第10話 頂点に立つ者
どの世界においても、弱肉強食という自然の摂理には抗うことができない。
人は身分で力関係が決まるように、自分たちよりも強い力を持つ者には逆らえない。
それでもその身を犠牲にすれば、もしかしたらが有り得るかもしれなかった。
只、今回はそれすらも通用しない、常識の範囲外の上位の存在の介入があった。
ただそれだけの事だった。
「オーズーくーん!」
「げっ……」
オズバレットの後ろの方から、聞き覚えのある女性の声がする。
声の主はファルシア・ヴァン・アインシュタット。
見た目の年齢はヴァルロゼッタ達とそれほど離れては見えないが、その容姿・仕草からは隠しきれない包容力を感じさせる、先ほど冒険者手続きをしてくれたギルドの受付だ。
彼女は今まで、ヴァルロゼッタの新しいギルド証の発行作業をしていたので、この騒ぎには遅れてやってきたというわけだ。
「あらあら……!大丈夫ロゼッタちゃん!?」
「あ、いえ……。――ちょぉう!?す、すみません!あ!ああん……!?ゆっくり、ゆっくりとおねがいします」
ヴァルロゼッタはファルシアに支えられながら、静かにつかまり立ちをする。
……。
……。
「た、助かりました」
「いえいえ♪――あ、それとコレ。ロゼッタちゃんのギルド証」
「……あ、ありがとうございます」
痛みも和らぎ、死に渕から解放されたヴァルロゼッタは息を整えなんとか礼の言葉を絞り出す。
「それと……、オ~ズ~く~ん~!」
「うぇ!?ファ、ファルシア
静かに、そしてゆっくりとその場から退散していようとした。
笑顔ではあるが明らかに怒っている様子のファルシアに気付かれると、オズバレットはこれまでとはうって変わって小動物のように小刻みに震えだす。
何かを察したウォルフが、無言で身振り手振りして、野次馬たちに解散を促していた。
「“どうしたんだ?”じゃありません。私、オズ君には、薬草採取の依頼をお願いしていたはずです!もう出発していると思ったら、こんなところでロゼッタちゃんをイジメているじゃありませんか……。いつからそんな姉不幸者になっちゃったんですか!お姉ちゃん悲しいです!!シクシク……」
涙目になるファルシア。
それを見て、オズバレットは慌てだす。
「い、イジメてなんていないさ!――な、なぁ……?ただ俺は、依頼の同行者を探していただけで……。そ、そう!!それで、この新人を案内ついでに誘っていただけさ。な、なあ!?」
「……本当ですかぁ?何か先程爆発音の様な物が聞こえたんですけど」
オズバッレトの背には、抉れて地肌が露出しているレンガ畳。
勿論、ファルシアの視界にもそれが見えている。
「う゛っ……。――それは、ちょぉっと出発前の準備運動で……。だよね?ロゼッタ君」
白々しく猫なで声で聞いてきた。
オズバッレトは、ヴァルロゼッタに目配せをする。それは凄まじい眼力で、俺に話を合わせろと言っているようだった。
「えぇ……、まぁ、そのような感じです……」
力なく、目を伏せながら答える。
最早今のヴァルロゼッタに、逆らう気力といったものは残されていないのだ。
「広場に人がこんなに集まってですかぁ?」
「これは、新人が珍しくて集まってきたというか……」
完全に目は泳いでいる。
「……じゃあ、“ファルシアお姉ちゃんごめんなさい”って言ってくれたらそうゆうことにして許します!」
「う?うん!?何故そうなる!?!?!?」
「むー(うるうる……)」
「……い、いや、ファルシア義姉さん!?それは流石に……。人目があるというか、俺も良い大人だし……」
「うわぁぁぁん!
あぁ……、またか、と。
残っていた野次馬たちの冷めた目がこちらに向けられてくる。
「……」
ヴァルロゼッタも出来るだけ、無関係を装いたくなってきた。
「わわわわわ、分かった。分かったから!言うから!!――。近所迷惑だし、もう大声で泣かないでくれ……。――……。……。……!ファ、ファルシアお義姉ちゃんごめんなさい……」
恥ずかしさで顔はどんどん下がっていき、言葉尻に声は小さくなっていく。
そこには、もう先ほどの悪魔のようなの青年の面影は無かった。
「……」
目の前で起きているえげつない羞恥プレイ。ヴァルロゼッタはさっきまでの怨敵に憐れみの視線をおくっていた。
「じゃあ……、ロゼッタちゃんも……、」
「――何故ぇ!?!?!?」
どうしてかその標的がヴァルロゼッタの方にも向かってくる。
「うー(うるうる……)」
「え、ええ……!?」
拒否権は無いようだった。
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