第6話 旅立ちの日

「……」


 ヴァルロゼッタは瞬時に周囲の確認をする。


 万が一魔術を使用しても、巻き込みそうな距離に他の生徒は居ない。 


 は生徒に変装し正面から、隠し持っていたナイフで一突きにして来る。


「え!?なんなの貴方!!ヴァルロゼッタ様に近づこうだなんて!」


 生徒の一人が異変に気付く。


「はぁ……」


 ああ、また、目立ってしまいますね……。最近では、こうして人目もはばからず襲われることも珍しくない。


 今度からは、人気の無い所で暗殺するように各王妃に嘆願書でも送ろうかと思った。


 そんな無駄な思考が出来るくらいに余裕をもって回避する。


 チートスキルで動体視力も運動神経も上がっているヴァルロゼッタからしたら、少し訓練されたくらいの暗殺者の動きなど止まっているようなものだった。


「な、避けただとぅ!?!?!?」


 ただ。


「お姉さま危ない!」


「え!?あ!!!???」


 危険を察知したオルゼリアが身代わりになろうとすることまでは予測ができていなかった。


 こんなこと前にもあったような――。そう思いながら仕方なくオルゼリアにかぶさる形で刺客に背を向けた。


 スーっと、ナイフが背後から流れるように刺し込まれる。


「くっ、うぅ……!!」


「お、お姉さま!?」


「だ……、大丈夫です。このような痛み箪笥たんすの角に小指をぶつけたようなものですから……」


「た、たんす……?」


 因みにこの世界に箪笥と言う言葉は無い。クローゼットはあるが。


 余談ではあるが前世の記憶を取り戻してからというもの、ヴァルロゼッタはこの世界には無い言葉を度々口にしては、周囲に疑問を与えていた。


 ともあれ、今のは咄嗟にそうなるほどには痛かったのだ。


 驚きはしたが、すぐさま息を整え呆れた顔で振り返る。


 もう慣れてしまったのだ。このような事は。


「はぁ……、また貴方たちときたら……。今のは少し痛かったと申しておきましょうか」


 おしとやかな笑顔でそう言って軽く肩を鳴らした。


「何ぃ!?」


 暗殺者は取り乱す。即効性の猛毒が効いている様子が全く無いからだ。


 それもそのはず。ヴァルロゼッタは度重なる暗殺未遂にあい、転生の影響で強化された身体機能もあってか毒に対してはある程度の耐性を持つほどになっていた。もはやこの程度の毒では痺れすらしないのだ。

 

 嬉しくも無い長所に感謝しながら、暗殺者の前に立つ。


「お、お前は今毒を!――ドラゴンだって3秒も持たないのだぞ!?!?!?」


「それがどういたしまして?――それより貴方。神聖な学び舎にこんな物騒な物を持ち込んで危ないではありませんか」


 おもむろに左手で背中からナイフを抜くと、もう片方の手を刺客の方へかざした。


「あわわわわわ……」


「私を狙うのはいい加減止めて頂きたいのですが……、少しお灸を据える必要がありそうですね」


 そう言いつつ、手のひらの前には円環の光の紋様、魔導紋が展開されていく。


 この魔導紋により魔術師はこうして魔術を発現させるのだ。煌々と光の円環は輝きを増す。


「あ、あああ……」


「ブラスティア・ボルト」


 その瞬間、紅く煌めく炎の弾丸が流星の如く、暗殺者目掛けて放たれた。


「ひぎゃああああああ!?!?!?」


「……」

 

 鈍い小さな地鳴りを伴う爆発と共に刺客の身体は宙に投げ出され、間もなくして地面に叩きつけられる。


 手加減はしたものの地面が衝撃でえぐられていた。


 周囲の生徒は一瞬の出来事にただ身体をこわばらせる事しかできない。


 ……。


 ……。


 また、やり過ぎてしまいました――。少しの沈黙の後、


「ヴァ、ヴァルロゼッタ様がまた学院をお救いになられたわ!!」


 誰かがそう叫んだ。


 嗚呼、神様……。


 伝説はまた一つ増えたのだった。



※※※



「はぁ……」


 昨日の事件はその日のうちに学院内だけではなく王都中に知れ渡っていた。


 分かってはいた事だが、それを今朝の新聞を読む事で事実として認識してしまう事になった。


 ご丁寧に“強く優しき第三皇女!またまた大活躍!!時期国王への期待も高まる”などと、自分の事を国王にしたくない連中余計に煽るような見出しに頭痛がした。


 近頃は、このまま後継者争いに身を置いて、第三皇女のとして生きていくこと疑問を持つようになっていた。王位を継ぐ意思はおろか、皇女の肩書を捨てたいとまで考えた。


 そんな、矢先の事件である。


 転生者として覚醒する前ならば話も別だが、今や価値観の半分は、地球という惑星の日本という国に住んでいたОL桐ヶ谷佳奈なのだ。異世界転生者の身でありながらも、暗殺は怖かった。


 結局。いくら身体は暗殺に耐えられようとも心の方は耐えられないのだ。


 それに、相手も段々と余裕がなくなって来たのか。回を重ねるごとに暗殺の手段は過激に場所を選ばなくなってきていた。


 昨日みたいに。


 これから更に自分の大切な人たちにまで、その火の粉が降りかかる機会が増していくと思うと、底知れぬ恐怖で悪寒がする。


 不意に、ほとんど治りかけの昨日刺された背中の傷をさすった。


 気苦労は、増えるばかりだ。


 これでは、前世と変わりませんね――。


 相対的に外の世界へ自由を求める感情が生まれつつあった。


 誰にも邪魔されずに自分らしい人生を謳歌したい。最近、特にそう思う自分がいる事をヴァルロゼッタは自覚していた。


 もはや、心の強い人間になるという意志は、夏の暑さに溶けゆく氷菓子のようだった。

 

 しかし。


 王位継承権など破棄したかったが、何故かこの国では成人する十七までは王位継承の破棄を認められていない。


『だったら、思いきって家出でもしみたら?』


 そんな考えが頭の中に不意に浮かんだ。


「ふふふ。流石にそれは、駄目ですよね……」


 前世で学生時代に母親と喧嘩して友達の所にプチ家出をしたことを思い出して自虐気味に笑う。


 いや待ってください、案外それも悪くないかもしれませんね――。気付けば、頭の中ではその思い付きばかりを反芻はんすうしているのだった。


 ……。


 ……。


 ……。



※※※


 謹啓 初夏の候、エルダーランド王国の万物殷冨を心より願いながらここに一筆書き記します。わたくし事ではございますが、この度、ヴァルロゼッタ・ベル・ロザリオは再三の暗殺未遂をうけまして、自分自身だけではなく自分の愛する者たちにまで命を失いかねない危険が及ぶことに、兼ねてから心を痛めておりました。

 そこで断腸の思いではありますが王位継承権を破棄することを決断いたしました。しかしながら、偉大なるこのエルダーランドの法においては成人するまで継承権の破棄は認められておりません。

 であるならば。これ以上無用な血を流さない為にも、しばらくの間お暇を頂きたく存じます。有り体に言えば、家出でございます。

 栄光高き秩序の番人である御父上――、ギリアム・ベル・エイルローレン・エルダーランド国王。そして大海の如き愛情で私を育ててくださった御母様。これまでのご恩に報えない親不孝者をどうかお許し下さい。

 また、我が可愛き義妹のオルゼリア、使用人の皆さん、その他各方面の方々、それと……、自称我が騎士であるロミオン卿。誰にも何の相談もせずに黙って出て行ってごめんなさい。

 どうか私を探さないで下さい。

 私は新天地で新たな生活を始めます。では皆さま夏風邪に気をつけながらこれからもご自愛くださいまし。 かしこ


                       エルダーランド王国 第三皇女 

                       ヴァルロゼッタ・ベル・ロザリオ 




 その後。


 第三皇女の失踪事件で緊張状態にあったエルダーランド王国では、ヴァルロゼッタの自室で、直筆と思われる置き手紙が発見されるのであった。


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