第9話 強烈な感情
あれから何日が経ったのだろう。私はあの日以降、あの雨の日以降、一度もユキと会ってはいない。それどころか、学校にすら行ってはいない。そんなことできるはずもなかった。もう私には合わせる顔がなかった。私は、本当にもうなにもしたくなかった。もう嫌だった。もう彼女の目を見たくはなかった。
酷いことをたくさん言ってしまった。後悔をしているし、謝罪し許しを請わなくてはいけないことだと思う。本当に良くないことをした。本当に嫌なことをした。
でも、それはすべてが嘘というわけじゃないというのが、私は本当に辛い。あの時吐いたことだけが真実ではないけれど、同時にあの時吐いたことが嘘ではない。もう何を言ったかもうろ覚えだけれど、きっとあれも私の本音なんだ。それが自分でもわかっているから、余計に私は何もしたくなかった。
あんなことを思うような。思ってしまうような私は、誰とも関わるべきではないと思ってしまうから。私はもう何もしたくない。もう外の世界に出たくない。
いやでも、いつかはこうなる日が来るとわかってはいた。自らの怪物性を、暴力性を制御できずに外に露出させてしまい、人を傷つける瞬間が来ると、分かってはいた。それを思い出してはいた。だから、離れようと思ったのに。それより先に私は全てを吐き出してしまった。
逆なのかもしれないけれど。離れようと決意するほど、私達は近づいていたから、あんなふうに吐き出してしまったのかもしれないけれど。
1つわかることは、今更何をしても無駄であるということ。もう私は何をすることもできない。何も変えられない。もうこれも終わってしまったことだから。私はもう取り返しの付かないことをしてしまったのだから、私にはもうただ悔いることしかできない。
もう死ぬしかないのではないか。もうこんな私が生存している価値などないのではないか。早く私という怪物を殺した方が良いのではないか。薄っすらと存在していたその気持ちは非常に強力に私に纏わりつくようになっていた。
でも、もちろん自死する勇気は私にはない。だから、余計に嫌になる。逃げたいのに、逃げる場所などない。それが辛い。そして苦しい。でも、それは私が言う台詞ではない。私は加害者なのだから、そんなことを言う資格はない。私は罪人なんだ。生まれた時からずっと、原罪を抱えているんだ。だから、多分、これが、この気持ち自体が罰なのではないか。そんな気がする。
けれど、この気持ち自体が罰なら、本当に私に自死は許されない。罰から逃げれば、ずっと罪人のままなのだから。でも、これ以降もただこの罰と共に生きるしかないのなら、死んでしまいたい。今にも死んでしまいたい。もう逃げたい。この世界に16年も存在してしまったけれど、こんな場所に生まれたこと自体が間違いだったのだから、もう消えてしまいたい。
きっと、私が生まれるべきは怪物だらけの世界なはずなんだ。私はこの世界にふさわしくはない。私がこれ以上ここにいれば、世界をぐちゃぐちゃにしてしまうのではないか。私は、世界の敵なのではないか。怪物なのだから、世界を壊してしまうのではないか。
そんなことばかりを、気持ち悪いことばかりを、考えてしまう。
ずっとそんな思考の濁流に呑まれたまま、私はただ壁を見つめているだけで、5日が経過した。手には包丁が握られて、いつでも自死は可能なのだけれど、手鏡代わりにしか使っていない。
でも、その手鏡は私を写す。どこまでもやつれていく私を写す。
自嘲気味に笑ってしまうのだけれど、こんな風に考えていても、私はお腹が減れば食事はとるし、夜になれば風呂に入っていた。そして眠くなれば、眠ってしまう。まるで人みたいなことをしていた。今までのように。我ながら人のふりが随分とうまいなと、笑わずにはいられない。
その時、少し大きな通知音がする。これは携帯魔導通信機のものではない。そちらの電源はすでに切っている。これは、部屋に備え付けられた、来客を知らせる鐘の音である。
来客が誰かは見なくてもわかる。今日までの4日間毎日ここに来ているのだから。今日で5日間連続、彼女は来ている。
「ミリア。聞こえてる? 大丈夫?」
ユキが来た。またしても。
私は耳を塞ぎ、身体を丸める。
「聞こえてると思って話すけれど……本当にごめんなさい。これまでも、たくさん負担をかけたよね。謝っても許してくれるかわからないけれど。でも、許してくれなくてもいいの。ただ、私はミリアのことが心配で。今日も学校に来なかったよね。ううん、それはどっちでもいいんだけれど……なんていうか、その、大丈夫? 元気にしてる? 無事? ちゃんと食べて、寝てる……? ね、声を聴かせてよ……心配だよ……本当に、大丈夫? 話したくないのはわかるよ。私とはもう、話したくないよね。でも、私はまたミリアの姿が見たいよ。
……ミリアのいない世界は、本当に色褪せてて、何も面白くないんだ。灰色だらけだよ。ずっと前に話したけれど、覚えてるかな。私の世界はずっと灰色だったから。ミリアと話して初めて色が付いたんだよ。だから、元に戻っただけなんだけれど……私はもう耐えられないよ。色のない世界を見ていると、やっぱり私って……ううん。こんなこと話しても仕方ないよね」
耳を塞いでも、彼女の声は私の元まで入ってくる。それはこの部屋が小さく、壁が薄いことにも起因しているけれど、それよりも彼女の言葉を私は雑音としては処理できないからだろう。
そして、彼女の言葉は私には毒だった。その言葉に、私を責めるような文言は1つもなくて、ただ純粋に私を心配しているというのが伝わってきた。本当に疑問でならなかった。私が酷いことをしたのだから、私が悪いのだから、彼女には責める権利があるはずだ。私を攻撃する権利があるはずだ。
なのに、どうして。
どうして彼女は。
きっとそれは、ユキが高潔だからだと思う。彼女は見た目通り、心も綺麗だから、私をこうも簡単に許してくれる……いや、私に罪があるとすら思っていないのだから、許すという工程すらなかったのかもしれない。そんなわけはないのに。
「えっとね。とにかく、元気でいてね。ほんとに。あと、えっと。あれ、何を言いたかったんだっけ。言葉が難しいな……でも、ほんとに私は、ミリアのことが心配で。あれかな……やっぱり邪魔かな。私は」
「邪魔なんだよ! 毎日ぴーちくぴーちくと! うるせぇんだよ! 俺の家の前で何してんだよ!」
びくりとした。それは私の声ではない。彼女の声でもない。知らない聞いたこともない男の声。
きっと、同じ集合住宅に住む誰かが来たのだ。あまり気にしてはいないことだったけれど、彼女は私の扉の前で話をしているのだから、集合住宅であるこの場所で話をしているのだから、誰かにその場面を見られることもあったはずだ。そして、こうして咎められる時も。
「なんだよ。ずっとずっと話して。そんなに、この家のやつにかまって欲しいのか?」
そろりそろりと私は窓から様子を伺う。備え付けの不透明硝子ごしでは、はっきりとは見えないけれど、ユキは男の人に怒鳴られているようだった。影程度しか見えないけれど、本当に恐ろしい光景だった。
「黙ってんじゃねぇよ! さっきまであんなに喚いてたくせによ。ていうかよ、そんなに話し相手が欲しいならよ、俺が話し相手になってやるよ。俺の部屋で、ゆっくり話そうぜ。それでいいだろ? おい! いいだろって聞いてんだよ!」
まずいのではないだろうか。もしも男の人が手をあげれば、酷いことになってしまう。それは嫌だ。また私のせいで、彼女が傷つくのは。何かしないといけないのだろうけれど、なにをすればいいのかわからない。それにまた、何かをしたせいで、悪くなるかもしれない。
「な、それでいいだろ? その綺麗な面に感謝するんだな。この程度で許してやろうってんだから」
「せっかくだけれど、後にしてもらえる? 私、今大切な人に大切な話をしてるから。邪魔しないでくれる?」
彼女の声は、冷静かつ余裕のあるもので、私が聞いたことのないものだった。本当にユキが発したものなのかと疑うほど、その言葉は冷たく、棘に満ちていた。
「あ? 何言ってんだ! お前が俺の邪魔をしたんだろうが!」
「……消えなさい。あなたのようなものとは、話したくもない。視界にすら入れたくない。今ならこの言葉だけで勘弁しておくけれど、それ以上近づけば、容赦はしない」
冷え切った声とは反対に、男の声量は上がる。今にも何かが起きそうだった。私も、冷水をかけられても止まれないほどに焦る。その何かが良いものとは思えなくて。
「あ? 舐めた口きいてんじゃねぇぞ! 大体お前が悪いんだろうが、俺の眠りを邪魔しやがって! こっちはなぁ、疲れてんだよ! 身体でも使って慰めてくれねぇと殺すぞ!」
そして私は何かをしなくてはいけないと思った。助けないといけないと思った。そんなことで、私の罪が許されるとは思っていないけれど、ここで見過ごせば、それこそ罪であると思った。
だから、私は扉を開けた。手に包丁を持ち、小さな蛮勇と共に。
けれど、そこに助けを求めている者はいなかった。扉を開ければ、そこには大の字で倒れている男と、こちらをきょとんとした目で見るユキその姿があった。
「ぇ」
思わず声が漏れた。何が起きたのかわからない。けれど、ユキが何かをしたことで、そうなったことはわかった。つまりは男を一人でなんとかしてしまったのだ。けれど、いくら運動神経が良いからって、ただ女の子に過ぎない彼女にそんなことできるわけが。
……いや、違う。彼女は普通の人ではない。彼女の言葉を借りれば、彼女は人と魔力の融合体。魔法生物に近い存在であると言っていた。魔法生物は、魔力を自在に扱える生物で、その運動能力は魔力により大きく向上し、通常の生物を遥かに上回る。
「ミリア! あ、いや、久しぶり、だね」
ユキは私を見た途端、さっきまでの冷酷な雰囲気はどこへやら、半分涙目で駆け寄り、抱き着くような勢いだったけれど、途中でその勢いはしぼみ、小さく私に手を振った。
久しぶりに見たユキは私の見ていた彼女とは少し違っていた。多分、毎日見てる者でもほとんどのものは気づかないような小さな変化だし、私も具体的にはわからなかったけれど、確かに変わっていた。言うなれば、彼女の纏う空気が沈んでいた。いつもの不思議な空気ではなく、なんというか消沈していた。
「ぅ。と、とりあえず、中、入る?」
「……いいの?」
「その、外に居続けるのも、寒いでしょ?」
本当に気まずい空気が流れていた。私はどうすればいいかわからず、きっと彼女もどうすればいいかわからなかった。ただ部屋の中の小さな敷物の上に座り、時が過ぎる。
正直、私は勢いのままに連れ込んでしまったけれど、私はもう吐きそうだった。彼女とはまともに目も合わせることはできず、迫りくる吐き気をこらえながら、ただ時を待っていた。罪状を読み上げられる前の被告人の気持ちとはこのようなものなのかなと思った。いつ、彼女による制裁が、私への糾弾が始まるのではないかと不安で仕方がなかった。そして、そうなれば私に逃げ場はない。
「あ、あの。ごめんなさい。本当に私は……ミリアの気持ちなんて考えずに、迷惑だったよね。私、その、わからなくて。魔法のおかげで、人の心が見えれば、ただその色に合わせるだけで良かったから、そうじゃない人とどう関わればいいかわからなくて、だから……ううん、こんなの、言い訳にもならないよね……本当にごめんなさい」
恐れる私の予想とは違い、彼女の発したのは謝罪だった。それはある意味では予想通りではあったのだけれど、でも、それでも、信じられないものだった。
「……なんで、謝るの?」
「私が、悪いから。ミリアにたくさん辛いことをしてしまったから」
「違う。違うでしょ……ユキは何も悪くない。悪いのは私だけで、全部私が悪い。たくさん酷いことを言ったのは私。善意を踏みにじったのも私。性格が悪いのも私。傷をふりまくのも私。私が悪いのに、なんで。なんで、そんなこと言うの……」
自分の声は、自分でも驚くほど小さく、何を言っているのかほとんどわからないものだった。結局私はまだ自らの罪に向き合えてはいない。
「そっか。でも、私はミリアを責めないよ」
あぁ、まただ。また私は。私はもう、冷静ではいられない。
「なんでよ! なんで責めないの! 私はあんな、あんな酷いことばかり言ったのに! 全部、全部私が壊したのに……また、私はっ。私が全部潰したんだよ!? ユキは何も悪くなくて、私を心配してくれたのに……なのに、なんで……なんで、私は。私が、それを壊したのに! 早く責めればいい! 私を嫌えばいい! どうせ、みんな最後には私を嫌うんだから! 最後まで私といてくれる人なんていないんだから! いつも最後にはそうなるんだ! 私をいつも、あの目でっ、みんなあの目で見るんだ! そんな目で見ないでよ! 私がそんなに悪いことをしたの? そうだよ! 全部、私が悪いことしたなんて、思ってないよ! 私の何が悪いの? 私は、ただ善いと思って、助けたいって思って……! でも。でも、それは、私のただの。私が人ではないから……みんな私から離れていくんだ。私はただ、独りになりたくないだけなのに。みんな私を嫌いになって、みんな消えていくんだ。私を腫れ物にして。私を疎んで! いつも、いつも。ユキも早く私を嫌ってよ! そんな期待なんてさせないでよ! そんなに優しくしないでよ! 私はいつも、いつも、それに何も返せないのに! 私が何かをしようとしたって、それはいつも誰かを傷つけるだけで……私は、なんでこんな……こんな風に生まれるなら、生まれたくなんてなかった! 私を捨てた親のように、みんな私を捨てるなら、なら、私なんて、もう最初から死んでおけばよかったのに! なんで、そんな風に私を拾い上げたりするの……そんなことしないでよ……最初から私を殺してくれれば、そんな変な期待なんてしなくて済んだのに……みんなそうだよ……そうだよ、みんなが悪いんだよ! みんなが私をこうしたんだよ! みんなが、私を騙して、優しくして、それですぐに私を捨てるから! 捨てるからそんな……そんなことして、私がまともになるわけないじゃん! 私を捨てた親も! 3日で見ないふりを始めた孤児院長も! 話しかけてきたくせに、二度と話そうとしなかった孤児も! 私を嫌った彼女も! 周りに同調して私を攻撃する彼らも! ただ私を腫れ物にした先生も! みんな嫌い! 大嫌い! みんな死んじゃえばいいんだ! みんな消えちゃえばいいんだ! 最後まで責任をもって、私と関わってよ! 私は、私がそんなに醜いの? 私にそんなに触れたくないの? そんなに私を孤独にして楽しいの? おかしいよ。そんなの。みんなは孤独じゃないのに! 私だけ……私だけ孤独なんて! なら、みんな孤独になればいい! 死んで孤独になればいい! だから、みんな死んじゃえばいいんだ! ユキもっ。ユキもだって、私は。私は、そんなふうに話しかけられて、話しかけられても、私は信じない! どうせすぐ嫌いになるんだから! どうせ私のこと嫌いになるんだから! 変な事ばかり、気持ち悪いことばかり考えている私のことなんて、嫌いになるんだから! そんな目で私を見ないでよ! みんなと同じ目でどうせ見るんだから。こっちを見ないで! 私を見ないで! なんでっ。なんでこんなこと。こんなこと言っても変わらないことぐらいわかってるのに。でも、でも、私。私は。本当は。そんな私なんて。私なんて死んじゃえばいいのに! 全員そう思ってるんだから! 食品店の店員も、隣人に住む学生も、真面目そうな先生も、隣に座る名も知らない同級生も、道を歩く誰かも、みんながっ、みんなそう思ってるんだから、私なんて早く死んじゃえばいいんだ! ユキもそう思っているんでしょ? 今じゃなくても、すぐにそう思うんだから、今からそう思えばいいじゃん! 私のことなんて、早く嫌いになって、憎しみを向ければいいじゃん! 疎めばいいじゃん! 恨めばいいじゃん! 私は……私はだって、孤独に生まれて、人の心も知らない怪物なんだから……化け物なんだから、疎まれるために生まれてきて、だから、私は、私は、私なんか……死にたいっ……早く死にたいのに、でも、そんなの嫌で、嫌なのに、生きていていいって思いたいのに、誰かっ、誰か私を、私に生きていていいって言ってよ! 私はただそれだけなのに、それだけなのにっ……みんな、私に死ねって言うの……? なんでそんなひどいこと言うの。みんなはそれを誰かにもらってるのに……なんで私だけ誰もくれないの? そんなに私が悪い? そんなに私が生きていることは悪いことなの? 私が生きていたら、みんな傷つくから? それぐらい我慢してよ……! は……? 我慢できるわけないじゃん! 傷つくのなんて、みんな嫌に決まってるんだから! みんな自己保身に走るんだから。襲われたら、殺されそうになったら、傷つけられたら、外敵を排除しようとするのは、当たり前じゃん……そんなことわかってる! わかってるけれど! でも、でも、それならやっぱり私は、生きてちゃいけないの? 私が生きてたら、みんな困るなら、私が生きてていい場所なんてないの? ないよ! そんなのあるわけないじゃん! 私はだって、生まれた時から捨てられて、お前なんていらないって、親にも言われてるようなものなんだから……親ですらそうなら、みんなそうに決まってる……みんな私なんかいらないんだから、ならそんな居場所なんて手に入るわけないじゃん! だから、早く死んじゃえばいいのに! なのに。なんで。なんでユキは、私を好きだとか言うの? どうせ嫌いになるくせに。すぐに私をあの目で見る癖に! なんでそんなに期待させるようなこと言うの? おかしいよ。みんなおかしいよ。なんで、善意が敵意に変わるの? なんで善意で触れ合えば、敵意を返されるの? 意味がわかんないよ! みんな、みんなのほうがおかしい……おかしいのに、おかしいのは私でっ、私だから、私がおかしいから、みんな私を殺そうとしてるんだ! みんなが私に敵意を向けてるんだ! そんなのっ、そんなのが自意識過剰なことぐらいわかってる! わかってるけれど……でも、でも。みんなすぐにそうなるんだもの! すぐに私を嫌うんだもの! 最初は優しい顔して、私がそれを信じたらすぐに、期待をすればすぐに、みんなあの目を向けるんだ! 私を憎んで、疎んで、恨んで……最初からそうしてよ! なんでそんなにみんな残酷なの? 私を置いていかないで……私に教えて……私を独りにしないで……なんで、なんでみんな離れていくの……避けないでよ! 私を、私を避けないで……私を嫌いにならないで……ただ、本当にただそれだけなのに……でも、でも、そんなの過ぎた望みで、私は、私なんてそんなことできなくて、でも、嫌で、わかんなくて、わかってる、わかってるよ! 私が気持ち悪いやつで、人を傷つけるやつだから独りになってることぐらい! でも、しょうがないじゃん! 私、だって私は、ずっと独りで、ずっと独りだったんだから、人の気持ちなんてわかるわけないじゃん! 誰も教えてくれないのに。誰も私を育ててないのに、人の気持ちなんてわかるわけないじゃん! そんな私が愛だの恋だのわかるわけない! わかんないよ! ユキの言ってることは全然わかんないだよ! いつも好きだとか、恋をしてるとか、そんなことを言われたって、だって、そんなの知らなくて、教えてもらえなくて、感じ取れなくて、私は、私は人じゃないんだから、怪物なんだから、そんなこと言われてもわかんない! わかんないんだよ……どうすればいいの? そんなに言われても、私はどうすればいいかわからないよ……やっぱり死ななくちゃ、消えなくちゃいけない? 結局、そういうことなんでしょ? みんなが私を嫌うなら、そうなんでしょ? 死ねばいいんでしょ? ここで! 死ねば! みんな満足なんでしょ! 私はみんなの敵なんだから……だから、そうなんでしょ!? ユキもそう言えばいいじゃん! 私に傷つけられた被害者なんだから、私に死ねって言えばいいじゃん! 死んでほしいんでしょ? 消えて欲しいでしょ? 私なんて、いなくなればいいって思ってるんでしょ? はっきり言ってよ! もうユキが優しいのはわかったから、わかったからもういいよ。取り繕わないでよ。私にはっきり言えばいいじゃん! 死ねばいいって! お前なんか、消えてしまえって! お前なんか、人類の敵なんだから消えてしまえって言えばいいじゃん! 早く言ってよ! 聞いてるの? ユキ! 早く答えてよ! ユキもそうなんでしょ? みんなと同じなんでしょ! だから早く言えばいいじゃん! 早く私を、殺せばいいじゃん! 言ってよっ……期待させないでよ……早く私を絶望させてよ……諦めさせてよ……夢を見させないでよ……光を照らさないでよ……私の世界には暴風と大海だけで良いのに……それなら諦められるのに……なんで、希望なんか……もう嫌だ……もう全部嫌なんだよ……全部、全部。全部もう。もうなんで、なんでこんな。こんなことばかり。こんなことばかりなの? 私。私だって。嫌だっ、嫌だよぉ……もうやめてよぉ……やだ、やだよぉ……いつもいつもこんな……こんなの……酷いよ……」
もう声は枯れて欠けていた。もう何を言っているかはわからなかった。ただ鼻水まみれで、涙だらけで、ただ私は感情を暴れさせていただけだった。
「ね」
その声を私は聞きたいと思った。
その声を私は聞きたくないと思った。
「愛してる」
ぇ。
「そ、そんなの嘘に決まって」
「嘘じゃないよ。私はミリアを愛してる。私はミリアしかいないの。私が恋をして、愛を与えたいと思えるのはミリアしかいない。ミリアの全てが私は好き。生きてちゃいけないなんて、そんなことはないよ。この世の全てがミリアを嫌っても、それでも私は、私だけは愛してる。だから、生きていて欲しい。私はミリアに、生きていて欲しい」
やめて。
「そんなの、信じれるわけない。どうせまた。そうやって、私に期待させて。もうやめてよ!」
「ううん。やめない。私はミリアを愛してる。ずっと。私が私である限りずっと。今は信じてもらえなくてもかまわない。でも、私はずっとミリアを愛してるから。ミリアが自分のことを嫌っていても、私はミリアのことを愛してる。」
おねがい。
「無理だよ。信じれないよ。なんで、それを信じれると思うの? 信じられるわけないじゃん。私、だって私。私は」
「信じなくてもいい。でも、お願い。傍にいさせて。傍にいて。ずっと、傍にいて欲しい。お願い」
だめだ。
それ以上言わないで。
だめなのに。
私は。
私はまた。
「そばにいてくれるなら、私はなんでもするよ。本当に、なんでも。私にできることなら全部。ううん、できないことだって、ミリアのためならやってみせるよ。だから、お願い。傍にいて。いて欲しい」
「……いてもいいの?」
「いて欲しいの」
私はそれようやく彼女の目を見つめた。
彼女の目は雫にまみれていたけれど、同時にその言葉はとても強く、戯言や虚言ではないと分かった……というよりは、そう思いたかっただけかもしれないけど。だから、私はただ崩れ落ちた。
高ぶり、荒ぶる感情が、私を支配していた感情が音を立てて崩れていく。何かが決壊し、私はもう立ち上がることなどできなかった。どこからか聞こえてくる嗚咽が私のものだと気づいたのは少ししてからのことで。そして、私を包む暖かさがユキの体温によるものだと気づいた。
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