第二章 試練


1


招喚されたその日から、早速修行と勉強は始まった。

せっかくの異世界だ、出来る事なら果たしたい野望もある。

修行も勉強も、望むところだ。

ちなみに、あの日の午後、司教たちへのお披露目の場に、エーデルハイト司教はいなかった。

まぁ、降格させられたとも聞かないので、特に罰せられた訳では無いのだろう。


修行は、主に剣の稽古だ。

勇者の体は基本性能に優れているので、体力面では問題無い。

しかし、実技となれば話は別で、ちゃんと修行をするか、スキルを獲得しなければならない。

ここで、スキルに関して大事な事を説明しておこう。

この世の全てが、スキルな訳では無い。

例えば、この剣と言う奴だ。

俺は、修行をするか、スキルを獲得するか、と言ったな。

つまり、スキルを獲得しなくても、剣は振れると言う事だ。

何、当たり前だと?

そんな事は無い。

実技とスキルが、必ずしもイコールでは無いと言う事は、とても重要な事なのだ。


剣をいくら振っても、剣技と言うスキルを獲得出来る訳では無い。

努力と才能で、剣の腕は上がって行く。

それとスキルとは関係が無い。

だが、剣技スキルを1レベル獲得すれば、そこそこ修行をした剣士と同程度に剣を振れるようになる。

スキルは、言ってみればズルだ。

スキルさえ取れば、知識も経験も必要無く、様々な事が出来るようになる。

でも、スキルを獲得しなくても、努力と才能で同じ力は身に付く。

では、どちらを選択すべきか。

俺は、可能な限りスキルによるズルは避けたいのだ。


第一の理由は、スキルポイントの節約だ。

スキルツリーは膨大で、中には前提スキルの獲得が必要だったり、前提スキルを獲得しなければツリーに追加されないスキルもあり、相応の知識を身に付けなければ明かされないスキル、魔法の書物など別の条件で獲得出来るスキルなど、色々ある。

俺が望むスキルはまだ見付からないし、見付かっても獲得までの道のりは長く険しいだろう。

出来る限り、無駄スキルにポイントを消費したく無い。

剣技なんて最たるものだ。

俺は、別に異世界最強なんて興味無い。

戦闘に関しては、身を守れさえすればそれで良い。

一応、中学の頃は剣道部だったし、修行で強くなれるなら、それで済ませたい。

ま、勇者らしくは無いけども。


第二の理由は、実際に身に付ける事と、スキルで済ます事の違いだ。

スキルで剣を振る場合、特に自分で意識する必要は無い。

スキルの発動により、勝手に体が剣を振ってくれる。

言ってみれば、自分で身に付けた剣技はマニュアルで、剣技スキルはオートマなのだ。

俺は、令和の時代にあっても、自家用車はマニュアル車だった。

クリープ現象で勝手に動くオートマ車は、自分が運転している感じが薄くなる。

マニュアルであればブレーキの踏み間違いによる事故など起こらないし、オートマは確実に注意力を散漫にしていると思う。

高齢者には、安全装置なんかより、マニュアル限定を課す方がずっと有効ではなかろうか。

マニュアルすら運転出来無い奴には、マーダーライセンスなど与えるべきじゃ無い。

と、話が逸れたが、俺はマニュアルが好きだと言う事だ(^^;

逆に、オートマであれば有利な場合もある。

フォークリフトなんかは、運転とフォークの操作を同時に行うので、トルコン車の方が良かった。

だから、理想としては、自分でも身に付け、スキルも獲得し、使い分けるのが良い。


第三の理由は、マニュアル、オートマの話と関連するが、オートマだからこそスキルの挙動は一定になりがち、と言う事だ。

これは、魔法で説明する方が判りやすい。

代表的な火の魔法、ファイアーボール(火球)。

こいつは、手の平や杖の先にファイアーボールを発生させ、それを飛ばして命中した場所で破裂、火炎を撒き散らすと言うものだ。

スキルであれば、そのレベルや使用者の魔力により、ファイアーボールの大きさや威力に違いは出る。

しかし、性質は一切変わらない。

これが、魔法を身に付けファイアーボールを理解し、ファイアーボール発動の為の詠唱を改良出来れば、複数のファイアーボールを一遍に生み出したり、任意の場所で破裂させたり、目標を自動で追尾させたり、と言った性質のファイアーボールにも出来るのである。

マニュアルであれば修正、改造が可能だからこそ、自分で身に付ける事も重要なのだ。

もちろん、そうして改良したファイアーボールを、新たな魔法として登録する事は出来る。

スキルは、世界と紐付けされている。

誰かが新しいスキルをスキルツリーに登録すると、誰でもスキルポイントを消費して獲得可能になるのだ。

それは、言ってみれば手の内を明かす事だ。

折角の能力を、世界中の人間と共有する必要など無い。

だから、多分この世には、知られていないさらなる力が数多存在している。

そんな力を身に付ける為には、いつかスキルに頼らず自らを高めて行く必要に迫られる。

ならば、出来るだけ最初から、スキルにばかり頼るような真似は、慎むべきだろう。

いつかの為に、今から。


とは言え、やはりスキルは便利だ。

魔法なんて、概念からして全然訳わかめだ。

だから、まずはひとつ覚えて、それを実際に使ってみる。

いくらオートマとは言え、自分の体が動いてくれるのだ。

それをお手本にすれば、全く未知の能力を身に付ける為の、良く解る参考書となる。

出すのが難しい格闘ゲームのコマンド技を、上手い人のレバー操作を見て参考にする感じだ。

節約はするけど、必要なところには注ぎ込む。

使いどころを熟考すると言う訳だ。

で、剣は稽古で何とかしたい。

だから修行の基本は、ライアンとの剣の稽古となったのである。


2


勉強の方は、先に説明を受けた世界の事、国の事をさらに詳しく学ぶ事と、一番重要なのは魔法学だ。

もちろん、スキルで済ましてしまい、魔法は使うが魔法学は学ばない、と言う人間も多いと聞く。

俺のように、マニュアルが好きだったり、将来改良を加えようなんて考えるのは、魔導士を志す者や、それこそ最強を目指すような勇者くらいだろう。


まずは、基本の説明だ。

生来、魔法が苦手な人間族は、魔法を使う際魔法の発動体が必要となる。

魔導士が持っている杖なんかが、それに当たる。

魔法戦士のように、戦いながら魔法を使いたい場合は、武器の柄に発動体となり得る宝石を仕込んだり、指輪を嵌めたりして、動きを妨げないようにする。

次に、魔法語の呪文を詠唱するのだが、この時魔法ごとに決められた動作も必要となる。

とは言え、動き自体は指揮者がタクトを振る程度の動きで、間違ってもヒップホップを踊るようなレベルじゃ無い(^^;

詠唱しながら、手を振り体を揺する程度なので、カラオケを歌うのとそう変わらないと言って良い。

ま、それは俺が勇者だからだ。

そう、自動翻訳だ。

本来であれば、魔法語の修得が難易度Sと言える。

だから、入り口として、普通に魔法を志す者は、言語スキル・魔法語の獲得が必須となる。

あとは、それぞれの魔法で決められた所作を行いつつ、呪文の詠唱が完成すれば、魔法が発動する。


取り敢えず、参考書代わりに最低ひとつはスキルとして獲得しなければお話にならないので、俺は物質魔法・ライト(光)を獲得。

ここで、魔法やスキル、アビリティについて、追加説明だ。

まず、魔法の種類だが、便宜上、物質界の魔法と言う意味で物質魔法、精霊界の住人の力を借りる精霊魔法、神の力を借りる神聖魔法、悪魔の力を借りる暗黒魔法、竜族が使う竜語魔法の5つに大別される。

系統立てて分類すれば、もっと細分化するだろうが、主に魔力の源がどこかで分けている訳だ。

まぁ、基本となるのは物質魔法で、例外がいくつか存在する感じだ。

あぁ、ついでに言っておくと、この世界は物質界とアストラル界に分かれており、その狭間が精霊界だ。

精霊は精霊界の住人で、妖精は物質界に住むようになった元精霊界の住人。

アストラル界と言うのは、言ってみれば死後の世界で、肉の体を脱ぎ捨てた魂たちが辿り着く場所。

生きている間は、物質界の住人には無縁の世界だ。


俺が獲得したのは物質魔法Lv1で、これがスキルに当たる。

ライトと言う魔法は、物質魔法の基本アビリティのひとつ。

そのまんまの能力で、魔法で光る。

体全体が光って、直消える……あくまでも、基本能力な(^^;

ライトのレベルを上げて行けば、杖の先に光を灯したり、光球を作り出したり出来るようになる。

各種スキルには、最初に獲得したLv1状態の時、選択して修得出来る基本アビリティがいくつか用意されている。

スキルにもアビリティにもレベルがあり、どちらもスキルポイントを消費してレベルアップする。

ひとつ目の基本アビリティだけ、スキルのおまけとして無料修得出来る。

アビリティは、必要スキルレベルや前提アビリティがあって、スキルさえ獲得すれば何でも覚えられる訳では無い。

ちなみに、俺がライトを選択したのは、消費MPが0だからだ。

あくまで参考書。

可能な限り、魔法も魔法学として学んで、マニュアル発動したいものだ。


3


それ以外に、実践課題もある。

レベルアップをしなければならないので、経験値が入る行動が必要だ。

先に、盗賊・鍵開けで盗賊系スキルポイントが獲得出来ると話したが、あくまでスキルポイントが稼げるだけで、経験値は入らない。

この世界での経験値獲得は、敵を倒す事とクエスト達成の2つで可能だ。


まずは、敵を倒す事。

とは言え、実戦形式であろうと稽古は稽古。

ただ勝つだけでは、経験値にならない。

実際、経験にはなるんだから、止めを刺さなくても経験値くらい入って欲しいところだが、そこはシステマチックな部分のようだ。

だから、言い方を変えるなら、生物を殺す事が経験値獲得の条件、となる。

ちなみに、ゴーレムは魔法生物扱いなので、一応生物(^^;

あぁ、一応説明しておくと、ゴーレムと言うのは魔法で作る動く人形だ。

素材によって種類が変わり、強さも変わる。

と言う事で、Lv1の間は、小さめの運搬用ソイル(土)ゴーレムを宮廷魔導士が作成し、それを壊すと言う作業が続いた。

10体も壊せばレベルアップ。

さすがに、最初のレベルアップは容易だった。

次は20体、とは行かず、50体以上壊したと思う。

まぁ、相手は運搬用ゴーレムだからな。

倒すより作る方が大変で、Lv3になるまでに宮廷魔導士が10人近く入れ替わったわ(^^;

そのお陰で、俺はゴーレム作成の魔法は覚えた。

もちろん、マニュアル発動の方。

もちろん、その事は黙っている。

その後、戦闘用ゴーレムも倒してみたが、正直効率が悪い。

ゴーレム作成の魔法はそこまで高位の魔法では無いと思うが、まともな使い手が少なかった。

さすがに、勇者用だから高額な素材を含め色々用意してあったのだが、戦闘用となるとウッド(木)ゴーレム1体作るのも3人掛かりとなった。

……多分、俺ならすでに、アイアン(鉄)ゴーレム程度を量産する事も出来そうだ。

あとは、捕まえて来た魔獣なんかと戦うのが良いのだろうが、それはもっと高レベル用の課題らしい。


と言う事で、次はクエスト。

判りやすい例だと、近くの洞窟にモンスターが住み着いた、倒してくれ、なんて話なら、討伐クエストと言う事なる。

依頼人からクエストを請け負い、クエスト目標を達成し、依頼人に報告して報酬を受け取る(場合によっては報告の必要は無い)。

これが、典型的なクエストの形だ。

この世界では、依頼人がクエストを依頼し、達成、報酬を受け取る、と言う一連の流れを作れば、クエストが成立する。

頭の中で、クエスト開始が告げられる。

何とも、システマチックな感じだ。

そこで、「門番にこれを渡して来てくれ。」とライアンが俺に依頼をするとクエスト開始となり、受け取ったクエスト用の荷物を渡し、ライアンに報告して報酬を受け取ると、「クエストが完了しました」とアナウンスが頭の中に流れる。

すると、経験値が増えていると言う仕組みだ。

もう一度、全く同じ事をしても成立する。

馬鹿らしいと言えば馬鹿らしいが、この世界はそう言う仕組みになっているので、冒険者ギルドもそう言う形でクエスト斡旋をしているそうだ。

クエストの形には多少例外もあって、依頼人がいなかったり、報酬が無かったりしても、クエストとしてアナウンスされれば、それはクエストなのである。

その匙加減はいい加減な気もするが、その判断をしているのが、もしかしたらアーデルヴァイト・エルムスに住むと言う神なのだろうか。


4


クエストによる経験値も大した事は無いが、いくらでも簡単に用意出来るので、あっと言う間にLv5は超えた。

あっと言う間とは言ったが、招喚されてからもう2週間が経過している。

もちろん、勇者としては平均的な成長だが、一般的なこの世界の人間から見れば、あっと言う間にLv5、である。

充分成長したと見做されたので、ここからは魔獣との実戦に入る。

魔獣とは、一般的なモンスターの内、獣系のモンスター、且つ魔法を行使、または抵抗力を持つモンスターの事である。

有名どころでは、獅子の体に鷹の頭と翼を持つグリフォン、獅子の体に人間族の老人の顔を持つマンティコア、そして竜族、ドラゴンの内、比較的弱い個体などがそうだ。

さらに強かったり、高度な知能を持つ場合、魔獣とは区別されて幻獣と呼ばれる事もある。

とは言え、まだこちらは駆け出し勇者だ。

魔獣と言っても、見た目は大きな黒い犬で、狼を少し強くしたようなヘルハウンド程度の相手だ。

いや、まぁ、ヘルハウンドのレベルって、8だけどな(^^;


本格的な戦闘に入る前に、俺の戦力を説明しておこう。

ライアンに手ほどきを受けて、剣の腕前はそこそこ上がっていると思う。

得物は、ショートソード(小剣)だ。

もちろん、ロングソード(長剣)やグレートソード(大剣)をすすめられたのだが、慣れるまでは軽い方が安心だと、嘘を吐いておいた。

あぁ、ライアンは何も言わなかったぞ。

五月蠅いのは、周りの連中だ。

城務め、特に王宮務めが許されるような連中は、皆Lv10超えだ。

上から色々、ものを言って来るのだ。

戦闘のせの字も知らない、あの阿呆司教なんかも言って来る(-ω-)

そんな周りのうるさ型には、ちゃんと礼を尽くして丁寧に対応している。

阿呆司教は図に乗る一方だが、他の連中は態度を軟化してくれる。

やっぱ、あいつだけ頭おかしいだろw


防具には軽装鎧を選び、盾は持たない。

徹底して、動きやすさを追求している、体を装う。

別に、高い戦闘力は要らないが、身を守る力は欲しいので、ちゃんと戦士系スキルを獲得して行っても良いのだが……えぇ、そうです。

戦士系スキルを獲得しないで戦おうと思うと、本格的な武装なんて使いこなせないだけです(^Д^;

それでも、高品質な武装、ライアンの指導による基礎戦闘力の向上、勇者としての基礎能力の高さ、それだけでこの程度のレベルなら、問題無いです。

それに、俺は将来の為、特に特に、魔法の鍛錬には熱心です。

ライアンとの稽古、文官たちの授業、クエスト作業、それらを毎日こなしながらも、寝る間を惜しんで、もとい、早起きして魔法の勉強をしています。

毎日疲れて眠いし、勉強は午前中の方が集中出来る、と昔聞いた覚えがあったもんで。

取り敢えず、俺はすでに身体強化の魔法を、スキルを介さず習得済み。

そして、魔法学を勉強した甲斐あって、こっそり魔法を発動出来るようになっている。

魔法の使い方は説明したが、あれだとハイエルフや神、魔族、竜族などは、詠唱無しで魔法が使えると言う話なので矛盾が生じる。

つまり、教わった魔法の基本は、生来魔法が苦手な人間族が、魔法学として体系化して作り上げた人間族用の魔法の使い方であり、それが魔法の本質では無いのだ。

魔法の本質とは魔力の巡りであり、発動体は巡りやすくする物、所作は巡る道筋を明確にする行為で、詠唱が魔法を具体的に表している。

詠唱により、必要な道筋を魔力が巡れば、発動体や所作は必要では無い。

純粋な妖精族であるハイエルフなど、精霊界やアストラル界に近しい者たちは、生まれ持った感覚で、この魔力の巡りを制御出来る。

だから、彼らは詠唱すら必要としないのだ。

だが、人間族はそうも行かない。

完全に感覚だけで魔力を巡らせる事は難しく、唱えるだけで正しい道筋を辿ってくれる詠唱は、魔法行使における羅針盤である。

さすがに、人間族に無詠唱は難し過ぎる。

でも、詠唱は、正しく唱えられるなら、口に出す必要が無かったのだ。

無詠唱ならぬ、黙詠唱……まぁ、俺が勝手にそう呼んでいるだけだが(^^;

これで、魔法を唱えている事はバレない。

実際、頭の中で黙って唱えるのだから、普通に詠唱するのとほぼ変わらない時間は掛かる。

それでも、詠唱内容から何の魔法を使う気なのかもバレないので、魔法を極めるなら黙詠唱は必須ではなかろうか。


つまりは、こうだ。

Lv5勇者、ショートソード、レザーアーマー(革鎧)、身体強化あり。

ヘルハウンドなど、相手にならない。

俺の攻撃は確実にヒットし、数撃で絶命たらしめる。

老眼を克服した視力で動きを捉え、勇者ボディにバフ掛けた身体能力で、ヘルハウンドの攻撃を全てかわ~す(^∀^;

唯一、注意が必要なのは、炎の息吹、ファイアーブレスだ。

こいつを喰らうと、さすがに熱い。

……うむ、熱いだけだった(^Д^;

レザーアーマーは新しい物と交換が必要なほど損傷したが、勇者ボディの魔法抵抗は思いの外高かった。

あぁ、一応、ファイアーブレスは魔法では無いが、攻撃属性の扱いは魔法攻撃になる。

いくら高品質とは言え、魔法の防具では無い通常のレザーアーマーは、素材である革が炎に耐えられなかったようだ。

ちなみに、ファイアーブレスはわざと喰らってみたんだからね。

本当は、余裕で避けられるんだからね。

……そうして、ヘルハウンドを何匹もやっつけて、最終的にはドラゴンの中では最弱のレッサードラゴン(Lv12)まで倒して、俺は2か月でLv10へと到達した。


5


Lv10となった俺に、ライアンは祝いの言葉と共に、ある知らせをもたらす。

「良く頑張ったね、おめでとう。この世界では、一般的な戦闘職は、Lv10になって一人前と呼ばれるんだ。君は無事、勇者としてのスタートラインに立てたね。」

この2か月、毎日剣の稽古を2人で行って来た。

手合わせをして、周りの評判も聞いて、ライアンが素晴らしい勇者である事、そして、俺なんかが足元にも及ばないほど強い事は、良く判っている。

そのライアンに、俺が勇者然とするのを避けている事、戦士系スキルを身に付けようとしていない事など、当然見抜かれているはずだ。

だが、一度として、ライアンがそれを口にした事は無い。

俺が、腹に一物抱えているのを承知で、澄ました笑顔を崩さない。

当然、そう言う態度は鼻に付くものだが、ライアンに限っては、あの日も、今までも、今日も、何故か胡散臭いとは微塵も感じない。

本当に、不思議な男である。

「今日は、Lv10になった記念に、大司教様たちの御前で、勇者の力をお披露目して貰うよ。」

ついに来たようである。

招喚されて2か月、これは試験である。

そして、これはふるいだ。

勇者と言うのは格別の待遇で、国家予算じゃぶじゃぶ使って希少アイテムも惜しげも無く振る舞い、これで勇者に見合った実力を示して貰えねば困るのだ。

招喚なんて無かった事にして、三番目の勇者を招喚し直す事もあるかも知れない。

何せ、3人目では無く三番目なのだ。

勇者になれなかった落ちこぼれが何人かいれば、俺は5人目かも知れないし10人目かも知れない。

となれば、ここで相応の実力を示さねば殺されかねない訳だが……俺は無駄なスキルにポイントを使う気は無い。

勇者と言うからには、最終的には1人で何でも出来るスーパーマンが求められるので、戦士系、盗賊系、魔法系と3職全てで高い能力が必要とされるだろう。

しかし、この世界でも勇者と言えば魔法戦士のイメージで、主に戦士としての強さが必須だと思われている。

俺にとって一番重要度の低い戦士系スキルは、勇者を求める人々にとっては、一番重要なスキルなのだ。

勇者として旅立つ前の試練として求められるのは、やはり戦士としての真っ当な戦闘力だろう。

まぁ、順当に行けば、苦も無く越えられる試練のはずだ。

そう思えばこその、ライアンの笑顔だと思いたい。

多少、不安に思いつつ、俺はライアンに応えてやった。

「任せておけ。ライアン師匠に恥を掻かせないよう、精一杯頑張るよ。」


大司教3人の御前試合とは言え、王宮内に戦闘を考えて作られた施設はここしか無い。

だから、舞台はいつもの修練場。

元々、小さめの円形闘技場のような作りなので、観覧席に当たる周囲の少し高くなった場所は、中央と塀で隔てられている。

入り口から見て正面と左右それぞれに大司教は陣取り、聖堂騎士数名が囲んでいる。

経験値稼ぎでお世話になったヘルハウンドやレッサードラゴンは、正面に開いた地下への通路から入場して来た。

今回の相手も、そこからやって来るだろう。

俺は、ライアンと連れ立って、入り口より入って中央手前で立ち止まり、三方へ礼をする。

ちゃんと、この国式の礼儀作法は学んだので、もう膝はつかない。

「これより、勇者イタミ・ヒデオによる御前試合を行います。」

そう宣言し、ライアンは1人、地下への通路へと歩みを進める。

さて、勇者としての戦いっぷりが求められるこの戦い、搦め手では無い正攻法で、結果を残さねばなるまい。

と言う事で、一見正攻法に見える搦め手で行く(^^;

ライアンに頼み、ロングソードをひと振り借り受けた。

これだけでも、見栄えが違う。

使い慣れたショートソードの方が良いんじゃないか、って?

うんにゃ、そもそもショートソード自体、護身用であって本来の俺の得物じゃ無いからな。

さらに、黙詠唱の身体強化。

多分、これだけでも問題は無い。

だが、負けては元も子も無いので、打てる手は全て打っておく。

ロングソードに魔力付与、他に暗器として、目に見えない魔力の短剣を招喚し、2~3本腰のベルトに挿してある。

この2か月で、一番成果が上がったのは魔法だろう。

毎朝早起きして、勉強した甲斐があった(^^;


準備万端調えて待っていると、微かな地響きが聞こえて来る。

ふぅ、良かった。

一番危惧していたのが、ライアンが相手をする事。

もちろん、ライアンの事だから、俺の実力を周りに理解して貰えるよう考えて相手をしてくれるだろうが、現状絶対勝てない相手なのは間違い無い。

正直、倍以上レベルの離れたドラゴンを相手にする方が、気が楽だ。

地響きを立てるくらいだ、大司教子飼いの聖堂騎士、と言う線も消えた。

その辺は、勝っても負けても角が立ちそうで、勝ち方を考えるのが面倒臭い(^^;

やはり、ここは、レッサードラゴンを超えるレベルの、モンスターが順当だ。

そうして姿を現したモノは、予想通り人間では無かった。

オーガ。

敢えて漢字で書くなら鬼となるオーガは、邪妖精の一種でオーク(豚に似た顔立ちの亜人種)、コボルド(犬に似た顔立ちの亜人種)、ゴブリン(小鬼)、ホブゴブリン(ゴブリンとは違う種だが、ゴブリンを大きくしたような亜人種)のさらに上位、トロール(巨人族の中で一番小さな巨人)に並ぶ化け物だ。

他の邪妖精同様頭は良く無いが、巨躯で力が強く、再生能力も持つ物理攻撃系の難敵である。

トロールの方が力と再生力は高いが、トロールは鈍重でオーガ以上に脳筋だ。

再生力を上回る攻撃力さえあれば、むしろトロールは怖く無い。

本当に恐れるべきは、こと戦闘に関しては決して馬鹿では無い、オーガの方だ。

ちなみに、オーガのノーネームのレベルは15。

今の俺はLv10で、一般的な戦士や冒険者もLv10で一人前、隊長やリーダーを務める者がLv13程度だから、オーガの脅威が窺い知れよう。

レッサードラゴンよりも高レベルだ。

……うむ、楽勝である。

いや、弱過ぎる。

元より、勇者はこの世界の住人より能力が高い傾向にあり、成長率も高いとされている。

ただ凡庸に修行してLv10になった勇者でさえ、多分オーガ程度じゃ相手にならない。

う~む、こいつは1匹目、と言う事だろうか。

と言う事で、真正面から相手をする事にした。

「始め」の合図も無しに、フライング気味に突進して来たオーガの、振りかぶった右腕から繰り出される棍棒の一撃を、敢えて大きく右方に飛び退くように躱し、二、三度ひらりひらりと追撃も躱してみせる。

もちろん、いきなり倒してまぐれと思われないように、ちゃんと敵の攻撃が見えている、その程度は通用しない、と言うパフォーマンスだ。

その後、オーガの攻撃を躱しつつカウンターで胴を薙ぐ。

強化した物理攻撃力と、魔力剣によるアストラル体への同時攻撃である。

あくまで真っ当な物理的生物の再生力など、ものの役には立たん。

さすがに、ロングソードは得意な得物では無いので、胴を一刀両断!とは行かないまでも、その一撃でオーガは昏倒する。

やはり、楽勝過ぎる。

さて、次の相手はどんな化け物かと身構えれば、いつの間にか戻って来ていたライアンの「うん、文句無しの合格ですね。」との言葉。

あぁ、そうか。

勇者同士であるライアンはオーガなんて楽勝だって判るけど、一般人から見ればオーガは強敵だもんな。

たった2か月でオーガを一撃で倒す、それはもう、充分勇者だった訳である。


つづく

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