第11話 異世界転生者への洗礼

 ノーツライザ周辺には広大な樹海があった。


 エルダーランド王国とグラディエント皇国の国境の役目を果たしている、途方もなく広がった陸の大海。


 そこには、邪悪な魔物、そして、それを従える人の魂を食らう不老不死の魔女が住んでいたという伝承が今でも残る、かつては禁足地でもあったフォルテナル樹海だ。


 今では、周辺の村や町の冒険者の狩場として重宝されてはいるが、強力な魔物が数多く潜んでいて、毎年、何人もの冒険者がその牙で命を落としていた。


 そんな経緯もあって周辺ギルドのほとんどが、例え、薬草採取の依頼であっても必ず二人以上の団体パーティーでの行動を義務付けている。


 ……。


 ……。


 ギルド集会場前広場。


 ヴァルロゼッタとオズバッレトが、薬草採取の依頼クエストの出発前の最終確認をしていた。


 あの場をしのぐための口からの出まかせは、皮肉にも採用されたのだった。


「いいか、異世界転生者。たかが、薬草採取と言えど、少しの気のゆるみが死につながることもある!従って、どのような依頼でも装備は万全でなくてはならない」


「それは重々理解していますが……、何ですかいきなり……?」


 オズバレットは何故か鬼教官のように背筋を伸ばして仁王立ちをしている。


「こほん。貴様はどうやらファルシア義姉さんに気に入られたみたいだからな……、見てみろ集会場の窓を――」

 

「ああ……」


 そういうことですか――。ファルシアは笑顔でこちらに手を振っていた。


 しっかりと面倒を見るように釘を刺されたのだろう。


 取り敢えず、笑顔で手を振りかえした。


「でも、わたくし。冒険者歴はそれなりにありますが……?」

 

「そんなことは知っている。しかも、異世界転生者の貴様であれば裸一貫で森に入っても平気だろう?」


「いえ、それは流石に……、別の意味で平気ではありませんが」


 わざと意地悪く言ってくる。


 この方は……。相当、異世界転生者に恨みがあるみたいですね――。


「まぁ。……というわけで、これより持ち物確認を行う!」


 どういうわけなのだろう──。とにかく、そんな流れで抜き打ちの持ち物検査が始まってしまう。


「それでは、新入りィ!上官の後に続けい!!」


「はぁ……」


 いつの間にか部下になっていたヴァルロゼッタは、何かの創作物の登場人物になりきっているかのような口調のオズバレットに、若干、飽きれ気味で対応した。


 最早、逆らうだけ体力の無駄だと理解していた。


「ナイフ!」


「剣があるので」


「ぬぅ……。水筒!」


「魔術で水が出せますね」


「むぅ……。傷薬!」


「かすり傷程度なら自然治癒で治りますし」


「な、ならば……。……。弁当!」


「先ほどファルシアさんから渡されましたね」


「……おい待てィ!見たところ腰に差している剣以外は手ぶらに見えるが」


 オズバレットは、ここぞと言う具合に得意そうに指摘をする。


無限収納アイテムボックス注文オーダーファルシアさんのお弁当」


 涼しい顔をしながらヴァルロゼッタは、手元に次元の歪みを作り出すと何もない空間から、慣れた手つきで弁当を取り出しては見せる。


「――これで満足ですか?」


「ナァ……!?ママママ、マサカ、何モナイ空間カラ弁当ヲ……!?奇跡カーーーー!?!?!?」


 無限収納アイテムボックス。生き物以外なら何にでもしまっておける、ヴァルロゼッタの持つチートスキルの一つである。


「……。絶対驚いて無いですよね、それ」


「ふん。まあな」


 異世界転生者であれば、標準装備ともいえるチートスキルという事らしい。


 オズバレットは、一般人なら開いた口が塞がらないような光景を、何食わぬ顔で眺めていた。


「――では、出発するぞ」


「何なんですか一体……」


「異世界転生者に出くわしたら、一応、こういうくだりはやっておかないとな。――様式美というヤツだ」


「は、はぁ……」


 ヴァルロゼッタは、このやり取りだけでも疲れた気がする。



 ※※※



 町を出て、寂れた街道を進んでいく。


 ヴァルロゼッタ達は、フォルテナル樹海に入り込める獣道入り口を目差し、移動していた。


 脱兎の如く全力疾走で。


「す、少し休憩……、休憩をお願いします……」


 流石に疲労の限界を感じたので、休憩を申し出る。


 激しい呼吸により、喉の奥がひくひくしてきた。


「なんだァ?異世界転生者の癖にもう疲れたのか。急がないと日が暮れるぞ?」


 否。徒歩でも1時間あれば余裕の距離。オズバレットの異世界転生者ヴァルロゼッタへの当たりは強かった。


 そんな煽りに構える暇も無く。


「うぅ……、吐きそう……」


 ヴァルロゼッタは、胃から逆流して何かが口から出そうになるのを手で抑え込む。


「あ……。おい、貴様!美しい大自然を吐しゃ物で汚そうとするな……!?」


 やれやれと言った感じで、オズバレットは背中をさする。


 幸い、今朝食べた食事が逆流するという事は無く、事なきを得た。


「――仕方ない奴だな。ほら、深呼吸をしろ」


「はぁ……、はぁ……、はぁ……。すみません……」


 膝に手をつき、肩を上下させて呼吸をする。


「あ、あの……。一つ質問を……」


「なんだ?異世界転生者」


「何故、わたくしは走らされたのでしょうか?」


 大体5㎞程を休憩なしで走らさせられた。


 その上ペースは短距離走並み。訳が分からない。


「俺も走っていたが?」


 オズバレットは、汗一つ垂らしていない。


「……。ではなくて、でしたら馬でも連れてくれb……」


「たわけがァ!!!!!」


 ヴァルロゼッタの言葉を遮って、オズバレットの怒号が落ちる。


 晴天の霹靂、正にそんな感じがした。


 周囲の木から小鳥が驚いて飛び立ってゆく。


「ひぃ……!?で、でも……」


 わたくし、何か変な事でも言いましたっけ――?どういう理由で怒鳴られているのか、状況が理解できない。


「自分で走った方が鍛錬になってお得だろうが!」


 さも、当然のように言う。


「はぁ……?お得???え……?」


 何を言われるかと身構えたが、その答えは予測できていなかった。


 予想の斜め上を大外回りで過ぎ去っていく返答に、空気の抜けた声が出てしまう。


「良いか、異世界転生者!これだけは胸に刻んでおけ。――人生とは努力に始まり、努力に終わる。努力とは、全人類に与えられた平等な権利であり果たすべき義務なのだ!」


「はぁ?」


 話の行方が迷子になり。まるで自分の知らない国の言葉を聞いている気分になる。


「――皆は努力の為に、努力は皆の為に。One for 努力, 努力 for one.努力ぴょこぴょこ三努力努力、合わせてぴょこぴょこ六努力努力だァ!!」


「え……?何の話ですか???」


 向こう3年分くらいの“努力”と言う単語を、この数秒で浴びせられた気がする。


 オズバレットは、努力をする事が好きらしい。と、いう事だけは辛うじて理解できたが。


「強い冒険者になりたくば、いついかなる時も努力をねじ込んで行けという事だ。現状に甘んじて努力をしない様な奴は俺は認めんッ!――それとも、最近の異世界転生者は、努力も出来ん根性なししかいないのかァ!?」


 理不尽に怒鳴られた上に煽られた。


 何故そこまで言われなければいけないのか。OL時代、会社で老害に絡まれた時の事を彷彿とさせる。


「いえいえいえ!意味わかんないですし!!――と言うよりも、わたくしもうそこそこ強いですから!!」


 こういう場合は、適当に流しておくのが安牌なのだが。があり、むっとして答える。


 別にこれまで努力をしてこなかったわけでは無いのだ。現にチートスキルを使いこなすための努力はそれなりにした。


 それに強さという点だけで言えば、今以上に高望みするつもりは無い、現状で満足だ。


 なので、このとち狂った努力の押し売りに付き合わされる道理は、微塵も無かった。


 いや、違う。


「それに――」


 努力をしたって……。不意に暗い感情が掘り返される。


 ……。


 ……。


「なんだ?」


「努力をしたって……、報われない事もあるではないですか?――どんなに頑張ったって、結果が伴わなければ、認められなければ意味は……」


 がそうだった。


 子供の頃憧れていた職業に就きたい、良い学校に通って、良い会社で働きたい、人生をより良いものにしていきたい。


 社会の中で上手く敵を作らず平穏を過ごしたい。


 自分らしく生きたかった。


 そうやって努力してきたのだ。そして、その結末を知っている。


 でも、それで良い。仕方が無いのだ。大体の人間は同じような悩みを抱えている。だから、私も小さな幸せを大事にしながら生きて行こう……。


 オズバレットの言葉は、そんな、あの頃の自分――霧ヶ矢佳奈子の報われなかった人生を否定するかように思えた。


「笑止」


 オズバレットは不敵に笑む。


「え?」


、な。――そこに浪漫を感じるのだろうが!?」


 え、浪漫?今、努力の話をしているのでしたよね――???オズバレットの考えている事が益々分からなくなってくる。


 まるで努力の結果よりも、努力という行為自体に重きを置いている様だった。所謂いわゆる、“ドМ”というヤツなのではと、いぶかしむ。


「感じませんが……」


「何ィ!?これっぽちもか!?!?!?」


 オズバレットは、共感を得られなかった事に驚く。


 何だか、こちらの方が変だと言わんばかりだ。


「これぽっちもです!」


 恐らく一生掛かっても。オズバレットの偏った思想は理解できないだろうと、ヴァルロゼッタは思う。


「ぐぬぬぬ……。――仕方ない……、こんな所で道草を食っている時間が勿体無い。俺からの有り難い金言はここまでしておいてやろう……。」


「は、はぁ……」


 今日は何から何まで疲れる事ばかりだ。澄み渡った青空を仰ぐ。


 こんなペースでは、依頼の為の体力は残るのか不安になってくる。


「いや、至言か……!?」


「どちらでもないですよ」


 冷たくあしらった。


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