第一章 勇者イタミ・ヒデオ


1


俺が立っている魔法陣は直径2~3mくらいで、まだ薄緑色に淡く光っていた。

部屋はそこそこ広く、窓から明かりが差し込んでいるから、地下で怪しい儀式を行っている、と言う感じでは無い。

黒いローブたちは、部屋の壁際に並ぶ形で、魔法陣を取り囲んでいる。

その中に1人だけ、ローブ姿では無い男がいる。

小綺麗な服を着て、腰には装飾された剣を帯びているので、多分貴族なのだろう。

立派な体躯で顔立ちも良く、貴族と言うか王子様と言った風情だ。

欧米人っぽい感じで、第一印象はトップガンの人(笑)

イメージだけの話では無く、某虎と兎の空飛ぶ良い人並みには似ていると思うw


そのトム(仮)が数歩歩み出る。

俺に余計な警戒心を抱かせないよう、充分な距離を置いて歩みを止めた感じだ。

その顔に浮かぶ笑みは、不思議と胡散臭さを感じない。

人は見掛けによらないが、トムの見掛けは本当に良い人に見える。

「いきなりこんな事態に巻き込んでしまって済まない。」

そう言って、トムはまず頭を下げて謝罪した。

「私はライアン。この国の二番目の勇者だ。君は、三番目の勇者と言う事になる。」

ふむ、トムは俺と同じ境遇であり、つまりは異世界人。

俺は、トムと同じように、勇者として招喚されたと言う事が、今の言葉だけで推測出来る。

しかし、一番気になったのはそこじゃ無い。

トムが話しているのが日本語であり、だが口が合っていない事だ。

洋画の吹き替え版を見るような感じである。

「悪いが、先に気になっている事を2つほど確認させて欲しい。」

トムにも、俺の日本語は理解出来たようだ。

「あぁ、構わないよ。何が聞きたいんだい?」

「ひとつ目は、」

……俺、と言おうとして間が開く。

「私が、三番目の勇者とはどう言う事だ?」

これで勇者である事を確認出来れば、少なくともすぐに命が危うくなる事はあるまい。

わざわざ招喚した勇者様を、何もさせずに殺すなんて無意味だ。

「ここ神聖オルヴァドル教国には、100年に一度3人の勇者を異世界より招喚する、と言う伝統儀式が伝わっていてね。今年がその100年目に当たり、勇者招喚の儀式が行われているんだ。私が二番目で、君が三番目と言う訳さ。」

なるほど、勇者は異世界から招喚される訳だから、推測通りトムも異世界人と言う事だな。

「なるほど、となると、2つ目の疑問の答えも勇者なのかもな。トムは日本人には見えないけど、私には日本語を話しているように聞こえるんだが。」

「トム?私はライアンだよ。」

あぁ、しまった(^^;

思わずトム呼ばわりしてしまったorz

「あぁ、済まない。貴方がトム・クルーズに似ていたもんだから、つい。」

「トム・クルーズ?本当かい?それは嬉しいね。それに、懐かしいな……」

うむ、口走ってしまったのはミスだが、これでもうひとつ確認が取れた。

彼は、俺と同じ時代の地球から来た。

100年単位の過去や未来の可能性もあったが、さすがにトム・クルーズを知っているんだから、きっと価値観はそうズレていないはずだ。

それだけでも、少し安心出来た気がする。

「まるでトムのような貴方が、カタコトでは無い流暢な日本語を話す事に違和感があってね。それに、口の動きも合っていないように見える。」

「良く見ているね。そう、正解だよ。私は元アメリカ人で、今も英語を話している。でも、君には日本語に聞こえているんだね。これは、勇者の固有スキル、自動翻訳によるものさ。語る言葉は話し相手の理解出来る言語に翻訳され、聞く言葉は自分の良く知る言語に翻訳される。とても便利だね。」

この国では、勇者は異世界から招喚された者がなるから、確実に異世界人なのだろう。

だから、言葉で困らないように、勇者の固有スキルとして最初から備わっている、と言う事か。

これで、この世界にはスキルが存在する事も判ったな。

オラ、何だかわくわくして来たぞw

「それで、申し訳無いが自己紹介をして貰えないかな。まだ、君の名前も聞いていない。」

おっと、先に名乗ってくれたのに、名乗り返すのを忘れてしまうなんて、随分失礼な奴だな、俺(^^;

「……ヒデオ。私の名前はイタミ・ヒデオ、日本人です。」


2


その後、色々説明を受けてから、宛がわれた部屋でひと休みする事となった。

招喚された時、現世は夕方だったが今はまだ午前中。

あぁ、時計は存在し、1日24時間、365日で1年……。

取り敢えず、判った事を整理しておこう。


神聖オルヴァドル教国には、100年に一度3人の勇者を呼び出す儀式があり、その勇者が魔王を倒すのだそうだ。

いつからこの儀式が続いているのか、何故3人なのかは、すでに忘れ去られているらしい。

最初に招喚された勇者は、半年ほど前既に旅立ち、各地で活躍しているそうだ。

伝統として、一番目の勇者は二番目の勇者を鍛えてから旅立ち、二番目の勇者は三番目の勇者を鍛えてから旅立つ事になっており、これから俺はトム、もとい、ライアンに鍛えて貰う事になる(^^;

そして、これが特に重要な事なのだが、勇者は勇者用に用意された肉体に憑依する形で招喚される為、今の体は本来の自分の体では無い。

憑依した時点で細部は本来の姿に寄るようだが、何しろ勇者だ、強くなって活躍して貰わねば困るから、強靭な容れ物が用意される事となる。

年齢は20代中頃、細マッチョで長身の男性。

この国の人間の容姿が欧米人っぽいので、素体は欧米系の白人のような容姿だそうな。

しっかり磨かれた良く映る鏡は貴重で、そこかしこにある物では無い為、ライアンは俺に言われるまで、自分がトム似だとは思わなかったと言っていた(^Д^;

部屋にある鏡では薄ぼんやりとしか見えないが、俺は俺の若い頃に似てはいる。

実際の20代中頃よりシュッとしていて、髪の色が少し茶色い感じだ。

間違い無く、当時の俺よりイケメンで、日本人離れしている。

だが、そこは強さを求められる勇者だ。

現代のひょろいイケメンとは違い、漢と書いて『おとこ』と読むような、漢らしさを醸し出している。

だが諸君、正直そこは重要では無いのだよ。

現世では、良い歳をしたおっさんだったからね、俺。

最高なのは、体調ですわ。

耳鳴りはしないわ、節々、腰は痛まないわ、目だって良く見える。

もう忘れていたけど、これが健康って奴なんだな(^^;


次に、能力面。

スキルが存在する事は確認済みだが、この世界にはレベルもあり、勇者はクラスに相当する。

力や素早さなど能力値の初期値、それから成長率が、勇者は通常の人間族よりも高いそうだ。

そしてスキルだが、クラスで左右されるものもあるけど、基本的にはスキルポイントさえ割り振れば、大概獲得可能。

大まかに、戦士系、盗賊系、魔法系の3系統に分かれていて、中身はさらに細分化されるが、スキルポイントは戦士系、盗賊系、魔法系、万能と4種類が獲得される仕組みだ。

レベルアップにより獲得出来るのが万能スキルポイントで、これは3系統どのスキルにも使えるポイントだ。

3系統のスキルポイントは、主に各系統のスキルを使って敵を倒す事で獲得出来る。

とは言っても、例えば盗賊系スキルのアビリティ・鍵開けで宝箱の鍵を開ければ、盗賊系のスキルポイントが獲得出来る。

だから、敵の撃破だけがスキルポイントの獲得手段では無いのだが、一番判りやすいのがスキルを使って敵を倒す事な訳だ。

勇者の固有スキルは、意外にも自動翻訳だけだった。

伝統的に勇者は鍛えて貰うので、自動翻訳さえあれば困らないから必要無いのだろう。

ちなみに、一番目の勇者は、教国一の騎士が教育係を務めると決まっている。

だから、勇者は何番目であっても、必要な教育を受けられる。


それから、ゲームのように、視界の中に諸数値が見えたりする事は無い。

レベルやクラス、能力値、スキルなどは、頭の中に浮かんで見える。

脳内で全てを把握するのは大変で、慣れるまで時間は掛かると言う話だ。

取り敢えず、俺は盗賊系スキルの鑑定を、1レベル獲得しておいた。

これで、色々な物を調べる事が出来る。

まぁ、Lv1では、名前や大まかな種類が判別出来るだけだ。

例えば、俺の姿を確認した鏡。

こいつは、鏡、鏡、と名前も種類も鏡だ(^^;

役に立たないって?

いやいやいや、そんな事は無い。

もしこれが、鏡、鏡?、と表示されればしめたもの。

その鏡は、多分魔法の鏡だ。

そう、鑑定Lv1では、魔法の品は鑑定出来無い。

それはつまり、鑑定出来無い物は魔法のアイテムかも知れない、と言う事なのだ。

実際の鑑定なんて、本職の鑑定士に任せれば良い。

俺は、どこぞでアイテムを発見した時に、そいつが有り触れた物なのか、曰く有り気な物なのかが判れば良い。

持ち帰れるアイテムには限りがある。

ゲームのように、何でもかんでも持ち歩ける訳では無いのだ。


そして、人間相手に使うと、その人の上に名前、レベル、HP、MPが表示される。

とは言え、鑑定スキルでそれらの情報が得られる訳では無い。

名前も知らない赤の他人であれば、名前????、Lv??、HP??、MP??だ。

これが、ライアンを鑑定した時には、ライアン、Lv??、HP??、MP??となる。

これも、決して無意味では無い。

顔は覚えているが名前が判らない、そんな時に困らなくて済むのだ(^∀^;

少なくとも、便利な名刺代わりにはなる。

もちろん、相手の能力を把握したり、別のスキルでより詳しく相手の能力を知る事が出来れば、ここで表示される項目は増える事だろう。

しかし、それは反対に、俺の能力も他人に鑑定されると言う事だ。

残りHPやMPを把握されるのは、死活問題になり得る。

自分だけが、有利になれる訳では無い。

異世界には異世界なりの生き方がある、と言う話である。


3


あとは、この世界の事、この国の事。

この世界の名は、アーデルヴァイト。

神々が支配する、神と人間の世界。

神々は、人間族の支配地南方に位置する、神の国アーデルヴァイト・エルムスに住む。

神々が人間族を支配し、人間族がアーデルヴァイト全域を統治し、エルフやドワーフなどの亜人種は、人間族の領域内で集落を作り生活している。

そして、人間族の支配地北方、そこに魔族が住んでいる。

神の敵たる悪魔に仕える魔族は、神々の命と支援を受けた人間族との戦争に敗れ、不毛な北方の大地に押し込められている。

しかし、今も虎視眈々と反撃の機会を窺っていて、北方の国々は魔族との小競り合いを続けている。

その魔族を率いるのが魔王であり、勇者が倒すべき敵である。


この国、神聖オルヴァドル教国は、神の国アーデルヴァイト・エルムスと繋がる人間族の聖地。

普段、決して神々は神の国を出ず、御使いが訪れる事も稀だ。

神の言葉は、選ばれし巫女が神の国を訪れる事で下賜される。

その巫女の庇護者が聖オルヴァドル教の教皇であり、神聖オルヴァドル教国は教皇が国王も務める宗教国家である。

教皇が事実上の最高権威者であるが、一応名目上は巫女が第一位。

教皇が第二位となり、大司教が第三位で最大3名まで、次期教皇候補が就くとされる。

第四位が司教、次に大司祭、司祭と続き、教会に仕える信者たちが修道士、修道女。

市井の信者たちは、教徒や信徒と呼ばれる。


ちなみに、オルヴァドルとは主神の名であり、聖オルヴァドル教は俗に主神教と呼ばれる事もある。

先の階級は主神教の階級であり、神聖オルヴァドル教国の階級は別にある。

公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の5つに大別され、神職も爵位も現世とほぼ一緒……って、そう翻訳されて聞こえる、と言うだけの話だが。

違いは、あくまでこの国は、宗教国家であると言う事。

実質的な支配階級は神職であり、領土は神職が賜る。

それを、爵位を持つ貴族が代理で治めるのである。

これは、他の国々との大きな違いであり、この国の貴族たちは神職に頭が上がらない。

教皇の領土を治める公爵でさえ、司祭にもへつらわねばならない。

それは、直属の上司に当たる教皇が、公爵よりも司祭を上位と考えているからだ。

それに伴い、貴族に仕える騎士も、神職に仕える聖堂騎士より下に見られる。

言ってみれば、正規の連邦軍とティターンズの関係だな(^Д^;

さすがに、神の国への玄関口だけに、宗教がとても強い立場を築いているのだ。


4


そんな風に、頭の中で情報の整理をしていたら、お昼前に迎えが来た。

部屋には軽食も用意されていたから、別に昼食の時間と言う訳では無い。

ちなみに、用意されていたのはパンとフルーツだが、どちらもそんなに美味くは無かった。

パンはぱさぱさ、フルーツは甘さ超控え目。

ここは王宮だから、軽食にしたって高級品のはずだ。

それがこの程度なのだから、飽食の時代の日本の食事が、いかに美味かったかと思い知る。

多分、この先食には苦労する事だろう。


迎えに来たのは2人の騎士で、純白の鎧に華美な装飾がなされているところから、聖堂騎士だと思われた。

まぁ、先の説明を聞いた限り、ティターンズ、もとい聖堂騎士方エリート様が、王宮務めも独占しているのだろう(^^;

もしかしたら、騎士たちは領地へ追いやられていて、王都では見掛けないかも知れないな。

そんなエリート2人は、意外にも礼儀正しかった。

第一印象としては、決して鼻持ちならない権威主義者には見えない。

まぁ、俺が勇者だからかも知れないが。


典型的な鼻持ちならない権威主義者には、案内の道中で出遭えた。

勇者様の進路を妨害するように立ち塞がった、1人の僧服。

あからさまに踏ん反り返り、しかしこちらは長身なので、その状態でこちらを見上げている(^^;

聖堂騎士の1人が、狼狽えるでも無く堂々とその僧服に声を掛ける。

「これはエーデルハイト司教、おはよう御座います。我々は今、勇者様を謁見の間へご案内しているところですが、何かご用向きでも御座いましたか?」

丁寧な言葉で、今勇者いるんだから退けよ、デブ、と仰っておられる(^Д^;

この2人は教皇付きの、高位騎士なのかも知れないな。

勇者は様付けで、司教はそのまんま司教呼ばわり。

ちなみに、神職は領主でもあるので、通例として領地の名前に役職を付けて呼ぶと言う話だった。

エーデルハイト領主だからエーデルハイト司教、と言う事だな。

あぁ、さらにちなみに、エーデルハイト司教は禿げてはいないが太っている。

さっきのデブは、俺の心の声だw

「うむ、三番目の勇者の招喚に成功したと聞いたのでな。その顔を拝みに来た。」

「そう急がずとも、教皇猊下ご謁見の後、司教方には本日中にお披露目となりますのに。」

もう1人の聖堂騎士が、軽くたしなめる。

「勇者に相応しく無い下賤の者であれば、教皇猊下にお会い頂く事もあるまい。儂がそれを見定めてやろうと言うのだ。」

心根が卑しい者に、下賤かどうかなど判るとは思えんが。とは思っても、決して口にはしないよ。

「どうした、勇者殿。何か言う事は無いのか?」

俺はこの国の礼儀作法など知らないので、それを理由に睥睨しながら目で威圧……してやっても良いのだが、思うところがあって片膝をついてそれっぽく振舞っておく。

「失礼しました。司教様のお許し無く勝手に話し掛けては非礼かと思い、黙っておりました。私はイタミ・ヒデオと申します。どうぞ、宜しくお願い致します。」

そうして頭を下げておいた。

驚いたのは2人の聖堂騎士の方で、阿呆司教はさも当然と言った風情でこちらを見下ろしている。

「なるほど、確かに儂はまだ声掛けを許してはいなかったな。ならば、そのまま黙っておるのが貴様の振る舞いであるべきだな。勝手に話し掛けた無礼、罰してやらねばならんかな?」

わぉ、何と判りやすいクソ野郎(^ω^;

人が下手に出ているのだ、そちらも一歩引き下がれば良いものを、こちらのパスはまるで見えていないようだ。

う~ん、余計な、いや、つまらんトラブルは避けたいんだけどなぁ。

「エーデルハイト司教、それは勇者様に対して無礼ですぞ。勇者様は教皇猊下の御客人であらせられるのです。それをお忘れ無きよう。」

慌てた聖堂騎士が、今度は強くたしなめる。

「ふん、そうであったな。しかし、勇者なんぞと言っても、全ての者が正しく勇者であった訳ではあるまい。こやつが勇者に相応しいかは判らぬではないか。」

「司教っ!」

怒気を孕んで、聖堂騎士が睨み付ける。

まぁ、想定内ではあったが、その態度で察したよ。

ん?何の事かって?

それはまた、後で話そう。

しかし、どうやらこの2人は、司教を下に見ているんじゃ無くて、エーデルハイト司教だから下に見ていたようだ。

出世に関してだけは有能、そう言う人間は、どこの世界にもいる。

「どうした。何か言う事は無いのか?」

エーデルハイト司教は、杖として突いていた儀礼用の錫杖を棍棒のように持ち替えて、俺の頭を小突いて来る。

俺は一切反応してやらなかったが、これには聖堂騎士が色めき立つ。

比較的若い方の聖堂騎士は、思わず腰の剣に手を伸ばす始末。

もうひとりが割って入り、エーデルハイト司教はたたらを踏んで数歩後退る。

「いくら司教と言えど、勇者様への不敬となれば、罪に問われますぞ!」

エーデルハイト司教は、吃驚した顔で聖堂騎士を見上げる。

まさか、そんな態度を取られるとは、想像も出来無かったようだ。

何だろう。

勇者は教皇の客人と言っていたから、国賓と言って良いだろう。

いくら司教が第四位の神職だとしても、俺の感覚では国賓を蔑ろにして良いほど偉いとは思えないのだが、有力な後ろ盾でもあるのだろうか。

このような振る舞いも、自分なら許されると本気で思っていそうだな。

そのエーデルハイト司教だが、聖堂騎士の叱責に色を失っていたかと思えば、今度はぷるぷる小刻みに震えながら顔を真っ赤にしている。

俺はもちろん、何も言わない。

どうせ、助け舟を出してやっても、こう言う奴はその意味すら解さないだろう。

エーデルハイト司教は、2人の聖堂騎士では無く、俺を睨み付けてから踵を返す。

お前なぁ……はぁ、まぁ良いや、あいつ死刑決定w


5


謁見の間は、かなり広く豪奢な作りだった。

神に仕える身だから質素倹約、では無く、神の権威を示す為に華美に飾り立てている、と言った風情だ。

それこそ、教徒でもある教皇が座ると言うよりも、神そのものが座るかのような神々しいばかりの玉座には、一切黒色を使わない白く煌びやかな法衣を纏った老人が鎮座している。

もうかなりの高齢で、目を閉じている今は、威厳のようなものも感じられない。

玉座の横には、矍鑠とした老人が1人立っており、その法衣や錫杖は教皇に次ぐ煌びやかさだ。

そこからさらに少し間を開けて、左右に同じ法衣と錫杖の壮年の男性たちが立っている。

彼ら3人が、大司教なのだろう。

他に神職の姿は無く、謁見の間左右の壁に並ぶのは、聖堂騎士の面々である。

……やはり巫女の姿は見えないが、この場にはライアンも同席するものと思っていたので、ライアンの姿が見えずに少し不安だ(^^;


俺が謁見の間中央まで進むと、教皇の隣に佇む大司教と思しき人物に、手で制止を促される。

教皇までは、まだ10m以上離れた距離だ。

先の司教とのやり取りの際、片膝をつく行為が見咎められる事も無かったので、取り敢えずその場で片膝をついておく。

すると、矍鑠大司教が教皇に何か耳打ちし、その後こちらに向き直って話し始める。

「こちらにおわすお方が、神聖オルヴァドル教国国王、並びに聖オルヴァドル教教皇猊下であらせられる。」

その声に、一同が頭を垂れて畏まる。

声を上げた大司教も、一度頭を垂れて畏まった後、話を続ける。

「此度、三番目の勇者の招喚が成り、これにより国家の大望は果たされよう。その偉業を成すであろう勇者よ、名乗るが良い。」

う~ん、こう言う堅っ苦しいのは勘弁願いたいが、致し方無い。

「私の名は、イタミ・ヒデオと申します。勇者の名に恥じぬよう、精進致す所存。どうか、国王陛下の御威光により、使命を無事果たせるよう、お導き下さい。」

俺は、敢えて国王と呼んだが、場がざわつく事は無かった。

一応、部屋で休んでいる時に、謁見についてのレクチャーは受けている。

謁見の場で、何か話し合いがされる訳では無い。

言ってみれば、パフォーマンスである。

俺は、レクチャーされた台詞を喋ったに過ぎない。

教皇猊下の部分を、国王陛下に変えて。

そこまで深い意味は無いが、宗教には少し抵抗がある。

だから、ファンタジ-で馴染みのある、国王の方が言いやすかっただけだ。

一応、紹介の時、国王が先で教皇が後だったし、これが正解だったのかな?


その後、大司教が1人ずつ自己紹介をして、勇者にひと言ずつ言葉を掛ける。

正直、教皇含めて全員どうでも良いのだが、ここは右も左も判らぬ異世界。

素直に従っておくのが賢明である。

若い頃は、我が強く周りの意見を素直に聞けなかったが、あれもこれも上手く行かず失敗を積み重ね、良い歳をしたおっさんになってから振り返れってみれば、あの時素直になれていればと後悔ばかり。

ここはひとまず、周りの言う事に素直に従って、優等生でいる事だ。

余計な敵は作らずに、つまらないトラブルは回避して、勇者として担がれておく。

そうしないと、大変な事になりかねない。

俺には、もう戻る場所など無いのだ。

その理由は、またの機会に話すとして、こうして俺は、招喚された異世界で勇者になったのである。

いや、実際に勇者になるのは、これからなのだが……


つづく

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