第三章 勇者、のち殺人
1
勇者として認められた夜、俺は出奔した。
端から勇者なんてやってやる気は無かったので、相応の力を身に付けさせて貰ったら、勇者の責務を負わされる前に逃げ出す算段だった。
だから、イタミ・ヒデオは偽名だ。
お気付きの方も居られましょうが、日本人プロレスラーKENTAのアメリカ時代のリングネームで、イタミは痛みから、ヒデオはアメリカで有名な日本人のひとりである野茂英雄から、と言う由来を聞いた覚えがあって、印象に残っていた。
Bigシュークリームの恨みもあって、最初から言いなりになる気は毛頭無かったので、ライアンに名前を聞かれた時、咄嗟に名乗った偽名である。
ライアンがプロレスに詳しいかは判らないが、名前を聞かれた時、少し躊躇してしまった事もあり、きっと偽名である事には気付いている事だろう。
もちろん、周りの連中は疑いもせず、俺を勇者イタミ・ヒデオと信じているだろうが。
出奔とは言え、すぐに王宮を後にした訳では無い。
まずは、宝物庫に忍び込んで、事前に目星を付けておいたマジックアイテムを数点拝借する。
宝物庫の奥には封印区画もあるが、そちらは無視。
今の俺では簡単に進入出来無いし、封印するくらいだからヤバい物が仕舞ってあるかも知れない。
超貴重な物もあるかも知れないが、そんな物持ち出しては執拗に追われかねない。
出来れば、追手が掛からないと嬉しいので、あんまりおいたはしないでおく(^^;
それに、今日の本命は、王宮図書室の奥、禁書庫だ。
こちらの警備は厳重だが、封印はされていない。
閲覧制限はあっても、許可を得た者は普段から入室し、禁書にも目を通すからだ。
封印の間とは違い、禁書庫ならば俺でも潜入可能だ。
深夜であれば、比較的警備は手薄になるし、この時間に入室して来る者もいない。
ちなみに、物理魔法・ライトはLv1のままだが、ライトの詠唱は完全に理解したので、使い勝手が良いように色々手を加えてある。
レベルに換算するなら、Lv10カンスト状態。
外に光が漏れない程度に加減して、手元を照らす事も簡単である。
直接体を動かす戦士系、盗賊系スキルでは難しいが、魔法系スキルはLv1さえ獲得すれば充分だ。
魔法学を正しく理解、実践出来れば、この世界の魔導士たちも同様だろう。
俺の場合、勇者の体が身体能力が高いだけで無く、頭脳明晰に作られていた事が大きい。
多分、いや絶対、地球にいた頃の俺のままだったら、何が解らないかすら判らないレベルに難解だよ、魔法って(^^;
本当、勇者の体で良かった。
話を戻そう。
俺はそうして、空が白み始める頃までの数時間、禁書庫に籠った。
その後、使用人が慌ただしく動き出す中、ライアンの部屋に立ち寄ってから王宮を後にした。
ライアンには、本当に世話になった。
心根の腐った俺だが、素直に感謝しているし、師匠でもあるから尊敬もしている。
願わくば、追手がライアンではありませんように。
俺、死んじゃうから(^^;
小さな紙片にひと言、英語でthank youとだけしたためた。
それだけを残して、部屋を後にする。
時間も時間だ、もしかしたら、俺が部屋に入って来た事には気付いたかも知れない。
そうであれば、何かを察しもしただろう。
だが、決して呼び止められる事は無い。
きっと、ライアンは全てを見透かしていて、その上で俺を咎めないのだ。
俺は、ライアンはそんな男だと思っている。
もちろん、ライアンなりに、腹に一物抱えているのかも知れないけどな。
2
俺が、わざわざ禁書庫に籠ったのは、本当の事を知りたかったからだ。
この世界について、この国について、受けた説明は嘘、とまでは言わないが、確実に偏った情報である。
現世でもそうだったが、歴史と言うのは勝者が書き遺すものだ。
幕末の歴史、戦国の歴史辺りでも確かな事は判らないし、もっと古く、三国時代や春秋時代まで遡れば、史料で使われている言葉の意味すら、今とは違っていたりもする。
だから、そもそも客観的な事実と言うのは、後世に伝わらない。
しかも、実際には歴史的事実など存在せず、それは感情によって見方を何通りも生んでしまう。
十字軍遠征を、キリスト教圏から見るかイスラム教圏から見るか、広島長崎を、日本側から見るかアメリカ側から見るか、ウクライナ侵攻を、ロシア側から見るかウクライナ側から見るか。
一方聞いて沙汰するな、某ドラマの受け売りだが、古来多くの賢人も、似たような事を言っていたそうな。
神聖オルヴァドル教国は、神の座に続く聖地である以上、他の国以上に神寄りである事は明白だ。
その上で、嘘とは別に、わざわざ言わなくて良い事は黙っておく、と言う考え方もあり、それは決して悪い事では無い。
だが、国の重責を負う立場にあれば、真実は知っておかなければならない。
だからこそ、禁書と言う形で、伝え遺しているはずなのである。
神は死んだ。
死の定義にもよるが、有り体に言えばそう言う事になる。
アストラル体だけの存在となり、しかし物質界へ干渉する力を失ったのか、この世界に遺るのは神の残滓だけで、本当に消滅してしまったのか、確かな事は解らない。
しかし、神が肉体を失い、この物質界から消え去った事だけは確かなようだ。
今も遺る神の奇跡たる神聖魔法は、文字通り奇跡であり、直接祈りを聞き届けた神が助力するものでは無いのだ。
では、今なお人間族を支配し続ける神とは何者なのか。
その実態は、神が自らの姿に似せて創った種族、神族である。
その力は本当の神に遠く及ばないものの、人間族を遥かに上回る強さと、神と同じ姿を持つ事で、彼らは神になったのである。
神の名を騙り人間を支配する、それは宗教そのものであり、神族は自らを教祖とする新興宗教を根付かせたに等しい。
だが、それは神族の苦肉の策でもあった。
個体の力は遥かに勝る神族も、その力故繁殖力は低い。
絶対数において、人間族には敵わないのである。
しかも、人間族の特徴として、個体の力はあらゆる種族の中で最弱と言って過言では無いのに、時として現れる特殊な個体、勇者や英雄と呼ばれる個体に限れば、神族も魔族も、時に本物の神と同格の古代竜さえも、超える力を身に付け得るのだ。
最弱の中から最強が生まれる。
それこそ、神族が人間族を恐れる所以である。
では、そんな数に勝り、力でも自分たちを超え得る化け物をどうするのか。
神族は、神の威を借り支配する道を選んだ。
その尖兵として、聖オルヴァドル教の開祖たちは、神族=神と言う虚偽の信仰を、人間族へ広める事に成功する。
共通の敵として、魔族を利用する事で。
そう、魔族も決して悪魔では無い。
本物の悪魔は、神と同じように物質界には存在しないが、神と違うのは、その存在が今なお確認されている事だ。
悪魔たちは、アストラル界の一部に魔界を創り、そこに籠っている。
直接、物質界に干渉する事は、神同様出来無い。
しかし、契約により術者に力を貸すのである。
それこそが、暗黒魔法。
契約に基づくならば、暗黒魔法により物質界に降臨する事すら可能なのだ。
もちろん、その存在が強大であればあるほど代価も高く、通常この世界に顕現出来得る悪魔は、レッサーデーモン(最下級の悪魔)くらいである。
レッサーデーモンならば、動物を生贄に捧げる程度の代価で済むからだ。
この時、生贄とされる動物の死体を依り代にする事で、レッサーデーモンは肉体を得る。
だから、魔法生物とは扱われず、普通の武器でも傷付ける事が可能だ。
それでも、最低でもLv20を超えるので、レッサーデーモンですら一般的に言えばかなりの脅威となる。
それほど、悪魔とは恐ろしい存在なのだ。
そんな、本物の悪魔が相手では、神族、人間族連合軍であっても、敗戦に敗戦を重ね、北の僻地に追いやられていたのは、神族、人間族の方であっただろう。
魔族は、悪魔では無い。
残念ながら、南の果てであるここ神聖オルヴァドル教国には、魔族の詳細は伝わって来ない。
ただ、魔族は悪魔ほど強く無いからこそ、今のような版図となっているのである。
戦争の犠牲者として、北の僻地に追いやられ。
と言う事で、少なくとも、勇者が魔王を倒せばこの世は救われる、なんて話は嘘八だ。
魔王は敵軍の大将に過ぎず、魔王討伐は神聖オルヴァドル教国の最終軍事目標でしか無い。
しかも、仮想敵国を失いたく無い神族は、魔王討伐など望んでいない。
本気で魔王討伐を成功させるような事態は、むしろ阻止すらするだろう。
魔族が滅んでしまっては、次に人間族に滅ぼされるのは、神族になるかも知れないのだから。
何と言う茶番だろう。
勇者とは一体、何なのだろう。
勇者を頑張るつもりなど無い俺だから良いが、その気になった勇者たちは、道化でしか無いのだろうか。
それとも、勇者として生きる意義を、他に見出せたのだろうか。
ライアンは、どう思っているのだろう。
3
と言う訳で、俺は王宮を後にしたその足で、首都オルヴァに宿を取った。
徹夜だったから眠くて(^^;
え、追手に捕まらないよう、遠くに逃げないのか、って?
追手も、こんな近くに潜んでいるとは思うまい。
それに、人相風体から居場所が割れる事は無いはずだ。
それが、宝物庫から持ち出したマジックアイテムのひとつ、別人の仮面の効果だ。
これは、そのまんまなアイテムで、付けると周りの人間に別人だと認識させる仮面だ。
仮面舞踏会で付けるような、目だけを隠すタイプの仮面で、付ける前の人物と付けた後の人物を、別人と判断させるマジックアイテムなのだ。
まぁ、見た目はバレバレなんだが(^^;
それに、高い魔法耐性を持っている奴には、ただの仮面にしか見えないだろう。
それでも、一応、出奔勇者である俺には、役に立つアイテムだと思う。
あぁ、ちなみに、鑑定レベルも1のままだから、俺が鑑定した訳じゃ無い。
封印区画の中身とは違い、宝物庫の宝物は、場合によっては持ち出して使用する事がある。
だから、取扱説明書のようなものが添えられていた。
事前に忍び込んで、その説明書きを参考に、いくつか目星を付けておいたのだ。
3つあったので、全部持って来た。
色が、黒、赤、青の三色で、デザインは一緒。
丁度良いので、偽名は色から取る事にした。
今回使用したのは黒い仮面で、宿帳にはノワールと記帳しておいた。
一応、後で盗賊ギルドへ登録しておこうと思うので、ノワールは盗賊として使おう。
黒でノワールだから、赤はルージュかな?
いや、それだと女みたいだ。
となると、赤はクリムゾン、で良いか。
青は、サファイア?アクアマリン?
駄目だ、連想するものが、皆女っぽい(^^;
と言って、ブルーじゃ在り来たり過ぎるよな。
うむ、差し当たって、盗賊と冒険者、2つの顔さえ使い分ければ問題無いから、冒険者ギルドにはクリムゾンで登録しよう。
青の名前は、今後の課題としておこう。
お昼過ぎまで寝て、一階の食堂で遅い昼食を取る。
硬いパンと野菜のスープ、何かの肉を串焼きにしたもの。
さすがに、パンはぱさぱさでも、王宮のパンの方がマシだった。
しかし、スープと串焼きは違った。
不味い、とまでは言わないが、素材も悪いから決して美味しくは無いのだが、味が濃くてジャンクフードのようだ。
王宮の、お上品過ぎて薄味で、しかし和食のように出汁を取った深みがある訳でも無い、そんな面白味も感動も無い食事より、よっぽどうま……不味く無い(^Д^;
こっちはこっちで、本当に大雑把な味付けで、多分毎日喰っていたらげんなりするだろう。
だが、王宮料理を無感情に口に運んでいた日々の後だけに、濃い味と言うだけで少し感動してしまった。
あぁ、どうかお願いだ。
世界のどこかには、美味しい食事が存在していますように。
せっかく、糖質気にせず何でも喰えるようになったのだ。
この世界で、Bigシュークリーム並みの御馳走を、発見したいものである。
この宿屋も、こう言うファンタジー世界定番の、一階が食堂兼酒場、二階が宿泊用の部屋と言う作りだ。
まだ夕方とも言えない時間だが、すでに酔客がちらほら見える。
そんな客たちをしばらく観察し、それらしいターゲットを見付けて近付いて行く。
一番安い酒を2杯注文し、1杯をその男の前に置く。
「仕事の前に、ちゃんと筋を通しておきたいんだが。」
そう言って、その杯の横に銀貨を5枚ほど置いてやる。
ちなみに、物価が違うのであくまで目安だが、大体銅貨が10円、銀貨が1000円、金貨が10万円くらいだ。
銅貨100枚で銀貨1枚分、銀貨100枚で金貨1枚分。
さらにその上の金貨は、高価過ぎて価値が担保されない為、市井に流通するような物では無い。
硬貨は小さめで、銅貨100枚は嵩張るものの、両掌の上に乗せられるくらい。
硬貨の素材そのものが相応の価値分使われている訳では無く、国がその価値を担保している形。
神聖オルヴァドル教国は宗教国家だから良いとして、それ以外の国々も一応本来の支配者は神族。
だから、神の名の下に、貨幣価値は保証される訳だ。
最初、不満げな表情をしていたその男は、こちらを見上げ俺の姿を捉えて態度を変える。
指で弄んでいた銀貨を素早く握り締め、杯を一気に煽る。
「こっちだ。」
そう言って先に歩き出し、俺は素直に後に続く。
ここまで来れば、散々ネタバレしている事だし、お気付きであろう。
俺がこれから向かうのは、盗賊ギルドである。
場所までは知らないので、明らかに盗賊と言う所作の男に、声を掛けたのである。
俺の姿を認めて男が態度を変えたのは、別に仮面が変態っぽい所為では無いぞ(^^;
勇者として鍛えて来た俺の体は、招喚された頃の細マッチョでは無い。
シュワちゃんやロック様ばりの筋骨隆々。
パッと見だけでも、只者では無いのだ。
そして、もしかしたら何かを感じたのかも知れない。
俺は、戦士系スキルにポイントを使わない代わりに、その多くを盗賊系スキルに費やして来た。
そう、今の俺は、かなりの腕前の、盗賊なのである。
だからこそ、宝物庫にも禁書庫にも、苦も無く潜入出来たのだ。
だが、まだ本当の盗賊では無い。
実務経験が無いので、流儀は身に付いちゃいない。
せめて、本格的に動き出す前に、ちゃんと盗賊ギルドに筋は通しておきたかったのだ。
正直、これでもかと頑張ったつもりなので、仮に盗賊ギルドに睨まれて、刺客でも送られたとしても、多分簡単に返り討ちに出来るだろう。
でも、俺はつまらないトラブルは避けたいと思う。
もっと、大切な事があるのだから。
4
予定通り、ノワールの名前で盗賊ギルドに登録した。
この都は、曲がりなりにも神に仕える主神教総本山だけに、盗賊ギルドは特に影の存在だ。
国家と結び付くのはむしろ当たり前なので、公表されていないだけで公式に国に認められたギルドではあるが、決して表に出てはならない。
そこのところは強く言い含められたが、あとは想像通りの盗賊ギルドだ。
表向きは盗賊系スキルが必要な仕事の斡旋、盗みは問題無し、報告と稼ぎの一割を納める事が義務、暗殺は請け負わない、トラブル時には助けになる、ギルド員同士の争いはご法度、ギルド証があれば各都市の支部でもギルド員として扱われる、一応国ごとに違うギルド扱いにはなるが相互協力関係にある(縄張りは荒らさないと言う協定が結ばれているそうだ)、発掘品や戦利品、盗品の鑑定、売買を請け負う。
大体、どこの国のギルドも同様で、神聖オルヴァドル教国盗賊ギルドの特徴は、先述した通り神の威光の下に影の存在たれ、だ。
ギルド本部は、下水道の中にあった。
まぁ、公然の秘密と言う微妙な立ち位置に過ぎないので、そこまで執拗に隠されてはいなかった。
ギルド本部近くの下水道入り口には、ギルド員が立ち番をしているので、本部の場所はすぐに判る。
だが、俺は下水道の地図を購入した。
オルヴァの地図は王宮で用意して貰っていたから必要無いが、今後の為にも下水網は把握しておきたい。
今日、これから向かう場所からの帰り道は、念の為下水道を利用するつもりだ。
夕刻にギルドへ案内して貰い、そこから登録や説明に数時間を要したが、その後一度宿へ戻り、ゆっくり夕食を取ってから部屋で休む。
ちなみに、夕食に魚を食べてみたが、川魚特有の臭みが抜け切っていなかった。
あんまり下ごしらえなど気にせず、調味料で誤魔化してしまう調理法なのだろう。
二食目にして、すでに食欲が減退して来た(^^;
天辺を回った頃、部屋の窓から忍び出る。
今の俺は、気配を断ち、臭いを断ち、音を断ち、その存在感を極限まで希薄にする事で、目の前にいても気付けないレベルで隠密出来る。
それでも、相手の感知能力次第では、気取られる可能性がある。
念の為、暗がりや屋根の上などを利用して、身を隠す行動は取っておく。
俺の兵装は、ショートソードにレザーアーマーと言う軽装に変わり無いが、もう勇者らしくする必要が無い為、本来の得物も腰の裏に装備した。
薄刃のダガー(短剣)だ。
元々、戦士よりも盗賊と思っていたので、ロングソードなどの長物では無くショートソードにしていたが、ショートソードは護身用。
斬り結ぶ事態になった時、相手の武器を受け止めると考えれば、ダガーより安心だ。
まぁ、俺はステルスに徹底して見付からないつもりなので、得物は戦闘用とは考えていない。
あくまで、仕事用である。
そうして初仕事だから慎重に訪れてみた目的地は、すでに寝静まっていた。
それなりに身分が高く、それなりに敵を作るような奴だから、もっと警備が厳重だと思い込んでいたが、パッと見正門に門番が2人いるだけだ。
ここで、次の能力を試してみる。
まず、空間座標を庭の上空に指定して、空間を固定。
この魔法で固定した空間は、言ってみればブロック状の石の塊のような状態になり、だが透明で目視は出来ず、術者にだけ認識出来る。
その上へ、短距離空間転移で移動する。
これで、庭を上空から観察。
おっと、暗くて良く見えないから、暗視の魔法も発動、うん、良く見えるようになった。
スキルでは無いマニュアル発動なので、各種魔法の消費MPも本来より低くなるよう改良済み。
MPの自然回復力も強化してあるので、この程度の魔法は連発してもすぐMPは満タンに戻る。
隠密の盗賊スキルと、自由に空間を動き回る空間魔法、これで潜入探索はばっちり行けそうだ。
その後、四方に同様の足場を作り、ぐるりを確認してみたが、番犬も居らず、裏門に門番は無し。
油断は出来無いが、手薄に見える。
初仕事だからとより慎重に、屋根裏から侵入開始。
ふむ、早速人の気配がする。
屋根裏に3人、三階にも3人。
内1人はターゲットのようだが、他の5人はご同業のようだ。
目的は正反対で、多分警護要員だろう。
ギルドから斡旋された、警護クエストだと思われる。
一応、警戒はしていたようだ。
しかし、敵の多さを考えれば、やはり手薄に過ぎる。
さて、どうするか。
俺の侵入に気付いた者はいないし、排除自体は簡単そうだ。
しかし、ギルド員同士の争いはご法度。
死人に口無しではあるが、俺は人見知りだから敵には容赦しない反面、仲間は全力で助けてやりたいタイプ。
さっき仲間になったばかりで会った事すら無い奴らだが、同じギルドに属する仲間は仲間だ。
取り敢えず、後回しにしよう。
ちなみに、ここまでの思考は一瞬。
俺は、思考加速のスキルも持っている。
こいつは、魔法の勉強にとても便利。
獲得した理由は、それだけ(^^;
1日で、何日分も、何週間分も、頭の中で研究が可能だ。
まぁ、調べ物や実践は思考だけでは出来無いから、これだけで全て事足りる訳では無いが、お陰様で2か月程度で魔法研究はかなり捗ったのだ。
ただ、めっっっさ疲れるよ、これ。
ほんの少しの間考え事をしてすぐ解除すれば良いけど、俺の場合勉強と研究の為に時間の引き延ばしとして使ったからな。
毎日毎日、超甘さ控えめなフルーツたちを山盛り食べて、糖分の補給を頑張りました(^Д^;
プロ棋士たちも、対局後はこれくらい疲れたりするんだろうなぁ。
一瞬迷って後回しにすると決め、屋根裏担当3人のすぐ脇を通り、階下へ降りて行く。
一応、相手も盗賊だから、隠密スキルの上に不可視の魔法を上掛けしておいた。
これは、完全に透明になれる訳では無く、あくまで見えづらくする薄いベールを被るイメージ。
単体であれば、一般人でも気付けるだろう。
だが、気配も臭いも音もしない半透明な存在を、そうそう認識出来るものでは無い。
と言う事で、部屋の物色開始。
実を言うと、俺はまだターゲットをどうするか、具体的には決めかねている。
いや、「死刑決定w」と言ったからには殺すけどね、エーデルハイト司教w
そう、ここはエーデルハイト司教の館で、ターゲットは奴だ。
有言実行の為、殺しに来ました。
いや、口に出しては言っていないけども(^^;
ただ、感情に任せて殺してしまうのは、元現代日本人の倫理観としてどうかと思う。
でも、確信はしているのだ、こいつは殺すに値するクズだと。
だから、まずは殺すに足る理由を見付けたい。
その為の家探しである。
5
間抜けな司教の事だ、そこまで執拗に証拠隠しもしていまい。
そう考えて、まずは書斎の書き物机周りから捜索。
無造作に積み重ねられた書類の中に、帳簿なんてある訳無い。
そう考えていた俺の予想は見事に外れ、表の帳簿と裏帳簿、そのまま出しっ放しで一緒に置いてあったorz
ペ-ジをめくりながら思考加速を繰り返し、内容を吟味して行く。
感心する。
良くここまで搾取しながら、領地が破綻しないもんだ。
これは、実際にエーデルハイト領を、この目で見てみるべきだろう。
多分だが、エーデルハイト伯爵の手腕によって、辛うじて存続しているような状態ではなかろうか。
エーデルハイト司教はその地位ほどの信任は得ておらず、厚遇されていない為、エーデルハイト領は神聖オルヴァドル教国の中で比較的辺境に当たる。
伯爵まで一緒になって私腹を肥やせるほど、元々豊かでは無いのだ。
そこに来て、この無遠慮な搾り取り。
司教は、全てを搾り尽くしても、勝手に領民が生えて来るとでも思っているのだろうか(-'-)
しかし、断罪材料としては弱い。
こいつは非道い部類だが、権力者が私腹を肥やす事など、古今あって当然なのだ。
中には、稼いだ金を国益の為に使う、ルールには反するが国の為に役立つ政治家、と言うのもいるにはいるが、ほとんどは権力に溺れ金銭感覚が麻痺しただけの小悪党。
実際の金の使い道はともかく、現代日本ですら裏で金集めをしていない政治家など1人もいない、と言って間違い無い。
それに付随して、金なんかの為に人殺しまで行う、と言うところまで行っていれば違って来るが、帳簿だけではそこまで判らない。
ここはまだ、態度保留だ。
そうして捜索を続行するも、以降はこれと言った発見は無し。
家族はいないようで、使用人も帰宅した後らしく、警護の5人以外は人影も無し。
さすがに、人の数が少な過ぎるな。
普段、空間感知は盗賊スキルのものを使用している。
盗賊スキル・空間感知Lv1では、何と無く周囲が認識出来、一応人の気配も読める。
俺自身が隠密で身を隠しているので、正確に周囲を把握しなくとも、そこまで危険は無いと判断している。
スキルなので、発動を気取られる心配が少ないと言う特徴もある。
対して、空間魔法による空間感知であれば、魔力感知の方に引っ掛かるかも知れない。
相手方に魔導士でもいれば、そっちでバレる可能性がある。
だが、空間魔法は得意分野なので、空間魔法の空間感知であれば、もっと詳細に周囲を認識出来るのだ。
三階の気配は6人で間違い無し、二階、一階には気配無し、しかし、階下に大きな空間があり、そこに4人分気配がある。
どうやら、食糧庫とは別に、地下に何かあるようだ。
改めて、地下の食糧庫を捜索し直してみると、壁に少し色の違う部分が見付かる。
その近くのワイン棚の一角だけ、数本埃を被っていないワインが収まっている。
それを抜き取り奥を見ると、如何にもなスイッチ。
ここは、迷わず押す。
色の違う壁が音も無く開き、階下への階段が現れた。
しばらく下った後、通路を少し進んだ先にそれはあった。
拷問部屋である。
その広い空間には、鉄の処女やファラリスの雄牛など、どこかで見た覚えのある拷問器具がいくつも並んでいる。
左右の壁に10個の牢がしつらえてあり、8つの入り口が閉ざされていた。
確認出来た気配は4人分だったから、残念ながらすでに5人は手遅れと言う事だ。
そう、ここには1人、捕らわれの身では無い者がいる。
部屋の中央にある手術台のような寝台の傍、様々な器具が置かれた台の前で、その男は宝石でも愛でるように、人体の一部を手に取りながら恍惚としている。
拷問官である。
決して、使用人として司教の悪趣味に無理矢理付き合わされている、と言う事では無さそうだ。
率先して協力し、司教がいない間も、自らの趣味に没頭している、そんな様子である。
この男について、わざわざ吟味する必要は無い。
俺は素早く背後に回り、右手に得物を握って、左腕で男の首を締め上げる。
勇者の強靭な力で締め上げられ、小柄な男の体は少し宙に浮き、苦しさから逃れようと足をバタつかせる。
俺は男の左脇腹へ刃を突き刺し、少しずつ右へと引いて行く。
バタつく足は、刺した瞬間激しくなり、少しずつ静かになる。
……。
想像通りだ。
人間なんて、簡単に死んでしまうな。
俺は、手にしたゴミを無造作に放り捨て、生存者3人の方へと歩み寄る。
生きてはいるが、反応は無い。
すでに、その体力も、そして希望も無いのだろう。
「もう少しここにいてくれ。先に、ひとつ用を済ませて来る。それが終わったら、また戻って来る。」
彼らの反応は待たずに、そのまま踵を返す。
俺は、現世から通して初めて人を殺した。
だが、思った以上に冷静だ。
まだ、やる事があるからだ。
今はまだ、感情的になる時では無い。
決して歩調は早めず、そのまま三階へ上がる。
警護の者たちに気付かれぬよう、細心の注意を払い寝台へと近付く。
俺には、人間を切り刻んで楽しむ趣味は無い。
先ほどの男は、初めてこの手で人を殺めるので、オートマ任せにせずちゃんと自分の手を汚そうと考え、そうした。
だが、もう良い。
1人殺せば、これから先何人殺そうと同じだ……きっと。
俺は、目の前の太った豚の前で準備を済ませ、敢えて違う事を考えてみた。
やはり、思い出すのはBigシュークリームだ。
この世界の料理は、本当に不味い。
スーパーで100円で買えるシュークリームとはグレードの違うあのBigシュークリームの事は、どうしても忘れられない。
せめて、その100円のシュークリームでも良いから喰いたいのぅ。
発動、サイレントキル。
つづく
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