第7話 決闘

 過去の記憶が、走馬灯のように頭の中を駆けた気がした。


 どれくらい経ったのだろう。ヴァルロゼッタは気絶をして、そのまま机に倒れ込んでいたようだった。


 強打したのか鼻の頭が痛い。


 意識が戻ると、例の青年が目の前で優雅に紅茶を飲んでいた。


「んん?あ、あれ……」


「ようやく目を覚ましたか。――うんともすんとも言わなくなるから、とうとう眼力で転生者を殺せるようになってしまったのかと、焦ったぞ」


「は、はぁ……?」


 まだ少し頭の中が微睡まどろんでいて、直ぐに返せるに適当な言葉が思い浮かばなかった。


「ソレでも飲んで気を落ち着かせると良い。まだ暖かいぞ」


「あ、わたくしの分も……、ありがとうごz」


 ヴァルロゼッタの近くにももう一つのティーカップがあった。どうやら、こちらは自分の分らしい。


 この方が用意してくれたのでしょうか、実は結構優しい方なのかも――?などど思っていると。


「まぁ、貴様のおごりで飲んでいる訳だが」


「ぶふ!?――な、何故!?」


 付け加えられた一言を聞き、思いがけず下品に吹き零してしまう。


「当たり前だろ!貴様はこうして俺の貴重な時間を今も刻々と消費しているのだ。――これに懲りたら、さっさと自分をだと認めて、俺の目の前から去るのだな」


「な、なぁ!?」


 何て身勝手で、滅茶苦茶な要求なのだろうか。ヴァルロゼッタは一気に目が醒めた。


「で、ですから!わたくしは、その……、転生者……?などと言うものでは無いと、先程から言っているではありませんか!」


「嘘を付くな。俺にはバレバレだぞ。――それに身体の方も、へへ、へーっくしゅん!!!」


「!?」


 青年は明後日の方向を向いて、盛大にくしゃみをして見せた。ポケットから出したハンカチで鼻水を拭う。


「ほらな?」


「いえ、分かりませんが……」


 何故かドヤ顔だった。


「転生者の放つ魔力に身体が拒絶反応を起こすのだ」


 アレルギーみたいなものでしょうか――?


「あ、また……、へへ、へーっく……!」


 今度は自分の方を思いっきり向いている。勿論、口を手などで覆ってはいなかった。


「ええ!?ちょぉ!!!」


 ヴァルロゼッタは、咄嗟に腕で顔を覆いガードする。


「へーっく……!へーっく……。――む。もう慣れたか」


 慣れるんかい――!


「……。――もー、何なんですか一体……」


 ヴァルロゼッタは、机に突っ伏して脱力した。


 確かに、自分はだが、それ以上にこの青年は異質な存在だと何となく思えてきた。


「――おほん!と、兎に角!!わたくしは転生者などいう者では無いですし、納得のできる理由が無い限り追放なんかもされません!――……そんなにわたくしの事が嫌なのであれば、貴方が出て行った方が早いのでは!?」


 抗議活動中だったことを思い出して、姿勢を正し再び向かい合う。


 最早、話し合いでは解決出来ないと悟り、ヴァルロゼッタも少し強めの態度に出る事にした。


 これで、荒事になるならば致し方が無い。


「ふうん、そうか……、どうやらこれ以上話していてもらちがあかないようだな。――良いだろう、表へ出ろ」


 青年はやれやれと言った感じで冷たく言い放つ。


「……!」


 完全にこちらに非があるような言い方にムッとして、絡んできたのはそちらからでは?とも言いたかったが、多分余計に面倒くさいやり取りが増えるだけなのはわかったので、言葉を押えて飲み込んだ。


 ああ、やはりこうなるのですね……。まぁ、何となくこういう展開になる事は、始めから予想が出来ていた気もしなくないが。


 しかし、当方としても。どの道障害になるのであれば、それを早めに排除できるのも、それはそれで悪くは無い展開でもあるのだ。


 などと、思っていると。


「よ、“オズ坊”!随分と面白そうな事になってんな!!」


 聞き耳を立てていてのか。ヴァルロゼッタ達の間に入ってきたのは、先程見かけた獣型の亜人だった。


 どうやら青年とは仲が良いようだ。


 気さくに首に腕を回していたりしている。。


「げ……!?ウォルフさん……」


「なんでぃ、オズ坊。今俺の顔見て“げ”って言わなかったか?」


 猟銃の様なものを背負っている獣人は怪訝けげんそうに青年の顔を覗き込む。


「んんっ……、言ってない。――それよりも今は絡まないでくれるか。真剣な話の最中なんだ。俺はこれからこいつにこのギルドの厳しさをだな……」


「へぇ、嬢ちゃんがオズ坊の相手を……」


 このウォルフと呼ばれている亜人は、ヴァルロゼッタ達のやり取り見て何か察したのか、悪戯っぽく青年とヴァルロゼッタを見比べた。


「えぇ、まあ……」


 あまり大事にして欲しくないなぁと、思いながら返事をする。


「おい、おめえら。オズ坊が今から決闘するってよ!!せっかくだから観戦してやろうぜ!!!」


「嘘でしょ!?」


 ウォルフは、早々にヴァルロゼッタの希望を打ち砕いた。大声で酒場内の冒険者の注目を一気に集めたのだ。


「あ、ちょっと!決闘じゃ……」


 これには、青年も少し困っているようだった。


「さぁ!掛けた掛けた!!――どっちが勝つか1口1000アルマ!予想を的中させた奴らで山分けといこうぜ!!!」


 おまけに勝敗は賭博の対象にされるらしい。


「ねえ!?ちょっとぉ!ウォルフさん!?!?!?俺の話聞いてた!?」


「ああ……、そんな……」


 事態は少女の願わぬ方へと転じていった。



 ※※※



 ギルド正面入り口前。広場。


 そこには、“決闘”をするには十分な広さがあった。辺境の町ながらも広場は煉瓦れんがで綺麗に整備されている。立派な技術者が居るという事だ。


「……」


 それはそうと。転んだりしたら痛そうなので、ヴァルロゼッタは今ばかりはそれが少し恨めしかった。


 そして、向かい合うヴァルロゼッタ達決闘者を囲うように、騒ぎを聞きつけたギルドの面々や町の人々が野次馬となって集まって来ている。


 老若男女、人間に亜人。100人くらいはいそうだった。


「さあさあ!これより始まるのは、ギルドきっての問題児オズバレットと、なんとも可愛らしい新入り冒険者のロゼッタ嬢の決闘だ!!今回も当ギルドの決まりに則って――」


 オズバレット……、やはり何処かで……。オズバレットっというのが青年の本名らしい。 


「おーい、さっさと始めんかぁ!酒が切れるわい」


 勝手に立会人を名乗り出たウォルフが仕切る中。試合の開始を待ちきれずヤジが飛ぶ。


「ぅるせえな!こっちにも由緒正しい段取りってもんがあんだよ。――ええ、決まりごとは三つ。一つ目、相手が降参するか、ぶっ倒れたら勝ち。二つ目、怪我したら……、ファルシア嬢に怒られるので、武器はこっちで用意した肌にも優しい木製の得物を使ってもらう――、さぁ、嬢ちゃんも好きなのを選びな」


 そう言うと、ギルド入り口に備え付けられている、木製の剣や槍、斧といった武器が入った箱を指さした。


 箱には“喧嘩用!”と書かれていた。


 「……。ありがとうございます」

 

 ヴァルロゼッタはその中から、元々自分が持っているロングソードと同じぐらいの長さの木製剣を一本取り出した。


 オズバレットの方をちらりと見る。既に短めの木製剣を一本持っているようだった。


「――そして三つ目。敗者は勝者の言うことをなんでも聞く事!」


「うぉおおおおお!!!」


 ん――?勝手に話が思いもよらない方向に大きくなっていくて困惑する。

 

 なんだか追放どころの話では済まされない空気に取り乱した。


「……初耳なのですが!?」


「がはは。何言ってんねぇ。そうでもしねぇと盛り上がんねぇだろうが」


 勿論、本物の“決闘”であれば話は別である。そちらの方は、事細かに国の法で決められたやり方にのっとって厳かに行われ、敗けければ、地位・名誉・財産、命さえも失う可能性のある神格化された儀式なのだ。


 この様な、田舎の荒くれ者達の間で行われる喧嘩の延長線のみたいなものとはわけが違う。


「待ってください!――私がギルドを追放になるかならないかを決めるだけではいけないのですか!?」


 流石に抗議の姿勢を示す。


 万が一にも負ける可能性は無いが、相手は自分を異世界転生者と知りながらも喧嘩を吹っ掛けてきたのだ。


 もしかしたら天文学的確率で負けるという事はあり得るかもしれない。そんな事になれば、これまでのオズバレットの言動から見るに、酷い目に遭う事は間違いなかった。


「ふん、貴様が勝てば何の問題もないだろう?――俺がもし負けるようなことがあれば、奴隷にするなり、召し使いにするなり好きにしてくれて貰って構わんぞ。もしくは、これから一生、事あるごとに罵られながら“この豚野郎!”と踏まれてやってもいいが?」


「ん??最後のは、ご褒美なのでは……!?――そうではなくて!でしたら私がもし負けた場合は?」


「それは、俺の自由だろうが。このオズバレットに楯突いたことを骨の髄まで後悔させてくれるから楽しみにしていろ」


 オズバレットは、嫌らしい笑みでそう答える。


 絶対に負けたくない――!不意に頭の中にマニアックな辱めを受ける自分の映像が浮かび、小刻みに身震いをした。

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