第9話 魔女の一撃
辺り一面には砂埃が舞っている。
姿は確認できないが、反撃をしてこようとする様子はない。あの威力の魔術を喰らって無傷な人間など居ないだろう。
気絶したか、痛みに悶えて
いずれにせよ。
「わたくしの勝ちという事で宜しいでしょうか?」
決着はもう着いたのだ。
ヴァルロゼッタは涼し気な表情で、放心状態のウォルフに確認を取る。
「え……?お、おおう……」
瞬間。
「!?」
砂煙の中より、木製の短剣が一直線に飛んできた。
「――えっ!?くぅう!!!お、重い!」
間一髪で反応する。反射的に手にした木製剣で、自分目掛けて飛んでくる剣を迎撃した。
「そんな……、あの直撃から!?」
もう戦闘不能になっているものと思っていた。
完全に意識外からの攻撃だ。
しかも、
凡人にしては規格外の腕力。当たり所が悪ければ気絶してしまう程だった。
これを狙って――?
完璧な奇襲。
しかし、チートスキルで五感を研ぎ澄まされているヴァルロゼッタに対しては今一つ詰めの甘い一手でもある。
「それに……」
これでは丸腰に……。
結果としてヴァルロゼッタを追い詰めるどころか、戦況はより不利な形となっている。
オズバレットの持っていた武器は木製の短剣一本。それも今の奇襲に使用された。
「――だったら、次こそ」
優位性は失われていない。
ヴァルロゼッタは、反撃の構えを取る。
ここを決めさえすれば、勝つ。
が。
「たわけが!」
「!?」
迎撃した剣の陰から更にもう一本。
「――ちょ、いー!?!?!?」
弾丸の如く躍り出てきた。
「ひいいい!」
寸でのところで何とか切り払う。
「――まさか、もう一本隠し持って!?」
「ふん。こんな手に引っ掛かりおってw」
「なぁ……!」
な、なんてペテン師――!自分が勝手に油断した事が悪いと思わなくもないが、それはそれとして、とりあえず心の中で非難しておく。
「ふぅ……。やってくれましたね!でも、もう流石に剣は隠し持っていないは……、ずぅ!?」
何はともあれ、相手の奇襲の阻止には成功した。後は油断せずに、確実に止めを刺せば良い。
そんな
「――って!?ええええええええ!?!?!?」
困惑しながらも、そのすべてを見事な剣
石ころの様な物が散らばり落ちる。
「あ、危なかったぁ……。――武器は渡された物だけなのでは!?」
一息つくと、すかさず抗議の態度を示す。
「そうだ、オズ!卑怯だぞー!!」
観戦していた野次馬もヴァルロゼッタに味方をする。
「ふふふふ……」
「?」
「卑怯?たわけが!よく見て見ろ!!――それは、貴様が今し方吹き飛ばした足元の
砂煙が晴れ、腕組をしたドヤ顔のオズバレットが姿を現わす。
「その様な事……、ズルではないですか!?」
「――“武器の指定以外は何でもあり”。……そうだよなぁ?ウォルフさん!?」
「ああ……、そうだぜ!!」
「ふはははは!貴様。どうせ、魔術の使えない相手なら、遠距離の勝負でもすれば楽勝だとでも思ったのだろう?間抜けめ!」
「ぐぬぬぬ……」
ここぞという時に痛いところを突いてくる。
「悪いがその裏をかかせて貰ったぞ。――己が危機察知能力の脆弱さと想像力の欠如を呪うが良い!!!」
「騙し討ちってやつだな!」
ウォルフがオズバレットの隣に並び立つ。
彼らは邪悪に笑ってみせた。
「まさか始めからわたくしを油断させるつもりで!?」
ヴァルロゼッタは、決闘開始前の二人とのやり取りを思い出す。
「ふふふふ……!」
「くくくく……!」
「でも、そこまでしてわたくしには、傷一つつけられていませんが……?」
「ふふふふ……、ふふ……」
「くくくく……、くく……」
あ、これは
「えーい♪」
目の前には、間抜けが二人。無慈悲にもヴァルロゼッタはすぐさまに魔術を放つ。
「あ~あ。勝負ありだなぁ、こりゃ」
誰もがその瞬間、ヴァルロゼッタの勝利を想像した。
炎の弾丸は、オズバレットに真っ直ぐ飛んでいく。ウォルフも巻き添えになるような気もするがご愛敬だ。
既に回避できない距離まで迫る。
“残念だったね。君の努力なんて僕の力の前では無意味なんだよ”
「ちっ」
オズバレットが徐に手を翳す。
ヴァルロゼッタの放った魔術は着弾し、魔力によって押し固められていた炎が開放されて燃え上がる……。
はずだった。
次の瞬間には、急激な温度の上昇により一瞬にして膨張した空気による爆発が……。
起きなかったのだ。
「――お前、俺にコレを使わせたな?」
「ちょっ……。ええ!?!?!?――そ、そんな……!!!」
着弾の直前。ヴァルロゼッタの放った魔術は、跡形も無く離散し消え失せる。
「……」
まるで何も無かったかのような静寂が訪れた。
「……。何が……、起こったのですか……?」
「こんな“力”に頼らなければ、満足に
オズバレットは一人、静かに憤慨し。意味ありげな事を呟きながら、そこに立っていた。
ヴァルロゼッタは思いもよらない光景に言葉を失う。
「――……ふん、まるで状況が理解できないという顔だな。まぁ無理もない。俺も初めて転生者の力を前にした時は、訳も分からず、何も出来ずに尊厳と誇りを蹂躙された……」
「……」
「──だが貴様はどうだ?まだ抗う術があるのではないか?転生者は、相手の魔導資質をその眼で視ることが出来ると聞いたことがあるぞ?」
「……え?」
オズバレットの言う魔導資質とは、個人が持つそれぞれの魔力保有量、使用可能な魔術の種類、
それらは、学校やギルドなどで試験を行う事で知る事ができるのだが、ヴァルロゼッタは転生得点で手に入れた“魔眼”によって、ステータスという形式で瞬時にそれを分析することが出来た。
確かにわたくしには、魔眼による鑑定スキルが有りますが。何故、その様な事まで――?
疑問が頭に浮かぶものの、先程の魔術が消滅した理由を知りたくて、ヴァルロゼッタは言われるがまま、右目の魔眼でオズバレットの魔導資質を視る。
「……?あれ、ステータスに黒い
「ふははははーーーーーーー!!!!!引っ掛かったな、たわけがァw敵の言葉にわざわざ耳を傾けるなど愚の骨頂!!転生者、敗れたりーーーーーwww!!!」
「――、しまっ」
刹那。
魔眼を使うことに気をとられた隙に、一気に距離を詰められる。
左の眼が接近戦が可能な間合いまで近づいたオズバレットの姿を捉える。
「近づいてしまえば、勝ったも同然よ!」
だがもう武器は持っていないはず。対してこちらは、木製の剣を装備し、鎧まで着込んでいるのだ。
勝ち目など無い様に見える。
それでもオズバレットは、迷わず格闘戦を仕掛けてきた。
身体能力で異世界転生者がそのへんの人間に負ける事は無い。
が。もう油断はしない。
最大火力を最速で叩き込む。
「そうはいくものですか!」
瞬間的に剣を振るう腕に魔力を込める。
神速の一閃がオズバレットに向けて放たれた。
「この俺に速さで挑むか!愚かなり!!!」
笑っている──!?!?!?
「嘘でしょ!?これに対応出来るのですか!?!?!?」
オズバレットと眼が合う。
そして。
魔力が篭められた剣。木製だとしても、当たれば骨折は免れない程の一撃を。
口で受け止めた。
「はあ!?!?!?!?」
更に。
上顎と下顎をカチリと噛み合わせて、
砕いて見せた。
「(ニィ)」
『そんなのアリーーー!?』
「ふー、ん……!」
そのまま体勢から、ヴァルロゼッタに頭突きをかます。
この展開は予想していない。回避も出来ず綺麗に入った。
「いったぁ!!?」
痛みにたまらず、後方によろめく。オズバレットは、待ってましたと言わんばかりに回り込んだ。
「これで、止めぃ!」
そして。がら空きになった側面より、
「封印されし十三の禁術が一つ、受けるが良い!
魔力の込められた拳が、腹部のライトプレートごと打ち抜いた。
小さくパリンっという音がした。
「速いっ避けられn……!!──!?!?!?きゅうううぅぅぅぅ!?!?!?」
ヴァルロゼッタは得体の知れない激痛に、身体の制御を失った。
「ひっー!?、はーはーはー……!!!???」
手足を震わせながら、四つん這いで地面に
今のは何ですか!?魔術?いやちがう――!
仮に彼らが嘘を付いていて本当は魔術が使えたとしても、危険を冒してまでこの至近距離で打ち込む理由が思い当たらない。
脂汗を滲ませながらも、冷静に思考を働かせる。
骨折をしている様子はない。鎧は確かにひしゃげているが、先程の打撃が直接的な激痛の原因ではない。
そして痛みは、横腹よりももっと身体の奥から感じられる。
人体に損傷の無い激痛……。これは、魔力を打ち込まれた……!?
相手を一時的に戦闘不能状態にする方法として、自分の魔力を大量に流し込み拒絶反応を起こすといった方法がある。確かに魔術が使えなくてもこの方法なら魔術師を倒せる。
しかし、それはあくまでも魔力保有量が同格か格下の相手でなければ成立しないはずなのだ。
そもそも常人の倍もの魔力を保有する異世界転生者のヴァルロゼッタには通用しない。
大海に絵の具を一滴垂らしても、海の色があせる事は無い様に。
「わ……、私になにを……、したのですか……!?」
「さぁて、何だろうなぁ?」
得体の知れない激痛。ここに来てやっと自分は、とんでもないものを敵に回してしまったのではと思い始める。
「――それより、これ以上痛いのは嫌だろうw?もう降参した方がいいんじゃないか転生者のロッゼッタ君www?」
オズバレットは、しゃがみこんでヴァルロゼッタの顔を覗き込みながら嬉しそうに煽る。
「はあ……、はあ……。で、ですから、私は異世界転生者などと言うものではッ!」
「(ニヤリ)」
「え”?」
「あれれー?ボクがいつ貴様を異世界転生者なんて言ったのかなぁーーーwww?」
「はぅあ……!?」
青年は悪魔のような笑みを浮かべている。が、目は笑っていなかった。
しまったと思う。
「異世界とは何の事だ?俺は転生者としか言っていないぞ???」
思い返せば、オズバレットは異世界なんていう単語を、今の今まで一度も使っていなかった。
「で、でも……!転生者と言えば、異世界転生者だと思うじゃないですか……!――……。あ”……!?」
最後の止めは自分で刺したようなものだった。
オズバッレトは目を細めていた。
ドス黒い影の中に、禍々しく紅い眼光が見えている。
「わ、わ、わ……、わたくしがうっかり口を滑らすのを計算してわざと!?」
「ふん。こんな言葉遊びに釣られおってw――まぁ、自白せんでも俺の中では、異世界転生者であることは決まっていたのだが……。――どの道、貴様に明るい未来は訪れん。……さて、どうしてくれようか」
「はーっ!はーっ!はーっ!――ひいいいい!あだだだだ……」
もう逃げられない!
呼吸が乱れる。心臓の脈動が加速する。
小刻みに震える身体に少しでも力を入れると、身体中に激痛が走った。
「早く楽になりたいか?」
「ひゅー……!ひゅー……!ひゅー……!」
激痛が走るため首すら振れない、目で必死にYESと答える。
「――では、最後の機会をくれてやろう。貴様は異世界転生者で間違いないな?」
あ、多分これもう駄目なやつだ……。
既に勝敗は決していたのだ。
きっと全てはオズバレットの手のひらの上だったと、今になって理解した。
「は……、」
心の折れる音がする。
「――は゛い゛……、わ゛だぐじは゛……、異世界転生者でずぅ……」
恐ろしさの余り、色んな汁が出ていたかもしれない。
事実上の無条件降伏だった。
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