権力者なら誰でもやっている事だろう?これだけじゃ、さすがに殺せない。」
「では、最初から、あの司教が地下でやっていた事を、知っていた訳ではないのか。」
「まぁ、時間を掛けて調べれば、あの間抜けな司教の尻尾を掴む事なんて簡単だったろう。だが、時間が無くてね。忍び込めば何か出ると思って、忍び込んだまでさ。」
「う~む……」
ここで、ギルドマスターが考え込む。
俺は俺で、色々駆け引きを考えていたのだが、どうも様子が違うようなので、少し突っついてみる。
「ところで、あんたはギルドマスターで間違い無いんだよな。自己紹介くらいしてくれないか。」
「む。そうだな、これは俺が悪かった。俺はオルヴァギルドのギルドマスター、マックスだ。好きに呼んでくれ。」
「では、マックス。ひとつ聞いて良いか?」
「うむ、何でも聞いてくれ。」
少し声をひそめて、俺は質問をする。
「あんた、本体はグラスランダーだろ?その張りぼては何なんだい?」
「……、……、……。」
マックスは絶句する。
この大男が、草原の小人であるグラスランダー?
もちろん、見た目では全くそうは見えない。
俺は、俺の野望を叶える為の勉強をする過程で、ある事に気付く。
勇者は招喚される時、用意された勇者の肉体に憑依する。
つまり、一度幽体離脱のように肉体を離れ、その後別の肉体に宿っている状態だ。
それは、元の肉体は魂だけ抜き取られ、放置されたと言う事。
魂を失った俺の体はどうなったのか。
それを他人が見れば、死んだと思うのが自然だ。
そして、現代日本で死んだ人間は、数日の内に荼毘に付され、骨と灰しか残らない。
そう、この世界から地球へ、日本へ帰りたいかどうか、帰る方法があるかどうか、それ以前の問題として、もう俺は俺として元の世界になんて帰れないのである。
……まぁ、それはそれで大きな問題だが、今はそこが重要な訳では無い。
つまり、俺と言う存在を俺たらしめているのは、肉体では無く魂。
この魂と言う存在について、詳しく調べたのである。
結論から言うと、良く解らない(^^;
本質的な事は、多分世界の理を探求する大賢者であっても、解き明かし切れてはいないだろう。
しかし、魂を取り巻く状況、現状人間が理解し得る概念ならば、魔法学の書物にも書いてある。
難解過ぎて、実用性も無くて、ほとんどの学生が無視する内容ではあるけれども(^ω^;
簡単に言えば、肉体が物質界での容れ物で、アストラル体が精神体、魂はアストラル体の核である。
物質界の生命は、そう言う構造をしているのだ。
それを認識して観察する事を覚えた俺は、生命を物質体だけで無くアストラル体としても視る事が出来る。
ようやく本題に戻ったな。
だから、マックスの物質体は一見大男なのに、アストラル体は子供のように小さく見えた。
そして、これは単なる鎌掛けだが、先にグラスランダーの彼を助けたばかりだ。
小人でグラスランダーの彼を連想したから、そう問い掛けてみただけだ。
反応を見る限り、外れたとも思えないが。
長い沈黙の後、マックスが口を開く。
「お前、いや、貴方は一体何者なんです?私の正体を見抜いた者なんて、今まで誰ひとりとしていませんでしたよ。」
いきなり下手に出て来たな。
それに、グラスランダーと言う想像も、当たっていたようだ。
しかし、本当にコミュニケーションは難しい。
俺は、あくまで盗賊スキルが高いだけで、盗賊としては駆け出しだ。
交渉関係は、これから実務の中で経験を積み重ねるしか無いだろう。
今はただ、誠意に対しては誠意で応える事しか、俺は術を知らない。
まずは、空間感知。
皆、忙しそうに動き回っていて、扉の外でトムソンが聞き耳を立てていると言う事も無かった(^^;
ちなみに、鑑定はLv1のままだが、空間感知との併用は可能。
頭に立体像として思い浮かぶ周辺図で、未確認存在は????のままだが、確認済みの存在は名前も判った上で、その位置が確認出来る。
トムソンは、陣頭指揮を執る為に、あちこち動き回っているようだ。
「マックス、あんたには今日借りが出来るし、知りたい事もあるから正体は明かすが、お互いここだけの話にしよう。」
俺は、ノワールの仮面を外す。
「俺は、王宮で、勇者イタミ・ヒデオと呼ばれていた男だ。」
「勇者!?イタミって、王宮から姿を消したって言う、あの……。」
仮面を付け直しながら、話を続ける。
「盗賊ギルドの方にどう話が伝わっているのか、それも聞いておきたいんだが、司教には王宮で色々お世話になったと言う話さ。」
「あぁ、確かに、エーデルハイト司教は三番目の勇者が気に入らないらしい、って話は、聞いた事があるな。」
「だから逃げ出した、って訳じゃ無いぜ。見ての通り、その気にさえなれば、あんなゴミ、いつでも掃除出来たからな。」
「なるほど、特別な力を持つと言う勇者様なら、俺の正体も見破れる、って訳か。」
「他の勇者がどうかは知らないけどな。まだこの世界に来て2か月だ、あんまり物を知らない駆け出し勇者だからな、俺は……ってちょっと待った!」
「何だ、どうした?!」
俺は、つい驚きの声を上げてしまった。
駆け出し勇者に過ぎない、と言う件で、ふとステータスを確認したんだが、いつの間にかLv13まで上がっているじゃね~か(゚Д゚;)
「いや、済まない。俺はまだ駆け出しで、昨日までは確かにLv10だったはずなんだが、今確認してみたらLv13に上がっていて吃驚しただけだ。」
「何?!1日でLv3上昇だと?!そりゃ、Lv1から、って話なら判らんでも無いが、Lv10からLv13に上がったのか?!」
「あぁ、そうだ。どれどれ……あ……何か、いくつかクエストが発生、即クリアになってるわ(^^;」
「何だそりゃ。」
「う~ん、どうやら、司教絡みで、いくつかクエスト認定されているな。まず、最初に殺した拷問官、こいつ指名手配されていたみたいだ。討伐クエスト扱いになってる。」
「そいつの名は?」
「グレゴリィ・バルガス、通称リトルドクター、殺人狂の元暗殺者か。」
「何だと!!!」
「うわっ、吃驚した。……こいつ、有名人なのか?」
マックスは机を漁り、1枚の手配書を示す。
「仕事で暗殺を請け負う暗殺者なのも問題だが、こいつは暗殺仕事とは別に、プライベートで100人以上殺している最悪の野郎だ。だが、Lv18の凄腕で、見付けたからって簡単に倒せるような相手じゃ無ぇ。オルヴァギルドを預かるこの俺ですら、Lv15だぞ。」
わぉ、どうやら、同系統の格上相手に、簡単に背後を取って、あっさり腹を裂いちまったようだ。
どんだけ勇者ってチートなんだよ(-ω-;
「それから……どこかの王妃の救出、ってのがあるぞ。あの貴婦人だな。王妃って、さすがにこの国の王妃じゃ無いよな、教皇相当年寄りに見えたし。ん~~~、ガイゼル王国、悪いな、俺はまだ周りの国の事までは判らん。」
マックスが頭を抱える。
「ガイゼル王国の王妃だと?ガイゼル王国は確かに小国だが、オルヴァドルの最友好国だぞ。一体、何を考えているんだ、あの豚は。」
「え~と、ガイゼル王国第三王妃ティエリア、か。ついでに、護衛の騎士オーヴェル救出ともなっているから、もう1人の生存者が騎士か。」
「第三王妃、なるほど。確か、ガイゼル王国は今、跡取り問題による王妃たちの不仲が聞こえて来ているからな。全く、他国への内政干渉として、問題になりかねんな。」
「……あとは、行方不明者救出の成功が1件、行方不明者の安否確認が4件。これで、最後の1人以外は、身元も確認出来るな。」
「その……救出成功者の名前は?」
「カーソン・ベイサム。ベイサム平原にある集落出身のグラスランダー。……知り合いか?」
「いや、直接知っている訳じゃ無ぇ。ただ、同郷の者だ。個人的に、捜索するようベイサムから頼まれていたんだ。」
「そうか……、俺は、彼、カーソンか。カーソンを助けてやるつもりだ。その事も、あとで話そう。」
マックスが頭を下げる。
「済まねぇ、恩に着る。」
クエスト化したのも予想外だが、こいつは良い方向に転がりそうだ。
あのクソ野郎は、死んで色々役に立ってくれたな。
何しろ、当の司教を暗殺した件は、メインクエスト扱いだった。
リトルドクター討伐や王妃救出よりも、遥かに経験値が高ぇでやんの(^^;
4
「折角だ、王宮からの通達を聞かせてくれるか?」
マックスに尋ねてみたが、その内容はこれまた予想と違っていた。
「いや、正式な通達は何も無い。俺は、王宮内の密偵から勇者がいなくなったらしい、とだけ報告を受けた。まだ態度を決めかねているのか、盗賊ギルドを介さずに追手を掛けているのか、その辺は判らないが。」
「そうか、さすがに悠長過ぎるな。少なくとも、組織的に俺を追う気は無いと言う事か。」
これもまた、ライアンによるものだろうか。
まぁ、最悪、勇者はすでに旅立った、と言う事にしてしまえば問題無いし、場合によっては招喚し直すと言う選択肢もある。
「マックス、この先、もし王宮から何か聞かれた時には、少なくとも、この国に敵対するつもりは無い、とだけ伝えておいてくれ。」
「そうか、判った。聞かれたなら、そう答えよう。」
次は、気になっていた事を聞いてしまおう。
「それから、これは単なる知的好奇心だから、答えてくれなくても良いんだが……。」
マックスは、ピンと来たようだ。
「見破られたんだから、ちゃんと説明するよ。こいつは、オーバースーツと言って、体を覆うようにして装備するゴーレムみたいなもんだ。だがまぁ、呪いと言った方が正確だ。」
「呪い?」
「あぁ、ゴーレムとは言っても本物の人間と遜色無いが、それだけの性能を持たせる為に、一度着たら脱げないと言う制約がある。だから、呪いさ。」
「確かに、ゴーレムは魔法生物と言う扱いだが、人間とはかなり違うからな。」
「ただな、これは俺が望んでやって貰った事だ。まぁ、望んで、ってのはちょっと違うかも知れないが、俺はグラスランダーのままではいられなかったからな。グラスランダーは草原に暮らすが、その技能は盗賊に近い。だから、グラスランダーの盗賊自体は珍しく無いが、その見た目からどうしても威厳は出無ぇ。となると、どんなに腕が立っても、荒くれ共の頭には向かねぇ。こいつは、先代から課せられたギルマスになる為の条件って奴さ。」
「それじゃあ、もうずっと?」
「あぁ、もう10年以上この姿さ。俺自身、自分がグラスランダーだった事を、忘れ掛けていたくらいさ。」
「仮に、脱ぐ事が出来ても、脱ぐ訳には行かない、って事か。」
「あぁ、脱ぐ気も無ぇがな。俺はもう40だ。あと10年もすれば死ぬしな。」
グラスランダーの寿命は、大体50年くらいと言われていて、12~13歳で成人した後、ほぼ老化はしない。
草原で自然と暮らすグラスランダーは、魔法と縁が遠くなった事で、寿命が短くなったと言われているらしい。
同じ小人族でも、ホビットやドワーフは、人間族より長命だ。
「それはそうと、何で判ったんだ?どこか、見た目に不自然なところでもあるのか?」
誠意には誠意だ。
「俺は、魔法の研究に力を入れていてね。色々と知識を持っている。この世の生物は、物質体、アストラル体、魂の三位一体だ。物質体ってのは、判るだろ。この肉体の事だ。アストラル体ってのは、判りやすく言うと実体を持たないゴースト(幽霊)なんかがそう。魂ってのが、その人の心みたいなもんだと思ってくれ。俺は、物質体だけで無く、アストラル体も視える。だから、マックスの物質体とアストラル体が……どうした?」
マックスは頭を抱えている。
「あぁ、済まんな。グラスランダーは魔法が苦手でな。丁寧に説明しているのは判るんだが、全然理解出来ん。」
多分、本来の俺も、魔法学の講義を受けたらこうなるだろうな(^^;
「まぁ、つまりだ。俺の特殊能力で、マックスのオーバースーツと本体が違って見えたんだ。だから、どこにも不自然なところなんて無いから安心してくれ。」
「そ、そうか。それなら良いんだ。」
話が大分逸れてしまったな。
話題を戻す事にしよう。
「それで、もう少し頼みたい事がある。ここに、いくつか宝石をくすねて来た。これを、ギルドで換金してくれないか。」
司教の館を物色している最中、俺は宝石を数個、懐に入れていた。
それを、マックスに手渡す、
「俺の鑑定レベルじゃ価値は判らないが、出来るだけ金が欲しい。規定通り一割引いて貰って構わないから、すぐに現金化したいんだ。」
「司教の所から持って来たのか。」
「あぁ、そうだ。どうしても必要になるんでな。」
「使い道は?」
マックスに、俺を責める態度は見受けられない。
「ひとつは、カーソンだ。神聖魔法には、今のカーソンを治療する魔法も存在する。俺には使えなかったが、高位の神職ならば、使える奴もいるはずだ。ギルドなら伝手もあるだろうが、確実に金は掛かる。」
「他には。」
「俺はこの後、エーデルハイトへ行くつもりだ。その帳簿を見れば判るが、きっと非道い有り様だよ。どう使えば効果的かは現地を見てから考えるが、こいつはエーデルハイトに還元したい。」
マックスは即答する。
「何だ、そう言う事か。それなら何も問題無ぇじゃねぇか。解った、付いて来い。すぐに換金させる。」
そう言って席を立ち、俺の肩を叩いてから先へ行く。
俺は、それに続く。
まだ人が慌ただしく駆け回る中を、本部入口の方へ歩いて行く。
俺も登録の時訪れたが、本部入り口辺りに各種窓口が集まっている。
その中に、鑑定や売買を行う部署も存在した。
「ヒンギス、済まんが大急ぎでこいつを鑑定してくれ。」
そう言って、モノクルを掛けた小柄な男に声を掛ける。
「ギルマスの頼みなら、すぐ取り掛かるがね。一体、何を鑑定するんです?」
ヒンギスは手を止め、今やっている作業はそのままに、こちらへとやって来る。
「こいつだ。良いか、正確に鑑定しろ。いつもみたいに、カモから巻き上げる為に渋るんじゃ無ぇ。むしろ、色付けて渡すくらいのつもりで、甘く値付けしろ。」
いや、そこまでしてくれんでも(^^;
まぁ、俺が使う金じゃ無いんだ。
多くて困る事は無いが。
「ギルマスにしちゃ、珍しい事言うじゃ無ぇか。特別な品なのかい?」
そう問いながらも、既に鑑定に入っている。
「いや、ただの宝石だとは思うが、まぁ、持ち主が特別と言や、特別か。」
俺が持ち出したのは、合計で5つだった。
適当に引っ掴んで来たから、ちゃんと把握していなかった。
パッと見た限り、かなり大きめのルビー、サファイア、エメラルド。
ダイヤは無いな。
この世界での宝石の価値は判らないが、あんまり金にならんかな?
「ギルマス、これは駄目だな。」
ヒンギスは、ひとつ目の宝石を鑑定し終えたところで、そう漏らす。
う~ん、外れを引いたか。
「何だ、イミテーションか?」
ヒンギスは首を横に振る。
「逆だ。こいつは本物のルビーだ。ただし、
「こいつが、か?」
「あぁ、そうだ。どこで手に入れたか知らねぇが、こいつひとつ分すら、金庫に貯えは無ぇぜ。高価過ぎて、換金出来無ぇ。」
マックスが、静かに振り向いて俺を見詰めて来る。
いや、俺悪く無いだろ。
あの阿呆司教が、そんな高価な宝石、持っているのがおかしいだよ(-Д-;
……ん?小国???
「あ~~~、ヒンギスさん。付かぬ事をお聞きしますが、その焔紫って、どこかの国の国宝とかって事、ありませんかね。例えば、ガイゼル王国とか。」
「おう、あんた、中々博識だな。その通り。焔紫は、ガイゼル王国に古くから伝わる王家の証たる国宝だ。ガイゼル王国そのものと言って良いな。ん?それがこんなところにある訳無ぇんだが……どうした?お2人さん。」
俺とマックスは、一緒になって頭を抱えていた。
5
「あ~、悪いが、マックス。後の事は諸々頼むぞ。俺は、ほら、な。国の事に首を突っ込む訳にも行かねぇし……。」
俺が発端なのは確かだが、あの阿呆司教が仕出かした事は、俺が暴かなくとも早晩大きな問題となっていただろう。
悪いが、俺はきっかけであって原因では無い。
しかも、盗賊ギルドは国を裏から支える組織だから、どの道ギルドマスターたるマックスには、面倒事が舞い込んでいたはずだ。
「判ってる。判っちゃいるが、色々やってくれたな、ノワール。こいつは貸しにしておくぞ。」
恨みがましい目で見て来るが、やはりギルドマスター、腹は座っているようだ。
「あぁ、そのつもりだ。何かあったら言ってくれ。いつでも力になる。」
互いに見交わした後、すぐ気を取り直して次の行動に移る。
「ヒンギス、こいつの扱いや他の宝石の換金は後で良い。取り敢えず、金庫の中にある金貨を有りっ丈持って来い。」
「有りっ丈って、大丈夫なのか?」
「構わねぇ。こっちは後からいくらでも、国から引き出すまでだ。面倒も多いが、話もデケェ。国に恩も売れるし、報酬もたっぷりふんだくる。」
それを聞いたヒンギスは、呆れながらも渋々了解し、金庫を開けに行く。
戻って来たヒンギスは、金貨袋を机に置く。
「119枚、今あるのはこれだけだ。大丈夫。さすがに俺も空気は読める。ちゃんと、これで全部だ。」
119枚となると、日本円で約1190万……多くて困る事は無いと言ったが、さすが首都の盗賊ギルド、想像以上の貯えだ。
俺は袋を引っ掴み、中からひと掴み分取り出して、机の上に置く。
適当に掴んだが、机の上には金貨13枚、130万。
「これでカーソンを頼む。あとは、エーデルハイトの民に。」
マックスは、金貨を手に取り、強く握り締める。
「任せておけ。必ず、また草原を走れるようにしてやるさ。」
「あぁ、任せた。」
もう一度、マックスの目を見詰め、軽く頷いてから身を翻す。
その後、もう一度カーソンを見舞い、トムソンを捕まえて判明した4人の身元を伝え、残り1人の身元確認を託し、次は出発の準備を調える。
王宮では弓の訓練も怠らなかったが、王宮内で弓は必要とならない為、出奔時に持参していない。
開けた場所に出れば、ステルスで離れた場所から狙撃するのが、一番安心な戦法だ。
ダガーと並ぶ、俺の得物である。
とにかく、俺は死にたくないのだ。
そこで、ギルドの配給係から、弓を調達する。
盗賊用だからショートボウ(短弓)だが、取り敢えずはこれで良い。
その内、ロングボウ(長弓)でも見繕おう。
矢の方は、敢えて一番安物を用意させた。
遠慮した訳では無く、それで充分だからだ。
俺には、魔力付与がある。
放つ矢に魔力を付与してやれば、ただの安物の矢がシルバーアロー(銀の矢)やミスリルアロー(魔法銀の矢)と同等の力を発揮する。
そして、最悪矢筒が空っぽになったら、マジックアロー(魔法の矢)を招喚する事も可能だ。
まぁ、こちらは実体を持たないから、生物へは効果的でも、物質の破壊が出来無い。
いざと言う時、弓矢は戦闘以外にも使えるので、マジックアローだけでは不足なのだ。
後は馬だ。
これは、1人ギルドメンバーを付けて貰った。
まだ夜明け前だけに、街中で調達しても、門が開いていない。
一度外へ出て、ギルドと懇意の厩舎から、一頭引き出すのだ。
乗馬も稽古はしたので、移動の足には使える。
馬上戦闘出来るほどには、まだ慣れていないが。
こうして俺は、ようやくオルヴァの都を後にした。
これでやっと美味い物が喰える……もとい、いざ、エーデルハイトへ。
つづく
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